For Honor:Another   作:祈Sui

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第二章・ヴァイキング/第二話〈‐伝説‐〉

‐伝説‐

 

 海の上を、巨大な船が連なり、船団となって進んでいた。雨の中、帆は風を受けて大きく膨らみ、我らを導いている。遠く、海を望む砦が見えた。明かりが点々と点っている。侍たちの砦だ。我らは海を越え、侍たちの領域。暁の国へと奇襲をしかけたのだ。理由は二つあった。ヴァイキングが統一されたことで、他のヴァイキング部族から略奪するという食糧調達手段が不可能となった事。そして騎士達が、我らに備え強固な防衛線を構築していた事だ。ヴァイキングたちが、一人として飢えずに済むためには、食糧が必要であった。そして騎士たちの国への進攻が不可能となれば、侍たちの国へ目を向けるしかなかった。騎士達への恨みがあったとしても、今は力を蓄えるためにより容易と思われる襲撃を選んだのだ。

「レイダー、あれを」

スティガンドルが、砦を指さして叫んだ。砦の灯りが増えつつあった。

「太鼓を鳴らせ」

指示と共に太鼓が打ち鳴らされる。奇襲が失敗したのなら、兵を鼓舞するべきだ。

天に灯るのは、放たれた数多の火矢。そして投石器から放たれる火球。横を行く船が打ち砕かれ、兵たちが海へ投げ出される。海岸線に並ぶ幾本もの杭が船の上陸を防ごうとしている。だが、我らは怯まない。ここに来てしまった以上。砦を落とし、食糧を奪い。そして帰る。生き残るにはそれしかなかった。

 

***

 

「ヴァイキングたちが暁の国へ向かったと」

「そうか」

私が北方の防衛線からの報告を伝えると、椅子に深く腰掛けたまま。アポリヨンが退屈そうに頷いた。

「では」

その部屋に集っていた騎士たちの一人が聞いた。

「我らも、暁の国へ向かう」

アポリヨンが立ち上がった。

「目標は?」

別の騎士が、聞いた。

「帝だ」

 

***

 

海岸線に乗り上げた船から攻め上がれば、侍たちが、我々の進攻に備えていたわけではない事が分かった。迎撃に現れた侍たちは、砦の規模としては十分な数だったが、我々の進攻に備えていたとしては余りに寡兵だった。だが、それは私の気を楽にするものでは無い。あの盛大な歓迎は、我々に備えていたわけでは無く、この砦の常時の防衛体制だったという事だ。それは同時に、この砦の兵が良く鍛錬され、有能な指揮官が存在する事を意味している。圧倒的な数の力で、我々は押していた。港にある砦らしく、制圧した倉庫にはたくさんの食糧や、交易品が保管されていたが、それを船に積み込み、このまま背を向けたとすれば間違いなく追撃されるだろう。砦を落とすしかなかった。

こちらに幸運なことがあるとすれば、指揮官が有能であればあるほど、それを倒せれば、指揮系統を一時的に混乱させることができるという事だ。侍たちは、砦の中に防衛線を幾重にも引いた。一つ破れば、侍たちは、波のように退き、新たな防衛線で出迎えた。被害を最小限に抑えながら、我らの進攻を妨げる。単純だが効果的だ。指揮官は我らを、この地に縛り、増援を待っているのだ。そうなれば、我らの立場は逆転する。この砦に進攻してから、既に三時間ほどが経過しているだろうか、だとすれば、残る時間はあと三時間。後三時間で潮が満ちる。干潮の時に乗り上げた船を満潮と同時に出航させる必要があった。略奪品を満載した重い船を海岸線から沖へと送るには、潮の力がどうしても必要なのだ。スティガンドルに撤退の準備をさせながら、私は兵を連れ砦の攻略を急いだ。侍達の防衛線を破り、奥へ。

