提督が鎮守府に着任···あれ?   作:征嵐

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警備員はトイレに行くようです

 モスクワ 現地時刻23:50

 

 

 「···なぁ」

 「···」

 「···なぁ、おい」

 「···なんだ?」

 「毎度思うんだが、この仕事は眠いことだけが障害だよな。」

 

 クレムリン宮殿に詰める警備の軍人が、そんな会話をしていた。宮殿内部は温かく保たれ、美しい調度品や磨き上げられた壁や床は、常に明るく照らされている。夜警とはいえ、この宮殿には立入制限区画が多い。それなりのベテランとはいえ、セキュリティクリアランスがそこまで高くない彼らは、巡回回数の少ない、そして、ルートは長いがあまり重要区画には近寄らない配置だった。

 

 「あと10分で見回りだが···もう出るか?」

 「どうせゲートは潜らないし、いいんじゃないか。」

 

 見回りするよう指示された定刻まで、ちょうど10分残っていた。が、早くに行動して──というか、時間を守らなかったからといって怒るような上官は、幸いにしてここにはいない。というか、多分、VIPルーム的な場所でウォッカでも飲んでるだろう。

 

 「行くか。安全装置は?」

 「完璧だ。」

 

 普段は観光客向けに、受けのいいアンティークのライフルと、万一のための拳銃──こちらは制式の、いわゆる"ガチ装備"──しか持っていないが、内部の者しかいない夜警であれば話は別。内部の装飾をなるべく壊さないよう口径は小さいが、それでも最新のPDWを携行している。

 

 「じゃ、行くぞ。···と、言いたいところだが。」

 「なんだ、トイレか?」

 「ご明察。ちょっとコレ持っててくれ。」

 

 片方の警備員が、もう片方にPDWを渡す。セキュリティクリアランス的にはレベル2──つまり、スタッフオンリー程度の警戒配置だが、ここはかなり奥の方だ。ここまで不届き者が、カメラやセンサーに引っ掛からずに来るなんてことは不可能だろう。そう思っているからか、対して緊張感はなかった。

 

 それが普通だ。そもそもPDWに実弾の装填が認められたのだって最近のことだ。ロシアという大国を主軸とし、未だ石油を始めとした資源大国である北連の、その首都のシンボル的建造物であり、外部にも少なくない数の警備が敷かれる情報集積施設に、誰が侵入しようと思うものか。自殺志願者としか思えない。だがセイレーンという脅威に対して核攻撃し、その報復に対して警戒している今は、違う。いつセイレーンの侵攻部隊が、このモスクワまで上ってくるか分からないのだ。

 

 「···あいつ、大の方かよ。」

 

 ため息を吐き、近くの壁に凭れかかる。見馴れた装飾品には、もはや興味をそそられない。

 

 「──あ?」

 

 不意に、窓の外で雷鳴が轟いた。そういえば、今日はなんだか雲行きが怪しかったな、と、特に何の感慨も抱かずに窓から目を離し──目前に閃いた落雷に、意識を刈り取られた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「──クレムリンを頂く。」

 

 そう言ったとき、肯定の反応を返したのはごく一部──もっと言うと、基本イエスしか答えないベルと、ヤンデレsくらいだった。他の艦船たちはというと、ごく普通の反応、つまり、「お前いきなり首都陥落とかマジか(意訳)」という反応だった。だが、誰も「無理だ」という反応はしない。

 

 「反対意見がある奴はいるか? いちおう、聞くだけは聞くが。」

 「···良いかしら、指揮官?」

 「どうぞ?」

 

 プリンツが挙手する。指名すると、小首を傾げて訊ねてきた。

 

 「どうしていきなり首都なの? 外側からじわじわと、活動領域を狭めて恐怖を刻み付けて、慈悲を乞わせ、それを踏みにじって殺すのかと思っていたのだけれど。」

 「殺意たっか」

 

 ガチで戦慄するレベルで殺意漏れてますよ、というか、反応を見るにみんな同意見ですね?

 

 「···えーっと、建前と本音、どっちで答えてほしい?」

 「じゃあ、建前から聞きましょうか。ちなみにそれは対外的なもの?」

 「うんにゃ、対内にも使えるもの。使う気もないけど。···で、なんでいきなり首都なのかって言うと、外側からじわじわだと時間掛かるじゃん? その間にまた核とか使われるの怖いし、早期決着にしたい。」

 「なるほどね? それで、本音は──『北連がこれ以上一秒でも存在することが気に食わない』ってところかしら?」

 

 ──エスパーか?

