魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一二三話

 シュリーム古城跡地。

 アポロンファミリアによって改修の施された城塞の内部は大混乱に陥っていた。

 

「おい! あんなの聞いてないぞ!」「相手の派閥はあんな魔法を使えるのかよ」「姿を消す竜だって!?」

 

 城塞北部にて発生したヘスティア側からの重装竜(アーマードドラゴン)による強襲……それも透明状態(インビジビリティ)を用いた奇襲であった。

 その光景は遮る物が無かったが故、城壁や側防塔などから視認する事が出来ていた。

 

 攻撃隊の編成は大型弩(バリスタ)輸送用の馬車八台、攻撃隊二〇〇名程という大規模な代物であった。

 しかし、這う這うの体で帰還したのは馬車二台と一七〇名のみ。たった一度の攻撃で三〇名近い被害が出てしまった上、唐突な奇襲によって混乱状態にあったアポロンファミリア攻撃隊の士気は完全に砕け散っていた。

 

「糞、仲間が……」「こんな事って……」「敵はただの案山子じゃなかったのかよっ」

 

 門を開け中に駆け込んできた攻撃隊の面々、馬車諸共空を舞い、叩き付けられて重傷を負った者。不意打ちの噛み付きで噛み砕かれた者。咄嗟に放った反撃の矢が仲間に当たった者。

 竜に噛み砕かれて即死した者を除けば負傷者の数は五〇人を超えている。未帰還の三〇人の内、即死したと思われる者は八名。残りの者は負傷した状態で戦場に取り残されている。

 隊長として攻撃隊を指揮していたリッソスが被害状況を聞きながら苦々し気な表情を浮かべるさ中、ギコギコと車軸の軋む音を響かせて最後の一台の馬車が門をくぐって入ってきた。

 御者台で手綱を握っていたのは猫人の青年。本来ならルアンが御者を務めているはずのそれを見て、リッソスが鋭く猫人を睨みつけて声を上げた。

 

「貴様、ルアンは何処にやった」

 

 もし見捨ててきたのなら許さない。そう言外に語る彼に対し、猫人の青年は肩の力を抜いて馬車の後部を指さして示す。

 

「あー、なんか恐慌状態(パニック)になってたんで後ろに放り込んどきました。生きてますって」

 

 彼の言葉を聞いたリッソスが馬車の後部を覗き込めば、ルアンの他にも木乃伊(みいら)の様に全身を包帯で巻かれた負傷者が5人程乗せられているのが目につき、エルフの青年は眉を顰めた。

 

「ルアン、無事か?」

 

 放心しているのかルアンは返事もせずに呆然としていた。リッソスは額に手を当てて溜息を零す。

 意識は微かにあるのかくぐもった呼吸音が僅かに聞こえ、彼らの負傷状態が酷いのは察しがつく。

 

「くっ……負傷者か……」

 

 彼らを見捨てるか否かを考えるリッソスの元に、一人のエルフが駆け寄ってくる。

 笑みの似合うエルフの男が簡易な敬礼と共にリッソスの傍に立ち、声を上げた。

 

「負傷者の受け入れの許可をお願いしたく」

 

 彼は傭兵の中でもとりわけ生真面目であり、アポロンファミリアからの覚えも良い。

 他の傭兵連中が軒並み役立たずとすら罵られる中、彼や城壁上で未だに厳重な警戒を続ける灰色の外套を纏ったヒューマン、そして半笑いで半月刀を腰につるした猫人。彼ら三人は指示にしっかりと従う上、規則というモノを理解している。他の傭兵連中が酷過ぎるともいえるが、その中でも最低限は使()()()人員であった。

 彼の申し出に対しリッソスは苦々し気な表情を浮かべながらも目を合わせ、小さく頷く。

 

「構わん。余ってる部屋に運び込んで治療を行え、おいお前、貯蔵庫から回復薬(ポーション)を出してこい」

「了解」「わかりました、では彼らを運びます」

 

 エルフの青年が負傷者を担いで馬車から運び出すさ中、猫人の青年がリッソスに声をかけた。

 

「どうします? 出撃しろってんならしますけど……」

「……団長の指示を仰ぐ」

 