そして、私は城内に設けられた広場、彼らの文化からすれば庭と呼ばれる空間に踏み込んでいた。降りしきる雨の中で、ただ一人の侍がそこに立っていた。赤く塗られた総面に、赤黒い大鎧の上から陣羽織を羽織った威容。その手が握るのは、あまりに長大な刀。野太刀と呼ばれるその刀を使いこなす侍は少ない。だが、私が知る野太刀は、目の前の侍が持つそれほど、異質なモノでは無かった。止める間もなく斬りかかった三人のヴァイキングが、その侍のただ一薙ぎで横へと飛ばされる。全員が絶命。傷口は、斬傷と言うよりも抉られている。切れ味の鋭い侍たちの刀ではあり得ぬ結果。そしてヴァイキングの男三人をまとめて薙ぎ飛ばす異常なまでの剛力。噂は遠くヴァルケンハイムにまで届いていたが、冗談だと思っていた。誇張された伝説に過ぎないと・・・。だが、目の前の光景を見てしまっては、もはや否定できない。侍最強の称号。剣聖と称される男。藤清だった。ならば手にした野太刀は、兜割り。20キロを超える大鎧を身に纏い、加えて通常の三倍の重量はあるだろうその野太刀を悠然と構えている。私は大斧を慎重に構え直した。そして、藤清がなぜこの場所にいたのかを理解した。藤清は己の得物が最大限の力を発揮できる開けたこの場所を選んだのだ。加えてこの場所の奥にある城門。そこから伸びる道は彼らの国の内陸へと向かっているのだろう。藤清は此処を最終防衛線としたのだ。我らはこの先に行くつもりはなかったが、藤清はそうは思わないだろう。そして、背を向けたとして見逃してはくれない。この最強の侍を倒さねば、本国へ戻ることはできない。私の雄叫びと共に死闘が始まった。

振り降ろした大斧を、その野太刀は正面から受け止めて見せた。それが信じられない。侍の刀は強靭だが、ヴァイキングの大斧を正面から受け止められるほどではない。押し返され、追撃の一撃を辛うじて躱す。強い圧力を持った刀身が、横を通り抜けていく。ヴァイキングが重い鎧を纏わなかったことに感謝すべきかもしれない。その野太刀の前では、鎧など動きを制限するだけで何の意味もなさぬからだ。野太刀を引き戻している藤清に下からの大斧の斬り上げは、リーチを見切った藤清が回避し、踏み込んできた藤清の野太刀が上段から迫る。それを受けようと、大斧を構えつつも、首をひねった。藤清の上段斬りは中止され、突きへと移行。捻った首のすぐ横を刀身が抜ける。藤清の刀身が返され、首に突き立てられる前に、横に転がるように逃げる。藤清の上段斬りの構えが突きへの余力を残している事に気が付かなければ、頭部を貫かれていた。距離をとるための薙ぎ払いで、体勢を整え仕切り直す。持久戦に持ち込めば、重い具足を纏い、野太刀を振り回す藤清の方が消耗は激しい筈だ。だが、その一撃はあまりに重く、一度の判断ミスが死につながる。頬を汗が垂れる。

斧を構えながら、私は問うていた。

「お前ほどの男が、ただひとつの砦の指揮官に甘んじているなど。それほどの力を持ってすれば、聞き及ぶ大名に、いや帝にすらなれるはずだ」

それを聞いた藤清は構えを崩さぬまま笑った。

「我が力を持ってしてか?そこに何の意味がある?我は剣よ、ただ一太刀の、振るわずに済むのなら、そのほうが良い。それは民が安んじているという事だからだ」

「それならばなぜ、そこまで鍛え上げた」

「何故?そうさな。それもまた安寧の為。現にこうして振るう機会が来た」

その答えで気づく。この男はグズムンドゥルと同じなのだ。支配者になれるだけの力を持ちながら。そうしようとはしない。アポリヨンとは違う、力をひけらかさず、それを御す為に己を律し続け。そして一生使わぬようにと願いながらもただ一筋にその技を磨き続けた男。

「お前とは別の形で、まみえたかったものだ」

気が付けば、そう口にしていた。純粋な称賛。しかし、手に握った凶器をもう下ろすことはできない。我々は、食糧を必要としていた。そしてこの砦の、兵の命を奪っていた。もしも、アポリヨンの襲撃の前に、この男と手を組めていたら、共にあの災厄に立ち向かえていたら・・・だが、そんな世界は無かった。そしてもうあり得ない。会話は終わっていた。私は大斧を構え直し、それに合わせ藤清の野太刀も動く。

飛び出すとともに、石突を前に突く。藤清が反応。大鎧を纏っているとは思えぬ反応速度で横へステップ。回転と同時に放たれる薙ぎを、身を低くすることで回避。斜め上へと振り上げた大斧を、藤清の野太刀が受け止め押し返す。辛うじて拮抗させた力を、藤清は上へと流した。刀身の上を大斧が流れていく。藤清はそのまま前身。握った野太刀の柄頭がこちらへと向かってくる。回避できない。そのまま押し倒され、背中を地面が打ち据える。揺れる頭を上げれば、藤清が大きく上段へ構え、今まさに振り下ろされる野太刀が見えた。大斧がその剣線を塞ぐ前に野太刀が迫る。

