騒音のミストレス   作:九十欠

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どうも皆さまお久しぶりです。
危うく本当にエタりかけた九十欠(つくもにかける)です
出張して執筆の習慣が途絶えたらダラダラと書かない日が増えてこんなことになってしまいました
ちまちま書いていたものを統合したら自己矛盾発生したりプロット反逆したりで、こんな時期になってしまいました
ゆっくり書いていくので、気が向いたら読んでいただけると幸いです

気がつけば
セレナが実装
時過ぎだ


04 芻夢

「響! ライブ行かない? ライブ!!」

 始まりは、取り立てて特別でもなんでもない、ただ、感動を共有する一イベントで済んでしまうような――――

 

――そんな一日の開幕に過ぎなかった。

 

「う~む、ライブ? はて……あっ! 『フードファイター灼熱電流爆裂デスマッチ実況生ライブ』の事? はて。これは年末だった気が?」

「自棄っぱちの色物三倍段みたいなものが飛び出してきた!?」

 私の目の前にいるのは立花響。一番の親友で幼馴染だ。

 趣味は人助けとご飯さらにご飯。あと、けっこうお父さんっ子でその影響かはわからないが、一般的な女子とは大分感性がずれている。

 

 だから、思っていた反応とはぎょろりと違うものを持ち出してきても、いつも通りだなぁとしか思えなかったし、何よりこの話を持ちかけるに至った高揚がそんなこと関係ない! とばかりに私を後押しするのだった。

 

「そうじゃなくて! ツヴァイウィングだよツヴァイウィング! 新進気鋭の美人歌手二人組! 綺麗なだけじゃなくてリディアン音楽院の在学生でそれに裏付けられた歌唱力も抜群なんだよ!」

 

「へー。それは凄いなー」

「響ってば反応薄っすい! 聞いて驚いても知らないよ! なんと十倍以上の競争に勝ち抜き、ライブチケット2枚、ゲットしたのです!!」

「凄い未来頑張ったね! それで?」

「察しが悪いですよ響さん。私は今、一緒にいこう、と誘っているのです。しかも終わったら口コミでのみぞ知られる名店、ふらわ~で鉄板焼きフルコースなのです!」

 思わず芝居がかったセリフ回しをしてしまう。リディアン音楽院へ進学した先輩から。「行け。立地的にも味覚的にもリディアン名物であるアイドルとふらわ~をハシゴせずしてなにが音楽院生かッ!!」と強く勧められている。音楽院生関係あるのだろうか。あと、当然この先輩は音楽院生なので女子である。

 

「はいっ! 立花響、ふらわ~食い倒れ全速前進致します!」

 

 あ~やっぱりかぁ。

 私は頭を抱えた。

 チケット争奪戦の激闘を勝利でもって幕を降ろしたにも関わらず、その敢闘を讃えるよりもヨダレが分泌されてしまっているのだ。

 

 だが、響マイスター特級(自称)の私には分かるのだ。

 ツヴァイウィングは、響にとても()()のだと。

 しかし、響は鉄板焼き、鉄板焼き、とリフレインしながらぐるぐる回っている。

 ちょっと失礼かもしれないけれど小型犬みたいで可愛い。なんて感想が出て来てしまう。

 

 私自身、ツヴァイウィングの大ファンなので、胸が躍るとはこの事を言うのだろう。

 しかも、響と一緒と言うのならその感動は一際輝くというものだ。

 

 そうそう。自己紹介を忘れていた。

 私は小日向未来。

 響の親友で、陸上部員。ツヴァイウィングのファンであり、彼女達の通うリディアン音楽院に進学希望の女子中学生。

 それが私です。

 

 

 

 しかし、ネット上の争奪戦は激闘だったよ。

 わざわざプロバイダと中継局から私の家からの回線速度を比較検討、予約のコンピューターサーバーとなるべく同期を取っていの一番にチケット購入の情報を滑り込ませられるか、即席で勉強して頑張った甲斐があるというもの。

 本番自体は確定事項な感じで手に入れられたけど……うん、勝利は事前の準備が全てを決めるのです。

 その積み重ねで正直……眠気が限界でありまして。

 授業中、これは、耐えられなさそう、です。

 

 案の定、授業中にすっかり落ちた私は起こしてくれようとしているのは有り難いけど騒ぎ過ぎて即バラしてくれた響共々チョーク投擲の洗礼を浴びたわけで……。

 今時、そういうのはやらないでいいと思います……。

 

 だけど……。

 

「未来……聞いて?」

 と言うお母さんの声を聞いて、私は嫌な予感がした。

「盛岡のおばさんがね。怪我したみたいなの」

「え、大丈夫なの?」

「怪我自体はそんなに酷くないんだけど、動けなくなっちゃったみたいで。荷物をまとめ次第、お父さんが車出してくれるから」

「え……」

「今日、響ちゃんとライブに行く予定だったのは知っているわ。ごめんなさいね。断りの電話、入れてあげてね」

 そんな……としか、言葉が出てこなかった。

 

 だって……。

 だって……。

 

 私は自分からは結局、断りの電話を入れる事ができなかった。

 

「未来今どこ? 私もう会場だよ~?」

 響から、呼び出されるその時まで。

 

「ゴメンちょっと行けなくなっちゃった」

 本当は、もっと早く行けない事は分かっていたのに。

 

「ふぉおおええええええ!? どうしてぇ!? 今日のライブって未来が誘ったんだよぉ?」

「盛岡のおばさんが怪我をして、お父さんが今から車を出すって」

「私よく知らないのに~」

「本当にごめんね」

 

 自分から誘っておきながら、自分から響をがっかりさせるのが嫌。ただそれだけで、響からの連絡を待っていた臆病者のせいで。

 

「うん……私って呪われてるかもぉ」

 なんて、通話を切った響が言っているのも容易に想像がつくぐらい、あなたの事を熟知しているのに。

 

 

 

 

 

 

 結局、おばさんは入院への付き添いだけで終わった。

 病室で、大したこと無くて良かったね、とそんな当たり障りのない談笑を終え、帰ろうと廊下に出て。

 

『ツヴァイウィングのライブで発生した特異災害、通称ノイズの被害状況について、死傷者数、負傷者の受け入れ先の病院等は未だ把握仕切れていない混乱が続いています――』

「………………え?」

 

 そして、私は自分の罪を知った。 

 病院の談話室で見てしまったこの一報に、ライブに行けなかった不満や、このぐらいなら自分はライブに行っても大丈夫だったではないか、という落胆や、響をがっかりさせただろうなぁ、という罪悪感は全て自己嫌悪で瞬く間に塗り潰されたのだ。

 

 それから、どうやって自宅へ帰ったのかは記憶にない。

 時間の経過を後から逆算するに、行き同様お父さんの運転する車で帰って来たのだろうけれど。

 

 だって……。

 だって……。

 あぁ…………。

 

 ああ……いつも通りだ。

 いつもこの時この瞬間に辿り着き、繰り返す。

 だって、響はライブ自体にはあまり乗り気ではなかった。

 尤も、ツヴァイウィングの歌唱を一目見たのなら、響なら一発で感動し、そんな事気にならなかったであろう。

 

 問題はそこではない。

 

 もし私がライブに行けない事、それが分かった時すぐ連絡を入れれば響は一人でライブに参加したりしなかったのだ。

 私の、単に私の口から響を落胆させたくない、という自己保身が。嫌な事を後回しにするその性根が。

 

 私が。

 

「響ちゃん、大怪我したって、緊急手術しないと予断を許さない状態だって……」

 

 響を、死地に追い込んだのだ。

 

 許してはならない。

 決して時間の経過で風化させてはならないと。

 

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

「未来、待ちなさい!!」

 私は、両親の制止を振り切り、自分の罪を棚上げして、走り出した。

 雨が降り注いでいた。

 水たまりも避けずに踏み抜き、降り注ぐ雨粒を遮ることもなく、走って、走って、走って。

 ただただ、自分に後ろからにじり寄る罪悪感から逃げ出したくて。

 だけど、そんな事出来るわけもなくて。

 

 どれだけ走ったのかわからない。

 こんな時、陸上部員である事による無駄なスタミナが自分をかなり走らせていた。

 それでも、配分も呼吸も意に留めず闇雲に走れば力つきる。

 

 そこは、河川敷に並列して敷設されている小さな公園だった。

 普段の私ならそこの異様さにすぐさま気付いただろう。

 まるで、隕石が炸裂したかのように地がえぐれ、遊具がひしゃげたり潰されていたりしたのだから。

 だけど、当然その時の私はそんなことに気を止める余裕なんて微塵もない。

 