 リッソスがそう呟けば、猫人の青年は半月刀をくるくると弄びながら城門を見上げ────ぴくりと耳を跳ねさせて背筋を伸ばした。

 彼が身を震わせた瞬間、西方より飛来した一条の極光が城塞内部、天高く聳え立つ玉座の間の塔の中腹辺りに着弾した。

 

 

 

 

 

 城塞西部にある林。

 それより更に西方の小高い丘となった草原に金髪を揺らした狐人(ルナール)の幼い少女が立っていた。

 着込んでいるのは淡い鈍色の戦闘衣(バトルクロス)。腰には紅と蒼の二対の剣、その手には特殊な形状をした槍の様にも見える銃剣(つえ)。常日頃から肌身離さず身に着けている竜鱗の朱手甲。

 放った砲撃による破壊の痕跡が大地に一直線に刻み込まれ、それは城砦に向かって真っすぐ伸びている。

 手にしていた特注の銃剣(つえ)が過剰に送り込まれた魔力によって軋む音を立てていた。それを聞きながらも、彼女は舌打ちと共に城砦を睨みつけて呟く。

 

()()()

 

 狐人の幼い少女────クーシー・スナイパーにクラスチェンジしていた小人族のミリア・ノースリスは苦々しげな表情を浮かべて小瓶を取り出し、足元に竜の血を撒いていく。

 

「なんで対策を……でも一応は当たったし……でも……」

 

 ぶつぶつと呟きながらも次の砲撃準備を進めるミリアに、白髪のヒューマン、ベルが近づいて声をかけた。

 

「ミリア、どうだった?」

「駄目、本命から外れたわ。でも塔には当たった」

「キュイ」

 

 深紅の飛竜がミリアを見下ろし『下手くそ』と罵り、ミリアに睨まれる。

 ヘスティアファミリアの最初の強襲から即座に林を超えた更に西方のベルとキューイの二人と合流したミリアの巨大砲撃。

 十八階層で黒い階層主(ゴライアス)を即死させた彼の砲撃を放ったのは────城塞より二K(キロル)の距離を置いた丘の上であった。

 狙撃主体の『クーシー・スナイパー』だからこそ叶った魔力の感知範囲を遥かに超えた距離からの砲撃。アポロンファミリアに更なる混乱を振り撒く事は間違いない。

 しかし、元の標的は玉座の間に座すヒュアキントス・クリオであったのだが、玉座の間に狙いを定めたところ()()()()()()()()()()()せいで集中力を乱され、結果として元の狙いから外れた場所に着弾する結果となった。

 

「なんなのよあの光は……」

「でも結果的に()()()()()()()()()()()()()と思うんだけど」

 

 ベルの言葉にミリアは眉を顰め、小さく溜息を零した。

 

「そうね……最上級はヒュアキントスの撃破。次点でヒュアキントスと団員の分断……玉座の間に通じる階段部分は吹き飛ばしたし、これで頭と胴体を切り離せたわ」

 

 叶うなら、最上級の結果が良かった。そう呟いたミリアは再度詠唱を重ね始める。

 

「『スナイパーライフル・マジック』…………『ひとつの魔弾(だんがん)に全てを束ねよ』『アンチ・マテリアル』」

 

 砲撃の準備を知らせる音色。対象までの距離は二K(キロル)

 人々が知る魔法の射程より遥かに長い射程を持つ、()()()()()()()

 詠唱文の長さは威力・射程・範囲に比例する。通常の魔法使いであれば常識と言えるその法則に則るとするならば、彼女の魔法は範囲が狭い代わりに威力と射程を伸ばした魔法だ。

 

 

 

 

 

 玉座の間に座したヒュアキントスは信じられないといった風に眼下に跪くダフネを見た。

 

「馬鹿な……先ほどの砲撃はいったい何なのだっ!」

「……わからない。でも、少なくとも魔力の感知範囲外からの遠距離……それも多分だけど一〇〇〇M(メドル)以上先からの────」

 

