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事務室にCADを預け直し、再び生徒会室へ向かう途中、何らかの用事で外に出ていたのか七草会長と出くわした。
「…あら、比企谷くん」
「どうも」
軽く会釈をした後、会長と並んで歩く。
両者共に目的地は同じなので自然と向かう方向は同じになってしまうのは仕方がないのだ。
静かな時間が放課後の閑散とした廊下に流れていく。
俺から話しかけることがない以上そうそう会話も生まれない。
ただ、先程までの妙に馴れ馴れしい絡みをして来ない為か、今の会長がおとなしめに見える。いや、大人らしいというべきなのだろうか。
「………」
「………」
存在を認識し合っているのに、言葉は出ず、ただその挙動を窺うようにそっと覗き合う。
いや、別に会長と気まずいってワケでは無いのだが、会長のこれまでと違う対応のギャップに戸惑ってしまう。
それは例えるなら地元の駅を使ったとき、ホームで同じ中学の同級生が隣のキャビネットの乗車口にいたときに近い。『やべ、瀬戸口君だ…』とこっちが気づいていて、相手も『あー…誰だっけ…ひ、ひき…まぁ、いいや』というあの状況。おい、思い出すの諦めんなよ。
あー、これはあれだ。べ、別に相手が俺のことを覚えてないとかではなくて、俺の記憶力が半端ないだけだ。頭脳が優秀なのだ。
ぼっちは人の名前を覚えるのが以外に得意なのである。
いつ話かけられるのかなードキドキと思ってしまうからなのだろう。
勿論今の俺はそんなことはないことは知っているし、食堂に連れて行かれることもなければ戦車も始めない。
それに、どれくらい俺の記憶力が優秀かといえば、一度も話したことのない女子の名前を呼んだとき、榎本さんの顔が『何で名前知ってんの…怖い…』と恐怖に歪んで…まあ、俺の話はいいか。
とにかく、今の俺と七草会長の空間は、一流の剣豪同士が間合いを測り合うようなあの瞬間に似ていた。
『この勝負…先に動いたほうが負けるな…』みたいな雰囲気である。
そんな妙な空気を先に壊したのは会長だった。
「…比企谷君、その、身体はもう大丈夫なの?」
何かに遠慮するかのように聞いてくる会長の目には俺の身体への心配が見て取れる。
まあ、いくら会長も焚きつけた側とはいえ、時間系統魔法を使ったのは俺の失策だしな…気にしてもらい過ぎるのは気が引ける。
いかんいかん、ぼっちは決して人に迷惑をかけないものなのだ。
「…ええ、まあ、とりあえずは何とか。ご心配お掛けしました」
「本当よ!まったくもう!!」
会長はプンスコと頬を膨らませると、手を腰に当てて顔をプイッと逸らす。
うーん、この人のこういうところがあざといなぁ…と思うところなんだけど、まあ、今回は俺にも非があるので黙っておこう。
「比企谷くん、貴方が達也くんと模擬戦で使った魔法は無系統魔法のエクストラと呼ばれる…いいえ、時間に関する魔法ですね?」
「?はい」
まあ、別に秘匿されている魔法という訳でもないので、会長が時間系統魔法を知っていても特段不思議ではない。
時間系統魔法は基本コードでこそ解明はされていないが、まあ、おおよそ無系統魔法の理論に近いモノがあるため
会長はふぅ…と一息吐くとそのまま話を続けた。
「時間に関する魔法は未だ魔法研究においてほとんど解明されていません。それに加えて、この魔法は使用者に大変危険な副作用を齎すことから、この魔法を実戦で使う魔法師は殆どいない、というのが一般的な考えです。ご存知ですか?」
「ええ、まあ」
「なら…」
何故そんな魔法を使ったのか、この返答いかんによっては危険性を正しく教えてながら会長のお説教タイムへとシャレ込むことになりそうだ。
うーん、めんどくせぇ…ここは何とか会長を言いくるめなくては!!
