魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一三四話

 調教(テイム)した竜種の取り扱いについて。

 都市管理を行っているギルドからの命令各種を順守する限り、竜種の街中での行動については調教師または同派閥の一部許可者の同伴を限定とし許可するモノとする。

 竜種が何らかの問題を起こした場合はギルドの定める法に従い、罰則を受ける事。

 竜種から得られる利益に関しては派閥収入の一部として計上し、それに基づいて税を支払う事。

 

 ギルドからヘスティアファミリアに出された書類をペラペラ捲っては内容を読み込みつつ、溜息。頭の上にしがみ付く結晶竜は静かなモノだ。というか静かにしてとお願いしたしね。

 キューイを連れている事で起きる不具合各種について、ガネーシャファミリアからの補助は無くなった訳ではないが、矢面に立つのはヘスティアファミリアになった事で色々と面倒事は確実に増えるだろう。

 書類を封筒に収めてバッグに放り込む。のしのしと整然とした石畳を踏み締めて這うキューイの背に乗ったまま、街中を行く。

 目的地は『豊穣の女主人』と言う店。つい先ほど、ガネーシャファミリアを後にした俺は、(くだん)の店に店員として雇われている女性に会うべく街を歩き────神々の生垣に阻まれて仕方なくキューイの背に乗ったのだ。

 無論、空を飛ぶ真似はしない。馬よろしくキューイの背に跨って騎乗しているだけである。飛ぶとギルドが煩いしね。

 周囲で此方を見て俺の眷属にーと騒ぐ神々。相変わらず、と言うかなんというか。彼らのノリには時々ついていけない。というか本当にしつこいから何処か消えてくれないかな。

 呆れと鬱陶しさを感じながらも、ようやく目的地である『豊穣の女主人』に到着した。店先には『準備中』の掛札がされており、今は準備中だという事がわかる。

 それを気にせずにキューイの背を下り、彼女の首に繋がっていた引き綱(リード)を店先の柱に適当に括り付け、キューイに動かずに待ってる様に伝えてから入口の両扉を開けて中に入る。

 

「あれ、ミリアじゃん。何しに来────」

「ミリアじゃニャいか。戦争遊戯(ウォーゲーム)は良くやったニャ、おかげでぼろ儲けできたニャ」

「こんにちは、此方、お土産のクッキーです。どうぞ」

 

 準備中だったのか掃除をしていたらしいヒューマンの女性、ルノアさんと猫人の女性、クロエさんの二人。親し気に、と言うよりは嬉し気に話しかけてきたクロエさんに愛想笑いを浮かべつつ、駆け寄ってきたクロエさんにクッキーの箱を手渡す。そこそこ良いやつだ。

 

「少々用事がありまして顔を出したのです。ルノアさんに話があるんですが今よろしいですかね?」

 

 クッキーの銘柄に喜んでいるクロエさんを他所に、率直にルノアさんに声をかける。リューさん、シルさん、アーニャさんの三人が見当たらないが、奥で皿洗いだろうか。それとも買い出し? ルノアさんが居てくれて助かった。

 

「私に用……? なに、もしかして面倒事?」

 

 え、俺がいつも面倒事持ってくる奴みたいに思われてるのそれ?

 

「いえ、別に面倒事では……あー……」

 

 一応、面倒事ではあるのか。ガネーシャファミリアによる調査の協力の為に名を借りたい、または護衛を頼みたいってのは。交渉してみるか。

 

「えっとですね、実は……【黒拳(こっけん)】に少し頼み事を────」

 

 名を出した瞬間、雰囲気ががらりと変わった。と言うか肩を掴まれて店の隅っこに引き摺られる。

 壁を背にさせられ、ドンッと頭の上に軽く拳が打ち付けられ、これぞまさに壁ドンと言う姿勢に持っていかれた。上から見下ろし、影が差した彼女の表情は読めない。不機嫌そうなのはわかるが。

 

「あ、あのですね」

「何処で、それを知った訳?」

 

