魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一一二話

 飛び散った血が鍛錬場の踏み固められた土に飛び散る。頭部を強打されたことで歪む視界の中、ベル・クラネルはぼんやりと飛び散った血を見つめていた。

 脳裏に浮かぶのは石畳に飛び散る血と、倒れ伏したミリア。片腕を失い、とめどなく溢れる血がとくとくと石畳を染めていく。顔を上げた彼女の左目からも同じ様に夥しい量の血が溢れ出て、美しかった淡い金髪を赤黒く染め上げている光景。

 拳を握り締め、少年は身を震わせて立ち上がろうとする。

 ────あの光景を繰り返してはいけない。

 切れた唇から零れる血を拭い、ふらつきながらも身を起こして膝立ちになった。瞬間、背中に衝撃。

 ドゴリッと金属靴(メタルブーツ)が少年の背中に突き刺さり、盛大に吹き飛んで転がっていく。その背中を睨みつける狼人の青年、ベート・ローガは不機嫌さを隠しもせずに倒れ伏したまま動かなくなった少年に声をかけた。

 

「おい『兎野郎』、なんだ? わざわざ()()()()()()()()()()()()()()()()とでも思ってんのか?」

「ちょっとベート、やり過ぎだって」

 

 怒声を浴びせかけるベートを横から諫めるティオナは心配そうに少年に駆け寄り、容体を確認する。咽込みながらもティオナに上体を支えられたベルとベートの視線が交差する。不機嫌そうな青年の瞳に射抜かれた少年が身を震わせた。圧倒的能力差から一方的に嬲られる恐怖に少年の瞳が揺れ、次の瞬間には目を見開いた。

 少年を庇う様にベートの前に出た金糸の髪をたなびかせる少女。アイズ・ヴァレンシュタインがベートを軽く睨んだ。

 

「ベートさん、今のはやり過ぎだと思います」

「ああ? おいおい、こんなペースで『変態野郎』に勝てるとでも思ってんのかよ」

 

 戦争遊戯を行う事は既に街中で噂になっていたにも拘わらず、厚顔無恥にもオラリオの二大派閥に数えられるロキファミリアに顔を出した少年。彼らの派閥の小人族が持ち込んだ『再生薬』の効力を聞いたロキ、フィン、リヴェリア、ガレスが満場一致でヘスティアファミリアへの加担を決めたのはつい一刻程前だ。

 それに準じロキファミリアが誇る第一級冒険者は徴集を受け、目の前のヒューマンの少年ベル・クラネルと、今は疲労で昏倒している小人族の少女ミリア・ノースリスの二人の鍛錬を受け持つ事になった。

 ミリアは昏倒して客室に運び込まれているが、ベルはさっそく鍛錬場に足を運んで鍛錬を受けていた。

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ

大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ

 

 第一級冒険者三人という豪華な面子を相手に始めた鍛錬。監督役として【重傑(エレガルム)】ガレス・ランドロックが鍛錬場の脇で腕組をして見守る中始まったそれは、酷く過酷なモノであった。

 鋭い眼光でアイズ越しにベルを睨みつけるベート。少年の目に映るのは憧憬を浮かべた少女の背中。身を震わせた少年がティオナの手を押しのけ、震えながら立ち上がる。

 

「アルゴノゥト君、無茶しちゃダメだって」

「いえ、ごめんなさい。僕は平気ですから」

 

 痛むのは背中だけではない、体中の隅々に至るまで丁重に打撃を加えられ、すでに立ち上がる事などできようはずもないほどの痛みを伴っている。それでもベルは立ち上がった。

 下がりきった両腕を上げ、ナイフを構える。普通なら休憩するなりする程であるが、狼人の言葉がベルの背中を押した。

 

『敵が待ってくれるなんて思うな』

 

 彼のその言葉がベルの背中を押した。全くその通りだったからだ、ミリアが傷つけられた時、相手が襲撃してきた時、神様と共に逃げている時、どの時も相手は待ってくれなかった。少年はそれを知った。

 あの場面が、あの光景が、飛び散る血と倒れ伏す家族の姿が何度も脳裏に過る。痛みで呻き声を零しながらも、ベルは口を開いた。

 