 玉座の間に集まっているのは団長であるヒュアキントス・クリオ。他には治癒士(ヒーラー)としてカサンドラ・イリオン。攻撃隊の被害状況の報告に来ていたダフネ・ラウロス。そのほか親衛隊十二名の計十五名。

 玉座の間に通じる塔の中腹部が巨大砲撃によって撃ち抜かれた結果、彼らは塔の最上階に取り残される結果となったのだ。頑丈さが取りえだったからか、崩落して壊滅と言った事態にはならなかったものの、団長および副団長が分離させられて指揮を執る事が出来ない状態に陥っている。

 

「糞っ、こんな魔法が使えるなんて!」

 

 親衛隊の一人が叫ぶ声を聞き、ほぼ全員が同じ思いを抱く。

 魔法の威力、それから射程距離は詠唱の長さに比例する。城塞はどの場所においても石材で作られており、なおかつ分厚い事もあり生半可な短文詠唱級(まほう)では貫く事などできやしない。

 警戒すべきは散発される魔力が察知しやすい長文詠唱級のみ────だったはずだ。

 迂闊に近づいてくれば矢の雨を降らせ、遠方で長文詠唱をしようモノなら狙撃で射殺せばいい。そう考えていた彼らの想定を遥かに上回る超々超遠距離からの砲撃(まほう)

 

「騒いでも仕方ない、崩落部の修復は可能か?」

 

 なんとか冷静さを保とうと冷や汗を流しながらもヒュアキントスが尋ねれば、親衛隊の一人は────破壊された部分の確認に行っていた彼────震えながらも返答を返した。

 

「不可能です。基礎部分は頑丈に作られていますが、この玉座の間は増設された部分のため修復ができません。それに破壊された付近の階段は不安定になっており……下手に近づくと崩落に巻き込まれるかと」

 

 彼の返答にヒュアキントスとダフネが眉を顰め、部屋には重苦しい空気が漂い出す。

 このままではまずい、何かしなくてはと親衛隊の面々も含んだほぼ全員が思考を巡らすさ中、一人の少女は両手で鏡を持って西に向けてそれを向けて振っていた。

 

「見ないで、こっちを見ないで!」

 

 必死の様子で鏡を振るう彼女を無視し、ヒュアキントスは額に青筋を浮かべながらもダフネを見下ろした。

 

「ダフネ、アレをなんとかしろ」

「……無理」

 

 この玉座の間に到着して以降、カサンドラ・イリオンは狂ったように鏡を西に向けて振るい続けている。

 何が彼女を駆り立てるのかは誰にも理解できないが、彼女曰く『竜の目を逸らせる為』らしい。

 誰にも理解できず、最初こそヒュアキントスがやめる様に口にしたものの、頑なにやめない彼女にしびれを切らして鏡を取り上げようとしたさ中にダフネがやってきて────その直後に塔の中腹に砲撃が叩き込まれたのだ。

 団長の指示が通らなくなったことで、城壁上の混乱を治める事ができない。とはいえ隊長格の者達が必死に各々動いているおかげか城塞内部は一応の所は目立った混乱はない。

 城壁部の警備を任せていた外部冒険者と、攻撃隊に編成されていた傭兵たち。彼らの混乱を治める事が出来ておらず、城壁と中庭では混乱が続いている。

 

「これだから何の訓練も受けていない者達は……」

「中庭にはリッソスが居た筈、その辺りは混乱が少ないから、彼らが立て直してくれれば……」

 

 どかりと乱暴に玉座に腰掛けたヒュアキントス。彼は苛立ちを示す様に膝を揺すりながら二人の親衛隊に指示を出す。

 

「お前達、階段部の修復に向かえ。最低限降りれる様にするだけで構わん」

「え、ですが……」

「二度は言わんぞ」

 

 崩落の危険がある階段部の修復。いくら冒険者とはいえ崩落に巻き込まれて転落すれば無事では済まない、とはいえこのまま座して待つ訳にもいかないと苛立ち交じりのヒュアキントスは残された者達を見回し────爆音と共に南側の硝子が砕け散って玉座の間に降り注いだ。

 

 

 

