魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

129 / 218
第一二八話

 荒れ地に無造作に突き立てられたポール。

 緩やかに流れる風は重力に歪み、僅かに端を揺らすのみの寄り添う兎と竜(ヘスティアファミリア)の仮徽章(エンブレム)の描かれた旗。

 旗印の前で重力の檻を維持するミコト。彼女を中心に旗を巻き込んだ重力魔法によって大地は若干陥没し、円形に凹んでいる。

 その外周部で慌ただしく動き回っているのは、アポロンファミリアの眷属達であった。

 煤けた襟巻を微風に揺らすリッソスが険しい表情で徐々に混乱の収まりつつある城塞と手出しできない旗印を見ていた。未だに決着を告げる銅鑼の音が聞こえない以上、敗北ではないがいち早く旗印を破壊しなくてはと使命感に燃える彼に、半ば損壊した馬車を数人がかりで運んできた団員が声をかけた。

 

「くっ……このままでは……」

「リッソス隊長! 使用可能な大型弩(バリスタ)を回収してきました!」

 

 彼らが運んできたのは最初の攻撃隊に配備されていた大型弩(バリスタ)。竜の奇襲によって車輪を破壊され放棄せざるをえなくなったものの一つだ。

 彼の装甲竜(アーマードドラゴン)の堅牢な鱗すら容易く貫く威力を持つその兵器なら、生半可な威力では重力魔法に囚われ大地に叩き付けられ術者に手出しできない現状を打破できるのではないかと、彼らが苦肉の策として用いる為に運んできたのだ。

 リッソスが早速と言わんばかりに放てと指示を出すが────団員は戸惑う様にリッソスと大型弩(バリスタ)を見て呟く。

 

「ですが……」

「早くしろっ、このままではアポロン様に顔向けが出来んのだぞ!」

「……わかりました」

 

 戸惑う団員の一人が大型弩(バリスタ)の引き金に手をかける。べっとりとこびり付いた血に塗れたその引き金に触れた団員が嫌悪感を示す様に表情を歪め、照準を覗き────照準器にこびり付く肉片を見て表情を引き攣らせた。

 

「おい、何をしている」

「その、照準器に……」

「何が……うっ……」

 

 彼の竜の襲撃の際、粉砕された冒険者の一部が降り注いだ大型弩(バリスタ)であろうそれ。運よく機構に異常がみられる程の破壊は成されなかったが────その骨格(フレーム)には所々肉片や鎧の欠片がこびりついている。

 リッソスが露骨に眉を顰め、それでも旗の撃破が優先だと引き金に手をかけていた団員を押しのけ、照準を覗き込んだリッソスが指示を出す。

 

「右にずれてるぞ」

「は、はい」

 

 数人がかりで照準を合わせる為に細かく大型弩(バリスタ)の載せられた馬車を動かす。

 照準器の中央に旗印を捉え、重力魔法の影響を考えて僅かに上に照準をずらし、リッソスは目を細め、引き金を引いた。

 放たれた大矢が真っ直ぐ直進し、重力魔法の影響を僅かに受けて弧を描きつつ()()()()()()()()()()穿()()()。旗印には当たっていないが、矢の起こした風が旗印を揺らす。

 Lv.4の耐久に秀でた竜すら穿ち殺す威力。それに加え、魔法の維持に魔力を消費し過ぎて重力の威力が弱まっている事も相まって、落としきる事が出来なかった。

 

「なっ、外した!?」

「くそ、照準器がイカれてやがる!」

「これだからあの商売神の用意したもんは信じられねぇんだ!」

 

 慌てて再装填と照準器を直そうとし始めるアポロンファミリア。

 それを重力の檻の中から脂汗を垂らしながら見ていたミコトの表情に焦りが生まれ、僅かに魔法が綻び出す。既に限界に近い事もあり、容易に魔法は揺らぎ、深紫色の剣に罅が入りだす。

 あの大型弩(バリスタ)の一撃を防げなかった────僅かに軌道を曲げれたとしても、それでは意味が無い。

 

「ぐっ……この、ままでは……」

 