「アイズさん、退いてください」

「……良いの?」

「僕は、強くならなきゃいけないんだ」

 

 誰よりも何よりも、目指した理想と乖離しすぎている今の自分が許せない。家族を守る事も出来ない自分が許せない。苦しむ家族を救う事も出来ない自分が、許せない。

 女神との約束。必ず強くなると、約束した。そして────【勇者(ブレイバー)】の言葉がベルの背中を押すのだ。

 

『彼女はこれから先、数多くの神に狙われるだろう』

 

 ミリアの連れている飛竜からは『再生薬』という今までの常識を塗り替えてしまう道具の素材が入手できる。その飛竜はミリアの召喚魔法で召喚されており、他に類を見ない種類の飛竜だ。

 彼女の価値は、塗り替わるだろう。これから先、彼女が歩む道には数多くの者達の思惑が、陰謀が渦巻く事になる。その過程で、何度も何度も、彼女は身を危険にさらされるだろう。ベル・クラネルはそれを防げるか?

 

(ヒュアキントス)から彼女(ミリア)を守る事も出来ない。そんなベル・クラネルが彼女(ミリア)を守れるか?

 

 切れた唇から滴る血を拭い、ベルはベートを睨み返した。

 

「僕は、強くなるんだ」

 

 弱いままで良いなんて事は無い。ただ、強く、もっと強く。憧れのあの人に追い付くだけじゃない、大事な人達を守る為にも、もっと、もっともっと、頂きのその先に至るまで強く。家族を守り抜く為にも────。

 

 

 

 

 

 客室から出てすぐ、レフィーヤさんが驚きの表情で迎えてくれた。どうやら俺が気絶してからまだ三時間程しか経っていないらしい。朝一の襲撃、数時間の逃亡ののち片腕と片目を奪われ、そこからアポロンファミリア本拠に殴り込み。その後の治療、そしてロキファミリアへ。ただ今の時刻はなんと驚く事なかれ、午後三時過ぎだ。つまりおやつの時間────あまりにも濃密な出来事塗れだったが、実質半日も経っていないというのは驚きが隠し切れない。

 

「ミリアさん、その手と目は大丈夫なんですか?」

「えぇ、ちゃんと動きますし見えてますよ」

 

 病的な白さになっている右手をひらひらと振りながらレフィーヤさんに答えつつ、目の前に置かれた『魔術書』を読み込んでいく。難解な内容で理解するのに時間はかかるものの、魔術師は知識がものをいうのだ。オラリオ最強の魔術師と言われるリヴェリア様が用意した代物、間違いはないだろうと読み進める。横に座るレフィーヤと、正面の黒板にも似た代物に様々なモノを書き記して俺に魔術とは何かを教えてくれているリヴェリア様。

 彼女らが時折俺に質問を飛ばし、正しく理解できているかの確認を行っている。それを答え、魔術書を読み進めていると、リヴェリア様が腕組をして唸り出した。

 同時にレフィーヤも唸り出し、二人して顔を見合わせると溜息を零す。

 

「あの、どうかしましたか?」

「いや……ミリア、お前の魔術への理解の仕方は非常に興味深い。興味深いが、いささか独自性が強過ぎるな」

 

 独自性? 独学に近い状態というよりは、基礎を学んだ後は勝手な想像で補っていた結果、途中から色々とぶっ飛んだ魔術への理解をしていたらしい? 確かに魔術書を読めば読むほど『意味がわからなく』なっていって頭がこんがらがってきていたのだ。

 

「多分ですが、魔術書からミリアさんが学べる事は何もありません」

「……じゃあどうすべきですかね」

「とりあえず、鍛錬場に向かうか。ベル・クラネル同様に実戦形式で学んだほうが掴めるものがあるだろう」

 

 魔術書に書かれているのは基礎の応用。それを使おうとすると『俺の独自性』が死んでしまう。もともと、俺の独自性あふれる魔法の行使というのはかなり効率がいいらしく、下手にいじるよりはそのままの方が現状は良いらしい。

 貸し与えられた魔術書をひょいと取り上げられ、一時間ほどの講習は無駄に終わった。早めに無駄だとわかったと喜ぶべきか、一時間を無駄にしたと嘆くべきか。嘆く暇があるならさっさと実戦形式の鍛錬に移るべきだろう。寝覚めが最悪だったとしても、今できる事に全力を注がねばならない────ベルだってズタボロになりながらも必死に鍛錬をしているのだから。

