「で、おふにゃもなんだが、一個説明を求めたいんだが?」
「なーに?」
停止した世界の中、背後からの中性的な声と会話する。
「俺の転生特典というか権能というか──は、『超弩級の幸運』で間違いないな?」
「え、今更? ···そうだよ?」
ふむ。じゃあこいつが間違えた訳ではない、と。
「その特典、ちゃんと俺に付与されてるか?」
「···何を疑ってるのか知らないけど、勿論だ。ボクはそういうところで抜かったりしない。」
何を疑ってるのか知らない、と言いつつ不機嫌そうな神。とはいえその声には間違えようのない嘲笑が混じっているのだが。
「けどさ、思えば『幸運』って曖昧な表現だよな。当たり確率0.05パーセントの宝くじを当てるのは、勿論『幸運』なんだろうが···0.0001パーセントを下回る確率の隕石の直撃を浴びるのも、言い方次第じゃ『幸運』な訳だ。」
「···君は──」
「···なんだ?」
嘲笑の色を消さないまま、背後の声が問うてくる。
「──君は、ボクが君で遊ぶために、特典に細工をしたと思ってる訳だ?」
「違うか?」
「違うよ。」
即答だった。しかも、その声には苦笑も微笑も、嘲笑すらも含まれていないように思える。
「ボクは確かに
真摯な声色。信じさせようという声ではなく、信じて貰おうという声に聞こえる。今までにおよそ聞いたことのない、俺が向ける猜疑に、悲しみすら覚えているような声だった。
「そうかよ。···なら、何故あいつらは瓦礫の下敷きになった? 何故ベルがすぐに見つからない? 何故グラーフはあんな重傷を負った!?」
「それは君の怠慢が生んだ必然だろう!!」
追及に返される、烈拍の──叱咤。
「君の権能は君のものだ。君の持ってる人形たちにその加護を与えたいなら、きちんと配下を指揮する必要がある。君はそれを確認もせず、初めての戦闘で人形たちが上げた戦果も、今までのものも全て、自分の『幸運』のお蔭だと思い込んでいた。滑稽過ぎて笑えもしないよ、君は。」
「何を──」
怒りとは、多少は相手に心を向けているから生じるという。好意にしろ悪意にしろ、ある程度の心を向けていなければ、感情など動かない。
そして、いま
「いいかい? もう一度言うけど、君の『幸運』を配下たちにも適用させたければ、きちんと指揮をする必要がある。ゲーム時代の言葉で言う『オート放置』じゃ駄目なんだよ。その指揮用端末に、なんの為に衛星がリンクしてると思うんだ? そもそも君は迂闊過ぎる。ボクの正体に気付いておきながら、何故ボクの与えた権能をそうまで信用出来るんだ? 自慢じゃないが、ボクは信頼度の無さには定評がある神だよ?」
別に信頼はしてなかった。というかなんならバリクソ敵視してたまである。
「の割には、何度も何度もボクの化身と疑わしい国家元首たちが集う場所へ武装もせず乗り込んだり、自分からボクを呼び出したり、ボクのあげた権能を疑いもせずに使って──いや、
···俺の『幸運』が効果を発揮したことは、一度もない?
「いいや? 現状、ヤンデレsが君に対しても仲間内でもFFに踏み切ってないのは、君の『幸運』によるものだ。それと、あの放電駆逐艦のワープで何の後遺症も残らなかったのも権能のおかげだね。」
い、意外と地味に助けられてたんですね。
「···言ってることは分かった。お前が自分から積極的にそういう説明をしない奴だってことも、分かってたハズだった。俺の怠慢があいつらを傷付けたっていうのも、間違っちゃいないんだろう。」
「言い募りたいかい? 正直、君が何を言おうが論破できるよ、ボクは。君の行動は狂人じみて整合性がない上、いつも何かを怠っている。」
何も言えねぇ。や、言い過ぎな気もするけど。
「──舐めてるのか、キミは。なんて、陳腐なことを言いたくはないけど。」
「···。」
嘲笑する無貌。そう呼ばれ恐れられる邪神が、本気で怒っていた。計画を潰されようが、住居を焼き払われようが、ただ嗤笑するだけの破綻者が、俺を罵倒している。
「···ま、そんなコトはどうでもいいや。とにかく、君の『幸運』は直接指揮下の艦船にしか適用されませーん。そこで役立つのが、こちらの商品──『オフニャ』でーす。今ならお安く、一匹1500ドル!!」
15万って結構高くね? ···いつもなら、そんな風に突っ込んでいたのだろうか。自分で自分の考えが分からない。自分が真っ直ぐ立っているのか、座っているのか、寝転がっているのか分からない。頭に血が上っているのか、それとも貧血状態なのか、それも分からない。
「あは、そんな反省してるフリとか、後悔してるフリとか──感情の模倣はボクの得意分野だよ? そのクオリティでボクを騙せる訳がない。」
「···フリ、だと?」
