魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五二話

 極東式の檜風呂。迷宮の天然温泉とは全く違うその湯に浸りながら、ベルは静かに天井を見上げていた。

 入団希望者を募る会合であった衝撃的な事実で意識を飛ばしており、その後新しい団員が一人も居ないと聞いて気落ちしていたベルはようやく肩の力を抜いて、吐息を零した。

 

「少しは、元気になったみたいだな」

「えっ……」

「急に倒れたから心配したんだぞ。あんまり考えすぎるなよ、らしくない」

 

 すぐ横で同じく湯に浸かるヴェルフが笑いかけてきたのに気付いたベルは小さく頷く。

 自分が凄く心配をかけてしまった事に気付くと、ごく自然に少年の口から言葉が零れ落ちていた。

 

「うん…………ヴェルフ、ありがとう【ヘスティア・ファミリア】に入ってくれて」

「ん、どうしたんだ急に」

「いや、ちゃんとお礼を言っておかなきゃって思ってたんだ。リリやミコト、助けてくれたディンケさん達にも」

 

 呟く様に口にしたその言葉に、ディンケ達が小さく肩を竦めていた。

 その様子を見てベルが小さく笑みを浮かべ、独白を続ける。

 

「僕、本当に嬉しいんだ。皆と一緒に同じ本拠(ホーム)で暮らせる事が……なんか不思議だね。出会った時はこんな風になるなんて思っていなかった」

「そりゃあそうだ。俺だって思っちゃいなかった」

 

 ヴェルフの相槌に応える様に、今の沈んだ気分を晴らす様に、少年は想いを口にした。

 

「ミコトさんは、ダンジョン内で咄嗟に僕が助けよう、なんて無茶言って助けた事がきっかけで……あの時はまだまだ未熟で……今も未熟だけど」

「あの時の事は今でも思い出せるな。だが、お前は間違ってなかった」

「あの時助けた事がきっかけだけど、まさか大切な自分の派閥(ファミリア)から移籍までしてくれて、戦争遊戯(ウォーゲーム)の助っ人に駆けつけてくれた。……いくら感謝しても足りないくらい」

「……ああ」

 

 若干歯切れが悪くなったヴェルフの相槌にベルが彼を見上げれば、ヴェルフは困った様に笑い、天井を見上げて呟く。

 

「感謝しても足りない、か」

「ヴェルフ?」

「なあベル、ミリアの事はどう思ってるんだ?」

「ミリアの事……? そうだなぁ」

 

 少年が迷宮都市(オラリオ)にやってきて。初めて出会い、救った少女。胸を張ってそう言って良いのか若干自信は無いけれど、それでも出会いはそんな形であった事に違いはない。

 

「最初は、僕が手を引いてあげなきゃってそう思った。ヘスティア様と引き合わせて、同じ眷属になって……ふふっ、僕ってさ、凄く情けなくてさ……いつもミリアに助けられちゃうんだ」

「そうか」

怪物祭(モンスター・フィリア)の時、シルバーバック……あの時には敵わないかもしれない怪物から逃げ惑っていた時、ミリアが駆けつけてくれて、時間を稼いでくれたんだ」

「ああ、噂で聞いた。駆け出しのヒューマンと小人族、二人で倒したんだってな」

「うん、他にも、いっぱい。あのミノタウロスとの闘いもそうだった。ミリアが後ろで援護してくれるって確信があったから、僕は恐れずに怪物の前に立てたんだ」

「なるほどな」

「本当に、数え切れないぐらい。決死行の時も、十八階層でも、戦争遊戯(ウォーゲーム)でも……」

 

 少年が連想する今までの日々。傍らには常に余裕そうな表情を浮かべた少女の姿があって。心の奥底から、少年は断言出来た。

 

「……本当に、あの時、ミリアの手を取って良かったって思ってる」

「そうか……」

「それに、神様もそうだよね」

 

