SAO:Alternative GGO 黒影の銃撃主   作:SCAR And Vector

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備えあれば憂いなし

 2025年12月6日。今年も残り3週間と、大詰めに差し掛かった土曜日の朝。

 

 ピピピピ、と午前7時を報せる目覚ましのアラームが殺風景で必要最小限の家具しか置いていない寝室に響き渡る。六畳の寝室に置かれた木製のベッドの上、布団に包まった謎の生物の横からにょきっと手が出て、冬の安眠を妨害する目覚まし時計に伸びていった。

 

 アラームが停止された3分後、謎の生物が脱皮し中から玉の様な青年が現れた。

 

「ふぁ〜。準備すっか」

 

 大きな欠伸をし、ベッドから降りてリビングへのスライドドアを開ける。テレビとエアコンを点け、朝のニュース番組を垂れ流しにしながら朝食を拵える。キッチンの戸棚から食パンを1枚取り、オーブントースターに突っ込みヒンジを回して4分に合わせる。焼き上がる間にHIコンロの上にフライパンを乗せ、冷蔵庫から卵とウインナーを取り出す。先ずは卵にフライパンの縁を使ってヒビを入れ、両手の親指で丁寧に割って黄身が潰れない様にフライパンの上に落とす。

 

 フライパンの加熱面に着地した白身はたちまち白く変色し、グツグツと耳に心地よい音を立てた。黄身が半熟のうちにフライ返しを使ってサッと皿に移し、次はウインナーを加熱する。表面に軽い焦げ目が付くまで焼くのが昴雅流だ。

 

 ウインナーを皿に上げると、タイミングよくトーストが焼き上がる。冷蔵庫からマーガリンを取り出し、適量塗りたくり目玉焼きの横に盛り付ける。

 もう一年間この朝食をとってきたので手際もかなり良くなっていた。10畳のリビングに置いてあるテーブルの椅子に着き、天気予報を観ながら軽い朝食を摂る。

 

 黙々と出来たてほやほやの朝食を口に運び、1日を乗り切る為の活力源を蓄える。

 

 10分ほどで朝食を食べ終えると、食器をキッチンまで持って行き水で汚れを軽く流す。今日は土曜で大学は休みなので、昼食の後に纏めて洗うつもりらしい。

 

 テレビから聞こえるニュースキャスターの天気予報をBGMに、昴雅は携帯を使ってSNSを開いていた。刻一刻と変化していくタイムラインを追っていくと、とあるブログ記事の見出しが目に留まった。

 

『神崎エルザ、年末コンサートで大成功!』などととある歌手の名前が大々的に告知されていた。

 

 神崎エルザとは、2025年現在の日本人なら誰もがその名を聞いた事が有るだろうと言われる程有名な女性シンガーソングライターだ。可憐で儚げな彼女の容姿に誰もが魅了され、その美声を耳にすればいつしか魅了されてしまうらしい。音楽に疎い昴雅も神崎エルザのファンという程ではないが、恐らく自分と同年代なのに日本中を西へ東へ仕事やツアーで奔走しているのを見て少なからず応援はしている。

 

 因みに大学の友人である千堂 真一は神崎エルザの大ファンであり、彼の家に行けばライブのDVDやグッズ、CD・アルバムが大量に積まれており、ベッド上の天井には神崎エルザのポスターが貼ってある徹底ぶり。よもや人は何かに熱中してしまうとここまでの域に達してしまうのかと困惑させる程神崎エルザ一色に染まっている。

 

 きっと月曜に大学の講義に出ればまた神崎エルザの魅力なにがしについて熱く語られるのだろう。昴雅は自分の未来を想像するのを辞めて携帯を閉じた。

 

 朝食後はリビングから隣の寝室に移動し、PCを開いて大学のレポートを纏め始める。対して難しいものではないのでさっさと終わらせてしまい、USBメモリーにそれを保存して文書入力の窓を閉じる。そのままマウスを動かしてデスクトップ上のGGOのアイコンをクリック。サインインIDとパスワードを打ち込み、傍に置いてあるアミュスフィアとPCが繋がっているか確認してからアミュスフィアを頭に装着する。そしてGGOへのフルダイブの準備が完了したのを見届けると、ベッドにごろりと横になった。

 

 瞳を閉じ、息を少し吐いてから仮想世界へ飛び込む魔法のフレーズを提唱する。

 

「リンクスタート!」

 

 直後、昴雅の意識は現実の世界から仮想電脳の世界へと引き摺り込まれた。

 

 

 

