52ヘルツの人魚姫   作:UMA(未確認生物)

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第02話 はじまりの気配I side K

アインクラッドに閉じ込められて約一月。

状況は悪化の一途をたどっている。

外からの救助は兆しすら見えず、100層もある階層の一つすら攻略出来ていない。加えて、1万人弱いたプレーヤーは命の花を散らし続け、8千人にまで減っている。

このままの死亡ペースで行けば半年後には全滅。そこまで行かず全滅を免れたとしても、階層ごとに1ヶ月かけていたら、100層をクリアする頃には100ヶ月、つまり8年以上もかかる。

最早生還は絶望的と言っていいだろう。

 

こんな状況下で活気など出るはずもなく、始まりの街を含め各町々は陰鬱な空気に包まれていた。

 

 

「息が詰まりそうだ」

 

 

ただ一つ、トールバーナを除けば。

 

今日この日、この世界で初めての大規模な共同戦線に向けた作戦会議が行われる。会議の開始時刻は正午と告知されているが、町に設立されたコロシアムのような広場には、10分前の時点で50人を超えるプレーヤーが詰めかけていた。聴講だけの人間もある程度はいるだろう。しかし集まった人間の殆どが一層の攻略には充分に強化された武器を携え、鋭い目付きで広場の中央を見詰めていた。

 

身動ぎ一つさえ戸惑われる空気の中で思わずぼやいてしまった俺の方を睨みつける視線の多さたるや。僅かに頭を下げた後、今度は気づかれないように小さくため息をついた。

 

 

 

フロアボス戦に向けて共同戦線を張るという宣言に一月かかったのがはてして早いのか遅いのか。β版での攻略スピードを考えると遅いのかもしれないが、リアルデスゲームの攻略としては早い方だろうと思う。

ここに閉じ込められた人間は、現実世界において命がけで闘う場なんて経験したことなどないだろうし、その殆どが赤の他人同士ならば信頼関係を結ぶのだって難しい。小規模なパーティならばいざ知らず、レイドとも呼ばれる大人数なんて下手をしたら不和しか生まれない。

フロアボスの場所自体は1週間くらい前に特定されていたろうが、各々が少人数で挑んで這々の体で逃げ出す、若しくは殺されるのが関の山だった。

俺とアキも部屋の扉は見つけていたが、挑戦することなくレベリングに勤しんできた。

勇気と無謀は違う。正真正銘のボスにたった二人で挑むのは愚行だし、蛮勇だ。戦場では彼我の実力を測れない者から死んでいくのだ。今日まで生き残れた事を鑑みるに、俺たちは賢者ではなくともまだ愚者には堕ちてないなだろう。

 

ならば賢者ならどうするか。簡単だ、少数で勝てないなら多数で挑めばいい。しかしそれは机上の空論であって、現実では先の理由で却下される。

 

 

そんな状況下で会議の開催を告知した発起人には尊敬の念を抱くし、期待もしている。俺なんかには出来ないことをしてくれるプレーヤーならば、もしかしたら、なんて。

まずは話し合いだけとは言えこれだけの人数を招集できた辺り、統率力、求心力は合格点と言えるだろう。踊る会議にならないかは多少不安だが、それは主催者だけの責ではないし、開催前から完璧な会議まで求めるのは酷だ。

リーダーシップのテストなんてものがあったら赤点どころか落第点な俺が、どの目線から批評しているんだって話だけど。

 

 

隣にちらりと視線を向けると、アキは退屈そうな表情でぼんやりと空を眺めていた。

手には昼食の残りの丸パンもどきが握られている。同じものを昼食として食べたが、緊張感で食べきれなかった俺とは違って、単に満腹になったんだと思う。その丸パンは安価だが硬くて素朴な味のため、単一では食べれたものではないが、彼女は粗末なそれに文句の一つも言わずに付き合ってくれている。ただ元々食が細いのか、パンにしても他のものにしても、常人の半分程度しか口にしない。いつか倒れてしまわないか心配だ。

じっと見つめる俺の視線に気付いたのか、彼女は細い頸を傾げる。言外にどうしたのかと尋ねる彼女に、無言で頭を振って何でもないと答えた。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

会議は俺の不安を良い意味で裏切り、恙無く進んだ。

よく通る声で会議の開始を告げたのはディアベルと名乗った青髪の青年だった。歳の頃は大学生といったくらいで、整った顔立ちの彼は「気持ち的にナイトやってます」とおどけて見せた。ソードアート・オンラインには職業の概念はないが、それを踏まえた上で中々の掴みだった。会場の何人かはおちゃらけた挨拶に顔を顰めていたが、彼のパーティメンバーを筆頭に上手く場を盛り上げていたため、参加者の多数は笑みを浮かべていた。

