魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一三一話

 舞い散る髪の毛。響く絶叫。助けを求める声が歓声に掻き消され、阿鼻叫喚の地獄絵図を楽しむ異質な空間。

 オラリオ中央部、『バベル』の正面に設けられた特設舞台(ステージ)から見下ろすその光景に、ヘスティア様が高笑いしていた。

 

「あーっはっはっは! ざまぁみろアポロン、誰に手を出したのかその禿げ頭で考えると良いさ!」

 

 調子に、乗ってますねぇ。うん、まあ……この地獄絵図を作り出すきっかけの一言を放ったのが俺である事は違いないので何にも言えないんだがね。

 ……にしても、酷い。

 やめてくれ、アポロン様に手を出さないでくれと号泣しながら懇願するヒュアキントスの目の前で、椅子に拘束されたアポロンの背後に数人の神が立つ。『まかせろーバリバリー』とわざわざ効果音まで口にしながら毛刈り機(バリカン)を少しずつアポロンの頭部に近づけていき────バリバリっとアポロンの髪が刈り取られる。

 絶叫を上げるアポロンの眷属達。一際大きな慟哭を響かせているヒュアキントスは、残った片目から滂沱の如く涙を零してアポロンの名を連呼していた。いや、うるせぇよ。

 

「やめろっ、私が何でもするっ!! だからアポロン様だけはぁっ!!」

 

 アポロン本人は堪える様に口元を引き結んで目を閉じている。

 アポロン以外にも眷属達が次々に椅子に縛り付けられては髪を剃られ、適当にぽいっと放り出されていた。俺はそれを尻目に没収した貸金庫の鍵の番号を確認していく。

 んむー、いくら入ってるかは知らんが……まあ、そこそこ入ってる貸金庫もあるだろう。中には逃げ出そうとした奴もいたが……周囲の冒険者が半殺しにする勢いでボコって引き摺って戻ってくる羽目になってた。理由は、言わずもがな。彼らアポロンファミリアの者達はすさまじい恨みを買っているからね、賭博関連で大損した冒険者が血眼になって彼らを睨んでるのを見ればそれもわかろう。

 つか、本当にヒュアキントスは酷いな。隻眼隻腕であそこまで暴れるとは……まあ、鎮圧されてハゲになったけど。

 切り取られた腕が残っていたので繋げられるかと思えば、回復アイテムがその場に無かった為、治療が遅れた結果、治らなかったらしい。目は……眼球粉砕で治療不可能。再生薬? 渡す訳ねぇじゃん。

 

「酷い、ですね」

「おい、流石に同情しそうだぞ……」

 

 リリとヴェルフの若干責める様な視線を浴びつつ、ちらりとベルを見れば青褪めた表情で惨劇を見下ろしていた。

 既に半数の者達が禿げ上がり、眩しく日光を反射して若干ギラギラしているアポロンの眷属達を見てから、周囲の皆を見回して質問を飛ばした。

 

「腕を斬り落として片目を抉るのと、髪の毛を剃るの、どっちが惨いですかね?」

「ミリア様、とってもお優しいですね」

「……悪い、やっぱ同情する気失せた」

 

 死んだ目をしたリリが視線を逸らして呟き、ヴェルフが複雑そうな表情で眉を顰める。いや、優しいでしょ? 少なくとも日常生活に支障をきたしかねない罰じゃないし? え? 精神的な損傷? 知らんがな。

 とりあえず、後は本拠の受け渡し状に署名(サイン)を貰えば完了か。没収した武器で使え無さそうなのは────売っても二束三文だろうし、鋳塊(インゴット)に加工して別の武具にするかな、ヴェルフが。

 …………あ、ヴェルフの鍛冶場が無いじゃん。加工とか製造してもらえないよこれ、どうするかなぁ。

 貸出とかやって、ないだろうし。仕方ないかぁ。

 

「ヴェルフ、搔き集めた没収金で本拠に鍛冶場を作ろうかと思うんですが何か希望ってあります?」

「は? いや、そこまでされると……」

「鍛冶場のない鍛冶師って何をするんですかね?」

「…………その、なんか悪いな」

 

