For Honor:Another   作:祈Sui

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第二章・ヴァイキング/第一話〈‐守るべきもの‐〉

‐守るべきもの‐

 

障子が陽光を弱めている。まだ新しい畳は、特有の香りを漂わせていた。奥に伸びる室内の最奥は一段高くなり、天井からは御簾が下がる。御簾の向こう側に人の気配はない。その上段の方向を空け、弧を描くように私を含めた五人の大名が一定の距離を保ち向き合うように座っていた。誰もが絹衣のみを身に纏い徒手である。御所と帝の守りを担う近衛兵以外はこの場所に帯刀して入る事はできぬからだ。部屋の四隅に控える近衛兵は、全員、顔を面で覆い沈黙している。

この国は帝の下、五人の大名により分割統治されている。そして国の意思決定会議を御前会議と呼ぶが、帝自らが参加することは稀なため俗に五大名評議と呼ばれる。一人の侍を発端にした問題は、今回の五大名評議にまでもつれこんでいた。

「死罪、それ以外には無い。斬首の後、首を晒す」

評議の始まりと共に、問題の渦中に居る大名、鬼山が告げる。誰かが賛同を示す前に、私は問題を掘り起こす。

「討たれた鬼山殿の家臣は、領民から過剰な搾取を重ねておったと聞いたが?」

鬼山が、私を睨む。

「我の知るところでは無い」

鬼山はそう言ったが、問題は、彼が家臣たちに対し、重税を課したことにあった。それを受けた鬼山の家臣たちは、鬼山に吸い上げられる税とは別に、自分たちの懐を潤すため民衆にさらに課税を行った。それにより発生した過剰な搾取が、問題の発端となったのだ。

「ほう、家臣の動きも知らぬとは、大名としていかがなものか?その素質を疑われかねますまい」

「小娘が」

鬼山が忌々し気に呟くが、それ以上の行動は起こさない。いや起こせないのだ。御所において力に訴えれば、それはすなわち罪となる。

「まぁ、またれよ」

険悪な空気を読み、藍邪が口をはさむ。藍邪の序列は三位。近年鬼山との関係を深めているが、鬼山一強となる事も望んではいない。恐らくはできるだけ現状を維持しようと考えているだろうが、意見は大名筆頭である鬼山寄りのものとなる。

「確かに亜由殿の言うように討たれた武家が、民衆を虐げていたことは事実」

それに不服を表そうとした鬼山を宥めるように藍邪が手振りし、続ける。

「されど、咎めなしでは済まされぬ事。主家に歯向かった侍をそのまま許してしまえば、世が乱れる元となりましょう」

味方を得たと思った鬼山は頷く。

「ならばこそ死罪を」

そこへ、清十郎が横やりを入れる。清十郎は序列にすれば二位。鬼山や藍邪とは違い勢力は気にせず理によって動く男だ。

「しかし、死罪に処し、その首を晒せば、民の反感を買うのも必定。もはや、城下においてもかの侍は英雄視されつつある」

清十郎の言うように、捕縛された侍は、圧政に苦しむ民衆を救った英雄として噂となっていた。

「よって侍として腹を切らせては?かの者に敬意を払い民衆を宥め、一方で力による権威の転換は認めぬと知らしめる」

清十郎の言葉に鬼山が反論する。

「腹を切らせるだと?馬鹿な、もとをただせば奴は侍では無い。どこの馬の骨とも知れぬ。そんなものに名誉を与えるなど」

その言葉に藍邪が過敏に反応する。

「あの者を見出したのは我だ。そしてそなたに請われ、与えた。我が目が曇っていたと?」

鬼山が僅かにたじろぐ、藍邪の過剰なまでの反応には理由があった。藍邪は、世継ぎを数年前に失っていた。血統の断絶を恐れた藍邪は、それよりも前に鬼山のところへ嫁にやっていた実娘の産んだ男児を後継者として引き取った。それは藍邪にとって苦肉の策であり、また鬼山は、その為の条件として藍邪が目をつけ拾っていた剣才に恵まれた少年を求めたのだ。それ自体は大した問題では無かったが、藍邪には家自体が、鬼山に乗っ取られるのではないかと言う疑念が生まれていた。鬼山の怒りから出た何気ない一言が、藍邪にとっては、自らが蔑ろにされているように思えたのだ。

