騒音のミストレス   作:九十欠

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連続投稿第3弾
 全体として3/4

 今回の某アイアンメイデンは某ラノベに元ネタがあり。
 幼い頃、これを読んでめっちゃ興奮した覚えがあるが、成長後読み直すと、この後プールに放り投げてぶち込む所業に至るところで……いや、それ死なねえ? とか考えるようになって悲しい



07 熱伝導

 セレナ。正直に言いな……じゃなくてだな。

 あぁ、頭が茹だる。

 お前は。

 お前は。

 お前は!

 お前はッ!!

 

 有無を言わせず、その男の顔面を鷲掴みにする。

 ジュワッと手の内から聞こえてくるが知ったことではない。

 喚き散らしているが知ったことではない。

 どうして俺ばっかりと言っているが知ったことではない。

 その言葉はお前ではなく、お前の娘が発するべき言葉なのだ。

 その娘が堪えていると言うのに。

 情けないぞ、度し難い!!

 

 その様で……お前はそれでも父親かッ!!

 

 未来と視界共有の実験を繰り返したので、立花宅の間取りは分かっている。

 ズリズリと台所まで引きずって行く。

 子供に見せるようなものではない。

 

 落ち着け。

 冷静になれ。

 いくらなんでも衝動的過ぎる。

 

 いや、意見は変わらない。

 親とは、子という木を植えたものに過ぎない。

 本当にやってはいけない事をしようとした時のみそれを正し、本当にあってはならない枝を剪定するのみで、生きる知恵や良く生きる術を魅せ、あとはただ見守ればいい。

 独り立ちできるまでは、理不尽な嵐からはただ黙って盾となって風を遮っていればいいのだ。

 

 そして自分を超えた事を見届けたなら。

 安心して死んでいけるのだ。

 

 それをお前自身が、手折ろうとしてなんとする!

 

——いや、落ち着け、湧き上がる感情を制御しろ

 

 確かに憤ったのは確かだ。

 だが、ここまで激情して怒りに任せる程ではないほどだ。

 

 それがどうだ。

 

 激情を宥めても宥めても、汲み上げられて来るこの激情、は。

 

 落ち着け。

 大多数の悪意は人を弱らせ、病ませるのだ。

 だからと言って免罪には出来ない、が。

 

 病んでいるのならば、治療すれば良い。

 あぁ、思考が茹だって纏まらない。

 

 治療、治療。

 心が病んでいるなら、脳を?

 脳には何が良い?

 

 分からない。

 ならばある程度()()()()()()()()対症を。

 

 ……あぁ、そうだ。

 丁度いい。ここは台所だ。

 きっとアレがあるはずだ。

 

 どのようにしようか……。

 やはり、即効で働くよう、吸収効果の高そうな手法が良い、か。

 

 推測に従い、俺は冷蔵庫に手を掛けたのだった。

 

 あぁ、あったあった。

 ()

 

——へ?

 間の抜けたミクの声が脳裏に響いた。

 

 途端に明瞭になる思考。

 まさか……俺にも効果があるのか!

 驚くべき事実に慄くが、ここは説明せねばならないだろう。

 ほら、この間俺が読んでいただろう、葱とは大抵の病に対して特効こそ無いもののある程度の効果が認められるという。

 彼もきっと本来は優しい父である筈なのだ。

 心無い誹謗中傷で病んだ心も治療すれば、きっと良き父へと戻るであろう。

——いや、葱じゃ心の病は治らないから!! あの本のタイトル思い出して! 『過信してはならない民間療法』だから!

 過信にも程があるよね!? 効くのは疲労とか細菌性の病気だけだから!

 

 ミクよ。

 心も、疲労するんだ。

——いや、そうじゃなくてー!!

 

 しかし、なんか先程まで全身を満たしていた憤怒がさっぱり晴れたな……体温も常温に戻ったようだし……ん? まさか、これも葱の薬効なのか、こればかりは我が故郷にも植生していなかった。地域特有の薬草というものなんだな……。

 

 この国にも誇るべきものがあるな、と感心し治療を再開する。

——もしもし、ハイトさん

 なんだね、マスター。

——そもそも、葱でどんな治療を?

 言われて葱を見る。

 握っている辺りが軽く焼けて焼き葱になっている。

 これをガーゼで包んで喉に巻けば、気管支の炎症に効果があるらしいが。

 

 やはり。

 経直腸投与一択だ。

——それ迷信、迷信だから! 効果ゼロだから!

