52ヘルツの人魚姫   作:UMA(未確認生物)

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prologue side A

死ぬのは怖くなかった。元より自分は、生きることへの執着が薄いことを誰よりも自覚していた。

 

生きたいとヒトが思うのは、そう思うに足るだけの理由があるからなのだと思う。例えば成し遂げたい夢があるから、地位と名声があるから、苦労して得た富を失いたくないから。もっと身近なことでもいい。愛する誰かがいるから、食べたい食べ物があるから、やりがいのある仕事があるから、必要としてくれる人がいるから、大切な家族がいるから。

他人から見たらどんな小さなことでも、本人にとって大切ならばそれはもう充分に生きる理由に成るのだろう。

 

なら反対に、死にたいと思うことに理由はあるのか。自殺をする人の大半には多分、そう思うだけの理由があるのだろう。

世の中に嫌気がさした、自分に失望した、愛する人に裏切られた、富と名声を失った。

生きる理由と同じで、死にたいと思う理由も本人にとって重大ならばそれは充分に死にたい理由に成るのだろう。

でも私は、生きることに理由は必要でも、死ぬことに必ずしも理由は必要ないと思う。

 

世の中に嫌気がさしていなくても、自身に絶望していなくても、愛する人は相も変わらずそこに居ても、富と名声がそこにあっても。

死にたいと思う理由がなくても、生きる理由がないなら、人は自分を殺してしまえるのだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

歩き疲れた足がじくじくと痛み、口から零れる吐息は荒れ、瞳は時折ぼやけて視界が霞んだ。

全てが虚構のこの世界で、現実の私の身体は微動だにしていないのに、脳は過労の危険信号を鳴らしている。

 

もう全てが限界だった。

 

始まりの街で行われたデスゲームのチュートリアルが終えた時、太陽は既に傾きかけていたけれど、それももうとうに沈んで暗い空には月が一人、寂しそうに佇んでいる。

 

 

泣き喚き怒号に溢れる街に嫌気がさして目的もなく荒野を進んで、たどり着いた先にあった集落。病気に苦しむ娘を助けてと、泣きながらすがるNPCに何も思いはしなかった。お礼はすると言われても、なんの魅力も感じなかった。

ただ気まぐれだった。

 

村に着いた時点で身体は休みを欲していたけれど、遠出をしたこともない私には宿を取る方法も分からないし、かと言って屋外で眠るわけにもいかない。

ただ村の端っこでぼんやりと月でも眺めて時間を過ごしかやることもなく、それならたとえAIであっても私を必要としてくれた女に答えてみてもいいかもしれないなんて。慣れない剣を片手に夜の森へ繰り出してみたのは一般的には間違いだったんだろうけれど、後悔はしていない。

 

 

女の私でもソードスキルなる剣技さへ使えれば、この世界の住人は簡単に命を散らす。

産まれて初めてやるゲームに戸惑いもあったけれど、習い事の舞踊に比べれば、いかんせん簡単に舞えた。

 

目的の物を手に要れるのに時間はかかっても、それほど苦労はしないだろう。

 

そんな驕りはカミサマには筒抜けだったようで、何体目かの食虫植物を倒した時、近くで聞こえた破裂音とともにわらわらと集まってきた食虫植物に文字通り取り囲まれてしまった。

 

 

普通のヒトなら死の恐怖に戦いてしまうような状況。確かにグロテスクな化け物に囲まれるのは多少の嫌悪感はあったけれど、それだけだった。

水が苦手らしいこいつらの相手をするのに泉の近くで戦っていたこともあって、特に取り乱すことはなかった。

HPが無くなれば命もなくなるという縛りも、生きることに執着の薄い私には足枷にもならなかった。

 

 

ただ心は余裕に満たされていても、身体がついてこなければ意味はない。

アイテム欄に収納しきれなくなった報酬が周りを埋めつくし始めたころ、無骨な剣を握る掌には力が入らなくなって、足は棒のように鈍っていた。利き手の左はとっくに使い物にならなくて、慣れない右で剣を振るうようになってからもしばらく経っている。