 焦るミコトの正面で再装填を終えた大型弩(バリスタ)の穂先が揺れる。

 幾人かの団員が照準器の修理を行おうとするも、複雑とまではいかずとも知識を要する修理を行える者が居なかったのか中々放たれる事はない。けれど、時間の問題だとミコトが表情を歪め────アポロンファミリアの団員の一人が何かに気付いて荒野を振り向いた。

 

「【────空を渡り荒野を駆け】」

 

 荒野を駆け抜けてくる一陣の風。そう見紛う程の速度を以て、包帯を全身に巻き付けた木乃伊(みいら)染みた冒険者が魔力を滾らせながらアポロンファミリア目掛けて突撃してくる姿を見て、叫んだ。

 

「てっ敵襲ぅっ!!」

「何、あれは────」「な、詠唱しながら!?」「平行詠唱だと!?」

「【何者よりも疾く走れ────】」

 

 驚愕するアポロンファミリアの構成員達が慌てて矢を射るも、右へ左へ、俊敏に動く魔法戦士に掠りもしない。

 

「【────星屑の光を宿し敵を討て】」

「速過ぎる!」「間に合わな────」

 

 迎撃準備を整える間もなく、魔法は完成し、撃鉄は振り下ろされた。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 駆け抜ける木乃伊(みいら)の魔法戦士を中心に、緑風を纏う大光球は生まれ、放たれる。

 一斉砲火された星屑の魔法が、大型弩(バリスタ)の周囲で固まっていたアポロンファミリアの残党に次々に叩き込まれる。彼らが修理しようとしていた大型弩(バリスタ)もろとも、夥しい閃光に呑まれた。

 

「ぐあっ……ぐ……くそ、一体、何が……」

 

 砲火を浴びて吹き飛ばされ、運良く軽傷で済んだリッソスが顔を上げるとそこには打ち倒されたアポロンファミリアの団員達と、砕き壊された大型弩(バリスタ)の残骸。そして虚空に溶けて消えゆく深紫色の剣。それらを背にリッソスを見下ろす、一人の冒険者。

 全身を余すところなく覆い尽くす包帯。その隙間からは焦げ臭いにおいが立ち込め、僅かに見えた長い耳と、魔力の波長から目の前の人物が同族(エルフ)だと確信する。

 

「貴、様は……」

「……寝ていてください」

 

 振り下ろされた木刀の一撃に、リッソスが倒れ伏す。

 包帯で全身を覆ったエルフの戦士────リューは荒い息を零しながら膝を突き、後ろを振り返りミコトに微笑んだ。

 

「遅く、なりました……どうやら、間に合った様ですね」

「すいません、自分、一人では危うく────」

 

 守り切れない所だった。と小さく呟きを零し、ミコトは意識を失った。

 風が走り抜け、旗印が揺れる。描かれた寄り添う兎と竜(ヘスティアファミリア)の仮徽章(エンブレム)を見上げ、リューは視線を城塞に戻した。

 

「後は、彼ら次第、ですか……」

 

 叶うならば、彼らの元に馳せ参じたい所であるが────治療を終えてもなお、失われた体力が全快するには程遠く、旗印の元まで駆け抜けてきただけで限界の彼女は、これ以上の戦闘は行えない。

 

 

 

 

 

 崩落した空中(わたり)廊下。

 それを目にした老エルフは共に動く五十人の傭兵と共に城砦の内部を駆け抜けていた。

 このままでは雇い主であるアポロンファミリアが負ける。どうにも優れた指揮官が敵方に居たらしく、舐めてかかった雇い主が悉く食い尽くされんとしているらしい事に老エルフは深い溜息を零した。

 

「全く、困ったもんじゃのう」

「どうしましょう……」「このまま負けちまったら……」

「これこれ、落ち着かんか。全く若いもんは……しかし負けそうじゃのう。こうなれば儂等もヘスティアの旗印を破壊しに行くべきじゃろうな……む?」

 

 片っ端から崩落させられて複雑な迷路と化した城塞内部を駆け、北側の城壁前に飛び出した彼らは足を止めた。崩れ落ちた北門と、その下敷きになった数人の傭兵、そして────その瓦礫の上に腰掛ける猫人の青年と老エルフの視線が交じり合った。