「おおおおおお」

叫び声と共に野太刀の前に剣が突き出され、一瞬だけ野太刀の進攻を留めた。剣はそのまま押し切られたが、それが稼ぎ出した一瞬が大斧の柄による防御を可能にする。野太刀を大斧の柄が受け止るも、藤清は強引に野太刀を押し込んできた。そこへもう一度剣が振るわれる。藤清は、攻撃を諦め後退。同時に放たれた野太刀による一線を受け止めようとした円形の盾ごとスティガンドルが飛ばされてゆく。立ち上がると同時に、藤清に特攻。藤清はスティガンドルへの追撃を中断し、大斧を受け止めた。

「何故来た。スティガンドル。撤退の指揮を任せた筈だ」

藤清から距離をとりながら叫ぶ。

スティガンドルが、剣と盾を構え直し、藤清の動きを警戒しながら答える。

「ルナとヘルヴァーに任せました。それよりも眼前の敵です。私が来なければあなたは死んでいましたよ」

それには返す言葉が無い。

「それに、私は首長です。首長ならば最も難敵に当たらねばならない」

その言葉に自然と顔がほころぶ。

「ならばスティガンドルよ。共に伝説を倒すぞ」

その言葉と共に、私たちは斬りかかった。藤清は私の大斧を受け流し、同時に野太刀の剣筋をスティガンドルへの攻撃へと曲げる。スティガンドルが腰を深く落とした姿勢で、野太刀の一撃を受け止め、剣圧で、数歩分滑るように後退させられる。私が放った石突の一撃を、藤清は身をひねりながら躱し、下段から斬り上げられようとする野太刀を、私の大斧がくい止める。そこへ跳びかかりながら突き出されたスティガンドルの盾を、藤清は肩からぶつかる事で逆に跳ね飛ばした。自由になった野太刀の突きを後退する事で避ける。私は大斧を構え、藤清を牽制。その間に、スティガンドルが立ち上がる。二人がかりでも刃が届かない。だが、二人がかりだからこそ藤清の前に、まだ立っていられる。藤清の構えが変わった。上段の構え。だが、今までの物とは違い野太刀の切先は完全に天を指している。悪寒がはしる。藤清は防御を捨てた。

「レイダー」

スティガンドルが叫ぶ。若者故の無謀さと、首長と言う意地によって、スティガンドルは臆するどころか突っ込んでいた。それが、我らの命運を分ける。似ても似つかないその声が思い出を想起させる。あいつの盾に何度助けられたことか。返答のかわりに吠える。グズムンドゥルの姿が、スティガンドルに重なって見えた。大斧の柄を持つ手に力を込める。既に大斧は最大の引き。そこから動き出した大斧に遠心力が重ねられる。同時に放っていたら、必ず振り負けていた速度。だが、野太刀の前にはスティガンドルの盾が構えられている。まだ藤清の野太刀は最高速度に達していないにもかかわらず。強い衝撃音と共に、盾の表面を覆っている硬い樫の板が粉砕され、破片が細かな木屑となって飛び散る。藤清の野太刀はそれにとどまらず、盾を囲っていた鋼鉄製の縁まで強引に叩き切った。刃はスティガンドルに到達する前に振り上げていた大斧の石突に接触。同時に大斧の刃が、藤清に突き立つ。スティガンドルは衝撃で地面に叩きつけられ。石突が斬り飛ばされる。スティガンドルの盾によって僅かに反らされた野太刀は、踏み出していた私の右足。小札鎧を切り裂き、腿を僅かに削って止まった。スティガンドルの盾と、石突、小札鎧の防御に加え、大斧が与えた致命傷が、野太刀の進攻を辛うじて食い止めたのだ。もしもスティガンドルの盾によって、野太刀の剣線が、僅かに反れていなかったら、私の身体は深く切り裂かれていた。藤清の身体が揺らぐ。大斧の与えた傷口から大量の出血。倒れそうになる体を藤清は、野太刀を地面に突き立てる事によって強引に保持した。野太刀の一撃が大斧の石突を斬り飛ばしたことで、斧の軌道がずれ、藤清は即死を免れていた。

「十年、いや五年前だったなら・・・な」

血を吐いた藤清は、そう言ってから自嘲気味に笑った。自らの言動を恥じるように、だが、それは負け惜しみなどでは無かった。私一人では死んでいた。スティガンドルだけでも・・・そして、もし本当に五才、藤清が若ければ、二人とも死んでいただろう。偶然、時が我らに味方していた。藤清の身体はその死と共に、ゆっくりと倒れた。

