魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

126 / 218
第一二五話

 空中廊下に集まったヘスティアファミリアの主戦力。

 側防塔の一つを占拠して装甲型大型弩(バリスタ)を奪取した陽動部隊。

 無数の『鏡』に映し出される映像には、戦場の大半が燃え上がり、黒煙に塗れて冒険者や傭兵が右往左往している姿があった。

 

「何が……どうなっているっ」

 

 商売神の瞳に映るのは、必死に集めて見せ札として用意したはずの物資が黒煙を上げて燃え上がっている光景。

 城塞の修繕に掛かった費用。集めた物資の送金額。脳裏を埋め尽くす計算の上で、自身がとんでもない損害を出しており、なおかつその損害が加速的に増えている事を理解して白目を剥いていた。

 物資は燃え、集めた傭兵は蹴散らされ、修繕した城塞は完膚なきまでに破壊されていく。

 一応、商売神は残っていた派閥の総資産の殆どをアポロンファミリアに賭けている。それで損失が補えるかと言うと、有り得ない。万が一にでも負ければ派閥は消滅するだろうが。

 青褪めて損得を計算していた商売神の視線の先、一つの『鏡』に映る幼い小人族の少女、ミリア・ノースリスの姿があった。彼女こそ、最も想定外な事態を引き起こした原因であり、能力も全て調べ上げ、街中であっけなくヒュアキントスの手によって戦闘力を削られた人員だったはずだ。

 その人物を見て舌打ちを零し────商売神は目を見開いてもう一度彼女をまじまじと見つめる。

 

「目と腕が……見えてる? まさか……いや、だが……」

 

 目まぐるしく回転する商売神の思考。つい先ほどまでの絶望を掻き消す程の衝撃的な事実。

 ミリア・ノースリスだけではない、空中廊下に集まったロキファミリアからの増援も、側防塔の一つを占拠して混乱を加速させているガネーシャファミリアからの増援も、その誰しもがとある欠陥を抱えていたはずである。

 そう、身体部位の欠損。腕、足を無くし、冒険者を引退した者。五感の一つの視力や聴力を失った者。そういった者達だったはずだ。そんな彼らが、五体満足で動き回っている。

 視力を失っていたはずのロキファミリアの第二級冒険者も、その目で油断なく周囲を見つめている。

 

「そうか! そういう事かっ!!」

「おっ、遂に頭おかしくなったのか?」

「アポロンに協力したせいで大損して狂ったか?」

 

 好き勝手呟く神々を無視し、商売神は『鏡』に映し出される惨状を見て青褪めて嘆くアポロンの背を見て舌打ちをし、立ちあがってヘスティアとロキを交互に見て口を開く。

 

「ヘスティアファミリアが欠損を治せる薬を作った……いんやぁ? そうじゃぁありやしない。あくまでもヘスティアファミリアは探索系……そうですかい、そういう事ですかぁ」

 

 粘性を感じさせるほどの声でにんまりと笑みを浮かべた商売神の視線がディアンケヒトファミリアのある方角に向けられ、直ぐにヘスティアに戻る。

 

「なぁるほど、つまりディアンケヒトの旦那がアッシらと取引を断ったのは……()()があったから」

 

 点と点を繋げ合わせ、商売神が出した結論。

 

「ミリア・ノースリスの連れてる飛竜、それのどちらかが部位欠損を治せる薬の素材になる。ディアンケヒトはそれを知っていて、黙っていた」

「そしてロキとガネーシャはその部位欠損を治せる薬または道具を交渉材料にヘスティアファミリアが取り入った訳ですかい」

 

 唐突に立ち上がってブツブツと聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟き始めた彼の姿に、神々はざまぁみろと煽ったりしているが、彼の耳には届かない。

 遂には『完全に壊れちまったみたいだなぁ』と若干同情めいた視線を向ける神まで現れる。

 

「部位欠損を治せる薬、それがいくらになるのかなんて……ふふっ、つまりアッシに運が回ってきてますな」

 

 この戦争遊戯にアポロンファミリアが勝利さえすれば、損失全てを埋めて有り余る利益が得られる。看板に着いた傷の事も、集めた物資が消し飛んだ事も、傭兵達が数多く損耗した事も、全てを水に流してしまえる程の莫大な利益。

