初恋は実らないと誰が決めた。とりあえず恋に恋してる状態で、いつか担任教諭として現れた小汚い男を見て、それでも好きで、愛って何だろうって思い始めたらそれが恋だよ。
そこまで頑張って書いてあげたいから、とりあえず頑張ってね。リップ。
ちがう、ちがいます。こんなことするつもりじゃなかった。ほんとうなんです。
走って走って、知らない場所に着いてしまったリップは誰にも見つからないように体を縮こませながら誰に向けてではない言い訳をしていた。
どこに行こうともどこにいるのかも何も考えないようにしてようやく見つけた誰もいない場所。リップは誰かと仲良くなりたくて、優しくしてもらいたくて年の近そうな子に話しかける事が何度かあった。けれどいつもいつも失敗してばかりで、今日みたいに怪我をする事も少なくない。その度にメルトに誰にやられたの、と問い詰められて正直に話して、それで、それで。リップは姉の腕が壊れた時の音を思い出してしまいぶるりと体を震わせた。
だめ、だめだ。おねえちゃんにきらわれちゃった。わたし、こんなだから、おねえちゃんしかいなかったのに。もしも今の不安定な精神状態のリップが今の状態を、この場所に来るまでにいくつかの木をなぎ倒していった事に気付いてしまっていたら、きっと何かが変わっていた筈だ。今は自分の殻に閉じこもって泣くしかない。周りを気にする余裕がなかったからこそ、遠目で見たら自分の行いが敵が暴れているようにも見えたのだと、気付いてしまっていたら、きっとその出会いはなかっただろう。
「――大丈夫か」
気だるげで、自分と同じように少し面倒くさがりな人だ。頭上から聞こえた声だけでリップはそう判断した。少し似ている所がある。たったそれだけで、人から遠ざかる為だけにこんな場所に来たのだという事を一瞬でも忘れて、ゆっくりと頭を上げたのだ。
黒い髪に、黒い服。マフラーみたいに巻いている布はその人を木と木の間に固定していた。ああ、映画のヒーローにこんな感じの人がいた。この人より格好はもっと派手で、顔なんて分からなかったけれど、それでも、何故か同じだと思ってしまったのだ。
立てるか、と問いかけながら手を差し出している彼にリップは先程姉の手を壊してしまった時の事を思い出して立ちません。と首を横に振った。
「わた、わたし、おねえちゃんを……わたしが触ったら、あなたも、おなじにしちゃう」
よく耳を澄まさなければ何を言っているのか聞き取れないようなか細い声は彼にはちゃんと聞こえていたらしく、あの時逃げてしまったからあの後メルトはどうなったのだろう。もうずっとあのままなのかな、とマイナス方面の思考に陥りかけたタイミングでまた手を伸ばしてきた。
「ほら、さっさと帰るぞ。お前のお姉ちゃんも待ってる」
「う、うそ!!おねえちゃんがわたしを待っててくれるなんて、そんなこと」
ある訳がない。そう続けるつもりだったのに、急に逆立った彼の髪に意識が向いて何を言えばいいのか分からなくなってしまった。リップは自分自身が面倒くさがりでものぐさでさぼり癖のある性格だと自覚しているけれど、一応女子であるから身綺麗にはしているつもりで、だからそういう自分と似た性質を持った彼はちょっとよれていて、もう少し年を重ねればホームレスと言われても疑えないような姿になりそう、と失礼な感想を抱いていた。
けれど、その逆立つ髪から覗いたその素顔が、あまりにも、あまりにもリップの瞳を捉えて離さなかった。この感情をどう例えればいいのか。そもそも名前など付けて良いものなのか。今までのぐるりぐるりと渦巻いて抜け出せなかった感情が一気に引いていくのが分かる。まるで、今初めて自分の目で世界を見たような、そんな気分で――。
「大丈夫だ。ほら、ちゃんと見てれば平気だ」
リップはその時生まれて初めて自分の腕を見た。ずっとずっと、自分は普通の女の子だと思っていたのに、こんな、こんな腕があるなんて知ってしまえば本来ならばきっと耐えられなかっただろう。メルトの腕を壊した時と同じように、いやそれ以上に目の前の彼の事も壊して潰してしまっただろう。けれどそうはならなかった。
「あ、なんで……」
白い布で浮いていた体を地面に降ろした彼はリップの腕を何の躊躇もなく握っていたのだ。そのサイズの違いから赤ん坊が大人の指を握るような力の差を改めて感じさせる光景であった筈なのに、どうしてなのだろう。ただ、普通の女の子の手を握ったみたいに――。
怖いと口に出されず、ただ一人の少女として接せられる時を、パッションリップはずっとずっと夢見ていたのだ。
優しくされたい。友達になりたい。好きになってもらいたい。
その努力の最初が間違っていたのは事実だけれど、ただ蹲っていた自分に手を差し出してくれた。触れてくれた。笑いかけてくれた。
「おうじさまみたい」
ころりと不意に口に出た言葉に彼は困ったように笑った。
ああ、なんて、なんてすてきなひと。わたし、きっとこのひとにあうために、この人と出会って、ようやく生きられる……!