 

***

 

アポリヨンが、軍勢を率いて侍たちの治める暁の国へと進軍した後。

アッシュフェルドでは、その留守を狙って動乱がおこっていた。

ブラックストーンによって破られたいくつものリージョンの残党が、再起をはかったのだ。アッシュフェルドは混乱に包まれていた。ブラックストーンすら、いくつかに別れ権力争いをしていた。だが、これすら偶然ではないのだろう。アポリヨンが望み、もたらした強き者だけが生き残れる世界。

そのなかで私は、未だに剣を振るっていた。もはや、何が敵なのかは分からなかった。

友軍などいない。ただ、戦火に巻き込まれる村々を、弱き者を蛮行から守ろうと駆けまわった。自らの剣の正しさを問いながら、それに答えを出す時間は無く、ただ剣を振るっていた。

 

***

 

略奪品を満載した船団が、満ち潮によって沖へと向かう。

最後の一隻が、私たちを乗せる為に待っていた。仲間たちは誰もが櫂を持ち、漕ぎ出す時を待っている。ルナが槍を掲げ、舫い綱を握ったヘルヴァーが急かす。

船に向け、スティガンドルと共に走っていた足を止めた。スティガンドルの背が見える。いつのまにか大きくなった背が、数歩進み、私が立ち止まったのに気付いてスティガンドルは振り返った。

「なにをしているのですレイダー」

「見えるだろう?」

そう言って背後を示して見せる。砦から続く道の先、山の奥に沢山の灯が連なり、こちらに向かって動いていた。それは、侍たちの進軍の灯。星の輝きにも似た幾千もの兵。

「ですから」

スティガンドルの言葉を遮って告げる。

「略奪品を満載した船足ではすぐに追いつかれてしまう。港に留められていた侍たちの船は燃やしたが、この規模の砦には、隠されている船もあるだろう。少しでもこの場でくい止める者が必要となる」

それを聞いたスティガンドルは即座に叫んだ。

「それがなぜ、あなたでなければならぬのです。貴方は誓った筈だ。私と共に在り、私を守ると」

その言葉が、どれだけ私の胸を打ったか。だが、私は表情を変えない。

「ああ、だがお前は、もう立派な首長となった。そして首長ならば、何が必要で、誰が適任か分かるはずだ。全部族の事を考え、情に流されることは無い」

スティガンドルは口を噤む。言いたい言葉がどれだけあろうとも、それを口にすることは許されない。スティガンドルはもはや自由な個人では無かった。ズルい宣告だ。だから謝罪のかわりに言葉を重ねる。

「お前は今やヴァイキング達の希望。私が教える事はもう何もない。海を行くお前の船団が、私の誇りとなる。遠ざかる松明を、最後にこの目に焼きつけよう。・・・それに、この機会を逃せば、ヴァルハラへの門は閉ざされてしまう。そんなのはもう御免だ」

スティガンドルは拳を握りしめた。沈黙は一瞬。噛みしめられていた口が開き、叫ぶ。

「ならば、ならばいずれ、ヴァルハラで」

スティガンドルは、真っすぐに私の目を見て言った。その言葉に笑みがこぼれる。

「ああ、いつか共に戦うその時を楽しみに待とう」

スティガンドルは強く頷き、そして背を向けた。ヘルヴァーが頭を下げ続き、櫂が波を叩く。ルナが槍を天に突き上げると、雄叫びと共に、戦太鼓が打ち鳴らされる。

スティガンドルが振り返ることは無かった。それで良い。

港から発つ船団の灯りを見送って、未練を振り切るように背を向けた。その目に映るのは、集結しつつある侍たちの軍勢。多勢に無勢。だが、斧を握る手は、まるで若きあの頃のように感じる。過ちの多い人生だったが、少なくとも友と交わした最後の約束は果たせただろう。あの小さかった少年が、今や偉大な首長となったのだ。それを自分の力だけで成したなどと驕るつもりはない。

だがしかし、成長したスティガンドルが私の死を惜しんでくれた。いずれヴァルハラで会おうと、そう言われたのだ。これ以上幸せなことがあるだろうか?

