魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
石材の砕片を押しのけたヒュアキントスが全身を発熱させながら立ち上がる。
周囲を覆い隠す大量の土埃。その合間から彼の目に飛び込んできた光景に、ヒュアキントスは戦慄し身を震わせる。
玉座の塔は上半分が消失していた。直下からの察知不能の砲撃により玉座の間を粉砕されたのだ。玉座の塔の上空には、純白光に縁取られた炎雷が無数の雲を蹴散らし、光り輝く太陽に向かっていく。
「な、何なのだ今のはァッ!?」
ボロ布になってしまったマントを揺らし、汚れた髪を振り乱しながらヒュアキントスは喚き散らす。
────玉座の間が白い光に塗り潰された時、彼はカサンドラの手によって砕けた窓から放り出された。
間を置かず大雷が彼の視界を焼き尽くし、弾け飛んだ無数の破片と共に地に墜落したのだ。周囲は立ち込める土埃で視界は効かず、散乱する瓦礫に埋め尽くされていた。
「カサンドラ!? アルト!? ラオン!?」
怒りとも混乱とも言い切る事の出来ない荒れ狂う感情のままに団員の名を叫ぶも、返ってくる声は無い。
次第に晴れていく視界の内、僅かに渦巻く土埃の向こう側に人影が映る。ヒュアキントスが誰何しようと口を開くより前に、土埃に映し出されていた人物はそれを突き破りながら彼の目の前に躍り出た。
────若干土埃を浴びて汚れた白い髪に、爛々と敵意を漲らせる
敵方総大将ベル・クラネル。隠し切れぬ敵意を全身から発散するその姿は、
ベルが驚愕に心揺さぶられ判断の遅れたヒュアキントスを強襲した。
「貴様はベル・クラネ────ぐぅっ!?」
流石と言うべきか。ヒュアキントスは咄嗟の判断で
火花が激しく散り────ヒュアキントスが押された。
「なっ!?」
力負け。純粋なレベル差で言えばLv.2のベル・クラネルよりも、Lv.3のヒュアキントス・クリオの方が高い。当然、基礎アビリティの力が高かろうがヒュアキントスがベルに押し負ける等あるはずもない。
それがたとえ、平静を保てぬ思考で、散乱する瓦礫で足場が乱れた状態で、強襲を受けたとしても変わるはずも無い。はずだったのだ、普通なら。
「馬鹿な……こんな、事がぁっ!?」
ガギィィィンッと激しく金属同士の打ち合う甲高い音を響かせ、ヒュアキントスの胴体ががら空きになる。
つい一週間前の時は余裕をもって対処できたその攻撃が、彼の防御を貫いて届く。
瞬く間に振るわれた二振りのナイフが彼の胸に二条の傷を刻み込んだ。迸る血をその身に浴び、土埃に汚れた白髪が赤く染まる。先に彷彿させた殺人兎と言う印象をより深くヒュアキントスに刻み込んだ彼は、更なる追撃を行おうと刃の切っ先をヒュアキントスに向け────咄嗟のヒュアキントスの反撃に阻まれ────なかった。
「【ファイア】ッ!」
Lv.3と言うステイタスに任せた咄嗟の反撃。振るわれる
更に彼の腹を裂く二振りの刃。躊躇も戸惑いも微塵も存在しない、無遠慮な一撃によって彼の身に纏うアポロンファミリアの制服である
「ぐぁっ!? まてっ、きさっ────」
「【ファイア】ッ!」
次の瞬間、ヒュアキントスの片目が撃ち抜かれる。眼球を破壊し、視界の片側を闇に沈め────その段に至って、漸くヒュアキントスはもう一人の敵の姿を捉えた。
