魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五一話

 静寂が満ちた【ヘスティア・ファミリア】の入団試験会場。

 屋敷前の庭に倒れた欠損冒険者を見下ろしていた俺は、静かに魔法を解除してその男から視線を外した。

 反発心に満ちたその表情が恐怖に歪み、恨みがましい表情と交じり合って醜いソレ。気絶して動かなくなったコイツに興味はない。本当なら、殺してやりたかったが、しなかった。

 男の頭部があった場所、そのすぐ横を魔弾が穿った。それだけ、それだけで男は気絶した。

 

「先んじて言いますが、【ヘスティア・ファミリア(わたしたち)】は貴方達を騙す意図は微塵もありません。そもそも、無料で治療する等と誰が言ったのでしょうか?」

 

 ほら答えろよ。お前らが勝手に都合よくそう思い込んでただけだろ。

 黙り込んで顔を見合わせ始める者達を無視し、玄関前から見下ろすヘスティア様の元へ戻る。

 妙な空気になってしまった会場を見下ろし、溜息を零してから置いてあった保管用の箱を全て回収して気絶しているベルを見てから、ヴェルフに声をかけた。

 

「ヴェルフ、ベルをお願いします。私は部屋に戻ってますので……後は、ヘスティア様とリリでお願いします」

 

 今回の入団試験での入団者は、何人残るか。いや、もう考えたくも無いな……コイツら、嫌いだ。

 

 

 

 

 

 本拠(ホーム)一階の奥にある広い居室(リビング)。長椅子に寝転がりながら壁に取り付けられた燭台を見て溜息を零す。視線を暖炉の方に向けて、もう一度溜息。

 入団試験は団長(ベル)副団長(おれ)抜きで行われている事だろう。ヘスティア様のお眼鏡にかなう希望者が居ると良いが……。

 時計を確認すれば、あれから数時間経っている。もう何人か選ばれた者が居てもいい頃合いだが────噂をすればなんとやら。ヴェルフの呆れた様な声と、リリの甲高い声、そしてヘスティア様の落ち込んだような声が聞こえてきた。

 長椅子に座り直した所で、居室(リビング)の扉が開かれ、ぞろぞろと三人と……あと序にミコトとサイアが入ってきた。

 

「倒れたベル様の寝込みを襲うなんて信じられませんっ!」

「ええー、添い寝してただけだよー。性的な事は一切してないしー」

 

 ……何? 倒れたベルの部屋に行ってたのをリリが見つけて騒いでると?

 まあいいや。それより新規団員は何人ぐらいなんだろうね。

 

「お疲れ様ですヘスティア様、お眼鏡に適う人はいましたか」

「ミリア君……あー、そのだね、まあ居なかった訳ではない、んだけどねぇ?」

 

 言葉を濁すヘスティア様に首を傾げつつ、横でやれやれと力なく首を振るヴェルフの方を見る。

 

「一応、ヘスティア様が入団させても良いかもしれないって奴はいたな。ダフネ・ラウロスだ、お前も知ってるだろ?」

 

 【アポロン・ファミリア】の幹部の一人。熟練の第三級冒険者であるダフネ・ラウロス。もちろん知ってるに決まってる。もう一人、カサンドラ・イリオンの方はどうだったのだろうか?

 というか、させてもいいかもしれない? させた訳じゃないのか?

 

「あー……実はな、もう一人一緒にいた奴が居たんだが……」

「ベル様を狙う泥棒猫(やから)なんて入団させるなんて冗談ではありませんっ!」

「そうだそうだ、ベル君に気のある娘は御免だねっ!」

「見ての通り、リリ殿とヘスティア様がカサンドラ殿の入団を拒否しまして……ダフネ殿はカサンドラ殿が入団できないなら入る意味が無いと……」

 

 ヴェルフの呆れ顔と、リリの甲高い宣言。そしてヘスティア様の胸を張った発言。そしてミコトの補足。

 カサンドラ・イリオンはベルに気があって、それを見咎めたリリとヘスティア様が入団を拒否。んで一緒にいたダフネ・ラウロスもそのまま彼女と共に去って行ったと……。

 

「あのぉ、身勝手に入団希望者に暴行加えた私が言うのもなんですが……カサンドラ・イリオンとダフネ・ラウロスは入団させても良かったと思いますよ?」

「はぁっ!? ミリア様正気ですかっ、あれだけ煮え湯を飲ませてきた相手なのですよっ!!」

「あー、ミリア、アレは気にしなくて良いと思うぞ。と言うかお前がやってなかったら俺がやってただろうしな」

 

