「あ、あの···ベルファストさん?」
「なんでしょうか。ご主人様、お食事のご用意が出来ておりますので、食堂までお越しください。それとも、ここまでお持ち致しましょうか?」
「あ、いや、大丈夫。行きます···。」
いつものメイド服とは違う、ベルファストの晴れ姿。俺に見せるために着てくれたのだろう。それが分からないほど、鈍感ではないつもりだ。···いや、ステータス上、好感度が『結婚』だからという判断なのだが。···で、そんな彼女に対して、俺は何をした。
全裸で出迎えた。
···リプレイ。
あばばば···絶対怒ってるよなぁ···表面上は穏やかな笑顔だけど、絶対怒ってるよなぁ···。どうしよう、今日の晩御飯がイギリス料理のコースだったりしたらどうしよう···
俺は身体の震えを抑え切れないまま、ベルファストの後に付いて食堂へと向かった。
◇
「申し訳ありません、ご主人様。着替えに時間が掛かってしまったので、少し準備をし直して参ります。なるべく早くお出ししたいので、コース形式にしてもよろしいでしょうか?」
「···あぁ、構わないよ。」
罪悪感が俺を襲う。ベルファストの表情は、本当に申し訳なさそうで、目が少し潤んですらいた。哨戒任務上がりなのか、まばらに見える他の娘が、普段とは違うベルファストの装いに興味を引かれたか、チラチラと伺うような視線を向けてくるのが痛い。
「では、まずは前菜を。季節野菜のサラダになります。」
深皿に盛られた野菜は色とりどりで、発色の良さが新鮮さを裏付けるようだった。配膳したあと、ベルファストは着替えると言って出ていってしまったが、まぁ、当然だろう。ウェディングドレスのまま料理されては、安全面が心配すぎてちゃんと味わえない。
「いただきます」
コース形式とはいえ、そこまでフォーマルな場でもない。俺は用意された箸を使い、豪快に一口──ん。
「あれ···?」
もしゃもしゃと、噛めば噛むほどに味が──素材の味がする。
「ミスった、ドレッシングとかは自分でかけなきゃなのか。」
考えてみれば、コース料理なんて滅多に食べない。その辺りは、作り手であるベルファストの方が圧倒的に詳しいだろうし、こういう形で出されてやっと、「あ、そういうモノなんだ」と分かるレベルだ。
俺はテーブルを見回し、ドレッシングの類いを探す。お気に入りは胡麻かオニオンだが、ベルファストはこのサラダに何を合わせ──あれ?
ドレッシングどころか、塩を含む、食堂のテーブルに一セットずつ置いてあったはずの調味料セットがない。仕方なく、たまたま横のテーブルにいたプリンツに塩を取って貰い、ササッと振って──完食。うん。素材が良いのか、塩だけでも全然イケるな。
「お待たせ致しました、ご主人様。次はスープ──Jellied eelsになります。」
ぬん? じぇりーど···? まぁ、何て言ったのかは分からなかったが、すぐ側で、あのー、なんだっけ、お皿に乗っける銀色のアレ···クロッシュと言ったか、アレの被さったお盆を持ったベルファストが居るんだ。すぐにどんな料理か分かるだろう。
流れるような所作で、いつものメイド服に着替えていたベルファストが音を立てずに配膳する。彼女がそっとクロッシュを退けると、暖かな空気がスープの匂いを運んで──ん?
「なぁベルファスト。これ···スープ?」
「はい。厳密には魚料理なのですが、魚料理には、より相応しいモノをご用意させて頂いておりますので。」
まぁ、うん。ご存じの方も多いだろうが、一応描写しておくと、スープ皿に入っていたのは、スープというより、ゲル状のものだった。スープと主張するには些か固すぎるソレには、ぶつ切りにされた魚が入っている。英名Jellied eels。和名は──ウナギのゼリー寄せ。英国料理の、そのほんの一端に過ぎない。
「い、いただきます」
見た目はちょっとアレだが、日本にも似たような料理はあるし、意外とイケたりするんじゃなかろうか。なにより、ベルファストの手料理を残してたまるか、と、意地でゲフンゲフン美味しく完食させて頂いた。
「お待たせ致しました、ご主人様。次は魚料理──
「あっ」
予想通りといえば予想通りだったりする布陣だった。と、なると?
