For Honor:Another   作:祈Sui

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第三章・侍/第一話〈‐主家殺し‐〉

‐主家殺し‐

 

石の転がる道を、必死で走っていた。履物は、いつの間にか失われ、地面を蹴る裸足は傷ついて、痛い。後ろを振り返りたい気持ちを抑えながら、ただ前だけを見て走っている。足には着物がまとわりつく。

後ろから聞こえる複数の軽い足音と、呼吸音が本気の疾走ではないと解っている。

追いつこうと思えば、すぐにでも追いつけるはずだ。そうしないのは、愉しんでいるからなのか、慎重に機会を待っているからなのか、私には分からないし、どうでもよかった。心臓が壊れそうなほど早く脈打ち、息苦しく、足はだんだんと重くなる。

村までたどり着けそうもない。背後から迫ってくるその恐ろしさに、涙と鼻水が垂れる。

くだらない事で、意地になって家を飛び出して、わざと地面を蹴って、強くなったような気になって、村からどんどん離れて、心細くなって帰ろうと思った時。それが姿を現した。それまで、私の中にあった強さなんて、一瞬で吹き飛んでしまった。

私は強くなんてなってないんだって、その時分かった。ただ、怒って勘違いしてただけ、その結果、死ぬんだ。馬鹿だから・・・

そう思うと、涙が止まらなくて、謝りたくなった。

ごめんなさいと言ったら、そしたらきっと、怒りながらも抱きしめてくれる胸に、もう一度飛び込みたいと思った。

とにかくなんでも、誰でもいいから助けてほしかった。神様でも仏様でも良かった。いつもろくに祈ってもいないのに都合のいい話だけど・・・

心の中で願った瞬間。爪先が石にあたり、そのまま身体が倒れていくのが分かった。もう片方の足を前に出さなきゃいけないと思いながらも転ぶことがはっきりと分かる。近づいてくる地面に、私をとっさに手をついて、頭からぶつかる事は避けたけれど、勢いは無くせずそのまま転がった。着物から出ていた右足が地面で擦れて、新しい痛みが生まれた。立ち上がらなきゃいけないと思いながら立ち上がれなかった。唸り声が大きくなる。もう駄目だと思いながら、叫ぶ。今にも跳びかかってくるだろう獣を追い払おうと、何とか上体だけを起こして振り返って無茶苦茶に手を振り回した。怖いから目を瞑って、叫び続けながら・・・。

地面をすべるような音と共に、ふいにその手が掴まれた。もう駄目だ。終わりだ。咥えられた。すぐにでも突き刺さってくるだろう牙を想像して身を固くした。

体中が食いちぎられるんだろう。何頭もの狼が、手足を引っ張って、私の身体を裂きながら貪り食うのだ。

痛いのは嫌だな。私はただ、そう思った。

けれど、いつまでたっても、擦りむいた手足の痛み以外、新たな痛みがやってくることは無かった。手を咥えられた感覚も消えていた。

きっとさっき願ったから神様か仏様が、身体を引き千切られる痛みを取り除いてくれているんだろう。だから力を抜いた。狼たちの足音や、唸り声が響いているけれど、もうじき雲を割って、黄金の光と共にお迎えが来るはずだ。

足の痛みも早く消してくれたらいいのにと思いながら

もしも生まれ変わったら、次はきっと良い子になりますとそう誓った。

いつの間にか辺りは静かになって、それでもまだお迎えが来なかったから私は願い事を重ねていた。

できれば、私のかわりに、お母さんに謝っておいてください。・・・やっぱり連れていく前に会わせてください。友達にも、あと早く足の痛みを消してください。

「・・・おい」

私の願いを遮るようにすぐ近くで声がした。同時に、身体が揺さぶられる。

痛い。

想像していたのとは違う声だった。それに乱暴だ。もっと優しい方をお願いします。そう願うと、それに怒ったのか、さらに揺さぶられる。

「おい」

渋々目を開けると、汚れた少年の顔が見えた。顔は知っているが、話したことは無かった。村では変わり者と言われていて、近づきがたかったし。そんな顔が私の前にあるのを見て私は不思議に思った。会いたいと願った誰とも違ったから。