 リリが顔を赤くしてまくしたてる内容は、まあ確かにその通りではある。だが、それを踏まえた上で回復能力と判断能力に優れた二人は欲しかった。まあ、ヘスティア様が最終的に決める事だしもう言わないが。

 それとヴェルフ、アレは……ヘスティア様が止めなかったらそのまま……その、殺してたぞ? 流石にヴェルフは命を奪いはしないだろうし、いや良い。これ以上なんか言うと後でお小言を貰いそうだし。

 

「で、入団者は……?」

「居ると思うか?」

 

 あー……まあ、新規団員はゼロね。

 欠損冒険者の大半は俺が一人を気絶させた後にそそくさと逃げる様に去って行ったと。んで、残った人員はカサンドラやダフネの二人。彼女らついさっきの説明の通り、カサンドラの入団を拒否した結果、ダフネもそれに続いたと。

 というかそもそもカサンドラが【ヘスティア・ファミリア】入団を希望し、ダフネがそれに賛同していただけであって、ダフネ主導ではなかったことからそのままカサンドラと共に他に流れて行ってしまったとのこと。

 

「はぁ、まあ良いです。暫くは今の人員で派閥運営していきましょうか……」

「おいおいミリア、少しはヘスティア様を諫めたらどうだ? 流石にベルに気があるってだけで拒否するのはなぁ」

 

 それなりに優秀な人材だったぞ、とヴェルフが呆れた表情をヘスティア様に向ける。

 それは確かにその通りではあるが、此処はヘスティア様の築き上げた派閥だ。最終的な決定権はヘスティア様にあるし、俺は『神の意思通りに(まにまに)、仰せのままに』って奴だよ。

 …………はぁ、そっか入団者ゼロか、悲しい様な、嬉しい様な、寂しい様な。深い溜息を零した所で、リリがふと此方を見て呟く。

 

「そういえば、あの借金についてリリ達に説明すべきことがあるのではないですか?」

 

 リリの声が響き渡ると同時、ヴェルフが眉を下げて腕組をし、ミコトは申し訳なさそうに身を縮こまらせた。

 サイアは何のことかわからずに小首を傾げ、ヘスティア様が頭を抱えた。

 

「その話なんですけど、皆が帰ってきてからで良いですかね」

 

 イリスさんやディンケさん、彼ら全員がそろってから説明した方が一度で済むし。

 

 

 

 秒針の奏でる音色響かせる時計の針が指し示す時間は日没。

 話す事があると集まってもらったディンケさんが壁に凭れ掛かって欠伸をしているのをながら、輪になってヘスティア様と俺を囲んで輪になる皆を眺める。

 帰宅したロキ組の面々は表情険しく此方を見ており、サイアだけが頭に疑問符を何個も浮かべて状況を理解していない様子。

 未だに魘されているベルを除く派閥構成員全員が一堂に会した居室(リビング)

 時計の秒針が刻む音色だけが響く中、口を開いたのはロキ組を取りまとめているアマゾネス、イリス・ヴェレーナであった。

 

「で? 借金五億ってどういう事?」

 

 赤い目で交互に俺とヘスティア様を見ては眉を吊り上げ、不機嫌さを隠しもしない彼女の様子を見つつ、説明を始める事とする。

 

「街中で噂をお聞きしたのでしょう。おおよそその通りですよ……一部は否定させていただきますが」

 

 ダンジョン探索から帰還し、換金を済ませていざ本拠へと足を踏み出したロキ組の面々。そんな彼女らに向けられる同情の視線と、ひそひそ話。何事かと疑問を覚えた彼女らの耳に飛び込む『【ヘスティア・ファミリア】が五億の借金を抱えている』と言う噂。それに加えて『欠損冒険者を追い払った』と言う非道極まりないと非難される噂の二つだ。

 それを聞いて大急ぎで帰宅した彼女らは、真っ先にそれを問いただそうとしているのである。

 

「まず、借金については事実です。ですが、既に三〇〇〇万ヴァリスを返済済みで、一ヶ月辺り一〇〇〇万ヴァリスは確定、今後【ディアンケヒト・ファミリア】が『完全再生薬』を完成させればさらに収入は増えるでしょう。この借金については増援組の手を借りる必要はないのです」

「……つまり、俺らは最低限、ギルドへ納める税の分だけヴァリスを派閥に納めれば良いと?」

 

