SAO:Alternative GGO 黒影の銃撃主 作:SCAR And Vector
「それで?結局どうするの?」
ステーキを食べ終え、食後のアイスティをストローから飲んでいたピトフーイの言葉に、コウは俯かせていた頭を上げた。
「やっぱり、俺が後衛に回るのがベストかと」
「ふぅん?随分アッサリ引くじゃないの、欲求不満クン」
意地悪そうに嗤い、ピトフーイは人差し指でコウの胸を突いた。
「ピトさんの方が強いし、前衛に適性がある。俺はオールラウンドに何処でも勤まるから」
コウは無理くり笑ってみせたが、ピトフーイはそれには答えなかった。
「あ、私そろそろ落ちるよ。リアルの用事が入ってる」
「お疲れ、ピトさん」
ピトフーイは何も言わず仮想空間から姿を消した。取り残されたコウはする事もなく、飲み物を注文しそれを機械的に口に運ぶ。
胸中に渦巻く気持ちに名を付けるならば、ピトフーイの言った通り「欲求不満」が相応しいだろう。コウは頭では自分がピトフーイに劣っている事は理解しているつもりだった。だが実際にピトフーイと組んで後衛に下がって、己の欲求は解消されるだろうか。否、される筈がない。
コウの内に潜む狂気はピトフーイよりも凄まじい。強さ、知識、経験、何をとってもピトフーイに負ける中で、己の狂気だけは負けてなかった。
ピトフーイは死ぬ為に戦うという歪んだ狂気に対し、コウのそれは自分の力で殺してやりたいという純粋な殺人衝動からくる狂気だった。故に上限が見えず、ピトフーイのそれを凌ぐ。
GGO内でだけ現れるコウの狂気だが、これがもし現実で現れたなら、考えるだけでもおぞましい。仮想世界で抑えられているのが唯一の救いであるだろう。
などと後ろ向きな思考を巡らせていると、ふと酒場にたむろするプレイヤーの話し声がコウの耳に入ってきた。
「聴いたか?最近砂漠フィールドに現れた正体不明の待ち伏せプレイヤー・キラーの話」
「ああ。奴のくすんだピンク色の迷彩服が砂漠の赤い太陽とマッチしてて、全然わからないんだよな。気付いても3メートルの距離からサブマシンガンで掃射されんだから避けようがねぇよ」
「なんでお前そんな詳しいの?」
「だって俺被害者第1号だもの」
「ってお前やられたんかい」
「荒野にはインヴィジブルの奴らがいるし、砂漠は待ち伏せPKerか・・・ロクに狩りもできねぇよ」
「でもインヴィジブルは最近大人しいだろ?先の大戦闘で奴らも懲りたんじゃないか」
その大戦闘でインヴィジブル内で一番暴れた人がアンタの後ろで悩んでますよ。と言おうとしたが、コウはそれを口に出す寸前で押し留め、彼らの会話の続きに耳を傾けた。
「聞いた話じゃそいつの主武装は旧チェコスロバキア製の《Vz61 スコーピオン》だとよ。2丁持ってて弾丸をブッ放すらしい」
「そうなのか?俺が最初の被害者になった時は光線銃だったけど」
コウは彼らの会話を盗み聞きして、その砂漠の待ち伏せPKerがどんな奴なのか確かめてみたい好奇心に駆られていた。
個人的に、
近距離戦闘では猛威を振るうスコーピオンの魅力は拳銃用の小型弾薬の入った30発箱型弾倉を2秒足らずで打ち切る驚異の連射力にある。低威力というデメリットこそあれど、低反動で命中精度が高い銃であり、まるで冷戦当時の東側暗殺者の様な戦い方のPKerには適した銃だろう。
是非交流を持ちたいところだが、荒野を狩場にするコウを始めとするインヴィジブルのメンバーにとって彼(?)の存在は脅威になりうる。砂漠はグロッケンと荒野を結ぶ直線の真ん中に位置するので道中襲われる可能性があるからだ。
今までは幸いにも人的不利を感じて襲われなかったのか、待ち伏せに遭遇することはなかったのだが、早いとこ自分たちの弊害になりうる悪い芽は摘んでおいた方が良いだろう。
どうやら懸賞金も掛けられているらしく、稼ぎも兼ねて捕らえに行こう。コウは明日から砂漠に張り込む仕度を立てて、先程まで落ち込んでいたのも忘れてウキウキ気分でGGO世界から姿を消した。