 東門の防衛に当たっていた傭兵が彼に気付き、声をかける。

 

「あいつは攻撃隊に居た」「おい、お前も手伝え!」

「待て、あ奴は敵じゃ」

「え?」

 

 老エルフの言葉に傭兵達がざわめきだすさ中、猫人の青年────獅子身中の虫としてアポロンファミリアの壊滅に一役買った人物────はニヤりとこれ見よがしな笑みを浮かべて瓦礫から立ち上がって両手を大きく広げた。

 

「ああ、この惨状は全部俺がやった」

「なっ!」「テメェッ、雇い主を裏切りやがったな!」

 

 傭兵から発せられる無数の罵倒を心地良さ気に聞いた彼は、杖を向けて鋭く睨みつけてくる老エルフを見て溜息を零した。

 

「やっべぇ、勝てる気しねぇ」

 

 東門防衛隊は装甲竜(アーマードドラゴン)が壊滅または足止めを行う手筈であった。しかし、逃げ出した北門のLv.3の外部冒険者が想定外にも大型弩(バリスタ)を打ち込み、それを足掛かりに東門辺りで竜は倒れ、彼らが自由(フリー)になった。咄嗟に空中(わたり)廊下を仲間諸共崩す事でベルとミリアの妨害をさせない様に立ち回ったが、彼の老エルフは返す刃で旗印に向かおうとしている。

 ここで止めなくては────空中廊下の崩落に巻き込んだ仲間に顔向けできない。

 

「まあ、それでもやるけど」

 

 半月刀を手に持ち、左手を大きく振り上げた猫人の青年は溜息と共に、腕を振り下ろした。

 瞬間────無数の大型弩(バリスタ)の矢が降り注ぐ。

 

「ぬっ!?」

「ぎゃああああっ!?」「なっ、城壁の上からっ!?」

 

 猫人がこれ見よがしに注目を集め、その隙に上から連射型の装甲弩(バリスタ)で撃ち下す。そんな簡単な策に引っかかった何人もの傭兵が呆気なく穿たれ、地面に縫い留められる。馬上槍と見紛う其れは、連射性能を優先した結果竜を討つには威力不足となっていても、人を穿つには十二分な威力を伴う。

 降り注いだ矢の数は、合計で二〇本。四機分の掃射で倒れたのは────僅か十六人。

 

「結構残ったな」

「ふぅむ、いかんのう。どうにも焦り過ぎておるようじゃ」

「しかも肝心のLv.3は倒せてねぇし……」

 

 猫人の青年が半月刀を握り締め、構える。飄々とした態度は消え去り、雰囲気を豹変させた猫人の青年が瓦礫の山から飛び降り、集団に向けて突撃する。彼を援護する様に、城壁の上に現れた優男を思わせるエルフが矢を放ち援護しはじめ、灰色の外套を揺らすヒューマンが続けざまに城壁の上から飛び降りて突撃する。

 最初の攻撃で浮足立った傭兵達を老エルフが纏め上げ、迎撃戦を開始する。

 

「こやつ等……ふむ、成る程。皆の者、聞けぇ! 既に奴らは手負いの獣、追い詰められ後が無い。此処を突破すれば旗印まではすぐじゃろうて、より奮起せよ! 数名は足止めを、残りは儂に続け!」

 

 老エルフの激励の言葉に雄叫びを上げて応える傭兵達。未だに三〇名を超える大人数に対し妨害側はたったの三人。加えてLv.3の老齢で思慮深いエルフまで交えては、とてもではないが抑え込め切れない。

 猫人の青年が冷や汗を流しながら半月刀を握り交戦するも────多勢に無勢。数人に囲まれて防戦一方に陥り、城壁の上のエルフの方にも数人の傭兵が駆け、上からの援護が途絶える。

 肝心の老エルフは詠唱するでもなく数人の盾持ちと共に彼らを無視し、崩れた北門ではなく無事な東門に向けて駆け出していく姿がある。その背を止めようとするも────残った傭兵の足止めによって追い付く事叶わず。

 

「あぁ……畜生!」

 

