もっとくれてもええんやで(底のない強欲)
ここは、国連の総力を挙げて、つまり、ユニオン、ロイヤル、重桜、鉄血、東煌の五大国家が、資材と技術を惜しむことなくつぎ込んで作り上げた軍事要塞だ。なんの要因もなく空中放電するような安い機材など一つもない。
「確認を。」
「了解」
注意深い性格なのか、東煌代表の女性が、背後に控える側近を退出させた。
「──それで」
ロイヤル代表の紳士が、話を続けようと口を開く。だが、その声は、数倍しても尚届かぬほどの大音響で掻き消された。
その轟音は、誰かの発声器官が産み出した物ではない。
走る紫電が大気を貫き、孕む10億ボルトもの電圧が、空気を一気に3万℃にまで押し上げ、炸裂させる。その結果、爆発する大気は雷鳴となり、辺り一面を白く染め上げながら制圧する。
フラッシュバンの爆発にも並ぶ爆音と、閃光。
各国の代表とその側近たち。この部屋にいる全ての──否。フラッシュバンごときでは沈まない艦船の化身たる、銀髪のメイド。主のいない椅子の後ろで、綺麗な立ち姿を披露する彼女だけが──いいや、否。『筋肉は全てを超越する』。その言葉の真偽を露にするように、ユニオン代表の男性もまた、ユニオンのマークが掲げられた椅子に、背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま座っていた。
その二人を除き、他の代表たちは酷いありさまだった。
失神する者や、頭を抱えて机に突っ伏し、悶える者。目か、耳か、或いは、その両方か。感覚器官の中でも主要な二つに叩き込まれた衝撃は、脳にまで強いダメージを与える。
だが、幸いにして、その余波だけで各国の代表を傷付けた雷撃が落ちたのは、無人だった『アンノウン』代表の椅子だ。もしも有人の椅子に直撃していたら、或いは、彼ら、彼女らの背後に控える側近たちに直撃していれば、愉快な人形の炭製オブジェが出来ていたかもしれない。
鍛え上げられた筋肉に守られ、唯一、各国代表たちの中でハッキリとした意識を保つ彼は考える。
(今のは放電···いや、雷。バカな、ここは室内···それもシェルターの中だぞ?)
──倒れ伏した盟友たちを眺めて顔をしかめる彼の視界の端に、揺れる銀色が映った。
深々と頭を垂れるベルファストの、絹糸のような銀髪。それが、雷撃の余波でおかしくなったのか、ときおり点滅するLEDの灯りを受けて、艶やかに煌めいていた。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません。ご主人様。」
ご主人様、と、彼女がそう呼ぶ人間は一人しか居ない。
(バカな···!?)
無人だった、無人であるはずの、『アンノウン』の椅子。
肘掛けに両腕を乗せ、深く腰かけたその男に、彼は見覚えがあった。
(『アンノウン』指揮官!? いつの間に···いや、そもそもどうやってこの場所を!?)
「さて、皆様方、どうやらお疲れのご様子。今回の件は、悲しいすれ違いという事で収めましょう。」
「あ、あぁ···。」
突っ込むことすら出来ず、彼は首を縦に振った。
「迎えに来て下さったのですか?」
ベルファストが問いかける。「···うん」と、舌足らずに返したのは、ベルファストとは椅子を挟んで反対側の、指揮官の背後に控える金髪の童女だった。
「ありがとうございます、エルドリッジ様。では、帰りましょうか。」
肘掛けに置かれた『アンノウン』指揮官の左手をベルファストが握る。反対の手をエルドリッジが掴むと同時に、また、紫電と閃光が迸った。
『アンノウン』に所属する者が誰一人として居なくなった円卓の間で、複数のうめき声が上がる。一度目の雷撃で昏倒していた各国の代表達が、ようやく意識を取り戻したらしい。
(エルドリッジ、だと?)
