泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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9話 お休みの日

 ひどく不確かなまどろみに、とらわれていた。

 いつもの鎮守府とは違う光景が、そこにあったのである。

「……?」

 古くさい木造の心地良い匂いに、窓の外から差し込む日差しと木漏れ日。そして目の前には、三つの人影。

 ひどくぼやけた輪郭で、誰が誰であるか、そもそも知っている人かどうかも分からない。

 それでも、なんとなく楽しそうな雰囲気であることは感じ取れた。

 友人同士、なにかくだらないことを語り合う。彼女にだってそんな経験がないわけではない。。

 じっと、目で彼らの背中を追っていると、一瞬、真ん中の人が隣を向いた。

 どこか見覚えのある顔。

 その人は別に笑っていたわけでもなかったが、それを見た途端、うれしいような、さびしいような、とにかく妙な気持ちになった。

 よく分からない矛盾した感覚に、なんだか叫びたくなって、実際、叫ぼうとした。が、しかし、口を大きく開けた瞬間、周囲の景色が(ことごと)く白く灼かれ、意識は手放されてしまった。

 

 ○

 

 漣は目覚めた。跳ねた勢いで辺りを見回すと、自分の部屋だった。

「ほっ……」

 急に脱力して、もう一度もそもそとベッドに潜り込もうとしたが、

「……やっぱ、やめよ」

 考え直して、布団を引き剥がした。

 しゃんと立ってきちんと身だしなみを整えてから、ローファーを履き、部屋を出る。

 そして響、神通と個室の戸を叩いてみたが、どうやらどちらも留守のようだった。

「あり?どこ行ったんだろ」

 見当もつかないので、気を取り直して場当たり的に彼女は階下へ降りるのだった。

 

 

「伊良湖さーん」

 雰囲気あるのれんをくぐって、漣は食堂の中へ入った。

 以前、1階の大きなスペースを取っていたこのフロアは、伊良湖がやってきた直後、妖精さん達にほぼ一日で改造されたのだった。

「はーい」

 漣の声に応じて、厨房の奥からぱたぱたと忙しない音を立てて、割烹着姿の女性が現れた。どうやら、料理の仕込みをしていたらしい。

「今日のお夕飯はなんですか!」

 思わず本来の目的を忘れて、漣は献立を訊ねた。

 伊良湖は嬉しそうに笑って、

「まだ内緒よ」

 といたずらっぽく言った。

「えー」

「まぁまぁ、楽しみにしておいてくださいな」

「しょうがないですネ……」

 渋々引き下がった後、大人っぽくも子供っぽい、不思議な魅力を放つこの女性に、前々から聞きたかったことがふと舌に乗っかった。

「あの」

「なに?」

「ぶっちゃけ、ご主人様とはどんな関係なんですか?」

 不躾(ぶしつけ)かもしれないが、純粋な好奇心の方が勝り、訊ねてしまった。しかし、伊良湖は怒ると言うよりは少々困ったように、頬に手を当てた。

「えぇと、あの人からは口止めされているから……。言うなれば命の恩人、かしら」

「はぁ」

 漣には、提督が命の恩人になるという状況が思い浮かばなかった。少なくとも、危険を省みず自らの命を張るような人間にはあんまり見えない。

 いまいちピンと来ていない彼女に、伊良湖がもう少し付け足した。

「あの人はね、ちょっぴり臆病なの」

「そうですな」

 これに関しては漣も即座に同意する。

「だから、傍に居てくれる」

「えっと……一人じゃ、寂しいから?」

「えぇ」

「でも、それはご主人様の思いであって、命を救うことと繋がりはないのでは?」

 考えあぐねる漣を、伊良湖は愛しげに彼女の頭を撫でた。漣は心地よさとくすぐったさで妙な気持ちになる。

「いつか、分かると思うわ」

 見上げた先の伊良湖の微笑みに、漣は何も言えなくなって、代わりに頷いた。

「それじゃあ、お料理の準備があるから」

「あ、はい。ありがとうございました」

 また慌ただしく厨房に帰る伊良湖を見届けて、ぽやぽやとした気持ちで、漣は食堂を後にした。

 

 ○

 

 あちこちを探し回って 、残る場所は最後の一つとなっていた。

「ここが……」

 そこは、鎮守府一階の隅っこにある、いわゆる書斎と呼ばれる部屋だった。

 提督から自由に使って良いと言われていたが、ついぞ今までここの存在を忘れていた。

「開けゴマ!」

 そこかしこを歩いた疲れか、変なテンションでドアを開けると、果たして響と神通がいた。

 響は台の上にちょこんと腰掛け、分厚い本を読んでおり、神通は姿勢良く立って棚にしまわれた色々な書物をぱらぱらとめくっていたが、二人は扉の開く音で顔を上げた。

「やーっと見つけた……」

「ん、おはよう」

「なんでここに?」

 半ば非難気味の口調に、申し訳なさそうに神通が口を開く。

「私が呼んだんです。それで、漣ちゃんも誘おうと思ったら……」

「熟睡していた」

「……スミマセン」

 言いにくそうだったので、響が言葉を継いだ。

 非はないことは明らかだったので、漣も頬を掻きつつ決まり悪そうに謝る。

「いいの、気にしないで。ほら、漣ちゃんも本、読んでみませんか?」

「本かぁ。響ちゃんが読んでるのは?」

 聞くと、響は漣に無言で渡してきた。

「……シラ切り姫?」

 大いなるパチもん臭さを感じつつ、響を見ると、何故か彼女は誇らしげであった。

「ちなみに、どんなお話?」

「ある国のお姫様が、意中の王子と結ばれるために、あらゆる既成事実を作ろうと画策する話だよ」

「お、おう」

 響の勢いに呑まれ、取り敢えず頷くばかり。

 そこへ、神通が別の一冊を持ってきた。

「多分、これがその元のお話」

 その本は絵本で、白雪姫と書かれていた。

「ほう……」

 漣はそれを受け取ると、ぺらぺらとめくって、話を眺める。絵本であるから、そんなに長い時間は掛からなかった。

「王子様のキスで目覚める……まぁ、ここにはご主人様しか男の人はいないわけですが」

 読み終えて、ぼそりと呟いた時、ある考えが漣の頭で閃いた

「素顔……」

「「?」」

 彼女の口から発せられた奇妙な単語に、二人が見つめる。

「素性が駄目なら、素顔はいいじゃないっ」

「ど、どうしたの?」

 漣の考えが分からず、神通が心配して訊ねた。

 彼女ははっと我に返って、ごほんと一つ咳払いした。

「神通さんは、提督の素顔、気になりませんか?」

 そして、なんだかもっともらしい口調で逆に聞き返してくる。

「えっと、どうもなにもあのお顔では……」

「ノウ!あのボサボサな髪とおひげを切れば別人のように変わるかもしれません。それこそ、この絵本の王子様みたいに」

 漣の発言に、神通は一瞬提督の素顔を想像しかけ、慌ててその考えを掻き消した。ところへ、響が賛成の手を挙げる。

「確かに、それは面白そうだ」

「ひ、響ちゃん?」

 彼女は驚いて響を見たが、何を思ってかサムズアップで返された。

「ただ明日は出撃だから、後日にやろうか」

「ふっふっふ、楽しみですなぁ」

 怪しげな瞳の輝きとほくそ笑みを見せる少女二人に、神通は提督の身を案じるばかりであった。

 

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