 一本で、いくらになるだろう。そんな損得勘定をし始め、ニヤニヤと笑みを浮かべてヘスティアを見つめる商売神。

 つい先ほどまで莫大な損失に青褪めて泡を吹きかけていた者とは、まるで別人と言える変わりように周囲の神々がドン引きしたように距離を置いた。

 

「まあ、もう勝ちは確定でしょう」

 

 ミリア・ノースリスは杖無しであの強大な魔法は使えない。もし使えるのであればあのまま砲撃し続ければ良かったのだから、それをせずに突撃したという事は、あの魔法は使えないと公言してるも同然。

 彼女が玉座の間に通じる塔の中腹を破壊した事で、彼らは玉座の間に辿り付けない。

 そして、もうすぐアポロンファミリアの一部の者達がヘスティアファミリアの旗印に辿り付く。開始直後から瞑想を続けるヒューマンの少女が居るが、タケミカヅチファミリアからの増援でレベルは2、しかも上がってから一年も経っていないので大した能力もない。

 向かっている二十名程の集団をたった一人で止める事等不可能。つまりアポロンの勝利は揺らがない。

 商売神はほくそ笑み、ロキやガネーシャを鼻で嗤った。

 

 

 

 

 

「すごい、すごいね、アイズ!? 本当にあそこまで無傷でベルを送り届けたよ!」

「うん……」

 

 都市北端。

 遠く離れたロキファミリアの本拠でも。

 『鏡』に映し出されているヘスティアファミリアの快進撃に、ティオナが瞳を輝かせていた。

 彼女の隣では金色の瞳でじっと何かを探る様にミリアを見据えている。

 

「確かに良くやりますけど……最初っからあの凄い威力の魔剣で城ごと吹っ飛ばせばよかったんじゃないですか?」

 

 アイズ達が鏡の真ん中に陣取っている中、背後でティオネが疑問を口にした。

 

「アマゾネスらしいのぉ、その考え方……」

「そんな事をしてしまったら、灼熱地獄の中でアポロンファミリアの旗印を探さないといけなくなってしまうだろう?」

 

 城の南側。強烈な魔剣の一撃によって灼熱領土と化し、未だに真っ赤な溶岩の海になっている領域を指さしたフィン。

 発動からそこまで時間が経ってはいないとはいえ、それでも赤々とした灼熱地獄と化したその領域は、生半可な対応策では真面な活動もできないだろう。

 

「でも、旗印も一緒に……」

「旗印は魔法的な効力では破壊できない。物理的なモノでなければ、な」

 

 炎に巻かれて焼ける事も、魔法の砲撃で破壊される事も無い。

 最初からミリアの放った遠距離砲撃で旗印の破壊を狙えれば、それだけで片が付く話であったが、そうはいかないのだ。

 

「それに、大まかに言えばここまでの作戦自体はミリアが考案したモノだ……まあ、遠距離砲撃や超威力の魔剣なんかは伏せられてたけどね」

 

 問題は此処からだ、とフィンが呟いて鏡の一つを指さす。

 

「あそこの二十人の別動隊、統率は崩れかけてるとはいえ……彼らを止められなければヘスティアファミリアの敗北だ」

 

 ヘスティアファミリアの旗印の前で瞑想を続けるヤマト・ミコトに迫るアポロンファミリアの攻撃隊。ほぼ壊滅気味とはいえそれでも二十人。たった一人で止めるには、彼女の実力では不足していると首脳陣が考えていると、

 

「おい、んな事よりもミリア・ノースリスの奴はどうなってやがるんだ」

 

 ベートが口を開いた。

 他の団員も集まっている本拠の応接間、ロキが設置した複数の『神の鏡』が展開されている中で、壁に凭れ掛かりながら『鏡』の一つを鋭く睨む狼人の青年。

 

「あのガキ、魔法は三つまでだったろ……あれも分岐詠唱魔法って奴か?」

 

 彼の質問に対しリヴェリアが顎に手を当てて考え込み始め、ガレスが腕組をして唸る。フィンは片目を閉じてミリアを見つめ、溜息を零した。

 

「まあ、隠されてた彼女のスキルか、魔法の効果……竜を従える魔法ってのは本当だろし、『分岐詠唱魔法(ガン・マジック)』の一つの側面じゃないのかな」

「無いな、それはありえない。全く別のモノだ……私と同じか、それとも異なる方法か、いずれにせよ彼女は四つ以上の魔法が使えるとみて間違いないな」

「ふぅむ……しっかし、あの射程に威力は恐ろしいな」

 