 砲撃が叩き込まれた直後、南側の城壁でも混乱は発生していた。

 攻撃隊壊滅の知らせを受けた彼らにとって、城砦の反対側で発生したその報せについて深く考える事をしなかった。直接目にしなかったことも大きいだろう。彼らにとっては対岸の火事であったのだ。

 それが変わったのは砲撃によって最上階に玉座の間がある塔の中腹が撃ち抜かれてからであった。

 城壁で大型弩(バリスタ)についていた者達や、見張りとして歩き回っていた者達も全員が目にした脅威の一撃。発生距離は通常の魔法では考えられない超遠方からの魔法(ほうげき)

 混乱に陥り、戦争遊戯(ウォーゲーム)を投げ出して逃げるべきかと思案し始める彼らの中で、一際目立つ大男が声を張り上げて叫んだ。

 

「おい不味いぞ」「こんなの聞いてねぇ」「報酬が旨い上、相手はただの弱小だって聞いてたのによ」

「静まれいっ!」

 

 大声が響き渡るさ中、大盾を片手に持った牛人の男が大戦斧の石突を城壁に叩き付けた。

 

「何を恐れる必要がある。あのような砲撃、一度放てばしばし放てまい」

 

 力強く叫ぶ彼の言葉に、徐々に落ち着きを取り戻す南側の防衛隊の面々。

 牛人────大盾に大戦斧を持った身長2M(メドル)を超える巨躯を持つ、オラリオ外のレベル3、第二級冒険者の言葉に納得した彼らがなんとか持ち場に戻り始めた所で、一人の冒険者が声を張り上げた。

 

「敵だっ!」

 

 一斉に弓を手にした冒険者達が城壁から顔を覗かせれば、そこには南方から静かに歩んでくる一人の人物の姿があった。

 混乱にあるとはいえ数多の冒険者が詰める────各方面五十人ずつ、加えて城壁にはそれぞれレベル3の傭兵が一人配置されている。中央にも一人で計五名のレベル3が配置されている。

 其処に対して無防備に歩み寄る全身にマントを纏った人物。

 その背中には巨大な布の塊────形状からして剣らしきもの────を背負っていた。

 

「なんだありゃ……」「一人か?」「んだよ、驚かせんなっての……」

 

 奇怪な姿をしている謎の人物。

 頭部の形状もおかしい。多分だが、全身鎧を纏ったその上からマントで全身を覆い隠しているのだ。

 まず間違いなく敵であろう。だが、たった一人で詠唱する訳でもなく、黙々と歩んでくる姿に皆の警戒が解けかける。

 

「油断するなっ、何をしでかすのかわからん者達だぞ!」

 

 レベル3の放った警戒の声に反応し、彼らが気を引き締める。

 弓を引き絞り狙いを定めて謎の人物を睨みつける。総勢三〇を超える鏃に狙われたその人物は、何の気負いもない様子で黙々と歩んでくる。

 陽動かと訝しんだ牛人の男が大型弩(バリスタ)をちらりと見てから、肩に大戦斧を担いで城壁からその人物を見下ろした。

 古びたマントが風に殴られる音のみが響き、歩む音はとても静かだという事に気付いた彼が、あの人物は只者ではないと判断して矢を射る様に命じた所で意味がないと判断して周囲を見回して叫んだ。

 

「俺が出るっ」

「は? いや、だが……」

 

 他の者が止める間もなく、彼は近場に置いてあった縄を手に取って大型弩に引っ掛けてから壁面を飛び下りた。

 高さ一〇M(メドル)はある城壁から縄を使って器用に降りた彼は、駆け足で謎の人物の前に向かい、五M(メドル)程の距離をおいて対面した。

 わざわざレベル3が出る程なのかとざわめく城壁の上と異なり、向かい合った二人は一瞬だけ視線を向け合うのみ。城壁からの距離はおおよそ一〇〇M(メドル)程。余りにも自然な歩みに毒牙を抜かれたがゆえの事に牛人の男は白髪混じりの頭を撫でて笑みを浮かべた。

 

「ふむ、まずは名乗らせてもらお────」

「不必要です」

 

 牛人の言葉を遮り、女性の声が響く。彼の謎の人物が女性だとわかった牛人が驚くさ中にも、彼女は背負っていた剣の柄に手をかけた。

 

