魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五五話

「もっ、申し訳ありません!?」

 

 真っ赤な顔の狐人(ルナール)の少女がこれまた綺麗な土下座を披露していた。

 逃走劇(デス・レース)からなんとか逃げ切る事に成功したのは良いモノの、外には未だに此方を捜索している戦闘員(アマゾネス)の姿が見えた事もあり、気絶した彼女を布団に放り込んでどうするかベルと相談していたら、目覚めて早々に彼女、春姫は頭を深く下げて謝罪の言葉を放ったのだ。

 悪いのはどちらかというと……あー、どうだろ? そもそも【イシュタル・ファミリア】の『戦闘娼婦(バーベラ)』が暴走してるのに、主神が止めなかったのが原因だし、こっち悪く無くね? いや、彼女は被害者で確定であるので、目の前でそんな事言うのはどうかとも思うのだがね。

 

「あー、謝る必要は、無いのだけれど」

「あのような醜態を晒してしまったのですから……」

 

 いや、天然過ぎでしょ。まあいいけど……とりあえず、この後どうするかが問題なんだよなぁ。

 この狐人と仲良くなるのは避けたいが、無理だろうなぁ。

 というか、客をとって待っていたはずなのに、その肝心の客が来ないって話らしいが……。

 

「はい、この一室で待っていたのですが、一向に客が来ず……」

「客の特徴ってわかる?」

「えっと、犬人の方でした。腕に緑色のスカーフを巻いていたと記憶しております」

 

 彼女の語った特徴の男性。どこかで見た記憶が────ああ、あの時捕捉(ロック)して跳躍したらそのまま昏倒させてしまった男だ。序に、遊郭内部で盛大な追いかけっこしたせいで娼婦の間で騒動が広がって、結果的にここに足を運ぶ人が居なくなった、と……。

 

「ねえ、僕たちのせいじゃない?」

「そもそも、【イシュタル・ファミリア】の眷属がしでかした事が原因でしょうから、気にしなくて良いでしょう」

 

 さて、現状ここから無暗に動くとまた逃走劇(デス・レース)開幕となってしまう訳なのだが……。

 

「貴女、私達がここに居る事は誰にも話さないって約束できる?」

「はい、構いません」

 

 少なくとも、此方を売る真似もしなければ、人を呼ぶ気配も無い。むしろ庇ってくれようとしてるが、何を考えての事なのかわからない。警戒はしておくかと、丸窓から外を見れば、魔石灯片手に走り回るアマゾネスが見て取れた。しつこい奴らだな。

 舌打ちしたくなるのを堪えて部屋に視線を戻すと、興味深そうにベルと俺を交互に見る春姫の姿があった。

 

「あの、(わたくし)は春姫と申します。お二人は……」

「あ……僕はベル・クラネルって言います。そっちはミリア」

 

 不用意に情報を与えるべきではない、と思ったが。ヒューマンで白髪の少年、小人族(パルゥム)で金髪に彩光異色。この特徴だけで俺達に行き付くだろうし良いか。

 

「ミリア・ノースリスよ」

「でしたら、クラネル様、ノースリス様と呼ばせていただきますね」

 

 いや、この子、なんというか……清浄な雰囲気を漂わせているが、何処か抜けてる気がするんだよな。普通ならもっと警戒しない?

 

「お二人に質問よろしいでしょうか?」

「……まあ、応えられる事なら」

 

 色々と気になるのか顔を上げて俺とベルをまじまじと見ながら、彼女は問いかけてくる。

 

「お二人はどうしてこんなところに?」

「さっきも言ったけど、アンタの所のアマゾネスに追われて、よ。拒否してるのに強引に連れ去る真似してたから、救出にきて……まあ、大ごとになった訳」

 

 俺らは悪くねぇ! 最初に強引な手法使ったアマゾネスが悪い!