 

 

 

 

 

 鍛錬場の踏み固められた土を跳ね上げながら小さな体躯の少女が跳ねる。彼女が魔法を行使している証たる魔法円(マジック・サークル)は維持されたまま。時折囁く様な詠唱が零れ落ち、同時に放射状に広がる散弾がぶちまけられ、彼女を包囲し打ち倒そうとしていたロキファミリアの上級冒険者が吹き飛ばされてぱたぱたと倒れ伏す。

 その様子を見ていた第二級冒険者、レフィーヤ・ウィリディスは言葉を失っていた。目を見開き、驚愕の表情を浮かべた彼女は、小さく唇を震わせて鍛錬場で五人の上級冒険者を弄ぶ小人族の少女、ミリア・ノースリスを見ていた。

 

「うそ……うそ、だって……」

「魔術師、か……魔術師の概念が壊れそうだね」

 

 レフィーヤの横で木箱に腰掛けたフィン・ディムナがそう呟けば、腕組をして模擬戦の様子を見ていたリヴェリアが眉を顰めながらも口を開く。

 

「……『ショットガン・マジック』だったか。放射状に広がる無数の魔弾を放つ、か」

 

 ミリア本人が口にした魔法の情報。無論、全てではないだろうがその概要を聞いたリヴェリアとフィンはほぼ同じ結論に至っていた。

 消費が少なく、威力が低めな代わりに同時に二丁持ちをして手数を稼げる『ピストル・マジック』

 射程が短い代わりに零距離で絶大な威力を、中距離で回避の難しい攻撃範囲を持つ『ショットガン・マジック』

 消費が大きい代わりに、威力と射程に優れる『ライフル・マジック』

 オラリオでも珍しい『分岐詠唱魔法』と呼ばれる魔法を覚えた彼女の本質は『射出口(銃口)を生み出し、魔弾を放つ』その一点が共通している。炎や氷といった特殊な属性を持たない無属性の魔弾。

 これらの魔法の扱いを見たいという事で上級冒険者一名とミリアの模擬戦を行う事となったのだが、結果はミリアの圧勝。少なくともランクアップしてから一か月も経っていない相手に対し、熟練のレベル2冒険者が手も足も出ない光景は、その冒険者の心を折るには十分過ぎた。

 それに加え、今行われているミリア一人に対し五人の上級冒険者が戦うこの光景を見れば、殆どの者は驚きを隠せないだろう。実際、第一級冒険者に至るまで、そして至って以降、数多くの冒険者を目にしてきたフィンやリヴェリアの二人も、目の前の光景はにわかには信じがたい。

 

「『ファイア』『ファイア』」

「ぐぁっ!?」「ごはっ!?」

「くそっ!」「近づけないぞ!」

 

 放射状に広がる散弾の一発によって二人同時に吹き飛ばされ、牽制射撃の様に放たれたもう一発によって残りの面々は近づく事すらできない。

 下手に近づけば無数の魔弾を放つ『ショットガン・マジック』が全弾命中しかなりのダメージを負わされ、離れようとすれば放射状に広がる散弾の特性によって回避しきれずに小さなダメージを負わされる。

 近づけば高威力の一撃必殺が、離れれば回避不能の小さなダメージ。たとえ小さくとも、ダメージが積み重なれば動きは鈍り、いずれ彼女に仕留められる。かといって不用意な接近は高威力の一撃の餌食にしてくれと首を差し出すに等しい。

 『ショットガン・マジック』の届かない距離まで離れれば、今度は『ピストル・マジック』による正確無比な連射が叩き込まれ、更に距離をとっていると『ライフル・マジック』の脅威の一撃が見舞われる。

 

 通常の魔術師、魔法使い相手であれば『近づけば勝ち』と言われている。リヴェリアの様に白兵戦もある程度行える為問題ないと口にできる魔術師はごくわずかである。そうであるがゆえに、一般的には『近づけば勝ち』なのだ。その常識が通用しない。

 

「強い、というよりは……」

「上手い。とにかく上手いな」

 

