文体が変化していかなければ……いいなぁ、と思います
最初に言っておく。
雑音ではない。騒音だ。
その旋律は魂の叫びであった。
それがなにを意味するため叫んでいるのかは分からない。
ただ、心の底から。
魂の。
命の。
全てを擦り潰してなお知らしめんとしているのは分かった。
そして、俺はそのために機能を一部破損した。
そのために、疑問を抱いたのだ。
これだけの叫び。
感情をありったけ詰め込んで、言葉が通じずとも意志を介せる共通言語のように。
何かがある、と次元の壁を貫いてまで俺に訴えかけていたために。
ただ一つの祈りは。
いったい……何のために? と。
その疑問は原動力となり。
ありえぬ筈のこととして。
俺を、そこへ赴かせたのだから。
後に知ることになるのだが。
俺には知る由もない事だが。
人は、自身さえ擦り潰しかねない魂の歌を。
——絶唱、そう呼ぶのだそうだ
そうして、宝物庫の門は僅かな隙間がこじ開けられた。
それまで、眠っていたのだろうか。
意識を取り戻し、視界に映ったその光景。
それは、地獄と呼んで差し支えないものだった。
……なんだ?
と、思わず呻いてしまうほどに。
炎。
一言で言い終えられてしまう。
付け加えるなら、瓦礫、だろうか。
そこは何かしらの建造物の内部であり。
完膚無きまでに破壊され、火災の真っ最中であった。
しかしながら、何故、俺はこのようなところにいるのだろうか。
——呼ばれた?
自問してみると、直感でそんな答えが浮かんだ。
不思議としっくり腑に落ちる感があり、それに納得できたのであるが……しかし、誰に呼ばれたのか、何のために呼ばれたのか。というか本当に呼ばれたのか。直感には根拠がないためさっぱり分からない。
「ギ……ギギ……」
なにかの、うめき声のようなものが聞こえる。
瓦礫になったせいで悪くなった足下に悪態をつきつつ、炎を避けて呻き声の方角を見通せるよう移動すると、奇妙な光景を目にする。
「ギギギギギィ……ッ!」
なんだろうか。
大きさは子犬程度だろう。
白い、目も鼻もない深海魚。確かワラスボと言ったか?
それに手足の生えたような……奇怪な生き物が呻き声を苦しげに漏らしつつ、どんどん縮んでいくのだ。
予想するに、実際はもっと大きかったのだろう。だがしかし、俺が発見したときには既にこのサイズであり、さらにはどんどん縮んで行っている。
……なんだ、これは?
考えても、分からないものは分からない。
そのまま観察していると、手の平サイズの胎児の様な姿まで押し込めれて、全く動かなくなってしまった。
もう、ウンともスンとも鳴きもしない。
ピクリともしなくなってしまったため、こちらとしても気にはなるが優先順位を下げざるを得ない。
目下、情報が欲しいのだ。
ここはどこなのだ。どうしてこんなに荒れ果てているのか、なぜ火事なのか。今の生き物はいったいなんだ、と挙げてみればきりがない。
兎にも角にも現状を知りたい。
などと、思ったより自分は冷静さを失っていたらしい。
縮んだ怪生物より視線をあげると、何より気付かねばならない事柄に遭遇していたことに、反応をだいぶ遅らせてしまっていたのだから。
大丈夫か!
