アズールレーンは、『放置系艦隊育成シューティングゲーム』という触れ込みで売り出されていたアプリだ。『放置系』というだけあって、一定期間装備の入れ替えや強化が出来なくなる代わりに莫大な経験値やガチャ用アイテムの"キューブ"、装備なんかまで幅広く入手できる『軍事委託』や、ただキャラクターを設定してアイテムと一緒に放り込んでおけば経験値の入る『寮舎』など、現実の時間を参照する機能が充実していた。故に、初心者···と、いうか、新参が手っ取り早く強くなるのに重課金をする、という事が少ない。
「ガチャと言えば、今確率どうなってるんだ?」
「···?」
ガチャ、という単語に聞き覚えが無いのか首を傾げるベルファスト。プリンツはさっき「先に迎えに言っているわよ?」と言って出ていってしまった。
「なぁベルファスト、新規艦の建造ってどうなってるんだ?」
「建造でしたら、工厰の方に···。」
と、彼女がそこまで言った時だった。ノックも無しに扉が開け放たれ、息を切らせたプリンツが駆け込んでくる。普段は怜悧なその美貌には、色濃い焦りが浮かんでいる。
「指揮官、大変よ。すぐに来て!!」
「どうした?」
友人の何人かがこんな表情を浮かべているのは、主に単位がピンチの時と小テストの存在を完全に忘れていたとき。平和な日本の大学生には、軍人であり、そしてトップクラスの兵器である『軍艦』である彼女がそんな表情を浮かべる意味を、まだ理解出来なかった。──そして、直ぐに理解することになる。
「工厰が無いの!!」
◇ ◇ ◇
『アズールレーン』というゲームのホーム画面には、ショップ、
まず、基地設備。ドック、倉庫、そして俺の執務室で受注達成の出来る任務の機能を内包した『本部施設』。全キャラクターがそこに住むという『寮舎施設』。一定時間ごとに資金や燃料を生産してくれた『海軍食堂』と『海軍売店』もここに内包されている。そして、ショップと学園を内包する『学園施設』。この3つに別れて、どこかの島の隅っこに存在していた。
で、ここで問題発生。なんなら一にして全とか言っちゃっても良いぐらいの大問題。
「神ぃー!! 神ぃー!!」
この事実を自分で確認した瞬間に叫ぶ。俺を先導する──と言うよりも護衛する形で先を歩くベルファストが何事かと振り向く寸前で、馴染みつつある世界の停止が訪れた。
『あのね、僕も忙しいの。もう最後だからね?』
「おーけーおーけー。で、なにこれ。」
『コレって?』
何故、ガチャが、ないのか。
『あー、君の魂と、君のいた基地をここに移す過程でバグっちゃったのかな? なんにせこちらの不手際だ。すまなかった。』
殊勝に頭を下げてみせる──いや、例によって例の如く背後から話しかけられているので、声の聞こえ方からの判断だが。
「質問2だ。基地を
『そうだね。···言ってなかったっけ?』
「言ってねぇよクソッタレ!! ぶん殴るぞ!?」
プリンツの慌てようから察するに、そしてベルファストが俺を護衛しながら基地を練り歩いていたことから、基地の異常は彼女達ですら知らないコトだった。その辺りから「なんか雲行き怪しいな」とは思っていた。けど、さぁ。
「お前流石にオバロスタイルはあかんて。マジで。」
『え? でも好きでしょ? オーバー●ード。』
「いや確かに全巻持ってるしウェブ版もアニメも全部見たけども。」
『あ、···いや、やっぱりいいや。』
「クソ気になるじゃねぇか最後まで言えや!!」
動かない身体を何とか動かして神畜生をぶん殴りたい。どうせアレだろ? 「オーバーロー●と違って、敵は君たちより強いよ!! 頑張ってね!!」とか言うつもりだろ!? 「ヌルゲーじゃなくて良かったね!! 幸運だね!!」とかいう流れだろ!?
