魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一三九話

 唐突だが、『精神疲労(ストレス)耐性』というモノをご存じだろうか。

 これは『ミリカン』のアニメ版放送終了後に実装された一部遊戯種別(ゲームモード)で実装された数値である。

 アニメ版の主人公であるニンフ型の少女の立場となり、プレイヤーはアニメ版での戦いに参加するモノだ。

 各キャラクターの限界値を超えた状態で条件(トリガー)を満たすと『精神異常』を引き起こすという特殊な規則(ルール)が追加されており、他のアニメ版登場の登場人物達の精神状態を維持しつつ戦わなくてはいけない面倒な種別(モード)であり、実装当初は不評だった代物だった記憶がある。

 

 『精神疲労(ストレス)耐性』が一番低い『ドリアード・サンクチュアリ』型に至っては銃声を聞いただけで頭を抱えて涙目でプルプル震え出し、回復魔法を使ってくれなくなったりする。まあ、耐性が低い人物(キャラ)は簡単に精神異常を治せるのだが……最弱のサンクチュアリは話しかけるだけで治るし。

 というかそこそこ耐性が高い登場人物(キャラクター)も銃で撃たれれば当然精神疲労(ストレス)値が上がるのでちゃんとケアしてあげないと、すぐに『精神異常』を起こして余計な事しでかすのだ。

 

 んで、精神疲労(ストレス)耐性がぶっ飛んで高い登場人物(キャラクター)と言うのが、『クーシー・アサルト』と『フェアリー・ドラゴニュート』の二人。

 アサルトの方は、アレは黒幕側の娘で、司令部の秘密を知った魔法少女を排除する『抹殺屋(イレイザー)』として働く傍ら、仲間が秘密を知らない様にそれとなく忠告して回ってたから耐性は高いだろう。

 それにドラゴニュート、ミリアちゃんは元々精神的に滅茶苦茶強い。それこそ銃で撃たれようが手足が捥げようが精神疲労(ストレス)値が微動だにしないレベル。つまりミリアちゃんは精神疲労(ストレス)に強い。

 ────特定条件を満たさなければ、絶対に精神異常になったりしないのだ。仲間の死亡(特定条件)さえ、満たさなければ……。そう、強いはずなんだが。

 

 先ほどの会話の内容を思い出す度に胃が痛くなってくる。『ガトリング・マジック』で敵部隊を薙ぎ払い。『近接武器(薙刀や大剣)』で戦闘機をぶった切り。手足が捥げても動揺せずに戦闘を続ける精神力を持つ、最強の竜人(ドラゴニュート)が聞いて呆れる。

 いや、今の俺は小人族(パルゥム)であって竜人(ドラゴニュート)じゃないんだけど。それに原点(オリジナル)じゃなくて劣化複製(クローン)人造模倣(ホムンクルス)の方だろうしな。

 

「ノースリス、どうする……」

「とりあえずギルド長を問い詰めましょう」

 

 賭博場(カジノ)広間(フロア)に並べられた賭博(カジノ)(テーブル)を見て回り、豚エルフことギルド長ロイマン・マルディールを探している所である。

 クレイティア・サークリッジ殿と【白い羽】カルロス殿はヤバい。神ウラノスのひた隠しにしていた異端児(ゼノス)について知っていたり。もう色々とヤバい二人にはとりあえずバーカウンターの所で待っていてもらう様にお願いしている。

 まずすべきことは一つ。豚エルフの抹殺、もとい彼との話し合いである。

 

「ノースリス、あそこにいるぞ」

 

 シャクティさんに示された賭博(カジノ)(テーブル)の一つ。椅子(スツール)に腰掛けてブラックジャックとしゃれこんでいるらしい。

 体重で軋んでいる椅子(スツール)を蹴っ飛ばしてこけさせてやろうかと悪戯を思い付くも、話が拗れるのでやらずに近づき、声をかけた。

 

「ギルド長、少し話があるのですが」

「なんだ、もう話は終わったのか」

「いえ、実は────」

 

 クレイティア嬢のしでかした色々なモノについて賭博(ゲーム)に興じるギルド長に囁き伝える。

 ベディヴィス公爵が死んでいると伝えた瞬間、椅子(スツール)を蹴倒してギルド長が立ち上がった。

 

「な、何ぃっ!?」

「声がデカいです」

 

 それなりに話声等で騒がしい広間(フロア)に椅子を蹴倒した音が響いて注目を集めてしまう。もっと落ち着いてくれよ……というかやっぱり知らなかったのか。

 ギルド長が慌てた様に愛想笑いしつつも賭博(ゲーム)を中断して場を後にする。

 隅の方に移動して更に詳しく説明していく、というかギルド長の話を聞く。

 

「で? 賄賂受け取って私と会わせたって本当ですかねぇ」

「おまえには関係ない、一介の冒険者がそんな事気にしてどうする」

 

 うわぁ、コイツ……言うに事を欠いて……いや、というかギルド長やい。アンタ本当に大丈夫なのか?