大きな瓦礫の上に立った小人族。深紅と蒼穹の二つの異なる色彩の瞳がヒュアキントスを鋭く睨み、あるはずのない右腕に握られた深紅の剣の切っ先に
────街中で左目と右腕を不能にし、無力化したはずのミリア・ノースリスがそこに居た。
ヒュアキントスの思考が真っ白に染まる。欠損した手足の再生は、他の都市と比べても非常に優れた治療道具、
では、瓦礫の上に立ち、鈍色の
失われたのは、左目。彼女から奪ったのも、左目であった。
彼からすれば、余りにも些細な事である。現にヒュアキントスはそんな事にも気付けずに
「ぐァアアアアアッ!?」
脳髄を抉る様な激痛。視界の半分を奪われるという想像を絶する絶望────そして、そんな残された片方の視界に映る返り血で半身を染め上げた殺人兎の姿。
「ひぃっ……」
ヒュアキントスの戦意が砕け散る。
オラリオでは、空気が凍り付いていた。
総大将同士の打ち合い。ミリア・ノースリスが割り込むまでもなく、ほんの一瞬でベル・クラネルがヒュアキントス・クリオを撃破する事は、最初の激突の時点で全ての者が理解できたのだ。
一切の反撃を許さずに第三級冒険者二人が第二級冒険者を撃破するという異例の事態に、オラリオの冒険者も、市民も、神々も反応すら遅れて唖然とする。
『これはァッ! 大将同士のたたか────ってもう終わってるぅっ!?』
『なるほど、ガネーシャと言う事だなっ!』
『意味わかんないですガネーシャ様ァ!!』
余りにもあっけない決着に、野次を飛ばす事も忘れる観衆。
無様に倒れ伏したヒュアキントスは、目の前に立つベルと後ろの瓦礫の上に立つミリアの二人を残された片方の視界に映しながら絶句する。
自身がLv.3で相手がたかがLv.2二人だとか、街中で抵抗の上から叩き潰して無力化した事だとか、そんな事が些細な出来事に思える程に────絶対的な彼我の差を意識させられた。
片目を押さえ、無様に尻を引き摺って後退りするヒュアキントス。そんな彼を、ベルは驚きの瞳で見下ろした。
こんなにあっさりと、あっけなく勝利を得るとは微塵も考えていなかった。まるで、赤子の手を捻るかの様に倒してしまった事が、ベルの思考を埋め尽くし────ミリアの呼び掛けで現実に引き戻される。
「ベル、まだ終わってない」
そこで漸く、ベルはヒュアキントスから視線を外した。
もう、彼は敵とは呼べない。情けなく、残された片目に怯えの色を宿して涙する情けない姿は、いっそ哀れだった。
「不味い、旗が見当たらない」
ミリアは晴れゆく周囲を見回して舌打ちを零し、呟きを零した。
一刻の猶予すら許されない。早期に旗印を見つけ、破壊しなくてはならない。
少なくとも、先の砲撃で破壊されていないのは確実であり、この散乱する瓦礫の中からアポロンファミリアの旗印を探し出さなくてはいけない。
直ぐに行動を開始してミリアが大きな石材から飛び降りようとして────目を見開いて叫んだ。
「なっ!? ベルッ、敵がまだ残ってるっ!」
彼女の叫びにベルが耳を澄ませば────瓦礫片を蹴飛ばす複数の足音が僅かに聞こえた。
「チッ、気付かれたかっ!」
「団長っ、今助けますッ!」
「全員、かかれぇっ!!」
瓦礫の影から飛び出してきたのは、アポロンファミリアの親衛隊の者達。あの砲撃を生き延びたのかとミリアが驚愕しながらも反撃の為に攻撃を開始し、ベルがナイフを構えて飛び出してきた一人の獣人の斧槍を弾き────気付く。
「ミリアッ、誰かが魔法を使ってるッ!」
「ッ!?