 ミクよ、経直腸投与は、経口投与に比べ、吸収の速度と効率が違うのだ。

 やはり、本来異物が入って来るため選別する消化器系より後は排泄するだけの直腸の方が粘膜が薄く、浸透が早いのだろう。

——いや、なんでそこだけ医学的に正しい見地で言うの!?

 

 ミクへの詳細説明は後ほど事細かくするとしよう。

 医学と生存術はどれだけあっても困ることはないからな。

 

 ミクと通話中に手を離していたらしい。四つん這いになって逃げ出そうとしていたのだが、ふむ。投与には丁度良いか。

 後ろからズボンのベルトを掴み、引きおろす。

「ぎゃああああああああああああ!」

——きゃああああああああああああ!

——うわー、うわー、うわぁあ

 

 ……なんで、男とミクの悲鳴が合唱してるんだ?

 あと、あれ? ん? セレナ?

 

 何故セレナの念話まで? まあ、疑問は後にして、やるべき事をやるとしよう。さっきの発熱の影響か、手の中でいい具合に焼き葱になっているそれを投与。

「ッア゛ア゛ア゛——————ッ!!」

 思ったよりすんなり入った。

 ……奥方の日頃の賜物であろうか?

 

 まぁ、判断つかないが、まあ、あとはどれぐらいで効果が出るか待つだけだな、うん。

 

 ところで、何故セレナの——

「やめて! お父さんに酷いことしないで!」

 俺の思考を遮った必死な声は、最近聞きなれたものであった。

 父に殴られ、茫然自失としていた筈の響である。

 

「やめなさい響」

「そうよ、危ないわ!」

「でも、でも、だってお父さんが!」

 

 その響を後ろから祖母と母が抑えて台所から連れ出そうとする。

 うむ。この辺りの治療は特に身内に見られたくないからな。奥方、それは正しい。

——いや、だったらなんで私には見せてるの!? うわ、セレナ、ガン見しないで!

 

 ……セレナも見れるのか さっき、念話のようなものもあったし。

——あ、それ他の海星のモニターみたいな顔に映ってるから見れるの。今知ったけど、声はこの海星に話しかけると伝わるみたい。

 え? 俺らスマホになんの?

 じゃあ、こうやって話してるのはセレナに届くのか?

——それはない、みたい

 痒いところに手が届かぬなオイ。

 

——あとだけどね、ハイト

 セレナが声色を抑えて。

 ハイト、また忘れてるけど、ノイズだからね。一般人からしたら命の危機と思われてるから……んー、返事聞こえないんだね、これ。

 

 そう、だったな。

 俺はノイズである。

 ツヴァイウィングのライブに参加して居たのだから、その恐怖は人並み以上である筈なのだが。

 にも関わらず、響は自分に手を上げた父を助けに来たのか。

 

——そこが、響なんだよ

 

 自慢気なミクに同意しつつ、さて、この誤解、どう解けばいいだろうかと思案する。

 

 どうしようもない、か。

 そこはきっぱり諦めて先見的余地がある事を見据えようではないか。

 

 例えば、この子を戦士として鍛えたら、素晴らしい成長を果たすだろう。

——変なブリーディング考えないでよ!?

 いや、俺には分かる。この性根、この胆力。きっと彼女は素晴らしい戦士になるだろう。

——そういう称賛は要らないってばー!!

 

——それよりハイト、なんか嫌な旋律がその子から漏れ始めてる

 

 旋律? どういう事だ、セレナ。

 

——その子から、持ってないる筈が無いのに、シンフォギアの音色が聞こえてくるの(俺のメッセージは相変わらず伝わってない)

 

 シンフォギアって、なんだ?

 そう言えば、前俺に刺さった槍の破片を文字通り槍にしたときも言っていたが。

 

——セレナ、シンフォギアってなに?

——あぁ、未来は知らないか

 俺も知らん。ナイスアシストだ、ミク。

 

——なんか、歌が燃料のノイズぶっ殺す鎧かなぁ。私持ってるよ

 

 あー! 対ノイズ装甲のアレか!

——なんで歌が燃料になるの?

——それは私が知りたい

 

 尤もである。

 ミク、それより重要なのは、アレは少々破壊力が一般家屋には物騒すぎる事だ。自分のせいで家がぶっ飛んだりしたら響は気に病むと思うぞ。

 なので、セレナに安全に止める方法を教えてもらってくれ。

——うん。セレナーセレナセーレナー

——え、なにそのリズム。どうしたの?

