ぬえとの一件を終え、何とか依頼をお願いすることに成功した妖怪狸は、人間に化けたままとある場所に向かう。先代から聞いていただけではあったが、かつて結界により世界を二分にした妖怪がいた。そのものの持つ結界は強力で、当時先代でさえその力には敵わなかったらしい。そして現代からは忘れられたかつての強者:鬼、天狗、河童、を引き連れて新しい世界へと向かった妖怪。名を八雲紫。
こちら側の妖怪の中では昔を知るものは先の抗争でいなくなり、知るものぞ知る名前となってしまったが、その名を妖怪狸はしっかりと覚えていた。
「ここかの…。」
人間の街から外れ、そして妖怪の区域からもひときわ離れた場所にひっそりと佇む古ぼけた神社。その鳥居の上にはかすれた文字で「博麗」の二文字がかかっている。
博麗神社。かつて名高い宮司がそこに勤めていたが、時代の流れによりオカルトが風化した現在と共に姿を消したらしい。まるで神隠しにでもあったように。
そしてこの神社にはもう一つ噂があった。この神社にお参りしたものは神隠しにあってしまうというものであった。
半ば面白半分で作られた都市伝説まがいのものであろうと思っていたが、神社の鳥居をくぐってからその考えは変わった。
…視線を感じる。あからさまにこの敷地内に入る者を監視、拒むようなねっとりとした視線を感じるのだ。現代に残る屈指の妖怪である妖怪狸でさえ足が掬われそうになるこの威圧感に、普通の人間ならば狂気で発狂してしまうものもいるかもしれない。その悪寒の走る視線を受けながら警戒の姿勢は崩さず妖怪狸はその石段を上る。
一段一段と登るにつれ、神社の境内が見えてくる。と、そこには先客が一人いた。頭には白い帽子をかぶり、そして身体には紫のドレス風の衣装に身をまとい、手には扇子を持っている。
端から見れば、どこかしらの豪華な舞踏会にも出てきそうな出立の女性がこちらを気にせず躍っているのが見えた。月明かりに照らされたその女性は一層美しく妖怪狸は見惚れる。
だが、ふと我に返り神社に不釣り合いのその出立に一層警戒心を強めながら妖怪狸は尋ねる。
「もし…」
「…何かしら?」
紫の女性はこちらに目もくれずに応える。
「…ここには神隠しの噂が流れておるはずじゃ。舞の練習もするのも構わぬがもうこんな夜更けじゃ。どこかしらの妖怪に取って食われてもかなわん、お節介だと思うが、そろそろ帰ってはいかがなものかの」
「帰る?…ああ、そろそろそんな時間だったわね。そろそろ帰らないと藍に怒られてしまうわ」
紫の女性はそういうと帰る身支度を始めるかと思いきや、そのまま神社の中に入っていこうとする。
その姿を見て慌てて妖怪狸は声を返す。「お嬢さん、帰るのならこちらの石段の方ではないのかの?」
「いいえ、こちらであっていますわ」そう返す紫の女性の言葉に一瞬思考が追い付かずに妖怪狸はぽかんと呆ける。
「だって私は…向こう側の妖怪ですもの」その言葉を聞いた瞬間、妖怪狸にこれまでに感じたことのない悪寒が走る。と同時に自分の周囲の空間が裂けるのを見た。
そしてその向こう側に無数の卒塔婆が見え、妖怪狸の視界がそれらをとらえた瞬間、同時に射撃された。
「ズガガガガ」と無数の卒塔婆が鈍器と化し、取り残された者を襲う。妖怪と名乗った女性は、その様子を一瞥し、はあとため息をつく。
「また藍に小言を言われるかしら…。」おそらく帰ってくるのが遅くなった理由と1人殺めた理由で問いただしが始まるのではないかとこれからのことに身震いをしながら、ふと死体に目をやると、…違和感に気付いた。
先ほどの者がいない。おかしい、青山の前段命中の手ごたえはあったはずなのに、死体が転がっていないなんて…。
「なるほど…今のが境界を操る力という訳か…」ふと聞こえたその声に紫の女性はハッと振り返る。そして振り返った矢先には殺したはずの者が立っていた。いつの間にか手にはナイフが握られ、紫の女性の喉元に突きつけられている。