 悔し気にその背を見ていた猫人の青年は、駆け抜けようとする彼らの頭上を見て目を見開く。

 老エルフを中心に円陣を組んで駆けていく傭兵達。その中心の老エルフの頭の上に────狼人の少女が槍を下に向け奇襲をかけた。

 

「くらえぇっ!!」

「むぉっ!?」

 

 狼人の少女が放った奇襲の突きが老エルフの杖によって止められ、周囲の者達が素早く反応して剣や槍を彼女に向ける。奇襲失敗、わざわざ声を出して奇襲を知らせた彼女の悪手────に見せかけた、誘導。

 彼女は背負っていた樽を放り捨て、向けられた槍や剣に身を刻まれながら頭の上を飛び越え────大爆発。

 彼女が背負っていたのは火薬樽。吹き飛ばされた狼人の少女が地面を何度も転がる。壁に叩き付けられ、咽込み、無数の切り傷や刺し傷でボロボロの姿────爆風に巻き込まれたのか片足が千切れ飛んだ────彼女は震えながら拳を振り上げ、誇らしげに吠えた。

 

「オオオオッ!!」

「マジか……って、おいマジかッ!?」

 

 槍による奇襲はただの見せかけ。狙いは、火薬の詰まった樽を至近距離で起爆する事。

 高威力の爆発によって重症の狼人の少女は戦闘不能。そして、それだけの損害を被ってなお、有り余る利を得た。

 反射的に火薬樽を杖で殴った老エルフは魔術師であり耐久の低さから戦闘不能、周囲にいた護衛の傭兵も全員が爆風で倒れている。足一本失って第二級魔術師と第三級の冒険者数名を討ち果たした大戦果である。

 

「あと、少しだっ!」

 

 残るは────アポロンファミリアの旗印を破壊する事のみ。

 

 

 

 

 

 爆砕された玉座の塔。

 大量の瓦礫と、アポロンファミリアの近衛兵が倒れ伏す戦場。

 土煙立ち上る戦場の一角、ヒュアキントスは油断なくその土煙の向こう側を見据えていた。

 

「……今の一撃で、死んだはずだ」

 

 たかが第二級冒険者が耐えうる一撃ではない。ヒュアキントスが誇る起死回生の切り札、魔法。

 竜を従える者(ドラゴンテイマー)の連れていた赤飛竜(レッドワイヴァーン)を一撃の元に粉砕したその魔法。それを喰らってベルとミリアが生きているとは思えない。その、はずだった────

 

「うっ……ミリア、大丈夫?」

「ベル……その、腕……」

「馬鹿な、あの一撃を受けて生きているだと!?」

 

 風が吹き抜け、土煙が晴れた其処には、五体満足の姿のベルとミリア────アポロンファミリアの喉元にまで刃を突き付けた宿敵の姿があった。

 有り得ないとヒュアキントスが驚愕しながらも警戒するさ中、ベルがふらつきながら立ち上がる。

 ミリアを庇い高威力の炸裂弾をその身に受けた彼は、右腕がだらりと垂れ下がり、その手に握られていた紅緋のナイフが零れ落ち、硬質な音を立てて転がる。

 左手には何もなく、右腕は肩から先が動かない。肩鎧を失った右腕からは、夥しい量の血が零れ落ち、瓦礫に染みを生み出していく。そんなベルは、庇ったミリアを見下ろし、無事を確認して────微笑んだ。

 

「良かった、ミリアが無事で」

「……なんで、私なんかを……」

 

 後少しで、勝利を得られたのに。ミリアがそう呟けば、ベルは首を横に振って、左手のみで拳を構えてヒュアキントスに向き直り、呟いた。

 

「僕は家族(みんな)を守りたいんだ」

 

 それに、約束した。皆で勝つんだ、と。

 切り落とされた片腕に高位回復薬(ハイ・ポーション)を振り掛けて傷を塞いだヒュアキントスが、ベルの言葉を聞き、鼻で嗤う。

 

「馬鹿め、あのままミリア・ノースリスを見捨てていれば勝てたモノを……」

 

 遠くに見える紫紺の剣が砕け散り虚空に消え、北門方面より大きな爆音が響く。

 アポロンファミリアも壊滅的な被害を受けたが、ヘスティアファミリアももう戦力は残されていない。

 

