夢を見る不死   作:粗製の渡り鴉
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主人公は基本的に騒がしい。


根無し草
第1話:ベイグラント


 眼が覚めるとそこは草木が生い茂る林だった。

 木々は疎らであり、陽光が辺りに溢れ立ち眩む程に眩しい。

 空を見上げれば、燦々(さんさん)と輝く太陽とどこまでも広がる青空が広がっていた。

 

 正直に言って驚いた。

 

 今までの人生で───少なくとも記憶している範囲では、この様な雄大で清々しく晴れ渡る空など見た覚えが一度もなかったからだ。

 

 ここは、ロスリックの代で火継ぎが成され一時の安息を得た世界なのか、それとも火継ぎが終わり、小さな火たちに照らされている世界なのか。

 ただ、少なくとも最初の火が簒奪(さんだつ)された世界ではないだろう。確信はないがそう思う。

 こんなにも太陽は明るく、光り輝いているのだから。

 

 長い、長い旅路を経てようやく見つけた、最も望ましいと思えた火の時代の終わらせ方。それが成就したのか、もし成されたのならその上でどの様な世界へと変化を遂げたのか。

 少しばかり気になったが……きっと今気にするべきではない。

 いずれにせよ答えはすぐに得られるだろう。()()()()()()()()

 そう思い立ち、念のため保険(惜別の涙)をかけ、装いを整えた後、周囲の警戒だけを意識しながら何も考えず始めの一歩を踏み出した。

 

 

 少し歩を進めた。

 

 林は虫の歌声や鳥のさえずり、風による草木のざわめきが響くばかりで至って静かであった。

 細心の注意を払ってはいるが時折小動物が此方を伺う様子が感じ取れるのみであり、敵と成り得るだろう亡者や獣の姿は見当たらない。少なくとも近辺では()()()()()()()は発見できなかった。"メッセージ"や怪しげな壁すら見つからないため、両の手に携えた()()は未だ振るわれる事なく小綺麗なままだ。

 

 思えば、今まで散々廻ってきた3つの時代、それぞれの始まりの地には姿形は違えど必ず亡者がうろついていた。

 だがここにはそういった気配が微塵も感じ取れない。木の陰に伏兵が潜んでいる訳でもなく、盛り上がった茂みから化け物が出てくる訳でもない。極めて平穏であり、新たな景観を味わう以外に刺激がない。警戒が全て無駄なように感じられてなかなか辛い。

 不穏さや辛気臭さ、陰鬱さなどは一欠片もない、緩やかで穏やかな空気に呑み込まれてしまい気が抜けそうになる。

 

 しかし、警戒を緩めてはいけない。始まりの地であっても、敵意を剥き出しにした怪物が待ち構えていたり降ってきたりするものだ。

 その上現在生命力がかなり低下している。()()は少し気怠い程度であり、運が良いのか悪いのか、力の喪失は生命力だけで済んだが装備の関係上それだけでも割と致命的だ。

 故に初めて訪れる場所で慎重さを欠く事などあってはならない。

 そう自分を戒める傍ら、何処か魂の内で、何故だか心が揺さ振られる様な感触がした。

 

 

 そうして探索を続けていると、大きな木とそれにもたれかかるように座して動かない甲冑が目に入った。

 警戒しながらも近づき、様子を伺うが中身は無く空洞であり、至近距離に達しても動きだす事はなかった。……残念だ。

 

 気を取り直し、改めて甲冑を眺めてみる。

 大木に寄りかかる様は一見眠りに陥った、或いは生き絶えた騎士のそれにしか見えない。遠目からではとても空洞とは思えないその様子は、ロスリックの領地で見られた主を失った甲冑たちを思い起こさせる。

 だが、朽ちたあれらとはどうやら異なるようだ。

 無手だが錆や傷一つなく中々に良質な中装程度の金属鎧であり、内に含まれるソウルが大地に溶けだし取得不可能な代物に変化している訳でもない。

 布地部分など殆どない、無骨ながらも洗練されたデザインの甲冑。見た事のない珍しい装備でもあり、なかなか収集欲の刺激される一品であるように見受けられた。

 入手しよう。

 そう思った側から警戒を解き甲冑に手を伸ばす。

 兜、鎧、腕甲、足甲、それぞれを拾い上げ、まとめてソウルの内にしまい込む。

 早速着替えてみようか。いや、後からでも問題ないだろう。どういった武器が似合うだろうか?