 ディンケの言葉に大きく頷く。

 イリスや他の面々も成る程と頷いて納得してくれた様子ではあるのだが、ヴェルフ、リリ、ミコトの三人は未だに眉を顰めてヘスティア様を見ていた。

 

「いや、それは別に構やしないんだが……ヘスティア様、どういう事か説明してくれませんかね」

「そうですよ、ソレがベル様の《神様のナイフ》とミリア様の《竜鱗の朱手甲》の借金なのはわかります。ですが、何故それをミリア様が返済しようとしているのですか?」

 

 リリの棘のある言葉にヘスティア様が息を詰まらせ、若干困った様に頬を掻き、俺をちらちらと見ながら弁解を述べ始めた。

 

「実は借金についてベル君には秘密にしてたんだけど……その、ミリア君には気付かれてしまってね」

「……それは、まあミリア殿に隠し事は出来ないでしょう」

 

 納得の表情でミコトが頷けば、他の面々も同じ様に頷いて肯定した。俺って何、そんな風に思われてるん?

 いや、事実、皆にそれぞれ隠し事やらなんやらあるのは知ってるし、暴こうと思えば暴けるとは思うけど、親しい中にも礼儀あり。流石に無遠慮に暴いたりはしない。

 

「それで、その……ミリア君が返済してたのはボクも知らなかったんだ」

「はい? ヘスティア様の個人的な借金なのにミリア様が返済して、それを本人が知らなかったと?」

「うっ……その、通りさ」

 

 申し訳なさそうに俯くヘスティア様だが、黙って返済してたのは俺だ。

 どっちかって言うと何も報告を入れて無かった俺にも問題があるとは思うんだが……。

 

「はぁ、ヘスティア様。ミリア様がこういった借金を見たらどういう行動をとるかぐらい予測できるでしょうに」

「ミリアなら黙って一人で片付けようとするだろうなぁ」

「まあ、ミリア殿ですし……」

 

 皆の厚い信頼に涙を禁じ得ない。ある意味、褒められる性質(タイプ)では無いのに自覚はあるがね。

 

「うっ……すまない。というかミリア君、ボクは前に君に言ったと思うけれど、これはボク個人の借金だ。派閥に迷惑はかけないから気にしなくて良いよ」

「ミリア様の補い(フォロー)が無ければ間違いなく入団希望者はゼロになってましたけどね」

 

 鋭く突き刺さるリリの棘のある言葉にヘスティア様が胸を抑えて仰け反る。そこら辺の踏まえてのフォローだったのでそんなに気にしなくても……それに、適材適所って言うじゃん? 稼ぎに関しては非合法にならない範囲でも十二分に補えそうだし任せて貰えるとありがたいんだけど。

 と言うか、入団希望者ゼロは回避できたのに、入団者ゼロだったのはリリにも原因があるのでは……?

 

「それに、五億だなんて法外な金額(ヴァリス)請求だなんておかしいです。眷属の契りを交わしたリリ達に説明するのが主神(かみ)様の義務ではないでしょうか」

 

 刺々しいリリの言葉にヘスティア様がうぐっ、と息を詰まらせ、イリスさんやディンケさん等にも視線を向けてから、観念した様に口を開いた。

 

「実は……最初の眷属でもある二人にどうしても贈り物がしたくて……ベル君にナイフを、ミリア君にはヘファイストスに相談に乗って貰って作るモノを決めたんだけど……色々あってね」

 

 冒険者として、強くなろうと決意したベルと、それを支えたいと願う俺。そんな己の眷属達に心打たれ主神(おや)として出来る事は無いかと模索し、考え付いたのが武装を贈る事。

 女神ヘファイストスに無理を言って作成をお願いしたこと。

 世界に一振り、一つしか存在しないベルの《神様のナイフ》と俺の《竜鱗の朱手甲》は鍛冶神(ヘファイストス)様にしか作れないこと。

 そして、神が自ら槌を振るい御業を披露する代価として法外な金額を請求された事。

 

文字列(ロゴ・タイプ)が入ってるのは知ってたが、まさかあの方直々の作品だったとは……」

 

 もともと鍛冶派閥(ヘファイストス・ファミリア)に所属していたヴェルフが片手で目頭を押さえて呻くようにこぼす。

 ミコトは億単位の借金に踏み切った事に息を呑み。下級冒険者の頃から不相応な装備を身に着けていたベルと俺の事を知っているリリは、察しはついていたのか嘆息と共に納得の言葉を零した。