「あー、いや、あの魔法は得意分野なんで大丈夫ですよ。まあ昔からよく使ってましたし、使い勝手も分かっているんで…」
俺の返答に会長は顔を顰める。
会長はその場で少し立ち止まると手を顎に当てこちらを観察するかのようにじっと見つめてきた。
「昔から…そう、苗字を聞いた時からまさかとは思っていたけど、比企谷くん、貴方は''あの''比企谷"の人なのね」
「はあ、まあ、会長がおっしゃっている比企谷かどうかは知らないですけど…」
会長に問われて、思わず言葉に詰まってしまう。
ただ、嘘はついていない。''あの''という冠詞が指した比企谷と俺の知ってる比企谷が同じかどうかは判断がつかない。
「そう?聞き方が悪かったかしら。なら、こう聞きましょうか?貴方はあの''カナガワ''の比企谷なのか、という意味だったのだけど」
そこまで情報が揃えば俺の知る比企谷と同じモノだろう。
会長の言う''カナガワ''とはとある魔法師達の家系群の通称だ。
2030年代前後、第三次世界大戦前に日本政府が設立した魔法師開発のための機関 魔法師技能開発研究所が遺伝子操作も含めた研究の際一つのプロジェクトを立ち上げた。
緊迫化する国際情勢に対応するべく、一つの分野において当代最強の魔法師群すら超える魔法師の作成というコンセプトを基盤に作られた魔法師達の話である。
結果から言えば勿論プロジェクトは失敗し、その魔法師達は各々別の場所に去って行った、という概要のモノ。
まあ、俺もそんなに詳しいワケではない。
そもそも魔法技能開発研究所が戦後間もなく解体されてるところ辺りからして結果など明白なワケで、この話自体親父からちょろっと聞いたくらいのものだ。
ただ、葉山家、雪ノ下家、由比ヶ浜家、戸塚家、川崎家、三浦家、相模家、平塚家、材木座家、城廻家、そして比企谷家の11家のくくりとしてたまたま全家系が神奈川県の地名に由来していることから''カナガワ''と呼ばれたりしていたことがある、という話を聞いたことがある。
まあ、確かにこの11家はその成り立ちから微妙に特異な魔法研究が確かに進んでいたりするのだ。ウチの時間系統魔法なんかもその一つ。
むしろそれ以外は普通の魔法師達と変わらないまである。
勿論、呼ばれていたのは随分と昔の話だし、今更その呼称に何の意味も無い。
逆にその呼ばれ方をされるのは俺の千葉愛への冒涜とも取れる。許さない、千葉、絶対。
I love 千葉。千葉こそが最強。千葉があってこその日本。いや、もう千葉こそが日本といっても過言じゃないんじゃねえの?(過言)
とにかく俺の千葉愛を舐めてもらっちゃ困る。盆踊りとか行くと必ず千葉音頭踊っちゃうし。
ちなみに千葉音頭は千葉の盆踊りであり、千葉では『なのはな体操』ばりにメジャーだ。千葉県民は皆どちらも歌って踊れる。ついでに『なのはな体操』に歌詞は無いが何故か歌える。
そんな熱い千葉熱はともかく、会長が聞いているのは間違いなくウチのことだろう。
「ええ、まあ、そういう意味ならそうですね」
「…そう、ただいくら得意であっても倒れるくらいの反動を身体に与える魔法の多様は避けたほうがいいわね。毎回成功するとも限らないし、将来的に見ても寿命を縮めてしまいかねないわよ」
まあ、言われてみりゃ確かにそうだ。いつもいつでもうまくいく保証はどこにもないけど(そりゃそうじゃ!)
ただ、この魔法に関して言えば発動に失敗する、ということは無い。
そもそもそんなに難しい魔法でもないし、比企谷家の人間なら大抵使える。
まあ、そんなこちらの事情を話ても仕方がないので口には出さないが…。
俺の曖昧な返事に会長は仕方ないわね、と肩をすくめると、それ以上追求するつもりは無いのか、七草会長は問うことをやめた。いや、諦めたと言い換えた方が正しいかもしれない。
そこからはまた静寂した時間が続く。
会長も俺も特段会話することもなく、生徒会室に向かって歩みを進める。
先程も述べたが、相手が会話を振らなければ基本的に俺から会話を振ることはない。
なんとも実に俺らしい距離の取り方だ。
世間話や一つの題材についてであれば話したりするが、個人のプライベートに触れることはないだろう。
「何歳ですか?」「どこに住んでいますか?」「誕生日はいつですか?」「兄弟はいますか?」「ご両親の職業は?」そう言ったことを俺から聞くことはまずない。
その理由をいくつか推挙するのであれば、もともと他人への興味が薄かったり地雷を踏まないようにしていたり…まあ、あと、ぼっちは質問するのが下手、というのもある。脈絡もなくそういう質問をするのがなんとも居心地が悪いのだ。
立ち入ったことを聞かず、決して踏み込まず、これはこれで剣の達人同士の間合いの測り合いのようなものだ。
2人して殆ど生徒が下校した静かな廊下を歩いていると七草会長は思い出したように口を開く。
「そういえば比企谷くん。奉仕部のことだけど、実はもう1人部員になってくれる子を見つけているのよ」
「…部員、ですか」
奉仕部という言葉を聞き、ちょっと嫌な気分になってるところに会長の部員いますよー宣言。
沈みかかった心がさらに重みを増してズルズル沈むのがわかる。
こんな宣言いらねぇよ、なに、アイドルにでもなるの??ギター??