 フィン、リヴェリア、ガレスの三人の発言を聞き、固まっていたエルフの少女が涙目で鏡を指さす。

 

「あんな魔法、有り得ませんよ……」

「いや、有り得なくはない。あれは範囲が酷く狭い、代わりに威力と射程……いや、威力の一点特化だな。高い威力であるがゆえに、遠くまで届く。結果的に射程も長く見えているだけだ」

 

 威力への極振り。魔力の全てを威力に注ぎ込み、遠くまでその威力が維持された状態で発射される。結果として射程にも優れた魔法であるともいえるのだ。

 

「とはいえ、杖の制御無しではあれだけの長距離砲撃は不可能だろうな」

「杖、粉々になってましたね……」

 

 二度目の砲撃直後、ミリア・ノースリスの持っていた杖が砕け散って粉微塵になった。

 それだけの過負荷が杖に掛かるという事は、あの最大威力を引き出すにはミリア本人の能力(ステイタス)が不足している事に他ならない。

 

「つまり、レベルが上がれば────」

「杖無しであの魔法が────」

「撃てないだろうな」

 

 ばっさりとリヴェリアが切り捨てる。

 鏡から視線を外したアイズとティオネが振り向き、リヴェリアを見れば彼女は肩を竦めて小声で囁く様に呟く。

 

「彼女の能力(ステイタス)の偏り具合からして、魔力は今後も伸びるだろう……制御能力を超えて、な」

 

 異常に高い『魔力』に裏打ちされた威力特化魔法。逆に、魔力が高すぎるまである。そのせいか、彼女は杖無しであの魔法の最大威力は引き出せない。

 

「つか、結局あのガキはどういった原理で四つ以上の魔法を使ってやがるんだ?」

「実はハイエルフならぬ超凄い(ハイ)小人族(パルゥム)だったとか?」「……わからん」「思いつかんな」

 

 

 

 

 

 空中(わたり)廊下でその巨躯を横たえる赤飛竜。

 捥がれた片翼の付け根から溢れ出した血が、ボロボロの赤絨毯を赤黒く染め上げていく。

 

「キューイ、まだ動ける?」

「キュイ!」

 

 動けない! と元気一杯に応えるキューイに呆れ顔を向け、ミリアは集まった皆の顔を見て頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

 本来なら玉座の間を撃ち抜くはずが外れた事、玉座の間に乗り込むのに失敗した事。既に二度も失敗を重ね、これ以上、何かが起きれば勝利はより遠くなる事を理解しているがゆえの行動。

 そんな彼女に対しベルとヴェルフが困ったような笑みを浮かべた。

 

「うぅん、大丈夫だよ」

「むしろ、此処まで奴らを虚仮に出来たんだ。謝る必要はない」

 

 重責を感じているであろう彼女に負担をかけぬ様にと言葉少なに答えた二人。リリが箱から矢束を取り出してエルフの少女に投げ渡しながらも口を開く。

 

「嘆くのは全てが終わってからで良いです。今は──── 一刻も早く旗印を破壊しましょう」

 

 腰の二本の曲剣を抜き放った赤眼のアマゾネスが獰猛に笑い、背負っていた大盾(タワーシールド)を腕に装備したドワーフが拳を振り上げる。

 

「此処まで来た────後少しだよ」

「空中廊下は任せろ。誰も通さん」

 

 城砦内で巻き起こっている騒ぎが徐々に静まり、数回の爆音と共に空中廊下の先に数人の冒険者が顔を出した。

 アポロンファミリアの正規団員である彼らの手には、下級魔剣。彼らは廊下で鎌首を擡げ口内に炎を貯める赤飛竜を見て怯むも、意を決した様に突っ込んでくる。

 

「ベル、ミリア……行ってこい」

「此処はリリ達に任せてください」

 

 元から露払いの為に同行したヴェルフが大刀を抜き放ってアポロンの眷属を睨む。

 運べるだけ運んだ大量の物資の入った木箱から矢束や回復薬。数本の下級魔剣を取り出して両手に持ったリリに背を押され、ベルとミリアが顔を合わせて駆け出していく。

 後方で響く魔剣の砲火の音色と、続く応戦の音を背に向かうは玉座の塔。

 

 

 