 

「……先ほどイリス様からも言われましたが、今や神様達の手で都市中に噂として広まっていますよ……【ヘスティア・ファミリア】は借金漬けの爆弾【ファミリア】だと」

「一応、借金返済は余裕ではあるけど……返済完了まではどうしようもないですね」

 

 神々が背びれ尾びれを付けて面白おかしく語る噂の所為で今の【ヘスティア・ファミリア】に新規団員は寄り付かないだろう。

 というか、神々の意図も何となく察しが付く。出る杭は打たれると言うだろう? つまり、目障りだから嘘にならない範囲で悪い噂を流しまくって足を掬って来てる。面倒極まりない。

 そして、俺が追っ払った欠損冒険者達は逆恨みして悪い噂を流してる。此方は大袈裟に『欠損冒険者を無慈悲に追い払う血も涙もない派閥』だと言いふらして……やっぱ、殺しておけばよかった。

 

「はぁ、とりあえず……残り四億七千万は、やばいだろ」

「非常に、やばいですね」

 

 いや、それは既に解決済みと言っていい。返済計画も立ててあって────。

 

「ミリア、お前正気か?」

「ミリア様、お一人で返すと?」

「……流石にそれはどうかと思いますが」

「そ、そもそもボクの借金な訳で……ミリア君が返してしまったらボクの立つ瀬がないんだけど……」

 

 いや、でも、ほら? 返せるよ? 計画だって立ててあって順調にいけば普通に返済可能な範囲だし。

 どうしてそんな呆れた様な顔するんですかね。出来るよ、問題ないよ?

 

「適材適所って言葉があってですね」

「ミリア、それでお前ひとりで何でもかんでも抱え込む積りか? 流石に怒るぞ」

 

 ヴェルフが語気を強めて見下ろしてくる。思わず視線を逸らした先でミコトから強く見つめられ、反対に視線を向ければディンケさんが肩を竦めていた。何処を向いても誰かと視線がかち合い、終いには床を見つめる羽目になった。

 

「そもそも、今の【ヘスティア・ファミリア】は4名もの昇格(ランクアップ)者が出た影響で派閥の等級(ランク)が一気に上がっています。加えて竜種関連でギルドからの税の徴収額は数百万を超えますし」

「そ、その辺りはほら、各々が出す形で……」

「ミリア殿も自分の分は出す、と?」

「当然ですよ。派閥への納金は眷属の義務ですし」

 

 ヴェルフの眉が吊り上がり、リリがむすっとした表情を浮かべ、ミコトが天を仰ぐ。壁際に並んだディンケさんですら半眼で此方を見下ろし、イリスさんが『そうじゃない』と首を横に振る。

 皆して何か間違ってるみたいな反応はおかしい。

 

「それは、借金の返済をしながらって事か?」

「当然、その為にあらかじめ返済計画を立てたんですから」

「お前一人でか?」

 

 五億の返済計画。その殆どが俺主導、更に加えて俺しか動いていない。他の面々────借金の主であるヘスティア様ですら────関わりの無い計画にヴェルフ達は非常に怒っている様子だ。

 ヘスティア様も若干怒っている様子で……でも、だって、ほら、返せるよ? そういうの得意だし? 是非任せてくれればー、良い感じに、その……収まるよ?

 

「稼ぎに、問題は無くて……ですね?」

「ミリア様一人に負担をかけるなんて言語道断です。今までもそうだったでしょう、ミリア様一人であれやこれややって……戦争遊戯(ウォーゲーム)で少しは頼る事を覚えて頂けたかと思えば……はぁ」

 

 そんなこれ見よがしな溜息吐かなくても良いじゃん。本当に困ったら頼むし、今は本当に困ってないよ。だって計画も順調だよ? 俺が死なない限りは全然平気だし! だからほら、気にしなくても、良いんだけどなぁ。

 なんとか説得しようと言葉を重ねていると、リリが手を叩いて俺の発言を強制的に止めた。

 

「……ミリア様の戯言は置いといて、今後は【ファミリア】一団となって稼がないといけませんね」

「だな、ダンジョンに潜る回数を増やすか」

冒険者依頼(クエスト)も積極的にこなしていかないと」

 

 戯言ッ!? 酷くね? そこまで邪険に扱わなくて良くない? 何がいけないの?

