提督が鎮守府に着任···あれ?   作:征嵐

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 「流石に核兵器の直撃は避けたいわね。私もフッドも、受けたダメージは少なくないのだし。」

 「···そうですわね。エルドリッジ、離脱は可能でしょうか?」

 

 プリンツが折れた左腕を押さえながら言う。ただの重爆撃でもフッドや大鳳といった重装甲の艦ならば或いは──というレベルだ。観測機を引き連れての高高度爆撃──十中八九、新型核兵器が降ってくる。

 

 「ん···全員一気に行けるなら、大丈夫。」

 

 この場にいない、目下回復中のベルファストたちを置いていくと、プリンツたちは無事でも残される側がそうはいかない。それも、核の炎に晒されるのは手負いのベルファストと、装甲も薄く戦力としては数えられない回復要員たち。

 

 「せめてイラストリアスが居れば···」

 

 送り込まれたのが旧第一艦隊であれば彼女も一緒だったのだが、基地警護用に置いてきたのが仇となった。編成を組んだのは彼女自身だが。

 

 「腹を開いたな。···そら、来るぞ。どうする?」

 

 腹部ハッチを開き、「破壊のタネ」がお目見えする。遥か上空のそれを、この場の全員が肉眼で捉えていた。

 

 「···あ、指揮官?」

 

 黒光りする塊が、空を垂直に落ちてくる。それは途中でパラシュートを開き、大幅に速度を落としながらも、目下の街を焼き払うために進むことを止めない。

 

 それを仰ぎながら、プリンツは通信機に向けて話し続ける。些か気分を害した様子で、飄々と、涼やかに。今から熾天の裁きを受ける罪人の絶望とも、神の御許へ行く聖女の安寧とも違う、とっておきの悪戯を仕掛けた子供のような愉悦を浮かべて。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 38回。

 

 俺がリダイヤルした回数だ。ヤンデレもビックリな固執ぶりだが、そこはそれ、非常時ということでひとつ。

 

 既にオフニャと共に回復マシマシカチカチパーティーである第三艦隊を送り込み、指揮端末と衛星をリンクさせてはいる。が、通信だけが繋がらない。通信が繋がらなければ、指揮が執れない。指揮が執れなければ、『幸運』が艦隊に適用されない。

 

 というか、確かに慢心に溺れていたことも行動がフラフラだったことも認めるが、流石に『幸運』の発動条件を聞かなかったからと教えなかったのを棚上げしてあそこまで怒るのは如何なものかといじけてみたり。

 じゃあどうしろって言うんだよクソいっそ世界征服でもしてやろうか、と、今後の活動方針を検討してみたり。

 イラストリアスが淹れてくれた紅茶を啜りつつ、お茶菓子を摘まんだり。

 端末二台同時で呼び掛けてみたり。

 

 いろいろやってるうちに、30回を超えて。40に届くかというところで、ようやく繋がった通信。カメラは空を映すばかりで、プリンツの無事以外の全てが伝わらない。

 

 マイクに向けて叫びたいのを必死に堪えて、声を作る。

 

 「プリンツ、ベルは···いや、状況は?」

 『···えぇ、最悪ね。あれが見えるかしら。』

 

 向こうも声を作っているのではないかと思うほど、背筋に粟が立つような声色。涼しいどころか凍り付くような、聞き慣れた女声。

 

 カメラ画像の中で、血に濡れたのか色の濃い部分散見される、鋼色の軍服と手袋に包まれたしなやかな腕が伸び、指先が空の一点を示す。

 

 「──?」

 『核爆弾よ。』

 

 あっさりと、致命打の名を口にする。核兵器に対して、『幸運』でどうこうできるものなのだろうか。というか、この会話しているだけの状態が、「指揮を執る」ということなのだろうか。多分命令とかしないと駄目なんだろうが──クソ、詳しい話を聞いておくべきだった。と、今さら悔やんでも遅い。

 

 「エルドリッジの転移で──いや、そもそも合流できてるのか? そっちに第三艦隊とネコを二匹送ったんだが。というかベルは見つかったのか?」

 『──好きよ、指揮官。』

 

 ──はい?

