トモに   作:柴猫侍

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地ノ巻

 暗い空間。

 太陽も月も星も蝋燭もない、只々暗闇に包まれた空間の中で、“彼”はそこに佇まっていた。

 

 空間はひたすらに黒だったが、“彼”の居る場所は例外だ。溢れ出る力が、煌々と無限に続く夢幻の空間を仄かに照らしてくれている。

 姿が露わになっている“彼”は、雄々しい角を額から生やし、武者の鎧を思わせる甲殻が、巨大な“彼”の身を包み込んでいた。

 そして何より目を引くのは、巨大な尾。

 三対の翅が広げられ、その間をもう一本の尾が通っている。まさしく“彼”を象徴する七つの尾は、現在眼前に仁王立ちしている彼女を威圧するかのように、力強く立っていた。

 

「……何の用だ、小娘」

「えへへッ。今日も懲りずに仲良くなりにきたっす、七尾!」

「ふんっ、飽きない奴だ」

 

 ニシシッとはにかむ少女を前に、巨大な尾を持つ存在・七尾は悪態をつく。

 だが、少女はそのような七尾に憶することなく、鏡のように辺りの光景を反射する地面に座り込み、腹を割って話す所作を見せるではないか。

 

「まあまあ。そう言うモンじゃないっすよ~」

「……手前、何回断られたと思ってんだ?」

「ん? え~っと……十回から先は数えてないっす! ま、こういうのは数をこなしてかなきゃ話にならないっすから! はははっ!」

「……めでてぇ頭してるなぁ。こんな奴が今代の人柱力だなんて、俺はアンラッキーだぜ……」

 

 はぁ、と深いため息を吐く七尾。

 一方、彼の腹の中を知らぬフウは、依然として笑みを浮かべたまま、談笑に勤しもうと身を乗り出す。

 

「まあ、積もる話もあるでしょうよ。そこで、今回は愚痴を聞く友達っていう切り口で……」

「ほう……俺の愚痴を聞くってぇなると、百年はかかるぜ?」

「え゛。それは困るっすねぇ……確か、里で一番お年寄りのコウメばあちゃんが七十っすから、あっし、百歳まで生きていけるかも怪しいっすねぇ。どうやったらそんな長寿に―――」

「遠回しに断ってるって気付け、阿呆が」

 

 真面目に百年生きることのできる案をひねり出そうとするフウを前に、親切にツッコミを入れる七尾。

 この関係は今に始まったことではないが、婉曲な断りを真面目に思案されるほど、いたたまれない気持ちになる事はないと言うものだ。

 

「ちッ。前の人柱力はここまでグイグイ来なかった分、まだやりやすかったぜ」

「え~。もったいないっすね、それ」

「……は? 『もったいない』?」

「そうっすよ! 人柱力と尾獣は一心同体! 四六時中一緒に居るんすから、仲良くやっていくことに越したことはないじゃないっすか! それなのに、そんな家庭内別居みたいな真似、もったいないじゃないっすか」

 

―――……この脳みそハッピー野郎が。

 

 燦々と輝く瞳を向け、さも当然と言わんばかりに言い放ってくる少女を前に、七尾は今一度ため息を吐く。

 そこへすかさず、

 

「だから、友達になろうよ!」

「断る」

「ぐぬぬ……七尾は意固地っすねぇ。友達少なくないっすか?」

「手前にゃあ言われたくないんだよっ!」

「そんなことないっすよ! 今は友達百人目指してる最中っすけど、いつかは達成してみせるっす! そしていつかは、二百……いや、三百! いやいや、千人まで作ってみせるっす!」

 

 うがー! と雄叫びを上げ、立ち上がる少女。

 彼女には、住んでいる里に慕う人物が居る。その人物に教えられたことが、『百人の友を作る』ということだった。

 