 体温が低下する雨の中を無作為に全力疾走し続けたせいで呼吸は乱れ、視界も踊り、天地が上に行ったり下に行ったりぐるぐる、ぐるぐると胃の中身を吐き出せと行ってくる。

 

 どうでもよかった。

 ただ、自分を痛めつけたかった。

 それが単なる、気を紛らわせるという。自己肯定――自分を傷付けているのだからそろそろ許されてもいいだろうという気持ち――に気付いて、もう一段自己嫌悪。

 手近な遊具に手を叩きつける。

 ぐえ。

 

 星の形をした、どうやって使うのか見当もつかないレモンイエローの遊具だ。

 うっ、ぐ、ごはっ。

 それに拳を打ち付け、ただひたすらに自分を痛めつけたくて。

 ごっ、がっ。

 その度に、息が詰まるような音がするが、それが私の口以外から出ようが知ったことではない。

 いや、これはだな。

 うるさい、黙って。

 

「痛ッ……」

 何度殴った時だろうか。

 遊具から飛び出ていた鋭利な……棘? でかなり深く手を切ってしまった。

 

 ポタポタポタ、と、止血が間に合わず、遊具に次々と血液が注がれる。

 きっと、それが決定的なことだった。

 

 ゲノム情報を取得

 

「え、なに……?」

 その時、ようやく気づいたのだ。

 頭の中に、無機質な声が谺する。

 

 ヴン……と鈍い音と共に星型の遊具、その中心に光が灯る。

 紫色の地に濃いめの黄色い幾何学模様が描かれたモニターが灯る。

 そこでようやく気がついた。

 これは。

「ノ……ノイズ……」

 私が無遠慮に殴りつけていたのは、人類の天敵とも言える存在、ノイズだった。

 そう。今日、出現して響に襲いかかったのだ。居たとしても何もおかしくはない。

 ノイズは一定時間の経過で崩壊し、単なる炭になってしまうようだが、まれに長生きする個体もいるのだと思う。

 響を大怪我させた私にふさわしい罰だった。

 ノイズへ追いやって親友に大怪我を負わせた私なら、ノイズで死んでしまっても妥当であろう。

 自業自得、とはこのことなんだろう。

 

 うんまぁ、そういう反応だわな。

 

「え……?」

 ノイズが、喋った。

 

 まぁ、まだ子供だから仕方がないのだが、もう少し観察眼を鍛えて欲しいものだ。

 ノイズからもの凄いダメ出しをもらった。

「ノイズだからって、それは言い過ぎだと思うんですけど……」

 

 自分の目の前に鎮座する命の脅威に対し、間抜けな抗議をしてしまった。

 

 …………は?

 ちょっと待て。

 

 レモンイエローの星型のノイズは、モニターのような中央部分を黄色と紫に明滅させながら高速で何やら自問自答を始めた。

 聞こえるのだけれど、物凄い早口で……いや、考えだから高速思考なのかな? 流すものだから、全然理解が追いつかない。

 

 愕然と、といった感じでこちらを注視(目が分からないけれどそう言う雰囲気なのは分かる)するノイズは結論を出した。

 

 何故この少女はナチュラルに俺と会話できたのだ……!!

 結論とも言えない結言だったのだけれども。

 でも、そんな普通に聞こえるのだからしょうがないではないか、との旨を伝えると。

 

 残念だが少女よ、俺の発する声は人には気合一発、叫んでいるようにしか聞こえないらしい。

 

「え……ええ……」

 え? 私なんか変な電波受信してるんですか?

 

 当機へ行動規範を下達

 

「きゃあっ……また、今の、なんの声……?」

 いよいよ以って末期に到達した。

 目の前のノイズの声らしきものとは違うものまで頭に谺している。

 いや、最初に聞いたのはこの声ではなかっただろうか。

 その事が分かったノイズはまたも早口で慄いていた。

 どうやら、動揺すると早口になる気質であるらしい。

 なんとか聞き取れた内容だと命令と、何かしらのログであるらしいけれど。

 

 問われよ。『貴官は、当機のマスターか?』

 

 ログとやらは容赦なく私の頭に響いてくる。

 これは目の前のノイズにも聞こえているらしい。

 

 そして自己紹介された。

 どこぞの王国で兵士長とやらをしていたノイズで、ハイトと呼んで欲しいらしい。

 多分偽名だと思うけれども、名乗られたのなら、こちらも返さなければならない。

 

 私が名前を告げると、しばしハイトは沈黙していたのだけれど、おもむろに立ち上がり、私の前まで歩いてくる。

 この時、既に私の中で、このノイズで死ぬことは出来ないだろう事は分かってしまっていた。

 

 だけど。

 

 問おう。

「あ、は、はい」

 

 

 

 あぁ……もうすぐだ。

 もう、目が醒めるのだ。

 

 この夢を見ない日は無い。だから、もう分かるようになってしまった。

 これは自戒なのだ。

 

 たとえ響が許したとしても……いや、響なら絶対許してくれるだろう。だから、それだけは乞うてはならないのだと、決して楽になろうとしてはいけないのだと。

 私が、私を絶対に許してはいけないのだと。

 罪を無かった事になどしてはならないという事を。

 常に自罰し続け、許す事なく苦しみ続けよ、と。

 

 

 

 響を傷つけたノイズという存在……このノイズ、ハイトのせいでは無いのだろうけれど、提示した事を受ける事は、これ以上無い私への罰となるのだと。

 

 

 

 貴女が俺に適合したマスターか。

「………………え、あ、はい?」

 それを聞いて抱くのは当然ながら、困惑でした。

 だけど、ストン、と胸に落ちる納得が、そのノイズへ手を伸ばす切欠となったのは確かで。

 

「よく……分からないけれど、その……私で良ければ、お願いします」

 そう告げて、その手を握ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 か~ら~の――

 

 日差しがカーテンの隙間から差し込んで来る。

 そう。

 いつも通り、毎日見る悪夢から覚めたに過ぎない。

 そう。

 一日の始まり、誰が何と言おうと、朝であることは間違いない。

 

 朝だった。

 朝だ。

 そう、朝である。

 

 朝、朝、あさ、アサ、アサ!

 朝になったってゆーのに!

 

「ふん……ぬぅっはぁああああああああああ……!!」

 瞼を開いたらヒトデによる腕立て伏せ(Push‐up)が視界一杯に広がっていた。

 

 うっわー。

 朝っぱらからこれは食欲無くすなー。

 

 寝返りを打って天井を仰ぎ見る。

 

「クゥううううう……っかぁぁぁああああああああっ……!!」

 梁を握力だけで掴み、身を上げ下げするヒトデの懸垂(Chin‐up)

 

 オーマイゴッド。

 神は私に天を仰ぐ赦しさえ下さらないらしい。

 

 身を起こす。

「ふん、はぁ! はっはぁ!」

「もっと……もっとだ……!」

「…………はぁ」

 大して広いとは言えない私の部屋を埋め尽くさんばかりに犇めき、ビルドアップに勤しむヒトデ、その数実に九体。

 

 

 

 目が覚めたのに。

 

 この胸焼け間違いなしの暑苦しい光景が延々と続いている。

 ここだけで、間違いなく気温は10度以上上がっているに違いない。

「この悪夢が覚めてくんない……」

 

 ねぇ……響……。

 手を差し出したその結果。これも罰だとは……正直思いたく無いよ。

 

 

 

 

 

 

_/_/_/                       _/_/_/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 マスターと契約したものの。

 まずどうするのか、で非常に悩んで居た。

 

 うーむ、先ずはマスターを家に返すべきだろうな。雨でずぶ濡れだ。このままだと肺炎だな。

 結構な雨なのだ。深く切った手の手当ての際、止血に大分手こずった程である。

「いや、そんな重症にならないと思いますけど……」

 マスター。雨をなめるな。

「あ、はいごめんなさい」

 素直に謝れるのは美徳だ。誇るといい。

「あ、はい。ありがとうございます」

 帰ったら湯に浸かるかどうにかして、体を温めるといい……問題は、俺かー。

 

 特異災害とまで言われているノイズ。これ以上日常にそぐわぬ()もいまい。

 俺は他のノイズと違ってすり抜けとか出来ないしなぁ。

 

「あの……家に来ませんか?」

 ……一般家庭に、ノイズを?