 サークリッジ家がやらかそうとしてた政治的理由での迷宮都市(オラリオ)の冒険者の雇用ってのはギルドが禁じている違法行為でしょうに。それを事もあろうにギルド長が助長するとか信じられんぞ。

 

「待て、何の話をしている」

 

 はぁ? ギルド長がベディヴィス殿から賄賂貰ったんでしょ?

 彼ら、親子喧嘩を国内で滅茶苦茶やってて、それの収拾付ける為に冒険者に依頼出そうとしてたんだし。それを助長するとか完全にギルドが定める法を無視してんじゃん。

 

「馬鹿な、儂はただ竜を従える者(ドラゴンテイマー)に会いたいとしか聞いていないぞ!」

 

 じゃあ何か、賄賂貰ってただ会わせるだけで良いとか思ってたのか。というか都市外の出来事に対して無頓着過ぎひん……いや、サークリッジ家が上手く隠していたのか。

 それはともかく、このままだとギルド長が都市外の政治抗争に迷宮都市(オラリオ)の冒険者を向かわせようとしたとか言われるけど大丈夫? 普通に政治的介入って取られて周辺国家からいちゃもん付けられるぞこれ。

 

「不味い……まだクレイティア殿は大賭博場(カジノ)に居るんだな?」

 

 青ざめたギルド長を引き連れ、一角にあるバーへと足を運ぶ。

 このままだとヘスティアファミリアがサークリッジ家のベディヴィス陣営に加担したと取られ、グリディア陣営から攻撃されかねない。ギルド長に至っては国外の問題に対し都市の戦力(冒険者)を差し向け、政治的介入を行ったとして立場を失いかねないという危険な状態。というか【白い羽】はどうしてサークリッジ家に協力できてんだよ。普通に違反行為じゃん、取り締まれよ。

 

「もしかして、【白い羽】がサークリッジ家に雇われてるのってギルド長知って────」

「ノースリス、これはお前の様な一介の冒険者如きでは理解できない政治的な理由あっての事だ。それ以上口にすることは許さん」

「…………」

 

 賄賂ですねわかります。多分、賄賂受け取って黙ってたんだろうねぇ。【白い羽】もそこらへん理解しててのあの発言か……いや、理解してたかどうかは怪しいな。なんか『狙撃手』の想像(イメージ)からかけ離れた脳筋(バカ)な人物って感じなんだが。

 

 どうやって収拾を付けてくれるんですかねぇ。

 

「今からあの娘を拘束し、国に送り返す。それからサークリッジ家に対し今回の虚偽申請についてを追求する」

 

 …………。クレイティア嬢、処刑されね? いや、割と高確率で処刑される流れだな。

 というかむしろ彼女が死んでくれないと不味いんだよなぁ。後味は悪そうだがそうする他ないし仕方ないと割り切るか。

 

「それで、奴は何処に居る」

「ここら辺に────」

 

 待っててとお願いしたはずの二人の姿がバーカウンターの周囲から綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

 …………おぉっと? なんか胃が痛くなってき────違う、背中に嫌な汗が────いや、これはなんだ、なんか妙なフラグでも立てちまったか? なんで二人が居ない?

 

「ノースリス、本当にここで合っているのか」

「あってます、ええ……」

 

 会場が広い事もあって、バー自体は複数個所に存在すると言えばそうだ。しかしいくらなんでも場所を間違える事なんて無いはずなんだが……。

 周囲を見回して二人の姿を探していると、二人組の黒服が近づいてきた。片方が台車を押している。

 

「失礼、【魔銃使い】殿ですね」

「はい、そうですが。何か?」

 

 台車の上に置かれた箱には賭札(チップ)が山ほど入っている。そして────宝石箱も乗ってる。

 俺の見間違いでなければ、クレイティア嬢が持っていた物と全くうり二つの代物だ。

 

「サークリッジ様より言伝を預かっております」

 

 こと、づて? ことづて、言伝とはなんだ? 食べられるのか? 今はお腹が空いてる訳でも無いのでいらないのだが。それよりも二人は何処へ?