迫りくる侍達へ向け踏み出した足は次第に疾走へと変わっていく、高揚とともに叫んだ。この大軍の向こうには、私よりも先にヴァルハラへ逝った仲間たちが待っている。グズムンドゥルも、シヴも、二人の息子もいるだろう。シヴは私を恨んでいるかもしれないが、今度は、神の下で戦うのだ、きっと上手くやれるだろう。あの頃のように、肩を並べて

 

***

 

「思ったよりも手間取ったな」

丘の上に急遽作られた陣から、未だ火の手の上がる港を見つめ私はそう口にした。

吸い込んだ大気からは、湿っぽい潮と、焼けた木材、そして血の匂いが混ざっている。

「一人手強きヴァイキングがおりまして」

跪いたまだ若き伝令は恐縮しつつ答える。遠く海の向こうには、去っていく襲撃者たちの船灯りが小さく見えた。それを追う為に、隠されていた船に乗り込みつつあるのは、わざわざこの地まで乗り込んできた鬼山の軍勢だった。

同等の大名家でありながら、領域侵害であるその行為。藤清の死を知り、密かに動かしていた軍勢を送り出してきたのは、私が舐められている証拠だ。だが、そんな事は気にしない。むしろ今思うのは、この地を任せていた藤清の事であった。先代の頃からの重臣であり、武勇に名を馳せた藤清が、奇襲とはいえ討たれるとは、自らが家督を継いでから、藤清とは折り合いが良かったとは言えないが、少なくとも、あの男は裏切ろうとも、離れようともしなかった。実直な男であった。その剣筋と同じように・・・その死を、ただ悼んでいた。

「我らも急ぎ追撃を」

その言葉に私は現実へと引き戻され、進言する家臣を見やる。

「追撃はせぬ。奴らはヴァイキング。海の民ぞ。下手な追撃は無駄な犠牲を生む。それに略奪を果たしたヴァイキング共が即座に再侵攻する可能性は低い。聞くところによれば、ヴァイキングの土地はアポリヨンに襲われ、食糧を焼かれたと・・・飢えているのだ」

「今回の襲撃もその為と?」

問うた家臣に頷いてみせる。むしろアポリヨン。そちらの方が気になっていた。

「申し上げます」

息を切らした伝令が、陣へと飛び込んでくる。

「何事か?」

家臣の一人が問う

「都が襲撃された模様」

「なんと?」

居並ぶ家臣軍の驚きの中、私は自らの疑念が、確信に変わった事を悟った。

「ヴァイキングの別動隊か?」

「いえ、軍勢と相対した者によれば、都を襲撃した者は騎士であると」

「ヴァイキングと騎士が手を結んだと?」

大熊が、顎を掻きながら訝し気に問う。

「いや、恐らく、これはヴァイキングと騎士たちの連動した軍事行動ではない」

静かに口を開いた私を家臣たちが見つめた。

「ヴァイキングたちの動きを陽動として使ったのだ。防衛線をさげ、陣地を再構築させろ。他家が出しゃばるなら、そやつらが防壁となろう。それよりも都だ。急ぎ都に取って返す」

歩き出す私に家臣たちが付き従う。

 

***

 

都は燃えていた。ヴァイキングたちの襲撃によって手薄になった守りを打ち破るのは容易かった。都にいた大名を殺し、私は御所へと踏み込んだ。

だが少し妙であった。都もそうであったが、御所の中にも、兵以外の姿が無い。まるで、あらかじめ襲撃を予想した民たちが、何処かへ逃げた後の様だ。

それでも、私は奥へと進んだ。民が逃げ去った後だとしても、侍たちが私の行く手に立ちはだかるのは、そこに守りたい何かがあるからだ。

帝。この国を統治する者。その者を殺せば、この国にも、その座を狙い戦乱が起こるであろう。斬りかかってきた侍を斬り伏せ、その身体を蹴り飛ばす。侍は、そのまま、木と紙でできた壁と一体となったような扉を壊しながら倒れ、現れた部屋は、奥へ奥へと、続いている。そして、その途中に立ちはだかる様に一人の侍が立っていた。今まで剣を交えた侍達とは違う威圧感を感じる。装束も違い地味な黄土色の軽装鎧だ。そして、その顔は面で覆われている。黄土色の侍がゆっくりと刀を抜く。同時に私は身を伏せる。

頭上を、刃が通り抜ける。それに合わせて突き上げた剣が、襲撃者の身体を裂いて抜ける。抜刀の所作は、こちらの気を引くための陽動。斬り殺した襲撃者を確認する前に、投擲された何かが破裂。膨大な煙が発生、室内が白く染まる。煙球と呼ばれる目くらましだ。その煙の中から突き出され、突如として現れる刀を受け止める。