「・・・あなたも、死んだ、の?」

「・・・は?」

私の質問に少年が呆れたようにそう答えたから、私は怒らせてしまったかもしれないと思って、目を逸らした。そしてその視線の先、少年の後ろに、何匹もの狼が倒れているのが分かった。少年の手には、何処から手に入れたのか知らないけれど、いつも彼が握っている古びた刀が握られていて、刀身は血で赤く染まっていた。気付けば軽く悲鳴を上げていて、同時に私がまだ生きている事と、少年が助けてくれたらしいことを理解した。そんな私を相変わらず呆れたように見つめながら少年は言った。

「・・・酷い顔だな」

私はそれに抗議したかったが、何も言えなかった。とにかく吃驚していて、血に塗れた刀を持って立っている少年が怖くて・・・

そんな私を無視して少年は何かを探しているようだった。だが、目当ての物は無かったらしい。

それから少年は私の着物を見た。私もつられて目を移せば、着物は泥だらけだった。少年は何かを考えている様子だった。私はとりあえず愛想よく笑ってみようとした。たぶん引きつっていたけど、感謝と友好を示そうと・・・

そんな私の努力の結晶を少年は見ることなく、私の顔は少年の着物の袖に覆われていた。止めようと手を出す間もなく息が苦しくなる。着物の袖は、そのまま私の顔を擦っていた。いや、違う。拭いているのだ。たぶん。酷く乱雑だけど。その着物の袖は、泥には汚れていなかったけれど、埃っぽかった。着物の袖が、私の顔から離れていくとき、私の鼻水が糸を引くように伸びた。私がそれを見た時。少年もそれを見ていた。私は凄く恥ずかしくなった。

「・・・どうせ明日にでも洗おうと思っていた」

少年はそう言った。それは少年にとっては気の利いた嘘だったのかもしれないが、全然そんなことは無く、私を救ってはくれなかった。けれども少年はそんな事は全く気にせずに次の行動へと移っていた。

「立てるか?」

頷きながら私は、少年の差し出した手を掴んで立ち上がった。私が立ち上がると、少年はすぐに手を離し

「帰るぞ」

と言って、着物で刀の血糊を拭くと、傷んだ鞘に納めて歩き出した。私も歩こうと、一歩踏み出し、地面を踏んだ瞬間。余りの痛さに足が止まった。数歩先まで言っていた少年は、私が付いてこないのを見て振り返った。

「あ、その、ゆっくり行きますから、どうぞ先に」

そう、ゆっくりと歩けば、何とか我慢できるはずだ。少年はため息をついた後、そのままスタスタと戻ってきて、私の前に背を向けて少し屈んだ。たぶん乗れと言っているのだと思う。でもそんなのは恥の上塗りだ。なによりもはしたない。

「本当、自分で帰れますから」

「いいから早く乗れよ。喰われて死にたいのかお前は」

狼たちの唸り声が、また聞こえてくるような気がした。それは嫌だった。私が慌てて肩を掴むと、少年は、軽々と私を持ち上げ、歩き出した。その背に揺られているうちに私よりも少しだけ大きな背中から、温かさが伝わってくる。

私の冷えていた身体の感覚がその熱によって戻ってきたみたいだった。

「ふへへへ」

気が付けば笑っていた。

生きている事を今更実感して、それが嬉しくて

「・・・おかしくなったか?」

少年が、怪訝そうに聞く。それからまだ少年にお礼を言っていないことを思い出した。

「ありがとう、その、助けてくれて」

私がそう言うと少年は、小さな声で、頷くように返事をした。照れているのかもしれない。あんなに強くて、愛想も無いのにお礼を言われることになれていないのかも。そう思うとそれがなんだか可笑しくて、私はその身体に強く抱きついて、顔をうずめた。

「・・・おい・・・や、めろ。着物がまた汚れる」

少年は、一瞬だけ身を固くして言った。

その抗議を無視して私は、笑った。

「私は紅葉っていうの、あなたは?」

同じ村で暮らしていても、私は少年の名前を知らなかった。少年はそれにそっけなく答えた。それでも私は嬉しかった。日が暮れてゆく中で、私は身体に生まれた熱を吐き出すように少年に話しかけ続けた。返事はずっとそっけなかったけど。たぶんそういう性格なんだと思う。そんなことをくり返しながら、近づいてくる村を見ていた。