2025年12月1日。今年も終わりを迎えようと最後の月に入った最初の日。月曜という誰もが気怠さを覚え週末をやり直したいと願う朝。昴雅はベッドからモソモソと這い出て冷えた部屋の気温に身を震わせた。
気候も大分冷え込み、窓には結露が発生している。昔、よく窓に絵を描いていた思い出に耽りながら昴雅は大学へ向かう準備を始めた。厚着し、寒さ対策バッチリで準備を整える。誰にも邪魔されず暖かいベッドでずっと寝ていたいが、学生の身分である以上そうもいかない。昴雅は己を律して寒さ厳しい東京の外気に飛び込んだ。予想より寒さは厳しく、昴雅は足早に地下駐車場に駆け降りていく。
駐車場は地下にある為風が入ってこないので良いが、屋外となればそうはいかない。冬特有の風の冷たさは刺すように痛い為、昴雅は少しバイク登校が億劫になった。なお、ベッドの上で毛布にくるまって温もりたい。
気乗りしない自分を無理やり奮い立たせ、駐車場を徐行運転で出る。
すると、やはり黒髪の長身女子大生と鉢合わせた。薄手のウールコートを纏ってマフラーを巻いた女性は寒風に黒髪をなびかせ、白い吐息を吐き玄関から出てきた所だった。
「あ、おはようございます」
昴雅が挨拶をかけると、女子大生はバイクに跨る昴雅に気付き挨拶を返した。
「今日はなんだか一段と寒いですね」
「寒波が来ているらしいので、これから冷え込むらしいですよ」
「そうなんですか。通りで寒いわけだ」
「今日なんかバイク通学は大変じゃないですか?」
「まぁ・・・でも慣れたし、好きで乗ってるんで。そちらは?電車?」
「ええ、附属女子大まで電車で一駅です」
「なら寒くなくていいですね。それじゃ俺はこの辺で」
「バイク、気を付けて下さいね!」
背中にかけられた最後の一言で昴雅は俄然やる気を出していた。なんていい子なんだ、と。
寒風吹きつける車道を走り、昴雅は大学に到着した。毎度の如く突っかかって来た多嶋をワンパンでKOし、1日大学の講義を受ける。殆ど幽霊になっているサークルにちょこっとだけ顔を出し、さっさと自宅に帰る。
「ぶぁ〜さみぃ〜」
帰宅すると早速リビングの暖房を入れる。高かったエアコンはすぐに部屋を暖気で充満してくれ、昴雅は間食にコーンスープを作り始めた。暖かいコーンスープを啜り、ちびちび熱さに負けず飲み終えた頃には、外気で寒波に晒され冷え切っていた身体も身体の芯からぽかぽか温まっていた。
GGOをこよなく遊ぶ為にも、明日の講義の準備を備え、浴槽を磨き湯張りをタイマーで設定する。大体8時過ぎには入れる様に設定し終え、昴雅は準備よしと呟いて寝室に向かった。
自動調節機能のあるエアコンの暖房を入れ、アミュスフィアを着用してベッドに横たわる。電源が入りフルダイブの準備が整ったら、いよいよ仮想世界に飛び込むだけだ。
「リンク・スタート」
昴雅は小さく笑みをこぼして合言葉を呟き、仮想世界に己の意識を羽ばたかせた。
GGO、荒野と首都グロッケンを結ぶ砂漠フィールド。
身長170後半、着痩せする筋肉質な身体の優男『コウ』として仮想世界、銃と疾風を謳うガンゲイルオンラインに降り立つと、真っ先に砂漠へと向かっていた。
昨日酒場で耳にした砂漠の待ち伏せPKerをとっ捕まえてしばき上げるアンドソイツにかけられた懸賞金を得る為だ。
コウは以前から使用していたデザート迷彩の戦闘服に、胸には同色のアサルトライフル用の30発箱型弾倉が収納された3連マガジンポーチ付きのチェストリグを装備して砂漠の端を移動していた。
右腰のホルスターにはサブの《CZ75》が、背中側の腰には刃渡り数十センチの黒いサバイバルナイフが納められており、いつでも迎撃準備は万全に整えている。
タンカラーの愛銃のアサルトライフル《SCAR-H》を引っ提げ一見ただ歩いているように見せかけつつ、砂漠の隅々、蜃気楼立ち上る砂丘の頂上から夕暮れの赤い太陽に照らされた岩の陰にいたるまで、ありとあらゆる奇襲スポットに意識を張り巡らせる。もちろん
岩と岩の間や宇宙船や飛行船の残骸を縦に移動し、周囲に目を光らせていると、恐らく本日最後のストームが発生した。