 

 「いや、まぁ、うん。それもまぁあるけど、ちょっとやってみたい事があるから、北連は潰さないぞ?」

 

 言った瞬間に、さっきの腰抜けスピーチでさえ笑わずに聞いていた艦船たちが、下手な冗談だとでも思ったのか苦笑を漏らす。が、俺が真顔で──というか、ガチで言っているということが分かった瞬間に、不満そうな、あるいはもっと直接的に、俺を案じる──俺の正気を疑うような顔になった。

 

 「落ち着いてください、皆様方。」

 

 この場で最もレベル·装備の充実したベルが言うと、みんなが渋々といった体で喉まで上がっていた不満を飲み込んだ。

 

 「ですがご主人様、せめて、その『やりたいこと』を教えて頂くことはできませんか? 直轄統治や植民地化であれば、用意する必要もありますので。」

 「ん? いや、その手の外交関係の面倒ごとは、全部ジャンバールたちに任せればいいよ。そうじゃなくて、さ。──"ロシア連邦首都·オイミャコン"って、どう思う?」

 「んっ···失礼致しました。」

 

 今度は失笑が伝播し、全員が俺の「やりたいこと」を理解したと伝えてくれた。まぁ、アレだね。シベリア送りって奴だね。ちょっと違うけど。

 

 「さて皆。さっきはあんなことを言った訳だが、俺は正直、北連が許せない。俺の大事なお前たちに刃を向け、核攻撃すらしたクソ共が、この世界に一分一秒でも存在することが、嫌で嫌で堪らない。プリンツの言ってた通りだ。だが──そう、だが、俺は慈悲深いからな。俺は優しいから、許してやることにしたんだ。もう二度と核開発が出来ないように、もう二度と俺たちに攻撃しないように、あいつらの仕事を、木を数えることだけにしてやろう。あいつらは幸福だな? そして他人を幸福にすることも、また幸福なことだ。俺たちも、あいつらも、みんなが幸せで、世界が平和になる。素晴らしいことじゃないか。···さて、プリンツ。お前の考えはほぼ正解だ。だが狭めていくのは首都に向けてじゃない。ヨーロッパ側からアジア側へ、国民も官僚も家畜も、老いも若きも男も女もどっちでもない奴も、全員シベリア送りだ。」

 

 一息吐くと、見計らったように、ピピ、と、腕時計が電子音を鳴らした。

 

 「──時間だ。あいつらの、俺の、世界の幸福のために、俺は戦争する。···受理通告と同時に攻撃を開始するぞ、戦闘用意。」

 

 イラストリアスが指揮用端末を持ち、台の下から差し出してくる。

 

 「エルドリッジ、足を頼む。ベル──ベルファスト、プリンツ、フッド、グラーフ、大鳳、ジャンバール。お前たちが先遣強撃隊だ。クレムリンを落とし、モスクワを焼き払え。」

 「首都を焼いて、その後はどうすれば?」

 

 グラーフに訊ねられ、少し黙る。特に考えていなかった、というか、流石に首都を焼かれれば抗わないだろうと思っていたが、ちょっと甘いかもしれない。

 

 「うーん···なぁ明石、異性核とか用意できないか?」

 「いせ···!? 流石にちょっと厳しいにゃ···」

 

 お前そんな物騒なモノ何に使う気だよ!? という空気になる。戦争しようと言っといて、今さら何を。···と思ったが、彼女たちは艦船──通常兵器だ。やはり核兵器には良いイメージが無いのかもしれない。

 

 「じゃあ、核爆弾とかは? 艦載機に装備させたいんだけど。」

 「いやいやいや、ちょっと待つにゃ。さっきからずっと思ってたけど、殺意高過ぎないかにゃ?」

 「せやろか? ···まぁ、そんなすぐ首都制圧とか出来ないだろうし、追々でいいよ。出撃しろ。お前らが行ってから受理通告するから。」

 

 それアウトじゃね? というツッコミは飛んでこない。というか、正式な宣戦布告が来てない以上、この受理通告には皮肉の意味しかないのだから、義務の類は生じない。

 

 「では、行って参ります、ご主人様。ディナーまでには戻りますので。」

 「···え、あ、うん?」

 

 ──冗談だよな? 

 

 

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