魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

154 / 218
第一五三話

 軽蔑の視線を受けるでもなく受け入れられた事に喜びに浸ったのも昨晩の事だ。

 俺一人での返済計画はダメ出しされて変更を余儀なくされ、皆で話し合った末に出たのは、より一層力を合わせてこの一件を乗り越えていくという結論だった。

 朝早くからバイトに出て行ったヘスティア様を見送ってから、残りの仕事を片付けるべく皆で手分けして屋敷の中を駆けずり回る。

 イリスさん達やディンケさん達も今まで通り、変わらぬ表情で接してくれ────てい、る、と思う。若干、生暖かい視線を受けるのは、仕方なしと割り切るほかないだろう。むず痒いからなんとかしたいが……。

 

「明日から忙しくなるし、今まで以上に……いや、頑張り過ぎるなって言われたばっかだっけ」

 

 意気込もうとして、皆に言われた事を思い出して肩から力を抜く。

 それでも、今日中に片付けそのものを終わらせて明日から迷宮探索を再開するのだ。

 ……リリがスキルを活かして大荷物を運んでいるのを見て顔が引き攣る。なあ、信じられるか? リリって俺よりレベル二つ下なんだぜ? アレ、俺だと運べないのじゃが。

 

「ミリア、こういう時こそ適材適所って言うんだぜ、これ頼む」

「むぅ、リリだけが大荷物を運ばされてる気がします!」

「あはは、リリのスキルって便利だよね」

 

 ヴェルフに頼まれたのは両手で抱えられる程度の木箱。リリの方は自身の背丈より大きな大箱。この差は……。

 まあ、こういう時こそ適材適所。Lv.3になっても非力な俺はなぁ……素質と言えばいいのか、基礎アビリティの力と耐久の伸びはかなり悪い。素のレベル分だけで言えばリリ以上に力あるが、荷物の運搬性能はなぁ。

 

「おーい、客が訪ねてきてるぞー」

 

 一階部屋の一つでミコトとベル、ヴェルフ、そして俺の四人で木箱の中身を引っ張りだしていると、部屋の扉から覗き込む様に顔を出したルシアンさんが声をかけてきた。

 

「客? 誰かわかりますか?」

「んと、【タケミカヅチ・ファミリア】の千草って奴だ。ミコトちゃんに用があるみたいだぜ?」

「千草殿が?」

 

 失礼と断りを入れてミコトが整理を止め、立ち上がって部屋から出て行く。その背を見送っていると、ルシアンさんが入れ替わりにミコトが途中で止めた作業を再開した。

 棚に荷物を納めつつ、室内でも相変わらず頭巾(フード)を被っているヒューマンの青年が首を傾げた。

 

「なあ、千草ちゃんってどんな娘なんだ?」

「えっと、千草さんはミコトさんと同じ極東出身の幼馴染でタケミカヅチ様の眷属ですね」

 

 ベルが答えながらも気になるのか窓からミコトたちの様子を見ている。

 手早く整理を終えたルシアンが腰を叩きながら立ち上がり、それじゃと手を振って去っていくのを見送りつつも、俺も手元の木箱の中身を棚に納める。

 

「……何かあったのかな?」

「さぁ、わからないな」

 

 ベルとヴェルフの言葉に思わず顔を上げる。どうかしたのだろうか?

 

「ん、ああミコトさんが何か驚いてたみたいで……何かあったのかなって」

「何か……タケミカヅチ様の所で問題でもあったんですかね」

 

 俺も窓から前庭にいるらしい二人の様子を伺おうとすると、丁度千草が足早に去っていく背中が見えただけだった。ミコトの方はしばらくすると戻ってきた。

 

「ミコトさん、何かあったんですか?」

「い、いえっ。別に、何も……っ」

 

 ベルの問いかけに対し、目を逸らして素早く会話を切った。

 何かあったのは確定だが、語りたくないのかそのまま空箱を抱え「は、早く作業をっ」と動揺しながら部屋から出て行った。

 俺とベル、ヴェルフがそんなミコトの様子に首を傾げていると、廊下からリリがひょこりと顔を出した。

 