 いや、嫌味って訳じゃないんだよ。ただ鍛冶場無くして鍛冶師とは言えないだろうし、とりあえず鍛冶場を……っと、アポロンの処刑(剃髪)が終わったみたいだな。

 椅子から解放され、陽光に輝く禿げ頭を衆目にさらしたアポロンが静かに此方を振り向く。ヘスティア様と視線を交わし────ヘスティア様が目を庇う様に顔を隠し、叫んだ。

 

「眩しッ!? アポロンこっちを向くなっ、眩しいじゃないか!!」

『────ブフッ?!』

 

 集まっていた人々と神々がヘスティア様の叫びに噴き出した。危うく俺も噴き出しかけ、アポロンに視線を向け────眩しッ!? 何あれ眩し過ぎ!!

 アポロンの眷属達も眩しそうに目を細めてアポロンを見ているし、俺達はもろに反射してきた陽光を浴びて目を庇いながらもなんとかアポロンを見る。彼の神はふるふると身を震わせ、なんとか微笑っぽい表情の様なモノを浮かべ────顔が引き攣っていて目が笑っていないが────口を開いた。

 

「ヘスティア、こんな屈辱を味わうなんて、思いもしなかったよ」

「いや、普通にキミが悪いんじゃないか。と言うか眩しいんだからこっちを見ないでくれよ」

 

 ヘスティア様のわかりやすい煽りに、アポロンの表情がギチィッと音を立てて崩れかけ────なんとか踏み止まる。敗者である彼が余計な事を口走れば、より凄惨な要求が出されるかもしれないのだし、仕方ないね。

 何せ、喚いた結果。今後アポ────違った、ハゲファミリアは入団条件に『ハゲである事』が追加され、挙句の果てに今後一生、彼も含めアポロンの恩恵を受ける者はハゲ以外の髪型の禁止が言い渡された訳だし。

 アポロンの眷属の逃げっぷりはやばかったね。ダフネとカサンドラが真っ先に脱退を宣言すると同時、残った幹部の内半分が逃げ出し、平団員も殆ど消え失せたのだ。残ったのは増員を除いてたったの一四名。むしろそれだけ残ったって事はそれなりに忠誠を誓われていたって事だろう。

 

「とりあえず、此方の書類に署名(サイン)を────あの、ちょっと頭隠して貰って良いですか。冗談抜きで眩しくて顔が見えないです」

 

 本当に眩しいな、何がどう作用したらそんなに眩しい頭になるんだよ。太陽神だからか?

 

『流石太陽神、眩しさが段違いだぁ』『余りの眩しさに顔が見えないぃ』『ハゲファミリアの主神は一味違いますな』

 

 いや、本当に神々のノリって容赦ねぇわ。

 アポロンが茹蛸みたいに顔真っ赤になってる。それでも顔立ちは整ってるおかげか醜いって程じゃないのがまた────頭の眩しさで全部台無しだけどね。

 

「くっ、誰の所為でこんな────」

『お前の所為だ!』

 

 慟哭を上げるハゲを見ない様にしつつ、アポロンの署名(サイン)が記された本拠引き渡しの書類をギルド職員に手渡す。これで正式にアポ────ハゲファミリアの本拠はヘスティアファミリアの所有物になった訳だ。

 貸金庫の鍵の束を持ち、没収した武装の入った木箱を馬車に積む様にディンケ辺りに頼んで────もうハゲには用は無い。眩しいしさっさと行こう。

 

「では、要求は以上を以て終了と致しましょう。アポロンファミリアは即刻オラリオから出て行ってください」

 

 え? 戦力流出禁止令? 知らんがな。それに殆ど役立たずのハゲじゃないですかやだー、ギルドがわちゃわちゃ煩いけど知ったこっちゃねぇって話ですがな。

 とりあえず借金ン億を抱えた爆弾派閥はオラリオの外に追い出しちゃおうねぇ~。

 

「では、新しい本拠に向かいましょうか」

 

 馬車はー、適当に頼む。思った以上に武装がたっぷり乗せられてて馬が大変そう。って、乗り込む余地がねぇし……しゃあない、歩きか。

 

 

 

 