…この会長ならアイドルやってても不思議に思えないから本当アレ。
いや、まあ、部っていうくらいだから他に部員もいるんだろうけど、奉仕なんてやりたがる意識高い奴と上手くやれる自信がない。
なんなら誰とも上手くやれないまである。
「ええ、貴方と同じ中学校の出身で今年入った一年生だから、もしかしたら知り合いかも知れないわね?」
「同じ中学…ですか」
聞いて重い肩がさらに下がる。
中学の思い出なんてロクな物がない。ふと去年までの、黒歴史が脳裏によぎり、じんわりと頭皮の汗線が開いていく。
背中にも、つっと汗が垂れていくのがわかった。
そんな俺の心情はつゆ知らず会長はさらに話を続ける。
「…実を言うとね、奉仕部のことはその子から教えてもらったのよ。自己改革を促し、生徒達の悩みを、解決する部活…それを聞いた時にね、今の当校に必要なのはこれだ!!って。しかもその部活の経験者が入学してくるなんて聞いたら勧誘するしかないじゃない?」
そう言って可愛らしく小首をかしげる会長。
…いや、じゃないって言われても。
しかし、と言うことは他の奉仕部部員は中学の時の奉仕部を知っていた人物ということだ。
そもそも中学時代の奉仕部はあまり周囲に知られた部活ではない。
時々何をする部活なのか確認しておかないと、本当に何をする部なのかわからなくなるほどだ。
だって、普段は俺もあそこの部長もただ読者していただけなんだぜ?もう1人いた部員なんて携帯いじってただけだし。
そんな活動してんのかしてないのか分からんような部活に依頼を頼んで来る連中で俺と同じ学校・学年となると自ずと絞れてくる。
その中でも意識が高そうで、こんな人がやりたがらない仕事を好んで引き受ける物好きと言えば…うーん、考えに考えて抜いて葉山隼人という希代のリア充が思いつく程度だ。まあ、葉山ならこういう仕事も引き受けるかもしれない。
だが、風の噂で奴は中学卒業後、家の都合で魔法科第三高校に入ったとかなんとか聞いたような…。
それにもし、この学校にいるならば奴程の人物が全く注目されないワケがない。
奴の噂を聞かない、ということはつまるところ この学校に葉山隼人という人物はいない。
だから彼という選択肢は消える。
…やっぱり思いつかない。え?材木座?珍しい苗字だな。で、誰それ?
そもそもアレの進学先とか知らんし…ちょっと事情あって中学の卒業式すら出てないしな、俺。
まあ、要するに今までの人間関係はきっちりリセットしてここに来ている。
例外のド鬼畜兄妹を除けば基本的には1人、孤高で孤独ないつもの俺だ。
本来ぼっちというのは誰にも迷惑をかけない存在だ。人と関わらないことによってダメージを与えない、究極的にエコでロハスでクリーンな生き物なのだ。
常に人間関係をリセットすることで俺は心の平穏を取り戻し、世間は何事もなく進んでいく。
だから、中学時代の同級生と言われてもピンとこない。基本的には一期一会の精神なのだ。
今までもこれからもリセットし合いながら、お互いの日常に戻り戻りしながらやっていければいいと思っている。
人生はリセットできないが、人間関係はリセットできる。ソースは俺。
現に中学の同級生とか一人も連絡とってな…それはリセットじゃなくてデリートでした、てへっ。
まあ、そんなワケでこの学校に(基本的に)知り合いはいない。
「…まあ、俺にはこの学校で知り合いなんて、あの司波兄妹を除けば思いつかないんですけどね」
「そう?でも彼は貴方のこと知っているみたいだったわよ?」
彼…??