「何やらミコト様の様子が変でしたが、何かあったのですか?」

 

 リリの疑問に対し、俺達三人は曖昧に答える事しかできなかった。

 

 

 

 

 

「きょ、今日は早めに就寝させていただきまーす」

 

 荷物整理もほぼ完了し、夕食を終えたころになってミコトが空々しくもそう宣言した。

 主神であるヘスティア様は借金返済の為にもと、バイトの残業に勤しんでおり姿は無い。

 イリスやディンケ等、付き合いの短い者達も違和感を覚えたのか彼女の発言に首を傾げつつも返事を返す。

 俺やベル、ヴェルフやリリ等それなりに付き合いのある者達は自然「お休みなさい」と彼女を見送った。時刻は夜の八時前、少し早すぎる時間に就寝宣言をした彼女の様子にフィアが口を開いた。

 

「何かあったのか? 様子、少し変だったし。妙な汗もかいてたぞ」

「……ねえフィア、その自然に匂いで判断するのやめない? 確かに様子が変だったけど」

 

 獣人らしく鼻が利くフィアが様子が変だった極東の忍少女に言及すれば、メルヴィスが眉間に皺を寄せて苦言を呈した。獣人的には臭いで相手の体調や気分なんかを探るのは普通なのだろうが、それ以外の種からすると……その、匂い云々言われるのは気になるよなぁ。

 まあ、それはさておき、だ。

 

「すいません、留守を任せても良いですかね」

 

 ディンケ達に留守を任せ、キューイ曰く今屋敷をこっそり出て行こうとしているらしいミコトを追うべく、俺とベル、ヴェルフにリリの四人が立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ここの所、様子が変でしたからね」

「あいつも誰かと一緒で分かりやすいからな」

「うっ……」

「そこはベルの良い所だと思いますけど」

 

 仲間に黙って夜の街に繰り出した嘘がつけない真面目な性格のミコトを追う四人。

 普段なら気付かれそうなのだが、今日の彼女は注意力散漫になっているのか全く気付かない。物陰に隠れては移動を重ね、ミコトの後を尾行する。

 キューイが使えればもっと確実な尾行が出来たのだが、流石に目立ちすぎるという事で今回は非参加。代わりに頭の上には結晶竜が化けている髪飾りを付けてきた。

 付かず離れずの距離を保って追跡を続ける内、ミコトは南のメインストリート────繁華街に到着する。

 周囲の喧騒は最高潮に達しようとしており、大劇場(シアター)賭博場(カジノ)、高級酒場等の大型施設が軒を連ね、身形の良い商人や冒険者、更には神々が溢れていた。

 そんな喧騒の中を歩んでいたミコトは、唐突に大通りから道を折れ、路地裏の店頭に佇んでいた少女と合流した。

 

「あれは千草様? ミコト様とお二人だけでしょうか?」

「ア・ウ・イ・エ・オ・オ、最後は殿(どの)、人名? もう一つは……ア・ン・ア・ウ・ア・イ……んん?」

 

 ミコトと千草の会話を遠くから目を凝らし、口の動きから母音を予測で当てて口に乗せていると、何処かで聞いた様な母音の連なりにぶち当たった。

 アウイエ殿……ハルヒメ殿か? 後者は歓楽街(かんらくがい)……だと思う。もしかして『歓楽街』が目的地か?

 

「読唇術も出来るのか、本当になんでもできるな、ミリアは」

「どくしんじゅつ?」

「唇の動きから言葉を読み取る技能ですよベル様、それで何かわかりました?」

 

 感心した様なヴェルフには悪いが、普通に周囲の状況と母音だけで予測しただけだからぶっちゃけわからん。

 とはいえ、彼女らが何処に向かおうとしているのかわからん。あの性格のミコトが歓楽街に行くとは思えんしなぁ。

 

「あっ、何処かに移動するみたいですよ」

「ミリア、追いながらでいいから教えてくれ」

「……あー、『夜の街』が目的地かもしれないですね」

 