 背の高い鉄柵に、広々とした植栽豊な前庭。巨大な石造りの屋敷。門に飾られた太陽と弓の徽章(エンブレム)を見上げ────視線を下げると其処にはにんまりと満面の笑みを浮かべた商売神の姿があった。

 訝し気に彼らを見据える俺達ヘスティアファミリアの面々。誰しもが眉を顰める中、商売神とその眷属らしい数人の者達は堂々とした様子で俺達の物になった屋敷の入口を封鎖していた。

 

「これはこれは女神ヘスティア……それとその眷属の方々。本日はどのような要件でしょうか?」

「……どういうつもりだい?」

 

 膨れた腹を揺らした商売神が、横の眷属に視線で何かを促す。すると一人の商人らしき者が何かの契約書を取り出して高々と掲げた。

 アポロンファミリアに対する借用書。記載された内容を流し見れば、戦争遊戯に掛かった費用の請求が書かれているらしいそれ……で? 彼らはなんで屋敷を封鎖しようとしてたんですかね?

 正面に出たヘスティア様がそこをどけーと喚いても『これは我々が差し押さえた物件です』と引く気は無いらしい。

 ふぅん、そうなんだ。

 

「我々も商売ですからな。これは既に我々の所有物────申し訳ありませんが退く事はできないのですよ」

 

 ちっとも申し訳なさそうな感じのしない、薄っぺらい言葉。殺意すら湧きそうなその発言にヘスティア様が食って掛かろうとしたので服の裾を引っ張って止める。

 

「ミリア君、止めてくれるなっ! コイツは身勝手な事を言ってるんだ!」

「ほほう、話の分かる眷属の方がいますな。では、商談と────」

「────【ショットガン・マジック】【リロード】」

 

 ひょっと驚いた表情を浮かべた商売神の頭の上────太陽と弓(旧アポロンファミリア)徽章(エンブレム)指先(銃口)を向け、ファイア。

 ズガンッと刻まれていた浮彫(レリーフ)が砕け、商売神の頭に砕けた石材の破片が降り注ぐ。そんなに大きなものはなく、せいぜいが小石程度。それでも驚いて尻もちをついた商売神を見下ろし、指先(銃口)をちらつかせる。

 

「ちょっ!? ミリア君いきなり何を────」

「いえ、別に? ただの警告射撃ですが」

 

 ────商売神が口角泡を飛ばす勢いで叫ぶ。

 

「な、なにをするっ! 此処は我々の派閥が差し押さえ────」

「できませんってば」

 

 できねぇよハゲ────いや、こいつらはハゲてないけど────少し考えりゃわかるだろ。

 戦争遊戯期間中における派閥資産の扱いについては、規則(ルール)がギルドによって定められている。正式に勝敗が決まるまで、人員を除く物的資産────金品や建造物なんかの引き渡しは禁じられているのだ。

 過去に戦争遊戯の直前に派閥の資産を友好派閥に引き渡しておいて、敗北した時の損害を減らすという抜け道を利用した派閥が存在したらしい。以後、戦争遊戯は正式に開催が決定して以降、人員以外の資産はいかなる理由あろうと他派閥への受け渡しを禁じている。

 当然、差し押さえする権利があろうと、アポロンから本拠を差し押さえなんてできない。

 その上で、だ……この本拠は今現在、ヘスティアファミリアの所有物である。それを差し押さえ────強奪しようとする不届き者に対してどういった手段に出ようが、罰せられることはないだろう。

 

「これは派閥同士の抗争です。ギルドやガネーシャファミリアに訴えようが────彼らは取り合わないでしょうね」

 

 ほらほら撃っちゃうぞー。顔見てるとムカつくし撃っちゃうぞー? いやマジで。せっかく本拠どんなんかなって楽しみにしてたのに気分害されて最悪だよ。

 

「────し、しかし我々には正式な借用書がっ!」

「ではギルドに問い合わせますか? つい先ほど、神アポロン本人に署名(サイン)してもらった契約書を提出し、受理して貰った私達に対し、その借用書がどれほどの効力を持つか楽しみですね」

 

