「プリンツ、か」
この世界に来た時点で、覚悟はしていた。
『アズールレーン』は数百万人規模のユーザーを擁するソーシャルゲームだ。リアルタイム対人戦こそ無かったものの、疑似的な対人戦──演習システムは存在した。
だがこの世界で、俺以外に艦船を率いている存在は見当たらなかった。だから他者との戦闘にはならない、そうは思っていたが──そもそも、艦船たちが裏切らない保証は無かったのだから。
自分の艦隊・艦船で、自分の艦船を攻撃する覚悟はできていた。自分の艦船に攻撃されて死ぬ覚悟も、まぁ死ぬのは御免だが出来ていた。
──だが、だからといって、他者の艦船を、それもケッコンに至るまで愛し、限定スキンまで解放した艦船を攻撃して沈める──殺す覚悟はできていない。
分かっている。躊躇えば、沈むのは俺のプリンツかもしれないし、フッドかもしれない。勿論片方がやられた時点でもう片方の反撃で相手も死ぬだろうが、命の価値は等価ではない。1:1で交換出来たな、及第点、とはならない。俺のプリンツか他者の艦船か。どちらかを殺せと言われたら俺は躊躇うことなく俺のプリンツを救う。
だが。そもそも。
「待て、全員砲を下げろ。」
戦わなければならない訳ではない。
俺の指示に従ったのは、ウェディングドレスを着た方のプリンツとフッドだけだった。依然として険しい顔つきのプリンツの肩に手を置き、力を籠める。
人間如きの腕力で艦船の力を抑え込める訳もないが、彼女はしぶしぶ従ってくれた。
「キズナアイ・・・さん。艦船として存在しており、かつ自前の艦隊まで持ち込んでいる貴女を放置するわけにはいかない。・・・理解していただけるか?」
「え、へ、艦船?」
・・・え、あいつ説明してなかったん? 無能?
「今の貴女は“ヴァーチャルユーチューバー”としてではなく、現実に存在する艦船だ。えっと・・・試しに海に出てみようか。編成は・・・何?」
持ち歩いていた端末を確認すると、何故か保有艦船一覧に『キズナアイ』という艦船が登録されていた。レベルは1で装備も貧弱、その上無強化と絶望的なステータスだが。
「艦隊指揮、だと?」
たった一つ保有しているスキル。レベル表記のないそれは、名を『艦隊指揮』。スキル概要は──
「前衛艦隊に3人、後衛艦隊に3人、潜水艦隊に3人までの艦隊を編成し指揮することができる・・・?」
強い。端的に言ってチート臭い。が、ここに登録されているということは、まさか味方なのだろうか。
「えー、なんか普通のアズールレーンと一緒ー。もっと弾幕撃てるスキルとか欲しかったな・・・」
戦慄する俺に気付かず、彼女はそう言ってぐねぐねと不機嫌を体で表した。
単純に、キズナアイ本人が戦力にならないとしても彼女がフルパーティを持ち込めば、素の艦隊6人-1人+6人で11人。艦船一人の戦闘能力を軽く見積もって通常兵一個中隊分くらいだとすると・・・大体大隊くらいか()
凄まじい戦力で草も生えない。
「キズナアイさん」
「アイちゃんでいいですよー」
「・・・ではアイちゃん。出撃演習だ。確か・・・正面海域の端っこに訓練用のブイやら何やらがあったよな?」
未だに少し不機嫌っぽいプリンツに確認すると、彼女は黙って頷いた。
同型艦・・・いや、同一艦として対抗心でもあるのか、プリンツはもう一人のプリンツに視線を固定していた。
だが相手は結婚済み。パラメータ補正がある以上、こちらのプリンツでは勝ち目が薄い。猜疑心に負けて、結局認識覚醒とやらにも触れていない現状では、まだ。
「シェフィかフッド・・・いや、両方行け。あとでエンタープライズと大鳳に上空支援をさせる。」
「かしこまりました。指揮官様は、この後どうされるのですか?」
「とりあえず朝ごはんかな・・・」
◇
「・・・?」
その日の食堂は、いつもとは違う静けさに包まれていた。
厨房にいるはずのメイド隊がおらず、自炊できる艦船が代替してご飯を作っている。
食堂に来れば決まって甲斐甲斐しく給仕をしてくれる彼女たちがいないだけで、まったく別の場所にいるような錯覚すらした。
「あ、なぁダンケルク。メイドたちはどうしたんだ?」
たまたま近くの席に居たダンケルクに尋ねてみる。
「朝礼が長引いてるらしいわよ。結構な問題が起こったらしいけれど・・・聞いてないの?」
「んー・・・聞いてないな。さっきまでシェフィールドと一緒だったんだが。」
納得したように頷いたダンケルクは、ふと何かを思い出したように、僅かに眉を上げる。
「まぁ・・・見れば分かるわ。メイド隊の部屋に行ってみなさい。この後演習だから、一緒には行けないけれど。」
「? ・・・分かった。飯を食ってから覗いてみるよ。演習、頑張ってな。」
「えぇ、ありがとう。」
ダンケルクがひらひらと手を振って出て行く。と、入れ替わりに、その席に座る影。
「おはよう指揮官。朝からお前に逢えるとは、運がいいな。」
「おう、おはよう加賀。・・・
一航戦、九尾の白い方。加賀だった。なんとなく会話の糸口として、普段は一緒にいる一航戦九尾の黒い方、赤城の名前を挙げてみる。
すると、彼女は微笑を浮かべて、俺の前をちょいと指した。
首を傾げて前に向き直る。
「・・・へ?」
なんか、いた。
具体的には・・・そう、なんかちっこいのが。
「・・・あいさつは?」
「は?」
「はぁ・・・おはようも真面に言えないのかしら、この子分は。」
「・・・はぁ?」
見覚えのある着物を着てはいる、が・・・なんだろう、赤城の妹とかだろうか。
・・・オッケーグーグル、赤城、姉妹艦、っと・・・高雄と愛宕、は、これは同名の別人だな。天城・・・は姉か。
じゃあ君誰よ? 言っとくがここは軍事ry
「主人の名前を忘れるなんて・・・どうやら教育が必要みたいね?」
「あー、はいはい。あっちのお姉さんに遊んでもらおうなー。お兄さんはいまご飯食べてるからなー。」
「むぅ・・・」
・・・いや、見た目ロリでもこいつ艦船なんだよな? ・・・やべぇ死ぬ。たすけてベル・・・ってか
「・・・私が誰か、知ってから謝っても遅いわよ?」
「・・・一応、名前だけ教えてもらっていい?」
その言葉でプッチンしたのか、彼女は椅子から飛び降りる──足が届いていなかった──と、薄い胸を張ってこう言った。
「天城姉さまの妹、一航戦の赤城とは私のことよ!」
や、