頭を振ったり、ハンカチで顔を拭ったりしている同朋たちに視線を向け、それでも焦点は合わさず、遠くを見るような目をして、ユニオンを代表する彼は思考を回す。
(ユニオンの···いや、合衆国の駆逐艦、エルドリッジ。フィラデルフィア計画が真実だとすれば、さっきのアレは超高電圧を纏っての瞬間移動──いや、この要塞に侵入できたという事は、超高速の線移動ではなく、点と点の連結···空間転移。フィラデルフィア計画のログによれば、乗組員は酷い有り様だったらしいが···あの指揮官は無事だったし、仲間を連れて帰っていたな。問題はクリアしたのか···?」
思考に埋没し過ぎていたのか、途中から、考察の内容が口から漏れていた。
ようやく頭が回るようになったのか、他の面々も先程の現象について語り出す。
「あまり、よく覚えていないのですが···あの瞬間移動、何人までの戦力を運べるのでしょうか?」
「はは、重桜の。そんな事は問題ではないよ。あの銀髪のメイド一人でも、我々の鏖殺は十分に可能だろうよ。」
もし、軍隊を自在に、それも一瞬で移動させられたら、どれだけの驚異か。そう言った重桜代表の女性に対して、鉄血代表の男は、運搬可能と確定している一人だけでも十分だと、そう返す。
「それに、転移の余波だけでもあの制圧力。エルドリッジだけでも凄まじい脅威でしょうね。」
つい先程まで──一部の者の暴走が原因であり、総意ではないとはいえ──抗争状態にあった彼らの顔色は優れない。特に、その原因となった者が所属していた『東煌』と『ユニオン』の代表は、顔を青褪めさせている。
もし、彼らの保有する大戦力の、そのほんの一部だけでも、あの恐るべき雷撃と共に首都に送り込まれでもしたら、国家は瞬く間に陥落する。
虎の尾どころか、臥龍の逆鱗を蹴り飛ばすような行いを、彼らはしてしまったのかもしれない。
◆
side ベルファスト
以前まで、ご主人様は指揮用の端末越しに指示を出されていた。直接お顔を合わせて頂けたのは、ほんの一月ほど前。私たちが見知らぬ場所に放り出されたとき、直接指揮を執りに来て下さったのだ。カメラ越しに、ディスプレイ上で見るのと変わらないお顔と、スピーカー越しに聞いていたのと変わらないお声。それが、彼が私たちの指揮官なのだと、抵抗なく理解させた。
あの海域で出会ってから。端末越しだったころも合わせたら、私が建造され、この世に生まれ落ちてからずっと、私はご主人様のお側に侍らせて頂いていて、ずっと彼を見てきたから。だから、彼の異常には直ぐに気づいた。
国連の代表が昏倒している? 会談の切り上げ方が雑?
知ったことか。私にとって、最も大切なのはご主人様だ。
エルドリッジ様の瞬間移動で、基地へと帰還する。見慣れた執務室の光景が目に映った瞬間、私は椅子でぐったりと脱力されているご主人様へと駆け寄った。
「ご主人様、ご無事ですか!?」
素早く、服越しにではあるが、お体を確認させていただく。頭を過ったのは、レインボー計画の悲惨な記録と、高電圧に晒された人間がどうなるのかという実験の、やはり悲惨な記録。
幸いにして、外的な影響は無いようだった。これで、もし内的な後遺症があったりしたら、隣で心配そうな顔をしているエルドリッジ様を、私は──いけない、まずは、ご主人様の無事を確かめねば。
頭を切り替え、ご主人様の体を軽く揺すると、ご主人様は薄目を開け、僅かに声を漏らした。
一字一句を聞き逃すまいと、髪を掻き上げ、露出させた耳を口元へと近付ける。
「···ねむみを感じる。ぽやしみ。」
がくり、と、眠りに落ちたご主人様と一緒に、私までもが脱力してしまう。──でも、良かった。異常はないようだ。
私はご主人様の脚へと手を回し、いつかのように横抱きに抱き上げた。
「···ぇる」
「···はい、ご主人様。」
今度は不意に、顔の近くで囁かれて、心臓が跳ねた。
「腹へった。」
「···では、夕食のご用意を。それまでお休みになられては如何でしょう?」
「···あぁ。」
スタンガンどころでは済まない高電圧のせいか、ご主人様の声は酷く弱々しかった。ご主人様が起きてしまわない、不快に思われない程度に足早に、寝室へと向かう。ゆっくりと身体をベッドに横たえて、私はキッチンへと向かった。──こっそりと、少しだけ寝顔を堪能して。
◇
──失態だ。
調理に集中出来ていなかったのか、メイド服に油が飛んでしまった。メイド服はもともと家事で汚れることを想定して作られているから、エプロンを替えれば済むとはいえ、ご主人様に食事をお出しするのが遅れてしまうのは、メイドとして看過できない事態だ。
自室へと戻り、替えのエプロンを取り出し──え?