「あら、見かけによらず身軽なのね」
自分が窮地に陥っている状態とも関わらず、紫の女性はそう答える。その口ぶりには焦りというものが全く見えない。
「それで?私を拘束して何をしようというのかしら、人間さん?いえ、人間に化けた妖怪さん?」
自分のことを瞬時に言い当てたその見当さに多少驚きはしたものの、向こうも手の内を見せているのならばと思い、妖怪狸も「能力」を解く。
ポンッと音が鳴り、持っていたナイフが葉っぱに、そして自身の姿も元の妖怪の姿に戻る。
その姿を見て紫の女性は、「おお!」と拍手する。
「化狸の妖怪だったのね!何かしら狐の類かと思ったけど、って狐はうちにもいるけど違うのよね」そう言い、紫の女性は自宅にいるであろう小姑と化した
自身の式神について思い出す。そんなマイペースな妖怪に多少訝しげに思いながらも、妖怪狸は尋ねる。
「改めてじゃが…、そなたが八雲紫じゃな?」
「ええそうよ、よろしくね化狸さん?」
「偉大なる幻想郷の大妖怪に失礼な態度になってしまったこと心よりお詫び申す」そう言うと妖怪狸はぺこりと頭を下げる。
「いえいえ謙遜することはないわ。外の世界の妖怪で私の攻撃を全くの不意打ちから避けたのは貴女が初めてですもの、むしろ誇るべきだわ!大妖怪の
攻撃を儂はかわしたぞってね!」
そう言うと八雲紫は、ふんぞり返って威張るポーズをとって見せる。その姿に幻想郷の妖怪の偉大らしさが自分の中で崩壊しつつあることを感じたが、自身の頼み事を口にする。
「八雲紫殿、実は相談したいことがあってこの地まで来たがどうかお聞き入れることをお許し願いたい、昨今事情があって二人のさとり妖怪を儂の住処で匿って居るが、彼女らにはこの地に住むべき場所がない。いずれ人々から妖怪から迫害され消えていく妖怪ならば、いっそのことそちらの世界で住み、生活することが彼女らにとっても良いことであろうと儂は思う。どうか彼女らの移住を受け入れてはもらえないであろうか」
そう言って、妖怪狸は頭を下げる。その姿に八雲紫は「うーん」と考えるポーズを見せた後、「いいわよ」と返事を返す。
「ありがたきお言葉感謝申す、それでは…」と頭を上げた妖怪狸の口元に八雲紫の人差し指がビッと刺さる。突然のことに頭に疑問符を浮かべる妖怪狸に八雲紫は答える。
「その言葉、もうちょい砕いた感じで喋って構わないわ、というか砕いてもらわないと私が疲れる。それと、私のことは紫でいいわよ」
そう言うと八雲紫は笑って見せた。その言葉に大妖怪の元々の気質が混じっていることを感じ、妖怪狸はフッと表情を柔らかくする。
「それでは…紫殿…幻想郷への移住に関することについて色々と聞きたいのじゃが…」
ぎこちない敬語と普段の喋り方が混じっているその口調に笑いをこらえながら八雲紫はその返答を聞く。
「ふふっ、…ええ、わかったわ。移住に関しだけど特に必要な書類は無いわ。その子たちの荷物だけで十分よ。あ、それからあれが必要だったわね。どこに仕舞ったかしら」
と八雲紫は空間に裂け目を作り、そこに手を入れ、棚の引き出しの中を探るようにその空間の中を手で探る。その光景に妖怪狸は戸惑いを隠せなかったが、これも八雲紫の能力、境界を操る力であるのだと納得する。
しかし、戦闘にも普段の生活にも境界を作ることができるとなるとこの妖怪は本当に妖怪なのであろうかという疑問さえも浮かんでくる。境界を隔てる、それは天と地を分け隔てるまさしく神のような行為である。妖怪らしからぬこの能力を持つ彼女は一番神に近い存在なのかもしれない。
そう思ったところで、八雲紫が「あ、あったわ」と声を漏らす。取り出されたものは招待状のような形をしたもので見開きタイプの白い紙であった。
