流れ弾を食らったらごめんね!
神だの存在DIOだのと、色々な呼び方をしてきたが、俺にとっての天敵を明確かつ最も知られた名で呼ぶのなら、ニャルラトテップ。或いは這い寄る混沌。或いは黒衣の王。或いは嘲笑する無貌。どの呼び名も相応しくなく、どの呼び名も相応しい。
あいつの詳細は省くが、ggって目につくのは、禍々しい見た目のクリーチャーか、銀髪碧眼の美少女の画像だろう。この世界でこうして思走する羽目になった原因であるあいつは、中性的な声で、彫刻みたいにしなやかで綺麗な腕をしていた。というかそれくらいしか情報がない。小説やTRPGのシナリオで描かれるほど、こちらに干渉もしてこない。追加要素やメンテ──サーバーなんてないと奴は言ったが──のとき、説明を入れに来るくらいだ。そう聞くと、ソシャゲの運営みたいな感じでちょっと親しみが湧く。
この世界を作り上げ、管理運営する、ゲームマスターのような振る舞い。もし本当に
あいつの行動理念は、『面白ければすべてよし』だ。人類の滅亡にも、地球の崩壊にも、大した意味は見いだしていないだろう。そうすれば人類が競い争い殺し殺されて面白い、そう判断すれば迷わないだろうが。だが積極的に、何の目的もなく、そんな面倒でつまらないことをするとは思えない。ましてや、説教なんていう「つまらないもの筆頭」みたいなことをするか?
何か、あの叱咤の叫びには意味があったのではないだろうか。
考えてみろ。あのまま行けば、俺はベルファストが瀕死ということを知らず、取り返しのつかない状況になっていたかもしれない。──ベルを喪って、プリンツも喪って、フッドも大鳳もグラーフもインディもノーフォークも明石もユニコーンもヴェスタルも、エルドリッジも、傘下に加わったばかりだったジャンバールも、喪って。今更何を言っているのか、俺は。
彼女たちの死を、無駄にはしない。
そんなありがちな台詞は、口に出すことさえできない。だって、彼女たちの死を無駄にしない方法なんて思い付かない。核の炎で燃え朽ちた死体を持ち帰って、解剖でもするか? ふざけるな。
──いや、そもそも彼女たちは死んだらどうなるんだ? 退役すると勲章になって···戦闘不能になるとドックに強制送還だったか。どういう設定だったか忘れたが、轟沈はしなかった。ストーリーは別だったけど。チュートリアルでヨークタウンが沈んでて草生えたなぁ···
懐かしいな。放置系艦隊育成弾幕シューティング。その触れ込みに相応しく、キャラの育成も戦闘も、殆どが指示を出して放置するだけで良かった、『アズールレーン』というゲーム。それが現実のものとなり、キャラクターたちが一人一人意思を持って思考して動く。しかも全員が俺より有能。そんな状態で、彼女たちに全部任せたら全部上手くいく状態で、なんで何の専門知識も技能も持たない俺が、わざわざ指揮をとる必要がある? 基本方針だけ示せば、あとは皆が全部やってくれる。俺より上手くやってくれる。
ならそれでいいじゃないか。全部任せて平和の中でも惰眠を貪って、それで問題なかったじゃないか。全部、北連とかいうクソ野郎がブチ壊してくれたが。
そもそもこの世界はなんなんだ? ヴィシアだのアイリスだの北連だの、ゲーム時代には無かった陣営がいるし。潜水艦だの認識覚醒だの追加要素が無理やり神にねじ込まれるし···やっぱりあいつ運営なんじゃね? GMなんじゃね?
脈絡のない、バラけそうな思考が、次々に脳裏を掠めては消えていく。──いや、消えているのではない。もっと別な、もっと激しい感情に取って代わられて喰われていく。
『──ちょっと勘弁して欲しいな、それは。』
その激情すら、大きなナニカに握り潰されるように萎んでいく。強制的な沈静化に、荒れ狂う感情が悲鳴を上げた。
圧倒的な絶望。それを覆い隠すための、怒りと殺意と悲哀と復讐心。全部が全部、それを喰らっていた感情の消滅とともに帰ってくる。
『──うん。だいぶいい感じに出来上がったけど、それだとワンパだね。···あぁでも、多分大丈夫かな。』
疑問が浮かぶ。こいつは何を言っている? いやそもそも、俺の脳裏で好き勝手に話す、お前は誰だ?
