「わざわざ見学させてもらって、すみません」
「いえいえ、気になさらず!」
ある日の昼下がり、提督は明石に了解を得て工廠にやってきていた。
そして作業現場の隅っこで簡易の折り畳み椅子に座って、伊良湖の拵えたおむすびをちょいちょい消化しながら、妖精さん達の忙しなく働く様子をじっと眺めていたのであった。
今造られているものはどうやら艦船のようで。
その姿は本物をそのまま縮小したような、魔法と形容できるほど精巧な代物だ。
そんな、未だ名前も知らない誇らしげな艦に、提督は男心にロマンと何故かちょっぴりもの悲しさを感じて、深く息を吐くのだった。
○
ほんの先日、漣と響が敵の本隊を叩く為もう一度鎮守正面海域、通称1-1へ再び出撃。彼女達は軽微の損傷を受けながらも帰投し、提督に戦果を報告した。
その際の事である。
「敵の本隊を倒しましたー!」
「本当に、お疲れ様」
戦果はもとより二人が帰ってきた事に、提督は心の底から安堵する。
「今日はもうゆっくり休んでくれ……と言いたい所だが、取り敢えず敵部隊の内訳だけ教えてくれ」
「駆逐級三隻に、軽巡洋級が一隻だよ」
「助かる」
響の言葉の通りに、ペンを走らせた。そこへ、漣が手を挙げる。
「あのー、提案なんですけど」
「どうした?」
「今回はなんとかなりましたが、今後の海域を攻略するとき、もちっと味方が欲しいというか。私達の練度とか考え合わせても、現実的に」
「建造か」
確かに、今回の戦闘から鑑みても漣の提案はもっともであった。幾ら個々の練度が高くとも、数的不利を招いてはピンチに陥る可能性が高い。
「まぁ、良かったら考えてみて下さい。それじゃあ、私達はオフロへ……」
「分かった。しっかり休養を取るんだぞ」
という訳で、提督は早速その日の内に建造を申請したのであった。またそれは、響のときに見られなかった、どうやって建造しているのか……つまり艦娘がどう現れるのかを知るための丁度良い機会でもあった。
○
そして、今、艦は完成しつつある。が、どうにも艦娘当人の姿が見当たらない。
「明石さん」
「なんでしょう?」
「何か手違いでも起きているのでは……」
提督は不審に思って訊ねたが、彼女は首を振って、
「これからです。まぁ、見てて下さいって」
と自信ありげに答えるばかり。仕方がないので彼は素直に言うことを聞くことにする。
すると、妖精さんが突然作業を止めて道具やら鋼材やらを持ったまま散らばったかと思うと、すぐまた手ぶらで戻ってきた。そして、先ほど自分達が造った艦のあちこちに、その小さな掌で触れ始めた。
ある者は甲板に乗り、ある者は艦橋によじ登って、またある者は艦底に。
誰もが皆一様に目を閉じて祈るその光景はまるで何かの儀式のようだった。
そんな妖精さん達の様子に気を取られていた提督に、更に信じ難い出来事が起こった。
いきなり艦が青白く発光したかと思うと、光は収束して小さな球となり、ふわふわと漂って、艦の目の前に浮かんだのだ。
球は一際強い光を放ったかと思うと、パッと消え去った。
まぶしさで目の眩んだ提督が徐々に視界を取り戻すと、そこには一人の少女が無機質な床に横たわっていた。橙色の凝った意匠のセーラー服に、黒のスカートを身に着けており、髪は長い。
端正な顔はその瞳を閉じて、すやすやと安らかな寝息を立てている。
「起こしてあげてください」
「俺が、ですか?」
呆気にとられる提督に、明石が当然と頷く。
「くっ……」
彼は何度か深呼吸を繰り返し、意を決して、眠る少女の手を握った。
すると、自分とは違う温もりに気付いてか、彼女の瞼がそっと持ち上がった。目に映ったのは、ほうぼうに髪の伸び、無精ヒゲを生やした男の顔。
「ん……」
今だ眠気の覚めぬ顔が、まじまじと提督を見つめる。
そのまま見つめられるのもいたたまれないので、彼は軍帽の縁を下げて目線を遮ってから、呼び掛けた。
「えっと……起きて、くれ?」
「なんで疑問形なんですか」
この際明石の突っ込みは聞き流して、少女を見守る。
彼女はようやっと覚醒したらしく、そして男性に手を握られていることも認識して、小さく口を開いた。
「手……」
「あ、ごめん」
「い、いえ、こちらこそごめんなさい……」
提督は指摘された手を慌てて引っ込め、少女もなぜか謝る。その様子を明石が面白そうに眺める。
頬を赤らめて俯いてしまった少女は、胸に両手を当て、深く息を吸って、彼と向き合った。
「提督……です、よね?」
「一応」
初対面だということも関係しているだろうが、未だ提督として疑問を持たれる自分を切なく思いつつ、諦め顔で頷いた。
「私、軽巡洋艦゛神通゛と言います」
「改めて、提督だ」
「工作艦の明石です。よろしくね」
「よろしくお願い致します……」
一通り挨拶が済み、提督はかねてからの疑問を投げ掛けることに決めた。
「……ところで」
「な、なんでしょう?」
「君は、どこからやってきた?」
「えぇと」
神通はつと視線を空中にさまよわせる。
彼の質問には、明石も神妙な顔をしていた。
「……どこか、としか言いようがありませんが、海の底……だった気がします。そこで、誰かに引っ張ってもらいました」
だいぶ曖昧な内容だった。少なくとも、提督が何か理屈付けようとするにはあまりに難解である。
「そうか、ありがとう」
「お力になれず、すみません。でも、何故?」
「いや、ただの個人的な興味だよ。気にしないでくれ」
「はぁ」
提督は立ち上がって、彼女の手を引いた。
「改めて、これからよろしく頼む」
「……はい。頑張り、ます」
内気そうな少女、もとい艦娘の神通は丁寧なお辞儀と健気な笑顔を見せるのであった。
「じゃあ、提督。これから神通さんの艤装の採寸をするので、ここら辺でお引き取りを……」
「あ、あぁ。わかった」
既に妖精さんが作業に取り掛かろうとしていたので、彼は明石に半ば押し出されるようにして、出口に向かう。
外に出る間際、彼は振り向いて、
「終わったら、執務室に案内してやってほしい。色々、手続きとか有るから」
「了解しましたっ」
提督の言葉に明石は敬礼で返して、すぐに工廠に戻っていった。
○
穏やかな午後の日の下、提督は母港の真ん中に突っ立っていた。頭の中では、艦娘や妖精さんといった、ここ最近の超常的な事柄がぐるぐる巡っていた。
「世界は広いなぁ……いや、近付いたのか……?」
益体のない考えを広げるも、ついぞこんがらがってしまったので、振り切るように青い海に背を向けた。
「まあ、今は、自分に出来る事をしっかりやるか……」