 

 いつぞやと同じように、何の気負いもなくそう言われても、咄嗟にどう返せばいいのかなんて分からない。そもそもなんでこのタイミングで愛の告白が飛んでくる? こんなのは、まるで遺言だ。

 

 「おい、プリンツ!? おま、こった、なん···!?」

 

 クソほど噛んだ。無様過ぎるだろ···。

 

 そんな俺の醜態がお気に召したか、通信越しに笑い声が聞こえて──カメラ映像が白一色に染まる。

 

 困惑を舌に乗せる間もなく、通信機の安全装置が作動し一切の音を伝えなくなる。向こうのマイクが、少なくとも砲声並みの爆音を拾ったということになる。この状況で「あぁ、誰かがぶっ放したんだな」なんて暢気な勘違いを出来るほど、俺の脳は幸せじゃなかった。

 

 確認するまでもなく、衛星から送られてくる画像の中で、モスクワが炎に──と言うより、白い、いっそ神々しさすら覚えるような光の球に押し潰されていた。

 

 あぁ、核爆発ってこんな感じなんだ。そんな、冷静で場違いな感想を抱く自分が生まれて、即座に激情に呑まれて消える。

 

 この痛みはなんだろう。北連への怒り? それとも自分への怒りか? 愛する妻を、艦船たちを喪った悲しみか? そんな世界で生きていくことへの絶望か? そんな状況を作り出した自分への失望か? この状況を嘲笑っているであろう神への、その掌で踊り狂う俺自身への憎悪か? その全部で、その全部でも足りないんだろう。

 

 そう分析した自分も、よく分からない激情に呑まれて消える。自我が、理性が消えていく。怒りと悲哀と復讐心と諦感と喪失感と憎悪と殺意と絶望と──あらゆる感情を足して混ぜて掛け合わせたような、この、感じようのない感覚。何と名付けようか。そんな思案も消えていく。

 

 「──指揮官様!?」

 

 ドアを開けて、退出していたイラストリアスが駆け込んでくる。何をそんなに焦っているのだろうか。そんな心配も呑まれていく。

 

 「落ち着いてください、指揮官様!!」

 

 彼女は何を怒鳴っているんだ?

 どうして、そんな悲しそうな顔をしているんだ?

 俺のせいか?

 

 全部が全部、呑まれて消えて、統合される。感情を抱けば抱くだけ、その言い様もない感覚が肥大していく。感情を喰らうそれは、きっと── 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 衝撃と熱と炎。プリンツたちを襲ったものを時系列順に羅列すると、こうなる。

 

 モスクワの一角、総勢12人の少女を覆い隠すように広がる白煙の中で、険のある、すこし低い声が飛ぶ。

 

 「オイゲン、悪質だぞ。あれじゃまるで遺言だ。」

 「あなたのからかいには慣れておいででしょうけど···タイミングが悪すぎますわ。」

 「綺麗なメイドに心を奪われて私たちに構ってくれない、わるーい指揮官へのお仕置きよ。」

 

 なるほど、と思った者が10名。残る一名はと言うと。

 

 「···かと言って、ご主人様に無用な心労を負わせるのは見過ごしかねます。」

 

 ちょっと頬を赤らめて、照れ半分に怒るメイドである。

 

 「以後気をつけるわ。···もういいの? ベルファスト。」

 

 プリンツがベルファストの服に視線を投げ、一瞬だけ左腕で止まり、また目を合わせる。服も腕も、薬指の輝きも、元通りだった。というか、汚れやシワまで直っているだけに、プリンツの方が血染みや破れで余程重傷っぽい。実際、片腕が折れているのだが。

 

 「えぇ。皆様こそ、大丈夫ですか? 私のせいでご迷惑をおかけしました···欠員は?」

 「居たらヤバいな。大丈夫だ、12人全員居る。」

 

 ジャンバールが手を振って応じる。強襲部隊6名、第三艦隊6名、全員が──無傷。

 