それから、何かが変わったかと言えば、特に何も変わらなかった。村で出くわせば、会釈ぐらいはしたし、彼を見かけるたびに、気が付けば目で追っていたけれど。それ以上は何もできなかった。あの時の熱はどこかへ消えてしまっていた。

私から話しかけるのは躊躇われたし、彼が話しかけてこないかなと思ったりもしたけれど。どちらにしても、褒められたことではない。

彼は相変わらず変わり者で、母は私が助けられたことに感謝こそしていたが、あまり関わりを持ってほしくないみたいだった。父は明らかに嫌っていた。

それを酷いとも思ったけれど、私が母を心配させてしまったのは事実だし。見かけるたびに何処かに傷をつくっている彼に近づいてほしくなかったのだと思う。だから私は、彼に悪いような気がしていても、結局何もできず。ただ前と変わらない日々が流れた。でも、ある日から、彼を見なくなって、噂で、剣の腕をかわれ侍になったと、そう聞いた。私はそれがまるで自分の事のように嬉しくて、でも、どこか寂しかった。私だけ取り残されたような気がして、あの温かい背には、もう触れられないのだと知って・・・

 

***

 

開けた草原の先。小さな森の方向からこちらへ向かってやってくる集団があった。それは数頭の馬と、騎士たちからなる。小規模な軍勢だった。先頭で馬に乗る騎士は、豪奢な鎧を身に纏っている。その後ろには、旗を持った騎士が続く。周りに従っているのは、大半がまだ若い騎士達だ。

彼らを警戒し、戦闘体勢へと移ろうとする騎士達を制止し、私は行軍を止めた。

見知った旗だった。

私は馬から降り、手綱をストーンに預けた。そして草原に佇み、騎士達がやって来るのを待った。騎士達はゆっくりと歩いてきて、私の数メートル前で足を止め、豪奢な鎧を身に纏った騎士が、馬から降りることなく声を上げた。

「ウォーデン、再会を嬉しく思うぞ。それもこれだけの軍勢を用意しているとは、まさにお前は臣下の鏡よ」

その騎士。ハーヴィス・ドーベニーは親し気にそう言った。私は黙って、彼を見上げた。

「時が来た。いまやアポリヨンに対する不満は満ち満ちている。この機会に、正当な君主たる私が、騎士世界の覇者となる。さぁ、我と共に・・・」

「ハーヴィス」

熱弁のさなか私がそう呼ぶと、ハーヴィスは驚いて沈黙した。敬称もつけずに名で呼ばれたことなど、一度もなかったからだ。

「貴様」

君主を冒涜されたことに怒った若い騎士の一人が前へと踏み出し、剣を構えた。

その騎士は脅しのつもりだったのだろうが、私は一瞬で距離を詰め、振り上げた一撃で、その剣を宙へと巻き上げる。騎士は驚愕と共に、剣の行方を追い。宙を舞った剣はハーヴィスの乗る馬の目の前へと突き立った。

馬が驚きと共に嘶き、上体を起こしたことで、ハーヴィスはバランスを崩し落馬。草原を転がった。

若い騎士たちは動かない。剣を構える事を躊躇い。ハーヴィスの下へ駆け寄る事もできないでいる。私は、若い騎士を無視し倒れているハーヴィスへと向かう。倒れていたハーヴィスは此方を見上げ、私の一歩に悲鳴を上げ、後退ろうとして腰を抜かした。そしてハーヴィスは腕を顔の前に翳し、身を守ろうとした。

「消えてくれ・・・頼む」

後退しようと、足をバタつかせるハーヴィスを無視し私は踵を返した。途中、突き立った剣を引き抜き、呆然と立ち尽くしていた持ち主へ押し付けると、若き騎士は、思わずそれを受け取った。それで、終わりだった。