背後では、私に追随してきていた騎士たちの悲鳴。晴れゆく煙とともに視界が戻ってくる。私と辛うじて生き残った騎士達の周囲を、先ほどまで前に立っていた黄土色の軽装鎧を纏った侍が何人にも増え、とり囲んでいた。増えた侍は、その全てが同時に動き、私たちに襲い掛かる。一人を斬り伏せるとその侍は死ぬ間際、再び煙球を投擲した。発生した煙と共に、先ほど殺した侍が三人増えて斬りかかってくる。

背後の騎士が屠られる。侍を一人倒した騎士の前で、再び煙球が炸裂。煙を振り払おうとする騎士の身体から三つの刀が生える。騎士は血を吐きながら絶命。

「馬鹿な。殺せば殺すだけ増えるというのか」

騎士達は困惑。思わず後退る。その騎士たちの後ろに白煙。その中から黄土色の侍達が襲撃。乱戦となる。斬り結ぶ間にも至る所で煙球が炸裂。同時に増え続ける黄土色の侍に、騎士たちの戦意が失われる。殺しても殺しても、同じ相手が再び数を増やし現れる。それはまるで悪夢だ。突き出される六つの切先を、大きく振った剣で撥ね退け。返す刃で、二人両断する。煙の中から再び突き出される十の切先を回避。煙が晴れれば、私の周りには、黄土色の侍の死体が散らばる。

「児戯だ」

私は嗤う。

見た目をどれほど同じにしても、どれだけ同じ剣技を極めても、骨格や、内臓の個人差までは埋められない。侍を切り裂いた時に剣から伝わる微かな手ごたえの違いが、今まできり伏せた侍が全て別人だという事を示している。

「同じ格好をしているだけで、中身は別人だ。この国では影武者と言うのであろう?」

それに応えるのは刀身。だが、騎士達はそれを聞き、戦意を高める。一歩前に出た騎士が突き出した剣に刺され黄土色の侍が絶命。騎士は笑うが、その顔に死んだ侍の身体から生えた刀身が突き刺さる。侍たちは戦い方を変えた。黄土色の侍は、自らの死を持って騎士の動きを止めたのだ。そこに、残る侍たちが殺到する。

「死を恐れぬというのか」

叫んだ騎士がいくつもの刀身によって剪断される。戦意を高めた騎士達が、再びじりじりと後退する。その戦い方は異常だ。追い込まれたヴァイキング達ですらこのような事はしなかった。黄土色の侍たちは仲間の死体を利用しても殺しに来る。

狂気だ。狂気の沙汰だ。自然と私は笑っていた。

私が斬り殺した侍を越えて、斬りかかってきた侍の刀身を受ける。その剣圧に押される。それだけで解る。こいつだ。こいつが、この部隊の指揮官。

数多の影武者の中で隠れるでもなく、前線でもって私の命を取りに来ている。押される私に、周囲から侍たちが襲い掛かり、剣圧を横に流しながら回避するも、幾つかの刀身が私の身体に届き、血が跳ねる。

「貴様らが帝の守護者か、面白い。面白いぞ」

私に追随してきていた騎士は、あらかた死んでいた。一歩踏み出せば、数多の刀身がこちらに向けられる。

 

***

 

戦って戦って、戦って、そして私は膝をついていた。目の前には、数多の剣。ここで、私は死ぬのだろう。

贖う為。全力を尽くした。それでもなおこの小さな村ですら私には救えないのだ。どれだけ払っても戦火は収まらず、すぐに新しい火が点る。それでも神は手を差し出さぬ。地上でどれだけの血が流れたとしても・・・

賢王よ、私はあなたに託された事を果たすことができなかった。私は頭を垂れ地面を見つめた。謝罪にもならぬとしても、私の心は、もうここには無い。何もかもが空っぽだった。

そこに影が差した。見上げれば、小さな身体が、視界を遮っている。鋭い剣群の向けられる前で、数瞬後には訪れるだろう死を予期し震える体で、それでもなお、その細く白い腕はめいっぱい広げられている。