「なぁベルファスト、飲み物を用意してくれるか?」
「畏まりました。すぐにお持ちいたします」
ベルファストが、俺の目の前に例のアレを置いて立ち去る。もはや描写の必要もないだろうが、一応言っておくと、まず、パイ生地がある。サクサクふわふわの、素晴らしい焼き加減で、表面は香ばしく、きつね色に焼き上げられたソレに、乱立するニシン=ヘッド。これぞ、英国面。そう言わんばかりの、アレだ。語彙が消滅するレベルの、アレだ。
「···」
一月ほど前、捕虜にコレを出した時に彼がした反応を思い出した。つまり。
海軍カレーが食べたいなぁ。
──結局、ベルファストが持ってきてくれた紅茶で流し込む羽目になった。ベルファストを傷付けてはいないか、と、半分ほどを流し込んだ時点で顔色を伺ってみたが、凄まじくサドい笑みを浮かべていた。もしかして:お前、ニャル···
と、戦慄していたらいつの間にか完食していた。こわ。
「次は口直し···もとい、口休めでございます。本日は、スコーンをご用意させて頂きました。」
「良かった···流石はイギリス。おやつには全力だな」
ティースタンドと言うんだったか、三層に皿が乗ったアレの皿一枚につき3つ、小ぶりなスコーンが乗っていた。今まで使っていたカップとティーポットも下げられ、別の、おそらくスコーンに合わせた茶葉を使ったモノが出てくる。これがイギリス料理フルコースだとすると、おそらく、ここからは安全だ。スコーンは、アフタヌーンティーに全力を尽くすイギリスが、唯一と言っていいレベルで料理に力を入れたお菓子の中でも、トップクラス。マドレーヌと並んで紅茶のオトモなソレならば、まず爆弾にはならないだろう。
続く肉料理は、きっとローストビーフ。多少煙の匂いが残っているかもしれないが、そこはそれ、本国リスペクトの調味料フィーバーでなんとかしよう。
一口でスコーン一つを平らげ──ようとして、これが微妙にスコーンではないことに気づいた。スコーンというのは、一般的に生地にいろいろな物が練り込まれているはずなのだが、このスコーンは、バターくらいしか使われていないようだ。適度なサクサク感をもつ生地は、仄かに甘く、少し濃いめの紅茶に合う。が、このスコーン、シュークリームのように、中にクリーム状の物が入っている。こういう形容が正しいのかは分からないが、クリームのようにトロリとではなく、ネトッと舌に溢れ出てくるソレは、とても塩っぽかった。
「うぶぇ···」
意図せず、変な声が漏れる。それを聞いて、ようやく俺のテーブルの異常に気付いたのか、隣のテーブルに腰かけていたプリンツが凄い目で見てくる。そして、彼女はこう言った。
「こんな時間におやつなんて、身体に良くないわよ、指揮官。」
──口の中に広がる独特な味を嚥下し、紅茶で口の中を漱ぐ。イケないこともない、が、不意討ちだと流石にビビる。で、プリンツ。
「これ、おやつじゃなくてコース料理の口休めなんだよ。もし良かったら、今度プリンツもベルファストに頼んでみるといい。世界が広がるぞ。」
「コース料理? 倒れたって聞いたから心配してたけど、大丈夫そうで良かったわ。」
食事は大事よ、ごゆっくり。そう言って、プリンツは食べ終わった自分の食器を片付け、食堂から出ていってしまった。
──さて、と。マーマイトはヤバいと言われていたが、コレはスコーンの甘さを引き立て···うぶぇ。逆だな。二つ目を食べて理解したが、コレは、スコーンの絶妙な甘さが、マーマイトの塩辛さを引き立てている。とはいえ、それを考えて茶葉をセレクトしたのか、紅茶に合う。意外とすんなり食べ終わった頃に、またベルファストがクロッシュの乗ったお盆を持ってきていた。
「では、メインディッシュ、肉料理になります。」
ことり、と、僅かに音を立てて置かれた皿。クロッシュが被さっているというのに、僅かに匂いが、いや、臭いが漏れていた。
···おい、誰だよ。ローストビーフだろとか言った奴。コレは···アレですよ。臓物の臓物詰めですよ。
ハギス。国際問題すら生みそうになった、例のアレ。描写するまでもない、例のアレ。──の、ハズなのだが、クロッシュが取り払われ、スパイスの匂いが漂って来たとき、ここまで結構な量の料理を詰め込んできたというのに、胃袋が鳴った。コレを食わせろと、声高に主張した。唾液が分泌され、万全の状態でコレを迎え入れようと、先に詰め込んだ食物を、胃酸が急激に溶かし出す。
「いただきます···!!」
一心不乱に食べ──ようとした。紅茶で流し込むまでもなく、コレはイケる。そう思った時には、もう、皿の上には何も乗っていなかった。微かに戦慄しながら、ベルファストを見る。彼女は、もう怒っても、あの嗜虐的な笑みを浮かべてもいなかった。いつもの、穏やかで上品な笑み。自然とつられて笑顔になるような、慈愛の表情を浮かべていた。
「お代わりをご所望ですか? ご主人様。」
「あぁ···是非頼むよ。」
主が食べたことあるやつ:マーマイト ハギス 生野菜
主が食べたことないやつ:ウナギゼリー 王家グルメ