 

「ノースリス、落ち着け。その言伝とはなんだ?」

「はい、此方の賭札(チップ)と荷物の方は差し上げます。と……」

 

 いや、いやいや、本人達は何処に行ったんだよ。なんで賭札(チップ)の山と宝石箱残してくんだよ。

 

「それが、人が多くて守り辛いから先に帰る。と」

 

 …………ああ、そう。そっかぁ、人が多いもんねぇ。暗殺者とか紛れてても分かり辛いもんねぇ。そうだよねぇ~、やっぱもっと人が少ない方が守りやすいよねぇ~~…………こっちの都合考えてくれないのね。

 帰ったのね。帰った……言伝頼んだからオッケーとか思ってそうだね。馬鹿だね、死ね。

 

「では、此方の方はお渡ししておきますね」

 

 わぁい、賭札(チップ)がいっぱーい。金額で言うといくらぐらいなんだろ……どうでも良いけど、これってアレよね、傍から見ると報酬とか賄賂とかになりそうよね。

 黒服の職員二人が持ってきた台車を受け取り、その一番上にちょこんと乗せられた宝石箱を開けて中を覗くと、案の定というか『純白の風切り羽』が入っていた。これは、あれじゃな? 奴ら依頼を強制的に押し付けてきやがったな? あの話を聞いたうえでこれを捨てるのは忍びないと思わせてから、押し付けて逃げ帰るとか……最低下劣な手段に出やがった。

 

「で、ギルド長どうすんですかこれ」

「な、馬鹿を言うな。お前がしっかりと引き留めておかないから!」

 

 今から追いかければ間に合うか? いや、一度最大賭博場(グラン・カジノ)を出てしまうと再入場できなくなってしまう。そうなるとガネーシャファミリアからの依頼が……でもクレイティア嬢を捕まえなくては……。

 

「えぇい、少し待っていろ」

 

 ギルド長が壁際で立っていたギルド職員の制服を着た調整員らしき人物に話しかけている。数分もすれば、話しかけられた人物が慌ただしく駆けていき、ギルド長が汗をぬぐう仕草をしながら戻ってきた。

 

「これで良い。とりあえず彼女達には一度ギルドに来てもらう様にした」

「で、どうするんです?」

「今回の依頼について、別の物とすり替える」

 

 当然、都市外の政治的な抗争に冒険者を介入させるなんて馬鹿な真似は許さん、と。代わりに迷宮(ダンジョン)で回収できる貴族好みな物品を集めて欲しいという依頼をしたとすり替えさせるのだという。

 今回の件においてはギルド長も賄賂受け取り済みで、受け渡した対象が既に死んでいるらしい事から騒ぎ立てても余計な事にしかならないので、その娘が珍しい品を欲して【魔銃使い】に依頼を出した。という形に収めるらしい。

 

「……つまり、後はギルド長に任せれば良いと?」

「いや、お前には依頼を一つこなして貰う事になるだろうな」

 

 はぁ? ギルド長が賄賂につられてサークリッジ家を迷宮都市(オラリオ)に招いたのが原因じゃん。なんで俺が尻ぬぐいしなきゃならんのだ。

 

「儂も騙されておったのだぞ」

 

 いや知らんがな。というか貴族が興味もちそうな希少(レア)な品を持ってこいって、それって中層、大樹の迷宮以降の品だろ。無理ではないが長期間の探索になると負担がヤバいし無理なんだが。

 

「お前は結晶竜(クリスタル・ドラゴン)調教(テイム)しているだろう。その竜に『結晶花』でも作らせれば良かろう」

 

 ダンジョン中層部中間地点、十八階層より先の『大樹の迷宮』内で極稀に見つかる、結晶で形作られた花というのがあるらしい。『結晶飴(クリスタル・ドロップ)』と並んで貴族が好む品としては十二分らしい。

 それをギルドに引き渡し、冒険者依頼(クエスト)完了手続きを行って本国に報告。クレイティア嬢には口を酸っぱくして注意しといて……うぅん。

 

「賄賂の何割かこっちに寄越してくださいよ」

 

 迷惑料寄越せと要求したらギルド長が表情を歪めて俺の後ろを指さす。

 

「それだけあれば十分だろう」

「…………」

 

 俺の後ろでシャクティさんが押す台車に乗せられている賭札(チップ)の山。少なくとも二〇〇〇枚はあるだろう。後、『純白の風切り羽』入りの宝石箱。これは完全に呪いの品状態。可能なら投げ返してやりたいのだが……。というかこれで我慢しろって事か?