私は馬のところまで戻り、ストーンから手綱を受け取った。

「いいのか?」

ストーンがそう聞いた。

「ああ」

「甘いな」

「ただの愚か者を断罪できるほど、私の剣は清くはない」

馬に乗り、私が進軍を再開すると背後の騎士たちも歩き出した。もはや誰も、地にへたり込んだハーヴィスとその取り巻き立ちに興味を持つ者はいない。彼らは、茫然と私達を見送っていた。しばらくして振り返れば、長い行軍の列の向こう、未だそこから動かない騎士達が小さく見えた。

「できるならただの人として、そう生きればいい」

私は、誰にも聞こえないように呟いた。

 

***

 

此処に入れられてから、どれだけの月日がたったのかは分からない。壁につけていた印も、面倒になって止めてしまった。今日は、外が騒がしい。都の方だろうか?、だが都の端であるこの場所からは良く分からない。

不意に、人の走る音がした。その足音は、一直線にこちらへと向かってくる。そして俺の牢の前で止まった。見やれば牢番でも、給仕係でもない。鳥追笠の下の顔を面が隠し、軽装鎧の上に陣羽織、手には薙刀を持っている。装束から女だと解るが、今まで見たことが無い。女は一瞬俺を見て

「久方ぶりですね」

そう、安堵したように言った。

俺が、記憶を探っているうちに、女は牢の錠前を外していた。

牢が開かれる。

「さぁ」

女はそう言うが俺は迷う。

「亜由様のめいです」

亜由は現五大名の一人だ。ならばこの女は亜由の配下なのだろう。だが、亜由にもその配下にも関わったことが無い。

「状況が理解できないのは分かりますが、説明は追々。とりあえずここを出ましょう」

言われるがまま、牢を出ると、牢番が俺の具足と刀を持って待っていた。牢番は少し怯えている様子だ。主家殺しの罪人に得物を渡すのだ。当然そうなるだろう。だが、女が俺を恐れている様子は無かった。久しぶりに握った、愛刀の重みが懐かしい。

一度鞘から引き抜き刀身をみるが、傷んでいる様子はない。具足を身に纏いながら。俺は女から都が襲撃された事。帝が弑されたことを聞いた。帝の守護者である刀千が代替わりし、新しい刀千が守護している次代の帝のために、亜由は元凶となったアポリヨンという騎士を討伐するつもりらしい。俺が牢に入っている間に、外の世界は大きく変わってしまったようだ。

「ところで、お前は誰なんだ?俺のことを知っているようだが」

それまで、此方の質問に流れるように言葉を紡いでいた女が、黙った。

「・・・覚えていませんか?」

その声は酷く悲しげに聞こえた。それに少したじろぐ

「すまないが、心当たりがない。面を外してもらえばあるいは・・・」

「紅葉です」

女は自分の胸に手を当てて名乗って見せた。

「紅葉?」

その名には聞き覚えがあった。だが、人違いだろう。俺の知っている紅葉は、侍では無い。

「やはり、忘れてしまいましたか?」

紅葉はやはり悲しそうに言う。その声音に罪悪感を覚える。

「いや、その・・・」

「いいんです。昔の事ですから」

「俺は紅葉と言う名を、知っているが、あれは侍では無かった。だから恐らく人違いをしているのだと思う」

俺がそう言うと

「ああ、それでなのですね」

と紅葉が明るい声をだした。

紅葉は納得したようだが、俺にはさっぱり意味が分からない。

「その紅葉ですよ」

唖然とする俺に紅葉は続けた

「私も侍になったのです。さぁ、行きましょう」

紅葉はそう言うと、俺に背を向けた。薙刀を持ち歩んでゆく姿は、様になっている。やはり俺の知らないうちに、世界はすっかり変わったらしい。あの、紅葉が薙刀を持ち、侍になっているとは、信じがたい事だらけだ。先を行く紅葉から調子のいい鼻歌が聞こえる。時間の流れにおいていかれた俺は、その後についていくしかなかった。

 

***

 

アポリヨンの、侍たちの都への侵攻。

それを聞いた私は、侍たちの追撃がぬるいものであったわけを理解した。同時にもたらされた情報によれば、アポリヨン不在となったアッシュフェルドでは内乱が起きているらしい。