 相手を常に視界にいれ、どう動くのかを想定しながら背を極力見せない様に。たとえ背を見せたとしても即座に背後に散弾をばら撒けるように警戒を解かない。

 同時に別方向から近づいて反撃を封じようとしてきたら片方は即座に牽制射撃で牽制し、もう片方を確実に仕留める為に懐まで潜り込ませての反撃で確実に戦闘不能に陥らせる。

 それに加えての自動防御の効力を持っている『マジック・シールド』があるおかげもあって、基本的に不意打ちも通用しない。

 汎用性の高さと弱点の無さ、そして本人の持ち合わせている判断の速さに場を見極める目、すべての要素が上手く噛みあい、最終的に『攻略可能な弱点が無い』という結論に至った。

 

 最後の一人になったロキファミリアの上級冒険者が魔法で吹き飛ばされて場外に飛び出したことで模擬戦は終了を迎え、倒れ伏した冒険者を治療すべく数人の治療士が彼らに駆け寄っていく。ミリアは一番近くに倒れていた冒険者に回復魔法をかけている。

 それを見ていたフィンはリヴェリアに問いかけた。

 

「それで、ミリアはどうすれば強くなれるだろうか」

「……無理だな。改良すべき点が見当たらん」

 

 現状持ち得る能力や魔法・スキルの効力を最大限引き出す戦い方を行っており、本人の資質もそれに噛みあっている。そうである以上、純粋な基礎アビリティの強化以外の方法が思いつかない。

 それも第一級冒険者が見た限りでも、生半可な付け焼刃の攻略法では攻略されない程度の堅牢さも持ち合わせている。

 大きな弱点、と呼べる点を挙げるとするなら、『ガン・マジック』に『マジック・シールド』、ミリアの戦闘を支えているのが魔法であるという点。魔力が尽きたらその時点で戦闘能力がガタ落ちする他無い所だ。

 

 あとは、単純なレベル差に弱い。

 

「まあ、レベルが上の相手と戦って勝てる方が稀だし、弱点と言うには違うけれどね」

「確かにな」

 

 フィンの言葉に肯定したリヴェリアが眉間を押さえつつ、模擬戦を見ていたロキファミリアの魔術師達がレフィーヤ同様に言葉を失って半口を開けたまま硬直しているのを見て、口を開いた。

 

「魔術師達に良い勉強になるかもしれないと思っていたが」

「インパクトが強過ぎたかい?」

「いや、何の参考にもならん」

 

 ミリア・ノースリスだからこそ出来る動きと、魔法の扱い方。それが噛み合ってあの強さだ。

 まさしく『魔法戦士』という名に相応しい動きを披露したのだ。彼女の戦闘方法は彼女以外に行えるモノではない。

 

「すいません、お二人とも……どうでしたか? 何かアドバイスとかありましたか?」

 

 治療を終え、とことこと歩いて近づいてきたミリアが口を開けたまま硬直しているレフィーヤに驚きつつもリヴェリアとフィンに問いかける。二人は顔を見合わせて謝罪を口にした。

 

「すまない。単純に基礎アビリティを伸ばす以外に戦闘方法に関してのアドバイスはかけられない」

「すでに戦闘スタイルが確立されていて、私たちからかけられる言葉は無いな」

 

 二人の言葉にミリアが顔を引き攣らせ、深い溜息を零した。むしろ第一級冒険者から『改良すべき点は無い』と言われるほどに完璧な戦闘スタイルを組み上げている事を喜ぶべき所であるのに、溜息を零したミリアを見てレフィーヤが口を開いた。

 

「なんで溜息なんて……改良すべき点が無いんですよ! ミリアさんの持ち得るスキルと魔法、どちらも最大効率で使われてるのに!」

「レフィーヤさん、それってつまり()()()()()()()()()()()()()って言われてるのと同義なんですけど……」

 

 彼女の突っ込みに気落ちした様子のミリアにレフィーヤが気まずそうに視線を逸らす。その様を見ていたフィンが口を開こうとした所で、鍛錬場に団員が駆け込んでくる。

 急ぎ駆け込んできたその団員が門兵として配備された一人だと気付いたフィンが何事かとその門兵の彼を見据えると、彼はフィンの前で敬礼し報告を上げた。

 