『あは、分かってるくせに。キミのピンチに颯爽と駆けつけた、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌──にゃ』
「出てけ!?」
恐怖に駆られて叫ぶと、喉からも同じ叫びが漏れた。その大声で、悪夢が終わり、現実へと引き戻され──
◇
目の前で泣きそうな顔をしている、イラストリアスと目が合った。
「ご、ごめんなさい指揮官様。ですが、そんな状態のあなたを置いていくことは──」
「いやゴメン違うんだ聞いて!?」
怯えと悲壮に顔を端正な歪め、イラストリアスが微かに震えながらこちらを窺う。その様子に、嗜虐心と庇護欲という相反する感情を抱いて──感情を抱いたという自覚に、首をひねる。
コレガ、カンジョウ···
技術的特異点を迎えたAIのごとく感動していると、本日四度目の時間停止が世界を襲った。
「──や、元気かい?」
「いやそんな久しぶりみたいな空気出されても。さっきまで会話してたし、なんなら何十秒か前に脳内で話しましたし。」
「···確かにそうだけど。」
気分を害したように嘲笑する、中性的な声。あの激憤の片鱗は一切窺えない。
「なぁ、一応聞くんだけど、さっきの俺の状態って──」
「一時的発狂だね。ちなみに狂気内容は自傷行為と破壊衝動~」
神はちょっと楽しそうに言って、背後から手鏡を持った腕を伸ばす。絶妙な位置と角度で、背後の風景は全く映さず、俺の顔だけが虚像を結び──
「うっわ···うわうわうわえっぐ···つか意識したら痛くなってきた!!」
眉から頬にかけて、かなり深い引っ掻き傷がついている。目尻や眉などの皮膚が薄い部分はそうでもないが、頬の柔らかい部分はかなり抉れていて、姿勢的に見えないし出来れば見たくもない手の指や爪の状態が窺える。
「あー···そりゃビビりますわ」
発狂したのは、どうせモスクワに落ちた核を、その破壊を衛星越しに見たときだろう。
「厳密には、その破壊が指し示す配下たちの残酷な運命に気付いてしまったとき、だね。」
どういう訳か──いや、ここで発狂して終了、なんていう甘えた結末を許容しなかった神が対処したのだろう。もはや、彼女たちの死という事実では狂えそうになかった。そのくせ、堪えようのない、それでも自我を喰らうには至らないギリギリの殺意や怒りや悲哀をない交ぜにした激情が──小さな狂気が燻り続けている。
「──あいつらは、死んだのか。」
「···。」
その事実を口にしても、実感が湧くだけだった。もはや狂気に溺れることは──現実から逃げることは、出来そうにない。
「一応聞くが、後追い自殺とか」
「殉死は法律で禁じられてまーす。というか、ボクがそんなの認めるワケないじゃん。」
ですよねぇ···知ってた(諦感)
「で、どうするの? ちゃんとプレイする気になったかい?」
「なに?」
鏡を引っ込めて、今度は基地内部でのみ機能する方の端末を差し出してくる、しなやかな腕。そっと端末が机上に置かれ、任務画面が表示される。
「ご要望通り、任務を更新しておいた。確認してくれ。」
「確認しろつったって···うお!?」
この止まった世界でどうしろと? そう恨み交じりに返す前に、体が勝手に動き出す。俺と、前日と当日の秘書艦しか知らないはずのパスワードが打ち込まれ、ロックが解除される。
そのタイミングで見えた指や爪には、赤黒い血や皮膚がこびりついていて、なるべく意識しないようにしていた顔の痛みが帰ってきた。
「いてて···ん?」
タイトルが、『チュートリアルをクリアしろ』という任務が目につく。その進捗率が75%であることに困惑した。
「おい、これ···」
「北連と戦争して、どうだった? 色々学ぶところがあっただろう? とくに、艦船たちに何が出来て何が出来ないのか。艦船たちのために、キミは何をすべきで、何をすべきでないのか。この世界がどうなっているのか。この世界で生きていくということが、どういうことか。この世界が──いかに残酷か。」
「──まぁ、この戦争を指してチュートリアルって言ってるんだろうなってことは分かってた。問題はだクソ野郎。」