私は、騎士領、アッシュフェルドへの侵攻を決定した。

侍達からの略奪により、食糧の問題はひとまず解決していたため攻め込まぬという選択肢もあった。だが、誰もが報復を望んでおり、その声を無視することはできなかった。また私にもそれを望む思いはあった。

アポリヨンの進攻によって引き起こされた戦乱で死んでいったレイダーや義兄、同胞たち、そして義父の為。さらには、これからの平穏の為。アポリヨンと敵対する勢力が乱立する今こそ、進攻すべき機会であった。

そして、アポリヨンと言う怨敵は、ヴァイキングの部族たちを、より強固に団結させた。

 

***

 

都が焼かれ帝が弑された今。都、そして帝を守ることのできなかった大名たちの権威は失墜している。もはや立場は等しかった。武功さえ上げることができるのなら、その大名が新しい帝の下、政治を取り仕切るだろう。

アポリヨン襲撃の際に、最も都近くにいた大名、毒蛇が討たれていた。毒蛇の配下は指揮系統が混乱し、もはやまともに動くことはできぬだろう。ブラックストーンを都から押し戻した清十郎は、引き換えに手傷を負い。アッシュフェルドへの進攻はままならなかった。

残る大名は三人。鬼山、藍蛇、そして私だ。目指すはアポリヨンの首。それが、この国の脅威を取り払う事。そしてこの国の実権を手に入れることであった。

「果たして来るでしょうか?」

隣に立つ大熊が聞く。

「さて、だが来てもらわねば困るな。藤清を失った今。一国を一人で落とした。奴の力が欲しい。そのために混乱に乗じて解放したのだから」

大熊の顔が曇る。捕らわれていた一人の男を開放するために、書状を偽造していた。五大名といえど、ただ一人の意思で罪人を解き放つことはできない。

「気にするな。武功さえ上げればなんとでもなる」

そう口にしても大熊の顔は晴れない。気苦労の多い奴だ。私の所為だが・・・

「亜由様」

やってきた紅葉はいつもよりもはずんだ声で、私を呼んだ。念願がかなったのだ。無理もない。紅葉の背後に一人の男。大熊が警戒し半歩前に出る。

「亜由だ」

私は男に名乗る。男は解っているという風な顔。

「紅葉が、どうしてあんたの下に居る?」

開口一番に男はそう言った。それに少し興味をひかれる。紅葉から聞いていた話とは少し違うようだ。だが、私はそれをつつく事はしなかった。それは私の悪い癖で、今はあまり適切とは言えない。だから私は素直に答えることにした。

「仕えたいと言ったのでな、元々は侍女にするつもりであったのだが、自ら薙刀を持ち戦いたいと、私も太刀を佩き戦に臨む手前、人並み以上の薙刀の腕を見せられては、断れなかった。まぁ、信頼のおける家臣が一人でも多く欲しかったことも理由ではあるのだが・・・」

紅葉が自らの薙刀の腕を褒められて照れているのが何となくわかる。男は無反応。

「そんな訳でそなたも家臣として迎えたい」

「俺を主家殺しと知っていてか?」

男は私を探るように言った。

「ああ、藤清が死んだ今アポリヨンと個において対抗しうる侍は、お前をおいておらぬだろう。今回の事で大名同士の権力争いが生ずる。誰もがアポリヨンの首を求める。毒蛇が死に、清十郎が動けぬ今、そこに加わるのは鬼山、藍蛇、私の三者だ。鬼山と藍蛇はほとんど変わらん。故に、アポリヨンを我らの手で殺し、その首を持ち帰る必要がある。その首を持って他の大名共を黙らせる」

「まだ、殺せるかもわからぬのにその先を語るか。それにお前は独断で動いているな。俺を解き放つために帝はおろか、他の大名の許可すら得ていまい。混乱に乗じている。これはお前の立場を悪くすると思うが?」

私はその言葉に笑う。おおよそ想像していた通りだ。権威に媚びることは無く。ただ腕が経つだけの愚か者でもない。鬼山が実権を握る事を良しとは思っていないだろうが、私に加担していいかどうかを測っている。だが、大熊は気に入らなかったようだ。

