星の瞬きの裏側で   作:大岡 ひじき

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前話『もうひとりのセイヤ』と同時空の、数年後。
NEXT DIMENSIONの後すぐゼウス戦とか入ってそれも勝利した、基本、平和な世界。


ミューズの置き土産

「大好きな人たちに看取られて逝けるなんて、最高に幸せな一生の終わりじゃなくて?

 お互いに、肉親とは縁の薄い人生だったけど、あたしはあんたと暮らせて幸せだったわよ」

 それが、母の最後の言葉だった。

 

 ・・・

 

 母と私は血が繋がっていない。

 私は母の夫だった人の妹が未婚で産んだ子で、その実母は、生まれたばかりで名すら与えていない私を置き去りにしてどこかへ逃げたそうだ。

 残された子を哀れに思った2人が私を引き取ってすぐ、母の夫、つまり私の血縁上の伯父が事故で亡くなり、血の繋がりのない未亡人と赤子が残された。

 母には、赤子の私を施設にでも入れて、自由に生きる選択肢があった筈だ。

 だがそれをせず、夫が残した我が子として一人で育てる事を決意したが、当然その生活は苦しかった。

 だから、はるかに年上のその(ひと)から差し伸べられた手を取った母の、その心に、まったく打算がなかったといえば嘘だろう。

 しかし幸いなことに、母以外にたくさんの女性のもとを渡り歩いている筈のその(ひと)は、決して母を粗末に扱いはしなかった。

 母の子として、私に対しても優しく接してくれ、困ったことはないかと気にかけてくれさえしたから、私もその(ひと)には懐いていた。

 その(ひと)の援助により私たちの生活は保障され、母ひとり子ひとりの家庭にしては、惨めな思いをすることなく暮らしていたと思う。

 

「あの人の愛情は、ひとりが受け取るには大きすぎるんだわ」

 母が冗談めかしてそう言ったのは、その身体の中にひとりの命が宿っていた頃だった。

 時が過ぎ、夏の暑い盛りに生まれた男の子には、どこかその(ひと)の面影があった。

 

「今日からあんたは、この子のお姉ちゃんだからね」

 設備の整った大きな病院で、彼女にとってはじめての子を抱いた母は、そう言って確かに幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 更に二年後の秋に同じようにして生まれた、今度は母に似た男の子を、同じ病院のベッドで紹介された時、2歳の弟の手を引いた私は9歳になっていた。

 

 ・・・

 

 けど。

 姉として過ごす日々は、長くは続かなかった。

 2人目の弟が生まれて半年ほどの春に、やってきたその(ひと)が告げた言葉に、母は従うしかなかったのだ。

 

「私の息子を、二人とも引き取らせて欲しい」

 唯々諾々と従おうとする母の代わりに、私はその(ひと)に詰め寄った。

 

 弟たちを連れていかないで。

 ふたりはお母さんの本当の子どもなのに。

 私が行くから。何でもするから、お母さんからふたりを取り上げないで、と。

 

 私は母の為にそう訴えたのに、そこまで言った次の瞬間、頭上から降ってきた痛みで目の前に星が散った。

 

「バカな事言うんじゃない!

 あんただってあたしの子よ!!」

 …そう言ってくれたのは素直に嬉しかったけど、普通こういう時って平手の頬打ちじゃないの?

 げんこつ、しかも中指だけ微妙に角度をつけて突起にした、衝撃と共に頭皮をえぐる地味に痛いやつってどうなの?

【挿絵表示】

 

 

「…娘が失礼な事を申し上げました。光政様。

 御子息はお返しいたします。

 ですが、こちらも実の子を手放すのです。

 縁がなくなったと丸裸で放り出されるのは御免こうむります」

 母が頷いた次の日には、もう迎えが来て、車に乗せられていく弟たちを、私は見ていない。

 けど通っていた小学校の三学期の終業式を終え、皆で暮らしていた家に帰ったら、毎日玄関まで迎えに来ていた上の弟の姿が見えなくて、その瞬間に玄関にへたり込んで、大泣きしたのを覚えている。

 それを優しく宥めてくれたのは、本来なら自分が一番悲しい筈の、母だった。

 

 儚げな美女に見えた母は、強かだった。

 そうならざるを得なかった。

 親子ふたりなら、慎ましく暮らしていけば一生食べてはいけるのではないかという金額を一括で受け取った母は、それを元手に私を連れてアメリカに渡り、そこで画商の仕事を始めた。