 人と人が繋がれば、この世に争いはなくなる。同時に、大切な者を守ろうとする意志も広がっていけば、やがて人々が互いを傷つける必要もなくなってくるだろう、と。

 理想論だ。

 しかし、それ故に心を奪われる。

 それ故に夢を見る。

 それ故に、現にこうして努めているのだ。

 

「……相も変わらず、めでたい頭してんなぁ」

「お、分かってくれたっすか? いやいや、有難いっすねぇ~!」

「……ホント……めでたい頭してんなぁ」

 

 皮肉を皮肉と理解できない―――元を辿れば、その“言葉”を誉め言葉として認識しているからなのだが―――思考を有している少女に対し、七尾は地面が波打つ程に大きな息を吐く。

 そして、何も浮かびさえしない空間の空を見上げた。

 只々暗いだけの天井。月影など垣間見えぬ様に、七尾はどうしようもない郷愁に駆られたように錯覚した。

 

「……百人っつったか」

「そうっすよ、百人っす! 七尾もいつかは、その内の一人になるんすよ!」

「……ふんっ。上っ面だけ取り繕った友達とやらが何人集めた所で、人間の争いが止まるたぁ思えないな」

「そんなことないっすよ! あっしは……」

「それと小娘。手前は、自分が人柱力であることさえ、手前のお友達やらに伝えてないじゃねえか。それで本当に“友達”って言えんのか?」

「うっ、それは言いふらしちゃダメってキツく言われてることっすから……本意じゃないっすよ」

「……ふん」

 

 シュンと肩を落とす少女を鼻で笑う七尾。

 あれだけ威勢よく友達になろうと謳っていたにも拘わらず、彼女が隠している“秘密”に言及した途端にコレだ。

 

―――手前が“友”と呼んでいる者達は、所詮手前を人柱力と知らぬ者達。事実を知れば、すぐさまに掌を返すだろう。

 

 尾獣は、戦略兵器に並ぶまでに強大な存在。

 それを内包する人柱力は、その身に尾獣を体に宿すという点から、尾獣そのものと考えられている地域も少なくはない。

 ある地域において、人柱力は迫害の対象とさえされている。

 当人が人柱力になることを望んだ・望まないに拘わらず、だ。

 

 ここ滝隠れの里は、少女が人柱力と知られて居らず、尚且つ里長である男が里の者達に浴してあげるよう頼んでいる為、迫害はされていない。

 

 しかし、現実を知ったならばどうなるのだろうか?

 里一つ滅ぼせるほどの力を体の中に抱き―――操れている訳ではなく―――いつ暴走するやも分からぬ兵器にもなり得るとしったならば、果たして友のままでいてくれるだろうか。

 

 ここで一つ、実際に人柱力と知られても友のままで居てくれる人物を見つけ、成功例として挙げることができれば説得力が付いているのだが、言いつけを守らなけれイケない以上、早々浅はかな行動に出ることもできない。

 言い返せない少女は、唇を尖らせて唸るだけだ。

 

「……所詮、人間なんてそんなモンよ。手前に都合がいいように取り繕って、悪くなりゃあ掌返し! 友達ってのぁ疲れると思わねえか?」

「そんなことないっすよ! 友達と楽しく過ごせば、疲れなんて―――」

「どうだかな。それに、交友関係ってのは広ければ広い程、手前を縛ってくモンなんだよ。どんだけ数増やそうが、本当に腹割って話せる相手なんざ、ほんの一握り。寧ろ、数増やすことで上っ面取り繕わなきゃいけない相手が増えるだけだ。おい、小娘。手前の言う友達ってのは、どうせ“友達”って皮を被った第三者さ」

「七尾! ひどいっす!」

「―――俺はなぁ、もう縛られたくないんだよ」

 

 抗議の声を上げようとした少女であったが、そこへ七尾のドスが効いた声が被せられる。

 その時だった。少女が、一心同体と謳う相手との間に、どうにも払いのけられそうにない蜘蛛の巣のような編み目が張らされているように幻視したのは。

 