彼らが視線を向けた先。瓦礫に埋もれた血塗れの半身を投げ出したダフネ・ラウロスの直ぐそばで詠唱をするカサンドラ・イリオンの姿があった。
彼女の役割は、
ミリアが
「不味いっ、ベル、
ベルとミリア、二人を押さえようと数人の近衛兵が次々にとびかかる。
反撃に放たれるミリアの魔法と、ベルの持つ二振りの紅緋色のナイフが閃く。
瞬く間に飛び掛かってきた近衛兵を片付け────雄叫びが響いた。
「よくも、よくもやってくれたなぁベル・クラネルゥ、ミリア・ノースリスゥッ!!」
飛び散る瓦礫の破片。土埃が舞い上がり視界を塞ぎ────次の瞬間、舞い上がる土埃を蹴散らしながらヒュアキントスがベルに斬りかかった。
ミリアが援護しようと瓦礫の上から狙いを定めようとし、足場の瓦礫に
ヒュアキントスが初撃を叩き込む。続き二撃目を放つより前に、早く鋭い攻撃が咄嗟に顔を後ろに下げたヒュアキントスの眼前を抉る。一度回避し、二度目を防ぎ────ヒュアキントスは気付く。自身の体中に浅い傷が出来ている事に。
団員の決死の時間稼ぎの間にカサンドラの回復魔法により傷が癒えた事で余裕の生まれたヒュアキントスは考えたのだ。最初に一瞬で戦意を粉砕された理由等、ただ強襲された事や、自身が平静でいられなかったこと等が起因となって起こった、ただの偶然であったのだと。────しかし、
「誰だ貴様はァッ!?」
一度防げば、次には三度の剣閃が迫る。白髪を正面から捉えようとするたびに、懐へ、側面へ、死角へ、視界外へと潜り込まれ、怒涛の連撃が放たれた。
過去の交戦の際の記憶が霞み消え、つい先ほど感じた
自ら斬りかかったにも拘わらず、防戦一方で反撃もままならない。
唯一の救いは、カサンドラが断続的にかけ続けてくれている回復魔法により、傷が癒えていくこと。防戦一方で体中に傷が増えていくが、傷の増える速度よりもカサンドラの回復魔法が勝っている事だろう。
────能力も、技も、駆け引きも、目の前の彼は全てが一線を画している。
「馬鹿なっ、私はLv.3だぞっ!」
強引な切り払いを放ち、目の前の少年を退けたヒュアキントスは喚く。
先とは違い、ミリアの援護は無い。壮絶な斬り合い────ベルの一方的な猛攻だったが────をする彼らを尻目に、ミリアは一人で数人の近衛兵を相手取り、無双していた。
踊る様に散らばる背の高い瓦礫片の足場を飛び移りながら、囁く様な詠唱を呟いては魔弾を降り注がせる。
劣勢を強いられるヒュアキントスを援護しようとベルの背後に迫ろうとした者の背を撃ち抜き、自らを撃破せねば大将同士の決戦には手出しさせぬとミリアが余裕の笑みを零し────同時に挑発を放つ。
「私を押さえておかないと、もう一度ヒュアキントスを撃つわよ?」
カサンドラの回復魔法でなんとか立ち上がって戦う彼らに対し、彼女は挑発的に幾度もヒュアキントスにその
ヒュアキントスの劣勢に対し、団員達は死に物狂いでミリアを止める以上の事は出来ない。
ミリアもミリアで必死に団員の足止めをしている。いくらLv.3を圧倒できるベルであっても、乱入等許した瞬間ベルが倒れる。強者相手の一騎打ちと言う条件下でヒュアキントスを圧倒する事が出来るだけであって、他を相手取る余裕は無いのだ。
そして、余裕そうな笑みを浮かべるミリアを最も焦燥させる原因。アポロンファミリアの
「なんで、こんなことに……」
ベルの砲撃を放った所までは良かった。だが、ダフネが身を挺してカサンドラを庇った事が原因で彼女が無傷で残っていたのだ。そのせいで戦闘不能にまで陥らせたはずの近衛兵が立ち上がってきている。
今も杖に縋りつく様に回復魔法を断続的にかけ続けているカサンドラを見据え、ミリアが舌打ちを零す。
このままでは、ベルが倒れてしまう。
Lv.3を圧倒している様に見えてその
たった一撃でも喰らってしまえば、其処から押し負ける可能性すらありうる。故に、一刻も早く
────それよりも最善手があると言えばある。
「旗印……何処なのっ」
旗印さえ破壊してしまえば、その時点で決着が付く。