——カクカクシカジカで

——あー。モグモグウマウマなのね。ハイト、よく聞いて。私が聞こえてるのはシンフォギアかどうか知らないけど、伴奏なの。

 本格的に起動するには歌うのが必須、だからね。歌わせなきゃいいんだよ。

 

 成る程。

——ハイト、響のこと傷つけたら自爆だからね

 

 極刑!?

 まぁ、心配する必要はないぞ——ん?

 

 俺の全身が、どくんっ。と震えた。

 続いて、俺を貫く槍が震え始める。

 

 まさか。

 この振動、この波長は忘れられる訳が無い。

 奏の対ノイズ装甲——シンフォギアだったか、のものだ。

 

 そして、奏経由で思い出した。

 そう、思い出したのだ。

 あの時奏が死力を尽くして守ろうとしていたのが、この子だった。

 忘れていた。

——え、ハイト、何が?

 

 ミクの疑問に答える。

 響は、俺と一緒に、槍の破片が刺さった子だ!

 まぁ、俺は自分で刺したのがぶっ壊れたんで食い込んだままってだけなんだが。

 

——え、じゃあ、心臓付近に刺さって摘出できない異物って槍なの!? 響大丈夫なの!?

 

——ごめん、ミク見るとなんか深刻っぽそうだけどこっちとしてもかなり深刻事項! なんでハイト、あの子と共鳴して同じ波長発してんの!? 相互共振増幅して歯止めが効かなくなりかけてるッ! 早く止めないとどうなるか分からない!

 

 心なしか、響の胸元から、輝きが溢れ始めている気がする。

 同時に、ベキベキと彼女の右前腕から、破砕音が聞こえてくる。

——砕けているのでは無く、鎧っている?

 何かが、奇怪な音と供に腕を包み込んで行く。

 加えて言うと、こちらも似たような破砕音が頭部を貫通している槍の破片から聞こえてくるのだ。

 背筋を戦慄がスケーティングして駆け上がっていく。

 今、ミクが聞き捨てならない事を告げた。

 槍の一部が、響のよりにもよって心臓付近に食い込んでいる

 

 少し、嫌な事を思い出した。

 以前、ミクが芝居を保存しいつでも鑑賞できる映画という娯楽に誘ってくれたのだが。

 そのジャンルがSFホラーだったのだ。

 その内容というものが、幼体時に人体に寄生しその胸を食い破って出てくる異形を主題にしたものだったのだ。

 セレナはリアル生物の解体(食肉加工)しかり、鶏の首折りしかり、現代文明圏人にしては我々同様普通にやっており、所謂モツ系に対する抵抗は全く無いのだが、ホラー演出への耐性が皆無だったのだ。

 

 それを見て、ミクのサドっ気が頭を擡げたようで、ぎゃあぎゃあ逃げようとするセレナを羽交い締めにして無理やり目を開かせ、メイン4部作をマラソンさせたのである。

 ニートと陸上部のミクでは身体能力に差が開いており、全く逃げられなかったため鑑賞はじっくりねっとり完結し。

 

——結果、セレナはしばらく一人で寝れないほどのトラウマを背負ったのだった。

 それから長らく俺を抱き枕にしないと眠りに就けなかったのだから、それは一際だったのだろう。

 

 一方俺は俺で、その異形を双貌の獣と重ねて見てしまい、かなりメンタルに来ていたのだが。

 

 あれのように胸を食い破って槍が復元されるのではあるまいな。

 スプラッタ間違いなしの恐ろしい光景だろう。

 

 だが、まだこの状態なら取り返しはつく。

 二人とも安心しろ。

 歌を止めるなら口を塞げばいい。

 幸い、ここは台所だ。

 響が食べ物好きなのはミクに耳タコで言い聞かされているからな、彼女好みの、口を塞ぐものならふんだんにある!

 

 まずよく手を洗う。

——いや急いでよ!

 続いて冷蔵庫から、ゆで卵を選択、浸透勁で殻を吹き飛ばし、一気に三つ、響の口に詰め込んだ。

「え、なに——ふぉあむっ!?」

 

——今サラっと非常識な光景あったよね、茹で卵の殻がパァンッって全部外側に吹き飛んだよね!?