戦いの前に、逃げるように言った村の少女だった。彼女が戻ってきてしまっていた。

叫ぶ親の手から逃れ、私を守ろうと無謀な勇気でもって、だが、その無謀さが、震える小さな背こそが真に崇高な人の姿なのだ。神でも聖人の言葉でもなく、ただその少女の行動こそが、それでも、その崇高さは薄汚れた凶刃によって容易く踏みにじられる。神が、少女のような人間を死後に天国に招くとしても、人々や聖者が、少女を称えたとしても、今手を差し伸べその命を守ることができぬのならば何の意味があるというのだ。ならば私が護らねばならない。まだ地面に突き立てた剣は、折れてはいない。たとえ自ら汚した剣だとしても、少女のような存在を護るために未だこの剣は私のもとにある。膝に力を込め、立ち上がる。柄を握る手に力が戻ってくる。少女の肩にそっと触れて、引き戻す。その泥で汚れた顔に私は微笑みかける。それは兜の所為で見えなかっただろうが

「ありがとう」

そう言うと、少女の顔が少しだけ和らぐ、だが、それだけでは、その眼に浮かぶ不安を消してやることはできない。それでも構わなかった。

「おおおおおおおおおおお」

叫びながら踏み込んだ。一人を斬り伏せ。斬りかかってきた騎士を押し倒し、逆から切り込んできた剣を受け止め、払う。その先にいた騎士の首に剣を当て、首を斬り飛ばしながら、他の騎士の腕を斬り裂く。立ち上がろうとした騎士の首を刺し貫き、突きの体勢で走ってきた騎士にはその力を利用してこちらの剣を深く刺してやる。引き抜いた剣を持ち直し、別の騎士を柄で殴り倒し、膝をついた騎士を蹴り上げ前進する。倒れた騎士の頭部を踏み砕くと、騎士からはうめき声。騎士達は後退った。圧倒的数の有利があっても、私を殺すまでに振り撒かれる死を恐れている。だから、さらに踏み込む。恐怖に耐えられずに態勢の整わぬまま飛び出してきた騎士の斬撃を躱し、首を斬る。騎士たちは、次の動きを決めかねていた。私が剣を構え直すと側面から雄叫び。騎士たちがそれに反応する。私もそちらに注意を向けた。側面から押し寄せた騎士達が、私の前にいる騎士達を飲みこんでいく。剣と剣がぶつかり合う音。悲鳴や怒号。目の前で、騎士同士が殺し合っていた。新しい敵かと身構える私の前にやってきた騎士たちが背を向け、守護陣形を組んだ。私を守ろうとする彼らは、敵では無いようだった。

「ようやく見つけたぞ、ウォーデン」

状況が理解できず声の方を向くと、見知った騎士が立っていた。兜には髑髏が括り付けられ、手にはフレイル。それはブラックストーンにいる筈のストーンだった。だが、その身に纏う鎧は、ブラックストーンに飲みこまれたアイアンリージョンの時の物だ。

「ストーンどうして?」

私の問いかけにストーンが笑う。

「お前を探していた、ウォーデン。お前を新たな君主とし、アッシュフェルドに平和をもたらすために」

ストーンの言葉は受け入れられない。

「私は、そのような存在では無い」

「いや、これはお前にしかできない。なにより俺達の望みだ。そしてホールデン・クロスの望みでもある。俺達の為に、いや民の為に立ってくれ」

ストーンはそう言って跪いた。戦闘を終えた騎士達が警戒態勢を保ったまま、私たちの方に注意を向けている。未だ理解が追いつかず茫然としている私に、ストーンが言った。

「お前が、自らを許せなくとも、俺達の誰もが汚れているとしても、お前が守りたいものの為には、兵が必要なはずだ。今まさにそうだったように」

私は黙った。少なくともその言葉を否定することはできなかった。

 

***

 

室内は、赤く染まっていた。

散らばる沢山の死体から流れ出た血が混ざりあう。床には剣や刀が突き立ち、或いは、投げ出されている。扉を開けば、そこが最後の部屋だった。

その部屋の最奥。一段高くなった場所。細い植物で作られた天蓋の向こう側に人の気配がある。手を離した扉には血が付着する。全身が血に塗れていた。

「お前が帝か?全て殺してきた。さぁ、最後だ。私を愉しませろ」

血に塗れた剣を、人影へと向けた。その刃先から滴った血が、床に散る。一瞬部屋に訪れた静寂を破ったのは、静まり返った水面のような声であった。

「そうか、刀千が死んだか・・・」

その声は、ただ事実を淡々と述べていた。刀千というのが、あの黄土色の侍たちの名なのだろう

「もはや、我とそなたしかおらぬのなら。口を開いても良かろう」

帝が言った。なんだかわからないが答える。

「そうだ、もう私と貴様しかおらん。貴様はどのような技を見せてくれる?」

「異国の騎士よ、そなたは勘違いをしている。そなたのような君主やヴァイキングたちの戴く首長のような武威に優れたる軍事的長。帝はそれらとは異なる。最も、神代の帝は、自らの武力によって国を治めていたようだが・・・いまや帝とは概念だ。民が望む限り存在する。私と言う個人はその依代のようなもの、その実在に意味は無い」