「私の両親ならなんとかなりそうです」

 凄いな。凄い両親だな。

「魔法少女物の漫画とかで、家族に隠すのとか、大変とかよくないと思ってたんですよ。絶対無理生じますって」

 ふむ……魔法少女か。パンケーキなる単語しか知らないが。現代を俺より知っているマスターが言うのならばそうなのだろう。

「な、なんでパンケーキなんですか? あ、それともう一つ、良いですか?」

 ある魔法少女は、魔神を捏ねてパンケーキを作るらしい。魔神のトラウマになったらしいな。それと、マスターなのだからそんな一々畏まらなくて良いぞ。

「魔神をパンケーキに……? どうも、目上の人に感じてしまって……あの、そのマスターって呼び方止めてもらえませんか? いえ、マスターとしてちゃんと契約しますけど、そう呼ばれるのはちょっと……はい、未来、と普通に読んでください」

 こちらなりのケジメだったのだが……そう呼ぶならば、従おう。ミクと。うん。俺の発音だとこれが好ましい。

 

「こちらこそ、ノイズのハイトさん。これからよろしくお願いします。先ずは……おうちかー」

 気が重そうだな。あと、ミクがマスターなのだから、呼び捨てで頼む。

「呼び捨てですか……が、頑張ってみます。

気が重いのはしょうが無いですよ。こんな遅くに家を飛び出したんですから。間違いなく怒られます。だからこっちはインパクト叩きつけて有耶無耶にしようかと」

 インパクト……?

「そう、ハイトさんですよ。うん。やっぱりこれ以上のショックはないと思います」

 

 ミク……。

 彼女は思ったより、強かなようだった。

 

 

 

 が。

 見積もりはそんな予想を遥かに上回って甘かった。

 そりゃもうこってこてに甘かった。

 

「駄目でしょ未来! また生き物……海モノ? 拾って来て! いっつもお母さんが世話する事になるんだから、元の場所に返して来なさい!!」

「大丈夫だから! ハイトは自分でご飯も取れるし、面倒殆ど見なくていいんだから」

「まぁたそんな事言って! そう言って飼ったダイオウグソクムシ餓死りかけてたでしょうに!」

 

 ……ふむ。

 おお、この家は土足禁止なのか。

 雑巾で足を拭いていると、男性に手招きされた。

 ミクとその母の言い争いから逸れるようにそちらに向かうと―――

 

「チーカマ、食うか?」

 餌付けしてきた。

 

 その心遣いは有り難かったが。

 口が無いので……。

 

「そうか……」

 手を振って断るととても残念そうな顔をされた。

 辞めろ。罪悪感湧くじゃないか。

 

「お父さんも勝手に餌あげないで!!」

 しかも目敏く見られていたようで、母親に咎められた。

 可哀想にビクッと跳ねる父親。

 

「そうやっていっつも自分だけ好かれようとするんですから。それで逆にチワワにマウンティング取られたの忘れてないでしょう? なんだかんだ言ってあなたは未来に甘いんだから――未来! あなたも聞いてるの!!」

 

 哀れ父親。

 だが、色々と俺も笑えないので口にしない。したら様々なものが自分にも刺さるのである。

 

「まったく……前も蟹とかイソギンチャクとか蛸とかヤドカリとかウミウシにホヤとか海栗まで! まぁ大半お父さんが食べちゃったんですけど」

 

 食ったのか。

「うん……」

 通常、食えやしないと嫌われている海星擬きで良かった、と胸を撫で下ろしつつ。

 

 ところでミクよ。

「え……なにかな?」

 背骨の無い海産物が……お好きですか?

「えぇ……それなりに……」

「未来、聞いてるの!」

「はいッ!!」

 先は、長そうである。

 

 

 

「もう駄目〜お母さん、説教が長すぎるんだよぉ……」

 しばらくして。

 俺はミクの部屋にいた。

 なんだかんだ、育てきれなくなって放流するまで、という条件で飼育の許可された俺である。

 

 ……俺とか、放流されたら大騒ぎになると思うんだが。

 

 しかし。

 部屋を見回し。

「あんまりジロジロ部屋を見られると恥ずかしいんですけど……」

 あぁ、それは失礼した。

 ところでミクよ。もしや君の家は裕福なんだろうか。

「え? 普通の一軒屋ですし、平凡な中流家庭ですけど」

 未成年に個室を与えるとか俺の感覚で言えば裕福としか言いようがないのだ。

 

「えーっと、失礼ですが、貧しかったんですか?」

 確かに楽とは言えないが、収入は他所より多くもらっていたため貧しくはなかった。

 ただ、子供が十三人居たからな。個室という概念は裕福でなければありえんしな。と言うかミク。申し訳ない。忘れていた 。

 両親だけではなく、兄弟にも挨拶ぐらいはしておかねば―――八人ぐらいか?

「そんなにいませんよ!」

 そうか。いやでも。五人ぐらいは居るだろう? 魔獣にでも食われてなければ。

「いません! 一人っ子です! 今時、そんな大家族は話題になるレベルなんですよ!」

 馬鹿な! それでは人口が増えないではないか!

 このままではこの国は滅ぶな。

 王や祭祀は一体何をして……いや、業務からしてこれは巫女達の仕事か?

「……なんでノイズに少子高齢化を真剣にダメ出しされてんだろう……」

 割と人がポンポカ死ぬ世の中だ。

 それに負けず産めや増やさねば人類は食い尽くされてしまうぞ。

「いやそこまでこの国物騒じゃないですよ!? 今日ノイズ出ましたけどそんな引っ切り無しにあんなの起こるわけじゃないですし!」

 それは感覚が麻痺しているんだよ。

 目の前で起きなかった現実味の無さも原因だろうな。

 アレは、間違いない――エスカレートするぞ。

 

「え、ハイト……さん、現場に……居たんですか……!?」

 それについても話そうと思う。

 俺は、セレナという少女と四年間謎の施設にいた。

「謎……って、なんですか?」

 謎としか言えないからなんとも言えんが……もう、なんというかウネウネのげにゃげにゃだったからなぁ。

「うねうねのグニャグニャってなんなんですか……」

 いやもう、そうとしか言えなくてな。

「なら……もう良いです、それで」

 うむ。そうしてくれると助かる。

 

 腕をぐねぐね踊らせる俺を見て、頰をヒクつかせるミクは、思考を一旦横に置いたらしい。促して来た。

 

 だが、なんの施設だったかは辺りが付いている。アレは、ノイズの生産工場だった。

「ノイズって……作れるんですか」

 俺もよく知らんが……少なくとも俺が生きている時代にノイズなんてものはいなかった。

 分かるのはアレの目的が対人殺戮一択だという事だ、そして、ここ数年、そこから自然に溢れ出すのではない……意図的な稼働が頻発している。明らかに、その頻度が加速度的に増加中だ……。間違い無く、これから物騒な事になるぞ。

「そんな……でも意図ってどうして分かるんですか?」

 明らかにな。その時点の最善で動けばギリギリ人口密集地への流入が阻止できるような呼び出され方なんだよ。人類側の対ノイズ勢力の動きや効果を知っていなければ出来ないような絶妙さだ。まぁ、何故か出撃に巻き込まれていた俺が邪魔していたから、実際はずっと楽だったんだろうが……。

「出撃に巻き込まれていたんですね」

 そうなんだよ、しかも割と毎回。

 それで、今回のツヴァイウィングのライブにも呼びされたわけだ。

 ミクの友人が誰だったのか知らないが、もしかしたら見ているかもしれないな。

「はい……!」

 

 ミクは陰が残るものの、明るさを取り戻していた。

 それと言うのも、重症で担ぎ込まれていた友人が、なんとか峠を越して安定したとの連絡を受けたからである。

 

 ミクにとって最大の懸念事項が解消されたのは有り難いので、次は俺、となるのだが。

 正直、マスターを得たからと言って、実際、解決できるものではないのだ。

「と……言うと、どう言う事なんですか?」

 情報漏洩していたようである。

 それと言うのも、俺とセレナはその工場に半ば幽閉されていたようなものなのだ。

 俺は巻き添えで呼び出されていたが、ノイズは長時間こちらに滞在できないからな。

 いつも炭化崩壊した後、コアと思えるものが回収され、新たなノイズの体に埋め込まれるのエンドレス。

 

 それが今回、これだけの時間が経っているのに炭化崩壊する兆しもないのだ。

 俺としては牢獄から解放されたことは有り難いが、生憎、俺にとっては一番あの牢獄から出したいのは人間であるセレナだ。

 ……初対面のマスターに言うのもあれだが、セレナは非常に情緒不安定でな。

 一人にして置けないのだ。

「まるでお父さんみたいですね」

 実際、それ以上の年の差だろうしな。

「……ハイトさんは、一体、何歳なんですか?」

 さっきからさん呼びが戻ってるんだが……まぁいいか。正直分からん。

 街並みの変わりように度肝を抜かされているのは事実だ。相当の年月だ、と言うことだけしか分らん。

 ちなみに、昔俺が仕えた王、ウルヌンガル王はご存知か。

 

「すいません、ちょっと分かんないです」

 別に責めてはいない。人としては有能な王だったが、年月に伴いその伝承が風化していてもおかしくはあるまい。

「は……はぁ」

 今、この場での最大の問題は、俺がセレナの元に戻れなくなったことなのだ。

 最善はセレナがこちらに来ることなのだが……無理だろうし、嫌がるだろうしなぁ。

「その……コアとやらを回収する時はどうやってるんでしょうね」

 ………………あ、それか!!