「尾獣と人間が分かり合えるなんて夢見てるなら、今の内に目を覚まさせてやるよ。作った側と作られた側は理解し合えねえ」

「嘘っす! そんなの、やってみなくちゃ……」

「人間ン中に封じ込められてる俺を見てまだ言うか。それともう一つ言ってやるよ。人間と人柱力……この両者も同じだ。人間は、手前を尾獣への恐怖っつー色眼鏡で見る。対等なんてこれっぽっちも思わねえ。それとなぁ……人柱力の苦労も辛抱も、他の奴らにゃ理解できないんだよ」

「七尾!!」

「理解できて堪るか? ん?」

 

 ズイっと顎を突き出してくる七尾は、言い返せずに口ごもる少女を見て満足したのか、そのまま顎を引き、定位置へ戻ろうとした。

 が、

 

「―――……分かったっす」

「は?」

「あっしは……人柱力はきっと、人と尾獣の間を取り持てるような架け橋になれるように居るんすね!?」

 

 何かに目覚めた様子の少女が、鼻息を荒くして七尾を見上げ、そう言い放った。

 

「おいおいおい、話を聞いてたか?」

「あっしが七尾と友達になって、あっしも七尾の言うような友達見つければ、無問題っす! 友達の友達は友達……きっと、七尾にもたくさん友達できるっすよ!」

「もう一回聞こうか。俺の話聞いて……いや、聞いてないからそんなこと言ってやがるのか」

「そうっす!」

「元気溌剌で言い放つんじゃねえよ。小娘、ラッキーだったな。相手が寛大な俺で。他の奴らだったら、ブチ切れて手前のこと食い殺してる所だったぜ」

 

 最早、漫才のようなやり取りだ。

 生憎、この空間は他人が易々と入り込めるような場所ではない為に、この光景を望むことができる者達は彼女たちしか居ない。

 

 少女と尾獣の漫才のようなやり取り。

 シュール。その一言が似合う光景だ。

 

「寛大なら、友達になってくれてもいいじゃないっすかぁ~!」

「それとこれとは話が別だ。だが、そうだなぁ……俺を自由にして、故郷に帰らせてくれるっつーなら、友達になってやっても構わないぜ?」

 

 尚も退かず、頑なな態度を崩さない七尾に対し、少女ブーブーとブーイングを飛ばす。

 しかし、これだけの体格差だ。七尾からしてみれば、実際に思っているどうかは別として、カワイイものだろう。

 だが、このまま騒ぎ続けられても堪ったものではない。

 

 そこで彼は、一つの甘言を投げかけたのだ。

 

 七尾にとってはほんの戯れ。

 相手の裏を読むべき忍び相手にしては、余りにも真意を見抜くには容易すぎる提案だ。

 

 だが、それに一瞬でも引っかかるのが、このめでたい思考回路を有す少女である。

 

「マジっすか!? あ、でもそれはシブキにちゃんと了承を得ないと……あっしの一存じゃあどうにも……」

「真に受けるな。人柱力から尾獣抜いたら手前が死ぬの忘れたか」

「え? あ、そう言えばそうっすね! そんなぁ~! あっしが死んだら元も子もないっすよ!」

「ふんっ。小娘、ラッキーだったな。相手が、わざわざ親切に教えてくれる俺で」

「そうっすね! いやぁ、助かったっす! ありがとうっす、七尾!」

「っ……―――」

 

 屈託のない笑み。

 人によっては、真っすぐ見つめることさえままならぬほどに眩い笑顔だ。

 

 しかし、七尾が少女から目を逸らしたのは、飽きるほどに見た破顔故ではない。

 

「……ふんっ! 俺はもう疲れた。帰れ、小娘」

「えぇっ!? まだちょっとしか喋ってないっすよ!」

「手前との会話は体力が要るんだよ」

「天下の尾獣が何ちゅう体たらくっすか! それに、前から言ってるっすけど、『小娘』じゃなくて、あっしには『フウ』っていうちゃんとした名前があるんすから、そっちで……」