「違うとは言わせないよ? 所詮、君にとって配下の艦船は『ゲームのキャラ』で、『二次元嫁』でしかないんだ。まぁ、人間は本当に愛する者を喪っても、問題なく日常を過ごせるように作られてるんだけどね。そんな都合のいい生物であるキミだ。画面の中で女の子が何人傷付こうが何人死のうが、別に知ったことじゃないだろう?」
今日は神が饒舌だ。そんな、この場においてはどうでもいいことだけが脳裏に浮かんだ。
「それだけ些事ってことだよ、キミにとって、配下たちは。まぁどうだっていいけど。とにかく、オフニャの説明をするよ?」
「──ふぅ。あぁ···いや、はよしろし。」
意識的に、いつも通りに返す。
「オフニャは、さっきも言った通り複数艦隊同時指揮──というより、君の『幸運』を指揮外の艦隊に適用させるための、いわばアンテナだ。中継点と言ってもいい。これがない状態だと、君の配下は自分たちのステータスだけで戦う必要がある。···ま、つまり今まで通りだね。」
「今まででも大概ぶっ壊れだったけど···なに、もっと強くなる、と?」
「まぁ有り体に言って最強になるね。」
チートくせぇ···
「ち、チートくせぇ···」
「そんなチート能力を持ちながら条件を訪ねもせず、嫁の実力を自分の力と勘違いして重傷を負わせて、なんならひとり瀕死に追い込んだクソ野郎が居るってそマ?」
「ほんとそう聞いたらマジでクソだな。死にたくなるレベルで···なんだと?」
「え? いや、だから、君がクソ野郎だって話──」
違う、そうじゃない···ことはないが、そこを尋ねたわけじゃない。
「瀕死だと? 誰が?」
震えた声で、動かない体で、背後に──最悪の邪神に向けて問う。
「誰って、君がまだ姿を見てない子じゃないかな、普通に考えて。」
──────────────??
我に返ったとき、世界は既に動き出していた。不幸中の幸いというべきか、時間としてはプリンツ達との通信を切ってから5分くらいしか経っていなかった。
「なんだ、今の。」
何故か少しひりひりする左頬を撫でながら、壁掛けの時計から目を離す。
「まぁいい。···クソ」
まだ取り込んでいるのか、なかなか通信が繋がらない。クレムリンで自爆攻撃をするような奴らが、次にどんな攻撃をするのかがまるで読めなかった。
たった今窮鼠に子飼いの猫を噛まれた身で──いや、その喩えが、もう慢心なのだろうか。国力で見れば、猫どころか虎みたいな相手に食らい付いてるちっぽけな鼠でしかないのだ、俺たちは。
「このままじゃ駄目だ···どうする、どうすれば···いや、相手はどう動く?」
分かる訳がない。俺は偏差値そこそこの大学生、向こうはガチガチの軍事国家。戦力で見れば同等でも、頭の出来具合が違う。経験もない。今までそれを補って来れたのは、秘書艦の存在と、何もかもを灰塵と化せる超戦力によるゴリ押しによるものだ。
そして、大戦力によるゴリ押しは、搦め手で崩せる。ラノベ主人公なんかがこうやって危機を乗り越えていくのだ。
「魔王側、倒される側ってことかよ、クソ···」
『クソ』以外に咄嗟に罵倒が出ないあたりボキャ貧である。
「そういう時にこそ、ボクらの出番にゃ。」
妙に頼もしい事を言う、聞き慣れない声。嫌な一人称からつい世界が止まると思って身構えたが、そんなコトは無かった。というか、声は前から聞こえていた。
「···もしかして、お前か?」
机上で仁王立ちしている、よく分からない生物。猫のような特徴を備えてはいるが、妙にもこもこ···デフォルメされている。そのくせ、くりくりした目の瞳孔だけは、猫科らしく縦割れの鋭いものだ。机の上で指揮端末をふみふみごろごろしていた、茶色い毛玉。神話生物の疑いがあるやべー物体とも言う。
「毛玉···お前喋れたのか。」
「にゃ。毛玉じゃないにゃ。」
お、おう。そうか。
「反応悪いにゃ、指揮官。折角の有能無比な援軍にゃのににゃ。」
「え、援軍とにゃ?」
移った。···少し観察してみて分かったことだが、このナマモノは別に喋っているわけではないらしい。人間の口を再現したというより、小文字のオメガみたいなデフォルメ調の口では発声出来ないのだろう。口はむぐむぐしているが、テレパシーっぽい何かで脳に直接響いているらしい。なるほど、確かにこれなら前線指揮も執り易そうだ。
「そうにゃ。指揮官の特異スキルは聞いてるにゃ。タマたちはその中継点になれる···その上、基礎火力とかを引き上げちゃう優れモノにゃ。」
「ほう。···あ、タマって言うのかお前。」
「よろしくにゃ。ちなみに、そっちで爪研ぎしてる黒い方がノエルにゃ。」
ちょっとお洒落な名前しやがってこの野郎。
黒檀製と思しき重厚な箪笥で、かりかりと爪研ぎに励んでいた御猫様の首後ろを掴んでみょーんと持ち上げる。別に怒ったりはしない。その都度止めるだけで。御猫様は家にて最上。猫とか犬を飼ったことがあるなら自然とそうなる···よね?