そして妖怪狸に2通のそれを渡す。
「それが「切符」になるわ。幻想郷へ移住する妖怪は各個人がその「切符」を持っていることが最低条件となる。それを途中でなくしたりしたら途中の得体の知れない境界の境目で下車することになるわ」と笑って解説をする。さらっと聞きづてならない言葉がよぎり、妖怪狸の背中に冷や汗が流れる中、
「冗談よ」と八雲紫は笑う。やはりこの妖怪のペースは分からない…、と頭をかきながら無くさないようにその「切符」を懐に仕舞う。
「それから乗車場所は各個人の住処…ということで良いかしらね。時間は今日より5日後の子の刻よ。」
「乗車…ということは電車で迎えに来られるのか?」
「そうよ!幻想郷行特急列車!名を…」「あい分かった、それでは他に気をつけることはあるかの」
徐々に八雲紫のペースに慣れ、話の区切りもわかってきたので、妖怪狸は次の注意事項へと話を切り替える。
話の腰を折られしゅんとした八雲紫はバッと扇子を広げて顔を隠す。そしてその表情を扇子で隠した後「ええ、
戦闘時の悪寒を感じた時と似た冷たい声に一瞬妖怪狸は身震いする。
「逆に文面を読んだうえでルールに沿って行動できるのなら幻想郷側としては大歓迎ですわ」八雲紫は扇子をとじ、笑顔を浮かべ先ほどのお茶らけた口調で言った。
底知れない八雲紫の恐ろしさを垣間見た妖怪狸はゾッとする。戦闘時に感じた悪寒、さらには鳥居内に入ってきた時より感じた視線はすべて八雲紫の能力によるものであったが、これらは彼女の感情に恐ろしく依存するのではないか。彼女が残酷になればその能力も力を増す、まるで研がれたナイフがいともたやすく紙を引き裂くように。
ルールに順じないものに対しては一切の容赦がなく、妖怪も人間も排除の対象になる…。そんな予感を感じながら、妖怪狸は一抹の不安を覚える。
妖怪狸の不安な表情を見ながら、八雲紫は言う。「大丈夫よ。基本、向こうはこっちと違って妖怪と人間はそこまでの隔たりはないし、妖怪が人間と共存している箇所もあるわ、彼女たちならうまくやっていけるはずよ」
見当違いではあったが、幻想郷とこちらの世界との違いを対比により、少なくとも幻想郷にいる方が彼女たちの精神面からしてもよいだろうという結論に改めて達する。
どのみち、組織の親玉の言う通りこちらの世界に望みがないのなら、幻想郷に望みを託すしかないのだ。今、儂がしてやれることはこれしかない。
「…大方こちらの質問疑問は聞いて取れた。それでは、5日後の子の刻でまたお会いしましょう紫殿。」
「そうね、私もそろそろ藍がキレると思うから帰らせてもらいますわ」そう言いつつ、八雲紫は欠伸を一つする。そして神社へと向かう。
そして神社の賽銭箱の前で空間に裂けめを作り、自分が通れるほどの境界を作る。境界の裂けめに消えていこうとする八雲紫を眺めながら、妖怪狸はふと今まで疑問に思っていたことを口にする。
「紫殿」「何かしら?」八雲紫は振り返らずに応える。
そして振り返りお茶らけた声でこう言った。
その言葉を最後に残し、八雲紫は境界の向こう側に姿を消した。と同時に空いていた空間の裂け目も閉じ、境内に充満していた目の視線も消える。
妖怪狸はしばらくの間、動けなかった。八雲紫という偉大なる妖怪から感じた恐怖は彼女にとって初めての経験となり、その悪寒は八雲紫が境界の向こうに姿を消してからも、すぐに消えることはなかった。
どうも、第3話目になります。
この番外編はそこまで長くしないつもりでしたが思った以上に長くなっております。
そして後2話分は続くと思いますのでお付き合いいただければ…。
今回で2話で出ていたフラグはすべて回収し終わりました。4話目では皆さんお気づきの
あのキャラの登場ですね(笑)
それでは第4話でお会いしましょう!!
ゆかりん、すごい!!