ユーモラスな自己紹介で張り詰めていた空気を和らげ、穏やかなものにしてみせた彼の手腕に感心する。これはもしかしたら想定以上の人物かもしれないと、内心のディアベルに対する評価をワンポイント引き上げた。

 

 

その後もボス攻略の手順や連携上の取り決め、報酬の配当など、如才なく会議は進む。あらかたの約定が終わると、彼は「ゲームクリアを示すのはトッププレーヤーの義務である」と参加者の士気の鼓舞までしてみせた。押し付けがましい上から目線でなく、絶対にクリアするという宣言が周りに伝播する。

参加者の皆が拍手でディアベルを讃えていた。俺も控えめだが、拍手を送らせてもらった。

 

最早先までの陰鬱な空気はない。

参加者の誰も彼もが決意に満ち溢れ、明日の攻略に向けて良い雰囲気に包まれていた。現状ではこれ以上にない、いい会議だった。

こういう人物が今後の攻略を先導していくのだろう、短時間だが俺を含め皆がそう確信していた。

 

だが、そんな空気をぶち壊す馬鹿が現れた。

今回の功労者のディアベルを半ば押しのけて、壇上に上がり込んできたのはキバオウと名乗る男だった。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

きつい関西弁を話すその男は、成人男性にしては小柄だが、がっちりと絞り込まれた体躯をしていた。そしてサボテンの様としか形容できない刺々とした頭が目を引いた。

腕を組んで鼻息荒く、まるで暴漢の様な立ち振る舞い。爽やかなディアベルと対極的な出で立ちのキバオウは、彼の信奉者なのであろうメンバーを後ろに立たせ、会場を鋭い眼光で睨みつける。組まれた腕の間から見える握り締められた拳は、現実世界なら血が出ていてもおかしくないほどにキツく爪を食い込ませていた。

何に怒っているのかと皆が不思議に思う間も無く、彼の男は荒々しい所作はそのままにベータテスターの非難と糾弾を始めた。

 

曰くベータテスターは利己的な卑怯者、テスターがビギナーを見捨てなければ2000人も死ななかった、死んだ者たちに詫びて装備と金を吐き出せ。俺たちはお前たちを信用しない。

 

男は演説、もとい脅迫を一通り終えると、側に控えていた仲間たちと満足そうに頷いている。会場を残ったのは、冷ややかな視線と嫌になるほどの静寂だった。

 

それもそうだろう。装備を見る限り、この場に集まっているのは殆どがβテスターなのだから。隣のアキラを含め何人かは例外もいようが、彼女のような人間は希少だ。

知識もない、情報も少ない、ノウハウもない、ないない尽くしの現状ではよほどのセンスがない限りここまではたどり着けない。その彼女ですら、βテスターの俺と行動していたから今ここにいるわけで。

 

その点では壇上の男はかなりの実力者なのだろう。あの言いようではパーティメンバーにもβテスターはいないようだし、自分たちの力だけでここまで来れたのは素直に賞賛に値する。

 

それに、奴の言い分も理解できる部分はある。

奴の言う通り、βテスターが率先してニュービーを指導していれば2000人と言う死者は出なかったかもしれない。今のような反目もなければ、攻略に参加する人も多かったかもしれない。

 

だがそれは、βテスターがその他9000人の命の責任を取ると言うことだ。

 

ニュービーたちはβテスターを神格化し過ぎている。

βテスターは完全無比の超人ではない。

運良く製品版になる前にSAOをプレイすることが出来ただけの人間だ。

俺はただの学生だったし、他のβテスターだってごくごく普通の生活を送っていたはずだ。

命を懸けてモンスターと戦ったこともなければ、他人の命を預かって戦い方を誰かに教えたこともない。

そもそも、βテスターですら一様ではない。俺のように毎日ログインしていたゲーマーもいれば、なんとなくで応募してたまたま当たったようなライト層だっていた。アーリーアクセス中に常時ログインしていたのは300人前後と考えると、大多数はニュービーとほとんど変わらないだろう。

 