 極東出身の少女たちが足を向けている先、都市南東部の方角を見てそう呟くとヴェルフとリリが同時に『それはない』と否定した。

 俺も同感ではある。

 二人の尾行を続けていると、繁華街がみるみるうちに遠のく。身を寄せ合ってあるく二人が薄暗い小路を進んで行った。

 

「おい、まさか……ミリアの予測通りなのかっ」

 

 暫く尾行を続けていると、ヴェルフが唐突に顔を上げた。

 ヴェルフの固い声に反応してリリが体を揺らし、ベルだけが「えっ?」と何もわかっていない表情を浮かべた。

 俺は眉間を揉んで溜息を零す。一応、何かしらの問題(トラブル)を起こしさえしなければ良いとは思うが……逆に起こしたら、ヤバい。

 

「ベルッ、お前はここで帰れっ」

「ベル様ッ、帰ってくださいっ」

「えっ、えっ? なんで、なんでっ?」

 

 ベルを挟み込み、左右から同じ命令を放つヴェルフとリリ。

 混乱して顔を左右に振り、狼狽えるベルに対して二人は更に語気を強めた。

 

「いいから聞けっ。お前にはまだ早い」

「むしろベル様が来て良い場所ではありませんっ」

「そんな今更なんで……ミリアはっ」

「あー……そうね、ベルも避けた方が良いかも、とは思うわね……」

 

 アマゾネスの習性ぐらいは知っているだろう。男を攫っては、精も魂も尽き果てるまでしゃぶりつくされちゃうんだけど……。

 更に付け加えると、強い男とか、有名な男とか、そういった男には目が無い。ほら、今都市内で滅茶苦茶熱狂(ホット)な話題の中心人物とか、絶対に群がると思う。

 まあ、【イシュタル・ファミリア】直属の『戦闘娼婦(バーベラ)』に捕まらなきゃ平気だろう。ベルの《幸運》に賭けるかなぁ。

 

「えっ……でっ、でもほらっ、ミコトさん達行っちゃうよっ!?」

 

 除け者扱いされる事をごねるベルを、リリが説得しようとするも失敗。

 道の奥に消えていくミコト達の背を見て二人が眉を顰めた。

 

「あー、くそ。リリスケ諦めろ、追うぞ」

「う~~~~ッ!! ミコト様、よりにもよってどうしてあんな場所にぃ…………っ!」

 

 諭すのを断念したヴェルフが壁の影から飛び出し二人の後を追う。それに続くリリが苦虫を噛み潰した様な表情で恨み言を呟き続ける。面食らったベルも慌てた様に続いて飛び出したのを見て、ベルに追従しながら、最低限、これだけは伝えておく。

 

「ベル、死にたく無ければ『戦闘娼婦(バーベラ)』には気を付けてください。【ファミリア】の本拠に連れ込まれたら…………生きて帰れないかもしれません」

「えぇっ、ミコトさんたちどんな恐ろしい所にっ!?」

 

 いや、女であるミコト達にとっては、少し貞操の危機があるだけ……あー、どっちも同じか。

 

 

 

 都市第四区画、その南東のメインストリート。

 東方や砂漠地帯を始めとした、迷宮都市(オラリオ)近辺ではまず目にしない様な建築様式の建物が密集している。その殆どに掲げられた看板は、艶めかしい紅い唇やみずみずしい果実を模ったモノばかり。

 そんな店舗の前には背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾った、蠱惑的な女性達。

 アマゾネスの数も勿論多いが、ヒューマンや獣人も目に付くし、中には小人族(パルゥム)や、こういった場所を毛嫌いするエルフまで、揃っている。

 彼女達は皆、道行く男性を呼び止めては蠱惑的に、あるいは挑発的に微笑みを浮かべる。鼻をだらしなくのばした男性と一言二言交わすと、手を取って────あるいは腰を抱き寄せられながら────それぞれの店に消えていく。

 豊満な胸や、薄い肩、腿が視線をどこに向けても入り込んできて、漂う淫靡な香りと店から僅かに聞こえる嬌声が交じり合い咽返る様な空気。

 

「あ、あ、あの人達って……」

 