 だが、どうやって、が全然分からない。

「困りましたね……私がマスターだから、コアを回収する時の作業をさせられるかな……? と思ったんですけど」

 可能性はあるが、ミクがマスターとして権限を把握する必要があるだろう。

 時間が掛かってしまう。出来ることなら今すぐ帰らなければ。

 

「うーん……」

 それはきっと、困り果てている俺の気を紛らわす為の、何気ない冗談に過ぎなかったのだろう。

「例えば……『開け〜ごま!』とか…………いや、なんでもないで——」

 ミク自身が恥ずかしくなって最後まで言えなくなるようなそんな冗談になる、その筈だった。

 

 

 

 コアモジュール回収ゲートへ伝達

 当機マスターの要請により、緊急展開

 隠蔽性を度外視、裏門を開門

 

 

 

 なんてログメッセージが出たせいで、二人とも固まった。

 ……はぁ!?

「じょ、冗談ですよ、冗談で言ったんですよ!?」

 分かってる!

 だが、幾ら何でもブカブカ過ぎんだろう、認証ォ!

 

 思わず頭を抱えた瞬間、俺の全身がエメラルドに輝いた。

 お、おぉ?

 

 輝きが全身を包むや否や、頭頂部からレーザーのような物が迸り、中空にエメラルドの波紋が浮かんだ。

 待て……! この()()、俺は見たことがあるではないか。

 

 波紋が広がり、やがてその向こう側が見えてくる。

 その先には果たして——

 なんと言うことだろう。

 

 その先には、見覚えのある正気の磨り減りそうな空。

 そして……。

 

 遅かった。

 耳を除く顔中の穴という穴からあらゆる液体を垂れ流し、美少女という単語をドブに突っ込むようなヴィジュアルに成り果てたセレナがエメラルドの波紋の放つ光に気付いたのだろう。

 

 俺と、目があった。

「あ、ああ、あ、ああああああああああああああ!」

 セレナあああああああああああああ!!

 セレナの泣き声を止めるべく、俺は一直線に波紋に向かう。

 だがしかし、俺は少し考慮すべきだったのだ。

 

 この門は本来、コアモジュール回収限定の門であり、ミクの何らかの力で無理やり本来の規格をはるかに上回るサイズで展開したものである。

 つまり……。

 

 俺の通過を考慮して展開したものではない、という事である。

 

 ぎゅぼっ。

 

「あ(ミク)」

 あ(俺)。

「あ゛ぁ゛(セレナ)」

 

 つまり。

 

 止まった。

 ハマった。

 つっかえた。

 

 すっぽり俺は閉まり行く門に嵌め込まれ、時間の経過に伴い、門は閉まっていく。

 お、おお、おおおおおおおおおおッ!?

 しかも安全装置全くなしの問答無用。

 四肢を踏ん張るが、全く功を奏せずメリメリミシミシ全身が潰されていく。

 

「あぁ、ああ、あああああああああ!」

 その姿に、セレナが悲鳴をあげる。

「あ、あああああ、あ、そうだ。Seilien coffin airget-lamh tron(ヒトの夢、小夜曲は星の瞬き)

 はい?

 

 セレナが、対ノイズ装甲を展開し、よいしょお、と拳を振り上げた。

 

 待て。待つんだ。何するか分かっているので敢えて言うが、何をする気だ。

「エネルギー・ベクトル収束、推進強化ッ!!」

 待て、いや、それどんだけ本気だ。

 身体駆動など全くもって適当な踏み込みはしかし、そのエネルギーを全て全く無駄にする事なく、セレナの吶喊力に変換され、爆発的な速度で突っ込んで来る。

 

 ヤバイ。砕け散るぞこれ。

 

 全身完全にハマっていて身動きは全く出来ない。必滅とはこの一刺しとは正にこの事か。

 だから、俺を救ったのは外的要因だった。

 

「えと……えぇっと……もっと開けゴマ!!」

 背後から聞こえるミク(マスター)の声に全身が輝き——

 

 コアモジュール回収ゲートへ伝達

 当機マスターの要請により、緊急展開・規格拡張

 隠蔽性を度外視、裏門を維持

 

 

 開くんかーい!!

 いや助かったから文句がいかんのは分かるが。マスター権限大きすぎやしないか?

 とはいうものの、流石にギリギリである。

 生じた僅かな隙間で体を捩り、ストラックアウトよろしく俺を撃ち抜こうとしていた拳をかわす。

「え、うわ避け——」

「きゃああああ」

「え、今誰の声、見えない!?」

 

 分かり易く言うと、拳をかわされ驚愕したセレナが俺に激突。

 スポンっと言う音と共にすっぽ抜けた俺は背後にいたミクに勢いよく突っ込んだ。

 俺の背中に押し倒される形になったミクは当然悲鳴をあげるが、俺の体が邪魔でセレナには見えなかったのである。

 

 よいしょ、とセレナを退かしてミクに手刀をかかげて謝罪。

 なんと——言う事だろう。

 セレナ脱出ミッションコンプリート!!

 

「え……どうして一片の悔いも無さそうに拳振り上げてるんだろう」

 まあ、ミクは分からないから仕方あるまい。

 この達成感を。

「ところで、この子、誰?」

 周りを見回し、訝しげなセレナ。

 相手が年下なのに、全身が逃げ腰なのが情けない。

「き……綺麗な外人さんだ……」

 ミクが思わず漏らした言葉に眉をひそめるセレナ。

 確かに、セレナは顔中ギットギトにしている自身の体液がなければ極めて美少女である。その補正を逆算して美少女と見極めたミクはすごいものだ。

 さて、今のは賞賛だと思うが、どうしたのだろうか。

 

Who are you(あなた誰?)?」

「すみません英語分かりません!!」

 

 まずはミクで対人関係リハビリだと息巻いていた俺はいきなり壁に激突した。

 

 人はそれを言葉の壁という。

 

 

 

 分かりやすく粘土に表を作ってみる。

 セレナ→俺。基本一方通行。ただし付き合いよりジェスチャー翻訳精度高し。

 ミク←→俺。マスター権限的何かで完全に相互意思疎通が可能。

 セレナ→俺中継→ミクが可能。逆が問題か……。

 

「本当粘土好きだよね……」

 言い忘れていたが、ミクの開いたゲートが今度は開きっぱなしになっている。

 大丈夫だろうかと思いつつ、粘土を取ってきた次第である。

「これ、使うとかどうかな」

 と言ってミクが取り出したのは手のひらサイズの……なんだろう、礼装かこれ? 星見の魔術師達もこんな端末を持っていたようだが……。

『何を言っているか分かりますか?』

 ……端末が喋った。

 市政の民にまでこれだけの礼装が普及しているだと……!

「うわ、なにこれ凄い。もうこんなに技術進んでるの!?」

 セレナはこれを知っているらしい。

 まぁ、謎の空間にいた間に大分技術革新が進んでいるようだが。

「え、ここ触れて喋れば良いの? 凄いね。『うん。分かる分かる』」

『はい、分かっています』

「やった、通じた!」

 今度はセレナの言葉を訳したのだろう。

 こうなれば話は早い。

 

 粘土に記録を刻む傍、俺を放って少女二人は対話を進めていく。

 

 よし、次の粘土だ、と門に身を乗り出したその時。

「ねえ、ハイトって言うんですね。仕方ないとは言え、人伝てに名前を聞いたのは仕方ないですけど」

 ぐわしっ、と頭を鷲掴みにされた。

 どうした、セレナ。

 ぐいっと持ち上げられ、視線を合わせられる。

 折角再開できたし、脱出もできたのだ。

 だと言うのに、何故そんなに不機嫌そうな顔で俺を睨んでいるのだろう。

 

「マスターってどう言う事?」

『成る程、確かに事情を知らなそうな子にマスターをさせるとは何事か、と言う事だろう。

 しかしだ、俺自身、思うことがないでは無いが、帰還の手を失ってしまったが故、手段を選べなかったのだ』

 実際セレナ、顔が凄い事になっていただろう。

 

 ありがたい事に、ミクが礼装で翻訳してくれるサービス付きだ。

 以前ならこの後異様なジェスチャーゲームが始まっていたから画期的革新である。

 だがミクよ、顔の事も翻訳して構わないぞ?

 

「いえ、女性に顔の事は敢えて言うものじゃ無いです」

 成る程。

 

「………………むぅ」

 どうした……セレナ?