「先ほどから黙って聞いておれば亜由様に何というもの言い。五大名のひとりであられるぞ、もとをただせば貴様が今生きていられるのも」

「構わん」

苛立ちを見せた大熊を、私は黙らせた。私はこの男に恩を売りたいのではなく、それによって支配したいのでもないのだ。重くなった空気の中で紅葉は申し訳なさそうに大熊に頭を下げている。私は大熊に問うた。

「五大名と言えどもその末席、まして今やその権威は失墜している。そしてそれが無かったとしてもその権威でもって、私は人を従えようとは思わぬ。お前が私にしたがっているのは私が五大名であるからなのか?」

揶揄うように付け加えた言葉に、大熊がたじろぐ

「いえ、けしてそのような」

巨漢に似つかわしくないその様子は、何度見ても面白い。

「分かっておる。戯言だ。お前の忠、嬉しく思うぞ」

「はっ」

委縮しかけていた巨漢は、跳ねるような返事と共に深々と頭を垂れ、一歩下がった。

恐ろしい鬼の面をつけた巨体だが熊というよりは犬の様だといつも思う。

「さて、先ほどの続きだが、お前の言う事は正しい。だが、立場が悪くなるのはお前も同じだ。私にもこの国にも、武功を立て私の行動を帝に追認させることが必要となる。どちらにせよアポリヨン討伐ができねば、我らの国は、外部からの脅威と内部の権力闘争で、下手をすると崩壊する。やらねばならぬ。それとも私が女であることが不服か?まぁ、確かに世継ぎに為る男児不在による苦肉の策だ。よって家中の反発もあり信頼のおける者も少ないが、身軽でもある。お前は私をどう見る?」

「有能な女もいれば、無能な男もいる。その逆もだ。お前は、それなりに有能なのだろう。慕われているようだ。だが俺を本当に迎え入れるのか?その大男は気に入らぬようだが?」

大熊は沈黙しているが、鬼の面の下にある顔はしかめられているだろう。

「すまぬな。大熊は私の身を案じているのだ。だがお前を私の下に置くことにさほどの危険性は無い。私の推測によればな。お前は狂剣ではない。活かすも殺すも我の器次第。いや殺されるか?・・・そうであろう?私が、大名として相応しくないと感じたなら、いつでもこの首を取りに来るがいい」

男は少しだけ考えたようだった。

「いいだろう。とりあえずお前に従ってやる。さきの言葉、忘れるなよ?」

「ああ、よろしく、新しき我が家臣よ」

私がそう告げると、大熊が前に出た。男が大熊を見る。大熊も男を見ていた。

「・・・大熊だ」

大熊は不機嫌そうに名乗った。その様子に男は、僅かに笑い。

大熊は少し気を悪くしたようだった。

 

***

 

「紅葉、俺の助命を請うたな?」

アポリヨン討伐へ向かう行軍の最中。俺は、横を歩く紅葉に問いかけた。

「・・・ええ、ですが、侍でもない私には何もできませんでした。そこに手を差し伸べてくれたのが亜由様です。自らの立場を悪くしても、私の願いを聞き届けてくれた」

紅葉はそう答えたが、亜由はただ優しい人間ではない。何かしらの利害が無ければ動かなかった筈だ。

「それと引き換えに?」

俺の重ねた問いかけの意図を紅葉は察したのだろう。

「恩を感じていないとは言いません。ですが、これは私の意思です」

「なぜそこまでして、俺を助けた?」

紅葉の行動は無謀に過ぎる。下手をすると俺と共に紅葉も死んでいた。

「何故?」

紅葉がそう口にし、その後に言葉が発せられるまで僅かな間があった。

「・・・そうですね。助けて、もらったからですよ」

考えるそぶりを見せた割には、単純な答えだった。

「あんなものは別に・・・」

そう言いかけた俺の言葉を紅葉が遮って言う。

「ともかく、貴方がいれば安心です」

紅葉はそれを信じて疑っていないようだった。それに少し困る。

それほどの信頼をもはや俺自身が持っていない。

「外に出るのは久しぶりだからな。もはや鈍っておるかもしれんぞ」

「それなら、今度は私が貴方を守ってあげます」

俺の言葉に、紅葉はそう言って笑った。

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