七草会長が首を傾げて俺を見た。今気がついたんだけど、女の子が上目づかいで小首を傾げて見つめる動作ってすげー可愛いのな。ふしぎ発見。
「いや、こういうのはあれですよ、一期一会ってやつです。出会いがあれば別れもある」
「素敵な言葉のはずなのに貴方が使うと後ろ向きな意味でしか捉えられないわね…」
会長は呆れたように言うが、実際、人生なんて一期一会だ。
小学生の頃転校していく奴に手紙書くよって約束して俺だけ返事が来なくて二度と送らないとかそんな感じだ。蒼太くんにはちゃんと返事が来たんだけどなぁ…。
君子危うきに近寄らず、来る者は拒み、去る者は追わず。多分それがリスクを負わない唯一の方法だろう。
会長は進む足を止め、その場に立ち尽くすと、考えるようなポーズを取り、目をつぶって少しの間思案する。
やがて、ウンウンと頷きながら口を開いた。
「比企谷くん…私、貴方を調教…じゃなくて更正させないといけないと思うの」
ちょっと?調教と更正って全く意味が違うと思うんですけど!?
「いや、更正って…別に求めてないんですけど…」
「…貴方ね、それは変わらないと社会的にまずいレベルよ?」
七草会長は「右足を出して左足を出すと歩けるでしょう?」くらい当たり前の正論を、言うような顔で俺を見た。
「なんていうか、その、変わるとか、変わらないだとか他人に俺の『自分』を語られたくないっていうか…人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけないだろっていうか。そもそも自己というのはですね…』
「ハイハイ、分かったわよ。とにかく私は貴方を更正させます。これは生徒会会長の私が決めたことよ。いいわね?」
会長は人差し指を俺の口元までもって行くと、小さい子供をあやすように口を塞いだ。
俺がデカルトの言葉をパクリながらちょっとかっこいいこと言おうとしてたのを七草会長に遮られてしまう…本当にちょっとカッコいいこと言おうとしたのに。
俺が抵抗しても無意味だと悟り、降参とばかりに手を挙げると、会長もよろしい!とばかりに満足気に微笑んだ。
うーん、なんだこれ。
笑うと口元にえくぼができるとか、少し八重歯が覗くとかそんなどうでもいい情報を得てしまった。
そんなやり取りをしているうちに、生徒会室の部屋の前。
会長はさらにその奥にある風紀委員室に用があるのか、『ちょっと新人風紀委員の様子を見にね!摩利とふたりきりだし気になるじゃない?』とかなんとか言ってさっさと行ってしまった。
何でも渡辺先輩は空気を媚薬にする魔法が得意なんだとか。何その魔法、薄い本の人かよ。
嵐のような会長が去った後に残った疲れが、どっと行きたく無い気持ちと一緒にため息になって溢れた。
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生徒会室の部屋を開くと、丁度中条先輩が司波妹に何かを説明している最中だった。
「……」
戸を開けたはいいものの、何と声をかければいいのかわからない。とりあえず、気持ち会釈して彼女達の近くへと進む。
「あ!比企谷くん。身体はもう大丈夫なんですか?」
中条先輩はそう言って近くにあったイスをズズズッとこちら側に引く。
「あ、どうも。…その、ご心配おかけしました」
会長にも言ったが、何より俺が勝手にやった
ここは素直に謝っておこう。
「え!?あ、いえいえ、大丈夫だったんなら良かったです。でも比企谷君、魔法は一つ間違った使い方をすれば大変危険なモノですから、今後は注意しながら使って下さいね?」
先輩はちょっと驚いたように目を見開いた後、本当何も無くて良かったですっと微笑んだ。
おい、これ俺史における最高の心配のされ方なんじゃないのか今の。
そんな先輩の優しさとは反対に司波妹が冷めた声で割って入ってきた。
「中条先輩、八幡をあまり甘やかさないでください。彼の将来の為になりません」
…俺史における最低の心配のされ方だったろ今の。
「そういうのは一度でも俺を甘やかしてから言え」
一言二言言い合ってから引いてもらったイスに腰をかけ静かに座る。
「えっと…仲良いんですね、司波さんと比企谷くん」
中条先輩が少し驚いたように俺と司波妹を見渡した。
…え、何それ、新手の罰ゲームよりタチが悪いぞ…
俺の心底嫌そうな表情が隣に座っている氷結の魔女にも伝わったのか複雑そうな顔で中条先輩に返答する。
「…そうですね、中学の頃からの知己でもありますし、お互い多少の勝手は知っていますので」
いくばかりか声のトーンを下げて事実のみを述べる司波妹の目はもう正に狼って感じだし、なんならスーパーじゃなくてもチャンピオンになれそう。
それを受けて中条先輩はあわあわ慌てながら両手をぶんぶん振った。
「あ、いや、なんていうかすごく自然だなって思っただけですよ!?司波さんも、その、普通に同級生の男の子と話んだなーとか、比企谷くんもそんなに話す方じゃなさそうなのにちゃんと喋ってるなーとか」
「いや、喋りますよそりゃ…」
そんなにコミュニケーション能力無さそうに見えますか。
まあ、そんなことを話していても仕方ないので早速本題に。
中条先輩が手元のPCを起動させ、目の前の画面にはいくつかの円筒状のデータが表示された。