「どうせもう碌に動く事もできまい……貴様らを討ち果たし、この私が貴様らの旗印を引き裂いてくれるっ!」

 

 ヒュアキントスが吠え、彼を庇ってベルの魔法を受けたドワーフの手から斧槍(ハルバード)を抜き取り、握り締める。

 憎悪の色を燃やし、ヒュアキントスが一歩前に出た瞬間────ミリアが魔法を放った。

 

「【ファイア】っ」

「おっと、危ない……まだ抵抗するのか」

 

 瓦礫に倒れ伏し、立ち上がる事が出来ない程に疲弊したミリアのなけなしの魔法は、ヒュアキントスの斧槍(ハルバード)の一振りで掻き消された。しかし、続く射撃にヒュアキントスは後退させられる。

 

「【ファイア】【ファイア】っ!」

「んむ、気品が足りん、やはり貴様らはアポロン様に相応しくない」

 

 ベルはミリアを庇った事で立ち上がっただけで精一杯。その手に武器もなく、片腕を負傷して頼りなく風にその身を揺らす事しかできていない。

 ミリアは立ち上がりこそしないモノの、その小さな身のどこにそんな魔力が秘められているのか、未だに魔法で抵抗を続けてきている。厄介だ、とヒュアキントスが眉を顰め────醜悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだったそうだった……我が旗印がそこにあったのだな」

 

 ミリアの放つ無数の魔弾を斧槍(ハルバード)で凌ぎつつ、ヒュアキントスは自らの派閥────アポロンファミリアの徽章(エンブレム)の刻まれた旗印の傍に立った。無防備に斧槍(ハルバード)を突き立て、旗を仰ぐ。

 その背を穿たんとミリアが魔弾を放ち────魔弾はヒュアキントスに届く事なく、虚空に消えた。

 

「────は?」

「ふ、ふははははっ、ミリア・ノースリス。残念だったな……旗印の周囲では魔法は無効化される」

 

 魔法の無効化範囲に逃れたヒュアキントスが静かに振り返り、ミリアを見下した。魔法による抵抗は、旗印の効力によって無力化された。彼女が放つ魔弾は、旗印の効力────この戦争遊戯(ウォーゲーム)の為だけに作りだされた、魔法を完全無効化する機能────によって、掻き消える。

 彼女の瞳に、絶望が宿る。ヒュアキントスを倒せなくてはこの場を脱する事は出来ない。

 ヘスティアファミリアを守っていた深紫の護り刀は消え失せ、いつヘスティアファミリアの旗印が破壊されてもおかしくはない。北門付近から響いていた戦闘音も途絶え、一刻の猶予も無い状況。

 ベルは立っているが、もう限界に近く一歩も動けない事は明白。唯一の抵抗手段であった彼女の魔法は封じられ、手の打ちようがない。

 

「ふむ、そうだな……ではこうしようか」

 

 ヒュアキントスはこれ見よがしにボロボロになったマントを脱ぎ棄て、アポロンファミリアの旗印をマント代わりに羽織る。風にたなびく太陽と弓矢(アポロンファミリア)徽章(エンブレム)を身に纏い、ニタリと醜悪な笑みを以てベルとミリアを見据えた。

 

「では、ベル・クラネル……貴様を殺すとしよう。安心しろ、貴様が身を挺して庇ったミリア・ノースリスは────我が派閥がしっかりと面倒を見てやろう」

 

 鳥籠にでも入れて、な。見下したヒュアキントスが突き立てた斧槍(ハルバード)を手に一歩踏み出し、ベルを殺すべく片腕で握りしめた獲物を突き付けた。

 

 

 

 詰み、不可能、敗北。そんな否定の言葉ばかりが脳裏を過る。

 頑張った、一杯、とてつもなく、凄く頑張った。がんばって、いろいろかんがえて、それでも────とどかない。

 あと一歩まで行った。惜しかった、なんて言葉じゃ軽すぎて表現として間違ってるんじゃないかって思う程に、あと一歩だった。

 魔法が効かない。ヒュアキントスがマント代わりに纏ったその旗印は、魔法を完全無効化してしまう特殊な神の力の宿った代物。たかが地上の人間如きでは、どうにもならない絶対の護り。

 風に揺れるベルの背。瓦礫の向こうから歩み寄ってくるヒュアキントス。

 もう、此処で、終わりなのか。

 やっぱり、俺なんかじゃ、ダメなのか?