「逃げるなら、今の内……と言いたかったですが。不可能です、どうか恨まぬ様に」

「何を、言って」

 

 マントの隙間から覗くその姿は、全身深紅の鎧を身に着けていた。

 飛竜の鱗や皮で作られた全身鎧。美しい鮮やかな紅の色合いに目を奪われかけ、次の瞬間、背筋を凍り付かせる()を目にした。

 彼女が背負っていた布の塊、刀身を隠す様に巻かれた布が解けてその姿を余すところなく曝け出す。

 深紅、彼女が身に着けている鮮やかな紅とは異なる、禍々しい程の紅。まるで溶けだした岩、溶岩を更に煮詰め続けたかのように、目を貫き焼く様な深紅の刀身。余りの色合いにまるで太陽を直視したかのような痛みに襲われ、牛人が勘に従って大盾を構えて防御姿勢をとる。

 紅の竜鱗鎧を纏った彼女は、小さな呟きと共にその名を開放した。

 

「──────『火山』」

 

 瞬間、赤が弾ける。

 南側の城壁、そして南東、南西にあった側防塔を一瞬で赤が呑み込んだ。

 余波によって城塞内部の硝子が砕け散り、熱風が城塞南部から広がって半分程を飲み込む。

 それは太陽を彷彿とさせる様な爆発であり、獄炎であり、呑み込まれた者は何が起きたかもわからずに消えゆく。

 

 

 

 

 

 『鏡』に映し出されていた光景が一瞬で赤に染まり、目を焼く極光に近い深紅の光が街の各所に現れた『神の鏡』を通じてオラリオを照らした。

 真昼の太陽にも勝る深紅の光。余りの光の強さに目にしていた全ての観客、神も人も無関係に一瞬だけ目を焼かれ、何が起きているのか判別不能に陥る。

 

『目がぁっ! 一体何が起きたんだぁ!』

『うむっ、あれはガネーシャだなっ!』

『それ言いたいだけでしょうガネーシャ様はっ』

 

 超々遠距離砲撃魔法によって沸き立ったオラリオは、次に砲撃を放とうと準備していた謎の狐人に沸き立った次の瞬間に発生した太陽の降臨に見紛う程の光に焼かれ、皆が目を抑えて悶える。

 そのさなかにあってなお、実況のイブリと解説役のガネーシャは平常運転を行っていた。

 拡声器によって拡散される声を聞きながらも、アポロンは目を抑えて信じられない光景を脳裏に思い浮かべ、同じく目を抑えていたヘスティアに叫びかけた。

 

「あれはなんだというのだ! ミリア・ノースリスだと!?」

 

 アポロンの怒声と、神々の『目がぁ~目がぁ~!』という阿鼻叫喚の地獄絵図となっている会場にて、ヘスティアは目を抑えながらもアポロンに応える。

 

「そうだよ、ミリア君さ」

「彼女は腕と片目を失って────」

「治したんだ」

 

 ありえない。アポロンは更に重ねて叫ぶさ中、ヘスティアは何とか目を揉み、『(えいぞう)』に視線を向けた。

 『鏡』に映し出された映像は、凄惨極まりない代物であった。

 南側部分全域が焼け焦げ、城壁に至っては原型を留めていない。城塞の一部も大きく溶けて歪み、南東と南西にあった側防塔は半分程が融解して崩れている。未だに灼熱が残っているのか大地は赤く煮え立ち、グラグラと音を立てる溶岩に変質していた。

 爆心地らしき部分は円形に取り残されており、盾を構えた牛人が残され────訂正しよう。灰とかした牛人の像が残されている。芯まで灰になる程に焼き尽くされ、爆心地近くだったがゆえに形状を綺麗に残した像。

 レベル3冒険者が即死────それどころか南側の城壁に配備された五〇人の冒険者も、側防塔に詰めていた者達も、()()()()()光景が目に入る。

 火事が起きているのか西側、東側でも混乱が広がり、城砦内部からも無数の煙が噴き出し始める。

 地獄絵図とも取れる光景にヘスティアが息を呑み、アポロンが口を開けたまま固まる。

 