 内心喜ばしく思いながらそんな考えを巡らせる中、どの様な代物か探るためソウルを通して少しばかり()()

 

 何気なくとった行動だった。

 数えきれぬ程繰り返してきた習慣であった。しかしだからこそ、その行動の結果に目を見開いた。

 

『失われた騎士』

 読み取れたのはただ1つの語句のみであった。

 ただ、その者の名を冠する防具である事しか、把握出来なかった。

 

 本来なら、由来、付与されている効果、持ち主についての情報など、ごく一部の情報しか読み取る事が出来ない場合もあるが、名称以外にも何かしら引き出す事が出来るはずなのだ。

 

 だが名称しか読み取れなかった。

 

 あらゆる生命の源となるソウル。今までは、その微かな残り香から幾らかの情報を読み取る事を可能としていたのだが……どうにも読み取れない。

 元よりソウルの扱いに関しては特に秀でている訳ではなかったが、それでもこの様な経験は今までになかったものであり、少し驚いた。

 まさか時代の移り変わりによりソウルを用いたちからが変質したとでもいうのか?

 慌てて手に握り締めている"盗賊の短刀"を視る。

 

 結果、何も問題なく読み取る事が出来た。間違いなく()()短刀だ。

 

 

 少しばかり安堵していると後方から草を踏む足音が聞こえてきた。

 足取りは此方に向かってきているが、緩やかで気配を殺そうとしている様な雰囲気はない。

 徘徊亡者か何かかと思い振り向くと、そこには1人の男がいた。

 

 

 

「……君は……()()かい?」

 

 

 

 目を向けた先にいたのは、眼鏡をかけ、青と黒を基調とした服装の白髪の男。

 襲い来る気配はなく、少なくともまともな思考の持ち主である事が察せられた。

 

 その男から発せられた、唐突な質問。

 独りごちたような、消え入ってしまいそうな、そんな声色での問いかけ。

 それは無意識の内、意図した発言ではなかったのだろうか。

 振り向いた不死を目に捉えた男の表情は何故か青ざめ、驚愕と困惑で彩られていた。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 それに対し、()()()()()()()()()()()()()()。最良の選択など、現時点で解るはずもない為肯定せざるを得ない。

 そもそも、"初対面の相手"に取り繕う必要もないだろう。

 どうでるか……どこぞのハゲ頭(パッチ)のように問答だけで敵対する、などという事態は勘弁してほしいのだが……そんな考えを浮かべながら───(ほの)かな懐かしさを噛み締めながら、今一度見据えてみる。男の表情は未だに強張り、動揺からか微かに瞳が揺れ動いていた。

 

「そうか……いや、失敬。初対面なのに悪いね……申し訳ない」

 

 人間であるとの答えに、男は一瞬の間を置き仕切り直すように謝罪の言葉を重ねてくる。その態度はどこかぎこちない。

 

 それにしても珍しい、いきなり質問した程度の事で態々(わざわざ)謝るとは……今までこの程度の事で詫びを入れる者などほんの一握りしかいなかったが、この男は大層教養のある人物なのだろうか、それともこの地ではこれが普通なのだろうか。

 ルールやマナーの持つ力というのは非常に厄介な物で、時に命より重い。断りのない質問には気を付けた方が良いのかもしれない……予め注意を受けなければ知った事ではないが。

 

「言い遅れたがはじめまして、僕は森近霖之助(もりちか りんのすけ)。近場で古道具屋を営んでいる者だ。……よければ君も、名前を……何者であるかを教えてほしい」

 

 森近霖之助(モリチカリンノスケ)……随分と長い名前だ。

 それにしても、何者であるかを問うか……ドラングレイグの地にて交わした老婆達との問答を思い出す。

 ただの人間ではない事は既に察していると伝えたいのだろうか?確証がある訳ではないようだが……

 

 どうすべきか。悩む程の事ではないが、言葉に困る。

 無難に適当な名を名乗り、当たり障りのない返答を選択するという手もある。だが誠実さに欠ける上、自身としても好ましいとは思わない。

 だとすれば、返す言葉はあの時と───あの老婆達へ向けたものと変わらない。

 

「……名前は覚えていない。とうの昔に忘れてしまった。すまないが答えられない」

 

 この時代における不死人への認識を把握しておきたいが為に、不死人である事に()()()拘りを持つが故に

 

「だから、適当に"不死(アンデッド)"とでも呼んでくれ」

 

 己は不死人であると、あからさまに伝えてみる。

 悪手ではある……が、この時代に生きる者がどう反応するか、そして、最悪の場合出くわすであろう不死狩りの"ロイドの騎士"、或いはその後継がどれ程のものか、それらを知りたいという欲求と好奇の熱には逆らえなかった。