 目を瞑り、今までの出来事を思い浮かべながら、これまでの日々の中で欠かせない主神(かみ)の事を話題に挙げた。

 

「神様、こんな僕を見つけてくれたんだ……僕に居場所をくれた。僕がオラリオに来てからの日々は、全部神様がくれたんだよ。ミリアの手を取ったのも、それが理由だったし」

「どういう事だ」

「ははは、笑っちゃうよね。僕が救って貰えたから、神様ならミリアも救ってくれるんじゃないかって……あの時の僕は神様に頼ってたんだ。ミリアと家族になれたのも、神様のおかげで……」

 

 少年はそこで言葉を止める。息を吸って、吐いて、戸惑う様に慕う青年の名を呼んだ。

 

「ねぇ、ヴェルフ」

「どうした?」

 

 少年が静かに湯に浸かる皆を見回して呟いた。

 

「僕ってさ、皆に貰ってばかりだね。これで良いのかな」

「良いに決まってる」

「えっ」

 

 ヴェルフの間髪入れずに呟きに応えた。しみじみと、波紋が交じり合う水面を見下ろしながら、ヴェルフは力強く断言する。

 

「お前が俺達に助けられたと思ってる様に、俺達もお前に助けられてる。そうやって支え合っていくのが【ファミリア】ってものだろ?」

「うん、そうだったね……そうだよね、僕たち、同じ【ヘスティア・ファミリア】なんだから」

 

 男湯に募った者達をベルが見回せば、思い思いの仕草で少年の視線に応える姿があった。

 

「まあ、当然だ。困った事があれば言ってくれ、力になるさ」

「猫の手も借りたいなら言ってくれよ」

「俺らも仲間だ、エリウッドさんもそう思うだろ?」

「触るなルシアン。まったく……我々も共に進む仲間なのは否定しない」

「盾が必要ならいくらでも貸すが、頭脳労働は任せてくれるなよ?」

 

 

 

 

 

 

 壁の向こうから聞こえたやり取り。

 温かな笑い声や冗談が響く男湯からの声。ベル、ヴェルフ、そして他の皆のやり取りに思うところが無いとは言えない。

 ぼんやりと天井を見上げていると、ふとすぐ隣に誰かが肩を並べて湯に浸っていたのに気付いた。

 

「ミコト?」

「……どうも」

 

 小さく会釈してきたミコトを見て、距離を取ろうと反対へ身を流そうとして────誰かと肩が触れ合う。

 

「あっ、ごめ……えっと」

「…………」

 

 反対側で静かに湯に浸っていたのは、リリだった。左右を挟まれていた事に気付いて、前に逃げようとして、目の前で湯に浸かるヘスティア様と真正面から向かいった。

 

「……ミリア君、大丈夫かい?」

 

 問いかけに対し反射的に『大丈夫』とありきたりな答えを返そうとし、口を塞いだ。

 ────さっきまで男湯の話声に聞き耳を立てていたのではなかったのか。

 

「え、まあ、はい。えっと……盗み聞きはもう良いので?」

 

 俺の質問に対し、リリとミコトが肩を竦め、ヘスティア様が視線を逸らした。

 もしかして、嵌められた? いや、悪意は微塵も感じられない。なんというか、逃げ場を無くされただけな気がする。

 どうすれば良いのかわからずに見回していると、ヘスティア様が真っ直ぐ此方を見据え、呟く。

 

「…………この後居室(リビング)で話したい事がある」

 

 そう言って、ヘスティア様は眉を下げて困ったような表情を浮かべた。

 短く、それだけを告げたヘスティア様はそのまま去っていく。リリと、ミコトもヘスティア様に続いて出て行き、気が付けば男湯の方から聞こえていたベルやヴェルフ、ディンケ等の和気あいあいとしたやり取りも途絶え、湯口から湯船に注がれる湯が立てる僅かな音色だけが残されていた。

 