「毒蛇殿はどう思われる?」

鬼山は、毒蛇に話を振る事で、藍邪との衝突を避けようとした。

「私は・・・」

毒蛇は、序列四位の大名であるが、その性質は小悪党と言ったところだ。故に、鬼山は毒蛇ならば自らに迎合すると考えたのだろう。今までそうだったように・・・だが、毒蛇は回答を躊躇っていた。鬼山と私を交互に見やっては、口を開こうとしては閉じる。藤清を使いに出したかいがあった。やはり最強の侍。剣聖と呼ばれる藤清の影響力は絶大だ。毒蛇も、鬼山ほどではないにしろ、自らの私腹を肥やすために搾取を重ねていた。私は手紙でそれを丁寧に指摘してやったのだ。かの侍を死罪とすれば、毒蛇の民衆もまた怒りを抱くだろうと・・・切腹を選んだとしても状況は変わらぬ。死して英雄となった亡霊に取り付かれる事になる。今回は、鬼山の臣下が屠られたに過ぎないが、不満が蓄積すれば、民衆、侍、臣下、その何処が爆ぜたとしてもおかしくはないのだと。ならば次に首を落とされるのが毒蛇であったとしても不思議ではない。そう脅し、分かり易い逃げ道も与えてやった。助命を毒蛇が持ち出し、今回の問題を真摯に受け止めているという事を表明、自らの責として臣下、及び領民への税を軽くすれば、毒蛇の統治者としての立場は安泰な物になるだろうと・・・その手紙を渡した藤清が、不機嫌だったのも良い方向へ働いたことだろう。毒蛇は清藤が、自らに対し、怒りを覚えていると思ったに違いない。鬼山と敵対したくなく、だが、藤清に対する恐れと、民衆の怒りや、臣下の不満が自らに向かうのではないかという恐怖。毒蛇は保身の為。どう動けばいいのか苦悩していた。そして躊躇いながら口にする。

「私、・・・私は、かの侍は・・・助命すべきではないかと」

「何?」

鬼山の言葉に毒蛇は身を震わせた

「た、確かに、鬼山殿の気持ちは、分かります。し、しかし死罪とすれば、清十郎殿の言うように、民の反感をかうでしょう。なれど、切腹とすれば、かの侍は英雄となって影響力を持ち続ける。ならばこそ生かすことによって、収めたほうが良いのではないか、と」

毒蛇は何とか、そう言い切ると下を向いた。よく出来ました。と毒蛇を褒めてやりたい。鬼山が苛立つ。

藍邪は回答を切腹とし、それにより

打ち首が1

切腹が2

助命が2

となった。頭数で言えば死罪が優勢。だが鬼山は切腹を承服できない。

意地がある限り鬼山と藍邪は歩み寄れず。迷いなき清十郎は動かず。そして、毒蛇は臆病さゆえに動けぬ。議論は、平行線におちいった。私ができるのは、ここまでだろう。後は、もう一つ蒔いておいた種が芽吹くかどうかだ。

室内に無意味な沈黙が満ちた頃。近衛大将である刀千が不意に姿を現した。大名の全員が、居住まいを正し、部屋の最奥へ向き直り平伏する。長い部屋の奥。御簾の向こう側で、静かにふすまが開けられる。小さく響くのは鈴の音。御簾の向こう側に現れた人影が座る。

「どのようなもめ事かと、帝が問うておられる」

左右に控えている女官の一人が、帝の声を聞き、伝えた。それを受け近衛兵が経緯を説明、大名各々の意見をまとめて進言する。御簾の奥は沈黙。帝が、熟考を巡らせていた。誰も声を発さぬ。このような些事に、本来帝自らが赴くなどあり得ぬ事。それは帝が政治に無関心であるというわけでは無く、自らの言動により世が動き過ぎてしまわぬように考慮しているのだろう。少なくとも当代の帝には、その傾向を感じる。だが、今回は民衆の間に広めた噂が功を奏したようだ。帝を引き出す事に成功し、大名たちの間では意見が割れている。

後は帝の意思次第だった。

 

***

 

 あの日、スヴェルンガルドが燃え落ちた日。私はスティガンドルと再会した。

長い部族間の抗争の果て、ヴァイキングは我が盟友グズムンドゥルの下でまとまっていた。グズムンドゥルは、まさしく首長と呼ぶにふさわしい人間であったが、自ら首長を称することは無かった。似合わぬからとそう言って笑った。理想の下、グズムンドゥルと共に戦った日々はいまでも昨日の事のように思い出せる。それに伴う痛みも。