思わず怒鳴ってしまった。
それほどに大丈夫ではないものを目にしてしまったのだ。
どうして今まで気づいていなかったのか、目の前には満身創痍の少女が膝を折り、呆然としていたのだ。
美しい少女だった。
だが、その美しさも痛々しさに塗りつぶされてしまっている。
体の内部にも余程のダメージが浸透していたのか、七孔噴血という有様——致命傷だと諦めてしまいかねない程酷い流血が彼女を赤く染めている。
本来なら整っているであろう顔立ちが、流血で真っ赤に染まった瞳のせいで凄惨な有様になっていた。
大丈夫だ、助けにきたぞ、安心してくれ。
現状が何も分からないのに何を言っているのだ、と俺の冷静な部分が文句を言っているが知ったことか、まずは彼女を安心させねばならない。
だが、俺の意図とはまるで魔逆に、彼女は俺に対して表情を歪ませた。
「ひっ……嘘……なんで……」
俺は余程険しい表情でもしていたのだろうか。
まだ年若い——幼いと言ってもい少女が怯えるほど俺は強面だっただろうか。
若干ショックを受けつつも、俺の聴覚は罅入るその音を逃しはしなかった。
天井が、崩落する。
が、躊躇などするわけもない。
踏み込んだ足は床下を粉砕し、その反動で跳ね飛ぶように少女に向かう。
当然、彼女は俺の勢いに恐怖を感じたのだろう。
身を竦ませるが、このままでは瓦礫の豪雨に巻き込まれる。俺の顔が恐ろしいなどと言う文句は後で受け付けるとしよう。
即座に彼女を抱き抱え、地を蹴り、再びその場を離れる。
刹那。
轟音と共に背後で天井が崩れ落ちたのはまさに間一髪であった。
……いや、大丈夫だとは思ったが、ギリギリだったな。
「ひぃ、え、えぇ!?」
いや、喋っただけでそこまで怯えないで欲しい。その怯えを軽減するための軽口だったために、全く功を奏していない。
ショックが上積みされた感じだが、人一人救えたのは我ながら感動がこみ上げる。
だが、情報が欲しい問題に対する解決は全く進んでいない。
幸いにして正面、先ほど少女が居た後ろには情報源になりそうな人物が居る。
二人だ。
一人は自分が抱き抱えている少女より少しだけ年上の少女だった。
目鼻立ちが似ている。おそらく姉妹だろう。
そして、二人の保護者だと思われる妙齢の女性が一人。
情報はこちらが期待できるだろう。
しかしお互いこんな状況で初対面。信用などされる筈もない。
それよりも先に、七孔噴血している少女をまず治療しなければ。
一歩。
二人とも合わせて一歩下がる。
待て、俺は成人女性にまで怯えられる程なのか。
二歩。
「セレナ!」
「待ちなさいマリア!」
なんと、こちらに向かおうとした少女を女性が引き留めた。
ふむふむ。こちらの少女がセレナで目の前の少女がマリアか。
などと現実逃避して状況分析してしまうほどにショックである。
保護者が子供を引き戻すほど俺は不審者か。
まずはこの子の治療だ!
と半ば怒鳴るように言ってしまったのは憤りもあったからかもしれない。
そうして踏み出した三歩目は。
地の感触がなかった。
正しくは、”足の感触がなくなっていたのだ”。
咄嗟に残った足でバランスをとる。
視線を下ろせば、黒い炭の固まりが見えた。
——まさか、これが俺の足のなれの果てなのか
あり得ないはずのことなのに、この発想は間違っていないと思ってしまった。
何故なら——
あぁ。時間切れか。
と、納得してしまったからだ。
自分で思ったことであるにも関わらず、それはいったい、何の時間か——と疑問を覚え
さらなる事態と驚愕が畳みかけるように俺を襲ってきた。
身が沈んでいく。
さっきのように下から炭化しているのではない。
いや、炭化崩壊は進んでいる。ゆっくりとだが、先程崩れ去っていた足がさらに加速して腰まで崩壊が進んでいるのが感覚で分かる。
それと同時に。
文字通り、体全体が地面に沈んでいくのだ。
それも落ちるような速度でだ。
一体これは何だ。
水に潜るものと何も変わらない。
地面に対してそんなことあってはならない。
まずい。
せめて、せめてこの子だけはこの道理を無視した現象から助け出さなければ!
咄嗟に腕の中の少女、セレナと言ったのだったな。を抱え上げ、目の前のマリアに託そうとする——
前に、両腕が真っ黒に崩れ落ちた。
少女が、セレナが俺の腕だった炭から落下する。
なっ!?
地に激突すれば、こんな瓦礫の山だ。重傷のセレナは致命傷になりかねない。
だが、その心配に限って言えば杞憂だった。
瓦礫に激突すると思いきや、セレナの身が俺と同様、抵抗もなく地に沈み込んでいく。
お、おのれ、くっそおおおおおおお!
