指揮用端末は、衛星とリンクして作戦海域の様子を俯瞰で見せてくれる。だが、クレムリン宮殿内部までは流石に衛星では捉えられない。ガンカメラや服に着けるタイプの小型カメラなどの使用も検討したが、砲撃の余波に耐えられなかったり、露出が多すぎて肩や腰といった、あまりブレない場所に着けるのが困難な子がいたりと、障害は多かった。
ので(順接)
「俺も行っていいかな?」
と、それとなーくイラストリアスに言ってみたところ、やっぱりそれとなーく、
「アホか、死ぬぞ?」
という答えが返ってきた。
ので(順接)
指揮用端末に映るのは、プリンツやフッドといった、比較的露出が少ない艦船に付けたカメラと、グラーフと大鳳の放った偵察機から送られてくる映像だ。
『侵入成功。ご主人様、制圧いたしますか?』
「いや、破壊しろ。」
そこを奪って拠点にするプランも無いわけではないが、自決用──というか、奪取された時を想定した爆弾の類があっても困る。それに、クレムリンや赤の広場は国家のシンボル、聖地に近い。それを粉々に打ち砕き、ついでに燃え上がった復讐心ごとモスクワを蹂躙して消し炭に変えよう。
「向かってくる奴は敵だ、殺せ。西と南に逃げる奴は敵だ、殺せ。北と東に逃げる奴は、
開幕の号砲は、フッドとジャンバールが同時に放った全砲斉射だった。白亜の壁に大穴が開き、榴弾が炸裂して紅蓮が映る。一定以上の音を低減して伝える高性能スピーカーが、それでも爆音を鳴らす。
『警報か。騒がしくなるぞ。』
『既に煩いだろ、コレ。』
火災報知器か、或いは爆発の振動を感知する侵入警報か、その両方か、甲高く耳障りなサイレンの音が、四方から響きだす。
『奥へ進みましょうか?』
『流石に、ここからの定点砲撃には限界があるでしょうしね。』
ベルファストが問い、プリンツが肩を竦めて答える。
『では私たちは、ここから街を焼き払えばいいのかしら?』
『そう急くな。クレムリンが炎を上げて崩れ、瓦礫と化すのを見せつけ──』
『──恐怖と絶望と怒りを植え付け、それも纏めて薙ぎ払うか? 悪趣味なことだ。』
フッドと、グラーフと、ジャンバール。この場の最高火力たちが、穏やかな笑みを浮かべながら、不穏極まりない会話を交わす。
「喋ってる場合か、敵が来るぞ。」
偵察機に搭載されたサーモスキャナが、廊下に満ちた粉塵の奥で蠢く人の群れを捉えていた。ロシア語の叫びを発端に、断続的に銃声が鳴り出す。砂埃の向こうで、無数のマズルフラッシュが瞬く。そして、布を叩くような、気の抜ける音がして。
『九ミリ? 舐められたものね。』
フッドの肩に付けられたカメラに映るプリンツが、自分に当たる弾丸だけを正確に掴み取って観察していた。
「すっげぇ···」
『応戦致します。ご主人様、拷問用の捕虜は──』
「ん? あぁ、カーディナル·グレイが居たら残してくれ。後は、さっき言った通り。」
『畏まりました。では──』
興味を失い、プリンツが持っていた鉛の塊を投げ捨てる。弾丸の纏う空気が掻き乱した砂塵が晴れた瞬間、居並ぶ軍人たちの姿が明確になった。
『銃声から何となく分かってはいましたけど···本当に舐められたものですわね。』
大鳳がうんざりしたように呟く。総勢15人、一個分隊と言ったところか。しかも、全員がPDW装備──つまり、対人装備。
「敵がセイレーンもどきって事も知らないのか? 可哀想に。」
ベルファストとプリンツが同時に砲撃し、廊下の突き当たりまでを薙ぎ払った。血飛沫と臓物を撒き散らし、人間の破片が散乱する。即席のレッドカーペットがカメラに映し出され、軽く顔を顰めた。
「進め。」
◇
「セイレーン警報!! 一番装備で出撃しろ!!」
クレムリン警備隊と、首都防衛に振られていた軍人たちは、その言葉で全員が飛び起きた。非番も夜警も、官僚も前線指揮官も、先任曹長もヒラも、全員が重装備に身を固める。防弾ジャケットやヘルメットといった基本装備は言わずもがな、対人使用禁止の炸裂弾が各員30発以上配られ、グレネードも3つは持つ。対戦車ロケット兵が一個分隊に二人、徹甲弾を満載したライトマシンガンを持つ分隊支援員が二人、対物ライフルが一人、さらにアサルトライフル下部にはグレネードランチャーが標準装備されている。予算に糸目を付けないどころか、国庫を潰す勢いの装備だ。
「配置につき、見敵したら合図を待つことなく撃て!! 躊躇うな!」
「了解!!」
クレムリンは、国にとって大切な建築物だ。それを破壊し得る装備が支給された時点で、軍人たちは察していた。「そのレベルの相手なんだな」と。
だが──そんな認識では甘い。甘すぎる。
「来たぞ、撃て撃て撃て!!」
見目麗しい白人の女が、銀髪を靡かせて疾走してくる。大きく揺れる胸と、引き締まった美貌、それと、この硝煙と血の匂いが入り交じった戦場には似合わぬ、露出の多いメイド服に目を奪われ──スカートと共に翻ったスマートな脚が、首を撥ね落とした。
「うわぁぁぁ!?」
強装された弾薬が爆ぜ、人間の内臓をズタズタにして爆発する特殊弾が射出される。セミオート設定されていたセレクターもそのままに、引き切られたトリガーに従って、AN-94が忠実に一発の殺意を迸らせ──ひょい、と、そんな擬音が似合う動きで首を傾げたメイドが、音速の金属を躱して。
「え···」
メイドが掲げ持つプレートの、玩具じみた砲門と目が合った。
上体がごっそりと吹き飛んだ同僚の赤い断面を見ながら、ライトマシンガンをぶっ放す。涙で滲んだ視界では、重い反動も相俟って狙いが定められない。だが、機関銃はそもそも面制圧武器だ。毎分800発の殺意から逃れることなど、まず不可能。彼我が10メートル程度しか開いていないこの状況なら、絶対に──
「クソクソクソクソ!!」
揺らぎもせず、ただ興味深そうにこちらを見ている銀髪のメイド。視線を遮るように、白い掌が視界に映り──こき、と、小枝を折るような音がして、意識が暗転した。
◇
「アサシンかよ···」
敵の背後に回ったプリンツが、流れるような所作で首を折って殺した。感心した様子のベルファストと、ちょっとドヤ顔のプリンツ。平和か? いや平和ではない(自己完結)
『ねぇベルファしゅ···ベルファスト。』
「今、噛んだ?」
ちょっと顔を赤らめて、プリンツがカメラを睨んでいる。やめろって、ちょっとゾクゾクするだろうが。
『んん···ベルファスト、これ、一階の柱をとか壁を、全部壊したら早いんじゃないかしら?』
「お前天才か? そこ何階?」
『えっと···四階ですわ。』
フッドが、大穴の空いた壁から下を覗きこんで確認していた。カメラ越しでも結構怖い。
「じゃ、一階まで下がろう。道中の敵は鏖殺でいい。」
『了解だ。あぁ、そういえば指揮官、核なら幾らか持ってた筈だ。ダンケルクにでも聞いてみてくれ。』
「マ!? 愛してるぜジャンバール。」
画面から目を離し、ダンケルクを呼ぶために内線を手に取った。