別れの時、グズムンドゥルは私を引き留めたが、私は強引に袂を別った。彼の事を嫌いになったわけではない。ただ、生きる場所が違うと感じていた。偉大な統治者の下に、いつまでも古臭いただの戦士が居座るべきではないと。盟友、戦友。呼び方はどうであれ、私たちは余りに強く結びついてしまっていた。彼は、ヴァイキングを統一した後も私を対等に扱った。それは美徳であり、グズムンドゥルの理想ではあったが、事実上全部族の統治者となった者の姿ではない。私の存在で、実現した統一を壊したくはなかった。私はただ、斧を振るう事しか能の無い人間だ。もうグズムンドゥルには必要が無い。それにグズムンドゥルと共にいる事は、懐かしい日々と共に痛みを思い起こさせた。それはグズムンドゥルにとっても同じだっただろう。だから山の奥にある小さな家で、静かに暮らしていた。アポリヨンと言う名の君主が軍勢を引き連れて、この地にやってくるまでは・・・

私がスヴェルンガルド要塞へとたどり着いたとき、アポリヨンの軍勢による攻撃が既に始まっていた。共に戦おうと言う私に、グズムンドゥルは首を横に振った。それよりも頼みたいことがあると・・・。そして引き合わされたのがスティガンドルだった。

古の英雄。伝説の首長の血をひくスティガンドルは、長く続いた抗争の中で、親族を失っていた。それを庇護したのがグズムンドゥルだ。スティガンドルの才に気付いたグズムンドゥルは、いつか自らの後をスティガンドルに、そしてヴァキング全ての族長の統治者である首長にと考えていた。グズムンドゥルと共に戦場をかけたあの頃。スティガンドルは、まだ少年だったが、今や青年へと成長していた。拘束されたスティガンドルは、グズムンドゥルと共に戦うのだと喚いていた。その気持ちは痛いほど良く分かったが、私には、グズムンドゥルが何を求めているのか解った。

「お前にしか頼めぬ」

グズムンドゥルのその言葉を聞き、私は頷いた。

スティガンドルがいなければ、私はグズムンドゥルと死を共にしただろう。もしも私がスティガンドルと同じぐらい若ければ、スティガンドルの気持ちを受け入れ、その場にとどまっただろう。だが、幸か不幸か、私は歳をとっていた。抵抗しようとするスティガンドルを背負い、無理やり馬に乗せて脱出した。燃え上がるスヴェルンガルドに向け、スティガンドルが絶叫していた。私は、青年の願いを打ち砕き死に場所を取り上げたのだ。かつて恨んだ大人たちのように成ってしまった自分を恨むのならば、どれだけでも恨まれよう。憎まれても、刃を向けられても構わない。だが絶対に盟友の願いを叶えるのだ。私は、歯を食いしばり、ただ前を見据えていた。

 

***

 

椅子に座り、燃える暖炉の火を眺めながら義兄さんは口を開いた。

「スティガンドル、いつか俺たちの時代が来る。その時は、共にヴァイキングの部族を束ねよう。俺が、お前を支える」

僕はすぐにそれを否定した。

「僕が義兄さんを支えますよ」

「俺は、父の様には成れぬ。お前の方が適任だ。お前は人を惹きつける」

「そんなことは」

「あるさ、だが、力は俺の方が強い。だから俺がお前の盾となり、剣となろう」

「いつか僕の方が強くなるかもしれませんよ。そうしたら僕が、盾で剣です」

「そうか、果たしてそんな時が来るかな?」

義兄さんは、そう言って笑った。

僕も笑った。輝かしい未来を夢見て・・・。

 

***

 

冬が訪れた。グズムンドゥルによってまとめられていた部族はバラバラになり、残された食糧を求め、殺し合った。だが、その戦いから一年が経つころには、ヴァイキングに、二つの勢力が形成されつつあった。ひとつは我ら、もう一つは、グズムンドゥルによって放逐されていたシヴ。混乱に乗じて、シヴは勢力を増し、もはや衝突は避けられぬものとなっていた。過去の亡霊が、痛みを伴って再び現れたのだ。

「どうしても戦わなければならないのですか?あの人と、それに・・・」

スティガンドルがそう問うた。

「戦いは避けられん、グズムンドゥルの死が、シヴを解き放ち。そして今や、その力のもたらす恐怖によって諸部族を支配しようとしている。奴に、任せるわけにはいかん。ヴァイキング諸部族を正しく一つにまとめるために。そのために皆お前についてきているのだ。お前を新たな首長とするために」