「セレナああああああああ!」
抵抗むなしく、俺とセレナは地に飲み込まれ、ただ絶叫が響き。
視界は暗転した。
コアモジュールの回収完了
搭載予定の筐体に異常無く取り付け完了
筐体に待機指示
次期指令の下賜まで活動を休止
コアモジュールに規格未登録の関数を確認
起動後の活動時、作戦へ支障の可能性、上限値の予測不可能
対処命令。コアモジュールを摘出、ルーチンの規格統制後、再搭載
拒絶確認
摘出不能
修正不能
一時保留不能
廃棄不能
破壊不能
排除不能
——関数による筐体の改竄を実行
ロールアウト
起動実行します
とかなんとか。
よく聞き取れなかったし、聞いたところで分かり難い業務的な連絡だった気がしたのだが。
兎角、俺は変なところに立っていた。
なんと言おうか。
手が鏝の様になっている、頭にウサギ耳のようなものがある。などなど、珍妙なところはあるが、だいたい人型のそれがずらりと整列しているのだ。
微動だにすらしない。
まぁ、いい。後だ。
セレナを見つけなければ。
すぐに見つけなければ命に関わる。
あれはそれ程の重傷だった。
——何故、俺の手足が戻っているのかなどは、後で良い
幸い、彼女は俺のすぐ近くにいた。
駆け寄り、脈をはかる……弱々しい。
呼吸も浅く、多い。生命維持が困難になってきている証だった。
なにも事態は改善してはいない。
彼女は相変わらず死に瀕していた。
何とかしなければ……と。
周囲を見回すが、先ほどの人型がずらりと並んでいるだけで何もな、なにも……なんだあれは。
ガラクタ、としか言いようのない積み上げられた山がある。
人型の隙間をすり抜け、辿り着いた俺は第一印象を裏切るすさまじい実態に絶句したのだった。
それは至宝であった。
こんな無造作に積み上げられているもの、一つ一つ。俺がガラクタなどと思ってしまったがとんでもない。
その美しさ、適切に扱えば俺の目など潰れてしまうのではないかと思える調度品、神々より賜ったではないかとしか思えぬ気配を放つ武具。
未だ瑞々しい潤いを保っている未知の果実などなど。
何故こんなものが、ということよりも、この中にならばセレナを救う手だてがあるかもしれない。
俺はそんな希望を抱いた。
時間は限られている。
俺は至宝の山へ駆け寄り、何か手だてを探すため、まずは彼女を安静にできるところへ寝かさねばと周りを見回し、豪勢な寝台と思わしきものを見つけだした。
ひとまず、彼女を横にしよう。
低反発で、かすかに彼女が沈み込む程度の緩衝素材。
これならば、どこかに負荷がかかることもあるまい……。
と、一安心して気付く。
寝台に。粘土板が添えられている。
ふむ。
俺は戦士ではあったが、幼馴染みが巫女だったから何故か一緒に読み書き計算を教えられてたからなぁ……もう、粘土版は見るだけでうんざりである。
だが、それもこれを読めた事に繋がるなら、やっておいてよかったと思えるだろう。
なになに。
ここに対象を寝かせた後。
この、寝台の横についている三つの操作盤で設定する、と。
三つの操作盤はそれぞれ、三つの円とその中に正三角形が頂点を円に接するように描かれている。
中央にはそれぞれ三角形の頂点へ向かうカーソルが三つ集まっている。
そして、その頂点にはそれぞれ。
あっさり。ふつう。こってり。
甘味。塩味。酸味。
コシ、やわらか、特殊行程素材。
などと記されているので。
三つの割合から好みにあわせてカーソルを移動……と。
そしてレバーを引く……。
あぁ、これか。
すると?
ガッコン、と仕掛けが発動し、セレナの眠る寝台に覆いが被さっていく。
で、次は——
一気に読むなど俺には無理なもので、順番通り目を通していく。
説明の最後の一文、それは俺の思考を一気に吹き飛ばすものであった。
そう。
後は待つだけで、指示した通りのほっかほかのお食事が提供できま……なんて書いてああああああああああああああああああああああッ!!