 むしろこれでギルドが商売神の言う事を肯定した場合、先ほど大々的に行われたアポロンへの要求を否定する事になる。街の住民や神々も見ていたそれを、ギルドが否定する事は出来まい。

 だって警告はしたし? 本拠前を封鎖した者達に対する反応として警告射撃ぐらい可愛いもんでしょ。

 

「こ、この件についてはしっかり話し合う必要がありそうですな。女神ヘスティア」

「……いや、普通に話す事は無いですが。というか────早く逃げた方が良いですよ?」

 

 俺の優しさ溢れる忠告に対し、商売神が眉を顰め────ズドンッと商売神の足元に矢が突き立った。

 驚きで身を強張らせる彼に対し、エルフの青年、エリウッドが無言で弓で照準を定める。横から剣を鞘から抜き放ったルシアンが鬼の様な形相で彼を睨む。

 

「な、な────」

 

 商売神の横に立って借用書を掲げていた眷属の持つ其れを、半月刀が切り刻む。紙吹雪の様になった借用書に声を失う商売神と眷属達。彼らの前に激怒した様子のディンケが降り立ち、口を開いた。

 

「テメェら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあ、そうなるな。

 考えてもみてくれ。街中で起きたボヤ騒ぎ────赤飛竜の所為って事になってたアレ。ガネーシャファミリアが保証したその飛竜が問題を起こした。そんなでっち上げをされれば、ガネーシャ様の名声に瑕が付くに決まってる。

 オラリオで最も住民に慕われている神の名声に瑕を付けた。それがどれほど罪深い事か────考えるまでも無いと思うんだがね。

 

「ま、待ってくれ、あれはアッシらは何も────」

「関係無い、ですか? それは無いですよ」

 

 だって、アポロンに全部洗いざらい話させたし。無論、嘘は絶対に吐くなって命令もしたし。嘘吐いたらおめめくりぬいちゃうぞって脅したしね。

 結果、一部の罪は認めた。と言うか街中で大型弩(バリスタ)ぶっ放したのは普通に認めたけれど、いくらなんでもガネーシャの名声に瑕を付ける真似はしないと断言したのだ。というか普通にガネーシャファミリアに喧嘩売ったらヤバい事知ってる訳だし、アポロンもその辺りにはブチギレてた。

 商売神が『良い案があります』なんて言って任せっきりにしてたらガネーシャファミリアに喧嘩売ってるんだもんね……そりゃキレる。

 アポロンを利用するだけ利用して、最後には全部の罪を擦り付けて潰す気満々とか害悪過ぎるでしょ。アポロンは最終的にヘスティアファミリアに擦り付ける気満々だったみたいだし、マジで酷いと思う。

 まあ、既に彼らは詰んでるんだけど。

 

「────あれは、アポロンが勝手にっ」

 

 更に言い募ろうとする前にディンケが半月刀の柄で眷属を殴って気絶させ、ルシアンが縄を取り出して縛り上げ始める。エリウッドが弓で狙って牽制されている彼らは動けず────五分もかからずに神を除いて全員が拘束された。商売神が青褪めて愛想笑いをしているが、ダメだろうね。

 自らが慕う神の名声に瑕を付けられたのだ。ディンケ達の怒りは尤もで────彼らはそれでも理性的に拘束するにとどめている。

 

「ディンケさん、馬車から武装を下ろしたら彼らをガネーシャ様の所に持って行って構いませんよ」

「……良いのか?」

「ええ……」

 

 恐れ多くも最も慕われる神を敵に回し失敗した商売神。彼がどんな末路を辿るのか────名声に瑕を付けられたガネーシャ様がどういった沙汰を下すかはわからん。

 というか、あの神も下手を打ち過ぎたな。オラリオの外に逃げるとハゲファミリアにぶっ殺されるだろうし。オラリオの街の中ではガネーシャ様の眷属達に追い掛け回されるだろうし。どっちにしろ詰んでる。

 素早く武器の詰まった箱を下ろしてるのを見つつ、門を越える。

 

「行きましょう。気分の悪い話は此処までですよ」

「あ、ああそうだね。うん……」

 

 歯切れの悪いヘスティア様の返事を聞きつつ、門を封鎖していた鎖を撃ち抜いて壊して中に入る。

 