 厳密には、北連の兵士とやりあっていたフッドとプリンツ以外は無傷。二人はそれなりに怪我を負っている。それも裂傷から骨折まで幅広く。それらを生んだのは全て劣化ウラン弾──その程度で済んでいるのは艦船の耐久力あってのものだ。というか人間なら一発でアウト。チェンジだ。主に住む世界とかが。

 

 「助かりましたわ。···おかえりなさい、ベル。」

 「そうだな。助かった···ありがとう。」

 「困ったときはお互い様ですわ、皆様。」

 

 全員を核爆弾がもたらす破壊から守り切ったのは、ベルファストのスキル『煙幕散布 · 軽巡』だ。その効果は──航空攻撃に対する回避ボーナス。

 

 だが、核爆発という一面を灼く攻撃を、どう回避するというのか。···実は、「核を使われたらどうする?」という問題は、この世界で人類と核兵器の存在が確認された時点で、艦船たちの間で出ていた。「撃墜する」「撃たれる前に滅ぼす」「そもそも人類を消せば撃つ奴も消える」という解決策が提示され、議長であった当時秘書艦の愛宕が許可しベルファストが黙らせた──いや、いまはこの話はいい。最終的に、「無敵化で凌ぐ」「撃墜する」という案が残り、その両方が()()()が必須という難点を抱える中で、颯爽と舞い降りた天案が──「避ける」である。

 

 彼女たちのいう「回避」には、実は二パターンの回避が存在する。

 

 一つは、「攻撃に当たらない」回避。銃弾なりミサイルなり、物理的·速度的に回避可能な攻撃に対しては、この対応が主軸になる。

 

 もうひとつ。これは──「当たっていないことにする」回避。ちょっと意味が分からないと思うが、これは爆弾や面制圧射撃など、物理的回避が不可能な攻撃に対して取られる。これを『世界に対する誤魔化し』だと、一部の艦船は考察する。なお大半は何も考えずに『判定回避』とか言っている。

 

 たとえば、銃弾がエルドリッジに命中する軌道で飛んできたとしよう。命中確率が100%の銃弾、というわけだ。ここで彼女は、体を二歩ほどずらす。すると、銃弾は何かしらの要因で曲がらない限りは命中せず、その命中確率は0%に落とされる。これが前者だ。

 後者はというと、命中確率100%の銃弾は、そのままエルドリッジに向けて飛翔する。そして、確かに「当たる」。だが、彼女の「被弾確率」は、スキルによって0%にされ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状況が出来上がる。

 

 ──艦船たちの間で出されたこの考えが正しいのかどうか、それはこの際問題ではない。驚嘆すべきは結果。

 

 核爆弾が生んだ熱も衝撃も、彼女たちに確かに当たり、そして当たっていない彼女たちにはなんの傷も痛痒も残さず、過ぎ去った。

 

 「──さて、じゃあ反撃と行くか。あんまり何もしてないしな。《パイレーツソウル》!!」

 

 ジャンバールの主砲が、辺りに立ち込める煙や、何が蒸発したのかも分からない蒸気を裂いて砲弾を吐き出す。大気を引き裂く金切り声を上げて、380ミリ榴弾が空高く打ち上げられる。狙いは飛行速度に難のある大型爆撃機で、しかもそこそこ集まった編隊飛行。外す訳がない。

 

 「《榴弾強化》」

 「《グロリー · オブ · ロイヤル》」

 

 続けざまに、ロイヤル艦がふたり、スキルを発動する。ベルファストがジャンバールの砲撃を強化し、フッドは落下してくる爆撃機が腹に抱えた他の爆弾と燃料を、すべて上空で焼き払った。

 

 

 

 

 全ての敵を、その残骸もろともに焼き払ったクレーターの中で、12人の少女が弛緩した空気を漂わせる。明石たち回復組は、早くもプリンツたちの回復に取りかかっていた。立ち込めていた黒煙や残留していた火柱──きのこ雲は、戦艦ふたりが「不快」として全力の砲撃で吹き散らした。

 

 「にゃー、見かけほど重傷じゃなさそうにゃ。」

 「Danke sehr.」

 「フッドさんもですねー。あ、そこに座って貰えますか?」

 「分かりました。···熱い!?」

 