「は……はは……嘘だろ。何が起きたっ! あれはなんなんだっ!」

 

 目を焼かれた神々も次々に信じられない光景を目にし────歓声を上げて次々の考察を始める。

 

「あれなんだよ」「すげぇ威力、魔剣っぽかったけど」「まさかクロッゾの? でもあんな威力か?」

「それよりミリア・ノースリスの方、あれ今から砲撃が────あっ、撃った」

 

 火災すら発生し始めた城塞。

 西方からの大砲撃の影響で指揮系統が崩れ、南側の城壁近くで起きた爆炎によって混乱が極まった城塞に対し、謎の狐人────クーシー・スナイパーの二度目の大砲撃が突き刺さる。

 城壁に阻まれたかに見えたその一撃は、城壁を貫き、城砦すら貫き、さらに東側の城壁を貫いて一直線に城砦を貫き通して東側の果てに消えてゆく。

 大地に刻まれた二条の直線。一射目と異なり二射目は大地を綺麗に抉っていた。

 

「うわぁ、やべぇ城を撃ち抜きやがった」「なんだあの威力……すげぇ」「って、杖が粉々に砕け散ってるんだけど、どんだけ魔力込めたんだありゃ」

 

 空の果てに砲撃が消え切った直後────城の一部区画が爆発を起こして神々が更に沸き立った。

 

「おぉ、爆発したぞ」「爆発効果まであるたぁ、たまげたなぁ」「いや、あれ多分だけど保管場所の爆薬に引火した臭くね?」「やべぇぞアポロン、物資貯蔵庫吹き飛んだっぽいぞ」

 

 神々がアポロンを囃し立てようとして彼に視線を向けたところで、漸く気付く。

 アポロンが青褪めた表情でブツブツと呟きを零していた。

 

「うそだ……私の眷属()達が……」

「なぁ、アポロンの様子が……」「今ので結構死んだっぽいしなぁ」「マジ?」

 

 呆けたアポロンに代わり、ロキが指を立てて解説をし始める。

 

「アポロンの所はどっかの馬鹿が沢山増援入れたやろ? どうせ統率もとれんで物資のちょろまかしが多かったんやろ。せやから物資を一か所に纏めとったと……当然、部外者を警備に当てる訳にもいかん。つまり貯蔵庫周辺にはアポロン直々の眷属()しか居らんかったと────其処が爆発したんやで?」

 

 それも、対竜用に用意された威力の高い爆薬に引火しての起爆だ。かなりの量が貯蔵されたそれが起爆すれば、威力は説明するまでもない。

 その周辺を警備していたのは、アポロンの眷属のみであった。

 故に、彼の貯蔵庫爆発の被害は主にアポロンファミリアの眷属だけとなる。付け加えると、そこまで敵が侵入してくる事を予測していなかったアポロンファミリアは、周辺の警備を下級冒険者に任せていたのだろう。

 結果、下級冒険者ではとてもではないが耐えられない爆発を至近距離でくらった者が多数出た事で即死した眷属も多いだろう事。

 

「しっかし……なんやあのヤバい魔剣、ヘファイストスは何か知っとるん?」

 

 ロキの問いかけに対しヘファイストスは眉を顰め、深い溜息と共に応えた。

 

「結晶、魔剣に使うと威力強化できる結晶があったのよ」

「ほう? それで?」

「椿がなんかこそこそやってたのは知ってたけど……多分、椿に唆されたヴェルフがやったのね」

 

 ヘファイストスが頭を抱え、鏡を見て呟く。

 

「使った子、多分死んではいないけどあれ以上戦えないわよ」

 

 

 

 

 

 鍛冶神の言う事は、間違っていなかった。

 全身を赤飛竜の鱗で作った鎧で防御し、なおかつ要所要所に火精霊の護布(サラマンダー・ウール)を巻く事で更に耐火性能を上げ、炎の中を歩き回れるという程の耐火性の装備を身に着けた女性。

 リュー・リオンは川に半身を付けながら、黒焦げになった手甲を慎重に外していた。

 

「まさか、ここまでの威力とは……」

 

