魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一四五話

 不正(イカサマ)を疑われたリューさんに代わり、シルさんが賭博(ゲーム)に参加する事になったのだが、賭博卓(カジノテーブル)に着いて早々にシルさんの怯えた様な雰囲気は消え去った。

 自信満々とまではいかないまでも、余裕を感じさせる雰囲気で卓に着く残り少ない参加者(プレイヤー)を見回す姿は様になってる。

 シルさんの態度の急変にセルバンティスが眉を顰める。他の者達も訝し気な視線を彼女に向ける中、俺は何とか震えそうな手を抑え込んで参加費(アンティ)を支払う。

 全員が最低限の参加費(アンティ)置き場(ポット)に置いた所で、手役(ハンド)を確認する。

 セルバンティスが『ワンペア』、獣人貴族が『フルハウス』、小人族が『ハイカード』、贅沢太りが『ツーペア』、俺が『ハイカード』、シルさんは────。

 

「見て貴方!」

 

 予測した手役(ハンド)をまとめ直していると、シルさんがこれ見よがしにリューさんに声をかけた。

 周囲の黒服も含め、卓に着く者達の視線がシルさんに集中する。何をしでかす積りだ?

 

「同じ(カード)が4枚! これって『フォーカード』でしょう!」

 

 ────は? は、じゃない。

 いや、確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、それを早々に明かす理由は────うわ、ヤバい。シルさんの瞳が各参加者(プレイヤー)の目を流し見ていた。

 目が合ったのはたったの一瞬だというのに、心の奥底まで見通されたかの様な不可思議な感覚を覚える。

 

「えぇ、その通りです……」

「やったぁ!」

 

 律義に応えるリューさんに対し、自然体の様な雰囲気で喜ぶシルさん。これは、()()()()な。

 つか、それ以前に俺の引きが腐りだしてる。なんでか知らんがシルさん相手だと引きが極端に悪くなるし、できるならば勝負には極力出ない形にするか。

 というかセルバンティス達が潰れるまで俺がすり潰されなきゃ勝ちだし、もう勝負に出なくて良いよねこれ。

 それで、セルバンティス側はシルさんの様子を見てどんな反応を────。

 

「馬鹿にしやがって……」

「やれやれ……」

「子供騙しが通用すると思うなよ……」

 

 ────ダメみたいですね? いや、初見だから仕方ないとは思うが。あからさまな『子供騙しの欺瞞(ブラフ)』っていう表面上の部分だけ読み取って、真意を見抜けてないのがなんとも……シルさんが恐ろしいのか、はたまた彼らが幼稚なのか。

 セルバンティス、小人族、贅沢太り、そして俺の四人が速攻で下りる(フォールド)し、獣人貴族とシルさんの一騎打ちに至る。

 ちなみに獣人貴族は『フルハウス』、シルさんは『フォー・オブ・ア・カインド』なので勝敗は既に決まってる。あ、いや俺は予測してるから()()()けど、彼らにはそうじゃないか。

 

上乗せ(レイズ)

「強気ですな……でしたら、私も上乗せ(レイズ)しますぞ」

 

 おいおい、賭札(チップ)が限界ギリギリだってのによく勝負に乗ろうと思ったな獣人貴族。いや、内心を読み取った感じだと『子供騙しレベルの欺瞞(ブラフ)には騙されん』とか考えてそうだけど。

 シルさんの目を見ればおおよそ予測できると思うんだがなぁ……いや、まあシルさんの目を見ると逆に()()()()から、目を合わせるのが悪手なんだが。

 

上乗せ(レイズ)

『…………ッ!?』

 

 獣人貴族の上乗せ(レイズ)に対して、シルさんは何の気負いも無く上乗せ(レイズ)を宣言し、場がどよめく。と言うかシルさん、俺の目を見て勝てるか読むのやめてくんないかな。

 確かに俺は手役(ハンド)予測して勝敗をわかってる。だからって目合図(アイコンタクト)してないのに勝手に読み取ってくのなんなのかね。前世でかなり鍛えたはずのそれを容赦なく打ち抜いて読み取ってくるシルさんの『目を見る技能』はさ、神の魂を直接見てるアレに似てる。

 

「では御二方、手役開示(ショーダウン)を」

「私はフルハウスです」

 

