総合評価減。あっ(察し)
胃袋堕天事件から数日後。執務室。
「指揮官様。国連より、全世界同時オープンチャンネルで通信が入っております。お繋ぎしますか?」
ローテーション制の哨戒任務で出撃してしまったベルファストに代わり、今日の秘書艦を勤めるイラストリアスが、通信用の端末を持ってくる。時刻は昼の3時を少し回ったところ。俺はイラストリアスが用意してくれたアフタヌーンティーを楽しみながら、端末を起動した。
「指揮官様、お代わりはいかがですか?」
「ありがとう。頂くよ。」
彼女が注いでくれた紅茶を口に含み、軽く舌で転がす。少し濃いめに淹れられた甘い茶葉は、体の疲れを取り除いてくれるようだった。
「お、始まるな。」
画面に映っていた演壇に、見慣れた人物が颯爽と立つ。彼は確か、ロイヤル代表の紳士。金髪オールバックのダンディーなお人だ。なお、おそらく人間ではない。
「こんにちは、世界。我々は私は国家群連合の広報担当官、ショーン·コネリー。こうして皆さんに向けて話せる立場にいることを、とても光栄に思います。」
何度か顔を合わせただけだが、その印象と変わらず穏やかで落ち着いた微笑。彼が広報担当なのは頷ける話だ。と、いうか、ロイヤルを開発方面や外交方面に向けてはいけない。
「今回、私がこの演壇に立っている理由は、たった一つの、けれど、とてつもなく大きな朗報を、皆様にお伝えするためです。」
「···」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる、ロイヤル代表の男性──ミスター·コネリー。というか、そうか。何処かで見たと思ったら、初代か···。
「今回、我々は、新たに三つの勢力を、仲間に迎え入れることが決定いたしました!! つまり、我々人類は、我々の知る人類以外にも、この抗争の時代を生きていたという事です。ご紹介しましょう、まずは旧ロシア連邦の作り上げた国家群──『北連』代表の、カーディナル·グレイ!!」
名前ぇ!! と、ツッこもうとした瞬間だった。芝居掛かった仕草で演壇を明け渡したコネリーさんに代わり、壮年の男性が画面に映る。端的に言うと、知ってる人だった。ただし、知人という訳ではない。あくまで、俺が一方的に知っているだけ。と、いうか。
「黒帯さんじゃないか!! なぜここに!!」
今が何年なのか知らないし、俺の知る国家が存続していないのは明らかだ。英国は未だに女王陛下の国なのか、我が国の象徴はかの御方なのか、それすらも怪しい。だが間違いなく、画面に映った男性は、俺の知るあの人だった。誰とは言わないが、元KGBのあの人だ。
「お知り合いですか? 指揮官様。」
思わず声を上げた俺に、イラストリアスが興味深そうに聞いてくる。首を振って否定すると、じゃあなんでそんな反応なのか、と、怪訝そうな顔をした。
「いや、まぁ、ちょっと、知ってる人に似てただけ。名前も違うし、別人じゃないかな。」
言っている間に、件のジュウドーマスターの短いスピーチが終わる。まともに聞いていなかったが、実はバッチリ録画してあるから、あとで見直せば問題ない。
「ありがとう、カーディナル·グレイ。さて、続いては、旧フランス共和国が作り上げた国家群──『ヴィシア聖座』と、『自由アイリス』の代表、ミス·ダンケルクと、ミス·リシュリュー!!」
「お、女の人か。イイゾイイゾ」
美人だとなお善き。と、画面を見つめる。イラストリアスの手前、食い入るように、という訳にはいかないが。
まずはヴィシア聖座代表、ミス·ダンケルク。そう言って、またコネリーさんが画面外へと消える。流麗な所作で、黒っぽい服に身を包んだ、長い銀髪の女性が演壇へと立つ。彼女の背後には、既にミス·リシュリューと思しき金髪の女性が立っていた。
「ほわぁ!? 美人!!」
──そんな配慮が吹っ飛ぶほど美人だった、と、好意的に解釈して頂きたい。こっそりとイラストリアスの様子を窺うと、困ったような微笑を浮かべていた。
···うぅ、怒られるより、泣かれるより辛いぜ。それはそれとして、なんか、こう、この、画面の中の二人に違和感を感じるんだよね。めちゃくちゃ美人だし、スタイルもいい。けど、その美しさは、ついこの前にも感じた、どこか気後れするレベルのものだ。人間とは違う、『美しく作られたもの』が持つ、絶対的で不可侵的な美しさ。
まさか、な?