風が吹き荒れ、舞い上る砂塵を防ぐためにデザート迷彩のスカーフで口元を隠す。
荒い砂塵から逃れる様に手頃な岩場に身を隠した時、その一瞬は訪れた。
コウの警戒を巧みに逃れ着実に近付いて来ていたソイツが、身を潜めていた岩から飛び出して来たのだ。一瞬警戒を解いてしまい、虚をつかれたコウは取り回しの悪い長モノではなく、すぐさま右腰のホルスターから《CZ75》を引き抜いた。
スリングで肩から下げられたSCAR-Hを後ろに回し構えたCZ75の引き金を引く。だが、弾丸は待ち伏せ者の身体を捉えることは叶わなかった。弾丸は空を貫き、砂の大地に突き刺さる。
奇襲をかけて来た待ち伏せ者は右手に持つスコーピオンの引き金を引いた。軽やかな連射音が響き、9ミリ弾が発射される。待ち伏せしていたPKerは勝利を確信していた。だが、それは無残にも打ち砕かれる。コウは弾丸が四肢を撃ち抜く寸前で横っ跳びに回避していたのだ。奇襲を掛けられた時のシュミレーションを幾度となく脳内で繰り返した為に出来た芸当である。奇襲作戦を生業としている者なのだ。当然奇襲への対抗手段などは熟知しており(この様な超近距離の奇襲は極稀だが)、こればかりは経験の差がモノを言った。
4、5発コウの下半身を撃ち抜いたが、それだけではコウを絶命させるには至らない。滞空中にも引き金を引き、近くの小さな岩の陰に左肩から着地する。着地後はすぐさま体勢を立て直して腰に下げたプラズマグレネードを放り投げる。タイマー設定で投げてから最小限の短さで起爆する様に設定していた為、プラズマグレネードは空中で爆発した。
プラズマの青白い光は広がり、それはコウを守る衝撃波となって9ミリの銃弾の雨を弾き飛ばした。
経験の薄いPKerはプラズマグレネードが実弾を弾くとはつゆ知らず、思わず両手のスコーピオンにかける両の人差し指に力をかけてしまった。30発を2秒で打ち切るスコーピオンだ。フルオートで制御もしていなければ残弾が空になるのも必然であり、再装填に慌てたおかげで空中に上がった閃光手榴弾に気付けなかった。
地上2メートルで起こる閃光。
何百ルーメンという閃光は視界を真っ白に染め上げ、PKerの行動を制限した。コウは起き上がり、閃光を直視してしまい動けないPKerを思いっきり痺れの残る右脚で蹴りつける。
GGOでは着弾すると整体師に親指でツボを押された様な感覚を覚える。右脚に痺れが残って要るため、どうせたいしたダメージは与えられないだろうと蹴り上げた右脚は、つま先がPKerの右脇腹を捉え、燻んだピンクの胴体を吹っ飛ばした。
耳のついた帽子が宙を舞い、小さい身体は鞠が弾む様に大地をバウンドした。
「あーくっそ・・・」
違和感の残る右脚を引きずる様に横たわるピンクの暗殺者に近付き、腰の後ろの鞘から冷たい黒色のサバイバルナイフを抜き、CZ75を構えて牽制する。
「う、撃たないでっ!!」
CZ75のトリガーに指をかけ、赤い光線『バレットライン』がピンクのショートヘアの小さい頭を投射した時、幼げな可愛らしい声が響いてピンクは降伏を示し両手を突き上げた。
スコーピオンをその場に落とし、ゆっくり立ち上がったピンクを見て、コウは物珍しい視線を送った。
「子供?」
小さい。非常に小さい。コウがピンク野郎に抱いた第一印象だ。身長が170後半のやや長身アバターのコウより30cm以上小さい。ピンク野郎は150もないであろうチビそのものだった。両眼に涙を満タンに貯め、必死に自分が脅威でなくなった事を伝えようとしている。
いくら殺すつもりで来たとは言え、流石に無抵抗の子供を撃ち殺すのは気がひける。幼児偏愛者ではないが、今回は見逃してあげることにした。コウはナイフとCZ75をホルスターに戻し、ピンクのチビに近付いていく。
「君、名前は?」
「レン・・・です」
「レンさんね。俺はコウ。今回は見逃してあげるから、襲う相手は選ぶ様に」
「はい・・・」
なんだか急に白けてしまったので詰まらなさを感じつつ、コウは身を翻した。飛んで行ったピンクの帽子を拾い、数回軽く叩いて砂を払って持ち主に返却する。
「あ、ありがとうございます・・・」
