クレムリン跡地近郊 モスクワ市街
「フッド、敵の数は分かる?」
「分かりません。···一見した限りでは、二個小隊以上。」
「それは私にも分かるわよ。」
百人は優に越えるであろう、人の群れ。防弾らしい金属のシールドや、装甲車の鈍い輝きがそこらで見える。
数が多いというのは、それだけで気色が悪い。どこぞの王の言葉と指揮官が言っていたが、なるほど確かにその通りだ。瓦礫の山と、建物の森。アサルトライフル、グレネードランチャー、スナイパーに対戦車ロケット。ざっと見ただけで軍事パレードの気分が味わえる、バリエーション豊富な装備の兵士たち。
クレムリンから少し離れたこの場所で、プリンツとフッドはその兵士の群れを相手取っている。
「当たる訳──」
「──ありませんわ!!」
ほぼ全方位から飛来する十発以上の対物ライフル弾を、二人で掴み、弾く。残る四人は、総出でベルファストの捜索だ。彼女が見つかるまで、時間を稼ぐ。それが二人の仕事だ。
「フッド、そっち側──きゃあ!?」
驚きの声を上げて、プリンツが身を躱す。そのすぐ側を、超音速で砲弾が通り過ぎる。
「戦車!? ···そりゃそうよ、ねッ!!」
今まではクレムリンやら民間人やら、北連側にいろいろ遠慮というか、お荷物があった。が、もうここまでやればもう対して変わらない。
というか、多分北連も吹っ切れている。
「劣化ウラン弾でしょうか、これ。」
「見て分かるほど詳しくないわ。悪いけれど。」
重金属の矢を、フッドが片手に持っていた。先ほどの砲弾の弾芯だろう。
「プリンツ、少し右に。···ありがとう。」
パァン!! と、大気を鳴らしてフッドが重金属の矢を投擲する。遠く、瓦礫の山の頂上で、一台の戦車が爆発した。
報復とばかり、また全方位から銃弾と、今度は砲弾も混じって飛来する。最小でも直径5.54ミリ、最大で110ミリの殺意が無数に殺到する。当たって不味いのは、そのうち110ミリの、戦車主砲のみ。──とは言うが、その数ですらカウント不能なほどだ。
「ッ──《破られぬ盾》!!」
プリンツが叫ぶのと、重金属の矢が二人へ到達するのは、ほぼ同時だった。
だが──僅かにプリンツが早かったことを示す、青い、半透明の盾。三つのそれが、彼女たちを守るように浮遊し旋回していた。動揺の声が兵士たちに伝播する。一人あたりの声量はそこまで大きくないが、数が多い。先程までは二個小隊ほどだったが、戦車大隊が出てきた時点で、桁が一つ増えるほどに膨れ上がっている。
「ここまで多いと、クレムリンの方に流れてしまいますわね。」
彼女たちの目的は、殲滅ではなく足止め。ベルファストを発見し救出·撤退すれば、あとは核兵器で一掃だ。だが──
「別に殲滅してはいけないという訳ではありませんし。良いですわよね?」
「指揮官に聞きなさいよ。私は旗艦でもないのだし。」
「それもそうですわね。では独断で──」
フッドの艤装、腰両側と肩両側に据えられた二連装410ミリ砲。それが一斉に火を吹き、着弾地点と周辺を吹き飛ばす。
──ところで、『アズールレーン』は弾幕シューティングだ。敵も味方も、それぞれが特有の威力·密度の弾幕を展開し、攻撃する。ではフッドの弾幕はどんなものだったのかと言うと──一言で言って、「強い」。並み居る戦艦の中でも最強クラスの弾幕だ。その真価は、砲撃そのものではない。
「プリンツ。」
「分かってるわよ。もう伏せてるわ」
瓦礫の上で寝そべるプリンツ。口は開かれ、目は耳を覆う手で一緒に押さえられている。対爆防御姿勢だ。
「では。女王陛下と指揮官様に栄光あれ──《グロリー · オブ · ロイヤル》!!」
先程の砲撃一発の威力を、仮に10としよう。フッドの周囲に浮かぶ光球は、数は50か60程度。上下を除いて全方位を指向しているせいで、密度はかなり小さい。だが威力は──100を下らない。
光球が超音速で飛び散り──周囲を焦土と化す。重爆撃や核兵器でもなければ不可能なほどの破壊が撒き散らされ、1000以上の兵と200以上重兵器を消し炭に変える。その轟音と爆煙に混じって、伏せたままのプリンツは遠く、雷鳴を聞いた。
「いいタイミングね。指揮官。」
僅かに残っていた残党が、恐怖に逃げ出したちょうどその場所に雷撃が下る。先ほどの蹂躙の後では拍子抜けなほど簡単に、そして静かに小規模に、地面を抉ることも雲を晴らすこともなく、ただ敗残兵を炭に変えたのは、最近輸送役として指揮官に重宝されているエルドリッジだった。