 震える指を向けながら、口を開閉し続けるベルが情けない声を零した。

 色気たっぷりな女性の正体に行き当たり、この場所がどういった場所なのかを理解したのか、少年は真っ赤になって狼狽えていた。

 

「娼婦ですね。いやぁ……胸も大きいし、腰つきもまた、色っぽいですねぇ」

「ミリア様は何を普通に観察しているのですかっ、はぁ……ベル様には一生来てほしくありませんでした」

「ここの匂いは、どうにも慣れないな」

 

 いや、一生に一度は足を運んでおくべきだとは思うがね。こういった場も経験の一つだし……美人局には気を付けないと不味いがね。あと、此処の本拠(ホーム)を根城にしてる、第一級冒険者(ヒキガエル)

 

「お兄さぁん、遊んでいかなぁい?」

「他を当たってくれ」

 

 精悍な顔つきのヴェルフに対し、蜜に群がる虫の様に娼婦達が甘い笑みを浮かべて群がるが、億劫そうに押し返す。

 ベルに近づこうとする娼婦に威嚇して追い返すリリが「リリも幸いここに堕ちませんでした」と呟いた。

 俺は、そもそも前世は男だったし、そういった関係は……無くは無かったが。

 

「ミリア様は、経験があるので?」

「ん、まあ、ほどほどかしらね。騙す為の一環で寝た事が無い訳じゃないわ」

 

 女とは何度も寝たが、男とは一切経験が無い。

 性別が変わった弊害でベル達に妙な勘違いをされかけるが、どう説明したモノかと悩みながらも、ミコト達の追跡を続けていると、南東のメインストリートに出た。

 南東のメインストリートの第三、第四区画の辺り一帯が歓楽街である。今までいた第四区画から大通りを渡って第三区画へと姿を消そうとしているミコト達の背が見えた。

 

「不味い、いくぞ」

「う、うん」

 

 間合いをとり、隠れながらの追跡していた事もあって大通りという見通しの良い場所では見つかりかねないと距離を取り過ぎた。角を曲がる後ろ姿が僅かに見えたのみで、このままでは見失ってしまう。

 メインストリートには多くの娼婦と、それに誘われた男性で込み合っており、ヴェルフが先頭に立って彼女らの人垣をかきわけ進む。なんとかリリの服の裾を掴む事で逸れるのを逃れながら、第三区画へを足を踏み入れる。

 第四区画よりも明るさの増した区画を進むと、ミコト達を見つける事に成功した。しかし、安堵の吐息を零すには早い様子だ。

 

「こんな場所でミコトたん、いや【(ぜつ)(えい)】たんに会えるなんて!」

「やっぱり黒髪は良いな」「極東っ娘萌え~」

「あ、あのっ、じっ、自分たちには重要な使命が……っ!」

 

 ニヤニヤと揶揄いの笑みを浮かべた美丈夫、男神達に絡まれている姿を見つけてしまった。

 壁際で半円に包囲し、遊ばないかと誘いかけている神々。

 取り乱している千草と、彼女を背に庇いながらも気圧されているミコト。神相手に強く出る事が出来ずにあたふたしている二人。

 そして、そんな二人の様子を理解しておきながら反応を楽しむ様に、ちょっかいをかける神々。

 神々が愉快犯と言われる所以を目にした気分でリリ、ヴェルフ、俺の三人が溜息を吐いた。

 

「男神様、悪ふざけは勘弁してやってください」

 

 近づいて声をかけたヴェルフに対し、神たちが『ん?』と振り返り、ミコト達が驚愕の表情を浮かべた。

 ヴェルフの後ろから顔を覗かせたリリもまた、男神達を追い払うべく口を開く。

 

「こんな所で油を売っていて良いのですか? 夜は短いですよ?」

「おっとそうだった! ジェシカちゃんのお店のサービスタイムが終わってしまう!」

眷属達(ファミリア)の目を盗んでやって来たんだ、今日は羽目を外すぞー!」

「大事な派閥の資金(おかね)ちょろまかしてきましたー!」「あ、俺も」「俺も俺もー」「儂も」

 

