魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

120 / 218
第一一九話

 テーブルに置かれた資料に手を伸ばし、血眼になってでも粗を探している小人族の少女。

 ロキファミリアに用意された臨時の作戦室となっている客室の一つで一睡もせずに作戦を立てては舌打ちと共に破り捨てているのは、大群となったアポロンファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)を控えたヘスティアファミリアの眷属の一人。

 窓から差し込む光を忌々し気に見て舌打ち。空腹を訴える腹の音を聞き、荒れた部屋を見回してから、手元のノートに作戦概要を書き記す。鬼気迫る表情で書き記されたそれを見て、更に舌打ちを重ねた小人族、ミリア・ノースリスは深い溜息と共に寝不足で充血した瞳を天井に向けた。

 

「……無理、こんなの無理だわ」

 

 資料に記載された敵戦力。一人一人は大した事は無い。

 フィン・ディムナやリヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロック等、名だたる第一級冒険者が口を揃えて『ベル・クラネルとミリア・ノースリスの二人であれば、確実に第二級冒険者(ヒュアキントス・クリオ)を倒せる』という保証すらある。他の第三級冒険者等は敵ですらない、しかし問題は数だ。

 『クーシー・ファクトリー』を利用しての設置罠(トラップ)による防衛線形成。罠一つで無力化できるのはせいぜいが一人か二人。それも直接的な殺傷能力はほぼゼロであり、せいぜいが五分十分程の足止め効力しかない。

 ならば通常の罠────虎挟み(レッグホールドトラップ)等の狩猟にも使われる罠類を大量に設置して、という作戦も不可能。商売神が流通を絞っている今、その手の道具類を購入する事すらできない。

 他には、ミリア自身が持ち得る前世の知識より『銃』の作成を考えた。だがその『銃』はオラリオにこそ出回っていないモノの、存在しない訳ではなかった。主に使われているのは半自動(セミオートマチック)回転式拳銃(リボルバー)かのどちらか。長銃(ライフル)拳銃(ハンドガン)

 オラリオに出回らなかった理由は、無数にある。運用費(コスト)収益(リターン)が見合わない事。それから対怪物用の武装としては威力が低すぎる事。対冒険者用武装としても『駆け出し』ならまだしも『下級冒険者』と呼ばれる実力を手にした冒険者相手だと不足が目立つ。

 『銃』が通用するのはせいぜいが上層。中層以降は威力不足により怪物(モンスター)損傷(ダメージ)すら与えられない。だけならまだマシだろう、そもそも5階層以降の怪物(モンスター)相手に神の恩恵無しで弾丸を命中させる事は不可能とすら言われている。狙いをつけている間に殺されるのが関の山。

 しかも銃声は迷宮内で大きく響き渡り怪物(モンスター)を盛大に呼び寄せてしまう。それに加えて硝煙、火薬の燃えた匂いは独特であり強烈である事から臭いで居場所が露呈して姿を隠す事ができない。

 威力に関しては大型化をすれば……と、中層でも通じる威力を求めた結果、小型大砲の様なモノが出来上がり、一発の弾丸(砲弾)でミノタウロスを倒せる様な代物が出来上がったモノの、反動を考えると第二級(レベル3)冒険者でもなければ命中させる事もできない代物になってしまい。当然、レベル2の上位とはいえミノタウロス程度なら第二級(レベル3)冒険者なら素手で殴り殺した方が早いとまで言われてしまう程。

 大型弩(バリスタ)の時点でうすうす勘づいては居たモノの、冒険者の腕力で引く様な弓でもなければ威力を求める為に大型化するのは当たり前だった訳である。

 詰まる所、神の恩恵という代物によってミリアの知る『銃の脅威』というモノはほぼ皆無にまで落ちている訳であり、一部物好きな銃技師(ガンスミス)が辺境の地域でひっそりと生産しているだけの代物に落ち込んでいた。

 

「軍用の銃とかって生産性やら運用費やら、後は耐久性とか互換性とか……後は最も効率的に人を殺せるって部分から軍用として採用される代物だし、化け物染みた冒険者相手に使う事想定してないものね……」

 