 ふと、のぼせ気味になっている体を湯船から引っ張り上げて淵に腰掛け、揺らぐ水面に映った己の顔を見た。

 過去、悪行を重ねた男のモノではない。白い肌は赤く火照り、濡れた黄金色の髪の隙間から、赤と蒼の二色の瞳が覗いていた。

 戸惑いと、困惑と、それから色々な感情がごちゃ混ぜになり言葉では説明できない混沌とした感情の色合いを宿した瞳。俺の、目。

 答えが其処にある。その目の奥底に────暴き立て、白日の下に晒すべき、俺の醜い感情。

 

 頭の中でグルグルと回っているのは、ヴェルフの台詞だ。

 

『お前が俺達に助けられたと思ってる様に、俺達もお前に助けられてる。そうやって支え合っていくのが【ファミリア】ってものだろ?』

 

 わかってる。理解してる、一方的に助けて、力添えして、そんなモノは【ファミリア】とは言い難い、自分勝手な代物だってのは、わかってるんだ。それでも、他の皆に苦労をかけたくはない。

 身勝手な想いで皆を振り回して、結局は独り善がりでしかない、そんな代物。

 

 

 

 

 

 日も暮れて月明かりが差し込む居室(リビング)

 一番最後にその入り口の扉に手をかけたのは、俺だったらしい。

 ほのかに立ち上る湯気、湿り気を帯びた髪、全員が風呂上りなのが伺える。

 部屋の中央、暖炉を背にして仁王立ちをするヘスティア様の前に、【ファミリア】の皆が集まっていた。静かに顔を上げて此方を見たヘスティア様に促され、空いた一角に腰を下ろす。

 

「さて、集まって貰ったのは他でもない。ついさっき、ボクはキミ達に迷惑はかけない、そう言ったね」

 

 厳かな雰囲気に包まれている理由は、月明かりに照らされているからだけではない。

 申し訳なさそうに、ヘスティア様は続ける。

 

主神(おや)であるボクが、真っ先に改めるべきだった。ごめん、皆」

 

 深々と頭を下げて顔を上げたヘスティア様は、微笑んでいた。

 己の血を授けた眷属達を見回し、最後に俺とベルを交互に見てから、口を開く。

 

「ボクは情けない主神(かみ)さ。それでも格好つけたくて、無茶苦茶な事を言って、キミ達に迷惑をかけた」

 

 自分の行動で周囲の皆に迷惑をかけたくない。なにより────眷属(みんな)に嫌われたくない。

 

「でも、格好つけるのはもうやめた」

 

 吹っ切れた様に、微笑みを浮かべたヘスティア様が静かに吸って、吐いて、深呼吸をして息を整えている。

 ズキリと胸が痛む。それでも、視線を逸らす事無くヘスティア様を見上げて、言葉を待った。

 

「お金は何年かかってもボクが必ず返す。だから…………皆にはこんなボクを支えて欲しい」

 

 先の発言を取り消すのではない。ただ、頼り方を変えた。

 借金を直接返すのではない、神様を支える。それは、温かな食事であったり、家族(ファミリア)の団欒であったり、この本拠(ホーム)であったり────ヘスティア様一人では手の届かない、一人ではどうしようもない、笑顔になれる場所を守って欲しい。そう言っているのだ。

 

「借金まみれで情けない主神(かみ)で悪いけど……こんなボクで良いかな?」

 

 少し情けない笑みを浮かべたヘスティア様。

 それに対し、ベルが身を乗り出して頷く。他の面々も、若干呆れながらも頷いていた。

 けじめだけは自分で付ける。けれど他の部分では皆を頼りたい、そんな風に不器用にでも頼ろうとする様子を見せつけたヘスティア様を、場に集まった皆が支え、一緒に力を合わせていこう。そんな意思に纏まりゆく皆を見て、意思を同じくしきれずに床に視線を落としかけ────目の前に手を差し出された。

 

「ミリア君、恐いなら手を繋いでてあげよう」

 