「手前なんぞは小娘呼びで十分だ」

「あ、ちょっ、なんすかこの糸は……って、あ゛ぁぁぁあああ!!? 暴力反た―――」

 

 依然、として居座ろうとする相手を無理やり追い出した七尾。

 封印されているとは言え、ある程度の力は使わせられるよう分け与えている為、追い出すなどは造作もないことだ。

 只、少女がなんの対処もせずに為されるがままであることも理由だが、今の七尾にとってはどうでもいいことである。

 

(……漸く五月蠅いのが居なくなった)

 

 騒々しい人間一人居なくなったことで、彼一人だけが居座るこの空間に、静寂が訪れた。

 

 何も、何も聞こえない。

 木の葉が擦れる騒めきも、川のせせらぎも、小鳥の囀りも、虫の鳴き声も。

 

「俺は……ラッキーセブンの重明(ちょうめい)だー、っと」

 

 だからこそ、どこか哀愁の漂う七尾―――否、重明の呟きは、酷く寂しく響き渡っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 変わらぬ良さがある。

 人という存在が生まれて以降、彼らは優れた知能を以て文明を発展させていった。

 しかし、文明を発展させていく上で、離れた土地と文明レベルに差異が出てしまうのは致し方がない事実だ。

 

 滝隠れの里も、木ノ葉隠れの里と比較すれば、建築や医療などの面において劣っている。

 だが、緩やかな進化だからこそ、人々が慈しみ、育んできた景色が蔑ろな扱いをされることがないという利点があることもまた事実だ。

 

 滝隠れの里の象徴とも言える落差の激しい滝は、力強く降り注いできては、人々を癒すせせらぎを奏で、川沿いの森へ生気を与えていく。

 

「……」

 

 そのような滝を眺める少年もまた、圧巻な光景を前に、今日一日分の活力を得るかのように深呼吸し、とある場所に目を向けた。

 澄んだ水が満ちる滝壺。そこの地面と水場を隔てる僅かな段差に沿うように、一つの丸々と太ったスイカが浮かんでいた。緑と黒の縞々模様は、否応なしに夏を連想させる。さらには、あの瑞々しい果実の清涼感を与えてくれる甘さを、舌の上に錯覚させた。

 今頃は、冷たい水に冷やされていい具合に中身も冷えていることだろう。

 

―――だが、まだだ。

 

(……来た)

 

 茂みに隠れ、その“餌”であるスイカを凝視していた少年・シライトは、滝陰から人影が一つ現れたのを確認した。

 

 程よく引き締まった褐色色の四肢。

 風に靡くは、この森に同化しそうな程に青々しい黄緑色の髪。

 背中には、赤い布で巻かれている非常に大きな巻物を担いでいるものの、当人はさほど重そうにしてはいない。

 

―――……標的を確認。

 

 獲物がやってきた。自分の気など知らず、ノコノコと。

 

 獲物は辺りをキョロキョロと見渡し、滝陰からピョンと跳ね、あっという間にスイカの近くにまで駆け寄った。

 予想通り、彼奴はスイカにしか目が行っていない。

 現に、自然の力でキンキンに冷えたスイカを手にしようと、腕を伸ばしていた。

 

 計画通り。

 

 『ふぬぬ……』と踏ん張る獲物であったが、突如足場が崩れ、頓狂な悲鳴を上げる。

 

「ひょわあ!? なんっすか、コレ!?」

 

 “罠”が作動し、仕掛けられていた縄にグルグルと巻き付けられた獲物・フウは、目を点にして茂みからノソノソと出てくるシライトへ、疑問の声を上げる。

 ミノムシ状態で吊るされるフウは、体を色々な方向へくねらせているが、シライトは下す素振りを一切見せず、穏やかな水の流れにユラユラと揺れているスイカを持ち上げ、こう言い放った。