 え? ああ、うん。彼女、この店『豊穣の女主人』で働いている店員の一人であるルノア・ファウストの過去。

 『賞金稼ぎ(バウンティハンター)』として都市外からオラリオにやってきて、一時期暴れ回った人物である。最後の依頼を受けた後に姿を消したという経歴を持つ人物だ────名を、二つ名ではないが異名として【黒拳(こっけん)】というモノを持っている。

 【黒拳(こっけん)】のファウスト。と言えば知らぬ者はいないぐらいに有名な賞金稼ぎ(バウンティハンター)であった。……というか、特性が喧嘩屋に近いんだがね。

 

「えっと……情報屋から仕入れましたね」

 

 嘘じゃない。一応は、であるが。

 酒場を転々としつつ情報屋の情報を適当に集め、使えそうな情報屋をいくつか見繕っておいた。

 一人は軽薄そうな雰囲気の禿げた男であるダルトン。もう一人は猫人用のフード付きジャケットを身に着けた犬人の少女のマイヤーズ。前者は偽名、後者は本名らしい人物たち。

 酒場に出没する情報屋に『良い情報屋を紹介して欲しい』とそれとなく声をかけ、自信満々に『良い情報屋? そりゃ俺の事だ』なんて抜かす奴らに『では私の情報を教えてください』と質問を飛ばす。

 それで本当に俺の情報を掴んでる奴だけを選別するなんて面倒な作業をして使えそうな奴を幾人かピックアップした上で、その二人に色々と情報を仕入れて貰ったのだ。無論、相応の金額ではあったが……まあ、こういった根回しは色々と得意でね。

 

「何処の情報屋?」

「守秘義務です。言えません……それよりも頼みをですね」

「無理」

 

 きっぱりと断られてしまった。いや、まだ依頼内容すら口にしてないんだけど。

 すっと身を引いた彼女は表情を不愉快そうに歪めて此方を睨む。

 

「戦争遊戯後の後始末でも頼みたい訳? だとしたら悪いけど他を当たって」

「アポロン連中の始末ニャ? ニャらミャーが受けても良いニャ。特別価格で引き受けてやるニャ」

 

 音もなく近づいてきたクロエさんの発言に首を横に振る。

 アポロンの始末とかわざわざ金出してまでやろうとは思わん。ただでさえ本拠関連で金が足りない足りないと喚いた後だってのに、貸金庫から手に入った資金をわざわざ削ったりなんかしやしない。

 

「いえ、別件ですよ。実はとあるファミリアからの依頼で最大賭博場(グラン・カジノ)に行くことになりまして」

「……護衛として雇いたい?」

「ミャーに任せるニャッ!」

 

 えっと、クロエさんはちょっと……暗殺専門よりは真正面からガチンコで殴り合ってくれるルノアさんと組みたい。と言っても本人は来れないだろうし、名前だけ借りたいんだよ。

 

「依頼内容は詳しくは話せませんが、名前だけでもお借りできればな、と」

「……私が行かなくても良いって事?」

「そうです。【黒拳(こっけん)】のファウストと言う名前だけ借りれれば良いんです。無論、報酬もしっかりと用意しますし……えっと、金額次第ですけど雇い主に請求できますんで」

 

 うーんと顎に手を当てて考えるルノアさん。彼女の横でクロエさんがギャーギャーと喚きだした。

 

「どうしてミャーを無視するニャ!」

「えぇっと……どちらかと言うとルノアさんの方が適任ですし。暗殺者を前面に押し出すのは不味いでしょう?」

「…………それも情報屋?」

 

 【黒猫】のロロ。一時期にオラリオ内で数多くの冒険者を手にかけた暗殺者であり、かなりの実力者。彼女も同じく最後の依頼を受けて以降、姿を消した名のある人物である。クロエ・ロロ……隠す気ゼロなんだから割れて当然というか、隠さずとも堂々としてられるからなぁ。

 この豊穣の女主人の後ろ盾がとてつもなく強大だし。無論、脅すなんて真似はしない。だって潰されてお終いだろうし?