「ありがとう、ミス·ダンケルク。では続いて、『自由アイリス』代表の、ミス·リシュリューから。」
「ありがとう、ミスター·コネリー。」
気付けば、ヴィシア聖座代表の、ミス·ダンケルクはスピーチを終えていた。くっ、美人の話を聞き逃すなんて···!!
「──私は、私たち自由アイリスは、聖なる教えの下、人類を再興し、邪なる者を我らが大海から退かせるために存在している。だが私は──私を含む一部の者は、
────はい?
「指揮官様、今のは···」
国連の、あの円卓の間にいた人間にしか伝わらない言葉。他の者からすれば、セイレーンとの抗争に全てを尽くしてきた者の言葉として捉えられるだろう。そこにどんな感情を抱くかなんて、どうだっていい。それは、皮肉ではなく事実なのだから。間違いない、彼女たちは──
「国連に連絡を。至急、さっきの二人と話したい。」
「はい、指揮官様。」
──ダンケルクと、リシュリュー。『アズールレーン』のキャラクターにはなっていなかったが、後者は『艦これ』の方では既に存在していた。どこかで聞いた名前だと思ったが、そういうことか、と、端末に向けて話しかける。
「オーケーグーグル。艦船ダンケルク」
やはり、出る。
「指揮官様、繋がりました。それと、ヴィシアとアイリスに繋がるホットラインの番号もお聞きしておきました。」
「ありがとう、イラストリアス。」
番号の書かれたメモを受け取り、端末に打ち込みながら受話器を耳に当てる。今さらだが、この部屋には、海域の様子や出撃状況の確認が出来、ネットワークからは切り離されている『指揮用端末』。ネットワークに繋がっているが、逆に基地のことが何一つ出来ない『情報端末』。そして据え置き型の電話の3つが置いてある。ビジュアルとしては、先に述べた順に、●Pad、●phone、黒電話だ。
「もしもし」
『もしもし』
『もしもし』
──ちょっと笑った俺を責めることなんて、誰にもできないはずだ。
「こちらはアンノウン代表、あー、ジョン·ドゥ。」
『──中々ユーモラスなお人だ。私は自由アイリス代表、リシュリュー。』
『ヴィシア聖座代表のダンケルクよ。ムッシュー·ドゥ。』
苦笑の雰囲気を漂わせた、涼やかな声が2つ返ってくる。勿論俺にだって本名くらいある、が、至って平凡な名前だ。どうせ平凡なら、突き抜けた平凡にして、逆に印象的にしようと思っただけの、ただの悪ふざけです。はい。ホントは山本五十六とか山口多聞とかにしようと思ったんだけどね。畏れ多いからね。というか怒られそう。
「こうしていきなり連絡した非礼を、まずはお詫びしよう。その上で、こちらから聞きたいことは一つ。」
『構いません。それで、質問というのは──』
『私たちが何者か、といった所かしら? あなたの想像通りだと思うわ、ムッシュー·ドゥ。』
お前たちが何者かなんて、もう分かっている。
ヴィシア聖座と自由アイリス。そんな陣営は、『アズールレーン』には存在しなかった。だが、彼女たちの言動を鑑みるに、『アズールレーン』を起源とする俺たちと同一の存在──つまり、この世界から見れば、格の違う強者であり、怪物たち。過去の艦船をモデルとした、文字通りの擬人化した兵器。
「君たちの指揮官と話させてくれ。話はそこでつける。」
当然、そんな存在が自然発生する訳がない。いわゆる「天然の要塞」みたいなものならともかく、彼女たちは「造られた」兵器。当然、そこには「造った者」がいるはずだ。そして、そんなことが可能なのは、ただひとり。指揮官──プレイヤーだけだ。
困惑した様子の二人に向けて、さらに言葉を続ける。
「通信越しでも構わない。なんなら
相手は国家群を作り上げる──つまり、一国を興すレベルで発展した戦力をもつプレイヤーだ。国を形成するのは単純な軍事力だけではないが、セイレーンという脅威によって軍事力の重要性はかなり高いものになっている。経済力か、外交能力か、戦闘能力以外で発展したとしても、一切の対セイレーン用の戦力を持たないということはないだろう。
「言い方を変えようか。同盟を望むなら、誠意を見せてくれ。トップ同士、腹を割って話そうじゃないか。」
「···ムッシュー·ドゥ。貴方は勘違いをしているようだ。私たちは確かにヴィシアとアイリスの代表だと、そう名乗った筈だ。それとも貴方は、私たちが誰かの傀儡になるような女に見えるのか?」
電話なので顔は見えない。そう突っ込みたくなった。この期に及んで、まだシラを切るか。
「なら、お前たちはどう生まれた? 誰に作られた?」
「では聞くが、貴方は自分がどこから来たか、答えられるのか?」
「当然だ。」
あいむふろむじゃぱん!!