 予めガネーシャファミリアが横流ししてくれた地図の通り、玉座の塔は広々としていた。

 石材の床に敷かれた古びた絨毯には無数の染み。通路の壁には埃の積もった絵画が残されており、まるで主亡き貴族の屋敷を思わせる雰囲気を漂わせている。

 

「シィッ!」

「!」

「『ファイア』ッ!」

 

 気配を殺し物陰に潜んでいた獣人の奇襲に対し、ベルが攻撃を撥ね退け、ミリアが足を撃ち抜いて行動不能に陥らせていく。

 玉座の塔に控えているのはアポロンファミリアの精鋭連中。散発的に仕掛けてくるとはいえ、彼らの実力が高い事は刃交えた瞬間にベルにも理解できた。

 けれど、彼らの攻撃はベルにもミリアにも届かない。

 

「そこっ」

「『ファイア』ッ」

 

 徐々に減っていく襲撃。全てを返り討ちにし続けていく内に、古びた絨毯を踏みしめる足音は二人分だけになっていた。

 ────クラネルさん、貴方にはこう伝えるのは気が引けますが……加減は不要です。

 続く道の先を見ていたベルは、昨夜の光景を思い出していた。

 古城から離れた荒野に無造作に突き立てられたヘスティアファミリアの旗印の元での決戦前夜、一人一人が決意を語り、そして告げられた言葉の数々。

 ────殺さないで、なんて言わないで。そんな余裕は無いの。

 ────遠慮なくやれ、俺も全力の一本を持ってきた。

 ────どうか、自分を信じてください。必ず、旗印はお守りいたします。

 ────もし私達の誰かが死んでも、勝ってね。

 ミリアが立てた作戦の殆どが意味を成さない程の戦力差。漸く埋める事が出来るかもしれない案が浮かび、全く見えなかった勝利へと続く道が薄らと、朧げにだが見えた。

 皆、一人一人が命懸けで挑んでいる。一瞬も油断できず、一度の失敗が取り返しのつかない事になりかねない。

 ここで終わらせなくてはならない。決着を付けなくては────家族の為にも。

 屈辱を味わった事もそうだ。二度の敗北の事も、そうだ。

 けれど、何よりも、家族を守れない悔しさに涙を流した。目の前で血の海に沈む誰かが、大切な人だった時の胸を掻きむしりたくなるような苦しさを。

 ────今度は、護りたい。

 ただの意地、と言い換えてもいいかもしれない。

 誰かに守ってもらうんじゃない。他ならないベル(じぶん)の手で護りたい。

 一度目は酒場で、知らぬ間にミリアは倒されていた。気を取られた隙に。

 二度目は街中で、焦りと焦燥で視界が狭まり突撃した自分を助ける為に。

 彼女を守る事が出来なかった。

 三度目の今日の再戦。

 古びた絨毯を踏みしめる音が止まった。目の前には崩落した瓦礫の山。

 人の気配は既にない。あるのは微かに響く二人分の呼吸音。

 

「ベル、準備は良い?」

「うん……」

 

 残る敵は塔の最上階、玉座の間。団長であるヒュアキントスと、彼を守る近衛兵。

 全員が、精鋭中の精鋭。先ほどまでの道中の者達よりも、更に選りすぐりの者達。

 ベルは短刀を全て鞘に納め、ミリアが魔法を解除して腰の剣を抜き放った。

 深紅の刀身を持つ『紅炎』、蒼穹の刀身を持つ『蒼炎』。彼の最高鍛冶師が作り上げたミリア専用の武装は、彼女の瞳と同じ色合いを宿していた。

 身を包む鈍色の戦闘衣(バトルクロス)、左腕に装備した『竜鱗の朱手甲』、そして左右の手に握られた蒼紅の剣。魔術師らしからぬ、近接戦を意識した装備に切り替えたミリア。

 彼女の視線を浴びながら、ベルは手の平を見つめる。

 ぎゅっと手を握り締め、正面の瓦礫を見据えたベルは────リン、リン、という(チャイム)の音を響かせた。

 

 

 

 

 

「敵が乗り込んできてます!」

 