 例えば、彼女の前世において有名な銃として知られる『M1911』通称『コルト・ガバメント』という大口径拳銃。敵兵を一撃で戦闘不能にできる拳銃として長らく米国に愛用された拳銃だ。それが百丁あったとしても第三級冒険者以上の相手からすればただの豆鉄砲、あっても意味が無いと断言できる訳だ。

 彼女の持つ知識にある空想の世界、映画やゲームの中には、軍用武装で身を固めた軍人が化け物によって良いように壊滅されるというモノは無数に存在する。対人用武装で怪物は殺せないというのはあながち間違いではないのだろう。

 

「……いつの間にか、銃で撃たれても()()で済む体になってたのかぁ」

 

 ソファーに深く腰掛け、天井を見上げながらのほんの少しの現実逃避。『銃』の様に簡単に敵を制圧できる力の象徴があればなどという空想を浮かべ、それが冒険者に対して何の脅威にもなり得ないガラクタだと現実を突きつけられ、縋るモノがなくなった状態での小さな呟き。何か意味がある訳でもなく、自身が化け物になったと落胆するでもない。ただ、ほんの少しだけ現実から目を背けたくなっただけである。

 それでも直ぐに頬を叩いて気を取り直し、彼女は再度テーブルの資料に手を伸ばした。現実逃避する時間はもうなく、今日という日が過ぎ去れば、明日の朝早くにオラリオを出立して『シュリーム古城』から最も近い町へと足を運ばなくてはいけない。つまり猶予は今日一日、残された時間全てを使ってでも勝ち目のある作戦を立案しなくてはいけない。

 敗北すれば先は無く、勝ち目が失われた戦争遊戯(ウォーゲーム)を前に身を震わせ、彼女が作戦をノートに書き記そうと羽根ペンを手にした所で、インクが切れている事に気付いて溜息を零した。

 冒険者の血をインクとして使える『血潮の筆(ブラッド・フェザー)』は初期に血を使い過ぎてミリアが貧血になった事で使用禁止を言い渡されて通常のインクを使う羽根ペンを渡されていたのだ。大量に書き記された作戦書によって無数の空となったインク壺が散らばるテーブル。未開封のモノを探そうとするも、どれもこれも空っぽの物ばかり。舌打ちを零してミリアは立ち上がった。

 部屋には彼女一人。フィンが付きっ切りで作戦立案を手伝ってくれていたものの、どの作戦にもダメ出しばかりする彼に苛立ちを感じてリヴェリア諸共追い出したのだった。ダメ出し、とはいえ彼の言っている事が何も間違っていないのはミリアにもわかっていた。わかっていたからと言って、納得できるかは別だが。

 

「新しいインクを……」

 

 激しい眩暈に頭痛。立ち上がった瞬間に襲い来る異常。膝を突いて倒れ込み、彼女は自分が一晩中一睡もせずに籠っていた事を思い出す。震える手が、緊張によるものなのか、焦燥によるものなのか、それとも体調不良によるものなのか判別できない。

 それでも立ち上がろうとした所で部屋に声が響き渡った。

 

「ミリア君っ」

「……ヘスティア様?」

 

 駆け寄ってきた自らの主神の姿を見たミリアが震え、歯を食い縛る。

 ヘスティアはミリアに肩を貸してソファーに座らせ、目の下にできた隈や飛び跳ねた髪等を見て悲し気に眉尻を下げた。

 彼女の過去と、現在の状況から彼女がどれほどに追い詰められているのか、気付いていながらもここまで追い詰められるまで足を運べなかったヘスティアは真正面からミリアを見た。

 

「ごめん、新しい増員は出来なくなったみたいなんだ」

「……どういう事でしょうか」

 

 アポロンファミリアの急な増員に対し、ギルドが待ったをかけた。これ以上増員されてもギルドの方で管理が行えない為、本当に神アポロンが恩恵を授けたのか、それとも部外者の参加をさせているのかが識別できないため、一時的に増員申請の受付停止を宣言した。これにより、アポロンファミリア────だけでなくヘスティアファミリアについても同様に今後の派閥の改宗(コンバージョン)による申請を受け付けなくなった。ギルドの処理能力を大きく超える人員増大にギルドが音を上げたらしい。