 目の前に差し出された手の意味が分からない程、俺は馬鹿ではなかった。

 主神(おや)として、手本を見せてくれたのだろう。

 ヘスティア様の様子に、ベル達が静まり返る。差し出された手にを掴もうかと迷い、ぎゅっと小さく拳を握り締め────ぽんっと軽く肩を叩かれた。

 

「ミリア様」

「俺達が付いてるさ」

 

 リリに、ヴェルフ。月明かりに照らされた二人の様子を見て、さらにその奥、ベルが優しく笑いかけてくれていた。

 

「ミリア、大丈夫。大丈夫だから」

 

 目の前に差し出された女神の手に、自らの手を重ねる。

 力強くその手を引かれ、皆の前に立った。

 

 月明かりに照らされた居室(リビング)には、皆が集まっている。

 優しく見守る様に微笑むベルに、口元に笑みを浮かべたリリ、ニッと力強い笑みを見せてくれるヴェルフ、拳を握って頑張れと小さく声援を送ってくれるミコト。その後ろに集まっている者達も、誰もが優しい笑みを浮かべ、励ます様に笑いかけてくる。

 握られたままのヘスティア様の手の温かさに浸り、視線を落とす。

 

 ────話しておくべきだ。かつてのあの日々の事を。そして、俺が考えてしまった最低な返済計画を。

 

 いつか、話すと、話せる様になるまで待ってくれるとヘスティア様は言った。

 それは、きっと今この場だ。

 

「私は、【ヘスティア・ファミリア】に入団する以前は…………」

 

 かつての行いの数々が脳裏に蘇る。

 思い出せば思い出す程に、自分がどれだけ下劣な人間であったかを浮き彫りにする、最悪な記憶。

 悪行三昧、その中で俺は直接的な殺人こそしていない。だが、間接的には数多の人間を殺している。魘されていた時期もあったが、気が付けば気にならなくなっていた様に思う。

 

「最低な、人間でした」

 

 ああ、そうだ。そうだった、俺は人の命を数でしか見れない様になっていた。あの頃は、部下が減ったら補充すればいいとしか考えて無くて、顔を見せる事もしない。画面越しに指示を出すだけ。

 こっちはこっちで動くから、お前らは指示通りに動け。出来ないなら処分して別の奴を用意する。

 

「酷く、人間味の無い、怪物よりも怪物してるような、そんな、最低な人間でした」

 

 使えない────処分

 足手纏い────処分

 裏切った────処分

 

 自分と同じように、あの女に囚われて逃げられなくなった者達。

 同情していた頃もあったが、そんなモノ早々に捨てた。ソコで生き残るのに、同情心はいらない。

 毎度毎度、同情を誘って他の奴を蹴落として嘲笑う、糞を煮詰めた性格の奴が居て、逆に殺してやった。あれが俺の転機だったのだろう。騙されて、死にかけて、咄嗟の判断で相手の計画の穴を打ち抜いた。相手は死んだ。

 

「稼いだ金額が全て。人なんて、値札次第では使い捨て同然にも使い潰して……」

 

 過去、愛した者は居た。いた、いないなんて、言えない。情を抱いてしまった。

 その娘に名前は無くて、食材(どれい)になりかけだった娘。技術を教え込んで、娘の様に可愛がって、情を抱かせて俺の言いなりになる様に仕込んだ、最高傑作。

 ああ、人に着ける評価ではないのはわかってるとも────俺が教えられる事全てを仕込んだ、完璧な部下。

 愛していたかって? ああ愛していたとも。でも、死んだ。

 

 否、俺が殺した。

 

 依頼主(クライアント)からの無茶振り。その行動を起こせば死ぬ事が確定していて、別の部下を其処に配属してたら────その部下が裏切った。

 始末を付ける為にも、誰かがその代役をしなくてはいけない。俺は会場で動けなくて、通信機越しに指示を出した。あの時、俺は『やれ』そう一言その娘に告げた。

 任務は完遂し、莫大な報酬金が支払われる。最後、邪魔になった依頼主(クライアント)もしっかり事故死して貰って、完璧な仕事だった。俺が育て、愛情を抱いた娘もまた、事故死と言う形で死亡。