私は後ろに続く軍勢を示したが、スティガンドルの顔は晴れなかった。

「皆、あなたについてきているのです。私にでは無い」

スティガンドルは、寂しそうにそう言った。

それは事実だった。今はまだ。

だが同時に、スティガンドルは気付いていなかった。ルナやヘルヴァーと言った若き力。彼らは私に敬意を払う。しかし、最も深くつながっているのは私とでは無い。スティガンドルの人柄に彼らは付いてきているのだ。共に戦う盟友として、かつての、私とグズムンドゥルのように・・・それにスティガンドルが気付くには、まだしばらくかかるだろう。こんな時、なんと言葉をかけたらいいのか分からない。今のスティガンドルには、私のどんな言葉もむなしく響くだろう。グズムンドゥルならば、何か気の利いたことを言えただろうか、迷ったが、なにか良い言葉が思い浮かぶことは無く、考える時間も残されてはいなかった。シヴの軍勢が、目前に迫っていた。戦場となるスカラボルグの丘は、左右を切り立った崖に挟まれ、広い丘の中央には亀裂が走り、深い谷となって、丘を二つに分けていた。よって兵を二つに分けるしかなかった。シヴも同じように動くだろう。どちらかの均衡が崩れ突破されてしまえば、前後からの挟撃を受け敗北するしかない。私は丘の左側へ、スティガンドルのいる本体を右側へ向かわせた。そして我々とシヴの軍勢は、スカラボルグの丘で激突した。

 

***

 

「上手くいった」

待っていた大熊に、そう伝える。

「では、かの侍は」

「さすがに、御咎めなしとはいかぬが、無期限の禁固刑により命は救う事が出来た。帝のおかげだ」

「それは、よろしゅうございましたな」

大熊はそう言ったが、その顔色はそれほど明るくはない。

「あまり嬉しそうでは無いな」

大熊は迷いながらも口を開いた。

「藤清殿もやり口があまり気に召さぬと、そしてなによりも態々、他家を敵にまわすようなことをなさらずとも良かったのでは?それで得たのが娘一人では・・・」

「まぁ、そういうな。紅葉はあれでなかなか腕がたつのだぞ」

「確かに、あの娘の腕は認めますが」

「それに今回の事は後々役に立つかもしれんし、なにより面白いと思わんか?」

私が笑って見せると、大熊は頭を抱えた。

「だとしたら、最悪です」

「まぁ、あまり深刻に考えるな。私なりに考えて動いた結果だ」

大熊は不承不承と言うように頷く、理解できずとも信頼しているからこそ大熊は私に従っている。

「しかし、藤清殿が良く動いてくれましたな」

「ああ、あれはな」

思い出してにやける。

「賭け・・・いや取引をしたのだ」

言い換えたのに、さほど意味はない。実際には賭けだが、藤清は賭け事が嫌いだった。故に藤清には取引という言葉を使った。大熊には賭けと言っても良いが、周り周ってもしも藤清の耳に届けば気を悪くするだろうから取引という事にしておこうと思っただけだ。

「藤清と碁を打った。藤清が勝てば、藤清の望むように、裏から手をまわすことはせぬと。私が勝てば、私の思う通りに動き、それに藤清も協力すると、藤清は正攻法を好むからな。絡め手に弱い。常日頃は、勝たせてやるのがコツだ。勝利を五分よりも僅かに与えてやる。そうすると藤清は、碁での勝負は、公平か、むしろ自らに有利だと考える。そして自らに利がある勝負だと考える藤清は、そこに負い目を感じ、取引を飲みやすくなる。そして、あの藤清だ。勝敗が決すれば約束を違えることは無い」

言い終えてから見やれば大熊は呆れていた。

「藤清殿が、貴方と相容れぬ理由が良く分かりますよ。しかし、そのような事、私に伝えるべきでは無かったのでは?」

「まぁ、聞けば、藤清は怒るだろうな。だからこれは、二人だけの秘密だ」

冗談めかして伝えたのだが、大熊は照れるどころか憂うような顔をしている。

「もしも、ばれたらばれたで、今度からは他の手に変えればいい。お前は何事も難しく考えすぎだ」

そう言って、大熊の肩を叩いてやった。

「はぁ」

大熊の口からは返事のような、ため息のような声が漏れた。

 

***

 