 恐る恐ると言った様子で手役(ハンド)を明かしてからシルさんを伺う獣人貴族。今更怯えても手遅れである。対するシルさんは躊躇なく場に(カード)を晒した。

 

「フォーカード」

 

 シルさんの宣言と共に進行役(ディーラー)置き場(ポット)に置かれた賭札(チップ)をシルさんに配当する。場の空気は凍り付き、子供騙し染みた欺瞞(ブラフ)ではない事に驚いたセルバンティス側に動揺が走った。

 各々がこそこそと視線を交わすセルバンティス側を他所に、次の賭博(ゲーム)が始まったが────。

 

「すごい! 貴方また見て! 今度は同じ絵柄(スート)!」

『…………!!』

 

 あー……はいはい、の『フラッシュ』ね。予測通りならあってるね。

 しっかし、俺の手役(ハンド)はまたしても『ハイカード』か……なんか付けが回ってきたっぽい? いや、まさかね?

 シルさんの子供騙しの様な手役(ハンド)宣言にセルバンティス側の者達が顔を見合わせ────様子見をしたいが残りの賭札(チップ)の枚数を見て冷や汗を流しつつも勝負に出る。

 

「ああ、また私の勝ちですね!」

『………………』

 

 嫌な沈黙が下りる。セルバンティス側はただでさえ残り少ない賭札(チップ)を見て様子見してる暇は無いと勝負に出ざるを得ず、シルさんの手役(ハンド)宣言に翻弄されながらもそれを欺瞞(ブラフ)か否かを読み取れずに焦りで挑み────シルさんに狩り取られる。

 焦りと動揺から子供ですら読み取れそうな程に仮面(ポーカーフェイス)がズタボロに罅割れたセルバンティス側に成す術など無い。

 

 三度目、シルさんの手役(ハンド)は『スリー・オブ・ア・カインド』

 まあ、二度ある事はって言うしね? 多少はね?

 

 四度目、シルさんの手役(ハンド)は──『ストレート』

 …………獣人貴族が脱落しましたね。ちょっとシルさんの引きがおかしい気がするけど気のせいかな?

 

 五度目、シルさんの手役(ハンド)は────『フラッシュ』

 いや、いくらなんでもおかしいでしょ。なんなのその引き、俺だって三回は『ハイカード』だったよ?

 他の面々は獣人貴族の脱落に気圧されて全員下り始めて首を絞めてるし。

 

 六度目、シルさんの手役(ハンド)は──────『フルハウス』

 つ、強過ぎる。シルさんの引きがおかしい。でも不正(イカサマ)は何一つしていない。

 背景に徹していたシャクティさんも背中を突いてくるけど、本気(マジ)不正(イカサマ)じゃないんだコレが────()()()()()()()()

 

 案の定と言うべきか、セルバンティス側もおかしいと気付いて不正(イカサマ)を疑いだすが────これ、純粋に()()()()だけなんだ。信じられん事にな。

 

 七度目の賭博(ゲーム)……既にセルバンティス側は残り三人。残ってる者も賭札(チップ)は五十枚も無い、詰んだな。

 

「あっ、いけない……」

 

 シルさんが最初の手札を卓の上にばら撒く。表側で晒されてしまった(カード)は『ハイカード』だ。

 セルバンティス側の協力者が目を見開き、瞳に火が宿る。全員が下りた(フォールド)した時の手役(ハンド)宣言が誇張(ハッタリ)だったとでも思いこんだのだろう。

 それ、シルさんの挑発だと思うんだが。

 

「あ、フルハウスだわ!」

 

 本気(マジ)かよ……。

 シルさんが札を三枚引き直した結果、彼女の手役(ハンド)は『ハイカード』から『フルハウス』に変化した。ちょっとなんなのあの引き、信じられんぐらい()()()()()()

 

上乗せ(レイズ)だ!」

「自分も上乗せ(レイズ)!」

 

 七度目の勝負(ゲーム)、残っていた小人族と贅沢太りの二人が先走って上乗せ(レイズ)しはじめた。キミら手元の賭札(チップ)の枚数見てる? もうこの勝負で脱落確定してるけど?