 

「アマゾネス、と言いますとアイシャさんの事ですよね」

 

 特に驚くでもなく、普通に女戦士(アマゾネス)族の男狩りを受け入れてる辺り、だいぶ毒されてる娘だな。

 まあ、変に無知で騒がれても面倒なので別に構やしないが。

 

「アイシャさんとお知り合いなんですか?」

「はい。(わたくし)はアイシャさんによく世話を見て貰っています」

 

 はぁ、『戦闘娼婦(バーベラ)』の中でも特に有名なLv.4に近いアマゾネスの戦士。そんな人物が目をかけている、という時点で彼女がこの派閥でどういった立ち位置なのか察しはつく。単に世話焼きなアマゾネスの可能性も無くはないが……。

 

「それでしたら、時間になりましたらお二人を抜け道までご案内しましょう」

 

 …………いや、なんだ、やけに親切だな。抜け道にアマゾネスの集団が待ち構えてるとかそんなオチじゃないだろうな。

 

「何が目的?」

「ミ、ミリア……その、疑うのはわかるんだけど、春姫さんは大丈夫だと思うよ。たぶん」

 

 ベルの言葉に思わず半眼を向けてしまった。人の悪意に鈍感過ぎるきらいがあるベルの言葉をそのまま鵜呑みにするのは無理があるぜ?

 まあ、確かに俺から見ても今の彼女に悪意らしきものは見て取れないのだが。

 

「一夜限りの出会いでございましょうが……春姫はお二人の力になりとうございます」

 

 詫びも兼ねて、と優し気な微笑みを浮かべて口にする彼女から、悪意はやはり見て取れない。ベルと同じ、純粋な善意と、献身が混ざり合ったモノが、其処にあった。

 ……ああ、ダメだ。彼女と関わり合いになると、多分後戻りできなくなる。

 

「それに、その……はしたない打算もあるのでございます」

「打算?」

「約束の時間が来るまで……(わたくし)とお話しませんか?」

 

 勇気を振り絞った様に、いじらしく尋ねてくる春姫の様子を見たベルが此方を見て「良いよね?」と小さく確認をとってきたのを見て、深い溜息と共にベルの行動を容認した。

 客ではなく、普通の人としてやってきた来訪者。彼女の立ち位置を考えるに、下手に接触させる事を許されなかった…………にしては変だな。客をとらせる理由が、全く……あー……神イシュタルか。神聖娼婦か、それとも愛の女神の一面か。どっちにせよ、神の価値観を理解するのは人には難しいだろう。

 

「少しぐらいなら良いわ」

「うん、良いよ」

「ありがとうございますっ」

 

 嬉しそうに尻尾を揺らす彼女を見て、申し訳なさが込み上げてくるのを堪え、視線を逸らした。

 小さく開けられた窓辺の障子の隙間から、蒼然とした夜空と、上弦の月が雲の合間に姿を見せる。

 

「クラネル様とミリア様、お二人の出身は、どちらなのですか?」

「僕は大陸の、えっと、このオラリオの北の方にある遠い山奥で……」

 

 早速、春姫から質問が飛び出し、ベルがそれに答えた。

 『クラネル様』と呼ばれるのが気恥ずかしいのか少し顔を赤くしながら春姫の問いに答えるベルを見つつ、どう答えるかなと頭を悩ませる。

 素直に、わからないと答えるか。言いたくないと答えるか……。

 

「ミリア様はどちらなのですか?」

「……さぁ? 私にもわからないわ」

 

 出身地、人格形成に大きく影響を与えた時期の事ならば、父親の元だと言うべきだが、それ以降に捻じ曲がる様な出来事もあったし、そっちだと言えなくもない。正直、俺にも何処と答えるべきかわからんのだ。

 窓の隙間から夜空を見上げて応えると、春姫が申し訳なさそうにしゅんとして耳を伏せた。答え方を間違えたかと若干後悔しつつも、今度は此方から問いかける。

 

「貴女は何処の出身なの?」

(わたくし)の生まれは、極東にございます」

 

 知ってた。そう答えるのは流石にしないが、ベルもおおよそ察しはついていたのだろう。

 狐人(ルナール)という種族の分布地域、そして特徴的な名前。そして先ほど見せた『土下座』や『正座』といった仕草、言動から察しはつくだろうし。

 

「海に囲まれた島国で、このオラリオより四季がはっきりをしておりました」

 