 

「んー、別に名前を貸すぐらいならまあいいんじゃない? 私自身がいかないといけないとかだとミア母さんが怖いし」

「ニャんでミャーじゃニャいニャ」

 

 だからクロエさんは暗殺者。正面切って喧嘩売るタイプじゃないでしょ。

 

「では、名前を貸して頂けると? 報酬はいくらぐらいを希望しますか?」

「……そうねぇ」

 

 このままさくっと交渉を終わらせて帰りたい気分である。時間帯的に迷宮探索を終えた冒険者が来るまであと一時間も無いだろうし。もしミアさんに見つかるとバイトさせられそうだ。

 金額を悩み始めたルノアさんを他所に、クロエさんがむむむーと唸っているが。何度も説明するが正面切って殴り合いになりそうになった場合、暗殺者の肩書よりは賞金稼ぎ、喧嘩屋に近いルノアさんの名の方が力があるからクロエさんの方には申し訳ないがいらないんだが。

 

「にゅっふっふー」

 

 唐突に聞こえた含みのある笑い声。ルノアさんとクロエさんが同時に振り返ったのを見て、俺もルノアさんの脇の下から声の出処に視線を向ければ、手にトランプの束を持ったアーニャさんが含み笑いをしていた。

 

「あれ、アーニャじゃん。何してんのよ」

「話は聞かせてもらったのニャ。このアーニャ様に妙案があるニャ」

 

 胸を張って宣言するアホ猫様。いや、なんでトランプを持ってるのか予測もつかないし、彼女────アーニャ・フローメルの言う、妙案とやらについてできれば聞きたくはないんだが。

 

「此処にトランプがあるのニャ────これで勝負すれば良いのニャ!」

 

 ビシィッと突き出されたトランプ。何故に勝負なのか、これがわからない。

 ルノアさんとクロエさんの呆れた様な表情がアーニャさんに突き刺さり────二人は視線をこちらに戻した。

 

「それでさ、金額なんだけど」

「ミャーの名前も貸してやるニャ。だから金寄越せニャ」

「おミャーら無視するんじゃないニャ!」

 

 尻尾をピンッと立てて叫ぶアーニャさん。いや、なんか話がややこしくなるからアーニャさん黙っててくんないかな。と言うかクロエさんは諦めてくれ、頼むから。

 

「はいはい、わかったから。アーニャは黙ってて」

「そんニャ! 酷い!」

「ミャーの名前も相当売れてるニャ。使えば其処らの雑魚は皆尻尾巻いて逃げてくよ」

 

 女が三人よれば姦しいとは言うが、少し騒がし過ぎる。ルノアさんと二人っきりで話を進めたかったな……タイミングを考えるべきだったか。

 

「ニャから、トランプで賭けをすれば良いニャ────ミャー達が勝ったら、この後店を手伝ってもらうニャ。その代わり、ミリアが勝ったらルノアの名前もクロエの名前も好きにしていいニャ」

「いや、それだと私が不利なんですけど」

 

 負けたら名前使えなくなるとか困るんですがソレは。というかトランプで遊びたいだけなんじゃなかろうか。

 

「……ってアホ猫は言ってるけど、ミリアはどうする?」

「ルノアさん的にはどうです?」

「んー、そうだね。お金は良いや、その代わりにお店の手伝いに入ってくれると楽かも」

 

 ついでに俺目当ての神様連中が店に入ってくれてお金を落として行ってくれるし、だそうだ。

 

 

 

 テーブルに用意されたのは普通のトランプである。

 スペード、ハート、クラブ、ダイヤ四種各13枚で計52枚のカード、+αとしてジョーカーが1枚。用意されたのは何の変哲もない俺の知るトランプと同じモノだ。小細工などは見て取れない。

 

「では、確認しますが……この賭博(ゲーム)に参加した時点で【黒拳(こっけん)】と……ついでに【黒猫】の名を使う許可を得られる、と」

「ついでって何ニャ、ついでって」

 

 別にクロエさんの通り名はいらないですし。欲しかったのはルノアさんの方だしね。

 