——未来、ハイトってノイズであるってところが目立ってるけど、ノイズ関係なく素で非常識なんだよね

 

 お前ら失礼だな。

 

 だが、更に非常識な光景が目の前に展開されてた。

「ん——————、ぷはぁ、美味しい?!」

 馬鹿な……卵三つを、一気呑み、だとォ……!!

 いい具合に口を塞ぎ、呑み込もうにも喉が詰まるためおいそれと実行できない、その筈のチョイスが、一呑みで覆されただと……。

 これが蟒蛇(ウワバミ)か。

——いや、違うんだけど……日本語間違ってるんだけど……

——ハイト、気をつけて、旋律は止まってない

 歌わせてはならないわけだな、よし!

 

 その後の戦いは、下手なノイズの軍勢や、奏でや翼といった対ノイズ装甲、シンフォギア相手の稽古を上回る激戦だった。

 

 冷蔵庫の中から、口内を傷つけない、そのまま食べられる食材をチョイスして次々と響を歌わせぬために放り込む。

 

 その、尽くを響は喰らい尽くした。

 ほとんど咀嚼もせず、ほぼ丸のみで。

 

 馬鹿な! この子の口腔と咽喉、後ついでに胃は、宇宙か!!

——うわぁ、あんなに大きいの呑み込んで……

——セレナ……分かってて、言ってるよね!

——ん? なんのこと? 私分かんないから、よく分かってる未来に、事細かに教えて欲しいなぁ?、分かってんでしょ??

——くっ、ぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃ……っ! お、覚えてなさいよ

 

 姦しいものなど何も俺には聞こえません。巫女院でよく聞こえた男の夢ブレイカーを彷彿とさせる猥談なんて聞こえませんよ。

 仕方がない。

 これは命の危険もあるため、どうしても控えたかったが……。

——ちょっと待ってハイト、響に何をする気なの!

 

 もう、後がないんだミク、これを使うしかない……毎年年末年始、お年寄りが毎年何人も命の危機に晒されてようが決して手を伸ばすことを諦めない、躊躇わない、そう——

 

 受けるがいい、立花響、この、ジャンボ大福餅を!

 

——え、ハイトも未来もなに、このノリ

——ごめん、つい……でもハイト、なんでそんなに日本のお正月事情に詳しいの……?

 

 ん?

「ふむぉ!?」

 既に口いっぱい大福を押し込んだのだが、なにか言っていたか? 見るがいい、流石の響でも、このサイズは?み込めぬようだな。

 むー、むー、と唸っている響を観察。

 良し。呑めないだけで詰まってはいないな。

 槍の共鳴は収まり、鎧われた手も元の状態へ戻っていく。

 ……なんとか、なったようだな。

 命に支障が無いことを確認し、立花一家の横を通り過ぎてリビングに戻る。

 

 そして俺は愕然とした。俺のなしたことを見てしまったのだ。

 俺はこの部屋に出現した際、机を跳ね飛ばした。

 まさか、その机に夕餉が載っているとは……!

 怒り心頭で気づきもしていなかったのだが……ミク、俺は重罪を重ねたようだ……自爆を命じてくれ。

——そんなに重いかなぁ! それ!

 

 なにを言う、一食ぶん失う事がどれだけの事か分かっていないか! 最悪餓死するんだぞ!

——いやしない、しないから

 しかし、さっきの響の食欲を見るに、三日ぐらい何も食べなかったら確実に餓死するんじゃなかろうか。

 

——————いや、ないから、無いからね! 分かったから、うん。そこ、片付けるだけでいいから

 

 今の間に関しては敢えて言及せんが……ミクが、そう言うならば。

 俺は、俺が散らかした食べ物をかき集め、カーペットを清め、机を元に戻した。

 

 途中で、響が手伝ってくれたのが印象的だった。

 

 作業を終え、呆然としている響達女性三人に頭を下げる。

 まだ台所では、父親が突っ伏している。

 治療が効けばいいのだが……。

 

——ハイトは本気で言ってるから怖いんだけど……

 

 何がだ。

 当然ながら、複雑な表情で軽く会釈した三人を確認すると、玄関へ向かう。

 流石に、ここで門を開くわけにはいくまい。

 いつ、再びノイズが出現するか分かったものでは無い、と恐れられる可能性もあるのだし。

 堂々と表に出て、物陰でミクに門を開いてもらえばいい。

 