 最終的にアポロンファミリアの増員数は予定より多い三百人程、戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加する人員は420人とオラリオ最大規模のガネーシャファミリアには程遠いモノの、ロキファミリアやフレイヤファミリア等の名立たる派閥を超える人員数にまで跳ね上がった。

 これ以上アポロン側の増員が無い、それは吉報である。同時にヘスティア側も増員を禁止されるという凶報でもあった。

 肩を震わせたミリアが震える声で尋ねる。

 

「あの、仲間は……増えましたか?」

 

 アポロン側の人数は420人、対するヘスティア側は変わっていなければたったの14人+2匹のみ。20倍を超える人数差。一人、二人増えた程度では焼け石に水ともいえる差にもともと顔色の悪かったミリアが更に青褪める。

 その様子を見ていたヘスティアが小さく『ごめん』と呟きを零した。

 

「一人も、増えてないんだ。キミが集めてくれた子達も含め、ボク達は14人と2匹で戦い、勝たなくちゃいけない」

 

 言葉を失ったミリアが俯き、肩を震わせる。ヘスティアが申し訳なさそうに顔を伏せ、静かに目を瞑った。

 ぽたりと、ミリアの膝に雫が零れ落ちる。ひとつ、ふたつ、みっつと増えていく雫。零れ落ちる涙は留まる事を知らず、次々に溢れ出していく。

 どれだけ考えても、どんな方法を使っても、勝てない。戦う前から勝負の決まり切った戦争遊戯(ウォーゲーム)を前に、涙を零し、ミリアは小さく呟いた。

 

「これ、アレですよね……私への罰って奴ですよね……」

「ミリア君……」

「あれだけ、酷い事、悪い事いっぱいしてきましたし」

 

 前世において、彼女は悪事を数多積み上げてきた。人を騙し金を奪う。間接的に命すら奪っていた。加えて、仲間と呼んだ者達すらも皆殺してきた。彼女が手を下した訳ではない、けれど見捨てた事に違いは無い。

 彼女が行ってきた数多の悪事。それに対する罰があるとするならば、彼女の言う通りこの現状こそが罰なのだろう。

 大切なモノを守る為に、取り戻す為に悪と知りながら成し得た数多の事柄。それへの罰として大切なモノを奪われるというのは、きっと適切な罰だと、涙を零し彼女は慟哭する。

 

「……ミリア君、それは違う。キミへの罰なんかじゃない」

「でもっ……」

 

 顔を上げたミリアの瞳から零れ落ちる涙を拭い、ヘスティアはミリアを抱きしめた。

 

「ミリア君、少し休もう」

「でもっ、今日中に何か作戦を考えないとっ」

 

 そうでなくてはヘスティアファミリアは────ヘスティア様は、ベルは、皆はどうなるのか。彼女は払い除けるでもなく、ヘスティアの腕の中で慟哭を繰り返す。

 

「私が、なんとかしないと……」

 

 ヘスティアが肩を震わせ、より強くミリアを抱きしめた。

 能力が高い。戦闘技量も、頭の回転も、何もかもが優れている。ヘスティアがこの客室に案内されるまでに聞いたミリアへの評価。小柄故に近接戦が苦手という事を除けば、他の全ては優秀で……そのせいか、全てを自身で抱え込もうとする悪癖がある。とも言われた彼女の性格。

 実際、彼女が成した事を考えれば間違いではない。ミリアの行動によってロキファミリア、ディアンケヒトファミリア、ガネーシャファミリアの三つから多大な協力を得る事ができた。他にも、至る所で彼女の手腕は輝き、ヘスティアファミリアを支えてきている。それだけの能力や技能を持つ彼女でも、今回の絶望的な戦いを覆すには至らない。

 

「ミリア君、もういい、もういいんだ」

「……っ! 良くないっ!!」

 

 ヘスティアの言葉に、ミリアが叫ぶ。抱きしめるヘスティアの両腕を振り払い、彼女は涙を零しながら叫んだ。

 

「まだっ、まだ一緒に居たいっ。恩を、返せてない……せっかく、一緒に……」

 

