「ご主人様、敢えて何があったのかは聞きませんが···改めましょうか?」
「い、いや、いいよ。なに? というか、そっちのちっこいメイドさんは誰?」
立ち上がり、なに食わぬ顔で膝を払ったりしながら訊ねる。ベルの掃除が行き届いているので、ズボンに汚れは無いのだが。そこは気分だ。
「はい。今回の出撃でドロップ···と、表現するのが正しいのか分かりませんが、出会った艦船です。ロイヤルメイド隊の元メイド長···私の先輩にあたる、ニューカッスルです。」
「···ニューカッスル、ね。」
今まで居なかった艦、その四だ。正直言って、もう慣れた。人間、慣れてくると、疑問点に目が行くようになる。彼女たち追加艦やドロップ艦は、『どこから来たのか』という疑問が、俺の脳内で再燃した。
「なぁ、ニューカッスル。···いや、ニューカッスルも、メイドさんとしての能力はあるんだよな?」
だが、それを聞く勇気はなかった。自己の起源は、イコール、自己の存在の起点だ。それが揺らげば、自己が──自我が揺らぐ。鏡に向かって『お前は誰だ?』と言ってはいけないのと同じように、精神へ攻撃するのは得策とは決して言えない。それが軍艦の武力をもつ者なら尚更そうで、それが美少女ならもっとそうだ。それが艦船擬人化美少女メイドさんなら? 言わずもがなだ。
「はい。なんなりとお申し付けください、貴方様。」
「···anatasama?」
なんか変な声が出た。
貴方様···か。あなたさま···アナタサマ···anatasama···はーーーーー!!(興奮)
いやいやいや、いかんでしょ。ご主人様とかご主人とか指揮官様とか指揮官とか指揮官くんとか色んな名前で呼ばれてきたけども!! これはいかんでしょ!!
「申し訳ありません、お気に障りましたか?」
「い、いやいやいや、是非そう呼んで欲しいです。はい。」
呼び方に個性があるのはいいよね。うん。それだけ。他意はない。ほんとほんと。
それはそうと、もう一人居たような? と思っていると、ドアが三度ノックされた。分厚い扉が、くぐもった声を通す。
「おい、そろそろ良いか? こっちも別に暇で来た訳じゃない。」
「···ご主人様、よろしいですか?」
ベルに問われ、頷く。正直に言うと、もはや得られる戦力を逃していい状況では無くなっていた。もし北連の国土を損なわずに制圧出来れば、彼女たち──旧フランス陣営に統治を任せようか。統治すべき国民が残っていればの話ではあるが。ユーラシア一面を大規模な農耕地帯にするってのはどうだろうか。···微妙な気がする。
と、そんな皮算用をしているうちに、ベルファストが開けたドアから、鋼色に近いブロンドの女性が入ってきた。放送で見た『ヴィシア聖座代表』とは、似ても似付かない、鋭い容貌。開かれた胸元は、色気よりもワイルドさが滲み出ていて、『女性にモテる女性』というのはこんな感じなんだろうと思わせた。
「お初にお目にかかるな、『アンノウン』指揮官殿。オレはリシュリュー級戦艦二番艦、ジャン·バール。」
「よろしく、ジャン·バール。早速本題だが、俺達と──いや、どこまで俺に従える?」
◇
国連本部、円卓会議室。世界に存在するあらゆる要塞より強固で、その存在を知る者すら限られる、秘匿施設。その中枢には、九つの椅子が対等を示す円形に並んでいる。
旧アメリカ合衆国を基軸にした『ユニオン』
旧連合王国を基軸にした『ロイヤル』
旧フランス共和国を基軸とした『自由アイリス』
同じく、『ヴィシア聖座』
旧ドイツを基軸とした『鉄血』
旧日本を基軸とした『重桜』
旧中国を基軸とした『東煌』
そして──旧ロシアを基軸とした、『北連』
それぞれの陣営のマークを掲げた椅子に国家の代表が着き、会議は踊る。この場に代表者のいない第九の椅子、空席である『アンノウン』陣営についての議論が、最近の話題だった。
だが、今上がっている話題はそれではなく、新顔──北連について、もっと言えば、彼らへの非難だった。
「宣戦布告も、我々への事前通告も無し。しかも、我々と席を並べる『アンノウン』領土への核攻撃。制裁を加えるに十分な理由ではありませんか?」
「更に言うなら、彼ら──攻撃された『アンノウン』からの要求にも、ある程度は応える必要があるかと。」
「そもそも、セイレーン支配域をミサイル搭載戦艦一隻で航行していたという状況がおかしい。」
国際社会へ事前通告せず、人間の住む領域への核攻撃。核戦争一歩手前の暴挙と言える。東煌と、ユニオンと、鉄血。大量の核を保有する国家の代表者が、口々に北連の代表者──カーディナル·グレイを責め立てる。
彼は瞑目したまま、顔の前で組んだ手に額を当てる。
苛立ちも露に、ユニオン代表の筋n──男性が口を開いた。
「良いか、北連。我々ユニオンは、国際──」
「──700名余りの同志が消えた事については、どうお考えか?」
「社会の──何?」
閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、悲しげな色の瞳が、円卓の面々を順に見つめる。
「何度も申し上げているように、あそこに我が北連海軍の船が居たのは、あの海域に蔓延っていたセイレーンの大部隊を撃滅するために他ならない。」
セイレーンの大部隊。その存在は、以前から国連でも何度も議題に上っていた。艦隊というスケールでは収まらない、一国と同等かそれ以上の、馬鹿げていると形容すべき特大戦力。火力がどうとか、航空戦力がどうとか、そんな次元ではない。ただの物量が、一国の物量を押し流す。そんな光景が目に見えるレベルの、大部隊。
対抗手段に核を使うという話は、何度も上がっている。そして、何度かは、実際に各国家が核攻撃を行っている。
結果は、どれも失敗。
海域を埋め尽くす大艦隊は、当然のごとく空を埋める対空攻撃が可能だ。だが、飛翔する核ミサイルは、別に空中で撃墜された訳ではない。
正確な攻撃回数は、4回。そして、四回とも、核ミサイルを発射した直後に艦隊が
幻影だと言う説もあったが、今なら何となく察しはつく。あれは──空間の連結であると。
かつてこの円卓会議室を襲った、恐るべき雷撃と共に襲来する、大戦力の瞬間移動。駆逐艦エルドリッジが使われたフィラデルフィア実験の副産物。結果として、レーダーの無力化が不要になるどころか、道中の補給も、進軍すらも必要では無くなった、戦略行動。
それが分かったのはつい最近のことで、それまでは、北連の行ったような「至近距離からの核攻撃」という作戦も考案されていた。
「聞けば、過去に国連軍の兵士が『アンノウン』に捕らわれ、拷問を受けたそうだな?」
「それは──」
口を開いたロイヤル代表の男性を片手で制して、北連を代表する彼は続ける。
「拷問は国際法で禁じられている。それも知らない、或いは知っていても無視するような輩を、信じられるのか?」
信じる。CIAやらMI6やらを抱える諜報能力のやべー奴らは、その言葉を聞いた瞬間に苦笑を漏らした。こんなのは建前に過ぎない。そう理解したからだ。
本音は──
「私は信じられない。少なくとも、会って、顔を見て話をするまでは。そこで我が同志たちについて質問して、明確な答えを得られるまでは。」
──『アンノウン』指揮官に会わせろと、そういうことだ。
──ばちっ、と。火花の散る音がした。