魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
心が完全に折れてしまった、情けないと笑われても仕方がない。
ミリアが僕を庇うように前に出て構えているのを見て、僕は自信の情けなさに苛立ちを覚えると同時に、薄汚い考えが脳裏を過った。
――だって、仕方がないじゃないか――
ベル・クラネルは魔法もスキルもないただの少年で、ミリア・ノースリスは魔法も使えればスキルも覚えているのだ。
今まで、たった二週間の冒険のうちに何度ミリアに助けてもらった?
何度、ミリアの魔法を羨ましいと思った?
僕に出来ないのは魔法もスキルも無いからで、ミリアが出来るのは魔法もスキルもあるからじゃないか。
それにきっとミリアは怯えて動けない僕なんかと違って、こんなときにでも恐怖なんて覚えずに冷静にあの化け物を倒す方法を考えているに近いない。
だって、ここ二週間の冒険の最中、ミリアは一度も悲鳴をあげていない。僕が情けなく悲鳴をあげて逃げたコボルト五匹を難なく倒していた姿が脳裏を過った。
だから、仕方がないじゃないか。
そんな考え方をしたのも仕方がない。だって、ミリアはトクベツで、僕はフツウだったのだから。
そんな風に自分の情けなさに対して意味のない言い訳を繰り返している間にも、ミノタウロスは嘲る笑みを浮かべつつも余裕そうに歩いてくる。気丈に振る舞う幼い少女と、そんな少女に庇われる情けない少年。警戒するまでもないとでも言うような足取りで接近してくるその姿にベルは目を閉じた。
これは、きっと何かの夢で、目覚めたら呆れ顔で神様の抱擁から抜け出したミリアが「おはよう」と声をかけてきて、寝癖をなおして、冒険の準備をしてから、神様に「いってきます」と声をかける。
だから、早く夢から覚めてほしい。
「『ファイアッ』」
ミリアの魔法が発動した。直線上にあるものを貫通してダメージを与える魔法。そんなものが使えるから僕と違ってあの恐ろしいミノタウロスに立ち向かえるんだ、このあとはいつも通り魔石を回収して――
「あぁ、もうっ!
ミリアの声に思わず目を開ける。
ミリアの後ろ姿と、健在のミノタウロス。ミノタウロスは不思議そうに首を傾げている。
そこで漸く気がついた、魔法が外れている。
ミノタウロスの右側の壁にミリアの魔法でつけられたと思われる貫通痕があった。
ミリアは、どんなときでも冷静で、魔法を打てば百発百中。これまでの冒険で敵なしだったのだ。
そのミリアが魔法を外した? 何故?
その答えに気がついたとき、ミリアが恐怖なんて抱かずに冷静にモンスターを倒す方法を考えていたなんて考えは吹き飛んだ。
ミリアの手が震えている。
「いつもやってる事でしょ、なんでこんなときに外してんのよ。馬鹿でしょ、死にたくないんでしょ、なら当てなさいよっ!! あぁもうっ!!」
ミリアが自分自身に言い聞かせるように呟く言葉は、徐々に大きくなり最後には左手の杖の石突で床を突いて叫んだ。其れを聞いて、気がついた。ミリアは確かにトクベツなんだと思う。魔法もスキルもあって、いつも冷静で、どんなときにでも頼りになる存在で……そう思っていたのが、ただの間違いだったのだと。
ミリアも怖いんだ……
でも、魔法が、スキルがあるから何とか立ち向かっていけるんだ。
左手に持っていた長杖を手早く背中に背負い直し、ミリアは左手で震える右手を押さえつけて狙いを定める。
ミノタウロスは余裕そうにミリアの足掻きを眺めて嘲笑の笑みを浮かべている。