ミリアに近づこうとする近衛兵はショットガンマジックで牽制し、小
これも、長くは続けられない。このままいけば、すり潰されて負ける。
散弾での牽制射撃では大した負傷を与えられず、カサンドラの回復魔法を超える
ベルと異なり、付け焼刃に近い近接戦を行えばどうなるか等、火を見るよりも明らかなのだから。
「早く、早く旗を……くっ」
カサンドラを守る様に
そして近衛兵に与えられた
周囲に散らばる瓦礫を足場に、ミリアが
状況は、膠着していた。
側防塔の最上部。
設置された巨大な装甲型
本来なら一人で回す事など出来る筈もない代物であるはずのそれをたった一人で難なく駆動させる。
リリルカ・アーデの持つ『一定以上の重力負荷に対して補正』とほど近い性質ともいえる『牽引する際にかかる負荷に対する一定の補正』のスキルを持っているからこその、単独での装甲型操作である。
「ぐぬぬぉおおおっ!!」
「がーんばれ、がーんばれ」
「お前も手伝えぇぇえっ!」
装甲型の
対する猫人はへらへら笑い、搭乗口から引っ込んで中に戻って無造作に発射用の引き金を引いた。塔そのものが揺れそうな程の反動と共に金属製の
適当に放ったそれは東側城壁から彼らの籠る北西の側防塔を狙っていた連射型の
「わりぃ、ちょっとそっちは手伝えねえ。だって俺、射手だし? 後、装填しなきゃ。あ、もう少し左に回してくれ」
「くそぉおおおっ!!」
へらへら笑いながらも、猫人の青年は射手席の搭乗口から飛び出して立てかけてあった
「なんでこんな面倒臭え仕組みにしたんだよ……」
文句を零す彼が照準を覗こうとし、視界の端に僅かに映った巨大な黒い影に目を見開く。
「うおっ、
搭乗口から身を乗り出し、城壁と城塞の間の空間に視線を落とす。猫人の視線の先では
立ち塞がろうと健気な抵抗をしたアポロンファミリアの団員らしき冒険者が紙くずの様に吹き飛んで叩き付けられる光景は、猫人の背筋を凍り付かせるのには十二分であった。
「っ! 目があったぞ……」
一瞬、爬虫類を思わせる黄土色をした縦長の瞳孔が側防塔の最上階から見下ろしていた猫人を睨み、不愉快そうに鼻を鳴らして視線を背けた。
言葉にするなら『見下ろされる事が不愉快極まりない』であろうか、と一瞬思考が逸れた猫人に対し、塔から外を警戒していたエルフが声を張り上げた。
「不味いっ、外に逃げた奴らが戻ってきてるぞっ!」
「はぁっ!?」
十数人の傭兵冒険者が軋む馬車を牽引して北門をくぐろうとしている光景があった。
「あの
「マジかよ……逃げたんじゃなくてアレ取りに行ってやがったのか!? 破壊しねぇと不味いぞ!」
城壁内部で暴れる
「ありゃビビッて逃げた先に反撃できそうな道具があったから戻ってきただけだ」
少なくとも、北門の警備を任されていたLv.3の冒険者は間違いなく尻尾を巻いて逃げていた。そう呟いたヒューマンは城壁の内側で暴れる
「俺らの言う事聞いてくれるか、アレ?」
「逃げろって言っても、聞かんだろうなぁ」
ミリアの配下ともいえる彼の竜に対し、命令権は無い。一応、ミリアが彼の竜に『彼らの言う事を聞く様に』と命令はしているモノの、常に見せる不服そうな色合いからして、言う事を聞くとは思えなかった。
「あー……なんつーか……そうだな。大層な夢を抱く事は良い事だ。でもよぉ……身の丈にあった夢を見るべきだと、俺は思うぜ?」
自信満々に
「無視で良い」
「はぁ?」
「良いんだよ……身の丈に合わない夢見た奴がどうなるかなんて、言うまでもねえし」
開け放たれた門。
震える背筋を抑え込みながら
「これさえありゃあ……」
周囲に集まった傭兵達も震えながら頷く。
白髪が混じり始めた初老の男は、恐怖を噛み殺して顔を上げる。
「そうだ、これさえありゃあ、俺だって……」
胸の内に湧き上がる自信。
金属製の
子供の頃から、『竜殺し』に憧れた。『竜殺し』、それは英雄譚の一つとしても語られる輝かしい偉業の一つだ。堅牢な鱗、強靭な肉体、鋭い牙に爪、そして知性を帯びた瞳。伝説にも語られる竜とはかくも美しく、そして恐ろしい。