「レイダー!」

シヴが叫んでいた。斬りかかるこちらの兵士を、二つの片手斧で捌きながら。私の顔を見つけ、一直線に向かってくる。私も前に出る。味方の側で戦えば、死傷者が増える。シヴがこちらに来ることは読んでいた。右側よりも僅かに狭いこちら側に、シヴは自らと選りすぐった兵たちを用い先手を打つことで、押し切ろうとするはずだと。だが想像していたよりも、シヴの進攻が早い。目前でシヴが身をよじり跳躍。回転と共に繰り出される二本の斧の乱舞を避け、防ぎながら、私は大斧を振るう。その大振りの一撃をシヴは後方へ宙返りしながら躱した。相変わらず驚異的な身体能力だ。

「私は戻ったぞ、レイダー」

シヴが両手を大きく広げて嗤った。

「シヴ、我々の時代は終わった。スティガンドルの下でヴァイキングを統一する。それが、グズムンドゥルの願いだ」

私の言葉に、シヴの顔が歪む。

「グズムンドゥルの願いだと?認めぬ。あの男は、私を裏切ったのだ。グズムンドゥルの跡を継ぐのは、私、そして我が息子だ」

何も変わっていない。あの時のまま止まった世界をシヴは生きている。グズムンドゥルが懸念していたことが、まさに現実となっていた。シヴは、かつての仲間だった。そして、グズムンドゥルを愛していた。グズムンドゥルもシヴを愛し、そして二人の間には、子供が生まれた。だが、グズムンドゥルがスティガンドルを庇護しスティガンドルをいずれ首長にすると決めたとき二人の間には亀裂が生まれた。シヴは自らの息子を後継にと望んだ。グズムンドゥルはシヴと何度も話し合いを設けたが、シヴが、スティガンドルを暗殺しようとした事で問題の解決は不可能となった。グズムンドゥルは、シヴと息子を放逐した。息子まで放逐したのは、グズムンドゥルが、スティガンドルを後継にするという強い意志の表明だ。シヴを死罪では無く放逐にとどめた事について、グズムンドゥルを責めるのは酷というものだ。シヴを殺すことなど、グズムンドゥルにはできなかった。共に戦った私にも・・・だが、あの時、私がシヴを殺しておくべきだったのかもしれない。グズムンドゥルとその息子に憎まれたとしても。

だが、そうであったなら今、私はスティガンドルと共に居られただろうか?

世界はままならず。誰もが望む幸せな結末などありはしない。

「グズムンドゥルは、お前の息子がスティガンドルの力になる事を望んでいた」

シヴに向かって叫び返すも、無駄だと解っている。

返答は怒声と共に、振るわれた二本の斧。

かつて互いを守りあった斧が、今は互いの命を奪おうとしている。手数の多さに押される。乱舞する刃が、防御しきれなかった肩に触れ、肉を浅く削る。そのときシヴへ向かい斧が投げ込まれた。シヴが攻撃を停止。飛びのく。シヴを強敵と見たヘルヴァーが加勢に来ていた。

「ここはいい、スティガンドルの下へ」

私がそう言うと、ヘルヴァーは、頷き走り去っていく。シヴが、一人でいいのかと問うように嗤うが、それでいい、私が、シヴを抑え、こちら側の前線を止める。それよりもスティガンドルが気がかりだった。

 

***

 

「久しいな、スティガンドル」

本隊同士が、丘の上で向き合った時。私は、懐かしい声を聞いた。片手剣と円形の盾を構えたその男は、狼の毛皮を纏っていた。その姿は義父グズムンドゥルを彷彿とさせた。見たことは無いが、若き日の義父は、あのような姿だった筈だ。

「・・・義兄さん」

「まだ、私を義兄と呼ぶか、スティガンドル。もはや意味など無いというのに、さあ始めよう。私とお前、どちらがヴァイキングの首長となるか」

義兄は剣を構え、その背後に集う兵たちが、戦闘態勢をとる。

「義兄さん、私は、あなたとは・・・」

「ぁああああああああ」

義兄に伝えようとした言葉は、私の横から躍り出たルナの叫びによって掻き消された。ルナは槍を持ったまま突撃し、それが合図となった。両軍は前進し、義兄の姿も兵の中に消えた。戦いは始まってしまった。

 

***

 

激しい斧の乱打を受けながら、石突を突き出す。身をひねって、躱しながら薙がれた斧の一撃は、身を低くすることで回避。同時に降り上げた大斧を、シヴが受け止めながら、その反動で宙を舞う、着地と同時に疾走。左右から迫る斧の柄を地面に突き立てた大斧の柄で受け止める。押し返すのと同時に、即座に大斧を振り下ろす。