 あの頃無くしてしまった、温かな居場所。嘘と欺瞞以外の何も存在しない虚構の空間ではない、本物の温かさに満ちた場所。無くしたくないと、失いたくないと、慟哭を響かせる彼女。

 ヘスティアは優しく微笑み、ミリアを再度抱きしめた。今度は逃がさない様に、振り解かれない様に、しっかりと、力強く。

 

「ミリア君、君は一人じゃないんだ」

「でも……」

「ヴェルフ君にリリルカ君、ミコト君に、他にも沢山の仲間が駆けつけてくれてる。あの子達だって全力で勝つ方法を考えてくれてる。だから────少しだけ休んだって誰も怒らないさ」

 

 一睡もせず、碌な休憩も取らず、必死に勝つ為の方法を考えているミリア。だが、勝つための方法を考えているのはミリアだけではない、集った者達全員が同じ想いを抱き、同じ方向を向いて勝利を目指している。

 だからこそ、無理をし過ぎて倒れては意味が無い。疲れているのなら、辛いのなら、ほんの少し休む事ぐらい皆なら許してくれる。そういって神は子を諭す。

 

「でも、もし誰も何も思い付かなかったら」

 

 自分が休んだせいで、勝つための作戦が浮かばなかったら。きっと後悔するから、休むことはできない。そういって腕を振り解こうとするミリアを、神は決して離さない。

 

「ミリア君、キミは────皆を信用できないかい?」

「……してますよ」

「嘘だ。キミは、心のどこかで皆を信用してないね」

 

 神の言葉にミリアが目を見開き、歯を噛み締めた。

 彼女にとって、その言葉は図星だった。

 前世においてもそうだった。仲間、そう仲間と呼んで信頼しあった彼、彼女達の事を、ミリアは一切信用していなかった。何せ────嘘と虚構に塗れた世界だったから。

 つい数時間前に『あの女を殺してやるっ』と声を揃えて叫び合った者達が、皆笑顔で()()()に媚びを売り、擦り寄っていくのだ。喜んで協力を約束する姿と、殺すべき対象に傅いて媚びへつらう姿、どちらが本物なのかわからなくなる。わからないからこそ、信用なんて微塵もできやしない。

 其処にあるのは、薄っぺらい仲間という言葉。まるで紙切れの様にペラペラで、信用なんて置けやしない歪な関係。だからこそ、心のどこかでは疑いを持っている。

 神の言葉で強引に表に引っ張り出されたその心の裏側。信用しているのに疑っている。歪で醜いその心。

 

「私は……」

「ミリア君、皆を信用してるって心の底から言うなら……休もう。今日一日、ゆっくりと休むんだ」

 

 疑う事を止められないなら、行動で示そう。そう言ってヘスティアはミリアの頭を撫でた。

 

「キミは十分に頑張ったよ。これ以上は、頑張り過ぎだ……だから、今日はもう休もう。戦争遊戯(ウォーゲーム)の事は一旦忘れてさ」

 

 優しく、甘く、これ以上思い悩んで傷付かなくても良いとミリアを包み込む。

 身を震わせ、彼女は小さく呟く。

 

「でも、勝つ方法が一つもないんですよ」

「そうだね、でも皆が考えてくれる」

「負けたらヘスティアファミリアが無くなっちゃうんですよ」

「だから皆でなんとかするのさ」

「私が……私が休んだせいで負けたら……」

「キミだけの責任じゃない。皆が何も思い付かなかったら、皆の責任さ。無論、ボクの責任でもある」

「…………」

「だからさ、一人で背負い込むのはやめるんだ」

 

 重責に押し潰されかけている眷属()を救うため、ヘスティアは今朝早くにロキファミリアを訪ねた。神ロキから『このままだとミリアが精神的に潰れる』と緊急の連絡を受けて、だ。

 

「ミリア君、だから休もう」

「……わかりました。少しだけ、少しだけです」

 

 少し休んだら、また勝つための方法を考える。ミリアが休んでいるその間に、集った仲間が何らかの打開策を打ち出す。だから少しだけ、そう言い訳を繰り返した彼女の体から力が抜ける。

 ヘスティアに抱かれ、ほんの少しの眠りについたミリアを、神は優しく、強く抱きしめた。

 