「『ファイアッ』」
また、外れた。
「『ファイアッ』」
ミリアの詠唱と共に魔法が発動して……ミノタウロスの肩に当たった。
「あはは……嘘でしょ」
ミリアの震えた声に思考停止していた僕は一気に現実に引き戻された。
――魔法が効いていない――
肩に当たったはずである。しかしミノタウロスは首を傾げて肩をさすっている。そこにあるのは些細な焦げ痕、
「なら、こんなのはどうっ!! 『ショットガン・マジック』!!」
その魔法は新しくミリアが覚えた魔法だ、正確には詠唱派生と言う同じ魔法の別側面と言う話だが、僕から見れば完全に新しい魔法だった。
半ば悲鳴のように叫んだミリアは先程よりも大きくなった
ミノタウロスは、腕で顔を庇う仕草をしている。
「『ファイアッ』」
半ば処か悲鳴にしか聞こえない詠唱を叫んだミリアの指先から魔法が放たれる。
放射状に無数の弾丸が放たれてダンジョンの壁もミノタウロスも一瞬で砂ぼこりに包まれた。
通路を埋め尽くすほどの魔法の弾丸の凄まじさに初めて目にしたベルも思わず目を見開いた。
新しい魔法を習得したとは聞いていたが、これほどとは……
「あぁ……」
だが、砂ぼこりが徐々に消えていくそこには、腕で顔を庇う仕草をしたまま平然と立っているミノタウロスの姿があった。
「ぁ……」
ポキンと、何かが折れた音を聞いた気がする。
「あぁぁぁぁああ」
肩を震わせたミリアが情けない悲鳴を上げた。
「ふ、『ファイアッ』『ファイアッ』『ファイアッ』!!」
魔法の連射によって通路が土埃に埋まる。
しかし、その連射も直ぐに止まってしまう。
「『ファイアッ』っ!? なんで出ないのよっ!!」
ベルの知る限り、ミリアの魔法はかなり特殊なモノらしい。
マガジンと呼ばれるモノを消費して使われる魔法。
マガジン一つで15発。『ピストル・マジック』が消費弾薬1発なので15発撃てる。
『ショットガン・マジック』は消費弾薬3発なので、5発なのだが先程『ピストル・マジック』で数発消費していたので4発しか撃てなかったのだろう。
そしてミリアの右手を見れば手の甲に埋まりこむ様に発現しているはずの結晶が砕けて消えている。
ミリアはそれに気が付いていないのか
「『ファイアッ』!! なんでっ!!」
焦っているのか……いや、ミリアは多分錯乱している。
自身の魔法が効かなかったと言う衝撃的事実によって正気を失っているのだろう。
『リロード』と言う単語を挟む事も忘れ、ただ只管に発動詠唱を叫んでいる。
ミノタウロスはソレをみて笑みを浮かべて、一歩、また一歩を近づいてくる。
「なんでよっ!! ベルが動けないんだから私がなんとかするしかないでしょっ!! 『ファイアッ』!! 『ファイアッ』!!」
焦りと恐怖で錯乱したミリアは狂乱気味に叫ぶ。その言葉にベルは殴られたような衝撃を覚えた。
ミリアがベルを庇った理由は、ただベルが動けなかったから、動けるのがミリアしかいなかったから。
見捨てる事だってできたはずなのに。ミリアは僕を庇ってくれた。
だと言うのに
ベルはその様子を見ながら、徐に自分の頬をぶん殴った。
何が『ミリアがトクベツ』だ。
何が『ミリアには魔法があるから』だ。
普通に怖かったに違いない。魔法があっても、ミリアは女の子じゃないか。
僕の夢見た英雄は、魔法を覚えていない事を理由に、諦めてしまう様な奴だったか?
僕の夢見た英雄は、スキルを覚えていない事を理由に、女の子の背に庇われる様な奴だったか?