 懐かしそうに、哀愁を漂わせる様に、故郷を想い彼女は語る。

 春に咲き乱れる桜の美しさを、夏に響き渡る蝉の音を、秋に色付く鮮やかな紅葉を、冬を染め上げる純白の雪を……。天井を見上げながら語らう彼女の視線は、自然と小さく開いた障子の外、月夜に向けられる。

 浮世離れした彼女の美しさに見惚れてか、ベルがふと問いかけを零す。

 

「春姫さんのご実家は、貴族なんですか?」

「何故おわかりになったのですか?」

 

 逆に、どうしてわからないと思ったのか。余りにも浮世離れした、世間知らずの箱入り娘。そんな雰囲気の彼女を見て、貴族だと察しが付かない者は……少なくとも今まで彼女の前に現れなかったのか。同じ派閥の者は事情を知っててあえて聞かないだろうし、派閥外の者は春をひさぐ以外に会話らしい会話も無かったか……。

 

「クラネル様の仰る通り、私は何代も続く高貴な家系でした。母はおらず、父は国のお役人で……幼い(わたくし)は、沢山のお手伝いの方々にお世話になっていました」

 

 広い屋敷以外の世界を殆ど知らず、高貴な身分としての立ち振る舞いを学ぶばかりの日々。蝶よ花よと育てられる生活に寂しさはあれど、数少ない友人も居て、不自由ない生活だった、と懐かしむ様に語る春姫。

 その、数少ない友人は……タケミカヅチ様の孤児院で生活していたミコトや桜花、千草だったのだろう。

 懐かしさに頬を綻ばせていた彼女は、ふと表情を曇らせて続きを語りだす。

 

「ですが、五年前……十一の時、(わたくし)は家を勘当されました」

 

 彼女が奴隷商に引き取られた理由。

 春姫が十一になった年、とある小人族(パルゥム)のお役人が頻繁に家を訪ねてくるようになったらしい。

 そしてある日、屋敷に泊まっていた客人の神饌────極東に君臨している大神(アマテラス)様に捧げる供物を、春姫が()()()()食べてしまったのだと……いや、うん、まあ……詐欺だわ。

 春姫自身に身に覚えは無かったが、彼女の口元にはべっとりと証拠が残っており……それを理由に彼女の父は激怒。彼女に厳しい罰を与えようとして、それを役人の小人族(パルゥム)が諫め、彼女が何も言わないのを良い事にそのまま身を引き取られたのだという。

 問題はその後だ、その小人族(パルゥム)の役人に引き取られ、馬車に乗せられて移動するさ中、怪物(モンスター)の襲撃に遭い、その役人は殺されてしまった。春姫もあわやと思った時に偶然通りかかった盗賊に助けられ、その盗賊の手で商人に売り払われた。と……で、どこぞの商人の玩具になりかけたところを神イシュタルが購入。

 結果、流れに流され続けてオラリオの歓楽街に辿り付いたのだという。

 

「大勢の冒険者様がいらっしゃる迷宮都市(オラリオ)にとって、この歓楽街は非常に寛容なのです」

 

 まあ、当然の事だろう。

 どこの都市であれ、男という生き物は悲しいかな、性欲に振り回される事が多い。三大欲求と言われるだけあって、性関連の商売は何処でも重要だ。

 汚らわしいと眉を顰められる職業でありながら、無ければ獣欲の赴くままに暴れる荒くれ者が蔓延りかねない、そんな重要な場所。故に、都市管理機構であるギルドも、お目こぼししている部分はあった。

 ────ただし、【イシュタル・ファミリア】は別だ。

 この派閥は後ろが真っ暗であり、過去にギルドに対し強気になれる理由がある。間違いなく『闇派閥』との繋がりがありながら、ギルドですら口出しできない『治外法権』、それが此処なのだから。

 彼女の話を聞いたベルが呆然自失していた。まさかギルドが人身売買を黙認しているとはとショックを受けているのか、春姫の境遇に思うところがあったのか……どちらにせよ、今の俺達には彼女の、彼女と同じ境遇の娼婦に口出しは出来ない。

 最も、救いが無いのは……他の娼婦ならば金にモノを言わせればなんとかならなくはない、って所。春姫、目の前の希少種族である狐人(ルナール)の少女だけは話が変わる。彼女だけは、金をいくら積もうが意味が無い。

 