「私たちには、その記憶がない。気づけば海を漂い、セイレーンどもと戦っていた。野性のまま無為に戦うのではなく、誰かに仕え、誰かを守るべきだと、私たちの本能はそう叫んでいるのに、その対象が分からないまま、ずっと戦い続けた!!」
「落ち着いて、リシュリュー。ここで激昂しても良いことはないわ。」
「私は、はじめ「国」だと思った。だから、こうして国を興した。だが、私の心は埋まらなかった。心は、いつもどこか遠くを向いていた。具体的には、貴方のいる、そのトラック泊地を。はじめ、そこに何があるのかと疑問だったよ。」
「リシュリュー、落ち着いて。」
「偵察機を送り込めば撃墜される、強行偵察部隊は帰ってこない。国連とコンタクトが取れたとき、私たちはその戦力を買われ、参加を求められた。私たちは交換条件として、トラック泊地に何があるのかを教えろと言ったよ。そして──答えを得た。」
「リシュリュー。」
ダンケルクの声は、もはやリシュリューの耳には届いていないようだった。リシュリュー本人の声すら、もしかすると聞こえていないかもしれない。そう思えるほど、一種の狂気すら感じる涙声で、リシュリューは語り続ける。
「貴方は、私たちと同じ存在を使役している。つまり、私たちが仕えるべきは、貴方なんだ。そう考えれば、全ての辻褄が合うんだ。」
「えーっと···」
なんかよく分からんけど、指揮官が居ないからこっちに加わりたいってことか? ···え?
ここはアレじゃないの? 同盟にかこつけてこちらを併呑しようとしてくる敵プレイヤーをボコボコにする系のイベントじゃないの? いくら幸運()があるとはいえ、国造りしちゃうレベルのプレイヤーが相手だし、とか思ってめっちゃ警戒してたんだけど、もしかして:杞憂?
「君たちの指揮官と話をさせてくれ(お前らの背後にプレイヤーがいることは分かってるんだよ、アァン!?)」(キリッ
「お前たちはどう生まれた?(プレイヤーが建造したんやろ? 分かっとんで)」(キリッ
──椅子蹴ろうかな(隠喩)
くぉぉぉ···めっちゃ恥ずかしい···い、いや、北連のジュウドーマスターが黒帯ならぬ黒幕で、二人を背後から操っているという説も···プー●ンアズレンユーザー説とか面白すぎるだろ。無いな。
「え、えーっと···じゃ、じゃあ、とりあえず直接会って話そう。うん。日時は追って連絡します。はい···」
口調を飾る余裕が吹っ飛んでいる。イラストリアスに生暖かい目で見られているのが恥ずかしさを助長する···ちくしょう、あとでハグしてもらおう。で、ベル辺りにバレるんですね、分かります。やっぱりやめとこ···。
◇
通話が切れ、不通音を鳴らす受話器を置いたダンケルクは、
「彼、凄いわね。あなたのこと、気づいているみたい。会談にはあなたが行くべきじゃないかしら。」
「そんな訳あるか。オレは表舞台に出たことなんて一度もないのに、どうやって気付くんだよ」
「さぁ、それは分からないけれど。」
ダンケルクの中では、ジョン·ドゥ──身元不明の水死体に付けられる仮名を名乗った男の像が出来上がりつつあった。
あまり外交に向かないからと、内に秘してきた、一切の痕跡がないはずの「本当の指揮官」を見抜いていた。リシュリューが居る場でわざわざ口にするということは、その正体にも気づいているのではないだろうか。つい絶句してしまったが、リシュリューが感情的になってくれたお陰で、不自然に言葉少なになったのは誤魔化せただろう。半泣きになったリシュリューに、彼も困惑して、気を取られていたたようだし。素の話し方は、少しかわいいと思えた。
「でも、彼を過小評価しない方が良いというのは事実よ。保有戦力は依然として不明なのだし。」
「アイリスの偵察部隊が全滅したって話か。確かに、どんなモノなのか興味はある。分かったよ、会談にはオレが行こう。」
「えぇ、よろしくね。ジャン·バール。」