 

「弁明は……ある? スイカ……盗もうとしてたみたいだけど」

「……テヘッ♪」

 

 ウインクし、舌をチロリと出し茶目っ気を見せるフウ。

 一方シライトはと言えば、呆れた視線をフウへ送り、いつもの小屋へ足を運んだ。

 

「あ、ちょッ! 待ってほしいっす、シライト! これには訳があるんす! だから、だから……下ろしてぇぇぇえええ!!!」

 

 悲痛な叫び声が聞こえたが、シライトは無視し、そのまま小屋に足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 シライトとフウの友人付き合いは、既に十年近くになろうとしていた。

 

 良くも悪くも天真爛漫なフウとの付き合いは、変わり映えのなかったシライトの景色に、多くの色を与える結果ともなっている。

 『悪くも』とわざわざ付け足したのは、割とシャレにならない事件があったからである。

 

 ある日、術を勉強していたフウがシライトの下へ訪れ、とある術をやってみろと提案してきたことから、事は始まった。

 

『やってみるっす! 口寄せの術!』

 

 突拍子もない提案。

 それは、血で契約した生き物を呼び出す時空間忍術の一つだった。

 

 忍術など使えるハズがない、と抗議するシライトであったが、『モノは試しっす』と押し切られ、教えられた術式を地面に描き、ちぐはぐな印を汲んでダメ元でやってみたのだ。

 本人は、別に口寄せするつもりなど毛頭なかった。

 しかし、無駄にチャクラコントロールに長けていたことが祟ってしまうことを、当時のシライトが知る由がなかったことは言うまでもないだろう。

 

 ボンッと白い煙に包まれたら最後。人っ子一人居ない、どこぞの秘境に飛ばされてしまったのだ。

 割と達観しているシライトであったが、この時ばかりは焦った。

 どうやって生きていくのではなくて、両親に連絡も入れずに行方不明になってしまいそうな事態に、だ。

 

 しかし、神は彼を見捨てはしなかった。

 秘境の住人が一人……というよりは一匹、喋ることのできる親切なナメクジが滝隠れまでの案内を買って出てくれたのだ。

 歩くこと三か月。何とか滝隠れの里まで戻ってくることができた。

 そして、その親切なナメクジというのが―――

 

「……カツユ様。スイカ……どうぞ」

「あら。ありがとうございます、シライト君。では、頂きますね」

 

 小屋の棚の上に佇む、人によっては見ただけで身の毛もよだつ生き物が、随分と可愛らしい声を上げながら、サイコロカットされたスイカの果実にかじりついた。

 彼女(?)こそ、シライトの命の恩人、大蛞蝓『カツユ』だ。

 今は親指サイズほどしかないが、此処に住み着いているのはあくまで分裂体であり、本体は“大蛞蝓”に違わず、山のように大きいらしい。

 

 見た目と声、そして性格のギャップが可愛らしいナメクジである。

 

 因みに、彼女自身にはしっかりとした契約をした忍びが居るのだが、呼ばれたとしても直ちに問題はないとの事だ。つまり、それだけ彼女の体の大きさが規格外であることが分かる。

 

 今は、シライトの小屋の住人の一人。

 時折、シライトを逆口寄せの術で、以前飛ばされた秘境・湿骨林に招かれることもあり、何かと向こうの住民とは交友を深めていたりもする。

 特に、忍の身でもないのにナメクジと口寄せの契約を交わしていることは、当時の年齢を鑑みれば、何気に規格外の事をやらかしていたことを、シライト本人は知らない。

 

「……さて」

 

 カツユにお供えをしたシライトは、切ったスイカを二切れほど携え、依然として外の木に吊り下げられているフウの下へ歩み寄った。

 すると、諦めてジッとしていたフウが、スイカを見るや否や目を輝かせて暴れ始める。

 

「シ、シライト! あっしもスイカ欲しいっす!」

「……これ?」

「そうっす!」

 