 

「どちらにしろあの人が亡くなったら、それまで通りの生活で居られる筈もないのだもの。

 いつかはこの日が来るものと、水面下で着々と準備はしていたのよ。

 …あたしはね、(あかり)

 綺麗なものに囲まれて生きるのが夢だったの。

 この際だから、それを叶えることにするわ。

 あんたをあたしの夢につき合わせるのは悪いと思ってるけど、許してね」

 と私に言った母の笑顔は、少しだけ悲しい色を帯びていたものの、生きる希望に溢れて、少女の私ですら見惚れるほどに美しかった。

 あの(ひと)は母のそんな顔を、きっと見たことがないのだと思うと、少しだけ溜飲が下がる気がした。

 

 最初こそ苦労はしたものの、母の画廊は軌道に乗った。

 私は特に不自由なくアメリカで教育を受け、大学まで行かせてもらって無事に卒業した。

 その母の助けに幾らかはなるかと、学業の傍らに、絵画修復師としての修行を始めた頃、日本の大きな財閥グループが企画した大イベントが大ゴケしたというニュースが流れて、一時的に世界の株価が暴落して大混乱を起こした。

 更に同じ年に、異常気象による大雨で世界中が洪水の危機に見舞われたり、それが収まると今度は、天文学者達が一斉に考えられないと頭を抱えた謎の日蝕が世界を闇に閉ざしたり(本来日蝕というのは一部地域で観測されるものであり、全世界で同じ時間に確認できる事はあり得ない)という事態が起こり、世界経済がそれらの影響から脱するまで数年の歳月を要した。

 

 …だがその間、私たち親子はそれなりに普通に日常を暮らしていた。

 そして私が27歳になる年、病に倒れた母は、一緒に暮らしていた10歳も年下のパートナーと私に見送られて人生を閉じたが、その瞬間を迎えた未だ美しい顔は、幸せそうな微笑みを浮かべているように見えた。

 母の事業はそのパートナーに譲り、現金遺産といつも身につけていたペンダントだけ形見に受け取った私は、その足で一年以上かけて世界を回った。

 そして最後に日本の地を踏んだ時、やっと帰ってきたと思った。

 ここで暮らす事をその瞬間に決めて、絵画修復の仕事をフリーランスで始めた。

 また、日本にも母が世話をした美術商がいて、その伝手で売買や鑑定の仕事も請け負った。

 天涯孤独の身となったが、私はもう自分自身の人生を生きている。

 弟たちの事は時折心の片隅に思い返す事はあったが、もはや自分の人生とは関わりのない存在と割り切っていた。

 

 ☆☆☆

 

「椿山さんの紹介で参りました地場(じば)(あかり)です。

 よろしくお願いいたします」

 絵画修復の依頼を受けて訪れたのは、城戸家というお邸だった。

 応対に出てくださったのは、禿頭(とくとう)で大きな身体をしている上に強面の、40代半ばの執事さんだった。

 

「城戸家の執事の、辰巳と申します。

 この度は直接邸までお越しいただき、ありがとうございます。

 椿山さんからは、腕のいい修復師の方だと伺っております。

 …どうぞ、こちらへ」

 辰巳さんのお話では、依頼品の絵画は先代当主のコレクションであり、それを継いだ当代の女性当主がそういったものに全く興味がなかった為、邸の一室に押し込まれ、ほぼ打ち捨てられていたものらしい。

 こちらの御当主がトップとなっているグラード財団は、例の株価を混乱させたイベントを行なっていたところで、当時御当主は13歳の少女だったのだそう。あっ…(察し

 

 …結局その後、御当主自身は名前だけを残して実務からは退き、現在は親戚筋の家の御当主が代行として、事実上の決裁権を持っているらしい。

 今回先代のコレクションを引っ張り出したのはその代行の方の意向で、このコレクションを展示する美術館を建てて、その収益を福祉事業に使おうという計画であるようだ。

 しかし持ち主の死後十年余の年月を経て、ようやく陽の目をみた美術品たちは、思ったよりも保存状態が悪く、特に絵画は壊滅的だったのだと、案内しながら辰巳さんが説明してくれた。

 