「ごめん、遅くなって」

 

 後少し遅ければ、きっと潰れていた。一度重荷を全て取り払って、忘れさせてあげなければ彼女は潰れていただろう。

 

 

 

 

 

 ヘスティアファミリアが臨時拠点として利用していた酒場兼宿の一室。集まっているのは眷属の様子を見に行った主神(ヘスティア)とロキファミリアで鍛錬を受けている団長(ベル)、ロキファミリアで鍛錬を受けつつ作戦立案を行う副団長(ミリア)、それから到着の遅れたヴェルフを除くヘスティアファミリアのメンバー全員と、助っ人のリュー・リオンの計10名。

 テーブルに置かれた資料を各々が眺めながら額を突き合わせて戦争遊戯(ウォーゲーム)に向けた作戦会議を行っている彼らの元に遅れて鍛冶師の青年が入ってきた。

 背負っていた魔剣を束ねたモノを置いた彼はさっそく尋ねる。

 

「それで、何か案は浮かんだのか?」

 

 目の下に隈が出来たヴェルフ。魔剣を打つことを優先して睡眠時間すら削って生み出された魔剣の数は12本。一つ一つの威力は折り紙付きのそれらを運んできて疲れているであろう彼もテーブルに置かれた資料を見て、青ざめた表情を浮かべる皆の顔を見回した。

 

「その様子じゃぁ、無理か」

「そうですね。申し訳ありませんが……私と彼、彼女の三人での防衛、残りを攻撃にという作戦が、マシといえばマシなのですが」

 

 難しい表情を浮かべたリューが示したのはロキファミリアから増員として送られてきた第二級冒険者二名とリューによる旗印の防衛。残りを攻撃隊にという案。

 

「攻撃と防衛で半々と考えても攻撃隊210人、旗を守りきれますか?」

 

 唇を噛み締め過ぎて血が零れ落ちているリリが防衛を担当すると言った三人を見て呟けば、赤眼のアマゾネスがリューとドワーフの二人を流し見てから小さく呟く。

 

「ごめん、無理だと思う」

「すまん、いくら俺らがレベル3とはいえ、殲滅ならまだしも防衛は……」

「…………」

 

 ただの殲滅戦なら胸を張って『出来る』と断言できるであろう数だ。だが、旗を守るという守衛戦となれば話は別。いくら強かろうと旗を傷つけない為に近くで戦う訳にはいかず、かといって旗を疎かにすれば隙を突かれて旗を壊されてしまう。守衛戦の痛い所は、とにかく動けない所。防衛対象である旗は一定範囲から動かす事ができない上に、最初から場所が指定されており隠す事も許されない。

 レベル3二人、レベル4一人を以てしても、旗を守り切るのは難しい。リューもそれがわかっているからか口を閉ざす。

 

「防衛に全人員を回す。クロッゾの魔剣……ヴェルフ殿の魔剣なら攻撃隊を壊滅させる事もできるでしょう……が」

「出来るだろうな」

 

 代わりに城攻めの際に使う魔剣が不足する。そうなれば城を落とすなんて夢のまた夢となる。

 ガネーシャファミリアから来た増員の一人、獣人の男性が放った言葉をヴェルフが否定し、話しは振り出しに戻った。

 彼らが会議を初めてから何度も繰り返される話は、全てミリアが考え付き、それを決行した末路が『敗北』になっているモノばかり。つい先ほど彼らの元に届いたミリアの作戦が書き記されたメモ代わりのノートにほぼ考え付く全ての作戦が書き記されている。

 ミリアのノートを見ていたエルフの少女がテーブルにそれを戻して呟いた。

 

「無理、ですね。団長でも考え付かなかったみたいですし」

「……だからって諦められるか?」

 

 腕組をした獣人の少女の言葉に彼女は首を横に振った。

 

「諦めるぐらいなら死にますよ」

 

 重苦しい沈黙に包まれた部屋の中、ヴェルフがミリアのノートを拾い上げ、頁を捲って呻き声を漏らした。

 