否だ、僕の夢見た英雄は、どんな絶望的な状況でも、決して諦めずに立ち上がって、最期には華々しく勝利を飾る英雄ではないか。
狂乱気味に
――――いつの間にか、脚の震えは止まっていた――――
ミノタウロスが姿勢を低くしている。あれは――突進の構えだろう。
ミリアはただ只管に叫ぶばかりで其れに気付いていない。
このままだと……
咄嗟にベルは足を踏み出す。動けなかったはずなのに体がごく自然に動いた。
ミノタウロスも同時に動き出す。
ステイタスの差でミノタウロスの方が早い。既に距離は半分以下だ。ミリアは目を見開いたまま動きを止めている。
「ミリアッ!!」
ベルは必死に腕を動かしてミリアの腰に手を回し、そのまま横に飛び退く。
瞬間、つい先ほどまでミリアとベルの居た位置を凄まじい速度でミノタウロスが走り抜けて行った。
後ほんの一歩出だしが遅ければミリアは死んでいただろう。もちろん、ベルも一緒に。
「ミリアッ! 逃げようッ!!」
咄嗟にミリアの腕を掴んで走り出す。
ミノタウロスの特徴は、直線距離での突進力にある。牛頭だからだろうか? 牛と同じく直線での速度は凄まじいモノがある。そして牛と同じくミノタウロスの弱点は曲がり角だ。
ミリアの手を引きつつ必死に走る。曲がって、曲がって、曲がって、曲がる。
後ろからミノタウロスの咆哮が聞こえ、足音も聞こえた。
直線を走る度に背後に威圧感を感じ、心が折れそうになる。
だけど、ミリアの小さな手から感じる温かさになんとか歯を食いしばる。
ベルに手を引かれながら必死に足を動かす。
俺って馬鹿だよなぁ……
ゾンビ映画とかでよく弾切れの銃の引き金を引き続けて逃げる事もしない兵士とかが居るだろ? あんなの現実じゃありえねぇと笑ってた記憶があるが。あの頃の自分をとりあえずぶん殴りたいと思った。
冷静になれば自身が『リロード』もせずに『ファイアッ』と叫び続ける間抜けな姿を晒していた事に気付けるはずなのに。その時の俺は完全に気付く事が無かった。
それに、ミノタウロスが突進してきたときも……
突進を開始して僅か一秒にも満たない間に目の前に迫ったミノタウロスに完全に思考停止した俺は走馬灯を見た。けれども唐突に胸に手を回された事で現実に引き戻され……目の前をミノタウロスの巨体が走り抜けて行った瞬間に足が震えた。
「ミリアッ! 逃げようッ!!」
ベルがそう叫び、腕を引っ張られそのまま走りだしたのにつられてなんとか走り出して……漸く正気を取り戻した。
なんて様だ、いけるかもなんて考えて飛び出しておいて。結局ダメダメじゃないか。
かっこわる。
「『リロード』」
……このまま進むとヤバイな。
頭の中で地図を広げてー……ベルがどのルートを通っているのか考えてから。舌打ちをしそうになる。
ミノタウロスが横を走り抜けて行った後、ベルはミノタウロスから反対方向へ逃げた……要するに来た道ではなく反対方向、ダンジョンの奥に向かって走りだしてしまったのだ。
無論、遠回りすれば上の階層に戻れなくはないと思うんだが……
ベルが次々に曲がり角を曲がっていく所為で地図が役に立たなくなりそうだ。
いや、曲がる理由はわかる。ミノタウロスは牛っぽい見た目同様、直線で逃げる事はほぼ不可能だが曲がり角を多用して速度を落とさせれば逃げ切れなくはない。
しかし、現在位置から上の階層までの階段に辿り着くにはそこそこ距離がある上、曲がり角を利用できる場所も限られている。
要するにこのまま曲がり角戦法で下の階層に逃げるか、一か八か直線を通って上の階層に逃げるかのどっちかな訳だが……
ちらりとベルを見る。これはアカン奴ですね。多分だが曲がり角を見つける度にとりあえずそっちに曲がっている感じだ……あぁ、次の十字路は左は行き止まりだ。
「左は行き止まりっ!」
「わかったっ!」
真っ直ぐ? 暫く直進する通路ですよ? ミノタウロスに轢き殺されたいのですか?