 

『あんたのやる事成す事、全部無駄だってわかんないわけ?』

 

 あの女は、何度も、何度も、何度も、しつこく口にしてきた。

 

『無駄だって言ってるでしょ』

 

 無駄な抵抗だと、お前のやる事は上手くいくはずが無い、と……確かに。その通りかもしれない。

 おとうさんに会いたくて、でも会えなくて。謝りたくて、謝れなかった。

 嘘を吐きたくなくて、でも嘘を吐くしかなくて。

 ずっと、ずっと……いつも、いつだって、こんな風になるんだ。

 

 ──必ず、何処かで失敗する。

 

 なんでだろうか。 

 

 ────上手くいくはずがない。

 

 後少しまではいけるのに。

 

 ──────無駄に終わるんだ。

 

 だって、今までがずっとそうだったから。

 

 出会えた奇跡も、培った親愛も、刻んだ誓いも、何もかも全部が消えて無くなる。

 約束したのに、せっかく、手に入れたのに。また────また、消えてなくなってしまう。

 

 ────────まるで、最初から何も無かった(全部嘘だった)みたいに。

 

 嘘、嘘。そう、嘘だったんだ。

 『信じてる』なんて口にして、それでも何処か疑ってて、だから、全部嘘になる。

 

 瓦礫を踏み締め、ヒュアキントスが歩んでくる。

 右手に宿した魔法は、放ったところで足止めにすらならない。

 ベルは拳を握って構えているけれど、斧槍(ハルバード)攻撃射程(リーチ)からすれば話にもならない。ナイフも無い今のベルでは、攻撃を逸らす事も出来ない。

 援護してあげたいのに、魔法は無力化されて何も出来ない。ヒュアキントスに、魔法が届かない。

 立ち上がろうとしても身体は全く動かなくて、鈍い痛みと焼けた熱さのみしか感じられない。

 

「今殺してやるぞ。ベル・クラネル……」

 

 ベルが、殺されてしまう。止めなきゃ────どうやって?

 

 魔法は────通じない。

 

 身体は────動かない。

 

 奇跡は────起きる訳がない。

 

 いつだって、世界は理不尽に回るんだ。だって────俺って嘘吐きだし。

 

 詰み、詰んだ。此処でお終い。BAD END。来世では幸せになれるだろうか? 前世から今世に転生したのなら、来世だってあるんじゃなかろうか? だからここはもう諦めて、次の来世でまた頑張ろう────それで、良いのか?

 

 ────良くない。

 

 せっかく、手に入れたんだ。この世界で、手に入れたんだ。

 何とか、しなきゃ。守らなきゃ。俺は────。

 

「ミリア、僕が守るから」

 

 ボロボロで、立っているだけでふらついたベルが、力強く笑っていた。輝く様に眩しい、背中だ。あの人みたいに、かっこよくて、いつだって、どれだけ疲れてても、どれだけ痛みを覚えても、それでも真っ直ぐ立って前を見据えるあの人みたいな。そんな背中だ。

 ────憧れの、あの人の背中が其処に有る。

 違うんだ、そうじゃないんだ。ただ、その背中に憧れたんだ。家族として、その背を支えられたら、どれだけ素晴らしいかを知ったんだ。ただ、守られたいんじゃない。ほんの少しでも良い、その格好良い背中を、支えたい。

 ────でも、今の俺は何も出来ない。

 悔しくて、涙が溢れてきて、どうにかしたくて。

 いつだって、どんなときだって、格好良い背中を見ている事しかできなくて、支えたいのに、何も出来なくて。

 

 一人じゃ、何もできないんだ。

 

「ベル・クラネル、覚悟は良いな」

「……ヒュアキントスさん、僕は……僕たちはまだ負けてない」

 