「それで、私が勝った場合は何も無し。三人の内だれか一人でも私に勝った場合は……この後、お店の手伝いを行う、と」

「最も勝った奴の仕事の手伝い、ニャ」

 

 あぁうん、其れで良いよ。

 ────と言うかさ、ルール聞いた時点で分かってたよ。

 この娘達、全員で俺を嵌めようとしてやがる。互いに目配せをしあって今晩の仕事の手伝いをさせる気満々じゃねぇか……まあ、乗るけど。

 参加した時点で目的達成されるし、店の手伝いに関しても裏方の皿洗い限定であれば文句はない。

 賭博(ゲーム)の種類はドロー・ポーカー。アーニャさんがなんか喚いてたが知らん。手役(ハンド)の強弱は俺の知るモノと同様。ワイルドカードであるジョーカーが入ってるのが少し気になるが、まあいい。

 

「ワイルドカードは有り、ですか」

「ま、皆でやるときはいつもこのルールだよ」

 

 賭札(チップ)の代わりにクッキーを使用する。

 特殊規則(ルール)としては降りる(フォールド)する際には参加費(アンティ)の二倍の賭札(チップ)を支払わなければならない。というモノがあるが、時間をかけないための変則的な代物だ。

 何気に乗り気のルノアさんと、にっしっしと黒い笑みを浮かべるクロエさん。そして何か絶望した様な表情を浮かべたアーニャさんに、薄く微笑みを張り付けた俺。

 まあ、別に負けても損は……無くはないが、問題はないので遊び感覚で良いや。どうせ負けるだろうし。

 

進行役(ディーラー)は反時計回りで良いですね」

「オッケー、じゃあまずはニャーから始めるニャ」

 

 初回の進行役(ディーラー)はクロエさん。綺麗にカードを配っていく。元暗殺者と言うのは伊達ではない様子で、手先はかなり器用みたいだ。

 ボケっと配られるカードを見ていると、彼女は慣れた手付きで────ボトムディールしやがった。

 

「あの、クロエさん」

「何ニャ?」

「……今、ボトムディールしましたよね」

 

 指摘した瞬間、クロエさんの滑らかな動きが若干乱れる。ルノアさんの眉間にしわが寄り、アーニャさんが口を開いた。

 

「その、ボトムなんちゃらって何ニャ?」

 

 通常なら一番上のカードを配っていくのだが、自身の手札だけは山札の一番下のカードを配る。そうする事であらかじめ用意しておいた手役(ハンド)を自身の手元に持ってくる事が出来る訳だ。要するに、イカサマだ。

 

「クロエさんがイカサマしてたって事ですよ」

「イカサマニャんてズルいニャ!」

「ニャんの事かニャァ? ミャーには良くわかんニャ────」

「イカサマ上等の賭博(ゲーム)なら、私もイカサマしますけど良いですよね?」

 

 こっちも全力でイカサマしてくぞ。具体的には、結晶竜(クリス)の力とか使っちゃうぞ? ええんか?

 

「……クロエ、イカサマは無しって話だよね?」

「はぁ、わかったから睨まないでってば……ニャア」

 

 もう一度配られたカードを回収し、念入りに切り混ぜ(シャッフル)していく。────いや、ごく自然過ぎて気付きにくいが、フォールスカットまで駆使してんじゃねぇよ。もうイカサマする気しか感じられないぞ。

 

「クロエさん────進行役(ディーラー)禁止で良いですかね」

「これはミリアを試しただけニャ……チッ」

 

 へらへら笑いながらも舌打ちするとか器用だな。もともと無かったクロエさんへの信頼が消し飛びそうだ。

 

「またイカサマかニャ!」

「何? 今度は何した訳?」

「フォールスカット、簡単に言うとカードを切り混ぜ(シャッフル)してる様に見せてその実、全く並びが変わらない技術(テクニック)ですね。手品師が良くやる奴ですよ」

 