 熱くなって乗るべきではない勝負に乗りだした残りの二人を他所に、セルバンティス本人は焦りの表情で二人に目線を送るも届かず。むしろこの状況で落ち着いてる方だな、シルさんの挑発に乗らなかったのは意外だ。

 

「ぁ…………」

「そんな、ばかな……」

 

 案の定、手役開示(ショーダウン)で絶望を突き付けられる小人族と贅沢太りの二人。

 残るは、セルバンティスただ一人。だが、彼の賭札(チップ)は最低枚数10枚ずつを賭けていたとしても、下りる(フォールド)する際に倍を支払う必要があった事もあって70枚しか残っていない。

 もう勝ち目が無いな。シルさんの引きが圧倒的過ぎる……この人、こんなに引き良かったっけ?

 

「皆さん、知っていますか?」

 

 唐突に、シルさん────シレーネ・マクシミリアン夫人が語りだす。

 

「神様達の中には、『魂』の色を見抜いてしまう女神が居るそうですよ」

 

 ほんの少し俯いて、手にしたグラスをほんのりと揺らしながら、静かに、けれども響く声を放つ。

 

「……なんでも、彼女の目は『魂』の揺らぎを見て、子供達の心までも暴いてしまうそうです」

 

 神の持つ権能、と言うよりは『神の瞳』に映る『人の子の魂』に関係する話か。

 ヘスティア様曰く、神によっては何を考えているのかまでわかる者も居るらしい。ヘスティア様は大雑把に感じ取るだけしか出来ないが、それでも()()()()だという。

 そして、十全に人の子の心を読み取るまでに魂を見据えられる女神は────塔の最上階に座すあのお方だ。

 

「もちろん、私はそんな女神様の瞳は持っていませんが……好きなんです。人を見る事が」

 

 彼女、シル・フローヴァの趣味は『人間観察』だったはずだ。

 

「沢山の人が居ると、沢山の発見があって……目を輝かせてしまう」

 

 本心なのだろう言葉。あの店で働いてるのにもそういった理由があると聞いた。

 

「それで、『人間観察』って事を続けてる内に、なんとなーくわかるようになったんです────その人が今、何を思っているのか

 

 普段から『豊穣の女主人』と言う店に出入りしている客を相手に、ずっと『人間観察』を続け、その技能を得た────否、彼女の持つその技能は天性の才だったに違いない。ただの人が出来るモンじゃない、相応の『天才』でなければ、不可能だ。

 

「本当か嘘か、怒っているのか、悲しんでいるのか、焦っているのか、苦しんでいるのか……白か、黒か」

 

 ────あるいは、本当に真実なのか。

 正直に言おう、彼女の能力は恐ろしい。前世であの糞女が作り上げた組織に何人も似たような技能を持つ奴はいた。あの糞女もそうだった、だが……断言できる。前世で出会ってきた才ある者達────『天性の才』とまで呼んでいた彼ら彼女らなんかが霞んで消える程に、シル・フローヴァと言う女性は恐ろしい才を持ってる。

 

(ひとみ)は色んな事を教えてくれる」

 

 ああ、この女性が敵でなくてよか────いや、現在進行形で敵じゃねぇか。怖ぇよ。

 いや、まあ負けても痛手にはならないはずだ。少なくとも、此処で俺が負けてもシルさんが勝つし、彼女が勝った場合はアンナさんを連れていくのだろう。

 俺に対しなんか適当な要求でもしてくれれば良いし、暴れないなら……セルバンティスが素直に返してくれるかだよなぁ。二重の意味で。

 

「で、では次の賭博(ゲーム)を……」

 

 鋭くシルさんを睨みつけるセルバンティスの眼光に怯みながらも進行役(ディーラー)が開始を告げる。

 俺の手役(ハンド)が『ツーペア』……なんか、酷いな。ここまで運が無いとは。

 シルさんの方は『ハイカード』。さっきまでの引きで運を使い果たしたのかここにきて初めての『ハイカード』だな、とはいえまだ交換(ドロー)してないので機会(チャンス)はあるか。

 セルバンティスが『♠K ♣K ♦K ♥K ♥A』。

 うわ、ここにきて『フォー・オブ・ア・カインド』か。

 表情が既に勝ち誇ってる。って、コイツ此処で何する気だ?