「なにが言いたい?」

私は、先ほどから全く動きだそうとしない。帝に腹立たしさを感じていた。

「そうであろうな。結局人は、育った文化により理解しあえぬ隔たりを抱く。それどころか同じ文化の下でも人は争う。もしも争いがこの世界から無くなるのならば、それは人から文化や思想が失われた時であろう。そしてそうなればもうそれは人とは呼べぬ」

「下らん時間稼ぎならば無駄だ」

私の恫喝にも、帝の口調は変わる事が無かった。

「ああ、すまぬな。そなたが剣を振るうのを愉しんでいるように、我は言葉を振るう事を愉しんでおるのやもしれぬ。そなたが来たこの僅かな時間にのみ私は、言葉の自由を得たのだから」

帝の声音に、僅かな喜びが混ざる。

「貴様を殺せば、この国は乱れる」

「ふむ、それもまた事実だ。我の存在に意味はないが、誰もが意味があると思っているが故に意味が存在している」

「もうよい。戯言しか吐かぬなら、死ぬがいい」

宣告と共に私は疾走。振りかざした剣が植物でできた天蓋を切り裂いてゆく

「気の短き事よ。なんにせよ時間は稼げた。この国は未だ滅びぬし、文化も失われぬよ」

帝は最後にそう言った。私の剣が、その身体を斜めに両断する。切り裂かれ、床に垂れた天蓋の向こう側。血だまりに倒れた帝の顔は奇妙な面によって覆われていた。

その面に手を伸ばそうとして、名を呼ばれた。

振り返れば、ホールデン・クロスが立っている。

「侍の増援が来た。アッシュフェルドでは動乱が、今退かねば退路は断たれ、補給路が失われれば、包囲殲滅されるしかなくなる」

ホールデン・クロスが立つその奥にも火の手が上がっている。侍たちが仕込んでいたのだろう。御所は燃え上がりつつあった。

「そうか、ならば退こう。目的は達した」

私が歩き出すと、その後にホールデン・クロスが続いた。

今や全世界を戦火に巻き込むことができた。後はただ待っていればよかった。

解き放たれた狼たちが、私の要塞へやってくるのを。

 

***

 

騎士達が隊列を整えている。戦に向かうために

村は守られたが、住民の姿は無い。気が付けば、少女の姿も消えていた。仕方がない。

怖れられることには慣れている。この戦乱の時代において彼らにとってみれば、襲撃者も我々も変わらないのだ。どんな感情を抱かれても構わない。ただ守ることができれば、それで良い。

ストーンと共に、進路を確認する。各所にある砦や、そこにある兵糧を確保しながらブラックストーン要塞へと向かう。私は、この動乱を収めながら進攻するつもりだった。時間はかかるだろうが、他のリージョンを飲みこみ。後顧の憂いを無くし、兵と兵糧を確保し、何より民の安全を確保する。そしてアポリヨンを討つ。

それにストーンも賛同し、私たちの進路が決まった。

私が歩き出そうとした時。扉が開く音がして、軽い足音が聞こえた。見れば、先ほどの少女が走ってくる。沢山の騎士達に少し、おどおどしながら。少女は私の前に立つと、少しだけ躊躇ってから何かを差し出した。

「助けてくれて、ありがとう騎士様。でも、ごめんなさい。貴方にあげられるようなものは、こんなものしかないの」

少女が差し出していたのは、素朴な首飾りだった。少女は、それを取りに戻っていたのだろう。両親が、青ざめた顔で追いかけてきている。私は、兜を外して跪いた。

「とても素敵な物だ」

私がそう言って、その小さな手から首飾りを受け取ると、少女は嬉しそうに笑った。

それは、軽いものだったが、ずっと重く感じた

「君のおかげで、私は、もう一度立ち上がれる。君に誓うよ」

少女は良く分からなかっただろうが、それでも微笑みながら頷いて見せた。その微笑みは、どんな聖句よりも尊い。だから、私はそれを守りたいと思う。犯した罪が許されることは無い。許しを請うつもりもない。だが、戦乱を終わらせなければならなかった。その為に、まだ血が流れるとしても。

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