 そう思って、玄関を開く。

 再び頭を下げ、外に出た、その時。

 

 ぐしゃり。

 

 体に、軽い衝撃が走った。

 ……。

 手に取って見ると、卵がぶつけられたらしい。

 ドロリとしたものが、体に張り付いている。

「はっははぁ! 弁えたかぁ? この人殺しがぁ!」

 

 見知らぬ男が、したり顔で、俺を嘲笑っている。

 そしてその後ろには、老若男女、誰も彼もが、自分は正しいと信じ切った顔で俺、そして立花の家人達を見下していた。

 

 

 

——そうか、お前らはそれを正しいと、善だと疑っていないのだな

 こちらが悪いと、揺らぐことなき事実だと何も考えず断じているのだな。

 

 

 

 ……成る程、これが日常的か。

 これは、辛いだろうな。

 これが火薬だったりしたら、火事の可能性もあるのだからマシ方か。

 だからといって、マシというのは、決してそのぐらい我慢しろ、と言う意味では決して無いのだ。

 

 良いだろう。

 

 そうか、そうか。いい歳をしておいて、物事を自分の判断で決められぬ戯けが居るのなら……。

 

「今日はこのぐらいにしておくから、自分が何をしたか、ちゃあんと反省しておく…………は?」

 

 気付くのが遅いんだよ愚暗が。

 あぁ、分かる。

 先程、引っ込んだ怒りが再燃したのが自覚できる。

 

 今度は分かる。

 確かに俺は憤っている。

 だが、俺を一挙に塗り潰そうと吹き上がるこの赫怒は。

 

 

 

——ミク(マスター)のものだ——

 

 

 

 (パス)を通じて、彼女の感情が俺にまで伝わってくるのだ。

 それは、金属の板を熱した時のように離れた距離でも容易く灼熱が内腑を焼き上げる。

 先程怒りが収まったのも、無知な俺には知る由もないが、大方葱がミクの怒りを納めたからだろう。

 何故か、とか言ったが、葱はやっぱり偉大な気がする。

 

 凄まじい。

 俺の自制心すら捩じ伏せる圧倒的怒り。

 意識が侵されるのに抗っていると、怒りに応じて再び体表が赤熱化してきたようで、投げつけられた卵が目玉焼きになりつつあった。

 

 

 

 なぁ、ミク。

——何、ハイト

 

 駄目だからな。最後の一線だけは超える気は無いぞ。

 それは俺だけではなく、ミクの手をも汚す事になるのだから。

——なんで! 私の手なんてどうなってもいい! コイツら、響の事何にも分からない癖に!!

 

 分からないからだ。

 特に、日本人の気質は、疑わしきはストレス発散に使え、だ。

 それにだ、ミク。

 自分の発言を自覚しているか?

 響が掛かっているからと言って、箍を外しすぎだマスター。響も、ミクも本来、そんなものを望む者ではないだろう?

 俺達と言う力をいきなり手に入れたからのぼせているだけだ。頭を冷やせ。

 今のミクは父さえ庇った響にきちんと向き合えるか?

——でも……でも、だって!

 

 言った都合、引っ込めにくいだろうが、響を引き合いに出したお陰で自覚したか。

 それならば、いい。

 口でならなんとでも言えようが、制動はかかっている。馬鹿なことはしないだろう?

 

 だからな、話は最後まで聞くように。

 あのな、ミク。そう言っても許す道理があると思うか?

 民度の低さに腑煮えくり返っているのは、ミクだけではないのだぞ。

 恥辱は味あわせてやる。

 方針は俺に任せて、少し、力を貸してはくれまいか。

——何をするの?

 

 もし俺に口があったなら、口角が釣り上がっているであろう高揚を自覚しつつ、得たばかりの知識を活用すべく、口にする。

 

鉄の処女(アイアン・メイデン)だ」

 

 

 

 非正規(コア)モジュール搭載の該当筐体より、最上位システム権限者(アドミニストレーター)へ要請

 

 詳細

 経験値オブジェクトをシステム権限者経由で指揮下個体へ同期。搭載を申請

 

 工程

 システム権限者をクラウドエミュレーターとして代用

 稼働指揮下筐体に統制セルとして付与、統括指揮下運用を下達

 

 経験値オブジェクト提供個体の認識より、オブジェクト名を『鉄の処女』と命名

 

