魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

11 / 218
第十話

 ダンジョン五階層、そこで運命の出会いとやらをした。

 

 話は変わるが。人は『運命』と言う言葉に弱すぎるのではないかと思う。

 

 と言うか、『運命的な出会い』も『運命的な事件』も、()()()()()()()でしかないだろうに。

 

 『運命』なんてくそったれだ。

 

 俺が歩んできた人生は何もかも皆()()()()()()だった? そんな軽い言葉で済ませてしまえる程、軽い人生を歩んできた積りは無い。

 

 

 ベルは良い子だ。俺が多少の嘘を吐いても。笑って許してくれるし。何かと此方を心配してくれる。笑顔を向けてくれる。ほんの少し、本性を見せた所でソレは変わらなかった。

 

 ヘスティア様は素敵な神様だ。神話に登場する神なんて頭おかしいのばっかなのに、凄くまともな思考をしてる。そして嘘をちゃんと嘘だと指摘してくれる。こんな俺でも()()()()()()()()()()()()()

 

 良い人と良い神。間違いなく誰が否定しようとも最高の二人だと断言できる。

 

 二人が幸せになれば良いと思う。其の為に後ろ暗い事はせずに二人の為に力に成れたらな、なんて憧れも持った。

 

 

 其れが、くそったれな運命とやらで引き裂かれるなんてまっぴらだ。

 

 ダンジョン五階層、運命的出会い。出会ったのは――――――

 

 

 

 

 

 

 キューイレーダーに反応、弱いのが沢山、ヤバイのが少し。曖昧過ぎてわかんないなぁ。なんて思いながらもベルがナイフを構え、俺が『銃』を構える。

 

「来ますよ」

「うん」

 

 俺とベルは逃げなかった。キューイの言うヤバイのって言葉を軽く考えた俺と、この階層でヤバイのって言ったら『ウォーシャドウ』ぐらいだし一目見るぐらいはしたいなと欲を出したベル。

 

 曲がり角からありえない音が聞こえた辺りで二人して目を見開いた。

 

 ズシ……ズシ……と重い足音。それもかなり重量感のある。

 それに続く様にテシテシと軽い足音。そして――

 

 スイング音。凄まじい音で()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、例えるなら――――砂袋か何かを凄まじい速度で壁に叩き付けて中身がはじけた様な?

 

「ベル、逃げましょう」

「うん……」

 

 まだ曲がり角から此方に顔は見せていない。だがヤバイのはわかった。咄嗟にベルと一緒に静かに後退し始める。気付かれてないはずだ。このまま音を立てずに撤退を……そんな考えをしていると曲がり角から何かが走り出て来た。

 

 二人して悲鳴を上げそうになるが、出て来たのはただの『コボルト』である。

 

 なんだ、余裕じゃん。ヤバイのなんて居なかったんや……なんて現実逃避は直ぐに現実に追いつかれた。

 

 逃げる様に走り出て来た『コボルト』の頭がガシリと大きな手に掴まれて『コボルト』が助けを求める様に涙を流しながら――頭を握りつぶされた。

 

 コロンと軽い足音を立てて転がる魔石は、次の瞬間には踏み出された大きな足に踏み潰される。

 

 現れたのは身長2.5mはありそうな牛頭人体の怪物。

 ギリシャ神話にて語られ、数多のゲームや創作に登場しては中ボスとして君臨するモンスターとして知られている其れ。

 

 えっと、確か王様が生贄にするする詐欺した結果、ポセイドンって言う神様怒らせて嫁さんが雄牛に欲情する様に呪いかなんかかけられて――……えっと、確かどっかの神に牝牛の模型だったか? を作らせた揚句に妃と雄牛を交尾させて――……その結果生れた子供だっけか? 確か性格がヤベェ事になったから。ラビリントス? ラビリュントス? ラビュリントスか。迷宮に閉じ込めて何年か毎に数名の少年少女を食糧として送り込むーって事をし出して。んで、テーセウスだったか? そんな名前の少年に討伐されたー……迷宮は脱出不能だったけどアリアドネとかいう女神? 女神だっけ? に貰った糸かなんかで無事脱出しましたー。後にテーセウス少年の英雄譚の一つとして語られる事になりましたー。めでたしめでたし。

 うん、たしかギリシャ神話ってこんな感じだったよな? ちょっと待とうか。獣と交尾? 王様はどうして嫁さんと雄牛をヤらせた訳? うろ覚えだからもしかしたら違うかもだが……絶対違うよなぁ……

 多分、嫁さんの子供が牛頭になる呪いかけられたんだろ。絶対そうだろ。嫁と雄牛をヤらせるとか考えらんねぇわ……

 と言うか何度思い出してもやっぱ神話ってヤベェわ……

 

 思考が明後日の方向にぶっ飛んでいる間に牛頭人体の怪物。ミーノータウロス。母音を略してミノタウロス。ミノタウルスとも書くんだったか? そんなモンスターは荒い鼻息を吐きながら血塗れの左手を舐めて苛立ったように右手の武骨な岩を削り出したかのような棍棒を振るって壁に叩き付けた。

 

 かなりの距離が離れていたと言うのにその衝撃は床や壁を通じて此方まで届くほどだった。体が震え、歯の根が合わなくなりガチガチと五月蠅い。

 

 あーダメだこりゃ。心折れかかってる。と言うかどっちかって言うとあのミノタウロスよりも、ミノタウロスの血塗れの左手の方に視線が吸い寄せられてる辺り。実は俺って余裕あるだろ。まぁ、吐き気と頭痛がヤベェんですがねぇ……