 

「全く、今日はとんだ厄日だ……お前はガネーシャファミリアの依頼があるのだろう。もう行って良いぞ」

「……貴方の所為なんですがねぇ」

 

 後はギルド長がなんとかしてくれるらしいので丸投げで良いか。これ以上噛み付いても仕方ないし……。

 とりあえずクレイティア嬢から譲り受けた賭札(チップ)だけだと貴賓室(ビップルーム)に入れるか微妙だ、そこらで適当に稼ぐ……んむ。そうだな。

 

「ギルド長」

「なんだ、もうお前に用はないぞ」

「私と賭博(ゲーム)しませんか?」

 

 後ろでシャクティさんが驚いているが、別に良いじゃろ。

 ちょろっと賭札(チップ)を巻き上げるだけじゃないか。

 

 

 

 

 

 賭博(カジノ)(テーブル)に着く人々の背を見ながら、シャクティ・ヴァルマはミリアに問いかけていた。

 

「本気なのか?」

「何がです?」

「ギルド長と賭博(ゲーム)だなんて」

 

 ドレス姿でクスクスと小さく笑った少女。彼女が今から挑む賭博(ゲーム)の種類は『クローズド・ポーカー』の『ファイブカード・ドロー』だ。追加規則(ルール)で『ポーカー・トーナメント』となっている。

 シャクティが懸念しているのは彼女が賭博(ゲーム)出来ないと言った事ではなく、相手が悪い事についてであった。

 ギルド長、ロイマン・マルディールという男は一世紀の間に渡ってギルドを支え続けたエルフである。まかり間違ってもそれは事実だ。たとえ豚と罵られる様な見た目をしていようが、彼は腹芸や策謀に秀でている。

 それこそ、欺瞞(ブラフ)仮面(ポーカーフェイス)等は当たり前に出来るだろうし。それこそ派閥を率いるシャクティですら何を考えているのか見抜けない程だ。

 目の前の小人族(パルゥム)がその辺りに長けているとは聞いているが、それでも一世紀にもわたってギルド長を務めた彼に敵う程なのかと疑問を覚えた。

 

「んー……そうですね。不正(イカサマ)するんで余裕ですよ」

「……おい」

 

 笑みを浮かべた彼女の返答に思わず引き、同時に秩序を守るべき派閥の長として一言注意すべきかと口を開くより前に、ミリアが続ける。

 

「今の貴女は『黒拳(こっけん)』のファウスト。ただの雇われです」

「だがな」

「では、こうしましょうか」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ミリアは条件を提示した。

 この賭博(ゲーム)中に自身の不正(イカサマ)が他の参加者(プレイヤー)進行役(ディーラー)によって暴かれた時点で終了。その場合は誠意をもって謝罪する事。

 それでも不正(イカサマ)はやめるべきだと主張するシャクティに対し、彼女はむしろこうでもしないと効率的に賭札(チップ)を集められず、ガネーシャファミリアの調査の方にも影響を与えかねない等、最終的に言いくるめられてしまった。

 

「では、いきますかね」

「何をしているノースリス、早く席に着け」

 

 ポーカー用の賭博(カジノ)(テーブル)

 一人当たりの所持賭札(チップ)は五〇〇枚。参加費(アンティ)で一〇枚、上乗せ(レイズ)で一〇枚、上限額無し(ノー・リミット)

 参加者はギルド長とミリアの他に周囲に居た貴族が一人、商人が一人、神が一柱。計五人での賭博(ゲーム)となる。

 

「まず確認ですが。この賭博(ゲーム)に敗北した人は所持している賭札(チップ)を全て巻き上げる、この規則(ルール)に間違いないですかね」

「代わりにミリアちゃんが負けたら三食首輪付きで!」

「私は『再生薬』の取引権利を」

 