 ヒュアキントスが小さく嗤い、斧槍(ハルバード)を大きく振りかぶった。ベルを攻撃範囲に捉え、回避も防御も弾く事もしようがない一撃がベルを襲おうとして────リリがヒュアキントスの纏う旗印にナイフを振るった。

 飛び掛かりながら振るわれたリリのナイフが、旗印を────掠めた。ほんの隅の方に微かに刻まれる、切れ込み。

 瞬時に反応したヒュアキントスが振るう斧槍(ハルバード)の柄がリリの胴体を捉え、吹き飛ばす。

 瓦礫に叩き付けられ、額から血を流したリリが鋭くヒュアキントスを睨む。

 

「ぎぁっ……ま、まだ……負けて、ません!」

「き、貴様ぁっ!! よくも旗印に傷をっ!」

 

 激昂したヒュアキントスが吹き飛んだリリに向け、斧槍の穂先を向け────ベルが呟く。

 

「ヒュアキントス、お前の相手は、僕だっ!」

 

 最後の力を振り絞る様に、ベルが前に出る。一歩踏み出した時点でバランスを崩す程に、体力をすり減らしたベルの、突撃。愚直ともとれる、直線的な動きにヒュアキントスが咄嗟に反撃の為に斧槍を振るう。

 直撃する────ベルの頭を捉える軌道を描く斧槍が、迫り────リリの声が響いた。

 

「ミリア様っ!」

 

 鋭い叫びと共に、リリが放ったのはハンドクロスボウ。中空を飛ぶ金属矢が緩やかにヒュアキントスの斧槍に迫り────威力不足で弾かれるその一撃────あ、そうか。

 

「【ファイア】ッ!」

 

 瞬時の判断。リリの放ったクロスボウの矢。金属矢を魔弾が捉えた。

 

 

 

 ミリア・ノースリスの詠唱を聞きながら、ヒュアキントスは攻撃を続行した。彼女の魔法は今やヒュアキントスに届かない。届くわけがない。

 横槍を入れた小人族の小娘の放つクロスボウの矢も、大した威力は無い。旗印を穿つ事も出来ないちんけな威力のそれ等、視界に入れるまでもない。

 振りかぶる一撃。ベル・クラネルの頭部を捉えて即死させる一撃。

 防御も回避も不可能な程に、愚直で、残された少ない体力を全て使っての、突撃。

 馬鹿め、と内心嗤いながらヒュアキントスは吠えた。

 

「死ねぇぇえええっ!!」

 

 回避、出来ない。防御、出来ない。ベル・クラネルは死ぬ。無様に、足掻いた末に、死ぬ。その確信と共に放たれたその一撃は────ゴキッと言う妙な手応えと共に空振りした。

 斧槍の穂先は、確かにベル・クラネルの頭部を捉えたはずだ。その、はずなのに────空振りしたのだ。

 何故、と言う疑問を覚えるより前にヒュアキントスは攻撃を変更する。即座に左腕のみで斧槍を引き寄せ、愚直に進んでくるベルの顔面を穿つ突きを放とうとし────ベルはそれを斧槍(ハルバード)の穂先で逸らした。

 

「なにぃっ!?」

 

 ヒュアキントスが握る斧槍(ハルバード)の穂先。柄の先の方だけになったそれを使い、()()()()()()()()()()()()()()()()()。僅かに軌道が逸れ、少年の頬に浅い傷を残すのみで顔の横を柄だけの斧槍が穿った。

 少年の手にしていた斧槍の穂先は砕け散る。

 何故、そんな疑問と共に身を引こうとし────魔法の詠唱が響いた。

 

「【ファイアァァ】ッ!!」

 

 無駄な事だ。聞こえる詠唱を無視し、ベル・クラネルのみに意識を集中させ────纏っていた旗印を引っ張られつんのめる。ヒュアキントスが驚愕と共に旗印を引くと────布地の裂ける音が響いた。

 

「な……なんだとぉっ!?」

 

 彼が視線を向けた先、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何が起きたのかわからずに動きを止め────迫る少年を見てヒュアキントスは目を見開く。