 覗き込むが、なんでもない、となんでもある顔で流されてしまった。

 

 ミクの温情か、顔の部分は訳されなかったが、なんの中継も挟まずスムーズにコミュニケーションを交わせる様はセレナに疎外感を与えてしまったらしい。

 

 ふむ。どうしたら良いマスター。同じ女性として教えてほしい。

「無理難題ふっかけないで下さい! しかもなんでこんな時だけマスター呼びなんですか!」

 難儀だな。

 

「ていうか……何コレ」

 くいくい、と俺の頭を貫通する槍の刃が弄られる。

 こらこら。それ思ったよりバッサリ切れるからやめなさい。本気で危ないから。

 ミクだって実際それで結構深く切ったのだ……お陰で適合が確認できたから俺としては助かったのだが。

 やはり、怪我はいけない。

 

「……なるほど、この子がマスターかどうかってのは、血で分かったんですね……よぉ、しギェッ、あだぁっ!? ひでブッ! ……ぃ痛ったぁ!? いきなり三連チョップとかなにするの……あーえーと、ハイト!」

『いきなり自傷行為に疾ろうとするからだ馬鹿者。

 しかし、今までずっと一緒に暮らしてきたとは言え、改めて名前を呼ばれ始めるとこう、新鮮な気分だな。大変よろしい。

 これも一つの進展だな……だがしかし、血でマスターになるなら、初めて出会った時なっているはずだ。あの時のセレナは七孔噴血状態だったんだからな……いやぁ、本当元気になってよかった……!』

「なんか急にお父さんになってる」

 いやな、ここはいきなり自分の手首かっ捌こうとしたセレナを窘めてほしい。

 

「うーん……部屋に変な穴空いてるし、変なヒトデならなんとかなったけど、外国の女の人とか、どうやって……」

 この状況を両親になんて説明したら良いか悩んでいるミクに、セレナは向かい合って端末に。

『まぁ、ミクがいれば行き来出来るようだし、なんとでも——あ、ごめんストップ』

 笑顔が固まったセレナは百八十度反転、門に突貫。

 その淵に手を掛け——

「ごめんやっぱ無理気持ち悪ぉおおおおええええええええええええええええッ!!」

「うわーっ!?」

 思わず引くミクに、手刀で謝罪し、セレナの背中を摩る。

 

 人間不信を拗らせているセレナは、ミクが歳下であるし、俺と無関係では無いため平静を装うとしたのだろう。

 まぁ、門開けたてのあの状態から持ち直したのは流石だが、やはり、親密度の低い状態ではストレスリミッターが限界だったらしい。

 

 

 

 

 

 

「響ー。体はどう?」

「いやあ、想像以上に快調快調でございますわー。でもですね、未来さん。私、響は入院食だけでは少々物足りないのでございます」

「はぁー。まったく、響ったら。はいチョコバー。見つかったら怒られるからこっそりね」

「うわーい! 未来ってばやっぱり私の陽だまりだよう」

「チョコぐらいでそんな大げさな……でも陽だまりだと溶けるよね、チョコって」

 冷静にツッコむ未来だったが、その鞄の中に暗記帳があるのが見えた響は首を傾げる。

「あれー? テストってまだだよねー。どうしたのその暗記帳」

「うーん……実は、急に外国の人とメル友になっちゃって……大至急、実用英語覚えなきゃいけないんだよね」

「そのシチュエーションが想像できない……でも未来、私にも紹介してね! あー。でも今度、私にも英語教えて欲しいなー、とか……具体的に今度のテスト、元々やばいのに入院で補習へのカウントダウンが止まらないんだよー」

 ああ、これが休みを持つものの苦悩と言うやつかーと頭を抱える部分はスルーして、未来は頷いた。

 

「うん。きっと紹介するよ。でも吐くかもしれないから気をつけてね」

「なんで吐くの!?」

 

「いや、それは——ってうっひゃああああ!? なにッ!? 何これ! 近くにいるの?」

「え、どうしたの未来?」

「いや、響なんでもな——念話ってなに? 基本? ……あ。本当だ私も出来てる!? 送って、てどういう事? えええい、とっとと落ちてって!」

 

「ほぉーう」

「……イヤ、ナンデモナイヨ、ひびき」

 ギギギと、錆び付いたかのような動きで今更響の目の前で念話(電波送受信)していた事に気付いた。

 

 分かってる分かってるよ、思春期特有の症状って奴でさぁねぇ。エル・プサイ・コングルゥ、などと言っている響の誤解は結局解けなかった。

 

 あンの海星ぇぇえええええええ!!

 と、自室で枕を濡らす未来がいたと言う。

 

 

 

 イイイイイイイイイイイ——————ッ!

 頭を貫く槍が震える。

 まるで鈴が鳴るかのように震え、ただ鳴っているだけではなく、俺の体をある方へ向けようとジリジリ圧してくる。

 

 隣でノイズを啜っていたセレナがその音にびっくりしたのか、咽せていた。

 だから口の限界まで一気に頬張るな、といつも言ってるだろうに。

 

 セレナの背を摩っていると、彼女は顔を跳ね上げ、整列しているノイズを凝視した。

 

 翡翠の輝きに包まれる。

 喚ばれたのだ。

 

「やった! 今回呼ばれてないね」

 どうやら、槍が刺さった事でとうとう規格から外れてしまったらしい。

 

 だがそれでは、無辜の民がノイズの犠牲となってしまう。

 セレナの肩に両手を置いて、首を振る。

 

 俺は行かねばならない。

「分かったけど、その状態で首を振ると刃が危っぶなっ!?」

 ……おぉ、これはすまん。

 

「しょうがないなぁ……でもどうやって行くの?」

 任せろ、こんな時こそマスター。

 ミク衛門(えもん)の出番である。

 ところで、この国では困った時の何でも屋風の相手に衛門の称をつけるのは何故だろうか。

 

 推測だが、かつて貴賎の区別なく、あらゆる問題を解決して回った、そんな英雄がいるのだろう。

 ……衛門。

 俺も見習いたいものだな。

 どうしたセレナ。また俺が見当違いな事を考えていると思っているな? その顔はそう言っているぞ。

 なに? 気にするな早くしろと? 最近セレナの態度につれないものが増えて来て少し寂しい。あぁ、かなり遅いが思春期だもんな……と、分かった分かった早くするから対ノイズ装甲を展開しようとするで無い。今連絡するから——

 

——あ、もしもし? ミクか。

 門を開けてくれ。

 え? なんだこれは近くにいるのかって?

 ただの念話だ。基本だろうに。実際今ミクも出来ているだろう?

 うむ。あまりの喜びに頭を抱えているようだが、すまん、ノイズが召喚された。

 後を追うために俺が通過する門を開けて欲しい。

 特に開通先を指定せずとも、側でこれだけ空いていれば近くに連鎖解放されるはずだ、申し訳ないが——

 

 皆まで言う前に、俺の足元に門が開き、俺は垂直落下した。

 

 流石我がマスター。返事をする暇も惜しいと。以心伝心バッチリだな。

 ん? そんなムキになって否定しても、本心は分かってしまっている。微笑ましいものだ。

 

 では、出撃するとしよう。

 

※なお、ハイトからセレナへの意思伝達方は依然、ジェスチャーのみである

 実は未来経由で英語を学び始めたが、ジェスチャーの方が早いので実用は当分先の様である。

 

 

 

 

 

 

 唸るエグゾースト。

 背後より、次々と前方へ流れゆく景色。

 俺は背後に向かい、凄まじい速度で移動するものに出現したらしい。

 ペタンと座り込んだ姿勢のまま、高速移動を堪能する。

 しかし俺とて、青獅子(ブルー・ウガル)を駆り、度々風となった男だ。

 騎乗の安全性から言えば、馬車やこの時代で言うなら自動車が一番であろう。

 

 だが、違うのだ。

 その身をもってして風を切る、早さを感じる爽快感はそこにはない。

 その点でいえば、上下移動もない()()は、僅かに……僅かにウガルを上回るかもしれない。

 だが、そんなものでありながら、背に風を感じない。

 それどころかじんわりと背に熱が伝わってくる。

 そんな風防など聞いたことがないが、ミクとセレナの通訳を果たしている礼装を見るに、そんな技術の発展もあるのかもしれない。

 

 

 

 あー…うん、分かっているさ。現実を見ろ、とね。

 背に温もりを感じている場合などではなく、いい加減現状を掌握せねば、と。

 俺は振り返り。

 どういうタイミングか、ぴったり合わせて振り向いた人物と目を合わせることになった。

 あぁ、俺の背にあり、風を遮ってくれていたのは人の同じ背で、背中合わせだということか。

 すっぽり頭部を包む形になっている球形の兜を被っているが、目元は透明度の高い素材で作られており、こちらから覗くことも……、あ。

 翼だった。

 うん。びっくり。真実の確率はフィクションより奇なり。

 

「え?」

 キョトンとしている彼女。

 いやいやいやいや、俺に注目しても何もないから。

 それより、今現在の俺たち共通の目的を思い出して欲しい。

 

 ミクの手でまぁ、送還された俺が翼の騎乗している何かに着地したのは偶然だが。

 この偶然は俺の目的と翼がこちらに向かっていた目的が同じだからだ。

 そして、俺は当然現地直送であり、翼もまた目的地間近であるからだ。

 さっきまで彼女も注視していたであろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出して欲しい。

 俺は必死になって、翼の背後にいるノイズを指差し、教えているにも関わらず、翼と言えば。

「性懲りもなく出たな星形……! お前が奏にしたこと、忘れたとは言わせないぞ!」

 

 いや、それより後ろ。後ろ!