 彼らの言葉に笑みを浮かべて応えているミリアを見て、シャクティは背筋を震わせた。

 ミリアが敗北した場合、貴族は『竜の剥製』を、商人は『再生薬の取引権』を、神は『ミリアの身柄』を、ギルド長は『再生薬の取引で生じた利益の三割』を……代わりに、ミリアが勝った場合は彼らが持つ賭札(チップ)を全て巻き上げるという条件を付けたのだ。

 よもやギルド長だけに限らず、商人や貴族まで巻き込むとは思ってもいなかったが、何より嘘が通じない神すら敵に回して不正(イカサマ)で勝つ等と自信満々に答えるミリアを信じて良いものかシャクティが言葉を失うなか、賭博(ゲーム)は開始する。

 

「まずは切札(トランプ)の確認を、不正(イカサマ)なんてされても困りますしね」

 

 進行役(ディーラー)切り混ぜ(シャッフル)する前に切札(トランプ)を客の前に見せる。綺麗に並べられたそれらが、同じ札が二種類無いかや、欠けた札が無いか等、全員が目を皿にして確認する。

 裏側の絵に細工がされていないかも確認したところで、ミリアが口を開いた。

 

「あ、開始前に一つ確認を────私、欺瞞(ブラフ)とか仮面(ポーカーフェイス)とかって()()()()()()。なので()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 彼女の質問に商人とギルド長が失笑を零し、神と貴族が小さく頷く。

 

「ええ、構いませんとも」

「別に良いよ!」

 

 許可が取れた事を確認したミリアが、参加費(アンティ)置き場(ポット)に置く。他の皆も参加費(アンティ)を置いたのを確認した進行役(ディーラー)切り混ぜ(シャッフル)し始めた。

 

「では、(カード)を配ります」

 

 一人五枚。計二五枚の札が配布され、各々がそれらを捲り見ていく。

 シャクティの前に座るミリアの(カード)は『♦2 ♥5 ♠A ♦J ♣7役無し(ハイカード)だ。

 動作から予測すると言っていたからか、彼女は他の参加者(プレイヤー)を注意深く確認している。

 

「では、一度目のベッティングタイムです。右端の方からどうぞ」

 

 順繰りに各々の参加者(プレイヤー)が賭けていく中、五人目の商人だけが上乗せ(レイズ)を宣言し、残りが見送り(チェック)を宣言し、各々が札を捨て、新たに配られた札を見て一喜一憂している。

 ギルド長が不敵な笑みを浮かべて(カード)を見る中、ミリアが札を捨てる番が回ってくる。

 一切の迷い無く捨てる札を選択して場に出す。出したのは『♦2 ♥5 ♣7』そして引いた札は『♦J ♥J ♣J ♠J ♠A

 ミリアの手役(ハンド)がいきなり『同一数字四枚(フォー・オブ・ア・カインド)』にまで引き上げられた。その引きの強さにシャクティが驚愕する前で、ミリアが小さく溜息を零す。

 他の参加者(プレイヤー)全員が札の入れ替えを終え、二度目のベッティングタイムがやってくる。

 

降りる(フォールド)だ。ちくせぅ……」

「では私も上乗せ(レイズ)で」

同賭け(コール)

降りる(フォールド)です」

上乗せ(レイズ)にしましょうか」

 

 進行役(ディーラー)から見て左端に座った商人と、ギルド長の二人が上乗せ(レイズ)を宣言し、貴族が同賭け(コール)、ミリアと神が降りる(フォールド)する。

 その宣言にシャクティが眉を顰めた。『フォー・オブ・ア・カインド』は上位の手が『連続する数字かつ同一の絵柄五枚(ストレート・フラッシュ)』しかないにも拘わらず、ミリアは考慮する事すらなく降りたのだ。ここは勝負に出るところではないのかとシャクティが困惑するさ中、進行役(ディーラー)が全員が見送り(チェック)または降りる(フォールド)したことを確認し、場を進める。

 

「では手役開示(ショー・ダウン)

 

 勝負に出ていた貴族の手役(ハンド)が『同一数字三枚の上位(フルハウス)』、ギルド長が『ストレート・フラッシュ』、商人が『連続する数字五枚(ストレート)』。

 勝者はギルト長。悠々とした表情で彼が宣言する。

 

「いやぁ、常日頃の行いのおかげですかな。どうやら勝利の女神に微笑まれている様子ですな」

 