 この額の返済は流石に全員協力しても大変だし、そういうのは得意な奴に任せちゃえば……いいと、おもう、んだけどなぁ…………。

 

「ま、待つんだ! そもそもこれはボクの借金さ、ボクが自分で返す! いや、返さなきゃいけないんだ!!」

 

 …………でも、それだと間違いなく数百年は俺とベルの為に時間を費やす事になる。

 いくらなんでも、それは無い。既に両手で抱えきれないぐらいに色んなものを貰ったのだから、更に数百年と言う時間を俺の為に使うだなんて、それは、やり過ぎだ。

 

「むしろこの契約書はボクが二人に向ける愛の結晶! 誰にも渡してなるものかッ!」

「借金の塊が愛の結晶であってたまるものですか!」

「愛の結晶と仰るのであればもっとしっかりと管理して頂きたかったです」

「自分の荷物に紛れていましたからね……」

 

 リリ、ヴェルフ、ミコトが白い目をして強烈な棘を含む突っ込みを入れる。ヘスティア様が呻き、それでも結わえた髪と共に顔をぶんぶんと振って立ち上がった。

 

「ともかく、キミ達が借金を請け負う必要はないんだ。ミリア君が返済してしまった分は、ちゃんとミリア君に返す! ボクがバイトしているのは知っているだろう? あれの対価は殆ど借金に当ててるんだ。何百年かかろうと返しきってみせるさ」

 

 納得がいかないので反論しようと口を開こうとすると、ヴェルフ達に鋭く睨まれてしまう。

 言外に黙っていろと言われ、大人しく座り直していると、ヘスティア様が続ける。

 

「とにかく、これは決定だから。眷属(キミ)達は何にも気にしなくて良いから。以上っ」

「どちらに」

「部屋に戻るんだよ」

 

 早口に捲し立ててそのまま部屋を出て行こうとするヘスティア様にミコトが問いかければ、ぴしゃりと言い切っり、居室(リビング)から出ていってしまう。

 取り残された返済証明書を丸めて箱に仕舞おうとすると、横から伸びた手がソレをひょいと奪っていった。

 

「ヴェルフ、返してくださいそれは────」

「なあ、前にも言ったが。俺達が頼りないのか?」

 

 違う。それは絶対に違う。

 ただ、俺が得意な場面だから、俺の手腕を存分に振るえる場面だから、全力を尽くすだけだ。

 Lv.2のヴェルフから木箱を奪い返し、しっかりと抱えてその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 足早に居室(リビング)を後にする少女の背を見ながら、ヴェルフが重苦しい溜息を零した。

 

「はぁ……リリ、どう思う?」

「似た者同士と言いますか……変な所で頑固なんですよねぇ。ヘスティア様もミリア様も」

「あの二人があそこまで必死になるのは、やはり【ファミリア】の為なのでしょうが……」

 

 リリとミコトも同じ様に溜息を零し、成り行きを見守っていたディンケが肩を竦める。

 

「あの手の頭の固い奴は何言っても無駄だな。勝手に手伝うぐらいで良いと思うぜ?」

「うーん、凄く頑張ってるのは伝わってくるって言うか、なんというかー……やり過ぎな感じするよね」

 

 イリスがうんうんと唸り、小さく溜息を吐いて顔を上げる。

 

「一応、私達もダンジョンに潜る頻度上げて少しでも稼ぐよ」

「いや、アンタらは関係無いだろ。一年後には元の派閥に戻るんだろう?」

 

 ヴェルフの言葉にイリスが眉を顰め、ディンケが頭痛を堪える様に眉間を揉んだ。

 

「いや、今の見せられて『わかった。全部任せる』とはならんだろうに」

「一年とはいえ仲間だしね。まあ、副団長のアレはちょっとどうにもならないと思うけど……」

 

 一年という長い様で短い期間、【ヘスティア・ファミリア】の団員として、女神ヘスティアの眷属として活動する彼らにも考えはある。

 確かにミリアの言う通り任せておけば自分たちは非常に好待遇で過ごせるだろう。しかし、事あるごとに『何か必要なモノは無いか』と問いかけてくる副団長に思うところが無い訳ではない。

 冗談で欲しい物を言うと、本気でソレを揃えようとしてくる辺りで彼らにもおおよそ察しはついてる。

 

「過剰なんだよな。返し方が」

「だよねぇ。こっちはもう十分だって思ってるのに、まだ足りないって思ってそうっていうか……ちょっとおかしくない? 副団長って」

 

 ディンケとイリスの二人の迷う様な言葉に対し、ヴェルフとミコトが納得の吐息を零し、リリが頭を抱えてぼやいた。

 