 

不死(ふし)……わかった。そう呼ばせてもらうとしよう」

 

 返答は実に当たり障りのない物だった。ただ何か思う所があったのか青衣の男(モリチカリンノスケ)はただ静かに目を細めたように見て取れた。

 魂喰らいの化物である、そう明かしたに等しいにも関わらず、男は一切の負の感情も晒す事はなかった。しかし、同じ不死たちのように当たり前の事として流す訳でもなく、火防女(ひもりめ)を自称した老婆たちのように嘲笑うでもない。感性の違いか、はたまた不死人に抱く印象が違うのか、今まで出会ってきた者達とは異なる反応であった。

 再度気まずそうになりながらも、何かしら含む物のある目で見つめてくる。

 不死を知らない訳ではないようだが、その目には恐怖も侮蔑も映らない。疑問と好奇の念、そして微かな憐憫を浮かべているように見えた。

 

「ところで聞きたい事があるんだが、この辺りで西洋風の甲冑を見かけなかったかい?」

 

 話は切り替わる。

 どうやら先程の甲冑を探していたようだ。

 あれについての詳細は未だ不明だが……現段階では明け渡しても構わないだろう。

 今渡して問題が出ようと()に活かせば良いだけの話だ。

 そう考えながら、まず兜を、次に鎧を手元から出す。

 

「これの事か?」

「ッ……間違いない、それだよ」

 

 一瞬、男の表情が強張り言葉を詰まらせる。

 この甲冑は男にとって何か特別思い入れのある物であったのかもしれない。

 それとも、これが何かしらの力を秘めた逸品であった為に関心を示したのだろうか?

 どちらにせよこれを己の所有物であると主張出来そうにない。

 憤りから敵対されるにしても、落胆の意を持ちながら許容されるにしても、明確なメリットが見えない。興味を(そそ)るような、魅力あるデメリットもない。ここで強情な態度を取り、心象を悪くさせるよりは素直に渡す方が得策と言えるだろう。

 

「……今、何もない空間から取り出した風に見えたが、それも君の"能力"かな?」

「……そうかもしれない」

 

 ほう、と感嘆するように息を吐く男に対し思わず間の抜けた声が出かけるが、男の真剣な面持ちを確認し必死に抑える。

 

 出された防具と此方へ、交互に視線を送りながらの疑問。

 全くもって予想だにしなかった言葉に動揺する。一瞬何を言っているのか判別が付かなかった。顔を合わせる事なくやりとりを行っていたなら冗談として受け取っていただろう。

 

 だが違う。

 

 彼は本当に知らないのだ。

 

 一目見ればわかる。これは茶化すつもりで発言した者のする顔ではない。自らの知らない、未知にして埒外(らちがい)な力を目の当たりにした者のそれである。

 

 ソウルについての知識を持っていないとでもいうのだろうか。もしかすると、先程の反応も甲冑に向けてのものではなかったのかもしれない。

 

 ただ、ソウルの内から防具を取り出しただけ。獣や理性なき亡者でさえ活用する、技術とすら呼ばない単なる動作。一定以上の知恵ある存在が行える行動の一端であり、能力というには(いささ)か難がある。

 自身としては、道具の使用と大差ない、大した事のない行為だと認識していた。少なくとも、一般の人間であろうと当たり前に行う事の出来る行動を選択したつもりであったのだが……。

 困った事だ。これから先どのように行動すればよいか、まるで検討がつかない。これまで以上にこちらの常識が通用しないと考えても良いだろう。

 

 まあ、よくよく考えれば不思議な事ではないか。

 火の時代、1つの年代の内ですら、世界の法則は乱れ狂っていたのだ。

 たとえ世の根幹を成す概念であろうと変質し、失われる可能性は今までも十分にあったはずだ。時の流れ、火による差異が(もたら)す変化など今更気にする事ではない。

 

 考えすぎか。

 小さく溜息を吐き、一旦思考を切り上げる。

 今後について、多少の不安はあるが特別心配がある訳ではない。先へ先へと、ただ進む事さえ出来るのなら、それだけで上等だろう。

それより男の目当ての品を差し出す方が先だ。話はこちらから切り出すべきか。

 

「……で、どうする?」

 

 "能力"について聞き、何か考えるような素ぶりを見せる男に、少し間を置いて兜を突き付ける。

 

「渡せと言うなら譲るが」

「いや、君が手に入れたのなら何も言う事はない。ただ、少し聞いてみただけだよ。別に僕の物という訳でもないからな」

「最近この辺りに色々な物が打ち捨てられていてね……大半は既に回収していて、その甲冑も回収しようと考えていたのだけれど、君が拾った物だ。君の好きなようにするといい」