左上に表示されたHPバーは赤色に突入しそうなほどに減らされていて、だいぶ減らしたとは言え目の前には未だに10体以上の食虫植物の群れ。

たいした準備もしないでここまで来たから、回復アイテムなんてものもなく。初期装備のままの剣もそろそろ限界が近いのか、時折刃の通りが悪く鈍器のような鈍い音がしている。

 

 

もういいじゃないか、冷静な頭の片隅でそう諭す私がいる。

 

NPCからのクエストは私にだけ出現したものではないし、私に頼み込んだのと同じように、他の誰かだってすがり懇願されているんだろう。

私のお話のなかの親子は救われなくても、他の誰かのお話のなかの親子はきっと救われているし、これからも救われていくのだ。

 

 

気力で振るった剣に、目の前の化け物が醜く唸ってポリゴンになって消える。同時に右手に握られた剣も役目を終えたとばかりに満足そうに散った。

 

 

抵抗する手段がなくなったのを察したのか、気色の悪い嬉声をあげながら近づいてくるそれらに、私は座り込んで俯く。

 

いよいよ終わりだとカミサマに告げられてもなお、私の心には恐怖は沸き上がって来なかった。ただ疲れたなぁなんてことしか浮かんでこなかった。

死の間際には、今までの思い出が走馬灯として見れるなんて言われているけれど、見れるだけの思い入れもないのか走馬灯なんて嘘だったのか、脳裏によぎるのは案外来ないものだななんて場違いな感想だけだった。

それはそのうちに、早くしてほしいなんて怒りにも似た想いになっていくのを感じた。

 

 

どうせ現実の世界に戻れたところで誰からも望まれない身なんだ。

痛みが極限にまで減らされたこの世界で死ねるのは悪くないどころか、自殺志願者が聞いたら喉から手が出るほどに羨ましいことだろう。

率先して死にたい訳じゃないけれど、生きたいと思えるだけの理由もない。こんな中途半端な私にはもったいないほど恵まれた環境での幕引きにはちょうどいいのかもしれないけれど、いくらなんでも焦らしが過ぎる。

 

気色の悪い声をあげる化け物たちに早くしてと首筋を差し出しても、降ってくるのは呻き声ばかりで望んだものはなかなかくれない。

 

 

カミサマは意地悪だ。

死に抗って闘う内は近付けて見せつけて、死を受け入れて欲したなら嘲笑いながら遠ざける。

 

全知全能の慈悲深いカミサマを信じていたわけではなかったけれど、貴方は無邪気な子供のように残酷で。

 

もし本当にカミサマが存在するならば、貴方はまごうことなき邪神ね。

 

 

 

 

「なぁ」

 

思考の海に潜り込んでいた私を引き戻す、小さな、それでいてしっかりした声が辺りに響き渡る。

 

いつの間にか化け物たちの呻き声は止み、虫の音と木々のさざめきが聴こえる静かな森に戻っていた。

 

 

不意にかけられた声に頭をあげると、細身な身体には似つかわしくない簡素な鎧と剣を携えた少年が、泉のほとりに静かにたたずんでいた。

食虫植物が果てて散ったんであろうポリゴンのライスシャワー、夜の森の暗緑と白銀の満月を背に、その中性的な貌をゆがめて怪訝そうな表情を浮かべている。

 

水墨画のような色白黒髪な少年と、一見アンバランスにも思える色鮮やかな背景とで織り成すその絵はとても幻想的で。月に照らされて控えめに煌めく長剣を手にした彼は、まるでお伽噺に出てくる死神のようだった。

 

 

「アンタ、何してんの?」

 

 




リトルネペントが水に弱いのは本作独自の設定です。

見切り発車なので何処まで続くかわかりませんが頑張ります
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