「甘い、そうやって私を謀ろうとしても無だA──」

 

 

 

 無論。事故った。

 

 

 

 だが、負傷者は幸いなことに一人もいなかった。

 俺は言うまでもなく、この程度の速度なら普通に降りる事が出来るし、衝撃で真上に吹っ飛んだ翼もいつの間にか対ノイズ装甲を身に纏い。

 脛にぶつけられ、乗り物が爆発、炎上している巨大ノイズはそのまま縦一閃、左右に分かたれ、爆発、炭化消失する。

 

 対ノイズ装甲は歌を力の源にする。

 何故か知らないが俺もその力を取り込む事ができる。

 

 故に。

 完全戦闘態勢の翼が近づくと、俺もパワーアップするのは当然なわけで…。

 ん?

 

「お前が…!」

 その翼が、歌にこもる程に怒りをしたためている。

「お前は私達と同じ、ノイズを倒す、その目的だけは同胞だと思っていたのに…!」

 まぁ、そうだな。

「頷くなぁ!」

 はぁ。

「お前が奏の絶唱を中断したのは感謝している……間違いなく、歌ったのなら、奏は命を落としただろうからな……だが、お前の…お前が! お、おま、貴様の一撃で!」

 あ、言い直した。

「奏は未だ意識不明の昏睡状態だ!」

 

 …………え? そんなに重症?

 あ、まさか。

 頭突きだけではなく、奏の歌を中途半端に暴発させた、その余波か!?

 

 …………あぁー、うぅー。

 これ、出し難くなったな…。

 だが、準備していたのに出さないのはいけないだろう。

 俺は出撃にあたり、用意した粘土板をおずおずと差し出した。

 ミクのゲートで出入りするのならば、出撃と違って物を出し入れできるのである。

 翼は非常に警戒していたが、ジリジリ刃を差し向けつつ、受け取った。

 

「……うん? これは覚書か…?」

 覚書が何だか知らないが、それは、ミクをマスターにして以来、積み重ねた努力の成果である。

 

「日本語……?」

 そう。ミクがセレナと会話するため英語の勉強をするように。

 俺だってミクの国で活動するのに何かと便利なこの国の言語を勉強中なのだ。

 今現在、漢字は殆ど出来ないが、ひらがなとカタカナはほぼマスターしている。

 わが努力と誠意を見てほしい。

 

 どれどれ、と翼は、粘土板を一瞥し。

「……『ごぬンナちい』……」

 シンプルに書き記された謝罪を読み上げ……ん?

 ンン、気を取り直そう。それはだな、俺が現在可能な日本語で精いっぱい書いた、頭突きかました奏への謝ざ……え?

 俺書いたのと違わないか? 読み間違えてないか? 翼よ。

「星形、曲線が多いひらがなを、楽だからとカタカナにするな。最初はやろうとしたけど『め』で力尽きたな……『ぬ』になってるが。曲線増えてるぞ? あと、間違えやすいものは悉く間違えている。『さ』とか、鏡文字になって『ち』になってるし」

 

 ……ほぼだし、間違いやすいモノ以外は大丈夫だし。

 

「気持ちは分かった……もう少し、勉強してくれないと奏には渡せないな」

 …すまん。

「それはそれとして、落とし前はつけてもらうぞ!」

 と、ぐだぐだになりかけた雰囲気を言いながら実はこの合間もわらわら群がってきているノイズを薙ぎ払っている翼は俺に刀を突き付けた。

 道理には適わない、と翼も分かっているのだろう。

 だが、必要なのは心のしこりとの折り合いなのだろう。

 ならば、それに付き合うのは戦士として先に立った者の務めであろう。

 

 まぁ、そんな風に意気込んで見たところで、つまるところはいつものノリだ。

 いつもは奏がメインなんだがな。

 彼女が戻って来るまでは翼に実践訓練を積ませてやるのも、良いかもしれない。

 でも正直、いっつも絡んでくるのは奏だから、キャラ掴んでないんだよなぁ。

 

 しかし、予想外に翼は普通に刀を構え、斬りつけてきた。

 歌を歌い、刃に力を込める。

 それに従い、攻撃性の歌の力が俺にも収束する。

 

 俺の頭蓋が、震える。

 翼が弾かれたかのように跳ねた。

 俺の頭部を貫通する槍の刃部分が突如伸び、それを咄嗟に回避したのだ。

 意図していないのだが……なんだこれ。

 俺の槍を警戒し、距離をとる翼。

 開く距離に反比例し、槍は縮んでいく。

 

 おや? これってもしかして……。

 いや、まさかなー。

 

 翼に近づいていく。

 伸びる槍。

 今度は後ずさる俺。

 それに伴い、縮む槍。

 間違いない。どうやら粘土板を渡したときのように対ノイズ装甲を展開する程度の歌だと変化はないが、武装を行使するレベルの出力で歌唱した場合は、その力を受け、距離が近いほど質量が増大するようだ。

 

 うわーい。ナニコレ面白い。

 待てよ、縮むのは力が足りないからとして、近づいて伸びている時、力が十分な状態なら伸縮を制御できるのではないだろうか。

 と、言う訳で翼、実験するから歌ったままこっちこっち。

 

「戯れるなぁ!」

 いやあ、面白いもので。

 怒って巨大な剣を射出してきた翼の一撃をギリギリでよけ、その側面を滑らすように槍を掠らせる。

「なっ!?」

 目的はその攻撃に含まれる歌の力。

 狙い通り、力を吸い尽くされた剣は消失、驚愕する翼には悪いが、即座に延びようとする槍を抑えつける。

 まだだ、まだだ。

 翼を傷つけないような立ち位置に移り、開放する。

 

 伸びろ。

 一瞬に力を収束したためか。

 その長さは、実に1.3kmに及んだ。これは予想外に凄い。

 兎も角、これだけあれば、有り余る。

 首を捩じり、そして薙ぎ払う!!

 塵取りで払われる埃のように、一気呵成に炭化していくノイズの軍勢。

 首の膂力を頼りに頭を振るう俺はさぞ間抜けに見えただろうがな。

 

 だが、俺は。

 ようやく、ノイズを自ら討滅した実感を得たことに充足していた。

 素晴らしい。

 やっと…やっと俺は、まっとうに戦う力を得たと。

 

「だから……一体、どっちなんだ…」

 炭が散る中、呆然としている翼は、泣きそうな、笑い出しそうな、歪な表情を浮かべていた。

 

 何がどっちなのか、俺にはわからないが、俺の行動が翼にとっては何か法則外であり、混乱を与えているのは分かった。

 

 だから、翼を狙い、体を引き延ばして特攻する陸戦型ノイズに気付いていない事に気付けるのも、また俺だけだった。

 

 額より生えた奏の槍。

 今の薙ぎ払いで歌の力は吐き出した。

 だが、刃がなければこの身がある。フレンドリーファイア対策が発動して倒せなかったとしても、拳で十分だ。

 

 一歩踏み出す。

 後足を引き寄せつつ、その身を一挙に滑り込ませる。

「馬鹿な! 縮地だと!?」

 縮地とはなんだかは分からない。

 だが、これは女神イシュタルが地上で魅せた、打撃技の歩法。

 翼に迫るノイズを撃破するため、拳を固める。

 すると、なんたる事や。

 赤、青、緑。

 三食の輝きが拳を包む。

 

 

 

 スキル発動——文明浸食——

 

 

 

 ……え、なにそれ初耳。

 脳裏に響いたログに怪訝となる。

 しかも初めて聞いた内容だ。

 唖然としながらも、反復動作により刷り込まれた動きは、細長く伸びるノイズをはたき落とした。

 二度、三度。バウンドしたごく一般的な歩兵タイプのノイズは──

 激しく暴れ始めたのである。

 起き上がれず、仰向けになったまま、手足をジタバタと振り回している。

 うわ、ちょっと気持ち悪い。

 のたうつノイズはついにビクンビクンと痙攣まで始めた。

 

 え、俺の拳っていうかスキルってなんなの?