「……わかった」

 

 どうやら持っていて構わないようだ。読みは外れたが都合が良い。

 そうとなると試しに一式着込みたい所だが……人目につく場所での早着替えは控えるべきだろう。

 まだ、この男が特別物を知らないだけという可能性も残っているが、根拠の無い勝手な推測で決めつけるなど不用意が過ぎる。実際、完全に失われた訳でなくとも秘匿されているという可能性もある。大体着るだけならいつでも出来る。それに初めての地での旅は着慣れた黒革の装束でこなすと決めているのだ。今はいいだろう。

 それよりも……

 

「他にも回収したと言ったが、どのような物があった?」

「……武具、指輪、鉱石、とにかく色々な物があったな。特に変わった特徴もない物からかなり特殊な物まで、様々な種類の物が散乱してたんだ。こんな所……無縁塚でもないのに、それも一度に大量の物品が放り捨てられるなんて今まで見た事なかったんだが……全くもって驚かされたよ」

「なるほど、中々に魅力的だ」

 

 色々な物があったと言った。

 それも一箇所に。

 普通こういった野外でアイテムを取得する場合、大抵は人間などの亡骸、宝箱、または何かの残骸から得る事が多い。

 その上大量に落ちているとなると屍に限られてくる。おそらくは何かしら致死性の高い罠か強敵でも配置されていたのだろう。

 もしかすると、この男はそれらの障害を突破した強者なのかもしれない。この男自身が障害という可能性もあるが……

 

 ただ、放り捨てられていたとも言った。言葉通りに取るなら誰かが捨てていったのだろう。

 余ったアイテムを貯めておく事も売る事もなく、捨てる者はそれなりにいる。収集癖のあるこの身はせいぜい所持限界を超えた物を仕方無しに放置する程度だが、中には好んで放り捨てる者もいるのだ。

 確かに、捨てるという行為は何の生産性も伴わない訳ではない。時には捨てたブツが、巡り巡ってそれを必要とする者の手に渡る事もあるだろう。

 それに加え捨てた物体は、時と場所によっては理解の域を超えるような、不可思議な現象を起こす事もある。

 

 例えば、ロードランの地では捨てた物が時空の歪みにより世界を巡るという現象があった。それだけでなく、誰かの手に渡る事もなく幾度も時空を超えたアイテムは"精霊"と呼ばれたモノの一種に変異するという法則もあり、その奇怪さとユニークさから興味本位で捨てる者も多かった。

 ドラングレイグの地では打って変わって負の影響の強い現象が起こるようになっていた。廃棄物は世界を巡る事も変異する事もなくなったが、代わりに空間に対し影響を及ぼす力を得たのだ。その力はアイテムを複数遺棄する事で始めて発揮される。

 そのため、霊体として召喚されるか侵入した世界に所有物を捨てまくる事でその空間に負荷をかける事が出来、それを利用し周囲に存在する全ての者を緩慢な時空へと誘い、世界の主達に嫌がらせを行うといった姑息な真似をする者がいた。

 この地でアイテムの投棄はどういった意味を持つのか不明だが、物を捨てても上記のような特殊な事態が発生しないロスリックの地であっても、ポイ捨てする輩は一定数存在したのだ。ここでも単純に誰かが捨てていったとしてもおかしくはない。

 

 だがそれ以上に興味を覚える。

 "無縁塚"についても気になるが、やはり関心は正体不明のアイテム群に向けられる。

「……それらの品々を見せてもらう事は可能か?」

 見たい。そして知りたい。

 どのような見た目か。どのような効果を持つのか。どのような情報を内包しているのか。どのような由来があるのか。

 新天地の物なのだから当然今まで見てきた物とは異なる可能性が高い。今までの経験上半分以上は未知の代物だろう。

 集める事で(えつ)(ひた)る訳ではないが、可能なら譲り受けるか購入するかしたい。今現在、自身にとってそれなり以上に価値ある情報源となるのは間違いないのだから。先程古道具屋と名乗っていた為おそらく交渉は可能だと考えられるが……無理なら()()は諦めよう。

 

「構わないさ。すぐそこの僕の店に置いてある。見る分には特に言う事はないよ。店内に一通り置いてあるから是非見ていってくれ。一部はもう商品として出しているから欲しいと言うなら代価が必要だけど……寄ってくれるかい?」

いいだろう(YES)

「随分と食い付きがいいな君……まあ、関心を持ってくれるのはありがたいが」

 