みんなが自分のことで精一杯の中、経験したこともないことに責任を持ちながら、他人を導く。

それはあまりに理想論過ぎるし、暴論だ。

それに例えβテスターがニュービーを指導したとして、その果てに死者が出たら、それはそれでβテスターを非難し、排斥する流れになっていただろう。その場合は、今以上に対立も深まっていたに違いない。

 

悲観主義者ではないが、俺ですら最悪の事態がありありと想像できるのに、俺より遥かに歳上であろうキバオウにはその現実が見えていない。

 

 

それにだ、もし仮にここでβテスターが謝罪して金品と装備を差し出したとして、今度はその配分をどうするのかという問題も出てくる。

換金して全員に均等に配るのか、何も知らない一般人に抽選して配るのか、まさかとは思うが奴らだけで独占するつもりだろうか。

最前者は現実的でないから、後者二つのどちらかだと思うが、それもまた揉め事の原因になるに違いない。

 

加えて、ボス攻略は間違いなく延期になるだろう。くどくなるが、この場にいるのはほとんどがβテスターだ。

金品装備を吐き出したら攻略には間違いなく参加できないし、そんな追い剥ぎまがいのことをされては今後一切ニュービーへの協力などしないだろう。殴られた拳の痛さは忘れないものだ。

 

せめて、せめてだ。

ニュービー支援基金みたいな名前で資金提供を募る形ならば、βテスターにも譲歩の余地はあった。

βテスターだって鬼じゃないない。ニュービーを放置した罪悪感を抱えている奴だっているだろうし、純粋に善意で募金してくれる人もいたはずだ。

それならばお互いに禍根も残らないし、気持ちのいい関係で今後の攻略にも臨めただろうに……

 

未だに壇上にいるキバオウは、βテスター憎しの感情が強すぎて譲歩する様子はない。

 

 

これはこのまま閉会し、ボス攻略も延期になるパターンのような気がする。

このまま時間を無為に送るのなら、アキと一緒に会議を抜け出して帰ってしまおうか。

 

俺の頭の中にそんな考えが浮かび始めた時、静まり返っていた客席からゆったりと手が上がった。

「発言いいだろうか」とディアベルに一言断って立ち上がったのは、チョコレート色の肌をし、筋骨隆々の大男だった。

厳つく彫りの深い顔立ちに、つるりとスキンヘッドにカスタムされた頭部。帰化人か異国の血を引いているのだろう、エギルと名乗った彼の威圧感は凄まじいものだった。

客席の後ろから眺めている俺ですら怯んでしまう風貌に、直接対峙しているキバオウが半歩後退りしてしまったのも納得だ。

周りの参加人も固唾を飲んで大男を見つめている。ディアベルも緊張した様子を隠しきれていない。ディアベル派閥の人間かと思ったが、そうではないらしい。

 

どんなことを言うのかと周囲が再度緊張に包まれる中、エギルの発言は至極真っ当なものだった。

 

曰く、彼やキバオウたちニュービーが使っていた情報誌はβテスターが有志で作成したもので情報は均等に与えられていた、多くの人が亡くなったのは慢心していたからで、先人に学び油断なく攻略会議をするべきだろう。

俺たちの敵はモンスターと茅場であって、攻略をする同じプレーヤーじゃないはずだ、と。

 

その発言に、俺を含め周りは「あぁ、この人は大人だなぁ」という感想を抱いたに違いない。発言冒頭は静まり帰っていた周囲も、エギルが着席する頃には拍手で迎えていた。

 

あまりに正論なのでキバオウが感情で反発するかと思えば、奴も自身の発言が周囲に歓迎されていないことをようやく悟ったらしい。不承不承という態度ではあったが、信奉者を引き連れて席に戻る程度には耄碌していないようだ。

ニュービーにもかかわらず、メンバーを率いて最前線まで来れる実力者なのは伊達ではないらしい。退くべき時にその判断を下せる程度には理性的な人間なのだろう。それにも関わらずアホみたいな演説をしたということは、自身がβテスターに酷い目に遭わされたか、それとも……

 

 

「キリト」

 

隣から話かけられて顔を挙げると、会議場にはアキと俺と、ディアベルグループの数人しか残っていなかった。

俺がぼうっとしている間に会議は終わってしまったらしい。

アキは退屈そうに濁ったような瞳を向けていた。会議が終わったからかなりの間待たせてしまったようだ。彼女に軽く謝罪して、立ち上がる。

 

コロシアムのアーチをくぐると、空は茜色に染まっていた。




途中説明がなかったので分かりにくかったと思いますが、キリトはアキラをアキと愛称で呼んでいます。
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