「……親と子は似るとは言います。しかし人を頼らない部分なんて似なくても良いのですが」

 

 

 

 

 

 一人で部屋に籠っていると、モヤモヤとした陰鬱な考えばかりが浮かんでしまい気分が沈み続けてしまう。

 流石にこのまま部屋に籠っていてもモヤモヤするだけだと、気分転換に例の風呂に足を運ぶことにした。

 十人は余裕で入れそうな大浴槽。新品の木材(ひのき)の良い香りに満ちる浴場を眺め、溜息一つ。

 天井付近を見上げれば、湿気対策に隙間が作られており────決して覗き用のモノではない────男湯から聞こえるやり取りが耳に入った。

 

『良い木材使ってんな』

『おぉー、ほぼ貸し切りか』

『広いな、というか広すぎる気がするが』

『……四人で使うにはちと広いか』

 

 ディンケ、ルシアン、エリウッド、そしてグラン。ガネーシャ組三人と、ロキ組の黒一点が壁越しの男性用の風呂に入っているらしい。

 そのやり取りに耳を傾けつつ、髪を丁重に洗っていると、女性風呂の入口が開かれヘスティア様が入ってきたのが見て取れた。

 

「…………ヘスティア様」

「やあ、ミリア君……えっと、あはは」

 

 気まずい空気に満ち、ヘスティア様が俺とは真反対の洗い場で体を洗い始めたのを見て、溜息を飲み込んだ。

 こんな風に、気まずい雰囲気は嫌だが、声をかけ辛い。更に重苦しい溜息を溜め込みながら髪を洗い終えると、同時にヘスティア様も髪を洗い終えたのか目が合った。

 思わず視線を逸らし、そのまま湯に足を付けて一気に全身を沈めた。肩まで浸かりながら体を弛緩させる。

 全身に感じる熱い湯の感覚に吐息を零し、天井を見上げる。同じようにヘスティア様も天井を見上げているのを視界の端に捉えていると、ガラガラと戸の開く音が響いた。こちらではなく、男性の方らしい。

 入ってくる時期(タイミング)的に、ヴェルフかベル。もしくは両方だろうか。

 

『おっ、団長じゃないか。先に風呂貰っちまったぞ』

『ディンケさんに、ルシアンさん、皆さん入ってたんですね』

 

 ディンケの冗談交じりの言葉にベルが戸惑いがちに応える声が聞こえた。

 

『思ってた以上に豪華だな、見ろベル』

『本当だ、ミコトさんの拘りのおかげだね』

『まあ、ちょっとやり過ぎだけどな』

『あははは……』

 

 ヴェルフとベルのやり取り。ベルの声は若干固く、気落ちしている様子がうかがえる。

 ぼんやりとそのやり取りを聞いていると、ヘスティア様が音も無く壁際に近づいてぺたっと張り付いたのが見えた。盗み、聞き? ……まあ、良いか。

 

『……ん? えっと、どうしたのヴェルフ?』

『いや? 冒険者らしい体付きになったもんだと』

『ええっ』

『前よりも筋肉もついたんじゃないのか? ほら立派なもんだ』

『あ、あの……そうかなぁ』

 

 二人が男同士でじゃれ合う声が聞こえ、ヘスティア様が壁にさらに強くへばりついて良く声を聞こうとしていると、今度は女性用の浴場の戸が開かれ、ミコトとリリが顔を出した。

 

「ミリア殿と、ヘスティア様?」

「ヘスティア様は何を……?」

「しーっ、静かに」

 

 人差し指を口の前に立て、静かにする様に言いながら、ヘスティア様は腰に手を当てて力強く宣言した。

 

「覗きは女の浪漫だぜっ」

 

 性別間違えてますよヘスティア様。

 

 




 適材適所って言葉ありますよね。それ当てはめると割となんでも出来ちゃうミリアちゃんってなんでもかんでも抱え込む羽目に……(なお本人はそれで良いと思ってる模様)





 イシュタル編、どうしようかなぁ。

 フリュネがねぇ、一応第一級冒険者ですし。噛ませに近いけど、でも第一級冒険者だしなぁ。
 簡単に倒しちゃ不味いし、ちゃんとツヨツヨな場面を…………書いた方が良いよなぁ。というか、ツヨツヨな場面無いとフリュネ・ジャミールってただの『自分を美しいと思い込んでる精神異常者』だし……。

 …………先に謝っておきますね。ごめんなさい。

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