 システム権限者の決断をトリガーにオブジェクトを実行

 実行事前に製造プラントと同期運用中の許容限定解除『蔵』を開門申請

 ●●●●●隔離筐体:魂魄抽出ユニット:カーボンメーカー。以上三用途汎用統括ユニット限定で申請を受諾

 

 企画未登録関数を有す筐体、ならびにその提供を受けた筐体に事前命令下達

 

 ポテンシャルの最高値を維持し、待機命令

 システム権限者のトリガーオンまで暖機運転(ウォームアップ)を継続せよ

 

 

 

 それは、初めての事だった。

 いつもは、コア回収用限定ゲートの拡張開門に過ぎなかった。

 

 だが、これは。

 ノイズ限定ではあるが、正規の開門だった。

 

 普段、何者かが通常のノイズを喚び出す際のものと同じなのだ。

 同じ開門、同じく取り出されるにもこれは違う。

 

 響宅を数の優位性を盾に取り囲み、敷地に不法侵入を果たし、口々に罵声をあげ、今にも入り込もうとしていた者達の周囲。

 

 地面。

 壁。

 植木。

 何もない空中に至るまで。

 

 数の暴力には、単純にそれ以上の数で。

 エメラルドの輝きに彩られた波紋が展開した。

 

 それは『門』であり。

 

 一番前にいて、玄関から出てきた俺に直面したせいで想定外の現実に固まっていた男は。

 背後から幾重にも重なって展開された阿鼻叫喚に、否応にも、非情にも、哀れにも。

 

 現実に引き戻された。

 

 いや良かった。

 セレナは、俺の清掃中から飽きてこの光景を見ていない。スマホでも弄ってるんだろう。

 本当に良かった。

 セレナは、こう言う人の悪意から受けた不審を少しずつながら癒して来ていたのだ。

 他ならぬ、この俺の醜い姿で心を傷つけずに済んだ——本当に、良かった。

 

 一歩男へ詰め寄る。

「ひぃっ」

 その程度で怯えるなよ。

 ノイズに襲われて生き残ったら人でなしなのだろう?

 襲われていないから、そんな自信満々に拳を振り上げられるのだろう? 罵声を放てるのであろう?

 ならば、お前達も襲われてみるがいい。

 

 気分転換には最適だぞ?

 

 

 

「でぃーd、D、でーでDーデーでdー、DDDでーでディーデーでDー」

 Dが色々と掠めるBGMを口ずさみながらすぐさま所望のものを持ってくる。

 ガリガリと路面を削りながら運ばれて来たのは清掃用具用ロッカー。

 あのさ、指針をミク経由で示したの俺だけど、どっから持ってきたの?

 

「D!」

 ゴメン。分からん。

——近くに学校あったらしいよ

 あー。考えなしだったかな。大騒ぎになってないか……子供が特に心配なんだが……。

 ツヴァイウィングのライブの時も人災の方が被害でかかったっていうし。

 

——あぁ、日本人らしくペコペコ頭下げさせたらなんとかなったよ? 代金も置いてきたし。

 凄いな日本人! ところでなんで成人日本人ってどいつもこいつも頭下げることが多過ぎんだ!?

 ……ん……代金?

——セレナがあの謎空間で拾ってくる貴金属とか

 やめろぉ!

 なんか取り返しつかないことのような気がするからやめろマジでガチで。

 

 さて。

「ぎゃははははははは、やめ、やめぎゃはははははははッ!」

 窒息寸前まで笑い続けているこの男は、先程俺に卵をぶつけた下手人だ。

 咄嗟に海老反り固めで拘束し、俺が指示を始めたらこうして下拵えをしてもらっていたのである。

 近くに丁度良くヤギがいなかったので、縛り付けて足裏を筆で擽ぐる事しか出来なかったのだが。

 

 よし、頃合いか。

 

 放り込め!

 清掃用ロッカーに男を詰め込む。

 ……ん、どうした?

 そこに、Gがジタバタ暴れている長ヒョロいノイズを連れて来ていた。

 え、そいつ普通(?)のノイズじゃねぇ?

「磁ー!!」

 

 海星同士のジェスチャー中……。

 

 え? そうなの?

 どうやら、俺達の居住空間にいる特殊能力持ちノイズを持ち出したらしい……初めて見る形だが、それより気になることがある。

 おい、そいつ人に被害与えないだろうな。

 え、なんだって?