 はっはっはと腹を揺らして笑う彼がミリアに流し目を送るも、彼女は場に出された手役(ハンド)に視線を向けたまま無視している。

 二度目、三度目と賭博(ゲーム)が進行していくさ中、ミリアは基本降りる(フォールド)ばかりでちっとも勝負に出ようとしない。────不正(イカサマ)する気満々だったはずなのに負けを重ねる彼女に違和感を覚え始めた五度目の賭け(ディール)

 ミリアの手役(ハンド)は『♠10 ♣10 ♥10 ♣J ♥J』の『フルハウス』だった。

 十二分に強い手だが、また降りるのだろうと彼女を見ていると、ミリアは他の参加者(プレイヤー)をちらりと見てから、とんでもない事を呟いた。

 

全賭札投入(オール・イン)

「はぁ?」

「……ですから、全賭札投入(オール・イン)です」

 

 『フルハウス』は決して弱い手ではない。しかし不敵に笑うギルド長や、勝ち誇った表情の神等が居るさ中に今まで降りる(フォールド)しつづけた彼女が唐突に行った全賭札投入(オール・イン)に全員が表情を強張らせた。

 

「ノ、ノースリス殿? 正気ですかな?」

「負けたらこの時点で勝負が着きますが……」

「何度も言わせないでください。全賭札投入(オール・イン)です」

 

 意見を変える積りは無いのか、彼女は再度宣言を行う。いくらなんでも勝負を捨て過ぎではないかとミリアの後ろ姿を見ていると、他の参加者が一人、また一人と降りる(フォールド)していくさ中、商人が笑って口を開いた。

 

「確かに、賭博(ゲーム)開始前に欺瞞(ブラフ)が苦手と言っていただけはありますな。そんな下手な欺瞞(ブラフ)では誰も欺けませんぞ。私も全賭札投入(オール・イン)です」

 

 商人がミリアの挑発に乗った。この時点でどちらかの脱落が確定した。参加時所持掛札(チップ)すべてが失われた時点で敗北である。ミリアが負ければ、非常に大きな代償を支払う事になるだろう。

 

「では手役開示(ショー・ダウン)

 

 固唾を飲んで見守るシャクティの前で、流石に冷や汗を流しながら手札を開示する商人とは異なり、今まで通りに雰囲気を変える事無くミリアは手札を明かした。

 

 商人の手役(ハンド)は『♣7 ♥7 ♦7 ♠J ♦J』、『フルハウス』。

 ミリアの手役(ハンド)は『♠10 ♣10 ♥10 ♣J ♥J』の『フルハウス』。

 同じ種別の手役(ハンド)が揃った場合は上位の札を持つ物が勝つ。『7』より『10』の方が強い札であり────勝者はミリアと決まった。

 

「な……」

「勝負どころを間違えましたね。お疲れ様です、賭札(チップ)はそちらの私の護衛に渡しておいてくださいね」

 

 薄く微笑みを張り付けたミリアが商人に宣言する。普通なら少しは不安を感じさせるはずなのに、微塵も揺らがない雰囲気に貴族が身を強張らせ、ギルド長が目を細める。神だけは楽し気にニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 続く賭博(ゲーム)においても、ミリアは基本は降りる(フォールド)するが、時に全賭札投入(オール・イン)を宣言しては確実に勝利を重ねて行っていた。

 ミリアを除く全員が『彼女が全賭札投入(オール・イン)したら降りる』という方式が出来上がるさ中、シャクティは強い違和感を覚えていた。

 

 ミリアの手札は『♠5 ♦5 ♥5 ♠9 ♥9』の『フルハウス』だった。

 また勝負に出るのかと彼女を伺うと、彼女はいつも通りに『見送り(チェック)』をしてから、札の入れ替えに入る。そこまでは今まで通りだったが、其処から理解不可能な行動に出た。

 彼女は『♦5 ♥5 ♥9』を捨てたのだ。せっかくそろっていた『フルハウス』を完全に破壊する入れ替えにいくらなんでもおかしいと勘づき始めたシャクティの目の前で、ミリアが新しく配られた札を加える。

 『♠5 ♠6 ♠7 ♠8 ♠9

 『フルハウス』を崩すという理解できない入れ替えを行った結果、ミリアの手役(ハンド)は『ストレート・フラッシュ』になっていた。

 

「馬鹿な……」

 