「…本当は市原先輩がやった方がいいんですが、今ちょっと席を外しているので代わりに私が説明しちゃいますね。当校で使用されているデータベースは現在最も普及しているモーリ式MDーIDです。高校とはいえど狙っているスパイは山ほどいますので細心の注意を払って下さい」
中条先輩の解説に2人して頷きながら続きを促す。
「司波さん、比企谷くん。モーリ式を扱った経験はありますか?」
「中学レベルですがA評価をいただきました」
「まあ、普通の一般人並には…」
「最初のうちはそれで十分ですよ。私にも出来たんですから、お2人ならどーんと来いです!」
中条先輩は物理的に胸をどーんと叩いてゲホゲホと自爆していた。
大丈夫かよこの先輩…と思って隣の司波妹をチラッと見ると、司波妹もまた多少驚いたように先輩を見つめていた。
ある意味でまっすぐな視線を受けて、中条先輩は誤魔化すように咳払いをした。
「ごほん…生徒会の業務は学校行事の計画と記録、学校に対する予算申請と決済報告、他の魔法科高校との打ち合わせと親睦、生徒の学校への苦情・要望受付、学校から委託されたデータの整理など多岐に渡りますが、司波さんと比企谷くんにはまず学校から委託されたデータの整理をやってもらおうと思います」
そう言って先輩は円筒状のデータの一年生と書かれた部分をタップする。
そこには司波妹を筆頭に北山、三井となんだか見覚えのある顔ぶれもちらほら…
「あ!入試成績順のデータが残っていたようですね、五十音順に直します」
おい…本当この学校の個人情報の保護とかどうなってんだよ。
そのうちどこかのアプリにでも流されちゃうんじゃないの??運営批判したらBANされるとことか。こっちは反省文じゃ取り返しつかねーぞ。
「次は…この学外活動データを開いてみてください」
中条先輩の指示に従って円筒状のデータと五十音順に並べられた生徒の一覧の活動データを開いていく。
すると隣からカチャカチャという機械音が、え、何この旧世代のキーボード音みたいなの!?
おかげで思い出したくもない実家のことを思い出してしまう。
それは俺が営業部に着任して間もない頃…
電車の呼び出し音やメールの着信音がひっきりなしに響くオフィス内。
たまにチラッと他のデスクにいる人たちに視線をやると…
「…………はぁー。ちっ」
ガタッ、ガタタタタッ、ガタッ、ダーン!と、やたら勢いよくキーボード打ってはため息と舌打ちを繰り返す40過ぎのおばちゃん。
「申し訳ございまん。納期までにはなんとか。はい申し訳ございまん。頑張ります。いえ、申し訳ございません。なんとか、ええ、頑張ります、はい。申し訳ございません」
電話口でお腹を押さえながら額の汗を拭いて辛そうにきている30代後半くらいのおっちゃん。
「そちらのご担当の方は出来ないっておっしゃってましたが、私どもから言わせていただきますと、出来ないっていうのは嘘つきの言葉なんですよ。無理って言ってもともかくやる。そうして出来ましたら、それはもう無理じゃない。つまり、嘘をついたってことになるんです」
それこそ俺には無理そうなことを、電話の相手にニコニコ笑顔でさもいいこと言ってる風に語っているのは20代半ばの老け顔のお兄さん。
お三方とも自分の仕事と誠実かつ真摯に向き合い、その結果、心を病んでいて、オフィスの片隅で繰り広げられている俺への本家からの売り上げノルマについての怒号など興味がないようだった。
…あの職場、ブラック過ぎだったな…誰も助けてくれないし。
むしろ、俺が他のみんなを助けてあげた方がいいんじゃないかと思ってしまうくらい、あの職場は病んでいた。
「でも驚きました!司波さんコマンド入力なんですね!それにすごく速いです!」
中条先輩の声で過去に馳せていた意識が引き戻される。
「兄がコマンド入力なものですから、兄に比べれば私なんてまだまだです!」
中条先輩に愛しのお兄様の技術が褒められて満面の笑みの司波妹。
あっ、せっかく引き戻ってきた意識がまたどっか別の場所に飛びそう。
中条先輩も軽く引いていた。うん、まあ、そうだよね、この兄妹色々とオカシイからね。
軽くどころか俺は相当引いていた。
中条先輩は話題を変えるためか、咳払いを一つする。
「んっ…んん、あ、そうだ!今年度より加わる新しい役職の特別生徒会役員の説明がまだでしたね!」
ああ…そういえばそんなワケのわからない役職名もありましたね。
「お2人とももう分かっているかもしれませんが、この学校には普通の高校の生徒会に見受けられる庶務と呼ばれる役職はありません。基本的に今まで必要が無かったこともありますが今年度より部活連とのさらなる関係強化の意味合いも含めて特別生徒会役員という役職が設置されます。
特別生徒会役員は部活と生徒会の両立を主とされる役職です。ですから基本的に毎日生徒会に顔を出す必要はとりわけてありません、ですが最低でも週に二回はこちらに来てもらうことになると思います」
中条先輩が特別生徒会役員とかいうワケわかんない役職について説明をしてくれている…ふむ、まあ、これ纏めると部活と生徒会の両立と雑務処理みたいなモンか。
そうした単純作業はある意味で肉体労働よりもキツイ。掘った穴を埋め、さらに同じところを掘るような拷問にも似たものがある。
「その他で特別生徒会役員は一般の業務の他に個人的要望が送られて来るので、その都度問題の解決に向かってもらいます」
そう言って表示するのは一つのメールボックス。
中にはメールが数件入っている。
中条先輩…これは…え、マジですか?これ、俺がやんの!?