 瓦礫の撤去に従事していた近衛兵の一人が玉座の間に駆け込み、玉座の間は騒がしくなる。

 瓦礫の先から感じた僅かな魔力の流れ、そして途中で撃ち落とした飛竜の事から彼の言い分が正しい事はこの場に居る誰しもが疑いもしない。

 通路が塞がれ、逃げ場を失った彼らに取れる行動は待ち構える事のみ。

 既に南側で起きた大規模な爆発によって玉座の間には数人の怪我人が出ていた。カサンドラの回復魔法で復帰した者もいるが、運悪く目に硝子片が入り失明した者はどうしようもない。『見えない、見えない』と呻きながら目を押さえて隅っこで蹲る近衛兵の存在が、場の空気を更に悪くしていた。

 

「ええい、何をやっている!」

 

 玉座の間、最奥に腰掛けるヒュアキントスは、肘掛けに拳を打ち付けた。

 立ち上がって身に着けているマントを揺らし、怒り心頭で周囲に居る者達に当たり散らす。

 

「このような醜態を晒す等、栄えあるアポロン様の眷属として恥ずかしくないのか!」

 

 良いように翻弄され、想定外の事態の連発。司令塔としての立場を真っ先に崩し壊され、挙句の果てに下の階層は止めようがない程の混乱に見舞われている。

 もはや体裁を保つことも出来ない程に名声は崩れ去っただろう事は、この場に居る誰もが理解していた。

 たった、たった十数人程度の弱小派閥。竜対策も万全に行ってなお、致命的な被害を出したのだ。アポロンファミリアの名声は地に落ちたも同然。憤慨するヒュアキントスの美貌には眉間に屈辱が皺となって刻まれている。

 アポロンファミリア全体の足を引っ張ったも同然な商売神の派閥と、良い様に翻弄され此処まで侵入を許した団員達と、そして己自身にも苛立ちを隠しきれない。

 

「団長様っ、団長様!? お願いです、早くここから逃げてください!?」

「カサンドラ、しつこいぞ!」

 

 玉座の間で凶行に走っていた少女の存在もまた、彼の憤慨を増大させる要因となっていた。

 ロングスカート型の戦闘衣(バトルクロス)を纏う長髪の少女、カサンドラは戦闘が始まる前の早朝から、何度も何度も繰り返しヒュアキントスに玉座の間を離れる様に進言してきているのだ。必死に取り縋ってくる少女の姿が、何よりそんな弱腰な姿勢が彼の癇に障る。

 

「どうか、どうか、(カサンドラ)の言葉を信じてください……」

「黙れと言っている!? 貴様は鏡でも振るっていろ!」

 

 彼女から取り上げた鏡を押し付け、ヒュアキントスは激昂した。

 主神に任せられた旗印の防衛を投げ出して無様に逃げ出す等あっていいはずもなく、そもそも負けるはずがないと彼女の主張を撥ね退ける。

 

「貴様にはわからないのか! もうすぐリッソス達が奴らの旗印まで辿り着く。それに下から感じた魔力の流れは今は途絶え、奴らはあの崩落した階段で立ち往生している事だろう。このまま時が経てば我らの勝ちは揺るがんのだぞ!」

 

 付け加えて言えば、この場に集められた近衛兵はアポロンファミリアの精鋭中の精鋭。ヒュアキントス自らが集めた彼らの実力は確かであり、さらに人数は十名は居る。

 たとえ乗り込んできたとしても、近衛兵に加えてヒュアキントスまで合わされば、新人(ルーキー)二人には間違いなく過剰戦力だ。

 装甲竜(アーマードドラゴン)赤飛竜(レッドワイヴァーン)が混じれば危うかったかもしれないが、片や城壁内部の中庭で暴れ狂い、片や片翼を抉り戦闘不能。増援の冒険者等、全員が欠損しておりミリア・ノースリスも片目と片腕を失った役立たず。

 先の飛竜による襲撃未遂の際、ミリア・ノースリスが五体満足だと誤認した近衛兵も居たが、彼は南側の爆発の際に片目を失って隻眼となっていたため、見間違いに違いないとヒュアキントスは判断している。

 そんな彼の前で、カサンドラは泣きそうな表情を浮かべて足元に視線を向けていた。

 床を見下ろす彼女は、まるで耐えきれないように自らの体を両手でだく。

 顔面を蒼白にさせ、いよいよ怯え始める長髪の少女。

 

「ダフネ、カサンドラを部屋の隅にやっておけ」

 

 苛立ったヒュアキントスがダフネに命じ、カサンドラを隅っこに追いやろうとする。

 ダフネが溜息と共にカサンドラの肩を掴んだ所で、彼女はこう、呟いた。

 