一目見た瞬間────攻撃隊が蹴散らされる姿を見せられた瞬間────彼の心は折れていた。
『竜殺し』になりたい。そんな夢を見た幼い子供。親からは『バカな事言ってないで鍬でも握ってろ』と頭ごなしの否定を受け、それでも諦められずに神の恩恵を受けて力を付けた。ぐんぐん伸びるステイタス、華やかなランクアップを重ね、Lv.3にまで至り────其処が彼の終点であった。
どれだけ努力を積み上げようと、どれだけ年月をかけようと、ステイタスが伸びなくなった。ランクアップの機会はやってこず、下層の竜を拝むことすらできなかった哀れな男。余りにも情けない自身の姿に嫌気がさし、オラリオを離れてはや数年。都市外である噂が流れだした。小人族が
信じられない、信じたくない。自身では相対する事すら叶わなかった
苛立ちを抱えたまま過ごしていたある日、都市外で傭兵を雇っている商人と出会った。彼は、言った。
────『竜殺しに興味は無いか』と
瞬間、忘れていた憧憬を思い出した。子供の頃から憧れ続け、そして敗れ去った夢を。
けれど、竜の強さを理解していたからこそ、最初は断ろうとした。けれど、商人は口が上手く、酒も入り過去の栄光を褒め称えられ気分が良くなった所で、
信じるにはいささか情報不足。けれども再燃し始めた竜殺しの夢は燻りだし止められない。
その上────仕留めるのは彼の小人族が従える竜だと言う。
男は、その手を取った。竜を従える生意気な小人族を打ちのめせ、その上で竜殺しの称号を得られる。
鬱憤を晴らせた上で、念願の称号が手に入る。まるで夢の様な話。
実際、街中で竜を一度屠ったという話を聞き、もはや有頂天になっていた彼を圧し折ったのは、やはり竜であった。
二百を超える攻撃隊。それが呆気なく蹴散らされる光景を見れば誰だって逃げ出すはずだ。
────Lv.3で北門の防衛を任されていた彼は、恐怖に潰れて真っ先に逃げ出してしまった。それが原因で北門の守りが崩れ去った事も知っている。けれど、仕方が無かったのだと何度も言い訳をしながら逃げた。
訳も分からず、恐怖に負けて泣き叫びながら門を開けて逃げた。どっちに逃げるかなんて意識せずに走り抜けた彼は、幸か不幸か、攻撃隊が壊滅した地点に入り込んでしまった。悲鳴を上げる事も出来ず、固まった彼の視線に映ったのは────放たれる事なく放置された
蘇ったのは『竜だって殺せる一撃を放てる代物よ』と言う商人のうたい文句。
攻撃隊は不意打ちを受けて反撃もままならずに壊滅した。ならば、今度は此方が不意打ちを仕掛ければどうだろうか? 過去最高に冴え渡った思考だと手を打って喜んだ男は、同じく逃げ惑っていた者達を片っ端から殴って従え、
馬車の車軸を素早く取り換え、修理した
漸く辿り着いた門の向こう側では、ちょうど
「は、はははっ」
目の前には、到底勝ち目のない
自身の手元には、そんな怪物を討ち果たせる兵器。
彼の怪物は此方に気付いていない。目の前で槍を振るって足止めを行おうとしている雇い主の派閥の構成員。あっけなく蹴散らされている光景に気圧されかけ────男は拳を握り締め、息を吸う。
周囲の傭兵仲間も、
震える手で引き金に手をかけ、男は竜を見据え────視線がかち合った。
「ひぃっ」
喉が引き攣り、呼吸ができなくなる。たった一睨み────否、睨んですらいない。ただ見られただけだ。
交じり合い、蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった男と、その周囲の者達を竜は訝し気に見て────興味を無くして視線を逸らした。
彼の竜が視線を向けたのは、震えながら槍を竜の足に叩き付けた、アポロンファミリアの眷属らしき獣人の少女。まだかなり若く────Lv.1の駆け出しだろう彼女に視線を向け、睨んだ。
それは、男にとって屈辱だった。彼の竜は言葉にせずとも、行動を以て示したのだ。Lv.3に至り、竜殺しの兵器を手にしている男なんて気にする事の無い路傍の石ころ────敵意を向けるまでもない、雑魚だと。