「勿論全部が全部という訳ではありませんし、生徒会も出来る限りお手伝いしますが、基本的には比企谷くんの担当になります」
「そ!要するに''はーくん''の主な業務は基本的な生徒会の雑務と一高生から送られてくる依頼の解決ということよ」
風紀委員会本部と直接繋がった階段を
つーか、はーくんって俺のこと?なんなのこの人?
正直、あだ名をつけられる程仲を深めた訳でも知った仲でもないんだけど…
俺が抵抗の意味も込めて普段より数倍ドロッとした眼差しで見返すも効果はないようだ。
会長はニコニコと…いや、ニマニマと人の悪い笑みを浮かべている。
そんな新しいオモチャを見つけた!!と言わんばかりの会長の視線から逃れるように後ろの扉に目を向ける。
すると、唐突にガチャと戸が開いた。
「?何だ」
聞き覚えのある声と共に制服を翻しながら生徒会室に入ってきたのは誰であろう、俺へのオフェンスに定評のある司波兄だった。
「…いや、別に」
こいつ…会長も厄介だがコレはコレでもっと厄介なのでさらに俺の目が急速に濁りを増しているのがわかった。
司波兄は俺の視線などまるで気にしてない風で、室内を見渡し、再び俺に視線を戻す。
おい、そのあからさまに憐れむ視線やめろ!本気で傷ついちゃうだろうが。
「ふむ、比企谷も真由美に気に入られたか…ご愁傷様、まあ、なんとなくこうなる気はしていたがな」
さらに司波兄の後ろから来た渡辺風紀委員長が続ける。
「委員長」
「ん、ご苦労だったな達也君」
「ふーん…摩利を委員長って呼んでるってことは、スカウトに成功したのね」
「最初から俺に拒否権は無かったように思えますが…」
「…それは俺もなんだよなぁ…」
諦めを滲ませた司波兄の投げやりな呟きに便乗して、人の悪い顔をしている七草会長に声を向ける。鬼!!悪魔!!上司!!
その態度が会長にはお気に召さなかったのか、彼女は、片手を腰に当て、人差し指を立て、頰を膨らませて拗ねた目で睨みつけるという、考えつく限りのわざとらしさを尽くした態度のおまけ付きで司波兄に抗議する構えを取った。
「ちょっと2人とも、おねーさんに対する対応が少しぞんざいじゃない?」
「…いや、俺、姉はいないんですけど…」
「んー?何か言った?はーくん??」
「…いえ」
怖!?表情で笑っているのにこの寒気は…もしや殺気!!?