 真っ白い光の球の中からスラリとした体躯の青年が現れる。昴雅はこの時からもう1人の自分、『コウ』に変身し、電脳世界を縦横無尽に駆け巡る事が出来る様になった。

 

 グロッケンに降り立って、先ずはじめに行うのは弾薬の補充・調達である。銃と弾丸を用いて戦闘を繰り広げるGGOでは、弾薬は己の命の次くらいに重要な事柄だ。故に最優先事項としてゲーマー脳に登録されてしまう。

 

 コウはグロッケン最大のショッピングモールへ赴き、いつものアーミーショップで7.62ミリNATO弾と.45ACPを計400発購入した。今日は幸いに弾薬のセールキャンペーン中だったので安上がりで済み、いつもより多く弾薬を補充出来た。だが余り多く買い過ぎるとストレージをすぐに圧迫してしまうし、弾薬はパッケージに入れられた状態で実体化するので弾薬全てをマガジンに装填するのも気が遠くなる作業へと変わってしまう。FNハースタル社のP90やシテス社のスペクターの様に1つの弾倉に多くの弾薬を装填出来る銃ならいざ知れず、マガジン1つ1つにも重量が定められているのでおいそれとマガジンを増やす事も出来ず、マガジンの過剰所持による最大装備重量越えもあり得るのだ。

 

 その解決策としてドラムマガジンや拡張マガジンなどがGGOにも存在するが、いかんせんそれらは高価でGGOに於いてプレイヤー1人あたりが所持するマガジンの数6つを揃えようとなると軽く50万クレジット近く消し飛んでいく。超がつく金持ちなら予備弾倉含め全てのマガジンを大容量化出来るだろうが、コウを始めとしたライトユーザー及び一般プレイヤーには到底手が出せるものではない。出来ても精々2つ程しか揃えられないだろう。

 

 一応の抜け道としてプレイヤー自身によるアタッチメント作製も用意されているが、要求素材がそこそこ多く、殆どのプレイヤーは手を出さない。

 

 コウはそれを知っていたので、弾薬は自分が必要な分だけ揃え、残りはほぼ私物のストレージと化したスコードロン内の共有ストレージに転送した。

 

 続いてやることと言ったら射撃の練習だ。これについては個人差があるだろう。GGOを荒廃したポストアポカリプスがテーマの遺跡探索ゲームとして割り切るのであれば射撃は要らないだろうし、PKやモンスター狩りを楽しみたいプレイヤーはやって置いて損は無い。

 

 コウはアーミーショップに隣接した射撃場に移動し、自分が持ち得る銃火器をストレージから実体化させた。全体の大部分をカーキが占め、バレルがLより延長されたSCAR-H。長らくコウと戦闘を共にする愛銃である。通常のバレルに比べより長く射程を伸ばすために付けられたロングバレルに、上部には4倍スコープが装着され、近接戦闘用にオフセットアイアンサイトが追加されている。さらにアンダーレイルにはアングルフォアグリップが装着されるなど、各部に様々なカスタマイズが施されたGGOに1つしかないある意味レアな一品だ。

 

 指をかければ弾道が見える。トリガーを引けば球が飛ぶ、という簡易なシステムで銃撃戦が行えるGGOにおいては光学機器は邪魔扱いされがちだが、銃のゴテゴテ感を好むコウにとっては些細なことであった。一般的なセオリーなんてものはとうの昔にかなぐり捨て、見た目や自分のやりたいようにやった結果がこれだっただけの話だ。タダでさえ展開が早いGGOの銃撃戦で銃火器を3丁も持ち込むなんて非効率的だろう。だが、コウはそれを良しとした。それが、コウのどんな状況にも適した戦法とエモノで闘う変幻自在なバトルスタイルを形造った。

 

 一般人からしたら到底理解不能だが、それはきっとコウの師となった毒鳥のお陰なのだろう。

 

 実体化されたSCAR-Hを手に取り、銃床を胸に当てグリップを握る。余った左手で射撃レーンの操作を行う。最近のアップデートで、ようやく射撃場の弾薬代がフリーになった。それまで毎回買い揃えていたのが、実に便利になっている。弾薬を指定すればマガジンに装填された状態で実体化し、練習時のストレスを解消したベリーグッドなアップデートだ。コウは左手でメニューを操作し、SCAR-Hのマガジンを5つ実体化させる。実体化されたマガジンはレーンのテーブルに出現し、自由に使えるようになる。

 

 コウは狙いを的に定め、黙々と引鉄を引き続けた。他のレーンにもそれなりに人は居たが、彼らの発する銃声も耳に入らなくなるほど、コウは目の前に無限に現れる的に向かって銃弾を放っていった。


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