 

全賭札投入(オール・イン)!」

 

 ああ、ここで起死回生を狙ったか。と言うかもうそうするしか無いわ。

 普通に上乗せ(レイズ)しただけだと、残り50枚の賭札(チップ)では巻き返せないだろう。

 参加者(プレイヤー)が一人でも『全賭札投入(オール・イン)』した場合、他の参加者(プレイヤー)は同じく『全賭札投入(オール・イン)』するか『下りる(フォールド)』するしかない。

 ここで怯えて下りるか、それとも苦肉の策と切り捨てて乗るか。前者なら首の皮が繋がり、後者ならまさに一発逆転の手となる。

 最後の最後で引きが良い。セルバンティスと言う男の本質がようやく理解できた。彼は、運だけでその玉座に上り詰めてしまった人なのだろう。だから、彼は何も理解してない。反感を買う危険性も、玉座の維持の仕方も、権力の振るい方も、悪事の隠蔽の仕方も……やり方が下手糞なのも当然だ。学ばずに座ってしまったのだから。

 

下りる(フォールド)

 

 ここで焦っても仕方ない。どのみち俺が交換(ドロー)してもまともに手役(ハンド)が揃わない以上、危険(リスク)を侵す必要は何処にもないのだから。首の皮一枚繋がった所で、次かその次……()()()()()()()()

 

交換(ドロー)

 

 シルさんが2枚の(カード)を捨て、引き直す。配られた(カード)は♠AとJOKERの2枚。彼女の手元に残された(カード)と合わせ────嘘だろ?

 

「あははっ、ちょっとだけ()()()()()()……なんて思ってただけなのに」

 

 手役(ハンド)を確認したシルさんがおかしそうに笑い、セルバンティスを真正面から見据えてた。

 セルバンティスが体を震わせ、直ぐにシルさんを真っ直ぐに睨み返す。

 

「私も全賭札投入(オール・イン)で」

 

 まあ、そうなるわな。

 セルバンティスの悪運の強さには驚いたよ。最後の最後で『フォー・オブ・ア・カインド』だもんなぁ、運が良いよアンタ……でも、()()()()

 

「では手役開示(ショーダウン)……!」

 

 進行役(ディーラー)の宣言とほぼ同時、叩き付ける様に手役(ハンド)を開示するセルバンティス。

 

フォーカード!!

 

 場に出された手役(ハンド)は俺の予測したモノと同一。それを目にしたシルさんはほっと胸をなでおろしながら、呟いた。

 

「今日の私は、どうやら『幸運の兎』さんに祝福されているみたいです」

 

 『幸運の兎』? ……ベルが発展アビリティで《幸運》を持ってたが、もしかしてアレか?

 ルーレットで三十六倍を的中させたのってもしかして《幸運》のおかげ? しかも人にまで分け与えれるのか?

 まさかとは思うが、目の前でそれを見せつけられてしまえば、否定なんてできるはずもない。

 シルさんが手にしている5枚の(カード)

 

 『♠10 ♠J ♠Q JOKER ♠A

 ポーカーと言う賭博(ゲーム)における最上位手役(ハンド)。出現確率は約0.000153%、約六五万分の一の確率────いや、JOKER(ワイルドカード)が入っているから更に確率は下がるが。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ」

 

 ………ち、ちなみにだが『ロイヤルストレートフラッシュ』と言うのは日本特有の言い方であり、英語だと『ロイヤルフラッシュ』が正しかったりするらしいぞ?

 一瞬固まっていたセルバンティスが椅子(スツール)を蹴倒して立ち上がって背後の大男に叫びかけた。

 

「ファウストッ!?」

 

 叫びに反応した大男が首を横に振る。不正(イカサマ)を疑ったのだろうが、それはないんだ。というか俺も信じられないし────それより、その大男の名前って確か『ファウスト』ではないはずだが?

 場に出された少量のセルバンティスが持っていた全ての賭札(チップ)がシルさんに引き渡される。

 残るは俺とシルさんの二人。だが、争う必要も無い。

 

「降参です」

「はい?」

「いや、だから降参ですよ……マクシミリアン夫人、貴女の運に勝てる気がしない。私の負けで良いですよ」

 

 普通にやっても勝ち目が無い。と言うかどうやったら勝てるんだってぐらい引きがおかしい。

 賭札(チップ)を差し出して勝負を降りる。

 

「────と言う事は」

「シル、貴女の勝ちだ」

 

 リューさんと言う『騎士(ナイト)』の『女王(クイーン)』が、シルさんだったって訳だ。

 問題はここから、か。

 