「···それに、良い人選だわ。」
雷撃と共に送り込まれた援軍は、指揮官が昔「重回復編成作ったったwww」と言いながら組んだ艦隊だ。ユニコーン、ヴェスタル、明石という火力もなにもない、ただ補助に特化した主力艦隊。インディアナポリス、ノーフォーク、そしてエルドリッジという「そもそもダメージを負わない」ことに特化した前衛艦隊。指揮官は、当初自己回復スキル持ちだけで編成していたのだが「ペラッペラやんけ!!」と叫び、この形に作り直したという経緯がある艦隊だ。
「大方殲滅し終えたから、向こうでベルファストの救助をお願い!」
「ん···分かった。」
また雷轟が響き、クレムリン跡地に落雷するのを見てフッドとプリンツは思いを同じくする。つまり。「その一撃で崩れたらどうするんだよ」と。なお本人は後に「除細動の代わり」などと供述するのだがまぁそれはいい。
「次から次へと、有象無象が涌いてきますわね」
「面倒臭いことこの上ないわね···装填は終わったかしら?」
「えぇ。いつでも。」
遠く、地面を噛み締める履帯の音が、エンジン音と共に、飛行機の飛ぶ音と、その全てを掻き消しそうなローター音に混じって聞こえてくる。空を見上げれば、低空飛行する戦闘ヘリに輸送ヘリ、中空で停止し鼻面をこちらに向けている戦闘機の一群、そして上空を旋回している爆撃機編隊が見える。
「よく分からない布陣ね···」
「陸上部隊の全滅が前提、なのでしょうね。」
空高くなるほど、攻撃の威力も上がっている。爆撃機のサイズから見れば、このモスクワを煉獄と化せるだろう。ここに向かっているであろう陸上部隊ごと、だが。
陸戦時の定石と言えば、まず遠距離砲撃か空爆で蹂躙──準備砲撃を行う。その後で、機械化歩兵を大隊単位で乗り込ませて残党狩り。これが一番負担の少ない、かつ効率的な戦略だ。だが、準備砲撃の段階で味方が目標地点に居ては、当然、蹂躙掃討を目的とした高密度の弾幕が味方もろとも整地してしまう。
今のところ、航空戦力で警戒すべきは圧倒的な制圧力と火力を誇る爆撃機編隊ではなく、そこそこの火力とかなり高度な精密性をもつ戦闘機とヘリの誘導ミサイルだろう。まぁ、赤外線ジャマーなりフレアなりで簡単に同士討ちを誘えるのだが。
「ベルファストの救助が終わる──いえ、回復が終わるまでは、クレムリンには行かせないわよ。」
「そうですわね。とはいえ、そう余裕がある訳でもありませんね。」
空対空装備のヘリはともかく、重爆撃装備の戦闘機はちょっと不味い。ここへ殺到している戦車の劣化ウラン弾の被弾も避けたい。
「なら、いつも通りに?」
「えぇ。お願いしますわね。」
──実は、という程でもないが、二人は艦隊最古参メンバーに数えられる。超火力のフッドと、超耐久のプリンツ。そんな安直かつダサいことこの上ない二つ名を指揮官から贈られた二人は、指揮官がまともな装備も艦も持っていなかった時代から、ベルファストと共に幾多の戦場を駆け抜けてきた。もし、彼女たちに指揮官以外に向けての好感度システムがあるとすれば、その数値は200を数えよう。100止まりのレベル、その数値を何倍にも引き上げられる連携を重ねて、彼女たちはここに立っている。
毎分1000発以上の殺意をバラ撒く突撃兵も、対物ライフル装備のスナイパーも、徹甲弾を雨霰と浴びせる援護兵も、何百何千居ようが構わない。
「《破られぬ盾》ッ!!」
「《グロリー · オブ · ロイヤル》!!」
青白い浮遊する盾が、飛来する重金属の矢を弾き返す。旋回する盾の合間を縫ってくる弾丸は、その尽くが無意味。貫通力も
盾がカバー出来ない上方に、50以上の光球が浮かぶ。一発が戦艦の主砲を上回る威力のそれは、簡易的な炸裂反応装甲だ。ミサイルが触れた瞬間に破裂し、同時に爆発したミサイルのメタルジェットや破片、爆風を反対方向に吹き飛ばす。
攻撃の第一波は、完全に防ぎ切ったように思える。だが──そもそも、この場における北連の攻撃に、「波」という物は存在しない。超のつく大規模部隊は、それそのものは一つの波とも言える。誰かが撃つ間に装填し、誰かが装填する間に撃つ。そのタイミングを意図的にずらしている以上、攻撃に緩急など生じない。
鋼と火薬の雨が止むことはない。
「──っ!!」
盾の合間をすり抜け、プリンツに劣化ウランの弾芯が迫る。咄嗟に身を捻るが、相手は超音速で飛翔している。努力も虚しく、右腕に着弾した。