そして、ただの素槍を握り締めて恐怖で涙を零しながらへっぴり腰の突きを放ったLv.1少女こそ、敵として認めた。
悔しい、なんてものではない。湧き上がる衝動のままに視線を向けすらしないその竜に向け、
鈍く響き渡る肉を裂き骨抉り穿つ音色。目の前の黒い巨体の胴体に突き立つ、
目を見開いた男の視界に広がる光景に、彼は信じられないと一瞬自分を疑い────口元がニヤけた。
「当たった……」
避けなかった。竜は回避する素振りすら見せなかった。
命中した、彼の
区分はLv4、下層で出現する竜種の中では絶大な防御能力を持つ、強敵。それこそその堅牢な鱗は竜種の中ではLv5にすら届きうるのではないかと謳われるほどで────傷一つ無かった彼の竜の鱗をあっけなく穿ち抜いた。
その事実に男が打ち震える。
「倒した、倒したっ!」
両手を上げて喜ぶ男に周囲の傭兵もつられて歓喜の声を上げる。
幼い頃からの夢である『竜殺し』を成したと喜び、男が竜を舐める様に見る。
傷一つない鱗。無数の冒険者や堅牢な石材を粉砕して尚、傷一つない尻尾。人一人なら余裕で踏み潰せる足、そしてそこらの鉄製鎧なら紙切れの如く引き裂ける爪。胴体に突き刺さる矢が、確かな
しなやかな首、そしてその上にある血濡れた牙。何人の冒険者を噛み殺したのか、口の端から肉片を零れ落ちさせながら、その竜は
「たお……して、ない?」
倒したはずだ。その胴体を貫いた一撃で死んだのではないのか。
都市内での抗争のさ中には、一撃で即死したと噂されていた。だから、
脳裏を埋め尽くす疑問と────Lv.3の男が無視され、Lv.1少女が敵視された理由を理解した。
「あ…………」
彼の竜の瞳に映るのは、明確な敵意。そして────言葉にせずともわかる、『よくもやってくれたな』という憎悪。
Lv.1の少女は、へっぴり腰であったとしても、涙目であったとしても、彼の竜に槍を突き立てた。たとえ傷付けられずとも、敵わずとも、彼女は
Lv.3の男は、怯えて震え、目が合っただけで戦意を喪失した────
「あ、ああ……」
胴体に突き立つ矢、巨大な
真っ直ぐ、真正面から、男を見据えた。『竜殺し』の夢を見た男を、彼の竜は
殺される。男はそう確信した、なぜなら、走馬灯が駆け抜け出したから。幼い頃から見ていた夢、『竜殺し』。周囲から馬鹿にされても諦めきれない。竜を殺すに足る才能が無かったことを嘆いた日々。巡り巡ってやってきた『竜殺し』の機会。そして────この城塞にやってきてから交わした傭兵の猫人との会話。
『あん? 竜殺し? やめとけやめとけ、んな大層な夢、叶いっこねえっての』
『あー、一つ、話をしてやる。竜を
『その夢見がちの馬鹿猫はさ、小人族に出来るなら俺にだって竜を
『あ? どうなったかなんて? ははは、笑っちまうよなぁ。ソイツ、あっけなく
『ま、死んで無いから運が良かったんだろうな。ソイツは…………あん? 俺の事かって? おいおい、見ての通り俺は五体満足だぜ? 他人の話さ』
『ま、大層な夢なんて叶う訳ねえんだから。身の丈にあった夢にしとけよ。Lv.3なら引く手数多だろうしな』
男が最期に見た光景は────。
ドゴォンッと言う轟音。
北門が粉々に粉砕され、大量の石材の破片が飛び散る。
ゴンゴンと装甲の外側に叩き付けられた破片の雨の音が響く。
「だから、言ったんだ。不相応な夢なんて、見るもんじゃねえってさ」
まずは、評価の方ありがとうございます。
えっと、その、気がはや……あー、評価着けるタイミングは読者が決めるものなので、私がいついつつけろーって言っても無視しても構いやしないんで別に良いか。うん、どんどん好きなタイミングで評価してください。
一気に20人以上に評価されてビックリしましたね。
あ、評価コメントで『おもしろい』とか『この作品好き』みたいなことを書き込みつつ数値が『5』になってる人が何人かいました。『5(普通)』なので評価数値とコメントが食い違っている為、『意味の無い言葉』か『文字数稼ぎ』等の利用規約違反になってる可能性がありますので確認の方をお願いします。