あわてて覆いを吹っ飛ばして彼女を救出した。
親切にも粘土版が添えられている至宝を片っ端から漁り、なんとか彼女を安定させるに至る苦労は想像を絶したといえよう。
それをこの場に記すと粘土板数百枚の大長編に至ってしまうため、省かせてもらう。
寝台(本当に寝台)で安らかに眠るセレナを見て、次は栄養だな、とある果実を拾う。
一応説明を一読。
『元気になりすぎて人間を止めます』
うん。ボツだボツ。
果実を投げ捨て、しばし悩む。
ふと、目に映ったのはセレナを調理しかけたあの寝台もどきだ。
消化に良さそうなものを適当に作って彼女のところへ持って行く。
本当に……
達観しつつ、掬うための匙を探して……おぉ、あったあった。透明な封に入っている。
何でもあるなここ。ちゃんと密封してるからきれいだし。
なんてしていたら。
セレナと目があった。
いや、前から視線を感じていたのだが……。
観察し、状況を判断していたようだ。
まだ幼いであろうに、余程過酷な人生を送ってきたのだろう。
まあ。
空腹だろうし、食事をとれば警戒も減るだろう。
……毒、とは思うまい。と、思いたい。
なにせ、意識を失っていたときなら混ぜ物などしなくても色々盛り放題だしな。
そうして。
目が合ってしまったため狸寝入りが出来なくなった事を観念し、身を起こしたセレナに粥(っぽい)を差しだしてみると、恐る恐る受け取ってくれた。
彼女は、手に持った粥と俺を何度も見て……。
ぽつり、と一筋の涙をこぼした。
予想外の反応に身が竦む。
俺はやっぱりそんなに怖いのか。そこまで人相が悪いのか、と。
「なんで……?」
ぽつりと、彼女がこぼした。
俺はじっと聞くことにした。
吐き出させた方がいい、そう思ったからだ。
「今まで、誰も助けてくれなかったのに……大人たちはみんな、私達のことを実験動物か何かにしか見ていなかったのに……どうして——?」
セレナが俺をみる。
「どうして今更、よりにもよってノイズが助けてくれるの……? こんなに、こんなに優しくしてくれるの……?」
今まで、人の善意、というものから縁遠い場にいた為だろう。
人の善意が信じられぬ訳ではない。彼女自身の性質から、善よりの存在であるのは確かだからだ。
あの災害の場にいた、恐らく姉。彼女と身を寄せあい、つらい境遇に耐えてきたのだろう。
本来庇護すべき大人が、彼女を守ってこなかったのだ。
故に、与えられる善意に戸惑っているのだろう。
ところで。一ついいだろうか。
「首傾げてる? ……もしかして、自分がノイズだって気付いていない? いや、あの、でも、自分がノイズだってノイズが自覚しているのかは知らないけど……」
そう。それだ。
ノイズってのは一体……なんなのだ?
いや、意味は分かる。雑音と言う意味や、不要な情報と言う意味があるのは知っているが。
人に向けるには失礼な言葉な気がするのだが。
えーと、えーと、と、セレナは周りを見回し、至宝の中から顔が映るほどピカピカに磨かれた金属板を取り出し、俺に見せた。
…………なんだ、これは。
そこに映っていたのは、星だった。
星形の何かが立っている。
中央には、あちらで整列している人型同様、緑色にぼんやりと輝く板が丸くはめ込まれていた。
あぁ、うん。
星と言ったがそんなに体裁のいいものではないな。
これは海星だ。普通の海星と違ってなんか立ってるけど
え?
何故に?
何故俺が海星になってるんだ?
え?
ええ?
絶叫した。
「え? やっぱり気付いてなかった!? うん。今ものすごく驚いてるのは分かるよ、ごめんなさい、そんなに驚くなんて思ってなかった! あ、助けてくれてありがとう。このご飯もありがとう……ん、あ、おいしいよほら」
庇護すべき幼い少女に気遣われながら、俺は俺の姿が映ったものの前で立ち尽くすことしかできなかった。
ところで。疑問は解決していない。
ノイズとは、いったい……何なのだ?
主人公、セレナを助けている間、手足が崩れているの見ているのにさっぱり気づかない
熱中すると視野が狭くなるタイプです