 少なくとも、後ろから見ている限りでは彼女は不正(イカサマ)をしている気配はない。

 ミリアの小さな手では札隠し(パーム)もできないだろうし、そのほかの不正(イカサマ)進行役(ディーラー)でしか出来ないものばかり。入場時の身体検査でも札の不正持ち込みは確認できなかった。

 しかし、彼女は『スリー・オブ・ア・カインド』で全賭札投入(オール・イン)するという正気を疑う真似をして勝利したり、己の手役(ハンド)を崩して上位の手役(ハンド)を引き当てたり、運だけでは説明が付かないナニかをしている。

 そこまではわかるが、彼女がどうやって不正(イカサマ)をしているのかまでが、シャクティには見抜けなかった。

 

降りる(フォールド)で」

 

 また、確実に勝てそうな手役(ハンド)だというのに、ミリアは迷う様な素振りを一切見せずに降りた(フォールド)を宣言した。

 手役開示(ショー・ダウン)で開示されたギルド長の手役(ハンド)が『♦7 ♦8 ♦9 ♦10 ♦J』で彼女よりも強い手であり、勝負に出れば負けていたと後から理解し、うっすらとだが彼女がどんなふうに勝負しているのかだけは理解する。

 

「……手役(ハンド)を読んでいるのか」

 

 どんなに弱い手であっても他の参加者(プレイヤー)よりも強いモノなら全賭札投入(オール・イン)を宣言し、どれだけ強い手であっても他の参加者(プレイヤー)に敵わなければ降りる。

 どうやって他の参加者(プレイヤー)の手札を覗き見ているのかは不明だし、あからさまに()()()()()点等は説明が付かない。

 さらに、不自然な全賭札投入(オール・イン)を訝しんだ参加者(プレイヤー)から問い詰められた際、彼女は神を前にこう宣言した。

 

『私はこの(テーブル)において()()()()()()()()()しか行っておらず、不正(イカサマ)()()()()()()()()()

『開始前に宣言した通り、皆さんの()()()()手役を()()()()()()()()です』

『強いて言うなれば、皆さんが手札を入れ替える様子には注意を払っていますけどね』

『私が勝負に出る時は、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですから』

『私の手役(ハンド)が良いのは、()()()()()()()()()()()ですよ?』

 

 神の前で、平然と嘘を吐いた。少なくともその時点で彼女の不正(イカサマ)暴か(バレ)れるかと思えば、参加していた神は真剣な表情でミリアを見据え、『嘘は吐いてない』と言った。

 それだけではなく、参加していなかった観客の神もまた同様に『嘘はない』と言い切ったのだ。これにより、余りにも不自然な『引き』と『賭け方』をしているにも拘わらず、彼女はそのまま賭博(ゲーム)を進めている。

 

 何より、シャクティが彼女を恐ろしいと感じたのは────緊張や怯えが見て取れない所だ。

 

 全賭札投入(オール・イン)を宣言するならば、多少なりとも損失(リスク)を恐れるモノだろう。

 しかしミリアの場合はそれが無い。怯えや緊張なんて微塵も感じさせない()()()()()()()()とんでもない損失(リスク)を負う危険を含む全賭札投入(オール・イン)を宣言するのだ。

 とてもではないが、正気とは思えなかった。




 ダンまちOVAⅡ『無人島に薬草を求めるのは間違っているだろうか』を見ました。
 えっと、端的に言いますがアレを本編に居れるのは無理だと思いました。温泉については本編に混ぜましたが、もしやるにしても『恋に堕ちた』の方で短編って形にすると思います。



 コラボ小説投稿しました。
『魔銃使いは異界の夢を見る』ってタイトルです。まあ、既に知っている方も多いでしょう。
『TSロリエルフが稲作をするのは間違っているだろうか』の作者様『福岡の深い闇』様とのコラボです。
 米の話題を避ける形でミリアちゃんは進めてましたが……むしろ作者的には米の話題ぶち込もうかなとか考えてましたねぇ。
『どうしてオラリオに来たのか』って質問から『何? 迷宮内で米でも探しに来たの?』って感じで……ほら、『大樹の迷宮』当たりの未調査領域にありそうじゃないですかね。
 温泉だってあるぐらいだし、迷宮内に金色の稲穂とk(ry



 絵の方いただきました。ありがとうございます、励みになります。
https://img.syosetu.org/img/user/302330/61549.png
 かっこいいミリアちゃんを描いていただけましたー!

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