今日は土曜日だって? 細けぇ事ぁ良いんだよ。
前回、『第一二七話』で完結するとか言った件について。わりぃ、そりゃ無理だ。
なんか気が付いたらサイドストーリー染みたモノが出来上がってた。名前もネェのにいっちょ前にオリキャラやってんなぁ……その所為で戦争遊戯編が長引くんですよ。ごめんねー。
えー、あーあー……その、ですねぇ。はい! はっきりと申し上げておきます。
感想等で時折書き込まれる『アポロンファミリア』に対する戦争遊戯後の彼らに対する報復ですが、かなり緩いものになります。
ミリアの心境的には殺してしまった方が後腐れ無いんでしょうが……ベル君やヘスティア様好き好きなあの子的にはちょっと難しいです。
付け加えて言うと、ヘスティアファミリアの評判に関わってくるので……え? 報復しておかないと闇派閥が調子づく? どのみち、その手の奴らは何したって手を出してきますよ。それよりも街の住民から恐れられない様にしないとですしね。
『竜』を連れてる上、手出ししてきた奴を問答無用の皆殺しとかちょっと住民から見てどう思われるか、ですよ。体面を気にしないと、すぐに槍玉に挙げられます。その当たりの関係で過激な報復は厳しいモノがあると考えてます。
それとぉ、借金を肩代わりさせるだとかぁ、そういうのはぁ……絶対に無理です。
もう一度言います
絶対に、無理です。
そもそもの話ですね、あの借金はヘファイストス様に借りがあるからヘスティア様がこさえた物ででしてぇ……。
というかアポロンに借金被せたあとぶっ殺すって、どう考えてもヘファイストス様激おこですよ。
考えててみてください。
友人に対する借金を、その友人が他人に擦り付けて殺した挙句、その他人に請求してくれぇ、ボクは知らないぞぉなんて言ってきたらどうします? キレますよね。
それにですね、ヘファイストス様が『借金』って形にしたのはヘスティア様が返すって意思を見せたからであって、他の誰かに擦り付けて~なんてやったら意味無いですし、ヘファイストス様視点から見たらふざけんなって話になりますよね。
せめてもの範囲でアポロンファミリアから受け取った賠償金を借金返済に充てるなら、ヘファイストス様も何も言わないでしょう。でもアポロンに返済させるってなったら……ねぇ? それは違うでしょう?
これが『ギルドからの罰金の肩代わり』だったらまだ良いんですよ。ギルド(ロイマン氏)も罰金さえ払えば何も言ってこないでしょうしね。多分、金額さえあってればアポロンが払おうがヘスティアが払おうが関係無いでしょう。
ヘスティア様の人物像的にも誰かに擦り付けてなんてやるタイプではないでしょうし、しっかりと返すとは思うんですよ。まあ、忘れて別の事に使い込んだりはするとかはやらかすんですけど……。
ミリアが言い出すのも無いです。ヘファイストス様に対する義理立てがある以上、そういった狡い手は使わないでしょう。コツコツと収益の一部を返済に充ててますしね?
ベル君や他の子達? そもそも借金の存在を知らないので言及できないです。
ここら辺説明しておかないと、後から『なんで借金を押し付けなかった?』とか言われそうな雰囲気するんですよねぇ……
というかむしろ借金を擦り付ける展開っておかしいとは思わないんですかね。ヘファイストス様の突っ込みが無いの不思議だし、ヘスティア様のキャラじゃないのに。
戦争遊戯編の後のストーリーについて
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正規√(大賭博場※→イシュタル編)
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劇場版:オリオンの矢
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グランド・デイ
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『魔銃使いは恋に堕ちた』ベル√