「ミリアを怒らせない方が良さそうだな」

「あんなに怒ってるミリア様、初めて見たかもしれません」

「うん、今度から気を付けようね……」

 

 ヴェルフ、リリ、ベル。全部聞こえてるよ……ちょっと大人げ無かったかもしれな────いや、ン億年も生きてる神相手に大人げないも無いわ。ちょっと脅しただけじゃん、そんなに怯えられると申し訳ないよ。

 

「ま、まあ気を取り直して行こう! 今日から此処がボク達の家さ!」

 

 ゾロゾロを皆を伴って前庭を抜ける。前に来た時には物々しく大型弩(バリスタ)が並べられていたが、今はそんな事は無い。美しい植栽に見惚れ────んん?

 

「ミリア君、どうしたんだい?」

「────え、いや……なんでもないです」

 

 みま、ちがい? 見間違いか? いや、多分、気のせいだろ。うん、きっとそうだ。

 何でもないと全力で誤魔化し、今しがた見つけてしまった異物をもう一度探し────見間違いじゃねぇ!?

 

「おかしなミリア君だな、まあいい────それじゃ、おじゃま、じゃないな。ただいまー」

 

 ヘスティア様が正面玄関の扉をスパーンッと勢いよく開け────広がった光景を目にした全員が硬直した。

 ああ、やっぱり見間違いじゃない。幻覚ではないみたいだ。

 

 正面に向かって伸びる赤絨毯。高い天井と煌びやかな魔石灯が玄関(エントランス)広間(ホール)を照らし出す。アポロンが借り受け、神の宴を開いた会場に見劣りしない程の豪華絢爛な見栄えだ。

 異物を、除けばだが。

 

「────な、なぁっ」

「こ、これは……」

「なんだこりゃ……」

「あ、アポロンが一杯……」

 

 赤絨毯を挟む様に左右には台座が設置されており、それが片側一二個の左右合わせて二四個ある。その台座の上には優し気な微笑みを浮かべ、帰ってきた俺達を出迎える────神アポロンの彫像。それも全身像。

 よく見ると一つ一つそれぞれ若干表情が異なり、衣類の皺まで精密に彫り込まれたそれらは一瞬本物のアポロンと見紛う出来だ。それが、二四体。余りにも想像を絶する光景に皆が言葉を失う。

 仕方がないので代表して赤絨毯を踏み締め、玄関広間に入り────天井を支える柱を見て眩暈を覚えた。

 

「うわぁ……」

 

 アポロンが居た。いや、違う……柱の彫刻細工として神アポロンが彫り込まれている。どれもこれも細部に至るまで拘り抜かれた、神アポロンの彫像。それに加え、壁にかけられた絵画は全て神アポロン。

 本拠が自身の像になってる彼の派閥ですら、内装は割とまともだったというのに。これは酷い。

 

「酷過ぎるぞ、これは」

「うっ、リリ、少し吐き気がしてきました」

「これは、正気を失いそうだ」

「こ、ここで暮らすんですか……?」

 

 意気揚々と踏み込んだ先は、アポロン一色に染まった異界であった。

 何とか気を取り直して残る面々が玄関広間から入り、扉を閉じ────イリス・ヴェレーナが小さく悲鳴を上げて扉から離れる。

 

「ひっ……」

「どうしました?」

「こ、ここにもアポロンが……」

 

 扉の取っ手部分、よく見れば精巧に彫り込まれたアポロンの顔があった。他にも扉そのものの模様の中にもアポロンの微笑みが踊っている。

 全員が無言で青褪め、メルヴィスが口を開いた。

 

「すいません、その……サイアが気絶したみたいなので外に運び出しますね」

「え、あ……はい。イリスさんも外で待っていて良いですよ。ミコトは、どうします?」

 

 ロキファミリアの面々が早期脱落。扉の取っ手を掴もうとして戸惑い、此方をちらちら見てきたので代わりに開けてあげ────取っ手の凹凸の感触がやけに手に残った────彼らが外に行ったのを確認し、他の面々を見渡す。

 