(いかづち)が……」

(いかづち)だと?」

 

 カサンドラの呟きに、ヒュアキントスは窓の外に視線を向けて鼻を鳴らした。

 砕けた窓の外には、忌々しい事に燃え盛る城塞から立ち上る黒煙が見えるが、その黒煙越しに見る空は雲一つなく清々しい程に晴れ渡っている。

 

「この青空のどこに雷雲がある? 雷など落ちようがない」

 

 憎々しい程に美しく晴れ渡る蒼穹に、ヒュアキントスはせせら笑う。

 しかし、彼女は震えた声で続ける。

 

「違います……」

 

 否定の言葉を呟き、頭を両手で抱えて蒼白になったまま、彼女は呟きを零した。

 

(いかづち)が……()()

 

 彼女の視線は、一切ぶれる事なく真下(あしもと)を見続けていた。

 

「なにっ?」

 

 疑問を呈し、問いかけを行おうと、ヒュアキントスが口を開いた直後、

 

「────────」

 

 玉座の間の中央の床が罅割れ、純白の輝きが罅割れた隙間から零れだす。

 ヒュアキントスが言葉を失った直後、天へと上る純白の雷光が玉座の間に炸裂する。

 大爆発。

 

 

 

 

「何だ今のおおおおおおおおおおおお──────ッ!?」

 

 バベルは絶叫に包まれていた。

 

「無詠唱!?」

「呪文唱えてないのにあの威力とかー!?」

「アポロンの眷属が警戒しなかったって事は魔力の反応も無かったって事だろ!?」

 

 沸騰したように沸き立つ広間の神々。

 詠唱を行わず、アポロン側に悟られずに放たれたベルの大砲撃に、ミリアの放った大砲撃の際と同等の驚愕の声と歓声が入り乱れた。

 

「……、……っ!?」

 

 はしゃぎ回る神々を他所に、立ったまま固まり、開いた口がふさがらないアポロン。そして白目を剥いて『負けたら掛け金が……借金が……』と零す商売神。

 

「…………ッ!」

 

 ヘスティアもまた、目を見開きながら『鏡』を見据えた。

 投影される『(えいぞう)』の一つでは、崩落した城の瓦礫の中から現れるヒュアキントスの姿が映し出され、また別の『(えいぞう)』にはヘスティアファミリアの旗印の前で瞑想を続けるミコトの前に、アポロンファミリアの残党が辿り着く光景が映し出されている。

 

「あ、これヘスティアファミリア負けじゃね?」

「うわぁ、此処まで来てこれかぁ……」

「負けるんじゃねぇぞー! ここでアポロンファミリアを止めれれば勝てるんだからー!」

「くたばれー!」「負けちまえー!」

 

 街の至る所で発生する声援と罵倒。割合は声援二割、罵倒八割と言ったところか。

 

 

 

 

 

 三M(メドル)程の距離を置いて背後で風に揺れるヘスティアファミリアの旗印(いのち)

 大地揺るがす爆炎も、響き渡る絶叫も、遠くで巻き起こる騒音の全てを聞きながら、ただひたすらに瞑想を続けていた。

 彼女の身の内で渦巻く魔力の流れを全て身の内で止め、外部に魔力の余波を一切零さずに、詠唱を終えて魔法を身の内に止めていた。限界まで研ぎ澄まされた集中力の中で、戦場となった古城から鳴り響く雑音は全て切り離され、彼女はただ自らの内に溢れ返りそうになる魔力を制御し、今か今かと発動の時を待っている。

 そんな彼女の耳に届いたのは、エルフの青年の号令。

 

「よしっ、守衛は一人のみ! 今すぐ旗を破壊するぞ!」

 

 初めて、ミコトは顔を上げた。

 爆炎も、絶叫も、騒音の全てを無視し続けた彼女が、初めて視線を向けた先。

 其処には煤けた襟巻を身に着けたエルフの青年と、彼に引き連れられた二十名程のアポロンファミリアの冒険者。

 背後には、勝敗を決める旗印。目の前には一人では到底太刀打ちする事等出来る筈もない大人数の敵。

 ミコトはただ目を細め、立ち上がった。

 

「っ、何か罠があるかもしれん、警戒しろ!」

 