チュートリアル。どんなゲームでもたいてい準備されている準備期間みたいなもので、そこでプレイヤーは操作やシステムを学ぶ。そして、その期間中のプレイヤーの行動やシナリオの展開は往々にして──
「この展開は──」
「違うよ。言ったはずだ、ここまではチュートリアル──シナリオにすら入ってないんだ。キミはボクが用意したゲームに参加してすらいない。だから···違う。」
「──そうか。悪かった。」
しばしの沈黙。時間を具体的に言えば2分くらいか。反省とか謝罪を示すために、神はきっと、それを受け入れるということを示すために、口を閉ざしていた。
「それで」
「で、だが」
···おい、おいやめろ。なんでこのタイミングで被せてくるんだよ。んでなんでもう一度黙るんだよ。やめろ、ホントにやめろ。今の俺は嫁を喪って傷心だからフラグが立ったらルート一直線だからマジでやめて。お願いします。
「あはは、言葉の上だけでもそこまで拒絶されると、結構イラッとするね。」
「言葉の上『だけ』ってなんだよツンデレとかじゃねぇよブチ殺すぞ。」
ラブコメじみた空気が一転、殺伐とした雰囲気になる。
「···で、何かな?」
その空気でさえも、俺への気遣いだったのだろうか。妙に優しい邪神に不信感を募らせながら、その優しさに甘える。
「···戦力が欲しい。この際神話生物でも邪神でもお前でもいい、手が──いや、俺の全てに懸けて守るべきだったものを傷付け喪わせたクソ野郎を、殺してバラして並べて揃えて晒すだけの、爪と牙が必要だ。」
「君の読書傾向が今の一言で分かったよ。···残念ながら、神話生物も邪神も上げられないね。キミには既に権能を与えた。そして、既にゲームが始まった以上、ボクはもうキミに対して干渉すべきじゃない。肩入れなんて尚更だ。」
そう言って、邪神は嘲笑した。
「ま、そうだよなぁ···あー、クソ。取り敢えず核ブッパするかぁ···」
「あ、あれ? 意外だな。もうちょっと言い募るかと思ったけど。」
困惑したというより、肩透かしを受けて気が抜けた声が返ってくる。そこに嘲笑の色はなく、本気でそう思っていたということが窺えて、たぶん今までの俺ならそうしただろうという同意と、その邪神の心中を察せたことに、ちょっと仲良くなったような気がして、俺は心底げんなりした。
「色々教わったから、な。もういいか? やりたいことが山積みなんだが。」
「──そうかい。じゃ、ボクからひとつプレゼントだ!」
「なんて?」
さっき肩入れできないとかこれ以上干渉できないとか言った、その舌の根も乾かないうちに···なに言ってるんだこいつ。
「いや、これはボクからってワケじゃない。あくまでチュートリアルの一個だよ。」
「はぁ? クリア報酬って訳でもないんだろ?」
チュートリアルなら、まだ75%クリア──考え得る限り最悪の結果で──したばかりだ。本気でなに言ってんの、オマエ。大丈夫か、アタマ。
「うん、ちょっと黙ろうか。···はい、コレ。」
言って、今度は手のひらサイズの箱が置かれる。
──いや、箱、というのが正しい表現なのかは定かではない。だが立方体であることは確かだ。
「メンタルキューブ···いや、でも?」
『アズールレーン』において、ガチャ用アイテムとして存在していた青い立方体、メンタルキューブ。なんか詳しい設定がいろいろあったと思うが──忘れた。そのメンタルキューブに、とても良く似た
「レッドボックス···」
「残念、ブラックボックスだ。」
その見た目と、ゲーム時代のオーパーツぶりを指して呟くと、即座に突っ込みが返ってくる。というか今ので邪神と俺の読書傾向の一致が証明された。
「で、なんぞコレ。」
「なんだと思う? ···冗談だよ。いつもならこう言ってるところだが、今のキミにはちょっと余裕がない。あんまり無理しなくていいよ。」
「···お前マジでどうしたの? なんか優しすぎて怖い。」
「ちょっと優しくしたらこれだよ!! ···まぁいい、進めると、だ。これはちゃんとした追加要素。その名も──」
こちらの心中を気遣っておきながら、演出を忘れない邪神。置かれた一拍の間に、その赤いメンタルキューブが微かに輝いた気がして瞠目する。それすらも狙い通りの演出だったのか、続く声は満足そうに、嘲笑の色を薄めていた。
「──研究艦だよ。」