 羽化前の蛹の如くうねうねと蠢くフウは、シライトの掲げるスイカに何とか噛り付こうと奮闘する。

 しかし、スイカ泥棒にあげるスイカなどあるだろうか? いや、ない。

 

 渡すフェイントをかけたシライトは、そのまま流水の如き滑らかな動きで、手に持っていたスイカを口に運ぶ。

 シャリ、と歯触りがよさそうな音が響き渡る。

 同時に、やや赤みがかった雫が宙に弾け飛んだ。一方で舌の上に広がるあっさりとした甘み。しつこくない甘み。幾らでも食べ進めることができる味だ。

 

 高級な訳ではないが、十分に満足させてくれる味に舌鼓を打つシライト。

 そのような友を前に、フウは目を点にして凡そ女子が出してはいけない声を上げた。

 

「あ゛あ゛あああああ!!!」

「……先に……言う事は?」

「あっしが悪かったっす! ちょっと『スイカが急に無くなったら、シライトどんな反応するのかなー?』的な悪戯心だったんす! ホントに盗もうなんて毛ほども思ってなかったんすぅぅうう!!」

「……分かった」

 

 涙目を浮かべるフウ。

 流石にこれ以上は見るに忍びない為、縄で縛られ吊るされたフウを下ろすことにしたシライトは、『これでも食べて』と、口をつけていない方のスイカを彼女の口へ突っ込む。

 逆さづりのまま食べるスイカとは如何様な気分か気になるが、当人は如何にも幸せそうな顔を浮かべている為、案外悪くはないのだろう。食べ辛いだろうが。

 

 と、呑気なことを考えている内にもフウは解放され、自由になるや否や、スイカに貪り始めた。

 両頬に果実を溜め、恍惚とした表情を浮かべる様は、ハムスターの食事を思わせる。

 

「んいや~、やっぱり夏はこれっすねぇ……」

 

(切り替え……早い)

 

 ぬけぬけと夏の風物詩を食すフウに、シライトは苦笑を浮かべた。

 共に過ごす月日に比例し、仲も深まっていった二人。だが、同時にフウの態度も崩れていったという事実は、想像するに難くないだろう。

 

(まあ……別に……気にしてはいないんだけど……)

 

 しかし、要は慣れだ。

 時折仕掛けてくる悪戯も、子供の戯れだと思えば微笑ましいものである。

 

 気分としては、子を見守る親か。はたまた、妹を見守る兄か。

 どちらにせよシライトは、世間一般で言う“友達”とは少し違った感覚でフウと接しているのかもしれない。

 

 だが、仲がいいことには変わりはない。

 だからこそ、普段と少しばかり様子の違うフウに気が付くことができたのだろう。

 

「……ねえ」

「はぃ?」

「……何か……聞きたそうにソワソワしてるけど……どうかしたの?」

「……そこに気が付くとは、やはり―――」

「……あからさまに貧乏ゆすりしてたら、誰でも気が付けると思うけど……」

「え、マジっすか?」

 

 無意識の内に、普段は決して見せぬ行動を起こしていたフウ。

 

 静止した人間が望む世界において、目が行くのは矢張り動体だ。この滝壺近くで長い時間を過ごして居るシライトにとって、何処でどのような光景が広がり、何処から音が聞こえてくるかは、自然と体が覚えている。

 故に、変わらぬ風景に訪れた春風のような少女、彼女の異様な行動に気が付かないハズがなかった。

 

「……悩みがあるなら……しっかりと応えられるかは別として……聞くよ……?」

「……ふっ、そう言われちゃあ相談しない方が失礼ってもんっすね。じゃあ、一つ、シライトに尋ねたいことがあるんす」

「ん?」

 

 一拍呼吸を置くフウ。

 やけに改まった態度で見つめてくる少女は、初めて会った時を彷彿とさせる夕空の如き橙色の瞳で、シライトを捉えた。

 