 ブルブル震えが止まらないノイズはやがて輪郭がぼやけるほど振動し……。

 

 奇怪な形状へと変貌した。

 五方へ腕を伸ばし、中央の盤に水晶のような物が埋め込まれ。

 全体的なシルエットはまさに星飾りのよう。

 つまり……海星である

 

 あぁ…そうだよ、皆まで言うな、俺だよこれ。

 そんな、姿に変形していたのだ。

 

 だが、胴体のベースは赤色である。

 

 えぇー……。

 思わず、翼に向け、助けを求むように注視してしまった。

「え? 私? なんで私!? 私を見ても分からないからな! だいたいやったの星型でしょう!? そもそも同じ形になってるし!?」

 

 そうなんだよなぁ……。

 慌てると口調が普通に戻るらしい翼から向き直り、仕方なしに俺と同じ形になったノイズと向き合うことにする。

 同様に、こちらに正対した赤い海星は——

 

「えい」

 ……え、なんか言ってる。

 こっちもとりあえず、手を挙げてコンタクトをとることにした。

「ジェアッ!」

 とか多分発声しているが仕方がない。

「エー」

「ジュワッ!」

「A」

「ジュォオアアッ!」

 

 ……埒が明かん。

 すごいな皆。こんな感じの俺とコミュニケーションとってたのか…。

 我が身を持って味わう自身の理不尽である。

 

 どうしたものかと、しばしお互いジェスチャーで意思疎通を頑張ってみたのだが、敵ではない事が辛うじて分かっただけであった。

 うん……あぁ……本当セレナ凄いな。

 あと、奏。

 その終わりは呆気ないものだった。

 活動限界に達したのか、炭化し、端からサラサラと崩れていく。

 あっさり風に溶け、消えた。

 星型ノイズが居たいた辺りを示しつつ、翼に振り向くと、泣きそうな顔で拒絶された。

 そうか……そんなに嫌か……。

 

 その時である。

 ん?

 

 ズ……ズズ……。

 

 何かが、擦れる音がする。

 あ、あぁ……なるほど、さっきのか、やりすぎたな。

 考え込んでいると、先の狼狽はなんのその。翼はキリッとした顔で、こちらに刀を突きつけた。

「さぁ、邪魔なノイズはこれで一体も居ない。相手してもらおうか」

 そうしたいのは山々なのだが。

 一つ気になることがあるので、今回はここまでとしよう。

 先程返された粘土板の裏に文字を掘り、見せる。

 

「は!? ここまできて逃げる気か!」

 うむ。そう言うことになる。

 

 それと言うのも。

 

 ズザザザザザザッ——!!

 

 あ、始まった。

 先ほど薙ぎ払った俺の1.3Km長の槍は、周囲の高層建造物までに及び、アッサリ叩っ斬っていたのである。

 失敗失敗。やりすぎた。

 高揚感に乗せられると俺は本当にすぐ、ポカをするなぁ。

 でもまぁ、今役に立っているので——良しっ。

 と、言うわけでまたミク、頼む。

 

 未だミクは機嫌を直してはいなかったが、要望には応えてくれた。

 つまり、エメラルドの波紋が足元に広がり、そのまま開門したのである。

 

 ボッシュート。

「あ、ちょ、待ッ」

 重力落下は一切待たない。

 

 同時に、崩れてくる周囲の建造物。

 切断面は、俺の立ち位置より高い場所である。

 つまり、俺と翼のいる地域から斜め上に両断していたわけで。

 

 一勢にこちらに向けて崩れ落ちてくるのである。

「き、貴様ああああああああ————ッ!!」

 なにやら悪役チックなセリフを吐きながら巨大すぎる瓦礫を対処せざるを得なくなる翼。

 

 うーん。謝罪の粘土板、翼の分も作っておくべきか。

 

 俺は、それを尻目に、セレナの待つノイズプラントに帰還した。

 

——いや、それ火に油注ぐだけだから

 

 ミクのツッコミが虚しく響くのであった。

 

 

 

 

 

 

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「あ、ハイトお帰り……あれ? そう言えば、コアだけで帰ってくる事はなくなったんだっけ? ………………まさか!!」

 

 いつものように、帰ってきた反応を感じ、セレナは迎えに行こうとして気が付いた。

 ハイトは時間経過で炭化、コアが回収される形で帰ってくる事はなくなったのだと。

 では、この気配は?

 通常のノイズのコアが回収される時とは違う反応、ハイトと同じ反応であるという事は——

 

 コアの回収を余儀なくされる程に筺体を破壊されたという——

 

 慌てて反応の方へ走って行くセレナ。

 衝き動かされる様に、息を切らせながら到着したセレナは、いつも通り、通常のノイズがコアの命令に従い、星型へ変貌して行くその様子を見守っていた。

 

 どうしてこの形で帰って来たのか。

 ハイトは自身を省みず無茶をするので、叱らなければ、と不安と憤りが相まった感情を持て余しながら変形完了を——

 

「うそ……」

 それは、紛う事なき、ハイトであった。

 だが、頭部に刺さっていた槍の刃は無い。

 やはりボディごと破壊されたのか。いや。

 それよりも

「そんな……ハイト、真っ赤になってる!?」

 レモンイエローの爽やかな色合いだったハイトが、血をぶち撒けた様な紅に染まっていた。

「ねぇ、何があったの? もしかして茹でられたの? あれ、それエビだっけ? カニだっけ?」

 どっちもだ。

「ねぇ、なんか言ってよ、ハイト!」

 違和感だらけだ。

 色だけじゃない。

 雰囲気、仕草、身なり、後色。

 全然一致しないのだ。

 そのジェスチャーが何を示したいのかも分からない。

 突如出現した『理解不能』に、セレナの元々僅かな許容値が限界寸前まで飽和しかけた、その時。

 

「A」

「え?」

「えぃ」

 確かに、なんか言いおった。

「そんなハイト、声まで変わってッ!?」

 だが、初めて聞くその声にまさか、とセレナは危惧を抱いた。

 

 ハイトは出撃の度、何度も肉体を失い、コアだけで体を乗り換えて来た。

 槍の使い手の絶唱を受けて、変質したとか、負担が残っていた、とかそう言う事だけではなく、肉体を交換して行く事は、彼という個我自体にも深刻なダメージを与え続けていたのではないか。

 

 嫌だ。

「嫌だよ、いつもみたいに特撮スーツ着た人みたいに叫んでよ……ねぇ!」

「ぇええい」

「う、うわああぁぁ……ハイト、ハイトぉおおおおおおおおおおお」

 こみ上げる絶望感。セレナは慟哭を——

 

「ぐぅえッ」

 断ち切られた。

 真上に開いたエメラルドカラーの門から降ってきたハイトに押し潰されて。

 

「ジェイアッ!」

「ふへぇ?」

 ただいま、と、謝罪を兼ねて、セレナから降りたハイトは手を挙げていた。

 

「へ、え、なに? ハイト? じゃあ、これ、え? なんで? どうして? わたしの見間違い、でも、やっぱり赤いの、いる、よね、え?」

 

「a」

「ヘアッ!!」

 居る。

 それどころか、ハイトと挨拶をかわしてさえいる。

 幻覚、なんかではない。

 そう、認めねばなるまい。

 

「ふ、増えてる——————!!」

 セレナは今日何度目かの絶叫をあげるのであった。

 

 

 

 この数日後。

 再び未来の開いた門で出撃したハイトがノイズをしばき倒しまくったせいで大量増殖した星形ノイズが溢れかえり、セレナと未来が阿鼻叫喚のありさまを描くのは、当然の成り行きといえるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

_/_/_/                       _/_/_/

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、ミクをマスターにして、しばらくした後の話である。

 

「ン~フフ~」

 中々上機嫌なセレナの鼻歌を聞きながら、俺は実験を開始した。

 

「フン~フフフン~」

 セレナの歌は上質だ。

 その歌を聴けば、手足の欠損程度なら一呼吸で再生する。

 

 そう。

 どうやってここへ戻って来たかは後で述べるとして。

 

 俺は、制限時間無し、活動時間半永久化したノイズとなった。

 これで時間を気にせず戦える、と思っていたが、これが存外、そこまで良いものではない事はすぐさま発覚したのだ。

 

 制限時間があるのは思った以上のノイズボディの脆さからもあることが分かったのである。

 弾力を気に入っているセレナ曰く、歯応えの強いグミのようなボディは実際歯応えの強いグミ程度の恒常性しか維持できなかったのだ。

 

 無論、気を張れば鋼を砕き地を割る我が身であれども、常に気を張り続けるような神経は流石に持ち合わせていないのだ。

 