経営者(オーナー)、それでは約束通り、主人の願いを聞いて頂けますか?」

 

 シルさんがセルバンティスに告げる。ここで、どう出るか……シャクティさんともども警戒して用心棒の動きに注目する。

 ごねて敗北を認めずにもみ消しに来る様なら、実力行使も辞さない構えだ。

 

「…………よろしい。彼女にはしばらく暇を出す事にしましょう。思えば異国から来たばかりで疲れているでしょうから」

 

 必死に表情を取り繕いながら告げるセルバンティス。内心はふざけんな、後で覚えてろとか考えてそうだが表面上は従おうとしてるみたいだ。

 これは予想外だったな。激昂して用心棒を(けしか)けてくるかもしれんと思ったが、シルさんの挑発にも乗らなかったし、実は結構冷静に考える事が出来る性質(タイプ)の奴らしい。

 まあ、後から報復する気満々なので小物臭さはとれちゃいないが。

 アンナさんがそそくさと逃げる様にリューさんとシルさんの元へ向かうのを忌々し気に睨みつけているセルバンティス。他の協力者が気まずげにしているのを他所に、彼はリューさんを見て口を開いた。

 

「それで、私への要求は以上として【魔銃使い】殿には何を願う積りですかな?」

 

 あー、うん。負けを認めたしね? 変な願いはされないでしょう。

 アンナさん連れ帰ってハッピーエンド。報復を考えてるセルバンティス君はこっちで処理するからリューさんはもう良いよー。ほら、エロい事でもなんでも言ってもええぞ。薄い本展開でも構やしない、リューさんに限ってそういった願いは無いだろうしね。

 のほほんとリューさんを見てたら、彼女は鋭い視線をセルバンティスに向けたまま呟く。

 

「いや、まだだ」

 

 ────待って、ねぇ待って? アンナさん取り返したじゃん。これ以上挑発しなくてもええんやで?

 いや、確かにリューさんって『アンナさんを連れ帰る』と明言してない。そうである以上、もっと別の要求も出来る訳だ。しかし、考えてみて欲しい。

 このまま真っ直ぐお家に帰れる状態なのを無視してより喧嘩を吹っ掛ける真似をする必要があるだろうか、いや、無い。絶対に無い。ありえない!

 

「…………な、なんですかな。この(アンナ)だけではご満足していただけないと?」

 

 リューさん見て、よく見て。セルバンティスの顔面がビキビキィッってなってる! 青筋が!

 頼むから喧嘩売らないで! 一応丸く収まりかけてんだからさ!

 

「……いやはや、マクシミリアン殿はエルフでありながら強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者達を手放せばよろしいでしょう?」

 

 すっごく我慢してる。今ならまだ間に合うから、シルさんもリューさんを止め────おい『やっちゃえリュー』じゃねぇよっ!? なんで此処で背中押しちゃうかなぁッ!? 

 

「全員だ」

 

 リューさんの宣言が貴賓室(ビップルーム)に響き渡る。

 

「貴方が金にものを言わせ奪い取った、全ての女性を解放してもらう」

 

 あっ、はい。そうですね、全員強引な手段で連れてこられた哀れな被害者ですね。全員救わないと気が済まないんですね────ちょっと、リューさん、お願いだからもう少し穏便に事を片付けてくれぇ……。

 

「ふふっ、主人はとっても欲張りなんです」

 

 シルさんがくすりと可憐な笑みを浮かべてリューさんの後ろで呟く。いや、シルさんも……もういいやみなまで言うまい。

 案の定、我慢に我慢を重ねてリューさんに対応していたセルバンティスが限界を超えてブチギレる。

 

「……何を勘違いしている?」

 

 拳を握り締め、俯いたセルバンティスが顔を上げ、リューを睨み────恩恵を持たぬ一般人には出せぬ圧を放った。

 

「たかが一度賭博(ゲーム)に勝ったぐらいで! 何様の積りだ貴様!!」

 

 周囲の恩恵を持たぬ招待客や女性達が息を呑み、小さく悲鳴を零す。明らかに、神の恩恵(ファルナ)を授かっていなければ出せない、特有の圧だった。つまり、元冒険者。

 本物のテリー・セルバンティスはどの派閥(ファミリア)にも所属していないどころか、神の恩恵を授かっていない一般人な訳で────今ので聡い者は気付くだろう。

 

「この俺を敵に回して生きていけると思っているのかッ!?」

 

 生きて行けますが? セルバンティス、いやテッド君はむしろ自分の命の心配した方が良くない?