 もうクロエさん手品師にでもなればいいんじゃないかな。

 トランプを使った手品の技術(テクニック)はイカサマに応用しやすいし、一目見ても初見じゃわからんしな。

 

「クロエ! おミャー、まさかニャーとの勝負の時、ずっとイカサマしてたんじゃないかニャ! おかしいと思ったんだニャ。皆と賭博(ゲーム)するといつもミャーが負けてたニャ。それもこれも全部クロエがイカサマしてたからに違いないニャッ!!」

 

 椅子を蹴倒してビシッとクロエさんを指さすアーニャさん。アホそうだしイカサマし放題だった可能性はゼロじゃなさそうだが。

 

「いや、アーニャとやってるときはイカサマは使ってないけど────使わなくても余裕だし」

 

 フギャーッ、ミギャーッとアーニャさんとクロエさんが騒ぎ出す。まるで発情期の猫みたいだな。

 とりあえずクロエさんを進行役(ディーラー)にしてると話が進まないので別の人にしよう。俺は────あ、ダメだな。手が小さすぎてイカサマのしようがネェ。

 クリスに協力して貰えば楽々勝利できるが……それは最後の手段だし、もともと負けても良い感じで行こうと思ってたし流石にクリスは卑怯過ぎる。

 

「じゃあ進行役(ディーラー)は私がやるね」

 

 ルノアさんが進行役としてデッキを切っていく。一応、手慣れてはいるみたいだがフォールスカットしてる訳でも、ブレイクしてる風でも無さそうだ。そういった小細工は行わないのは良い事だ。

 開始からかなり経ってから、ようやく手元に手役(ハンド)のカードがそろった。

 伏せられた其れを手にし、役を確認すると────ううん、微妙。ワンペアだな。

 

「にゅっふっふ……」

 

 アーニャさんの顔がニヤけてる。クロエさんは薄く微笑みを浮かべ、ルノアさんは無表情。

 アーニャさんが欺瞞(ブラフ)出来る感じの人ではないので、強い手役(ハンド)になったのは確定か。いや、どうだ? とりあえず初回は降りるか。賭札(チップ)も数がある訳じゃない。

 回数次第だが、せいぜいが十回かそこらが良い所だろう。接戦になる訳でも無いしな。

 

 

 

 落ち着いた雰囲気で手札に目を通すミリア・ノースリスと言う小人族(パルゥム)の中でも小柄な少女を見据え、クロエは小さく溜息を零した。

 シルが居る時には絶対に使えないであろう小手先程度に過ぎない不正(イカサマ)をしてみれば、まるで全てを見通す様に彼女が指摘してくる。

 どのみち、ミリアに皿洗いをさせる為に三人で彼女の所持賭札(チップ)を削り取る作戦を即席で立ててはいた。が────上手くいっていない。

 と言うよりは、どこぞのアホ猫が足を引っ張っている。

 

「ニャァアアアッ!! また負けたニャァッ!?」

 

 ルノアが顔に手を当てて深い溜息を零しているのを尻目に、ミリアを伺えば半笑いでアーニャの賭札(チップ)であるクッキーを自らの皿に移していた。

 既にアーニャは次の賭博(ゲーム)の時点で参加費(アンティ)賭札(チップ)が底を尽きる。つまり次のアーニャの手役(ハンド)が強くない限り、確実にアーニャの負けでこの勝負は終わる。

 

「……ミリア、もしかしてアーニャだけ狙い撃ちにしてない?」

「あ、わかります? なんかシンプルにわかりやすかったんで、一人狙い撃ちでさっさと沈めてしまおうかなと」

「ミリアの性格が悪いニャ! 性悪ニャ!」

 

 ミリアが苦笑しつつも、進行役(ディーラー)であるルノアに流し目を送る。

 ルノアと視線を交わし合うも、打つ手なし。拳で解決する脳まで筋肉のルノアに自身と同じ様な技能を求めるだけ無駄だ。自身が進行役(ディーラー)であればアーニャの手役(ハンド)を操作できるが、無理だろう。

 配られた手役(ハンド)を目にし────アーニャの目が死んだ。

 