 

 まだ気付かれてはいない。今逃げれば……

 

「ベル、逃げましょう。アレはヤバイです」

 

 持ってる武器は……ネイチャーウェポンだったか? 確か迷宮の武器庫(ランドフォーム)とかいうダンジョンの中層以降に登場する特殊な設置物が変化したモノだったと思う。大きさだけで俺なんかよりはるかにでかい。ベルくんもアレに当たればまず即死だろう。

 それにそもそもミノタウロスは十六階層辺り、詰る所中層のモンスター。あぁ、ネイチャーウェポン持ってるのは中層のモンスターだからなのか。納得……じゃないよっ!! なんで中層のモンスターが上層に居るんですかねぇ。

 

 とりあえず逃げよう。一歩後ずさってベルをちら見したら――あ、これアカン奴や。

 

 歯の根は合わず、ガチガチと大きな音を立てて、脚は震え、完全に青褪めて硬直しているベルの姿を見れば、とてもではないが「にげましょう」「わかったよ」なんてやり取りは不可能だ。ぶっちゃければ()()()()()()()()

 

 失禁してないだけ上々ではないだろうか。まぁ、慰めにはならんし、失禁しててもしてなくても状況は変わらんか。

 

 逃げるの無理じゃね? ……さて、ベルがぬっころされてる間に俺だけでも――……なんて事は出来ない。ベルを見捨てる? こんな素敵で可愛らしい少年がこんな所でくたばるなんておかしな話だ。だが……ベルを抱えて逃げる? 無理。体格差考えろよ。こっちは幼女(ガキ)だぞ? んじゃなんとかベルを正気に戻して――いや確実性が無い。心折れた人間が早々立ち直れるか?

 

 なら、ミノタウロスぶっ倒すと言うのはどうだろう?

 

 案外いけそうではないか? 確かに恐ろしい牛頭人体の怪物だが。やり方次第ではなんとか……それに『ピストル・マジック』だってかなりの威力じゃないか。新しく覚えたガン・マジックも駆使すればいけるはずだ。弾薬は装弾中の15発+予備の45発の計60発。なるほどいけそうだ。いけなきゃヤバイ。

 

 

 

 

 

 まさか、まさかまさかまさか、こんな上層で中層のモンスターが現れるなんて。

 

 一目見ただけで、コボルトの頭を握りつぶしたあの手を見るだけで心がぽっきりと折れてしまった。

 

 中層に挑む冒険者はあんな化け物を相手にするのか。自分の様な貧弱で意気込みだけは良い少年如きが挑むべきではなかったのではないか?

 

 そんな恐怖に体が硬直し、歯の根は合わず。心臓は爆発してしまうのではないかと言うほどにドクドクと爆音を響かせている。逃げろと頭の中でなる警鐘に従う事も出来ずに、只視線は恐ろしい化け物に吸い寄せられてしまう。

 

「ベル、逃げましょう。アレはヤバイです」

 

 ミリアが小声で話しかけてきたが返事が出来ない。歯の根のあわない口からガタガタと歯の打ち付け会う音が漏れるのみ。ミリアの息を飲む音が聞こえた。

 

 ごめんミリア、動けないや。

 

 そう言って笑いたかったができっこない。

 

 そう思っている間にもミノタウロスが此方を見た。ゆっくりとした動作でこちらと目があった。

 

 憎悪と殺意に染まった真っ赤な爛々と輝く瞳。

 嘲笑った。間違いない。非力でひ弱な少年(ボク)が震えて、怯えているのを見て。

 

 ミノタウロスが一歩踏み出した。逃げないと不味いのに僕は動けない。

 

 ここで終わってしまうのか?

 

 恐怖のままに叫ばなかったのは、意地か? 違う。叫ぶ余裕すらないのだ。

 

 震えて怯えて動けない僕の頭があのミノタウロスによって、先程のコボルトの様に握りつぶされる想像が頭のなかに広がった。漸く、余裕ができたのか体か本の少しだけ動く。逃げるため、ではなく叫ぶために口を開こうとして――――金色が目の前に割り込んで来た。

 

 一瞬、其がなんなのかわからなくて思考が止まる。

 

「『ピストル・マジック』」

 

 その詠唱を聞いて、漸く僕はミリアと一緒にいたのに気がついた。

 

 焦げ茶色のからだの大きさに合わずにブカブカになっているローブ姿のミリアは、左手になんの変哲もない木製の長杖を持ち、構えている。

 

 気丈に、此方に気づいて足を向けて嘲笑の笑みを浮かべたミノタウロスに向けて『指先(銃口)』を向けたミリアが、まるでベルを庇うように――違う、庇うようにじゃない。僕を庇っているんだ。

 

 それに気づいた瞬間、あまりにも情けない自分の姿に泣きそうになる。

 

 憧れの英雄ならこんなとき、一緒にいる女の子をかっこよくかばう筈なのに、そんな英雄に憧れる自分は情けなくも女の子に庇われている。

 

 

 

 

 

「『ピストル・マジック』」

 

 詠唱と共にベルを庇うように前に出る。

 

 はっ、たかが牛頭の怪物風情が、竜人の《私》に立ち向かおうなんてね……誉めてあげる。でも悪いわね、たかが牛頭程度に負けてあげるほど竜のプライドは安くないのよ。

 

 なんて本物のミリアが言いそうなかっちょいい台詞を叫びながら飛び出したつもりが、カチカチと歯の打ち合う音が口から漏れるのみなんて情けない格好になってしまった。

 

 大丈夫。いけるさ、いけなかったら死んじまうだけさ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。