「えっと、今から屋敷の見取り図片手に探索に行きますが、どうします?」

「ミリア君、悪い、任せた」

「…………ごめん、僕待ってるから」

「あー、悪い。俺もパス……宿とるか」

「リリは……いえ、ミリア様一人に逝かせる訳にはいきません、付き合いましょう」

「……自分は遠慮しておきます」

 

 リリ、いかせるの字が違う気がするんだが。いや、間違っていないが。

 ヘスティア様が頭を抱えたまま外に出て行き、青ざめたベルと眉間を揉み続けているヴェルフがそれに続く。ミコトもそのあとを続こうとし────思わずつぶやいた。

 

「お風呂もあるみたいですよ、ミコト」

「……お風呂、ですか」

 

 悪い、本当に申し訳ないんだがミコトにも付き合ってもらおう。と言うかリリが震えながらも付き合ってくれるみたいだが、一人でも多い方が気が楽になりそうなんだ。

 これから暮らす家に対する反応としては絶対におかしいってのはわかってるが────生贄は多い方が良い。

 

「ええ、見てください。かなり広いお風呂ですよ」

「…………では、自分もご一緒しましょう」

 

 ごめん、本当にごめんミコト。流石にリリと二人っきりでこんな恐怖の館は探索できないんだ。

 ヘスティア様、ベル、ヴェルフ……後他の皆。待っててくれ、三人でなんとか使えそうな部屋を探してくるよ。こんなに酷いのは流石に玄関広間だけだと信じたい。

 

 ────そう、思ってた時期が俺にもありました。

 

 玄関広間を抜け、奥へと進む両扉を開いた瞬間。リリが呻き声と共に後退りした時点で察して欲しい。

 綺麗に埃一つない廊下。屋敷の奥へと続くその廊下には、一定間隔を置いてアポロンの肩から上の彫像が飾られていた。

 意を決して踏み込み────飾られている絵画にも、扉の取っ手にも、挙句の果てに照明器具にもアポロンの微笑みが彫り込まれているのを見て俺達の体力は廊下一つで尽きそうになっていた。

 

「ミリア様、宿は何処にとりましょうか。リリ、安くてそこそこ質の良い宿知ってるんですよ」

「自分、タケミカヅチ様に頼んで部屋を借りれないか確認を取りましょうか」

「……二人とも現実逃避はやめて。ここ、私達の家になるんですから」

 

 二人が顔を見合わせ、同時に口を開いた。

 

『此処に住むぐらいなら廃教会に住みましょう』

 

 うん、俺も思った。天井が無い? 壁も無い? 崩れた廃墟? こんなアポロンに満ち満ちた場所に比べたら天国だよ。でも、いくらなんでも個人部屋までは酷くないと思うんだ。

 ────思ってたんだ。

 

「これ、個室ですか?」

「……えっと、見取り図によると……幹部用の部屋、ですか」

 

 幹部用と銘打たれた個人の部屋。扉を開けてまず目に飛び込んできたのはアポロンの彫像。なんか慣れてきた気がする。

 

「あははー、見てくださいよリリ、ミコト、こんなところにも隠れアポロンが居ますよー」

「ミリア様正気を取り戻してください、確かに隠れアポロン様が……って、此処にもありますし」

「うっ……探さずとも嫌でも神アポロンの顔が……」

 

 アポロンに傾倒した眷属の部屋に相応しい────神アポロンの抱き枕すら存在するヤベェ部屋を後にし、別の所を目指す。途中、厨房があったがアポロン塗れなんだろうなと扉からちらりと中を伺えば、やはりというか言わずもがな。壁際で一際目立つアポロン像がデデーンッと存在感を発揮していた。此処は地獄か何か?