 揃いも揃って高笑いしながら去っていく男神達。

 快楽主義者たる神々が歓楽街に足を運ぶのは日常風景であり、派閥によっては暴走して資金を食い潰されんが為に神を拘束せんと、団員が怒り泣きながら手段を尽くそうとする事すらある。

 嵐の様に過ぎ去っていく男神達を何とも言えない表情で見送り、ようやくミコト達と向かい合った。

 

「こんばんは、お二人とも……どうです、今からしっとりお話でも?」

 

 からかい気味に声をかけると、二人は狼狽えながらも声を絞り出した。

 

「ど、どうして皆さん此処に……」

 

 嘆息混じりにリリがミコトをジトッとした目で見上げる。

 

「ミコト様の様子がおかしかったので、失礼ですが付けてきました」

「一蓮托生の【ファミリア】になったんだ、隠し事はするな」

 

 リリ、ヴェルフの言葉にミコトが息を詰まらせ、俺を見て申し訳なさそうに肩をすぼめた。

 

「あ、あの、ミコトを責めないでください……。元はと言えば、私のせいで……」

 

 ミコトを庇う様に前髪を揺らして千草が歩み出る。

 か細い声で「ごめんなさい」と謝罪する彼女に対し、赤い髪をかき上げながらヴェルフが経緯を問いただす。

 

「説明してくれ」

 

 その問いかけに、千草がたどたどしく説明をはじめ、少々口下手な彼女に代わり途中からミコトが説明を引き継いだ。

 千草曰く、故郷である極東の知り合いと似た人を歓楽街(ここ)で見た事。

 ミコト曰く、つい先日、千草の知り合いの冒険者達からその噂を聞いた事。

 同郷のその人物は、数年前から行方不明になってる事。

 真偽を確かめる為に二人で足を運んだ事。

 同郷の者同士の問題であり、派閥の皆を巻き込むのは申し訳ないと思った事。

 付け加えると、場所が場所だけに相談も出来なかった、と……。

 

「はぁ、派閥を巻き込みたくないのであれば、そもそもこの場所に足を運ぶべきではないと思いますね」

 

 此処、【イシュタル・ファミリア】の支配区域だぞ。

 一応、あの女神の特徴的に美の女神に分類されないヘスティア様を潰そうとは動かないだろうし、その眷属達も……あー、ベルの事を男として狙うだろうが、派閥同士のぶつかり合いになる様な事にはならないはずだ。

 とはいえ、探りを入れるなら話は別だ。

 

「それに、こういった場所なら桜花さんに頼むべきかと。適任でしょう?」

「うっ……お、桜花は、歓楽街(ここ)に、連れてきたくなくて……」

「あの、千草殿は桜花殿の事を幼馴染としてではなく、その……異性として」

 

 あー……真っ赤になって俯いた千草と、釣られて赤くなるミコトの二人。

 彼女らの反応にヴェルフが納得した様に吐息を零し、リリが同調した様に頷く。

 

「しかし、人づての話だけで判断がつくものなのですか? 他人の空似という事も……」

「そのお方の種族は珍しく……特徴も聞く限り、無視できない点も多かったようでして」

 

 リリの疑問にミコトが答えた。

 俯いて地面を見つめるミコトは、信じられないと言った風に呟く。

 

「彼女は、自分たちと違って高貴な身分です。そんなお方がこの歓楽街(ばしょ)に居るなど、とてもではないですが信じられず……この目で確かめずには、いられなくなって……」

 

 居ても立っても居られずに、と動機を語ったミコト。思わず、どでかい溜息が零れ落ちた。

 嫌な予感が的中しそうで気持ち悪くなってきたのを隠しつつ、地面を見つめる彼女に問いかける。

 

「その、珍しい種族、極東の友人……狐人(ルナール)だったりしない?」

「はい、そうです。どうしてわかったんですか?」

「流石ミリア殿ですね」

 

 不思議そうに首を傾げる千草と、流石と感心したミコト。二人の様子に空を仰いだ。

 ああ畜生、そいつ見つけてどうするつもりなんだ。連れ出す? 無理だろ。何か秘密の計画を進めている中心人物らしい狐人(ルナール)だぞ? 他に該当する奴なんて調べても出てこなかったし。