上段からの一撃をシヴが左側へとステップを踏みながら、回転、反撃に移ろうとしていた。それが悲しかった。咄嗟の時に、左側へと回避するのが昔のシヴの癖だった。それが変わっていなかった事と、それを狙っている自分が酷く悲しかった。シヴの動きに合わせて、軌道を変えた大斧の刃は、シヴの肩口へと突き立った。シヴの両手から、斧が落ちる。口から血を吐きながら、シヴが肩と突き立つ大斧の柄を握り私を睨んだ。

「お前と、スティガンドルが死ねばよかったのだ。そうすれば、グズムンドゥルは私、と・・・」

言いかけたまま、シヴは息絶えた。

シヴは今でも、グズムンドゥルを愛していたのだ。失われてしまった輝かしき日々が、私の身体に纏わりついているような気がした。あの時、こんな未来が待っているとは思ってもいなかった。私も、グズムンドゥルもシヴも、だが結果として、グズムンドゥルを助けられず、シヴを殺め、ただ私だけが生き残っていた。冷たい空気を吸い込み、ありったけの声で叫んだ。勝利を告げるために、戦いを終わらせるために、そして溢れそうになる涙のかわりに

 

***

 

「おおおおおお」

崖の向こう側で、雄叫びが上がっていた。兵たちが叫び、シヴの軍勢を押し込んでいる。亀裂の向こう側の戦いに決着がついたのだ。それにこちらの兵たちも呼応する。勝敗は決していた。シヴの軍勢は降伏し、レイダーも私の下へやってきた。敵軍の将として義兄が私の前へと連れ出されていた。

「母は死んだか・・・」

「私が殺した」

レイダーが、冷めた口調でそう答えると

「そうか」

と、跪いた義兄は言った。そして私を見上げた。

「スティガンドル。こちらの兵たちを、お前の下に入れてもらえるか?」

私はそれに大きく頷いた。初めからそのつもりだった。ヴァキングを一つにするための戦いなのだ。もう、戦う理由は無い。なによりも、義兄を殺さずに済んだことが嬉しかった。

「わかった。感謝する」

義兄は微笑んで目を瞑った。

そして次の瞬間、兵の拘束を振りほどき、斧を奪い私に迫った。

 

***

 

グズムンドゥルの息子が、斧を握っていた。私は府抜けていた。理想の実現を夢見てしまっていた。片手斧が振りかぶられる。私は斧を手に駆けだそうとする。間に合わない。

片手斧がスティガンドルの首に迫る。だが、その斧はスティガンドルの首に至る前に止まった。横から突き出されたルナの槍が、グズムンドゥルの息子を貫いたのだ。スティガンドルの横で倒れていくグズムンドゥルの息子の口が、僅かに動いたように見えた。スティガンドルは、ただ立ち尽くしていた。生まれたのは、激しい後悔。

私が担うべきだった。全ての憎しみは私が背負わねばならなかった。降伏した敵軍の兵へと、剣や斧が付きつけられる。

「やめろ!」

私は叫んでいた。自らの過ちに気付いても、打ちひしがれているわけにはいかない。

「敵はヴァイキングでは無い筈だ。そなたらの統治者は死んだ。スティガンドルの下に忠誠を誓え。ヴァイキングは再び一つになる」

斧や剣が戻され、降伏した敵兵が忠誠を誓う中、スティガンドルは立ち去った。それを追いかけることが私にはできなかった。

 

***

 

近くの城に戻った兵たちは宴を始めていた。昨日まで殺し合っていたとしても、今や一つのヴァイキングだと・・・その声は、この部屋にまで聞こえてくる。部屋の扉が、乱暴に叩かれた。返事をすると、ヘルヴァー姿を見せた。

「ああ、どうかしたのか?」

出来るだけ明るい声で問いかける。ヘルヴァーと言えども誤魔化されはしなかっただろうが・・・

ヘルヴァーは、少し迷うように言った。

「・・・あー、ルナがな。出ていこうとしている。俺には、何が正しいのか分からんが、止めるのなら・・・」

その言葉を、全て聞き終わる前に、私は部屋を飛び出した。廊下を走り、階段を下りた。歩いている酔っぱらったヴァイキングを押しのけて進む。城の厩舎に荷造りを終えたルナが居た。