「あっ、で、でもっ、島育ちの(わたくし)は大陸に興味がございました。叶うなら、是非来てみたかったのです」

 

 呆然自失したベルを見て、春姫が慌てて取り繕う。

 しかし、逆効果で明るく喋るその姿は痛々しく、ベルの気を晴らす効果は一切無い。それでもなんとかしたいのか彼女は色々と言葉を重ね、健気に振る舞う。

 対するベルは、口を閉ざした。

 春姫はなんとか会話を続けようと、変わらぬ様子で話し続ける。

 

「それに……極東にも沢山の物語が伝わっている、このオラリオには憧れていました」

「『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』、ですか?」

 

 物語、という部分に無意識に反応したのだろう。

 ベルの祖父が、彼に何度も読み聞かせた有名な物語。生憎と、俺はこの世界の物語に詳しくはないのでわからないが、彼の愛読書ともいえるそれに反応し、暗い表情を浮かべていたベルの目が輝く。

 対する春姫の方も、嬉しそうにベルに微笑み返した。

 

迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)も好きですが……(わたくし)は異国の騎士様が、聖杯を求めて迷宮を探索するお話もよく覚えています」

「それって、『ガラードの冒険』ですか? 不治の王女を癒すため、聖杯を探しに行く?」

「ご存じなのですか!! では、ランプに封じられた精霊を助けに迷宮に向かう、魔導士様のお話は────」

「えーと……『魔法使いアラディン』?」

「わぁ!」

 

 嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振るい、興奮した様な声を漏らす春姫と、何処か嬉しそうに彼女が次々と上げる物語のあらましから、題名(タイトル)を当てていくベル。

 同好の士を見つけたと言わんばかりに、先の暗い空気を吹き飛ばして盛り上がる二人。置いてけぼりになってしまってはいるが、まあ別に構やしない。

 

「もしかして、春姫さんも御伽噺や童話が……?」

「大好きです! お屋敷に居た頃、外の世界は本でしか知る事ができなかったので……」

 

 共通の話題を見つけて盛り上がるのは良い事だ。

 『迷えるディラルド』『わがエノーの歌』『ジェルジオ聖伝説』……興奮気味に語る二人の話題に上がる題名(タイトル)は、正直どれもわからない。

 一部、なんとなく前世の世界にあった物語の題名に似ているモノはあったし、内容もなんとなくそんな感じだっけ? と言ったモノはあったが、うろ覚え過ぎてわからず、会話に参加できない。いや、まあ無理に参加する気も無いけど。

 現実から目を背ける様に、綺麗に形作られた物語を語らい合う二人を生暖かく見守っていると、ふと春姫がピンッと耳を立てて此方を見た。

 

「も、申し訳ございません。ノースリス様を無視する形になってしまって……」

「あっ、ごめんミリア……」

 

 二人が同時に申し訳なさそうに此方を見てしゅんと項垂れる。別に気にしてなかったのだがね。

 

「別に良いわよ。私が知ってる物語って……ちょっと毛色が違うし」

 

 アニメとかゲームとか、創作の代物だしね。

 

「ミリアの知ってる物語ってどんなのがあるの?」

(わたくし)も気になります!」

 

 あちゃー……物語に目の無い二人の前で、毛色が違う等と言ったせいか興味津々といった興奮気味の二対の瞳で射抜かれてしまう。

 しかし、なんと説明すべきか……。うんうんと迷っていると、春姫が口を開いた。

 

「雪白姫のお話はご存じですか?」

「……私が知ってる物語と同一かはわかりませんが、題名ぐらいは」

「え、えっと……僕は英雄譚以外は、あまり……」

 

 ぶっちゃけ雪白姫、日本語だと『白雪姫』にあたる作品の原作はなぁ……好きじゃない。というかエグいし。

 だって、美しさに嫉妬した王妃が白雪姫ぶっ殺して肺臓か肝臓とってこいって命じた後、狩人が哀れに思ってイノシシの肝臓を代わりに持っていったら、その肝臓を喜々として塩ゆでにして食べるとかって話でしょ?