 

「ギルドが守ってくれるなんて考えているのなら大間違いだ!! なにせ娯楽都市(サントリオ・ベガ)から出向している俺は────」

「違う」

 

 リューさんがセルバンティスの言葉を遮った。アレ、なんかこれ不味いんじゃね?

 と言うかリューさんってセルバンティスの正体に気付いてるの?

 

「貴方は娯楽都市(サントリオ・ベガ)の人間でも……そもそも、テリー・セルバンティスなんて名前ですらない」

 

 あー、確かに調べれば出てくるしね。揉み消し方が甘々過ぎて情報屋が売り買いしてるぐらいだし、リューさんの耳にも届いていたか。

 ……あれ、テッドって確か、そう記憶違いじゃなければ一度アストレアファミリアにボコボコにされたって情報を買った気がするんだが。

 

「貴方の名前は、テッド」

 

 リューさんの核心を突く宣言に、セルバンティス────否、テッドが身を震わせた。

 

「……何を根拠にそんな戯言を」

「自身が潔白であると言うのなら、()()を使えばいい」

 

 テッドの反論を潰す様に、リューさんは懐から小さな小瓶を取り出した。それは、なんだ?

 後ろからこっそりシャクティさんが教えてくれたが、その小瓶の正体、中身は『神の血』を材料にして作り出された道具。本来ならば(ロック)されて視認できない神の恩恵によって授けられた『ステイタス』を暴く代物。『開錠薬(ステイタス・シーフ)

 ……あの、それって違法品じゃなかったっけ?

 

「…………ふ、ふふ。これは、とんだ言い掛かりをつけられたものだ」

 

 いや、絶対にお前が言っちゃいけない台詞だろ。妙な言い掛かりつけて人を不正(イカサマ)使用者みたいに言ってきたし、リューさんを強引に下げさせたじゃん。んで結果自爆して負けたし。情けないと思わないの?

 

「くだらない出まかせに耳を貸すつもりなど毛頭ないが……」

 

 テッドが片手を上げて何かの合図を出そうとしている。

 結局、こうなる訳か……シャクティさん。戦闘準備────なんて言わなくてもわかるか。クリス、起きろ仕事の時間だ。

 

「この俺、ひいては店の沽券に関わる戯言を吹聴して回る輩を生かして返す訳にはいかん」

 

 黒服がリューさんの周囲を取り囲んで────おい、なんで俺とシャクティさんまで包囲されてんだよ!

 

「な、なんだ!」

経営者(オーナー)!?」

 

 あー、全員が共謀者(グル)だった訳じゃないのか。進行役(ディーラー)の男性とか完全に引いてるし、他の賭博卓(カジノテーブル)についていた招待客(ゲスト)も何事かと驚いてる。

 彼が上げた手を振り下ろした瞬間に始まるであろう乱戦に備えて身構える俺とシャクティさんを他所に、テッドは何かを確かめる様にリューさんを見据えて呟いた。

 

「…………一応、そう一応だ。殺す前に聞いてやる」

 

 完全に殺す気満々かよ、恐ぇよ。

 しかも俺とシャクティさんも巻き込まれてるし。いや、まあシャクティさん居るから良いけど。

 

「貴様、何者だ」

 

 テッドの質問を受けたリューさんが目を細め、シルさんに『借ります』と一言告げ、彼女が身に着けていた絹のストールをさっと抜き取り、自身の顔に巻き付けた。

 薄く透けているストールを、まるで()()()()()巻いてテッドを見据えるエルフ。その姿はごく最近みた戦闘衣姿の彼女を思わせる。

 

「私に、覚えは無いか?」

 

 数秒、テッドはその姿を見据え────目を見開いた。心当たりがあったらしい。

 

「ま、まさか────リオンッ!?」

 

 ふぁ? え? うーん……リューさん。なんで正体開示(バラ)してんのぉッ!?