「おい、これアイツ一人で全部考えたのかよ……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の会場となる『シュリーム古城』の内部情報と周辺地形。それからアポロン陣営の元から所属していた正規団員と、増員された一時団員の情報。そしてミリアが知りうるヘスティア陣営の者達のステイタスを元に考え付かれた数多の作戦の数々。一つ二つではなく、両手の指の数では足りない作戦。

 全てが事細かに作戦実行から勝敗が付くまでの道筋が書き込まれている。行きつく先はどれも『敗北』ばかり。中には犠牲を前提とした作戦まで無数に存在し、魔剣を攻撃隊壊滅によって使い切った際にミリア本人が全力で魔力暴発(イグニスファトゥス)して城門を吹き飛ばして城攻めを行うといった荒唐無稽な代物まで、考え付くモノはほぼ網羅されていそうな代物。

 ミリアが精神的に潰れる寸前だと言われて納得がいくほどに、どれもこれもが数の暴力によってすり潰される末路ばかり。

 ヴェルフが苦々しげな表情を浮かべ、誰しもが口を閉ざす。彼の【勇者(ブレイバー)】でもこの状況を覆すには第一級冒険者を増員として送り込むぐらいしか打つ手がないと言い切る程の状況。

 ロキファミリアから第一級冒険者を送り込むという事は彼らの立場的に難しく、ガネーシャファミリアも同様で立場上、第一級冒険者を送る事など出来るはずもない。ディアンケヒトファミリアはそもそも医療系派閥であり構成員で最高レベルが2である。

 立場を度外視すれば、ロキファミリアから第一級冒険者を増員として迎え入れる事は出来たかもしれないが、それすらも今朝の時点で封じられた。今日以降の増員した団員は戦争遊戯(ウォーゲーム)に参加を許可しないとギルドが言い切った為だ。

 一切の希望の光の途絶えた闇に取り残された様な状況にヴェルフが眉を顰め、拳を握り締めてノートをテーブルの上に戻し、顔を上げた。

 

「悪い、ちょっと忘れ物をした」

「ヴェルフ様?」

「今日中に戻る」

 

 ヴェルフは短くそれだけを告げると、背を向けて扉を蹴破る勢いで開けて部屋を後にした。その背を見ていたリリが溜息を零し、もう一度資料に手を伸ばした。

 

「もう一度、何か作戦があれば皆さん上げてください。本当になんでも良いのです、ミリア様が思いつかなかった、何かを……」

 

 ある訳が無い。そう考えつつもリリは必死に資料を見据える。

 残った面々も腕を組み、額に手を当て、思い思いの姿勢で考え込み始めた。そんなさ中、今まで一言も言葉を発す事の無かったミコトが背筋を伸ばし、手を挙げた。

 

「自分に、一つだけ案があるのですが」

「どんな案ですか? この際、どんな荒唐無稽な代物でも良いですから」

 

 期待の眼差しとは違う、縋る様な皆の視線を受けたミコトが身を震わせ、口を開く。

 

「旗の防衛を一人に任せ、残る全員を城攻めに回す、というのはどうでしょうか?」

 

 明朗な声が部屋に響き渡る。彼女の発案に誰しもが思考停止し、少し考えてからミコト以外の全員がそろって溜息。

 

「あぁ、うん、そうだね。出来たらそれが良いよね」

「ミコト様、少し休んでください」

 

 生暖かい視線がミコトに注がれ、リリが優しく諭す様に部屋に備え付けられたベッドを指示した。

 ミコトが目を見開き慌てたように立ち上がり、口を開く。

 

「待ってください、ふざけている訳ではないのです。自分なら、旗を守り切れます」

「は? 待って、リューさん一人で守るならまだしも、貴女が守るの?」

「はいっ」

 

 守衛を最も強いリューが担当する。その作戦は最初の方に上げられ、リュー本人が『不可能だ』と断言した事で否定された作戦だ。最も強い彼女ですら守り切れない旗を、たかだかレベル2に上がりたてのミコトが守り切れるのか。そんな胡乱げな視線を受けたミコトは胸に手を当て、宣言した。

 

「自分なら、守り切れます」

「……ミコト様、どうやって守り切るおつもりなのですか?」

 

 リリルカの質問に対し、ミコトは明朗な声で答えを返す。

 その返答を聞いた者達全員が目を見開き驚く中、ミコトは胸に手を当て、宣言した。

 