「これで勝負あり、ですかね」

 

 ミリアの呟き。彼女の手元にはそこそこの量の賭札(チップ)。当然、全賭札投入(オール・イン)なんて馬鹿な真似はしてこない。堅実に小出しにして勝負してくるその姿勢、アーニャと言う足手纏いさえなければ皿洗いをさせれたはずの彼女は、最初から最後まで()()()()()()()()()()()()賭博(ゲーム)を終えた。

 

 

 

「最初に所持賭札(チップ)が尽きたのはアーニャさんですね」

「ニャ……ニャア……」

 

 テーブルに伏せて涙を流すアーニャさんを他所に、他二人が頭を抱えていた。

 

「アホ猫を仲間に引き込むんじゃなかった」

「こいつさえ居なけりゃ勝てたニャ……」

 

 いや、欺瞞(ブラフ)仮面(ポーカーフェイス)も出来ない人を味方に引きずり込むなよ。

 こっちの欺瞞(ブラフ)に頭から突っ込んできて破滅していくアーニャさんは良い鴨過ぎたんだ。おかげで普通にやっても勝てた────アーニャさん居なかったら、確かにクロエさん辺りに競り負けてた可能性はある。

 ルノアさん? 彼女もそこそこわかりやすかった。

 

「と、言う訳で……約束通り名前はお借りしますね。それで皿洗いの件ですが」

「アーニャがやるって事で」「言い出しっぺだし、負けたし」「酷過ぎるニャア……」

 

 ま、余裕過ぎって感じだな。

 名前を借りる事も出来たし────ついでにクロエさんの名前も借りれたが、こっちは使う予定はない。

 このまま手伝わされる前に、帰るかな。そう思って席を立とうとした所で、店の奥から端麗なエルフのリューさんと、町娘の様な雰囲気のヒューマンの女性シルさんが出てきた。

 

「ミリアさん、来ていたのですか……三人は何を?」

「ミリアさん、こんにちは。皆さんで……賭博(ゲーム)してたんですか?」

 

 テーブルの上に置かれたトランプとクッキーを見て察したらしいシルさんが笑みを浮かべて質問を飛ばしてきた。まあ、俺は用事も済んだし帰るんだが。

 

「ミリアがミャーをイジメたニャ!」

「いや、アーニャがミリアの欺瞞(ブラフ)に引っかかりまくっただけじゃん」

「そうニャそうニャ! アーニャが居なけりゃミリアに皿洗いさせれたニャ!」

 

 騒ぐ三人を他所にシルさんが俺の対面の席に座る。

 

「ミリアさん、私とも勝負しませんか?」

 

 透き通る様な、心の奥底まで覗き込んでくる様なその瞳に見据えられ────即座に肩を竦めた。

 

「いえ、もう要件も済みましたし、それにもう時間ですよ?」

 

 時計を見れば、もうそろそろで夜だ。後少しすれば酒を求める冒険者がなだれ込んでくる事だろう。

 そして何より、シルさんと勝負したら負ける気がする。目を見ただけで何でもかんでも見抜いてきそうな感じあるし。超怖い。

 

「そうですか、それは残念です……」

「また機会があれば────」

「では明日にしましょう」

 

 はい? いや、ちょっと待ってほしいななんて。

 

「明日、お昼前にお店に来てください。そこで勝負しましょう」

 

 ニコニコ笑顔で宣言してくるシルさん。仲間外れにされて賭博(ゲーム)されたのがそんなに気に食わなかったのだろうか。横でリューさんが呆れた様な表情を浮かべつつも、補足してくれる。

 

「ミリアさん、シルがこう言ってますし────明日はお願いします」

 

 リューさんはシルさんの味方だしね。

 しかし、彼女との勝負はしたくないんだが……まあ、リューさんには世話になったし、明日は普通に勝負するか。

 イカサマはー、無しで。シルさん相手に欺瞞(ブラフ)とか仮面(ポーカーフェイス)とか通じる気が全くしないんだが……。

 

 

 