「で、タマとノエル。今からちょっと北連に行ってる部隊の支援に行って貰いたいんだが。」
「えー」
「さむーい」
「良いから行け。えーっと···オフニャ用の編成スロットってここでいいんだよな?」
指揮端末(ベッド化してた方)に付いた毛を払いつつ、画面を指して言う。合っていたらしく、短い首が縦に振られた。
「じゃ、第一艦隊には···タマでいいか。第三にノエルで。えっと、現地に行かなきゃ駄目なんだよな?」
「そんな訳ないのにゃ!?」
幾らか焦ったように黒い方──ノエルが言う。その語尾共通なんですね。
「戦場に、それも普段は水上の戦場に、猫を一匹送り込んでどうなるのにゃ。ここからテレパシーでちょちょいっと···」
「チートくせぇ···」
つか、それが出来るなら『幸運』の常時適用も出来るだろ。何故直接指揮が要る設定にした···
···逆恨みだな。
「嘘乙にゃ。」
「あん? 何がだよ?」
タマが嘲笑うようにノエルを一瞥する。
「騙されるにゃ、指揮官。流石にタマたちでもここから指揮するのには限界があるにゃ。指揮官みたいに衛星リンク端末があるならともかく···」
「···なるほど。」
ぽむ、と、端末に置かれた肉球。高性能なのか旧式なのか、全く反応していなかった。
「お前この期に及んで何大パチこいとんじゃ···」
「ごめんにゃ···ごめんにゃ···」
にぎにぎにぎ···と、ノエルの肉球をむにむにする。何この文、偏差値ひっく···
それはさておき、とっとと出撃させよう。エルドリッジを呼ぼうと内線に手を伸ばし──
「ふぐぉ!?」
──右頬に衝撃。どうやらタマの猫パンチらしかった。
「猫に電流はご法度にゃ···常識にゃ···というか指揮官と艦船以外は普通に死ねるにゃ。」
「えぇ···じゃあどうするんだよ」
流石に
「指揮官、タマたちは猫にゃ。」
「は? お、おう、そうか?」
「なんで疑問形なのにゃ···まぁ良いにゃ。つまり···」
「どこにでもいて、どこにもいないのにゃ」
タマの言葉を、先んじてノエルが奪う。
「ち、チートくせぇ!? そっちの特性の方が幸運より強くね!?」
言いたかった言葉を取られ、タマが毛を逆立てて怒っていた。
「この特性はオフニャ用限定仕様となっておりますにゃ。」
「ちくしょう···まぁいい。早く行ってくれ。」
言った瞬間、二匹のナマモノの姿が消え失せる。もうちょっと遊ばれるかと思ったが、こっちの余裕が捻り出されたものだと気付いていたらしい。和ませようとしてくれていたのだろうか。
「ふぅ······」
ため息と共に、背もたれに深く体を預ける。
「──失礼します、指揮官様。」
「ドウゾー」
三回のノックの後、イラストリアスの声が聞こえる。許可を出すと、ソーサーとカップを載せたお盆を掲げるように入ってきた。
「お疲れ様です、指揮官様。···ここ、どうされたのですか?」
白手袋に包まれたしなやかな指が、俺の両頬を包むように撫でてくる。
「どうって、え? どうなってる?」
どきどきしながら、気持ち身を反らして言う。まあ反らそうにも背もたれで無理なんだけど。
「肉球の跡が付いていますよ?」
「両側?」
「はい。」
──なるほど。