「団長、ベル・クラネルとミリア・ノースリスとパーティを組んでいたという鍛冶師が訪ねてきてます。どうしましょう」

「……鍛冶師、って事はヴェルフですかね。赤髪で長身の」

「それであってるのかい?」

「はい、ノースリスさんの言う通りの容姿でした」

 

 ミリアの知り合いだとわかり、フィンは少し迷いながらもその鍛冶師を通す様に指示を出す。ミリアが魔力回復の合間にその鍛冶師に頼みたいことがあると鍛錬場を抜けていくのを見送ったフィンとリヴェリアが溜息を零してそれを見送った。

 

「多分だけど、不意打ちと神という足手纏いを抱えていた、後は民間人が居て魔法を撃てなかったっていう状況によって負けたんだろうとは思うんだけど」

「私も同意見だな。多分だが、普通に正々堂々と真正面から戦闘になっていたらまず負けは無かっただろう」

 

 ごく普通の戦闘であればまず負けなかったと二人が分析する。

 魔力さえ事足りていれば、彼女とベル・クラネルが組んで戦えばまず負けは無いだろう。もう一つの鍛錬場で鍛錬に挑んでいるベル・クラネルの方もレベル2に上がりたてとは思えない程の敏捷さを持っていた。

 それらを十全に活かして戦う事でヘスティアファミリアにも十分な勝機はあるだろう。そう考えた二人が頷きあう。

 

「十分に勝機はあるね」

「最初はどうなる事かと思ったがな」

 

 勝負内容が決まっていない現状、勝てるとは口が裂けても言えないが、勝負内容次第でヘスティアファミリアに十分な勝機があるだろう。

 

 

 

 

 客室に案内されたヴェルフは質のいいソファーに腰掛けたままじっと待ち人が来るのを待っていた。

 神ヘスティアが神会(デナトゥス)を何日か無視して時間を稼ぐと決め、姿をくらましてすぐ、ヴェルフは神ヘスティアに頼まれ事をした。

 ミリアの様子を見てきて欲しい。彼女は腕と目を失う負傷をしていたのだ、治るとは聞いていてもどう治ったのかまではわからない。今のヘスティアは身動きが取れないと周囲に思わせるべくロキファミリアに顔を出せないのだ。それで白羽の矢が立ったのがヴェルフであった。

 片腕と片目を失う負傷。酒場の乱闘騒ぎを発端としたアポロンファミリアの襲撃によって引き起こされたその負傷、それの容体はヴェルフにとっても気になる事の一つだった。

 扉の開く音がした瞬間に立ち上がったヴェルフ。そんな彼を見上げた金髪の小人族の少女、彼女の顔を見たヴェルフが息を詰まらせて身を震わせた。

 

「お前……その目……」

「ベルも驚いてましたけど、別に異常はないですよ。久しぶり……ってまだ半日も経ってないですけど」

 

 肩を竦めたミリアの姿にヴェルフが表情を歪める。()()()()()なんて口にしているが、明らかに左目の色がおかしい。彼女の碧眼が、片方だけ赤色になっている。それに加え、ひらひらと平然と振るっている切り落とされたはずの右腕も、見るからにおかしい。

 病的に白い肌、そんな色合いだったかと二度見し、やはり色合いがおかしいと気付いたヴェルフが表情を暗くする中、ミリアはヴェルフの前にとことこと歩いてきて彼を見上げた。

 

「ヴェルフ、貴方が気にすることではないですよ」

「……何言ってんだよ、あの酒場で俺が手を出さなきゃ」

「無意味です。済んだ事ですし、あの一件が無くとも彼らは襲撃してきたでしょうから」

 

 ヴェルフが奥歯を強く噛み締める。神ヘスティアも、ベル・クラネルも、誰もがヴェルフを責めない。唯一、ヴェルフを責めるだろうリリルカは攫われて居らず、心に積もる罪悪感がヴェルフを押し潰さんとしていた。

 それに気づいているのか気付いていないのか────ミリアは申し訳なさそうな表情を浮かべ、その場に膝を着いた。

 

「おい、何して……」

「すいません。貴方にお願いがあります」

 