「もし……もしっすよ? あっしが、シライトに何か隠し事してたら……それを話したら……友達やめちゃうっすか?」

「……え~……」

 

 応答に困る問いだ。

 隠し事も何も、『場合による』としか言いようがない。

 

「……えっと……今、目の前にいるフウが偽物で、本物のフウは当の昔に偽物によって闇に葬り去られていた……ぐらいの隠し事じゃなきゃ、ただちに交友関係に影響はない……と思う」

「お、おぉう……? なんか、すっごいサスペンス的なバックボーンを想像してるっすね」

「隠し事にも……色々種類あるし……ね?」

 

 困ったような笑みを浮かべたシライトは、食べ終えた皮だけになったスイカを、滝壺の澄んだ水でサッと洗った。これは後で漬物にする予定なのだ。

 だが、このようにシライトが問いから逃避するような行動をしている間にも、フウはう~んと唸っている。

 

 その様子を見せられれば、ある程度スッキリした答えを出してやらねばなるまい。

 一種の責任感―――友達として―――に駆られるシライトは、頭で木魚がポクポクなるイメージを浮かべつつ、暫し思案する。

 

 考えること一分。

 

「……ホント、隠し事にも色々種類があると思う……」

「それはそうっすけど」

「今だから……今だからだよ? 正直、最初の頃はフウと友達になろうなんて、あんまり進んだ気にならなかった……」

「え゛ぇっ!? な、なんかショックっす」

「……うん……でも、ちゃんと友達と思えるようになった今だから言える」

 

 シライトの言葉に衝撃を受けている様子のフウであったが、すかさず入れられたフォローによって、パァッと顔が明るくなる。喜怒哀楽の変化が激しいフウ相手には、下げてから上げる手法をとった方がいい。それが、何年もの付き合いを経たシライトの話術だ。

 

 それは兎も角、シライトは更に言葉を紡いでいく。

 

「仲が良いから言える事も……隠したい事もある。で、隠したい事にも……誰かに言わないよう強制されてたり……特定のコミュニティでの決め事だったり……個人的に言いたくない事だったり。でも、理由はちゃんとあるハズ……だから、一概に『隠し事は悪い事』って言いきれないと思うんだ……」

「はぁ……」

「僕は、フウがどんな事を隠してるのかなんて分からない……でも、もしフウが今まで隠してた事を言うなら―――これからも友達として付き合っていくに当たって、必要だと考えた上で話してくれるなら……絶交はしない……と、思ってる……かな」

 

 ポツリポツリと紡がれた言葉。

 未だに相手を慮る故のたどたどしい口調は直っていないが、それでも今のフウにとっては、絡みに絡んでいた心の糸が解きほぐされ、心安らぐ感覚を覚えるに至った。

 

 絶交はしない。

 

 結局、フウが聞きたかった言葉はそれなのだ。

 核心をついてくれた言葉に、少しばかり曇っていた顔に笑顔が咲く。

 

「そっか! なんかスッキリしたっす!」

「……役に立てたなら……幸い」

「よーするに、人それぞれってことっすよね!? じゃあ、あっしはこれからも気兼ねなく友達作っていくっすよ」

「……そっか」

 

 再び、“友達作りたい欲”に駆られ、奮起するフウ。

 ここ最近は、友達百人という明確な目標を立てているらしく、老若男女問わず里の民に友達になろうとしている。

 だが、木ノ葉隠れや砂隠れの里に比べると、如何せん住んでいる人の数が劣ってしまう滝隠れの里だ。片っ端から友達申請するのは良かれど、実際に友達として認識している者達が、果たして何人居るのだろうか?