「ルナ、私は・・・」

声をかけるとルナは手を止め、私の方をじっと見つめた。

それ以上、何も言葉にできないでいると、ルナが先に口を開いた。

「私は、ただ、あなたを首長にと思った。何も変わりませんよ。息子を後継者にと望んだシヴと・・・統治者が二人いれば、いずれ争いが起きる。それをあの人は解っていた。だからあなたを殺そうとした。いやそのように見せた。でなければ、あの場所で動く必要はなかった。あの人は試したのです。あなたと、私たちを・・・あの人が生きていれば、いつかあの人を担ぎ上げあなたと争う勢力ができてしまう。あの斧は、私が何もしなくても、あなたを切り裂かなかった。あなたにもそれが解っていた筈です。恐らくあの人は、自らが首長になる事など望んでいなかった。けれど、母親を見捨てる事もできなかった・・・。あなたはそれを聞いても、それでも、私を許せますか?あなたが敬愛する義父の息子を、あなたの義兄を私は殺した。あなたが救おうとした命を奪った。私が憎くはありませんか?」

そこまで言い切って、ルナは沈黙した。私の答えを待っているのだ。何も答えなければ、ルナは私の下を去るだろう。

「私がやらねばならぬことだった。それをルナに担わせてしまった」

義兄といえども、いや義兄であったからこそ。首長となるからには避けては通れぬ道だった。それを、私は避けようとしてしまった。義兄は約束を果たそうとしたのだ。時と共に、叶わなくなった約束を、形を変えてでも。その思いを私は裏切っていた。

〈もう、俺の力は要らぬな?〉

そう言った義兄の最後の言葉を噛みしめる。あれは安堵だった。私の周りに集ったルナや、ヘルヴァー、仲間たちを見て、自らの力はもう必要ないとそう言ったのだ。涙がとめどなく溢れた。幼き頃のように、もう一度義兄と話がしたかった。その叶わぬ夢を、ルナの言葉が断ち切った。

「では、あなたはどうします?そうして、いつまでも泣いているのですか?」

「・・・いや」

その通りだ。私は涙を拭った。今生きている私にはやるべきことがある。沢山の死を生み、それでもなお生きのこった私には・・・

「私は、首長となる。義父の、義兄の、レイダーや皆の思いにこたえるために、だからルナ・・・」

ルナは続けようとした私の言葉を遮った。

「ならば、泰然としていなさい。いついかなる時も、私が選択を誤ったと思わずに済むように・・・それまでは、共にいましょう。・・・仕方がないですから」

ルナはそう言って微笑んだ。

ルナに見送られ、私は宴会場へと向かった。首長として、立たねばならなかった。

 

***

 

丘を越えると小さな農村が見えてくる。夕闇が迫る時間。家々からは炊事の煙が昇っている。草原を撫でる風が、土の匂いに混ぜて出来上がりつつある夕食の香りを運んでくる。舗装されていない道を進むと木造の防壁と扉、その上に立つ櫓が見えた。

櫓の上から私を見つけた青年が、大きく手を振った。それに軽く手を振ると、青年の顔は、すぐに見えなくなった。そのまま門へ近づいていくと、櫓から降りてきた青年が門を開き駆け寄ってくる。

「おかえりなさい」

笑顔でそう言う青年に応えながら、私は馬を下りた。青年の目は輝いている。期待しているのだ。私が街から持ち帰る土産と、そして街の話を・・・

娯楽の少ない農村だ。外部から持ち込まれる話に皆飢えている。若い者は特にそうだ。彼らにとっては退屈だろうが、それも悪い事ではない。平和である事の証拠でもある。できれば、酒の席でも設けてやりたいところだが、それはまた後日にしたい。青年もそれを解っているから、自分から話を持ち出すことは無い。

まぁ、明日にでもなれば、村中の人間が入れ代わり立ち代わりやってくるだろうが、それも悪い気はしない。

「大したものじゃないが、皆で分けてくれ」

そう言って、城下で買った菓子を袋ごと渡した。

「ありがとうございます。ああ、馬は僕が厩舎に入れておきますよ」

青年は喜んで袋を受け取りながら言った。

「それじゃあ、頼む。水と飼葉を与えてやってくれ」

「任せてください」

胸を張って答えた青年と別れる。足取りは自然と軽くなる。村の中を歩く、目を瞑っていてもたどり着けるだろう。

夕涼みに出ていた村人に軽く挨拶をして、小道を進む。行く先には、見慣れた小さな家。村では、標準的な家屋だ。その扉の前に立ち金属の取っ手に手をかける。木製の扉の表面に付いた傷、そのなかには娘が付けたものもある。動物なのか人なのか良く分からない落書きだ。金属の取っ手は冷たいが、温かい扉だった。