紺色のメイド服と、白いエプロン。ホワイトブリムやシルクのグローブ。いつもの私の着替えが並べられたクローゼットの隣に、見慣れない衣装ケースがあった。一瞬だけ爆発物の類いを疑うが、それはないだろうと自分で却下する。ここは軍事基地だ。そして、詰めるのは全員、人間サイズの軍艦だ。不届きものが入り込む余地などありはしない。
訝しみながら、衣装ケースを開ける。
「···ぁ」
不本意ながら、小さく声が漏れてしまった。
入っていたのは、純白のドレス──それも、ヴェールのついた、ウェディングドレスだった。
「ご主人様···?」
この基地で、こんな真似が可能なのは、
ごめんなさい。一番始めに指輪を貰ったのに、イラストリアスお嬢様のようにドレスが貰えなかったから、「あぁ、
震える手でメイド服を脱ぎ、ドレスを纏う。本当は皆様にもお見せしたい。けれど、まずはあなたにだけ。
ヴェールを付けて、折角だからと、少しだけメイクもして。姿見を覗き込んで、可笑しなところがないかを確認して──衣装ケースで光る、それを見つけた。
「これ···チョーカー?」
取り上げると、それはじゃらりという音を鳴らした。
チョーカー、なのだろう。だが、それには、黄金の鎖が付いていた。まるで犬につける首輪みたいだ、と、苦笑しようとして、やっと気付いた。
金は、化学的·時間的な劣化に強い。錆びず、朽ちないその性質から、不変性を示すものに用いられる事が多い。功績を讃えるメダル然り、永久の愛を示す結婚指輪然り。
そして、私が贈られたのは、鎖のついたチョーカー。意味するところは、もはや考えるまでもなく明らかだった。
「ご主人様···」
嗚咽が漏れた。涙も、止めようもなく溢れてくる。メイクも崩れてしまうし、目蓋も腫れてしまう。最高の状態を見て頂きたいのに、これでは──
──結局、私が「完璧だ」と思えるレベルで準備を終えたのは、それから1時間も後のことだった。
◆
──目が覚めた。
こいついっつも目覚めてんな。と、そういうツッコミは止めて頂きたい。健康な人間であれば、1日の始まりと学校の講義の終わりは目覚めで迎えるものだ。まぁそれはさておき、目に映ったのは、もはや見慣れつつある、自室の天井だった。自室、とは言っても、この世界に来てからの自室だが。
時計を見ると、短針が11、長針が2を指していた。
「···寝坊···じゃ、無さそうだな。」
窓の外はすっかり暗く、昼前特有の刺すような光は入ってこない。
「···いや、アホみたいに寝坊した可能性が微レ存···しないか。」
一人暮らしをしていた以前ならともかく、今は起こしに来てくれる嫁···もとい、部下がいる。つまり、普通に就寝したものの、何かの拍子で起きた説が濃厚か。ふむ。やはり私の頭は優秀だ。ニャルをニャルと看破できただけのことはある。
──さて、そろそろ現実逃避は止めにしよう。
俺は、徐に服を脱ぎ、全裸になった。
···俺自身の名誉のために言っておくが、別に脱いで興奮するタチではない。ところどころ欠落のある記憶が確かなら、俺は最後、エルドリッジの電撃を浴びて昏倒したはずだ。誰がここまで運んでくれたのかは知らないが、その人物にお礼を言うより先に、やらなくてはならないことがある。
身体のチェックだ。
エルドリッジを用いたフィラデルフィア計画において、乗組員に起きた異常。
身体の凍結。身体のゲル化。身体部位の透明化、エトセトラ···。
すっぽんぽんになり、全身をくまなく目視·触診で確認する。手が沈みこんだり、イヤに硬かったり···は、しない。
「良かった···」
ガチャリ、と、扉が開く音がした。
安堵のため息を吐き、完全に脱力していた俺に、即座の反応は無理だった。出来たことと言えば、ただ来訪者の方を向くくらい。
「···wow」
また、意識が飛ぶかと思った。
白銀の髪に、純白のヴェール。起伏の激しい肢体を、普段の紺と白のメイド服ではなく、その肌にも劣らぬ白いドレスで包んでいた。純白のドレスと、ヴェール。この二つを同時に纏う衣装を、俺は一つしか知らない。
すなわち、ウェディングドレスだ。
『アズールレーン』には、キャラクターの見た目を変える機能、"着せ替え"があった。各キャラクターに固有のアバターが、ハロウィンや水着など、季節のイベントに合わせて、かなり頻繁に追加されていた。課金するプレイヤーの目的として、まず真っ先に上がるレベルで素晴らしいモノばかりだった──が、その中に、ベルファストのウェディングドレスは無かったはずだ。イラストリアスのように、好感度を『結婚』に昇華させたボーナスとして貰えた訳でもない。今回のアップデートで追加されたのだろうか。
そんなコトよりも、まず真っ先に頭に浮かんだのは「綺麗だ」という感動。大胆に晒された胸元や肩の白さに目が眩むより、身体にフィットするデザインのドレスが浮かび上がらせる、艶かしい腰のラインに理性が揺らぐより、陳腐で使い古された表現だと言われるのを承知で言うのなら、完成された「美しさ」にやられてしまった。
「ベル、ファスト···」
透き通るような白い肌に、絹糸のように艶やかな銀髪。汚れ一つない純白の衣装。その中で目を引く、首元の黄金。チョーカー、と言うのだろうか。首に付けられたアクセサリには、金色の鎖が付き、豊かな胸が作り出す谷間へと消えていた。
「ご主人様···」
少しだけ頬を上気させて、ベルファストが眉尻を下げる。
「まずは、なにかお召し物を──」
俺は慌ててドアを閉めた。
何の気なしにベル見たら着せ替え来てたのマジでビックリした。そしてマジで綺麗だったから放心した。
電車乗り過ごした。