 

 海星同士のジェスチャー中である……。

 

 が、難しいなこれ、と体を捻っていたらミクから回答が飛んで来た。

——なんか、そのノイズ、臭くて粘つく汁出すから丁度いいんじゃないかだって

 え?

 

 俺が確認する前にGがそのノイズを絞ってドロドロの液体を男入りロッカーに流し込んでいた。

「ぐばぁ、ぎゃあ、おえぇ、ごほっ、くっさぁ、おえ臭っせえ!!」

 えげつない光景である。

 続いて容赦なく扉を閉じると中から臭え臭えと、シュールストレミングと密室に隔離されたような悲鳴を上げている。

 

 よし。

 それに近づいて肩をぐりぐり。

 回して振りかぶり——?

 

 おらあ——!!

 一切の容赦無く、拳を振り落とす。

 ごがあっ!

 

 拳の形にロッカーが凹むが、少し力を込めて拳を振るえばこんな箱は中身ごと貫通して棺桶になってしまうため、金属越しでも中身を直接殴らないように加減が難しい。

 はみ出たら臭い汁も出て来るのである。慎重にならざるを得ない。

 

 後は慎重に(この部分が本気)、身がはみ出たりし無いよう少しずつぶん殴るだけである。

 ところでカクテルパーティ効果と言うのをご存知だろうか。

 人が無数に犇いているパーティ会場の雑多な会話などは、一つ一つ聞き取る事など普通はできはしない。

 だが、経験した事がある方もいるだろうが、何故かその中で、自分と関連する単語は不思議と意識できるのだ。

 

 これは人間が本来優れている機能の大半をオミットしていることの現れである。

 実は、雑多なすべての会話全てを人間はちゃんと聞いているのだ。

 それから、自分に関わりありそうな単語を脳の機能で拾ったならばその対話を抽出して意識しやすくしているだけなのである。

 たとえ認識できても、必要ないと認識した情報のやりとりはバッサりカットしているのだ。

 

 だから。

 他の海星型ノイズに適切な拳具合を教えている間。

 俺の後ろで順番待ちしている有象無象の言葉が何一つ聞こえなくてもおかしくないのである。

 

 皆優秀だったものだから、二、三人で実践したら要領を掴めたらしくあっちこっちで金属を殴打するBGMが流れ始めた。

 

 さて、後は皆に任せて。

 一旦区切りを入れて響の家を見上げる。

 ひどくボロボロだ。

 だが。

 心を傷つけるのは、家屋を汚す塗料ではなく文字だろう。

 

 あ、蛇。

 都会なのに珍しくニョロニョロ這っていたのでひょいと捕まえて打楽器楽団を手招き。

 G、これも入れといて。

 丁度女性だったのか、絶叫の音色が変わったのを後ろに聞きながら、ミク調べで知っていた。

 

——今さらっと凄いことしてなかった?

 ん? 蛇のことか?

 

 猫も杓子も大慌てってこの国の言葉があるだろう?

——う、うん

 

 あれ、複数の元となった逸話があるわけだが。

 俺としては女子(めこ)弱子(じゃくし)もを推したい。

——そ、そうなんだ……

 

 俺は思うのだよ。人の尊厳に関しては老弱男女関係ないと。

 それを踏み躙るものものには、同様に。

 老若男女、容赦無し、だ。

——なんで私よりそんな日本語に詳しくなってるの?

 この国の言葉は言い回しが面白いからな。成り立ちを調べると、民族性が良くわかるんだ。

——そ、そうなんだ……

 

 

 ミクがコメント返しを面倒になったところなので、仕事に移るとしよう。

 以前、ミクと調べたので掃除用具の場所も分かる。

 モップで汚れを……え、何これしつこい。

 落ちねえな……。

 

 油汚れは乳化させてとるか、同じ油で流すんだっけな。

 でもここにはどちらもねえなあ。

 さっきの粘つくノイズの、あれ使えないかなあ。

 いや、汚れが取れても匂いが取れなかったら使えんか。

 

 負けん、負けんぞ。

 妻が身重の時、その家事を一旦に引き受けた我が清掃技術を舐めるでない!!

 生活の知恵が使えぬのならば、純粋に体力で磨き切って——

——いや、ハイト

 なんだミク、今俺は清掃に励んでいる。火急の用でなければ少し待ってくれ

——あの、みんな終わって帰ったんだけど

 

 そうか。だが、やっぱり切りの良いところまで行かないとしっくりこないというか。

——でも後ろ、気づいてる?