 

「お……お前、生きていたのか!?」

 

 『【疾風】のリオン』。覆面で顔を隠し、当時から素性不明だった名の知れた第二級冒険者。

 アストレアファミリアに所属し、数多くの悪を断罪してきた正義の執行者────そして、今となってはギルドから賞金を懸けられている要注意人物一覧(ブラック・リスト)に名の載った犯罪者。

 一度は死にかけていた所を、シルさんに救われた事で生き永らえている人物。

 

「テリー、いやテッド。名を偽った貴方の所業は風の噂で聞いていた」

 

 今となっては『豊穣の女主人』と言う店に匿まわれ、店員として働いているのだが……当然、捕まればただでは済まない。それに数多くの恨みを買ってる彼女は生存している事が知られた時点で危うい、はずなのに。

 

大賭博場区画(カジノ・エリア)に出没する悪党の特徴。灰色の手口、それは私の良く知っているものだったからだ」

 

 あー、思い出した。ここにきて、思い出したくない事を思い出してしまった。

 テリー・セルバンティスを名乗る、テッドと言う男。この男は過去にアストレアファミリアに断罪され、牢獄に繋がれるはずだったのだが────女神アストレアが彼を許したのだ。正確には、彼は二度と悪事をしないと誓い、女神アストレアの慈悲を受けて牢獄に繋がれる事を逃れた。

 

「私が何故、お前の所業を見逃してきたのか……わかるか?」

 

 既に、とっくの昔にテッドの所業を理解していたのだろう。

 実際、テッドと言う男はセルバンティスに成り替わる以前に大賭博場区画(カジノ・エリア)で悪党として動いていた。それでも、リュー・リオンは動かなかったのだ。

 

「理由は二つある。一つは私にはもう正義を語る資格が無い事」

 

 リュー・リオンは罪を犯した。それ故に悪を断罪する正義の執行者と言う立場ではあれない。自身がソレを認められないからこそ、彼女はテッドの所業を見て見ぬふりをした。

 

「そして、もう一つは……平伏(ひれふ)して懺悔したお前を、アストレア様がお許しになる機会をお与えになったからだ」

 

 ああ、理解した。理解できてしまった。これは、仕方ない。俺だって同じ立場ならそうなる。

 

「アストレア様は慈悲をもってお前の言葉を聞き入れた。あるいは信じたかったのかもしれない、子供達の改心と更生、不変ではない下界の住民が変わる事を」

 

 リュー・リオンが我を忘れ、視野狭窄に陥り、単調な罠に引っかかってしまった、その理由。 

 

「しかし、お前はアストレア様の厚情を無下にした。私欲を止めず、貪り続けた」

 

 ────女神が与えた慈悲を、目の前の男は、踏み躙り、唾を吐きかけ、無下にしたのだ。

 

「だから────お前に免罪の余地は無い

 

 正義の派閥。その派閥を率いる主神。

 ただ悪を断罪するのではなく、改心と更生の機会を与える慈悲深き女神。

 そんな女神を敬愛する眷属の前で、女神の慈悲を踏み躙ったこの男がどうなるのかなんて、言うまでもない。

 

 確かに、もしヘスティア様が与えた慈悲を無下にする愚か者が居たら。俺だって冷静ではいられないだろう。

 ありとあらゆる手段を以てして、その糞野郎を潰す。考え得る限り全ての苦痛を与えて、後悔させてから殺す。

 

 ────リューさんを責める事が出来ない。多分、俺の方がもっと酷い事をしただろうから。




 女神の慈悲を踏み躙った野郎を前にして冷静でいられなかったんでしょうねぇ。
 ミリアちゃんだったら……多分、マジで殺しに行くと思う。



 そういえばミリアちゃんが闇落ちしたらどうなるのかってのあったけど。
 ガチで闇落ちする√思い付いたというか、割と闇落ち(ガチ)なのがね……。

 『闇派閥(イヴィルス)』の一つ、『タナトスファミリア』
・死後の転生によって転生した大切な人と再会したいものが多く参加しているファミリア

 はい、この説明で察しはつきますよね。
 ヘスティア様から名前を授かる前だったら、『義父に謝りたい』って想いをスキルに昇華させて急成長するでしょう。
 過去には『偽名を名乗りたくない』って理由に拘って会えなかった事から、今度の機会はどんな悪行に身を染めてでも会いたいと暴走しそうです。

 箍が外れた本気のミリアちゃんとかかなりヤバいのでは……?
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