 

 

 明日にはガネーシャファミリアの方へ連絡を入れて、そのあとに一応『豊穣の女主人』に顔を出してシルさんと勝負。他にも色々しなければならない事があるな。

 考え事をしつつも、ヘスティアファミリアが臨時で泊っている宿に戻ってくると、宿の一階部分の食堂に皆が集まっている姿があった。

 

「ミリア様、おかえりなさい」

「おお、ミリア君。帰ったのかい」

 

 とてとてーとヘスティア様に近づいて、そのまま腕の中にすぽっと納まる。ぎゅっと抱きしめて貰ってから周囲を見回せば、ベルやヴェルフはテーブルの上に集中していた。ミコトがテーブルの上の羊皮紙を睨んでいる。

 

「ただいま帰りました、とベル達は何をしてるの?」

「ん? ああ、おかえりミリア。本拠の状態の報告書を読んでたんだ」

 

 『廃教会』の方の片づけはほぼ終了したのだが、移転先の元アポロンファミリア本拠は目も当てられない状態。それに関しての報告書らしい。

 内容は屋敷内の一部の柱なんかの完全な取り換えの必要があるといった、大規模な改築が必要な個所についてと、アポロンの彫像の破棄方法。それから────派閥(ファミリア)徽章(エンブレム)について。

 本拠の門に刻む徽章(エンブレム)が必要だが、ヘスティアファミリアにソレが無い。早めに決めといてくれ、だそうだ。

 

「そういえば、まだ僕たちのファミリアにはエンブレムが無かったんだよね」

「そう、ボクたちヘスティアファミリアを示すエンブレムも決めないといけないんだ!」

 

 んで、エンブレムを決めるにあたって俺の事も待っていてくれた。と……ふぅむ。

 

「エンブレムの案はあるのですか?」

 

 念願ともいえるファミリアのエンブレムを掲げられるという事でベルがワクワクしている様子なのを見て微笑ましく思いつつも、ヘスティア様に尋ねる。

 多分、というかヘスティア様の事だから既にエンブレムの案自体はあるんだろう。

 

「ふっふっふ、任せてくれよ。もう考えてあるんだ」

 

 もったいぶるようにヘスティア様がごそごそと羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。丸められていて中身は見えない。全員が頭を突き合わせてテーブルを覗き込む。

 留め紐を解き、丸められた其れを広げていく。

 

「鐘と、竜?」

「それを結ぶ、炎?」

 

 大きな鐘と、翼を広げた飛竜。その二つと重なり合う、いや結び付ける炎。

 ミコトとヴェルフ、リリの三人が何かに気付いた様に俺とベルを交互に見て、呟く。

 

「これは、炎……」

「ヘスティア様の象徴は護り火」

「鐘はベル様で、竜はミリア様ですか」

 

 テーブルの上に広げられ、魔石灯の光で照らし出された、その絵。鐘と竜を結び付ける様に広がる炎。

 意味を語る必要はないだろう。

 

 ────皆が囲む羊皮紙には『鐘と竜を結ぶ炎(ヘスティア・ファミリア)』のエンブレムが刻まれていた。




 ヘスティアファミリアのエンブレム決めてない事に気付いて大慌てで考えた。
 結果『鐘と竜を結ぶ炎』のエンブレムに決定。
 女神ヘスティアによって結び付けられた、家族のエンブレムですな。



 にしても、アポロンへの罰が『ハゲ』である事に皆が納得したのは意外だなって個人的に思いました。
 やれ拷問だー、やれ手足を捥ぎ捥ぎしようぜー、って感想の方でちらほら上がってましたし、にじふぁん時代のゼロ魔の王水を思い出させる状態でしたので(震え声)
 とにかく、若干ネタに走った感じのハゲが受け入れられて本当に良かった。王水ぐらいの奴じゃないとダメって言われたら…………消えてましたね。わたしが。
 残虐で(グロ)気狂いの(サイコ)恐怖(ホラー)は胸焼けするんでもう二度と見たく無いです(トラウマ)

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