 目の前には、左手の拳を握り締めた少年。

 後ろに下がれば十二分な回避は可能────しかし、回避を敢行すれば旗印が裂ける。

 サポーターの小人族が残した、小さな切れ込み。そこを起点に、ヒュアキントスが纏う旗印は裂け始めていた。小さな一撃が、破滅を齎す。

 下手に攻撃を受けた瞬間、旗印は真っ二つに引き裂かれる。下がる事が出来ない以上、往なす他ないが────続く魔法の詠唱がやけにヒュアキントスの耳に強く響いた。

 

「【ファイア】」

 

 ドシュッと鈍い音。届かないはずの魔法の詠唱、それがヒュアキントスの太腿を穿った。

 飛来したのは()()()()()()。彼の足に突き刺さっているのは、紅緋のナイフ。

 ────ミリアが魔弾で弾き飛ばしたそれが、ヒュアキントスの太腿に突き刺さっていた。

 

「──ふッッッ!」

 

 生み出された隙を活かさんと、ベルが突貫する。

 

「──ま、待てぇえええええええええええええええええええええっ!!」

 

 今まで戦ってきた中の速度より更に一段速い、最高速度を超えた俊足を以てして突貫してくる少年に対し、姿勢を崩したヒュアキントスに往なす術など残されてはいなかった。

 最期の最後まで抗い抜き、微細な助力によって生み出された、最高の好機(チャンス)

 ベルの拳が、渾身を以て振り抜かれた。

 

「うああああああああああああああああああッッ!!」

 

 放たれた一撃がヒュアキントスの頬を捉え、めり込み、吹き飛ばす。

 布地の裂ける音が大きく響き渡る。

 殴り飛ばされた青年の体は地面を一度大きく跳ねて、切り裂かれた片割れの太陽と弓矢(アポロンファミリア)徽章(エンブレム)を巻き込みながら猛烈な勢いで転がっていく。

 二〇Mもの距離をいったところで、ヒュアキントスは大の字で太陽と青空を仰いだ。

 頬に打撃の跡を残し、半分に千切れた旗印を絡めたその体は、起き上がる事はなかった。

 風が止み、戦場の音が途絶える。北門の抵抗する音も、ヘスティアファミリアの旗印周囲の音も、全てが消え去り、戦場は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 激しく打ち鳴らされる銅鑼の音と共に、決着を告げる大鐘の音がオラリオに響き渡る。

 

『戦闘終了~~~~~ッッ!! まさかの結果に正直夢を見ている気分だ~~ッッ!! 開始直後の絶望的戦力差からの大番狂わせ(ジャイアント・キリング)!! 戦争遊戯(ウォーゲーム)勝者は、ヘスティアファミリアーーーーーッッ!!』

 

 舞台(ステージ)の上で、何故か雄々しい姿勢(ポーズ)を決めている主神(ガネーシャ)の横で、自称実況担当のイブリが身を乗り出して拡声器へ叫び散らす。

 彼の拡声された声が観衆と建物の群れを飲み込む様に轟いた。

 

 

 

 

 

 荒野に無造作に突き立てられたポール。

 寄り添う兎と竜(ヘスティアファミリア)の仮徽章(エンブレム)が緩やかな風にたなびく。




 作者的に正直納得がいかない結末になった気がします。私の脳内ではもっと激しく盛り上がるはずが……文章に起こすと微妙になるこの現象。語彙力不足ですかねぇ。

 と言う訳でアポロンファミリアとの戦争遊戯、勝利です。

 此処までこられたのも読者の応援のおかげですありがとうございます。
 是非とも感想の方を……100を超えるぐらい来ると嬉しいです。後、評価の方もどしどしがんがん沢山して頂ければ幸いです。

 アポロンファミリアへの条件やらは次回と言う事で~。


 それとアンケート締め切りとさせて頂きます。
 正規√が多かったので正規√で進めていきます。

 二番目に多かった『恋に堕ちた√ベル』は時間があればこっそりと投稿しておきます(小声)



 追記
 総文字数100万字超え……無駄に長いし読むの大変そう(他人事)

戦争遊戯編の後のストーリーについて

  • 正規√(大賭博場※→イシュタル編)
  • 劇場版:オリオンの矢
  • グランド・デイ
  • 『魔銃使いは恋に堕ちた』ベル√

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。