 戦闘どころか普通に生きて活動するだけで末端が擦れて削れて行く。

 

 その劣化をものともせず、コアモジュールを使い捨ての筺体に次々と移して行く事で最善のポテンシャルを維持していたのである。

 その事に気付かない程頻繁に出撃し、ノイズを張り倒し、ボディを最善に更新し続けていたのだ、と思うとこれが現代人の言う社畜という奴か、と遠い目になってしまう。かの王のように過労死しかねない。

 

 では、リメイクされなくなってしまった俺はどうしているのか、と言うと、正にいま行われている『歌』を聴き込むことだった。

 

 我が身は歌を糧とする。

 動力源やブースターとしてだけではなく、我が身の修繕にも用いることが出来るとは……歌の汎用性、まさしく推して知るべし。

 

 尤も。この事に気付いたのはセレナなのであるが。

 

 彼女が鼻歌を一曲歌い終わり、俺を見てみれば、たしかにあった筈の引っかき傷が消えて居たらしい。

 それ以来、セレナは俺に何でもいいから歌を聴かせる事が習慣になったようだ。

 俺としても、体を万全に保つ事ができるし、いい事尽くめなものである。

 

 さて、ここで本題に戻るとしよう。

 果たして。

 実験とは何かと言うと。

 

 同じく、セレナが歌を聞かせている時に、俺の頭部を貫通する奏の槍、その刃の一部が気になるようだった。

 確かに、セレナは眠る時、俺をベットの側に座らせ、眠りにつくまで手と同じ形である俺の頭を握って寝る癖があったのだが、頭から触れたら危ない刃物が突き出ているのだ。昼日中なら兎も角、就寝間など危なくて触らせるわけにはいかない。

 実際、出会った時の未来は思いっきり深く切っていたのだ。

 

 セレナ。何度頼まれようとも、そんな危ない真似はさせられない。手を握らなければ眠れないと言うならば、頭ではなく、手を貸そう。いくらでも付き合ってやるから。

 

「いや、そうじゃなくてね? まぁ、手は握って欲しいんだけど……それは別で。その頭に刺さってるのってなーんか、波長に覚えがあるの。なんだっけ、なんだっけ……姉さん?」

 いや、お前の姉、マリオはどこからも槍は出て居なかったぞ?

「いや、ピアスじゃないんだから貫通したら普通人は死んじゃうから」

 本当、俺が思っている事よく分かるな。流石に「槍」だとは分からないらしいが、最早読心術と呼んで差し支えないのではないだろうか。

 セレナは俺とのやりとりに一区切り付いたのか、発声練習を始めた。

 普段歌うときはそんなことしないのだが、それだけ本格的な歌唱、と言うことだろうかと聴き込んでいると。

「ア~(徐々に高音へ、ある一点で上昇が止み、行ったり来たりを繰り返していた、その時)」

 

 ぶるり、と。

 俺の頭を貫くものが、震えたのである。

 

「Jackpot!! よし、この波長だね! やっぱり姉さんのと同じかー。日本にもあったんだ……でもなんだっけ名前」

 セレナは、奏の槍に心当たりがあるらしい。

 確かに、それ以外に方法がないとはいえ、奏にずいぶん副作用の強い薬物を投与するような組織だ。セレナのいた研究所と何かしらの繋がりがあるのは自然な事なのかもしれない。

 

「ゲイ・ボルク? ブリューナク? ミストルティン? ドゥリンダナ? ロンギヌス? ロンゴミアント? トリアイナ? なーんだっけなー?」

 だが、肝心な名前が出ないようである。

 伝えていないのに槍と看破したのは恐るべし。まぁ——だが、大丈夫だろう。別に真名解放が必要なわけで無し。

 

「聖詠には大元の聖遺物の名前が必要なんだけど、薬物ガン盛りの無理やりとはいえ一回起動したの見たことあるからなくても出来るよね……うん。これだ――――――『起きろ、槍』」

 

 瞬間、質量が爆発した。

 な、な、なな、なんだと、おおおおおおおお!?

 俺の額から奏の槍が飛び出てきている。

 なんか色が所々黒々しいが、その形状は奏の槍であった。

 ちなみに、前に奏が名前を読んで居たので俺は名前を知っている。確かガングートで合っているはずだ。

 幸い、槍の刃は俺の額から出たところで生成されているので、内側から俺の頭がパァンッ! にならなかったのは幸運だが、長い柄が後頭部からずいぶん伸びている。首を振ったら危なっかしい事この上ない。

 

「ぶはっ」

 その様子を見て、セレナが噴き出した。

「わはははは! シンフォギアになるかなって、期待して起動させてみたのに、アームドギアだけ、ぷぷっ、し、しかもなんか食い込んでる! もう無理! あはははははははは!」

 腹を押さえて――あ、我慢しきれなくなって寝転がって足をバタバタさせながら爆笑している。

「いや、シンフォギアになっても、ノイズが装備したらどんなになるんだろうって期待したんだけどね? いやー、これはないわあひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 淑女にあり得ざる大っぴらげな笑い声に流石に俺も憮然とする。

「ははは、ごめん、ごめん、起動に使ったフォニックゲインを消費しきれば元に戻るからね」

 待て、俺はフォニックゲインとやらがなんの事か分からんが、それが歌の力だとすれば、そう簡単には戻らんぞ。

 俺は元々歌の力を蓄積し、奏や翼と違って消費さえしなければ保持できるのだから、時間経過では相当な時間がかかることが想像できる上に。

 気付いて居ないのか、セレナ。

 お前がした事は、音響反射だけで、鍵の形を探り当て、あまつえさえ奏が戦闘時放っている歌の力を十倍以上の出力で発して、その扉をゴリ開けたのだという事を。

 

 ついでに言うと、今俺にチャージされている力はそれだけの量である。そう簡単に抜けるものではないと言う事だ。

 凄いものだ。

 生前ならば、巫女長か、若しくは祭祀長の候補として推薦されて居てもおかしくはない。

 俺は生前、当時の巫女長と元祭祀長。共に身内だったからな。間違いなく推薦する。

 歌の力は儀式の力。間違いなくどちらからも引く手数多だろう。

 

 ならば。

 セレナにばかりお披露目させるのもアレだろう。

 見るがいい、我が座右の銘『技に著作権はない』が名ばかりでは無いことを。

 

 奏直伝! 『LAST∞METEOR(笑)』!!

 

 我が額より生じている槍が、回転を始める。

 見るがいい、我が額から生み出される無数の乱気流を!

「え? 何やる気になってるの? ねえ、ちょっと半端じゃなく轟々言ってるんだけど?」

 そう、今度驚かせるのはこちらの番だ!

 

 

 

 そうして俺は、無数の竜巻の出力により、凄まじい速度で後方へ吹き飛んでいった。

 

 

 

 奏の戦闘時の十倍近い歌の力である。踏ん張り切れるわけもない。

「あーはっはっはっは、あーっはっはっはっは、あはははははははははは、あぎゃ……攣った、お腹攣った! 痛だだだだだ、で、でも笑いも止まらないから、づでででだだだ、あはってば痛ったあッ!?」

 一瞬で流れていったそれを見たセレナの腹筋は壊滅的に大崩壊。

 

 力は一発で消費したのであっさり戻ったものの……。

 仰向けで天を仰ぐ俺には、サイケデリックな謎空間の空が映し出されて居た。

 ……兎に角、切ない、ものだった。




ノイズもまた聖遺物、ソロモンの杖もそうであったように、絶唱レベルのフォニックゲインを送り込まれると機能拡張することがある。
奏の絶唱を受けたことで、星型ノイズは一つ、機能を増やしたのである。


セレナ
ゲロインデビュー

補習へのカウントダウン待った無し
あ、当然ですがこれは響のキャラソンをアレンジしたBGMだと脳内で流してください。

翼、バイクに優しくないことで有名。
飛び降り、その特性上多分殆ど聞かないだろうバイクアタックをする。
今回もする気だった。
それより気になることが起きたせいですっかりそのことを忘れる。
よそ見運転。ダメ、絶対。

翼を助けた時の歩法
Fate/Zeroのフィナーレ間近、目の死んでいる男同士の戦いで目の死んでいる神父が見せた驚きの水平移動である。
これが妹弟子に伝わり、マジカル八極拳に昇華したとかなんとか。
それが古代に逆行し、女神の体術となっているから不思議な縁である。
この神父のはその父が高レベルで修めている八極拳より殺意ガン盛りでアレンジが加わっているらしいので、星型が使っているのは正しく八極拳とは言い難い点が多い。

ガングート。それは艦の名であ理、槍の名ではない。







次回は、一月以内に出せると……いいなぁ(希望
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