「王子様なんて柄じゃないが、このぐらいの女の子ってのはその方が分かりやすいのか……?」
リップにはまだ彼の手を握り返すだけの理性はない。
今はただ、手を握ってもらえるだけで幸せなのだ。いつの間にか逆立っていた筈の彼の髪は降りてしまっていて、再びくたびれたような容貌に戻った。しかしそんな事は重要ではない。リップは彼を見つめていて、彼もリップを見てくれている。
うれしい。うれしい。しあわせなんです。
ぽわぽわと心が揺れて浮いて、温まっていく。こわくない。怖いって言われない。痛くない。痛い事をされない。握手を求めると攻撃が得意な個性の子や少し攻撃的な性格の子には必ずと言って良いほどに攻撃をされていたリップはただそれがうれしくて、うれしくて、うれしくて。
自分の腕がこんなにおもくて、立てないぐらいに、重くても、今とても心が軽いのだ。
「王子様じゃなくて、一応ヒーローな。まだ
ヒーロー。それはなんて素敵な言葉。この人が、きっとわたしのヒーロー。王子様。そして、わたしが、ヒロイン。おひめさま。
「わたし、わたしパッションリップです。あなたの名前を聞かせてください」
思えば、ここまで積極的になった事が今まであっただろうか。友達を作りたかったのは本当だけれど、何度も何度も拒まれて、段々と相手に対しておざなりになっていたのかもしれない。どうすれば怖がらせないで、怯えさせないで、痛いを事をされないで、そればかり考えて、段々と積極性を欠いていたのかもしれない。
受け身で、拒絶するだけだった時とは違う。それ以上になってしまった。
すき。すきになって。わたしをすきに、なってください。
ふわふわぽわぽわ。ああ、また自分の腕が普通に見える。それに気付いたらしい彼の髪がもう一度逆立って、あああ。ああ。だいすきです。あなたのこと、だいすきなんです。
「イレイザーヘッド。さ、一緒に帰ろう」
「はい!」
イレイザーヘッド。不思議な名前。きっとあの映画の中のヒーローと同じ本名ではないのだろう。それでもリップはその名前をしっかりと胸に刻み付けた。
イレイザー、イレイザー、イレイザーヘッド。何度も何度も心の中で、時折口に出して呼びかけて、彼に手を繋がれて家に帰れば珍しく母が出迎えてくれた。リップが怪我をさせてしまった姉メルトもいつものように偉そうに、けれど涙を堪えるような表情でリップを睨みつけていた。
今まで気付けていなかった事が沢山ある。彼に出会えなければ見えなかったものが沢山ある。彼が握ってくれた手をどうにか動かさないで、ただ傷付けないように気を付けていて、それだけで怖がらないでくれていて、うれしい。うれしいとリップの心が叫んでいた。
幸い、メルトの方も偶然あの瞬間に個性が発現したからか、怪我はそこまで深刻なものではないらしく、それでもあまり物を取る事が出来なくなってしまっていた。それに対してリップはメルトに泣きながら謝ったが、リップとは真逆で感覚の鈍い自分ではいつかこうなったし、いっそ分かりやすくて楽だと、偉そうで、それがとてもとても嬉しかった。嫌いにならないでくれた。ただそれだけで、こんなにも、安心できる。
「大体アンタ、私の人形を壊した時の方が被害は甚大よ。これからは、ちゃんとその場で謝りなさいよ?変に誤魔化したらただじゃおかないんだから」
それじゃ今までと同じではないか。そう思ってしまったけれど、今のリップは都合の悪い事を見ない何て事はなくて、メルトの足も、自分の腕も理解している。見えているのだ。
「うん。わたし、ちゃんと見る。見るから」
零れ落ちる涙が触れた場所がとてもとても熱くて、痛いぐらいで、それでも自分と同じように涙を流すメルトと額をくっ付け合った。
「良かった。貴方を見てくれた人がいて」
それが誰であるのか言葉にしなくてもお互い通じていて、母にリップを保護した時の状況を説明しているイレイザーヘッドをちらりと見て、メルトがあの人を偶然見つけてくれなければ会う事がなかったなんて、助けてもらう事がなかっただなんて、本当に、なんて素敵な出会いなのだろうか。
いつか、彼の隣に立ちたい。彼に選んでもらって、彼の支えになりたい。その為にそうすればいいのかはもう分かっている。リップは母の母校でもある雄英高校への進学を考えた。
相澤消太 小さくて可愛い女の子の捜索をしていたら個性の影響で孤独だったらしい少女に王子様って言われて困惑していた。まだまだ初々しい。とりあえず、30歳の時担任を持ったクラスで彼女は恋してますって目で見てくるし、ちょっとストーカーっぽさや被虐体質を利用して異形系トップクラスの力だったりとか、胃が心配な人。
リップ フルネームはまだない。そもそも日本人で良いのか。お母様の事いつ嫌いになるんだろう。あの女って呼ばないであげてね。
メルト お姉ちゃんしてる。年上だけど個性の発現が遅い方で、多分デクくんとか主人公力高めの人相手に「貴方と恋がしたいわ」とか言い出す。男でも女でも性別とか気にしない。
お母様 ムーンキャンサー BBという名前でプロとして活動している。ネット上でAIに個性が出現したんじゃないかって噂されてる。デビュー当時から全く老けてない。電子上では無敵可愛い後輩系ヒロインでした。チート臭いけど、大丈夫。本名はまだない。シングルマザー?
父親 いるのかいないのか分からないパパ。お父様って呼ばれない時点で察してあげて欲しい。離婚してんのか死別してるのか、はたまたプロのヒーローだったけど異形型の個性をAFOにでも奪われて脳無あたりか何かにされたんだろうね。まあ、もしかしたら精子バンクにでも登録してた赤の他人かもしれないし、BBちゃんの自己改造で産まれた子供たちで、父親なんて最初からいないのかもね。