会長の目はそれ以上揚げ足を取るのであれば、こちらも容赦はしないわよ?と雄弁に語っている。
すると、前方で何か考えるように腕を組んでいた司波兄が口を開く。
「会長、念のためにといいますか、確認しておきたいことがあるんですが」
「んっ、何かな?」
「会長と俺は、入学式の日が初対面ですよね?」
それにしては馴れ馴れしくないかこの人、という司波兄の気持ちが痛い程見て取れた。
いや、本当になぁ…対人距離でその人間のコミュ力は測ることが出来る。これだけ近い位置で話せる会長は恐ろしいくらいのコミュ力なんだろうが…。
そんな司波兄や俺の心情はさておき、問われた会長本人はというと目を丸くして数秒司波兄を見つめたかと思えば、それが段々目元を細めていき、邪なとしか表現しようのない蠱惑的な顔を作った。
「そうかぁ、そうなのかぁ…ウフフフ」
小悪魔、というのがピッタリの笑顔だ。
「遠い過去に私たちは出会っていたかもしれない。運命に引き裂かれた2人が、再び運命によってめぐり合った、と!」
いちいち芝居がかった動作で司波兄に絡んでいく七草会長。
う…うぜぇ…。これがもし絡まれた相手が俺だったら、とりあえずイラッ☆ときた分だけデコピンするレベル。具体的に言うと、消しピン対決で相手の消しゴムを自爆覚悟で抹殺するくらいの力で。
「…でも残念ながら、あの日が初対面ね、間違いなく」
「…そうだと思っていました」
「ねっ、ねっ、もしかして運命感じちゃった?」
胸の前で両手を握ってこぶしを作り、顔を見上げる格好で司波兄に迫っていく会長。…ノリノリである。つーか、あざとい。
それがまた似合っているんだから…本当に絡まれた相手が俺じゃなくてよかった。
「…これが運命ならfateじゃなくてdoomですね、きっと」
「クッ、くくっ…どちらにしろ悲運なのかよ」
正しくはdestinyもしくはfortune(幸運)である。いや、全然正しくねえし幸運じゃねえな。
司波兄のため息代わりの返答についぞ吹き出してしまった。
さしもの会長も「そっ…そっかぁ…」と寂しそうに呟き、その後ろ姿からは哀愁が漂っている。
これにはいくら司波兄とは言え、多少言いすぎたかと思ったのか、少し困惑した表情を浮かべていた。しかし。
「…チッ」
しょんぼりと肩を落としていたはずの会長の口元から、根負けしたような出たのは…舌打ち?
「あの会長」
「はい、何でしょう」
司波兄の返答に正面を向いた会長の顔には、新入生男子一同(一部を除く)を魅了した上品な微笑み。
しかしアレだな。
…この人本当男子に好かれそう。
わかる、俺にはわかる。これはアレだ。
ふわふわ系非天然隠れビッチだ。ふるふわ系清楚ビッチだ。俺の中学にもこういうのがいて、そりゃもう男子を手玉に取りまくりだった。ジャグラーかと思った。
グランダー武蔵だってそんな入れ食いしないっつーのに。いったいどんなルアー使ってんだってくらいにフィッシュしていた。
「…何だか会長のことが分かってきた気がしますよ」
脱力した司波兄に人の悪い笑顔を向ける七草会長。
「そろそろ冗談は止めようか。達也くん、あんまりノリが良くないし」
「服部や比企谷のようには行かないな、真由美。お前の色香もコイツには通用しないか」
ここぞとばかりに渡辺先輩が茶々を入れている。
色々とツッコミたいところはあるが、ここはあえて黙っていよう。何よりこの2人にこれ以上関わると俺の精神に影響を及ぼしそう…。
「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。それじゃあまるで私が手当たり次第に下級生を弄んでるみたいじゃない」
流石に聞き捨てならない!とばかりにムッと顔をしかめて反論する七草会長…違うのかよ。
俺が本気で意外そうな顔をしたことが余計に気に入らなかったのか、会長はさらにプクーっと頬をふくらませる。
「はーくんも摩利の言うことを信じるのね!!おねーさん悲しい!!」
よよよ、と手で顔を覆いながら泣き崩れるフリをする会長。う、うぜぇ…というか指の間からチラチラこっちをチラ見してくるあたり本当あざとい。
「真由美の態度が違うのは君達のことを認めているからだよ、君達の何かに自分と相通ずるものを感じたのだろう。この女はとにかく猫かぶりだからな。自分が認めた相手にしか、素顔は見せない」
いきなり真面目な表情でそんなことを語る渡辺先輩。
俺としてはそんな認められ方いらないんだけどな。
期待しているから、認めているから、そういうこと言われるんですよ〜とか、それは愛情の裏返しですよ〜とか言われても普通に迷惑で鬱陶しいだけだったりするので、それが愛なら愛などいらぬ!我が求めるのは際限の無い甘やかし!!