『質問はそれだけ?』
「待て待てコレだけは聞いておく必要がある。···轟沈、ある?」
『それを教えちゃあ面白く無いじゃないか。』
「巫山戯んな死ねクソ神。」
神は笑いを溢すと、「じゃあ」と言って帰ろうとする。世界が動き始めようとするその刹那、俺の脳裏に浮かぶ物があった。
「黒衣の王、顔のないスフィンクス、膨れ女···。」
『···何が言いたい?』
笑いを納めた神が、今まで俺の罵倒にも笑って対応していた神が、ひどく平坦な声で言う。
「お前の名前は何だ?」
『君のような勘のいい人間は嫌いだよ。』
即答。背後から聞こえてくる笑い声は、嘲笑の色を濃くして、そして──唐突に世界が動き出した。振り向くことに恐怖はない。そこにソレがいたのなら、振り向こうが振り向くまいがどうせ壊れるのだから。
「ふぅ。」
背後に誰もいないことを確認し、安堵の息を漏らす。怪訝そうなベルファストに何でもないと身ぶりで示して、基地巡りを再開する。
◇ ◇ ◇
「結局、異常と言えるのは、立地が変わったことと工厰の消失だけですね。」
「だけ、とは言うけどねぇ···。」
執務室でベルファストと会話しつつ、俺の意識は全く別のことに向いていた。オバロスタイル···と、言うか、この手の転生モノにおいて、主人公はまず味方キャラの忠誠心に関して心配する。が、幸運にもアズールレーンに反乱やクーデターというイベントは無いし、忠誠心なんてステータスもない。心配すべきなのはこの異世界固有の敵だったり、あるかもしれない轟沈だったり、だ。
「とりあえず、周囲の確認からしないとな。ベルファスト、帰投した遠征部隊を空母と護衛艦隊を中心とした長距離索敵用編成に再編、1時間掛けて周囲の様子を探らせてくれ。敵──いや、ウチのモノじゃない船と遭遇した場合は殲滅よりも情報の収集を優先。絶対にこちらから攻撃はするな。」
「畏まりました。」
ドックから直通の出撃ゲートへ向かったベルファストを見送り、自分は基地をぶらつく。大学と同じか、もう少し広い敷地を持つこの基地は、意外なほどに静かだった。
「遠征と寮舎と···あとは皆ドックに居るのかな。」
歩きつつ呟く。オバロスタイルとなると、かなり綱渡りになるな···。最優先は資材の確保と周囲の様子の把握···あと、この世界の兵器···というか、軍の強さを知る必要があるな。日本人は平和ボケしていると言われるが、物事をネガティブに捉えるのも得意なんだよ。真っ向から対立する必要もないけど、戦闘に発展しないと決めつけるのは愚かに過ぎる。
「指揮官。」
「あぁ、プリンツ。」
背後から掛けられた声に振り向くと、銀髪を揺らすプリンツが澄ました顔でこちらへ歩いてくるのが見えた。
プリンツ·オイゲン。ドイツをモチーフとする陣営【鉄血】に属する重巡洋艦で、耐久寄りのバランスの良いステータスと太ももの素敵なキャラクターだ。レベルは100で、スキルも限界まで育ててある。装備も充実させているし、文句なしの第一艦隊の防御役。ちなみに好感度は──あ。
やばい。何が「忠誠心に関しては心配いらない」だよ。あるじゃねぇかよ、バッチリと。
好感度システム。100まで上げれば結婚でき、衣装や特別ボイスが解禁されると共に、好感度が100以下にならなくなり、さらにはステータスも上がるお得機能。──だが、その数値は「上がる」だけではない。「普通」や「友好」、「愛」なんてといった複数の段階に分かれる好感度の下限──「失望」。「結婚」と同じく特別ボイスが設定されているそのレベルになれば、クーデターだって有り得るのでは···?
──プリンツの好感度は「愛」。結婚前の上限ではあるが、結婚はしていない。つまり、好感度はまだ下がるということだ。
もし、この場でプリンツが裏切ったら? 艦船vs一般人(生身)が始まる。するとどうなる? 考えるまでもない。死ぬ。
「指揮官?」
「ッ···ごめん、何?」
怯えなかったのは、退かなかったのは、逃げなかったのは、「流石に美少女相手に逃げられるか」という意地が2割と、「プリンツに殺されるなら別に良くね?」という思いが5割。2割は、思考に埋没し過ぎていたからか、平和ボケした日本人の性か、死に対する恐怖が無かったから。
「そろそろお昼よ? 約束通り、海軍カレーを奢って頂戴?」
そして残りの1割。「神」が「あいつ」なら、俺がここで死ぬなんて
「あぁ。分かった···って、俺、金無いんだけど?」
「財布なら、執務室に置いてあったわよ?」
「マジ? ありがと、取って来るよ。」
「今はここにあるけどね。」
「パクってんじゃねぇよ···。」
プリンツが尻ポケットから出したのは、以前に俺が使っていたのと同じ財布。···日本円で買い物が出来るのか?
あの神:みんな大好き無貌さん。
異常:基地の立地が変わった 工厰が消えた