「痛っ!?」
──人間であれば、半身が吹き飛ぶで済めばラッキーといえる攻撃。それを受けて、被弾した箇所の骨折で済むあたりが艦船を指して指揮官が「チート」と称する所以だろうか。だが、骨折というそれなりの重傷を負うということは、頭なり胸なりに受ければ、最悪死ぬということだ。
運の悪いことに、プリンツの発した声は流石に聞こえないまでも、痛がる様子は北連の兵士たちに見えている。クレムリンを一個小隊以下で倒壊せしめた──爆破したのは北連だが、彼らはそんなことは知らない──セイレーンに、有効打を与えたという事実。士気を上げるには十分過ぎるだろう。
「やってくれるじゃない···!!」
プリンツの砲が哭き、彼女に一矢報いてみせた戦車と随伴歩兵を一撃で消し飛ばす。その間にも、重金属の矢と戦車を吹き飛ばし得るミサイルはカートン単位で飛んで来ている。勿論大半は盾と光球が受け止めるが、前者には三枚が旋回して守るという性質上物理的な隙間が生じ、後者は炸裂反応装甲という性質上消耗するという隙が出来る。
端的に言って、死ねる火力が殺到する。
二人の視界がグレーに染まる中、加速した思考で「せめて出来る限り道連れにしてやろう」と決意し──気だるげな声を聞く。
「──《レインボー · プラン》」
弾丸が。劣化ウランの矢が。ミサイルが。殺到する殺意の全てが、二人の体をすり抜けていく。必中の軌道を描いていたはずのモノでさえ不自然に軌道を変え、ギリギリ当たっていたモノは、もともと存在しなかったかのように掻き消えて。
「助かりましたわ、エルドリッジ──」
クレムリンに向かい、ベルファストの捜索に当たっていたのでは無かったか。フッドがそう怪訝な顔をした時、少し幼い、甲高い声が響く。
「《彗星よ、尊き煌めきを》──!!」
突如として現れる、爆撃機の編隊。北連のそれではなく、旧大日本帝国海軍が擁した爆撃機、『彗星』である。数にして20ほどのそれが、モスクワ市街を横切って──その仕事を全うする。つまり、腹に抱えた大量の爆弾をバラ撒き、並み居る兵士と戦車を肉片と鉄屑に変える。
その後を猛スピードで追い、攻撃する北連の戦闘機と戦闘ヘリ。如何にチート艦船のものとはいえ、爆撃機。戦闘機の空戦能力の前には為す術もない。だが彗星は撃墜された瞬間に、幻影のように消え失せる。
困惑したように滞空する北連の航空戦力に向けて、プリンツとフッドが対空装備を向け──
「戦闘機は任せ、卿らは休んでいろ。──《鉄血の鷹》」
「ヘリは私が。──《流星よ、真に転ぜよ》!」
またしてもどこからか、今度は旧ドイツ第三帝国海軍が擁した戦闘機、Me-155A艦上戦闘機の一群が飛来する。旧世代のそれはしかし、チートと称される艦船の物。瞬く間に北連の最新鋭戦闘機を尽く撃墜した。そして──残された戦闘ヘリが乱数回避運動を取りながら離脱しようとする。その頭上、頭を押さえるのは旧大日本帝国海軍の艦上攻撃機、流星。その主兵装は──魚雷。
この場に指揮官が居れば、何を考えているのかの困惑しただろうか。或いは、戦闘ヘリに魚雷はお約束、と笑っただろうか。
急降下した流星が、腹に抱えた対艦攻撃用の火薬の塊を投下し──ヘリの一群を地に堕とした。
北連の地上部隊が壊滅した時点で、高空を舞う爆撃機のパイロットたちは自国の領土を、それも首都を爆撃する決意を固めていた。酸素マスクと一体化したヘルメット、その耳元に据えられたスピーカーから、指示が飛ぶ。
遥かな高みで悠々と飛行していた航空部隊が、旋回ではなくほぼ滞空に近い低速での直進──爆撃姿勢に移行したことを、プリンツたちに合流した大鳳とグラーフの二人が真っ先に気付く。
「来ますわよ、雨が。」
「あぁ──いや、何か変だ。」
爆撃機の運用──というか、航空戦力の運用においてはある意味専門家の二人が、怪訝な顔で空を見上げる。つられて、おそらく救助され、目下回復中と思われるベルファストを除いた第一艦隊の残りと、第三艦隊の前衛三人も空を仰ぐ。
「編隊爆撃の布陣じゃない。何か別の──」
一機を中心に、取り囲む様に四機が飛行している。見守るように。監視するように。
「いえ──観測?」
空を仰ぐのを止め、全員が顔を見合わせる。青い顔をしている者、うんざりした顔の者、涼しげな顔の者。全員が口を揃えて、シンクロした予想を話す。
『──核?』
ところで空戦能力は戦闘機>攻撃機>戦闘ヘリでいいんだよね···? まぁ物によるだろうけど。