 

「あの頃から、ですかね。お金を稼ぐ際には、人の命を金額で計ってしまう様になったのは」

 

 娘の死。血も繋がっていない、ただ愛情を注いて、言う事を聞く人形に仕立て上げた積りになっていた、でも俺は、その死に、涙を流した。必要も無いのに、泣いた。

 その娘が負傷した時、俺は大袈裟に泣いて彼女の無事を喜んだ────効率的に俺に好意を抱かせる為に。

 その娘が任務に成功した時、微笑みを浮かべ彼女を抱きしめた────効率的に俺を愛する様に仕向ける為に。

 その、娘が、死んだ時、涙を流す必要なんて、微塵も無かったのに。一円にもなりゃしない、無駄な行為。

 

「駄目なんです。お金稼ぎに関しては、ダメなんですよ」

 

 あの一件以降、人を人として見れなくなる。否、見ない様にした。もし、もう一度、情を抱いてしまえば、取返しのつかない失敗をする可能性がある、そう判断したから。

 金を稼ぐ必要がある。それも数千万単位で────人質(あの人)の安全の為にも。だから余計な者は捨てる。捨てた、捨て続けた。

 求めるのは効率と利益。他に必要ない。

 

「さ、最初は…………最初の借金返済計画は、皆の手も借りようと……違う、皆も利用しようとしてました

 

 ヴェルフ・クロッゾ……『クロッゾの魔剣』、売ればどれだけ儲けが出るだろうか?

 リリルカ・アーデ……彼女の変身魔法を使って、情報収集。集めて、売って、利益はどれほど?

 ヤマト・ミコト、ディンケ・レルカン、イリス・ヴェレーナ…………皆、みんなだ、みんなの能力を十全に発揮して、どれだけの収益を上げられるのか。

 

「私の予測が正しければ全員の能力を十全に発揮すれば。五億なんて半年かからずに返済できますよ」

 

 ただし意思や感情は度外視して、だ。

 最高効率と最高利益だけを追求した、血も涙もない、そんな計画。

 

「最低でしょう? 気持ち悪いでしょう?」

 

 家族になったと、笑いかけた相手。そんな人達を、()()()()()()()()

 ────だから、だからこそ、皆に知られたくなかった。

 

「私は、そんな人間なんですよ」

 

 ふと、我に返った時。自分が考えていた計画の一端を目にした瞬間、吐いた。

 大切に思ってるはずなのに、何処は歯車が狂ってる様に、ふとした瞬間に利用法を考えてしまう。

 

「だから、私は……」

 

 一気に、吐き出す様に、ぶちまけて────限界だった。

 息が詰まる。皆の顔を禄に見る事が出来ない。

 

「………………」

 

 違うのだと、それだけは違ったのだと、思いたかった。

 誰の手を借りるでもなく、自分だけで返す。他の誰も()()()()()、俺の手だけで、返す事でソレを否定したかった。

 昼間、入団希望者として集まった、あの屑共の同類だなんて、認めたくなかった。

 それに、こんな事を知られたら、笑い合った仲間が、そんな風に利用しようとしていたなんて、知ってしまったら。

 

 ────今まで通りに笑い合う事なんてできない。

 

 月明かりだけが差し込み、街の喧騒が遠くに聞こえる室内。

 あるのは過呼吸気味の荒い息遣い。跳ね狂う心臓の音色。ガンガンと耳鳴りが響き、溢れ出した涙が毛の長い絨毯に滴り落ちる。

 どうして、こんなに汚いんだろうか。せっかく、せっかくヘスティア様が拾い上げてくれたのに。

 