 許しが出た。

 思わず即答したのに対し、男は苦笑とまでは言わないが……控えめに呆れているようでいてどこか喜ばしげな表情を見せる。

 ()()()()()()を評価してもらえたようだが、正直に言えば、この男の望むような取引相手になれるかどうかは自分でもまだわからない。

 手持ちのソウルでは買いきれない可能性も、下手するとソウルでの売買自体出来ない可能性もある。その時はどうにか物々交換に持ち込むしかあるまい。

 幸い、古い時代の遺物なら有り余る程に貯蔵している。所持している物の古道具としての価値など今まで考えた事もなかったが、質はともかく数だけは揃えられている自信がある。

 ここが、最初の火が生まれたばかりの時代、原初の神代でもない限り、右に出る者は殆どいないと考えていいだろう。

 

「……ところで、店はどこに?」

「なに、僕の店はすぐそこ、あの辺りだから安心してくれたまえ」

 

 そうか、そう一言呟き徐に遠眼鏡を取り出して眺めてみる。

なるほど、確かに木造らしき建造物が見える。

 一瞬垣間見てから遠眼鏡を収納すると何やら感心した様子の男が目に入る。

 

「便利なものだ……それにしても"遠眼鏡"か。珍しい。うちにも幾つか置いてあるが……ここでする話でもないな。じゃあ、行こうか」

 

 少々の物珍しさを感じながら、軽く頷き応答する。

 店売りの遠眼鏡というのは何気に初めてである。こちらの遠眼鏡はどのような代物なのだろうか?少し期待を膨らませながら男の後に続いた。

 

 

 

 実際に古道具屋、香霖堂は目と鼻の先と言ってもよい程に近場にあった。

 先程の開けた場所は店の裏手に位置していたようだ。

 先導され店の正面にまで回り込んできた訳だが、()()()()()()()()()()()()外観の家屋である事はわかった。

 多くの刀使いの出身地であった東国の建築物に似ているようにも思えるが、残念ながら大工ではない為明確な区別はつかない。

 

 現在、店に辿り着いた際に店主である森近霖之助から、店内を一度整理させてくれと言われた為待機している。暇潰しがてら店の外装を観察しているが、これはこれで悪くない。

 物珍しく、見ていて飽きないというのもあるが、好奇心だけで観察している訳ではない。

 別に何者かが隠れ潜んでいないか心配している訳でもないが、一見何の変哲も無い家屋にも妙な仕掛けが隠されている場合もあるため、中に入る前に一旦確認しておきたかった。

 初めて訪れる場所であるからには気楽に行きたい所だが、どうせなら見逃しの無いようにしたい。

 繁々と店を眺めながら、そんな事を頭の片隅で考えているとガラガラと音を立て店の戸が開かれた。

 

「待たせてすまないな。さあ、入ってくれ」

 

 声に応じ、少々暗く感じる店内へと立ち入る。ついでに軽く見渡してみると、店主である森近霖之助と商品と(おぼ)しきアイテム群、そして、見た事どころか()()()()()()()謎の物体が目に入った。

 先程までは、年代物の武具や置物といったオーソドックスな物品の他、何か珍しい物や変わった物が置かれているのだろうか……などと安直に考えていた訳だが、予想は良い意味で裏切られた。

 謎の物体は大小様々であり、文字らしき物が刻まれた複数の突起が付いた物体、鏡のように光を反射しながらもその内にどこまでも黒い暗闇を秘めたオブジェなど、見た目だけでは何なのか判断しづらい、何かよくわからないものばかりで非常に興味を(そそ)る。

 それらの全く検討もつかない物の大半が共通して箱や板に見える形状である事も気になるところだ。

 

 長く生きてきた自負はある為、驚愕もひとしおではあるが、見ただけでは何であるか予想すら出来ない物体というのは実際多いものだ。そういった未知の異物の発見も旅の楽しみなのは確かだ。

 最初に大きく年代を跨いだ頃、ドラングレイグで鉱石か鍵代わりかと思い込んで雫石を手にした時は驚嘆したものだ。

 

 気を取り直し、また少し見回してみる。薄暗く埃っぽい空間ではあるが、個人的には神の都や偉大なる王の宝物庫よりも数段魅力的に見えた。……とは言っても、どちらも寂れ(すた)れていた地域であった為、比較対象として適切とは呼べないが。

 早く手に取り調べてみたいというはやる気持ちはあるが、ここは店だ。売り物に勝手に手を出す訳にもいくまい。

 すぐに店の主へと向き直ると、対面した彼は仕切り直すように迎え入れた。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ、香霖堂へ」







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