本当にもう俺を甘やかしてくれる人はいないかしら(専業主婦志望)
「摩利の言うことを信じちゃダメよ、でも、認めているというのは本当かな?何だか他人って気がしないのよね。運命を感じちゃっているのは実は私の方なのかも」
舌でも出しそうな悪戯っぽい七草会長の笑顔に司波兄と2人して顔を見つめてしまう。
基本的に俺は希望も運命も宿命も信じてはいない。
朝のニュースと一緒に流れてくる星座占いも、橋の下の宿命のライバルとのポケモンバトルも、8時07分の二車両目の偶然も、全部が全部自身の行動の意味付けに他ならない。
だが、確かに少しだけこの会長達を見ていると不思議な縁のようなモノを感じなくは無い…ような??
まあ、単に会長が馴れ馴れしくするもんだから、ちょっと距離感が狂っただけだとは思う。
本当、これ、俺が普通の一般男子だったら会長に惚れて告って玉砕するまである。
会長は是非とも俺が鋼の精神の持ち主だったことに感謝して欲しい。
まあ、俺のことはともかく、要するにあれだ。パンドラちゃんが持ってきた箱の中にはあらゆる厄災と一緒に希望が詰まってたっていうじゃんか。
あれだよあれ。希望も信頼も運命も厄災ってことだ。あ!ついでにこの会長もな!!
チャオ!!お読み頂きありがとうございます!!9話目でございます!!…特にイタリア語に意味はない。
というかチャオって聞くと昔CMでやってたとある少女コミック誌のちゃっちゃっちゃちゃちゃちゃちゃちゃ〜ちゃお〜ちゃお〜♪(うろ覚え)しか出てこないまである。ちなみに好きだったのはきら○んレボリュー○ョン
さて、そんなところで今回の9話。…というか、この文字量で話が殆ど進んで無いってオカシイでしょ…一体何が悪かったんでしょうかねぇ…(お前の頭だよ!!)
今回は今まで無かったオリ設定を追加させていただきました。
カナガワと呼ばれる謎の集団…というか、まあ、名前を見て分かる人は分かる…下手したら大体の読者様は苗字で誰が誰なのか分かるのでは無いでしょうか、今までは比企谷八幡しか出てこなかったこの世界において彼ら彼女らは確かに存在する。というアピールでもあることを理解していただけると幸いでございます。
ええ…奉仕とかいう誰しもやりたがらないであろう仕事を引き受けてる奴が八幡以外にもいるってマジィ!?!?
病気かよ、病気じゃないよ、病気だよ。(病気)
まゆみんってさぁ、確かにアイドルやってても不思議じゃない
別の世界??パラレルワールド?うっ、頭が!!
中条先輩マジ天使!!変わり種が多い生徒会の中でも数少ない常識人の1人…いや、あれはむしろ草原に放たれた子羊??
ちなみに
八幡の元職場ブラック過ぎでしょ!!ちなみに給料はまあ、わりかし高い部類。
できないんじゃねぇ!!やるんだよ!!が元上司の口癖らしい。
インテリヤクザかな?
会長のあだ名をつけるセンスの無さは異常…どれくらいセンスがないかといえば、かーちゃんが昔よく買ってきた近所のワケわかんないTシャツくらいのセンス。…あーいうのって絶望的にセンスがないのは大抵のご家庭も同じだと思うんだ…。
さて、ここまで読んで下さった皆様に感謝を込めて、次回もまた読んで貰えますように!!
いつもコメント下さってる方!!本当助かっております!!
マジで!!これがあるから書ける!!みたいなところある。
という訳で!!もし、よろしければ軽くコメントを残して頂ければ幸いでございます!!
…そういえば、この話、奉仕部を通した相談解決型の話になるので必ずどこかで劣等生の第1高校の生徒キャラだけじゃ足りなくなるんですけど、キャラどうしましょうか、どこか別の作品(劣等生と俺ガイル以外)からゲスト呼ぶか…もしくは、無しでゴリ押すか。(オリキャラだけは死んでも作りたくない姿勢)
という訳で、もしかすると何処かの作品から、本当にちょこっとゲスト出演してもらうことがあるかもしれませんので、そこら辺、多目に見て頂ければ幸いでございます。(未定)
ふと思ったんですが、司波達也とfateの間桐慎二って凄く共通点ない??(割と本気で死ぬほどどうでもいい話)
嘘予告はーじーまーるよー!!(嘘予告とは一体…)
紹介するわね、彼がもう1人の奉仕部入部者の…ーー
なっ、お前!?、一高進学だったのか!?ーー
よう、早速サボりか?ーー
…違ぇよ、そういうお前は…なに?デート?チクっていい??(妹に)ーー
壬生沙耶香。一昨年の中等部剣道大会女子の部の全国2位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれてたーー
…2位だろ?ーー
ほーん、剣道ねぇ…ーー
まあ、嘘なんですけどネ☆