「…いかがですか?」

「…日の目を見ずに放置されていた年月が惜しいくらい、素晴らしい作品ばかりですね。

 これなどは、日本ではあまり名が知られていないものの、海外には好事家がいる画家の、恐らくは後期の作品でしょう。

 …まあ!これは……」

 次々と現れるお宝の山に、私は目を輝かせる。

 本当に保存状態さえ良ければ…と惜しまれるものばかりであり、まあだからこそ私はこれらを、こんな間近で目にすることができるわけだ。

 

「あれ……?」

 カビの漂白、絵の具の剥落、キャンバスの補修…一通りの修復方法をそれぞれ頭の中で思い描きながら、額縁の裏にタグをつけて整理していたら、他のとは明らかに傾向の違う風景画が出てきた。

 古いものではなく、サイズも小さい、特別目を惹く絵ではないが…タッチに見覚えがある。

 

「おお…ここにあったのか」

 私がそれを取り上げて眺めていたら、その後ろから辰巳さんの、なんだか感慨深げな声がかかった。

 

「…え?」

「そちらは先代が生前、ご自分の書斎に飾られていたもので、当時付き合いのあった無名の画家から贈られたものと聞いております。

 先代が亡くなられた後、形見分けで親戚筋のどなたかが持っていかれたとばかり思っておりましたよ。…懐かしいな」

 強面の辰巳さんの、その絵を見ながらの柔らかな表情への変化を、少し意外に思っていたら、まるで心の声を聞いたかのようなタイミングで、辰巳さんは少し照れたように言葉を続けてきた。

 

「…わたしは、見た目通りの無骨者でしてな。

 勿論、絵の価値などはまったくわからんのですが…この絵だけは好きだったんですよ。

 これを眺めていた旦那様は、普段は厳しい方でしたが、その時だけは穏やかな顔をされていました」

 つまりは、この絵が好きというよりも、それにまつわる思い出が、彼にとってのこの絵の価値なのだろう。

 辰巳さんは、その先代の御当主のことを、主従の域を越えて慕っていたに違いない。

 思い出は時として金銭的価値に勝る。

 あくまでも、その思い出の当人にとってだけだが、この絵にそういう価値をつけて貰えた事が、自分のことのように嬉しく思えた。

 

「当主代行の執務室には、先代の肖像画が飾られているのですが、それも、同じ方の作品とうかがっています。

 良ければ、そちらも御覧になられますか?」

「…いいんですか?」

 反射的にそう言ってしまい、辰巳さんは強面に満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「勿論です。地場さんもどうやら、その絵に興味を惹かれたご様子でしたので。

 わたしは普段から、センスがないと皆に言われている男ですので、わたしが気に入ったものが、地場さんのような専門家の方の目に留まった事が、嬉しくて仕方がないのですよ」

 …さっきから思っていたが、この人は本質的に気のいい男なのかもしれない。

 

 ・・・

 

「失礼いたします、晴夜(せいや)様」

 同じ階でもエントランスから上がってすぐの部屋を、ドアをノックして返事が返るとほぼ同時に入室した辰巳さんの申し訳程度の挨拶に、中でいかにも高価そうな執務机に向かっていた男性が、顔も上げずに答えた。

 

「徳丸。今日は少し早くないか?

 今日の決済はまだ半分も終わっていないよ。

 あと2時間、待ってくれないか」

「晴夜様は、お仕事を続けて下さって結構です。

 地場さん、先ほど申し上げた肖像画がこちらになります」

 とくまる、というのは辰巳さんの名前なんだろうか。

 だとするとこの男性は、彼には随分くだけた接し方をしている事になる。

 そういや、辰巳さんのこの人への態度も、丁寧ながら若干ぞんざいだし。

 先ほどの話の流れからすると、この人が当主代行を任されているという方だと思うのだが。

 見れば年の頃は40そこそこ、身なりもしっかりとして恐らくは背も高いだろう、地味だけど結構なイケメンだ。

 

 …けど、その男性よりも、私の目を惹きつけたのは。

 

「みつまさ…おじさま」

 その肖像画の人物の、見覚えのある顔に、思わずかつて呼んでいた呼称を呟く。

 それから、さっきの風景画よりも大きく書かれた、右下に書かれたサインを確認した。

 

 “AKI. J”

 

「…地場さん、とおっしゃいましたか」

 …気がつけば先ほど辰巳さんに『セイヤ様』と呼ばれていたそのひとが、こちらを探るような目で見つめており、その隣で辰巳さんも、少し驚いたような表情を浮かべている。

 