 

(……まあ……フウのことだから、余所の里でも友達作りそう)

 

 しかし、シライトはその心配が杞憂であると割り切った。

 性別や年齢、歳の垣根などお構いなしで平等に接する彼女は、いずれ遠く離れた地域で友達を作ったとしてもおかしくない。

 

 友達百人達成も、遠い未来の話ではないだろう。実際に、他里へ行ける機会があるとすればの話だが……。

 

 そんなことをシライトが思っていれば、何やら滝の上の方から声が聞こえてくる。

 

『お~い、フウ! シブキ様がお呼びだ』

「え゛。あっしなんかやったかな?」

 

 声を上げたのは、里の上忍であるケゴンであった。

 フウの面倒を看ている忍びの一人でもあり、自由気ままなフウに手を焼いている姿は、シライトも幾度となく目にしたことがある。

 

「……まあ、呼ばれてるなら行った方がいいんじゃないかな?」

「それもそうっすね。じゃ、行ってくるっす!」

「うん……行ってらっしゃい……」

「行ってっきま~すっ!」

 

 跳ねるようにして飛び立つフウ。

 すると、意図しているか否か定かでないものの、激しく流れ落ちる滝に沿うように飛翔するフウは、見事に煌いている虹の真下を潜っていったではないか。

 天気がよければ、この滝隠れでは普段から目にすることが出来る虹も、ああしてまた別の“色”が加わる事で、いつもの景色も一味変わってくるというものだ。

 ウンウンと頷くシライトは、思わずフッと微笑みを浮かべた。

 

 一方、あっという間に滝の上へたどり着いたフウは、遠くからでも確認できるほど、大きく手を振る。

 対してシライトも、フウ程ではないが手を振ることで、今日の別れの挨拶とすることにした。

 

 滝の轟音に掻き消されてはいるものの、彼女の口はこう告げている。

 

―――また明日。

 

「……うん……また明日」

 

 去り行く少女の背中を見届ける。

 何度も見送ったことのある背中は、流れた月日に従い次第に大きくなったものだ。そのような感慨に耽るシライトは、ふと近づいてくる影に気が付く。

 

「……カツユ様」

「うふふ、フウちゃんとのお話は楽しかったですか?」

「……まあ……いつも通りで……」

「そうですか、それは良かったです」

 

 ヌメヌメとテカる体をくねらせてやって来たのは、先程捧げたスイカを平らげたと思しきカツユであった。

 ナメクジ故に表情の変化には気付きにくいものの、カツユはニュッと口を歪ませ、本人なりに笑みを浮かべてみせる。

 

「さて……では、今日はどうします? 湿骨林に行きますか?」

「ん……じゃあ、はい」

「分かりました。では、あっちの私で逆口寄せしましょう」

 

 湿骨林へ向かう提案をするカツユに頷くシライト。

 あのナメクジの秘境(カタツムリも少々生息しているが)に赴く理由は、ただ観光する為ではない。

 

 シライトは医者を目指している。

 故に、忍びになるつもりは毛頭ないのだが、とある医療忍者と口寄せの契約を交わしていると豪語するカツユの勧めによって、ある程度チャクラの扱い方を覚えた方がいいという結論に至り、以前から湿骨林で勉強がてらに修行しているのだ。

 医療忍術は、外傷を治癒することに関して大いに役立つ。

 

 最初は乗り気ではなかった彼も、今となっては医者になる為に必要と考え、進んで修行している。

 とある者に教えを乞って。

 

「……あ」

「どうか致しましたか?」

麦酒(ビール)……持ってった方が……仙人が好きですし……」

「あぁ、そうですね! とても喜ぶと……―――」

 

 

 

 ***

 

 

 

 もし―――もしもの話だ。

 

 もし、あの少女が命の危機に瀕したら。

 

 もし、自分に彼女を助ける力があれば。

 

 もし、自分が居ることで彼女が生きるとして。

 

 もし、少女が涙を流して『何故?』と助けた理由を求めたとすれば、自分はこう言ってあげるだろう。

 

 

 

―――『友達だから』と。

 

 

 

 トモに生きていきたいと想えるようになった今だからこそ言える事だ。

 

 

 

~To Be Continued?~

 

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