「あ、まー何というか。すいませんでした。女の子と知らず蹴っちゃって」
コウが少し気恥ずかしそうに謝る。いたいけな女子に暴力を振るった事に罪悪感を抱いていたのだ。
「私もいきなり襲ったんでいいですよ。それより、フェメイルってわかるんですか?チビで男の子に間違えられるのに」
レンはピンクの戦闘服の上から平たい胸に手を当て訊いた。ロリっ子な事を気にして要るのか気に入って要るのかわからないが、どうやらもう少し豊満でも良いじゃないかとでも思っているのだろうか。
「まぁ、雰囲気?仕草が女の子っぽかったので。VRじゃ余程の特殊事例じゃない限り中身とアバターの性別が変わることなんてないですから」
「あ、今更ですけど敬語じゃなくて良いですよ。負けた相手に敬語使われるのもなんだかぎこちないですし」
「じゃあ、失礼して。レンはいつもここでPKを?」
「コウさん・・・でしたよね。いいえ、いつもは近くでモンスター狩りをして、時間があれば多少は・・・」
「そうか。グロッケンの奴ら、レンに思うところがあるようで懸賞金までかけてるよ。街に戻る時は気をつけた方がいい」
流石、同じく待ち伏せPKを繰り返し、挙げ句の果てに討伐隊まで編成された男が言うことは違う。コウは同じ道を辿ろうとしているレンを窘めつつ、万が一の際には街に戻る時の人が少ないルートや街中での注意などをレクチャーした。
今自分が置かれている状況は伏せつつ、レンに色々レクチャーしていると、突如遠方で爆雷が轟いた。
「な、なんだ!?」
「あ!忘れてた!」
直後、レンは駆け出した。足元の悪い砂漠を諸共せず、自転車並みの速度で砂丘を走破していく。
「速っ!!」
恐らく敏捷に重きを置いたAGI型
寂しく銃の簡易メンテナンスを行なって10分。砂埃1つあげずレンが戻ってきた。単眼鏡で索敵していたのでわかった。まぁ、燻んだピンク色が半分以上沈んだ砂漠同化してくれたお陰で見つけるのは苦労したが。
コウは発見に苦労させてくれたお礼に悪戯して驚かせてやろうと息巻いた。岩陰を5メートル程離れ中くらいの大きさの岩に潜む。そこにレンがやって来てコウがいない事に不思議がっているところ背後から大きな声で驚かせてやる算段だ。
岩陰に隠れると、丁度入れ替わりでレンが現れた。どうやらコウがいない事に気付いたらしい。何処にいるのかわからない不安で若干涙目と言った様子だ。第1作戦は成功を収めた。
あとはコウが足音を消して背後から近づき驚かすだけ。コウは武装をその場に置き、最大限息を殺してじわじわと距離を詰める。目標まで3メートル、2メートル、1メートル!
「わっ!!!」
「ぎゃあああああ!!!!!」
コウが両肩に強めに手を振り下ろし叫んでみると、レンは女子力の欠片もない悲鳴をあげた。ちっこい身体をびくんと跳ね、脱兎の如く岩陰に隠れる。
その光景にコウは思わず吹き出し、続けて腹を抱えて大笑いした。
「なっ!なななっ!何してるの!!」
顔を真っ赤にしてワナワナと震えるちっこいレンを見て、コウは高笑いしながら腰を下ろした。ピンクのチビがデザートカラーの男に言い寄っているところを第三者が見れば、まるで仲睦まじい大学生の兄と小学校高学年の妹の様に見えるだろう。
出会って少ししか経っていない2人だが、仲は良好の様だ。
コウはひとしきり笑うと、左のデジタル腕時計の時刻表示を見て、レンに街に戻る提案をした。
「わかりました。もう戻りますか」
「そうだ、レンも、俺のことは敬語じゃなくていいよ」
「え?でも・・・」
「勝った負けたはどうでも良いさ。俺はレンと仲良くしたいだけだ」
「そう?・・・ならこれから改めてよろしくね!コウちゃん!」
天真爛漫な笑顔でそう言われ、コウは少し嬉しくなり擁護欲が浮かび上がった。妹がいればこんな感じなのだろうか、と独りっ子のコウは思った。
「よろしく、レン。じゃあ、親睦の証に何か奢るよ」
「え?ほんと!わーい!」
まるで本当の兄妹の様だ。コウはそもそも隣でとことこ歩く少女を殺しに来たのだが、そんな物騒なことも忘れて砂漠を後にした。