 本気で死ぬかと思った。そう呟きながらも右腕の手甲を外し、その内に収まっていた自らの腕が真っ黒い炭になっていたのを見て冷や汗を流して焦る。

 ポーチから万能薬(エリクサー)を取り出そうとし、ポーチが黒焦げになっているのを見て口を閉ざす。

 身に着けていたマントは完全に焼け、ポーチ類も焼け落ちた。耐火性に優れた竜鱗鎧はなんとか原型を留めているものの、それでも黒焦げになっており、魔剣を振るった右腕に関しては炭化していた。それも右腕に関しては火精霊の護布(サラマンダーウール)を二重に巻いてあったにも拘わらず、でありその威力がうかがえる。

 溜息を零した彼女は残っている鎧の部位を外し、川に投げ落とす。ジュッと音を立てて熱せられた鎧が川に沈むのを見て、下手に動かすと折れそうな右腕を庇いながら川の傍に置かれた荷物に手を伸ばした。

 

「不味い、ですね」

 

 使用者すら殺し尽くす、呪われた魔剣。『クロッゾの魔剣』と組み合わせて使われた結晶によって威力を引き上げられた────引き上げ過ぎた彼の一撃。彼の城を、それこそたった一撃で破壊できるのではないかという程の破壊を撒き散らしたその一撃の代償としては、かなり少ない方だろう。

 

「右腕一本で、城を堕とせる……」

 

 否、命一つで城を堕とせる。それほどの威力の代物。

 ヴェルフが魔剣を打った際に褒美と称して椿からキューイの素材を用いた耐火性の全身鎧を渡されていなければ、レベル4のリュー・リオンとはいえ即死していたに違いない。

 

「他の人に任せなくて正解でしたね」

 

 もしレベル3の誰か────アマゾネスの女性に任せていれば、彼女は間違いなく死んでいた。

 それこそ、耐火性の鎧を身に着けた上で、焼け死んでいただろう。そうなればミリアの精神に多大な影響を齎す。そうならぬ為にもリュー自らがこの役目を買って出たのだから。

 

「……早く治療を済ませなくては」




 戦闘描写が苦手+多人数戦+視点変更多め=作者は死ぬ。
 ヤバない? 滅茶苦茶ヤバない? きっと何が起きてるのかすごくわかり辛いと思うの。
 いやぁ……戦闘描写苦手なんだから戦争描写もできないに決まってるんだよなぁ……。
 しかも視点変更多すぎて草生える。くさはえりゅぅ……


 初撃『ヴァンによる攻撃隊への強襲』
 補足『負傷者に紛れてロキファミリアの眷属五名が内部に侵入』
 二撃目『ミリアの砲撃によって玉座の間に通じる道を破壊』
 補足『ダフネが報告に玉座の間に居た為、空中廊下が手薄に』
 補足『カサンドラが鏡振り回してた影響で直撃は免れる』
 三撃目『リューさんによる自爆魔剣での南側の粉砕』
 補足『レベル3が一名が灰になった』
 四撃目『ミリアの砲撃によって城貫通』
 補足『貯蔵庫近くへの砲撃+自爆魔剣の炎で貯蔵庫の火薬類が起爆』

 まとめるとこんな感じかな。既に死傷者が1/4超えてる件……壊滅的ですねぇ。



 追記というか報告。アポロンファミリア編が終わった後について。
 『オリオンの矢』のネタも浮かんだし、『グランド・デイ』のネタもそこそこあるんですがぁ~。
 本編……えっと、『ファミリアクロニクル』の『エピソード・リュー』にある『最大賭博場(グラン・カジノ)』を挟んでから、『春姫編』にはいるのが、一応時空列的な流れで言うと正常かなって思うのですが。

 『オリオンの矢』と『グランド・デイ』をどうしようかなって感じです。
 この二つは、ダンジョン十八階層から帰還後の話(アポロンとの戦争遊戯が無かった時空の話?)に当たるので、この作品で言うと『第九十六話』までの強さで√分岐する形になるんですよね。
 んで、今後アポロンとの戦争遊戯が終わった後にアンケートとってどうするか決めようと思います。

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