「…御挨拶が遅れて申し訳ございません。

 絵画修復師の地場(じば)(あかり)です。

 この度は、大変名誉な仕事を任せていただき…」

「それよりも、貴女は父を知っているのですか?」

 …男性に問われた言葉の意味がわからず、私はその人を見つめて目を瞬かせる。

 

「……失礼。褄吹(つまぶき) 晴夜(せいや)と申します。

 両親が離婚して、母方に引き取られた事で褄吹姓を名乗っておりますが、僕の父はここの先代当主、城戸光政です。

 この肖像画の人物でもあります」

 ……何故気がつかなかったのか。

 目の前のこの人は、よく見ればこの肖像画に描かれている高齢の男性と、よく似た顔立ちをしている。

 もっとも肖像画も私の記憶の中のその人も、顔の下半分に髭をたくわえていたから、やや人相が判りづらかったというのはあるが。

 けど上の弟は当時幼くても、一目見て父親似だとわかるくらいだった。

 あの子が40くらいになったら、きっとこういう顔立ちになるんだろう。

 

『光政おじさま』

 まだ幼かった頃の私が、そう呼んで懐いたひとは。

 グラード財団前総帥・城戸光政。

 

 …つまり、この褄吹さんという人は弟たちの、年の離れた兄という事になる。

 

「…この絵を描いたのは……私の、母です」

 母は日本を出る前は、売れない画家だった。

『AKI. J』は勿論、本名の『地場 明子』からの、自身の作品に書いたサインだった。

 だが、ものを見る目を養った今の私の目から見れば、画家としての母には突出した才能はなかったのだとはっきり言える。

 弟たちの父親だったあの(ひと)に庇護されて生活していなければ、もっと早くに筆を折っていたに違いない。

 ただ、商才と人脈を広げる手腕は見事だったし、最後は自分の好きなものに囲まれて終えた人生は、本人が言う通り幸せだったと思う。

 心残りが、あるとすれば。

 

「ここが、光政おじさまのお邸だというのであれば、私の弟たちは…実の父親に引き取られた母の息子たちは、どこにいるのですか?」

 一通りの説明をしたあとで、私がそう問うと、褄吹さんと辰巳さんが顔を見合わせた。

 

 と。

 

「褄吹さん。辰巳さん。今戻りました」

 開きっぱなしのその部屋のドアから、ひとりの青年が顔を出した。

 その目が私の存在に気づいて、見開かれる。

 次に、微笑んで会釈しようとした彼に、私は思わず、呼びかけてしまっていた。

 

「おかあ、さん……!!」

「えっ!?」

 

 ……その亜麻色の髪の青年は、母にそっくりな顔をしていた。

 

 ☆☆☆

 

『燈、一輝(イッキ)

 この子の名前は、(シュン)。あんた達の弟よ』

 母の腕に抱かれたその小さな生き物は、生まれたての赤子がこんなにも笑うものかというくらいよく笑う赤ちゃんだった。

 

『早く大きくなれよ、瞬。

 それまでオレと姉ちゃんが、おまえを守ってやるからな。

 そして大きくなったらオレと2人で一生、母さんと姉ちゃんを守るんだから』

 更に、男の子にしては言葉が早かった上の弟は、2歳にして既にいっぱしの男のような口をきいた。

 

『いや、一輝。一生は要らない。

 姉ちゃん、将来結婚して、強くてかっこいい旦那様に守ってもらうから』

『だったら、オレが姉ちゃんをお嫁さんにする!』

 その言葉に、母と一緒に周りで見ていた看護士のお姉さんたちも笑っていた。

 

 ☆☆☆

 

 そして……止まった時間が、動き出す。




つづかない。たぶん。


地場(じば) (あかり)
年齢:29歳(原作進行時22歳)
身長:169cm 体重不明(爆
女性にしては長身でスレンダーだが隠れ巨乳。
フリーランスの、プロの絵画修復師。
日本に生まれ、アメリカで育ち、芸術に関わる仕事なら芸術の国の言葉を知らなきゃ!とフランス語も死に物狂いに勉強したので三ヶ国語話せる。
素は割と美人だが、長い髪は無造作に括り化粧けはなく、縁の目立つ眼鏡を着用して女性らしい格好もほとんどしないので、そう見てくれる男性は稀。
(たまに化粧すると別人になると言われる)
一輝と瞬の実母の養女で、2人の血の繋がらない姉。
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