 明石は黙々と治療を受けるプリンツを担当し、ヴェスタルが身長差のあるフッドを担当する。途中でフッドがどろどろに溶けた瓦礫に座らされるという憂き目にあったが、それ以外は着々と進んでいく。

 

 「一応偵察機を飛ばしてみましたが···敵影はありませんわ。」

 「我もだ。オイゲン、通信機は直ったか?」

 「···いえ、まだよ。」

 

 索敵に出ていた──と言っても少し離れて偵察機を飛ばすだけだが──大鳳とグラーフが戻り、報告を上げる。

 

 プリンツは地面に投げ捨てるように置かれたガラクタ──もとい、通信機を忌々しそうに一瞥した。核兵器の爆発に伴う強力な電磁波が、辺り一体を蒼天の下で電波暗室と化していた。

 

 「エルドリッジ、どうかしら。」

 「まだ止めた方がいい···」

 

 空母勢と協力して、こちらは足での索敵──溶け固まり、愉快なオブジェの森となったモスクワ観光に終わった──から、プリンツと回復役の護衛に残っていたノーフォークとインディアナポリスを除く前衛艦隊、つまりベルファストとエルドリッジが帰ってくる。

 

 「···電磁波同士の干渉でレンチンとか、勘弁。」

 「もう十分暖まったもんね···」

 「同感です。···ではもう少し待ちましょうか。」

 

 巡洋艦勢が意見の一致をみたタイミングで、修理を終えたらしいフッドが寄ってくる。

 

 「どうでしたか? 航空索敵に引っ掛からない時点で、ほぼ殲滅できた──任務を達成したものと言えそうですが。」

 「はい。人っ子ひとり···どころか、無事な死骸の一つも見当たりませんでした。」

 

 遠く、見渡す限り広大なクレーター。ガラス化した地面や、沸き立った瓦礫、溶けた金属、蒸発した化学物質の臭い。どれを取っても人間には耐えられないだろう。加えて言えば、核兵器の本領その2である放射能汚染。目には見えないが、この場でのんびりするのを躊躇わせるファクターだ。

 

 「電磁波が収まるのを待ちますか?」

 

 表情はにこやかに、けれど声音からは否定的な感情を溢れさせながら、大鳳が一応といった体で述べる。

 

 「移動すべきだろうな、やっぱり。何より──」

 「──指揮官に連絡を取らないと、ね。」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったが、まさか電磁パルスがここまで強力とは思っていなかった。軍用基準を満たす通信機には、そう弱い訳ではないEMP防護がある筈なのだが。このままだと指揮官が核報復でユーラシア大陸を海に変えかねない。

 

 「エンタープライズとか一航戦の先輩方とか···"ナイトメア"とかが来るかもしれませんし。」

 「北連の遷都──というか、生かして苦しみを刻み続ける事が目的でしょうから、ね。」

 

 大鳳がそのまま続け、フッドが応じる。

 

 「では移動──警戒、対空!!」

 

 グラーフが言い掛けて、即座に艦載機を放つ。レーダーが沈黙している現状で、空を裂く光点に気付けたのは幸運だった。成層圏を舞うそれに気付ける、知覚できるのは、空を統べる空母の二人だけで、軽空母の──というより、戦闘要員ではないユニコーンは気づいていない様子だった。

 

 「流れ星、な、訳ありませんわね。」

 「大陸間弾道弾···」

 

 モスクワ上空を高速で通り過ぎ、シベリア方面へと飛び去る無数の光点。モスクワを──彼女たちを狙ったものではなさそうだった。

 

 「···。」

 「ICBM、ですか? ──それは」

 

 あらかじめその正体を知った空母の二人が、まず結論に至る。遥か高空を舞う飛翔体の正体を聞くところから始まった他のメンバーは、少し遅れて。光の粒になっていく身体には構いもせず、背筋を駆け上がる悪寒に身を震わせて。

 

 「ヴィシアのか──いや、今はもう『アンノウン』かもな、オレたちも。」

 

 彼女たちの指揮官が吹っ切れた──というか、キレたことを察した。

 

 

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