 

「ミリア様、リリはどうやらもうダメな様です」

「お風呂、お風呂さえまともなら……」

「二人とも落ち着いて。後ミコト、さきに謝っておくわ────本当にごめん」

 

 絶対に、お風呂もまともじゃないんだろうな。そんな思いを抱きながらアポロンの彫像の並べられた廊下を行き────見取り図上では風呂場となっている部屋の前に着いた。

 男性用と女性用でしっかりとわけられた入口を潜り、脱衣所に────アポロンの彫像があった。

 すっごいニヤけ顔で此方を見下ろすアポロンの像。いつでもどこでも見てるよとでも言いたげな、気持ち悪い彫像にリリが小さく息を吐き────ぱたんと倒れた。

 

「リリ殿? リリ殿、自分を置いて行かないでください。気絶するときは一緒にと────」

 

 若干錯乱してるミコトを置いて、浴室へ通じる扉に手をかける。もう、考えたくも無いしきっと禄でもない景色が広がっているのは間違いないんだが、恐いもの見たさって奴だ。うん、慣れてしまえばただの石材製の像なんだからそんな大したことはないだろう。リリ? 良い子だったね。

 

 扉を開け────全力で閉じた。

 

 メシィッと取っ手のアポロンが軋みを上げる程に強く掴み、今見た光景を脳内でしっかりと認識していく。

 認識するのを拒否しそうな頭を扉に打ち付け、先ほどの光景は現実だったのだと自身に言い聞かせ────扉を開けた。

 

 目につくのは水はけの良さそうなつるりとしたタイル床。整然と並んでいる床は水垢一つない美しい輝きを保っている。わぁーきれいだなぁー。すっごいおっきなお風呂だよー。

 次いで流し場。置かれた椅子におかしなところはない。大きな浴槽と、それに併設されているアポロンの像。

 壁から腿の上の辺りから突き出たアポロンの像。その口には、穴。あれだ、マーライオンならぬ()()()()()()だ、まあ想像してたからこれは良いんだな、これが。かわいらしいもんじゃないか。

 

 問題はその股間だ────なんで雄々しくいきり立つ逸物まで再現しちゃった訳?

 

 いや、待て。口からお湯が出るのは良い。素っ裸なのも、まあいいだろう。ギリシャ彫刻関係には全裸像なんて珍しくないし、陰茎に玉袋、挙句の果てに陰毛までしっかり彫り込まれた像もあるしね?

 でもさ、なんで勃起させてんの? まさか私の陰茎は芸術だーとでも言いたいの? もしくはキミ達の美しい肢体で私はこんなにも興奮してるぞって言いたいの? 馬鹿なの? なんでアポロンはいきり立つ逸物をしっかり再現させちゃった訳? 聞きたくないんだけど。

 というか、こんな形で神の逸物を見せつけられるとは思わなかった。

 ていうか何? あれ彫刻師が作ったんだよね? アポロンの全裸を見て? うわ……考えたくねぇ。

 ………………よし、帰ろう。

 

「ミリア殿、お風呂はどう────」

 

 スパーンッと勢いよく扉を閉じ、ミコトに微笑みかけた。

 此処まで巻き込んでおいてなんだけど、アレは見せられないよ!

 

「戻りましょう」

「あの、お風呂────」

「戻るんです」

「え、ですが────」

「お風呂なんて、無かった。良いですか? 無かったんです」

 

 お風呂なんて無かった。そう、そんなモノは無かった。

 

「いえ、違いますね。本拠(ホーム)なんて無かった」

「え? ですが────」

「此処は本拠(ホーム)ではありません。アポロンの彫像を飾る美術館かなにかでしょう」

 

 もしくは、恐怖の館。

 

「ミ、ミリア殿? い、一体何を見たのですか?」

「……見たい?」

「いえ、遠慮しておきます!」

 

 賢明な判断だ。さあ帰ろう────あ、此処が家なんだっけ?

 眷属から没収した金品でなんとか改修しないと。

 いや、マジで────こんな所に住む事になったら半日経たずに気が狂って死ぬわ。




 商売神はガネーシャ様が始末()します。
 最後には全部ヘスティアファミリアに押し付けて潰すはずが、出来なかったので手痛いしっぺ返しで破滅ぅー。かわいそう()

 アポr……ハゲファミリアの本拠は魔境。お風呂なんて無かった、良いね?

 外装が主神の姿。内装は割とまともな本拠。
 外装はまともだけど、内装は主神塗れな本拠。

 私は断然ガネーシャ様ですがね。
 昔流行った『うんこ味のカレーorカレー味のうんこ』っていうのに似てますよね。

 アポロン像、売れないだろうなぁ。

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