「ただいま」

扉をあけながらそう言うと、娘が直ぐに飛び込んでくる。それをやさしく抱き留めて、そっと床に降ろす。毎回娘を受け止めるために、いつも荷物は一度、外におろしている。

「おかえりなさい」

台所で料理をしていたのだろう妻が、玄関までやってきて微笑んだ。

帰る大まかな日にちは手紙で伝えられても、時間までは分からない。

だが、娘はいつも直ぐに駆けてくる。ずっと扉の方を見て待っているのだと、いつか妻から聞いた。どれほど寂しい思いをさせているだろう。二人に会えるのは、一年の内でもそれほど多くは無い。戦が始まってしまえば、次がいつになるかもわからない。私が城へ戻る日が近づくと、娘は口数が減って、少し拗ねたようになる。それでも出立の朝、荷造りをしていると私の側にやってきては、私の身体に手を回し、涙を流しながら鼻声で、自らの態度を謝る。そんな必要はないのに、謝らなければならないのは、私の方なのに、聞き訳が良いから駄々をこねたりはしない。それを不憫だと何度思っただろう。送り出してくれる村人たちの一番前で、妻と寄り添うように立つ娘はいつも姿が見えなくなるまで必死に手を伸ばして振り続ける。帰ってきた夜は、一緒に眠った。それが、いつまでも続かないだろうことも解っている。子供はいつか、成長するものだ。煙たがられる日も来るかもしれない。それを想うと少し悲しくなるが、悪い事ではない。だが目を閉じる前にもう少し、先の事であってくれることを願った。

あくる日は晴れだった。

柔らかな風の吹く原で、私は遊んでいる娘たちを見ていた。妻の周りで、娘と、娘の友達が、走り回っている。とても幸せな瞬間だった。娘は花を摘み、髪を飾ったり、花冠を作ったりしていた。妻がこちらを見て微笑むと、娘が遊びの輪を抜けて一人でこちらに走ってくる。

「お父さんにあげる。王様に貰った勲章みたいに立派じゃないけど」

その編み方が少し乱雑な花冠は、どんな職人にも作れず、この世で何よりも名誉あるものだった。

「ありがとう」

そう言って笑うと、娘は花冠を私の頭に乗せた。それから

「あれ?」

と、首を傾げた。

どうやらそれは花冠では無く、首飾りだったらしい。そういえばさっき、娘は友達の首にそれをかけて頷いていた。私のサイズには小さすぎて花冠になってしまったのだ。

「ちょっとまってて」

慌てた娘の姿が愛おしくて、抱き寄せた。娘は驚きの声を上げ、そしてそれは笑い声に変わる。頬を摺り寄せると、ヒゲが痛いと言いながら頬を小さな手が抓る。

それから、私は娘を見つめて真剣に言った。

「お前を絶対に守る」

と、娘は喜んで頷いてくれると思っていた。

けれど、娘はこちらを真っすぐに見つめ返して言ったのだ。

「私だけじゃなくて、お母さんも、友達も、村のみんなも守ってくれなくちゃダメ」

娘は、怒っていた。それを見て私は自らの言動を恥じた。そしてそれ以上に、娘の優しさに心を打たれた。だから改めて約束した。

「みんなを守る、一人として見捨てはしない」

と・・・それを聞いて娘は笑った。その愛らしい頬を撫でようと伸ばした手は、何にも触れられずに空を切った。

まるで突然宙に投げ出されたような感覚と共に私は目覚めた。

長い夢だった。

実際に伸ばしていた手の先には、簡素な木の天井。窓から差し込むわずかな月明かりが、室内に差し込んでいる。夢の中で感じていた温かみは消え失せ、室内は冷え切っている。飛び上がるように体を起こす。全身からは嫌な汗が噴き出している。何も掴めなかった手を震えるほど強く握りしめ、寝台へ打ち下ろそうとして止める。歯を噛みしめて必死に抑え込んだ。全ては無意味だと知りながらなお、生まれた激情は身中でのたうつ。幸せな夢は、目覚めた時の絶望を増幅させる。握りしめた拳がシーツに触れた時、気が付けば頬を涙が伝っていた。寝台の横に置かれたポール・アックスは、月明りを受けて、鈍く輝いている。

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