 夕暮れに染まる街並。ベルが、俺の手を引いてくれた。ヘスティア様と引き合わせてくれた。

 月明かりが差し込む市壁の下、ヘスティア様が名を与えてくれた。

 今まで無くして、ずっと渇望していたモノを、与えてくれた。

 居場所も、温かさも、優しさも、どれも両手で抱えきれないぐらい大切なモノを、一杯貰った。

 

 なのに────そのはず、なのに。

 

 醜すぎる。酷過ぎる、なんなんだコレは、家族だって笑い合った相手を、利用しようだなんて考える、そんな下種だったなんて、嫌だった。知りたくなかった、知られたく……なかった。

 

「ごめん、なさい……」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のさ中、ヴェルフが意地を曲げて魔剣を打ってくれた。

 そのきっかけは、俺の涙にあって────あの、涙は、本当に、俺が流したモノか?

 ヴェルフをその気にさせる為に、必要に応じて流した涙ではなかったか?

 リリを助けようとしたのは、一人でも多くの戦力を確保しようとしたからじゃないのか?

 ミコトが助っ人に来た時、心のどこかで桜花や千草も来れば良かったのにと悪態をつかなかったか?

 増援組に与えたのは最低限の任務。グランが片腕を失い、フィアが片足を失う程に奮闘してくれるだなんて、考えていなかった。意思や感情を無視して、最低限の利用法だけを考えていたのではないか?

 

 ────どれもこれも、利用していただけではないか?

 

「私は、みんなを…………利用してて……」

 

 助け合い、支え合う。そうやって過ごすべき【ファミリア】の中で、自分だけが、利用法を考えてる。

 場違いで、汚らしい、そんな奴。

 

 

 

 

 

 静寂に包まれた部屋に響く、嗚咽。

 小さな少女は、己が犯した悪行の数々、その一部を晒した。

 突き落とされた地獄で抗い続け、ようやく手に入れた今という平穏の中で、過去の経験から知らぬ間にあの頃の感覚で進めようとしてしまうソレ。

 利用され続けてきた日々。利用される事を嫌い、人を利用する事も同時に嫌悪している。

 利用しようとしてしまった事を自ら戒め、そうならぬ様に己の手のみで解決しようとした。

 ────だからこそ、話を聞いた者達は納得したのだ。

 

「そっか……」

「ミリア様はそれで誰にも頼りたがらない、と」

「それでか……」

「成る程……」

 

 頼り方を知らないのではない。人を頼る事はイコールで利用する事だと認識している。

 俯き、神ヘスティアの手を握ったまま視線を床に落とす彼女に対し、ベルは意を決して口を開いた。

 

「ミリア、僕はもっとキミに頼って欲しいんだ」

「……でも、それは」

 

 俯いたまま、視線を合わせる事も出来ずに震えて涙を零す彼女が否定の言葉を重ねようとし、遮られる。

 

「違いますよミリア様、利用しようとかそんな風に難しく考える必要なんてないのです」

「ああ、そうだな。難しく考え過ぎだ。もっと気軽に相談しろよ」

「相談して頂ければ自分たちは力に成れます」

 

 リリルカ、ヴェルフ、ミコトの順に発言してミリアに笑いかける。

 彼女は俯いたまま、視線と涙を床に落としている。

 

「ミリア君、顔を上げなよ」

 

 女神に促され、少女が身を震わせる。

 呼吸は乱れ、涙が零れ落ち、震える手でヘスティアの手を握ったままきゅっと目を瞑る。

 

「大丈夫さ、ミリア君。キミの好きな皆は、そんな事を気にする子達じゃないさ」

 

 女神に促され、少しずつ顔を上げていく。

 涙でぐしゃぐしゃになったまま見上げた光景は────

 

 ────今まで通りに笑いかけてくる仲間の姿だった。




 お金関連で『頼る事』はイコールで『利用する事』。前世の感覚が抜けきらなくてってやつ。


 使い捨てにする気で育てたキャラに情を抱いてそのまま最終育成しちゃうとかありますよね()


 増援組の人達は自分たちこそ場違いだったのではと顔を見合わせて空気に徹してる()

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