「もし、この方法で守り切れなかったその時は────切腹も辞さない覚悟です」

 

 

 

 

 

 ヴェルフは街を駆け抜け、脱退して既に関係者ではなくなった元自分の鍛冶場に顔を出していた。

 片付けの済んでいないその鍛冶場。煙突から煙が昇っている事にヴェルフは舌打ちを零し、まるでわかっていたかのように待ち構えていた最高鍛冶師(マスタースミス)の顔を見て表情を歪めた。

 

「ようヴェル吉、これを使う魔剣を打つ気になったか?」

 

 魔剣を暴走させる危険なそれ。火の入れられた炉の前に並べられた魔剣の材料を背に、椿・コルブランドが差し出す結晶。

 まるで最初からこうなる事を予測していたかのような彼女の行動、それに気付きつつもヴェルフは彼女の手から結晶を受け取り、彼女が退いた其処に並べられた魔剣の素材を確認していく。

 その動作を楽し気に見つめていた椿がニヤリと笑い、ヴェルフの肩を叩く。

 

「ヴェル吉、この事はヘファイストス様には黙っててやる」

「……ありがとよ」

 

 構成員ではなくなったヴェルフが、元が自身の鍛冶場とはいえヘファイストスファミリアの管轄の鍛冶場を使う事を黙認すると断言した椿。彼女は期待を込めた眼差しでヴェルフの背を見据え、微笑みを浮かべて鍛冶場の片隅に腰掛けた。

 ヴェルフが表情を歪めて椿を見る。

 

「もし失敗したらこの鍛冶場吹き飛ぶぞ。俺は間違いなく死ぬし、もしかしたらお前も」

「なぁに、覚悟の上だ。クロッゾの魔剣にその結晶を合わせたらどうなるのか手前も気になるからな」

 

 快活に笑った彼女を背に、ヴェルフは鉄材を炉に入れ、熱していく。

 そんな彼の背に、椿はいたずらっぽく囁く。

 

「良い魔剣が出来たら、手前が褒美をくれてやろう」

「……なんだよその褒美って」

「まぁ、期待していろ」

 

 意味深な椿の言動にヴェルフは眉を顰めるも、直ぐに鍛冶に集中し、そんな椿の言葉は溶けて消える。

 集中し、周囲の音が途絶え、熱せられる炉から放たれる微弱な炎の音と、鉄を打つ音だけが響く工房。ヴェルフは心の中で今から生み出す作品に謝罪を繰り返した。

 たった一撃の為だけに生み出され、挙句の果てには持ち手すら巻き込んで破滅する事を運命付けられた魔剣。そんな哀れな魔剣を生み出さんとする自身に対し、もう二度と同じことはしないと誓い。たった一振りだけの、たった一撃で砕ける、儚く凶悪な魔剣の為に、彼は熱せられた鍛冶場で槌を振るった。




 えっと、次回話で戦争遊戯直前のステイタス更新と、ヒュアキントスの独白。後は予言者(呪)のアレコレ……うん、『第一二一話』か『第一二二話』でようやく戦争遊戯かな。

 あ、だいぶ追い詰められてますが、ヘスティアファミリアが勝ちますのでご安心ください。

 物語上『主人公は負けない』っていうのと、原作上『ヘスティアファミリアが勝つ』っていう前提がある為、読者視点からでも『勝てるのかこれ?』と疑問を覚える程に追い詰めてからの大逆転の方が盛り上がるかなと追い詰めまくってるだけで、勝てない訳ではないので……。


 『CODE VEIN』ってゲーム。一年待たされてようやく発売したあのゲームに登場する『銃剣』っていう武装が私がイメージしてたオリ主の『銃剣型の杖』に当てはまってまして……と、それとは別にそのゲームに登場する練血(わざ)の一つ『ラスト・ジャーニー』ってのが凄くかっこよかったですな。
 『即座にHPが全快し、能力が上昇するが一定時間が経過すれば命を失う』っていう効力で、ここぞという場面で使って……って想像力が働いたものの、使うと死ぬっていう代償がでかいし、ミリアちゃんにこれ覚えさせたら迷わず使いそうなので断念……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。