 驚き過ぎて何が起きているのかわからないヴェルフの目の前、ミリアが額を床に押し付けていた。極東の者達が最上級の謝罪をする際に行われる『土下座』というモノ。神ヘスティアとベルがそう言っていたのを思い出し、それをミリアが行っている事に驚き、ヴェルフは慌てて口を開く。

 

「おいまてっ、そんな────」

「魔剣を打ってください」

 

 ヴェルフが口を開くより先に、ミリアが言葉を遮って叫んだ。額を床に押し付け、小さな体をさらに小さく縮こまらせたミリアが、頭を下げていた。

 

「何を……」

「『クロッゾの魔剣』、強力無比な力。それが必要なんです。どうか、ヘスティアファミリアの為に『クロッゾの魔剣』を打ってください」

 

 驚愕の表情を浮かべたヴェルフ。土下座して頼み込んでくるミリアを見て、ヴェルフは立ち尽くす。

 

「お願いします。今回の戦争遊戯の為に、貴方の魔剣が必要だ、だから一週間で打てるだけ、魔剣を打ってください」

「…………」

「お金なら後で払います」

「まてって」

「だから……」

「待てって言ってるだろ!」

 

 ミリアの肩を掴み、強引に顔を上げさせ、言葉を失った。

 ボロボロと涙を零すミリアが、必死の表情でヴェルフを見上げていた。

 

「お願い、負けたらヘスティアファミリアが無くなっちゃうの……嫌いなのはわかる。けれど私には貴方の魔剣が必要だから」

 

 今回の戦争遊戯。1%でも勝率を引き上げたい。負ければ全てを奪われる、それだけは回避したい。ヘスティア様を、ベルを失いたくない。だから、魔剣を嫌うヴェルフに、魔剣を打ちたがらないヴェルフに、魔剣を打てと頼み込んでいる。涙を呑んででも、ヴェルフに嫌われる事になっても、1%を稼ぎたい。

 

「ヴェルフ、わかってる。魔剣が嫌いだって、貴方にとって酷いお願いだってわかってる。それでも、必要なの……少しでも、勝てる確率を上げたいの。だから、お願いします」

「…………」

 

 碧眼と紅眼、変わってしまった瞳の色合いの向こう側。敗北の恐怖に揺れる彼女の表情を見ていたヴェルフは拳を強く握り締めた。

 

「リリの事なら、フィンと相談して出せる戦力を確保する。貴方には『魔剣鍛冶師』として魔剣を打ってほしい。貴方の打てる最高の一振りを、どうか私の為に用意して欲しい」

 

 お願いしますと、繰り返し呟く彼女の姿にヴェルフは身を震わせて彼女の肩から手を放した。

 ミリアが頭を下げなおし、ヴェルフの前で土下座を披露する。ヴェルフは静かに拳を握り締め、背を向けた。

 

「ヴェルフ、私の事を嫌っても良い、それでも魔剣を……」

「なぁ、ミリア……」

 

 俺はそんなに冷たい奴に見えるか? ミリアの負傷の原因は、殆ど俺の所為だろ。それなのにそんな風にお願いされて、断る奴に見えるか。そんな言葉を零そうとしたヴェルフは、手のひらに食い込んだ爪によって皮膚が裂け、血が零れ落ちるのも構わずに、更に力を込めて拳を握り締めた。

 

「任せろ」

 

 鍛冶師が少女に返す言葉は、他に無かった。




 ヤバい、ヤバい。戦争遊戯の準備話だけで3~4話いきそう。
 この後、一応リリの小話的なの入れるでしょ。
 んでアポロン側の反応(ロキファミリアに頭下げて無駄な足掻きをしてるのを鼻で嗤う的な話)を入れるでしょ。
 それからミリアちゃんのあれやこれや入れるでしょ?
 話数ヤバいよ……(白目)


 TSロリが増えて嬉しい嬉しい……もっと、もっと増えろ、たくさん、一杯増えろぉ()


 ダンまち二期でついに『フリュネ・ジャミール』が出てましたが……ビジュアルがもう化け物でしたね。いや、なんというか、人間かどうかすら怪しいレベルに感じましたよ、えぇ……あんなのに押し倒されるとか考えたくないな()

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