 ミコトを取り囲むように、彼らが散開するのを見ながらも、彼女は静かに腰の刀を抜き放った。

 澄んだ音色を響かせて鞘を走り抜ける刃。切っ先をエルフの青年、リッソスに向けたミコトは小さく頷いて自らの内にとどめた魔法を完成させる。

 半径十五M(メドル)、維持する事を重視した中範囲。

 開戦からこの瞬間まで、ただひたすらに瞑想と魔力を練り上げる事だけを続けた、最高の最終防衛線を築き上げる。

 自分(ミコト)の直上に一振りの剣が召喚され────魔法を激発させた。

 

「『フツノミタマ』ッ!」

 

 大地に発生する複数の同心円。発動した魔法の中心部である深紫の光剣の切っ先は────ミコトの足元に突き立っていた。

 範囲は抑えめ、けれども発生する重力は最大級。

 魔法発動の中央地点に存在したミコトを、大地に叩き伏せる。

 半球(ドーム)状の深紫の檻に自らを────そしてヘスティアファミリアの旗印を封じ込めた彼女の凶行に、リッソス達が一瞬動きを止めた。

 

「何をやって……まぁいい、間抜けな剣士が魔法に失敗して自爆しただけだ。旗印を壊すぞ!」

 

 リッソスの命に従い、数人が剣を、斧を、槍を手に半球(ドーム)に近づき────範囲に入った瞬間に大地にねじ伏せられる。

 頭上から感じたのは、押し潰す様な重力。立つことすらままならず、何人かが地面に倒れ伏し、ギリギリでのまれずに済んだ数人が範囲から這いずり出る事に成功する。

 

「なっ!? 重力魔法っ!?」

「これじゃ近づけねぇ!?」

「どうするリッソス!?」

 

 驚愕の表情を浮かべた彼らを前に、重力の檻────最高峰の防御性能を持つ絶対防衛域の内に居るミコトが、呟きを零した。

 

「この魔法が解けない限り、貴方達は旗に手出しできない……そして、自分はこの魔法を解く気はありません……っ!」

 

 もし、これが障壁を発生させる魔法であったのなら。数度の攻撃で障壁は破壊できただろう。

 しかし、これは攻撃魔法。それも術者が発動を止めるか、倒れない限り維持され続ける重力魔法だ。

 ミコトが耐えきれずに倒れるか、魔力が尽きるか、自ら発動をやめるか。つまり、この重力の檻は外部からではどうあがいても解除できない。

 

「ば……ばかな……」

 

 リッソスが重力の檻の中央、旗印の直下に跪いて剣突き立て耐える彼女を見据え呻きを零した。

 彼女は自身すら巻き込んだ重力の檻を生み出す事で絶対防衛域を生み出して見せた。

 

「────────」

 

 直後、玉座の塔が爆散して大量の瓦礫を撒き散らす。

 衝撃波によって何人かが転倒する最中、一切集中力を切らす事ないミコトが呟く。

 

「旗印は、お任せください────護り抜きますから」




 原作ではより多くの敵を巻き込む為に最大範囲(五十M(メドル))の重力魔法を発動させてましたが、今作では最低限、十五Mの範囲にとどめる事で更に長時間の発動が(ry



 次回、いや次々回ですね。戦争遊戯編完結します。
 評価ください、って言葉はあまり好まれないかと思いますが、評価が欲しいです。
 ですがただ「ください」ってのはアレなので……そうですね。

 今すぐじゃなくて、私が戦争遊戯編を完結させたら、評価ください。

 今すぐくれとか、くれないと更新しないとか、くれたら早めに更新するとかじゃなくてですね、戦争遊戯編完結後に評価ください。
 というか評価貰えたからと言って早く更新出来る訳でもないですしね……。
 既に評価してくれてる人はー、感想ください。図々しいお願いですが、まぁ、なんですか……感想貰うの嬉しいので欲しいです(ド直球)

 戦争遊戯編完結させたら、『第一二七話』だけで感想100件とかいけたら良いなって……高望みし過ぎだとはわかってるんですけどね。


 それと後程、アンケート追加しておきます。よろしければ回答お願いします。
 戦争遊戯後の話の流れについてです。詳しくは『第一二三話』のあとがきの最期の方をちらっと見てください。

戦争遊戯編の後のストーリーについて

  • 正規√(大賭博場※→イシュタル編)
  • 劇場版:オリオンの矢
  • グランド・デイ
  • 『魔銃使いは恋に堕ちた』ベル√

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。