 

「見つけて、どうするつもりですか?」

「そ、それは……」

 

 千草がミコトの袖を掴み、戸惑う様に視線を彷徨わせる。

 

「極東で、こんな噂を耳にしました……そのお方は、心無い者に騙され、人買いに買われた、と」

 

 …………。

 

「もし、もしそのお方が苦しんでいるようなら、助けたい」

 

 ああ、そうか。助けるべきだ、そんな理由なら、助けないなんて選択肢は出てこない……でも、無理だ。

 

「貴女の気持ちは理解しました。その上で、言います。諦めてください」

「────なっ!?」

「どっ、どうしてですかっ」

 

 驚愕の表情と共に俺を真っ直ぐ見つめたミコトと、震える声で問いかけてくる千草。

 確かに、ミコトには昨日あんな最低な話を聞かせておきながら、此処で見捨ててくれと口にするだなんて、酷いと思う。けれど、ダメだ。狐人(ルナール)だけは駄目だ。

 

「もし、その人物が娼婦であるのなら。身請けが出来るでしょう」

 

 だが、無理だ。

 

「しかし、その人物が派閥にとって代替えの利かない、そんな人材なら不可能です」

「それは……」

狐人(ルナール)は希少種族。エルフ以上に珍しいと聞きます」

 

 アマゾネスの娼婦の身請けは基本ないので除外しよう。

 一般的なヒューマンの娼婦ならば、おおよそ二〇〇万ヴァリス。

 獣人の娼婦は二〇〇から二五〇万ヴァリス。

 娼婦として数少なく、性癖の偏りが大きい小人族(パルゥム)がおおよそ三〇〇万ヴァリス。

 そして、種族柄娼婦を毛嫌いしがちで適性の低いエルフが、四〇〇から五〇〇万ヴァリス。

 ────エルフ以上に希少な狐人(ルナール)に、いくらの値がつくだろう?

 

「ましてや身分も高貴、そして見目麗しいとくれば……」

「価値は跳ね上がる、か……」

 

 …………嘘。本当は、【イシュタル・ファミリア】が進めている秘密の計画に深く関わっている重要人物だから、決して手放さないだろう。

 

「とにかく、ベルもこの件には触れない様に────」

「は? ベル殿も来ているのですか?」

 

 後ろに居るであろうベルにも釘を刺そうとすると、ミコトが素っ頓狂な声を上げて驚く。

 

「え?」

「いっ、いえ……てっきりベル殿はこういった場には連れてこないものかと……ベル殿は何処に?」

 

 ずっと黙って成り行きを見守っていたものだと思っていた。しかし、後ろを振り返っても白髪の少年の姿は見えなかった。

 

「ミコト、私達、ベルと一緒に合流、した、わよね?」

「え? いえ、三人のお姿しか見ていなかったのですが」

「う、うん」

 

 ミコトの言葉を肯定する様に千草が頷く。

 二人と合流した時には、既に姿が無かった。それの意味するところはつまり────はぐれたっ!?

 

「ベ、ベルの身体能力なら普通について来れましたよねっ!?」

「あっ、いや待てよ……あの初心なベルが女を押し退けて大通りを進めるか……?」

「うっ、ベル様が女性慣れしていない部分がこんな所で……」

 

 ヴェルフの呟きと、リリの呻く様な声が歓楽街の喧騒の中でもはっきりと聞こえた。

 不味い、不味いっ。はぐれるのは想定外だった。もっとベルを女性慣れさせとけば良かったっ!

 

「ここで喚いても仕方ありません。ミコト、千草はすぐにここを出なさい。ヴェルフ、リリ、ベルを探すわよ」

「仕方ないか、急いで探すぞ」

「ベル様が妙な女性に誘惑される前に見つけなくてはッ!」

 

 頼むから妙な問題(トラブル)起こしてないでくれよ。




 この後、割とどうするか悩んでますなぁ。

 ベル君と合流……? 変にトラブル起こすと、うぅん……春姫って面倒だなぁ()

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。