 

 あぁ……うん。

 肩を掴まれれば流石に気付いたわ。

 なんと言う事だ。

 俺とした事が、清掃に夢中になりすぎていた。

 翼が、見目麗しき歌って踊れる歌手とは思えぬ形相で俺を無理矢理振り向かせたのだった。

 

 掃除終わるまでちょっと待ってくれないか?

——え、それで良いの!?

 

 いや、本当見ててムカつくこの字が消えなくてなぁ……。

——ありがとう、ハイト……

 でも、肩掴んでなおスルーされてる歌手もよく見てあげて。

 

 いや、清掃が不出来な俺を笑うならともかく、感謝する謂れはないぞ、消せてないし。

——本当に憤って、本気で消してくれようとしてくれたから……でも、なんか面倒になりそうだからカムバックね!

 待って! せめて清掃用具片付けさせて、出しっ放しって気持ち悪いから!

 えーと、えーと!

——大丈夫だから、私が後で片付けておくから!

 せめてまとめさせっ——

 

 慌ててバケツの中身を捨て、モップを絞り、せめて一箇所にまとめようとモップを玄関の扉脇に立て掛けて————っだああああああああッ!

 

 タイムアップ。

 俺は問答無用でミクに門へと落とされたのだった。

——あ、私テレビでこんな感じの、一発芸ので見たことある

 セレナ。帰ってきてたのか。さっきの醜い光景を見せなくて良かった……ではなく、その一発芸は最近あまり見ないんだが……借りたんだな、DVD借りたんだなあああああああっ!

 

 あぁ、余談なのだが。

 翼はこの時、俺に責められていると思っていたらしい。

 すまん、俺が落ち込んだり苛立っていたのは落書きに対してなんだ。

 

 

 

 

 

 

_/_/_/                       _/_/_/

 

 

 

未来の熱伝導

 未来がキレると海星達が一斉に激昂する。ハイトもだいぶ危なかった。

 

響の食欲ヤガ疑惑。

 好きなものがご飯&ご飯の響は3日ぐらいで餓死する。

 大丈夫大丈夫、まだ常識の範囲内、最後の大隊の少佐は一食抜くと死ぬらしいし。

 

波紋状の門

 杖によるノイズ召喚と異なり、ゲート開門による眷属の呼び込みである。

 イメージとしては皆大好き英雄王のゲートオブバビロンの波紋。

 ただし、ノイズ用のエメラルドカラーである。

 

マスター権限による経験値共有

 海星ノイズは、それぞれ個性を持つが、経験値やスキルは未来経由で並列化を測ることができる、まるでアクメツか、ワルキューレである。

 

臭くて粘つく汁を出すノイズ。

 原作ではクリスが召喚して響をネバネバにした。原作で無臭だとしたらとんだ風評被害である。

 作中で言われていないが、牛乳を雑巾で吹いた後、風通しの悪い、湿度の高い日陰で3日ぐらい放置したような匂いがするらしい。




未来の熱伝導
 未来がキレると海星達が一斉に激昂する。ハイトもだいぶ危なかった。
 視界も共有しているし、響の過激ファンサークルでしかない気がする。

響の食欲ヤガ疑惑。
 好きなものがご飯&ご飯の響は3日ぐらいで餓死する疑惑が持ち上がる。
 大丈夫大丈夫、まだ常識の範囲内、最後の大隊の少佐は一食抜くと死ぬらしいし。

波紋状の門
 杖によるノイズ召喚と異なり、ゲート開門による眷属の呼び込みである。
 イメージとしては皆大好き英雄王のゲートオブバビロンの波紋。
 ただし、ノイズ用のエメラルドカラーである。

マスター権限による経験値共有
 海星ノイズは、それぞれ個性を持つが、経験値やスキルは未来経由で並列化を測ることができる、まるでアクメツか、ワルキューレである。

臭くて粘つく汁を出すノイズ。
 原作ではクリスが召喚して響をネバネバにした。原作で無臭だとしたらとんだ風評被害である。
 作中で言われていないが、牛乳を雑巾で吹いた後、風通しの悪い、湿度の高い日陰で3日ぐらい放置したような匂いがするらしい。

ボッシュート
 最近なんだか、ハイトの帰還方法がエクセルサーガの総帥トラップに見えてきたのでこんな書き方になった。
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