だからと言って右手通路は……
「っ!?」
曲がって直ぐ、ベルが一瞬たじろぐが直ぐに全力疾走を始めた。
「離してくださいっ」
ベルの手を振り解いておく。
さっきからどうにも俺の足に合わせている所為か遅い。ベルの足ならもう逃げ切っていても良い筈なのにさっきから曲がり角でギリギリ追いつかれそうになるのだ。
マァ良い。この通路はそこそこ距離がある訳だが……突き当りが丁字路である。
「『ショットガン・マジック』!!」
「ミリアっ!?」
「走ってくださいっ!! 少しでも足止めになる様に発砲しますっ!!」
後ろの曲がり角から顔を見せたミノタウロスにすかさず『ファイアッ』。
「『ファイアッ』!!」
散弾を遠距離で撃ったら威力減衰するのは当たり前だよなぁ……なんで錯乱しかけてた俺は気付かなかったのか。錯乱してたから気付かなかったのか……
まぁ、それでも視界一杯に魔弾がぶちまけられるのは流石に怯むのかミノタウロスが足を止めている。
ベルが既に丁字路に辿り着いて振り返っているのが見える。
「『ファイアッ』!!」
残りマガジンは9発。消費3発だから実質発砲可能回数は3回か。
「『ファイアッ』!!」
さて、どうするか。このままベルと一緒の方向に逃げた所で……丁字路を右に進めば上の階層に通じる
どっちに逃げるって? 左に逃げるのが得策に決まっている。
「『ファイアッ』!!」
だが、ベルまで付き合わせる必要は無いだろ。
このままベルには地上に行ってもらう。俺? 無論左だ。アイツは既にベルじゃなくて俺しか見えてないだろうしな。
最後の一発を残した状態でベルに合流、どっちに行くか迷ってるのか。まぁいい。とりあえず――
ベルを蹴っ飛ばして右の通路へと捻じ込みつつ、反動で自分は左の通路へ飛び込んだ。
瞬間、ミノタウロスがベルと俺の間、丁字路の突き当りの壁に激突に凄まじい衝撃と音が撒き散らされる。
「ミリアッ!!」
ベルの驚きの声が聞こえるが、反応する余裕なんかない。悪いなベル少年。そのまま地上まで
「ベルッ!! 地上で助けを呼んでくださいっ!! 『ピストル・マジック』『ファイアッ』!!」
壁に激突した角を引っこ抜くのに手間取っているミノタウロスに挑発の為に一発ぶち込む。
それから背を向けて走り出す。
唐突にミリアに蹴飛ばされて、尻餅をついた瞬間、目の前にミノタウロスが現れた。
ミリアと僕の間に、まるで壁の様に聳え立つその姿に一瞬心が折れそうになる。
「ミリアッ!!」
咄嗟に叫べば、ミリアの方も答えてくれた。
「ベルッ!! 地上で助けを呼んでくださいっ!! 『ピストル・マジック』『ファイアッ』!!」
ミノタウロスは尻餅をつく僕じゃなくて、煩わしい攻撃を繰り出すミリアを標的にしたらしい。直ぐ近くで尻餅をついている僕を無視してミリアの方に足を向けた。
「待ってっ!!」
ミリアの方に行かせるのは不味い。なんとかナイフを握りしめてミノタウロスの注意を此方に向けさせようとして――
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオッ!?』
あっ……
ミノタウロスの咆哮を至近距離で聞いてしまった。
ミノタウロスの咆哮に含まれる特殊効果が僕の体を縛り上げる。
ナイフを握って、起き上がろうとした姿勢のまま。ミノタウロスはミリアを追いかけて行ってしまった。
動けない僕はソレを見送る事しかできなかった……