 何というか、時代背景的に普通の事……普通か? 食人指向(カニバリズム)的な内容が含まれてるし、正直なぁ。しかも、王子って確か『死体でも良いから』とかいう死体愛好(ネクロフィリア)な感じだったし。

 最終的に王妃は真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされて死ぬまで踊らされるんでしょう?

 とてもじゃないがエグ過ぎて原作は読めたもんじゃない。

 この話題を出すのは流石にアレだ。絶対に彼女が好む話じゃないし。

 

「そ、そうね……貴方達の一番のおすすめとかってあるかしら?」

 

 若干苦しいが、誤魔化す様に二人に話題を振る。

 グリム童話はえてしてその時代背景的には自然でも、現代的価値観からすると狂ってる描写も混じっていて語るのには不向きだ。最終的に悪い魔女として悪役が拷問されて死ぬ奴とかね。

 

「一番かあ……僕はやっぱり迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)かな」

「一番、と決めるのは難しいですが……鬼に攫われる娘を、小さき身でありながら助けた武士(もののふ)様のお話……極東に古くから伝わる物語が、今でも心に残っています」

 

 極東、鬼に攫われる娘、小さき身……一寸法師? いや、でも……一寸法師って確か……。

 騙して娘を奪った小人、鬼を恐れさせ奪った『打ち出の小槌』、んー……昔話って、やっぱ原本はなぁ、どれもこれも当時の価値観で書かれてるせいか、とてもじゃないが現代的価値観からするとおかしいんだよなぁ。

 いや、それはともかく、春姫の置かれてる状況って、『一寸法師』の内容と似てるなぁ。

 

(わたくし)も本の世界の様に、英雄様に手を引かれ、憧れた世界に連れ出されてみたい……そう思っていた時もありました」

 

 自分の意思で、出て行きたい。ではなく、誰かに連れ出されたい、か……。

 彼女に足りないのは、自分の意思ではないだろうか。

 

「……なんて、ただのはしたない夢物語でございます。連れ出して貰える資格は、(わたくし)にはございません」

 

 悟った様に、というには彼女の雰囲気は暗く。自嘲する様に呟かれるその台詞は、諦めが混じっている。

 否、自身が救われる等、考えていない発言だ。

 

「そっ、そんなことっ!?」

 

 諦めきった雰囲気で語らう彼女の言葉に、咄嗟に反論したのはベルだった。

 

「英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てない! 資格がないなんて、ある訳が無い!!」

 

 きっと、それはベルが憧れる英雄の背を見据えて放たれた言葉なのだろう。実際、春姫の様な、自分が救われる気の無い人間すらも、救ってしまえる。ベルはそんな最高の英雄を夢見てるのだ。

 けれど、春姫本人は、そうは思っていない様だ。

 

「きっと、物語の英雄様も、クラネル様のようにお優しいのでしょう……けれど私は、可憐な王女でもなければ、怪物の生贄に捧げられた聖女でもありません」

 

 彼女は事実を述べる様に、笑った。

 

「私は、娼婦です」

 

 その単語の意味するところを理解し、ベルが目を見開いて止まる。

 そんなベルに対し、春姫は突き放す様に言葉をつづけた。

 

「未熟ではありますが、私は多くの殿方に体を委ね、床を共にしています」

 

 ベルが息を呑み、完全に声を失う。対する俺は、別に軽蔑するでもない、普通の事だと感じていた。

 

「意思をもって貞操を守るわけでもなく。お金をいただくために春をひさいできました」

 

 金のため。生きる為に、必要だから、金を集めるのだ。それを、汚らわしい等とは思わない。

 必要以上に金を集め、強欲に溺れているのならまだしも、生きるための最低限のお金を手にする為に身を売る事を、卑しい等と吐き捨てる奴らは一度その底辺にまで落ちてみれば良い。

 綺麗ごとだけで、世界は回っていないのだ。

 

「そんな卑しい私を……どうして、英雄(かれら)が救い出してくれるのでしょうか?」

 

 卑しい、そう口にした彼女は、それを事実として受け入れている。もう二度と、日差しを浴びる元に戻る事等無いのだと、諦めきっていた。

 ────彼女の方が、俺なんかよりはるかにマシだと言うのに。

 

「英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です」

 

 …………大淫婦バビロンの事を指しているのだろうか。

 姦淫を汚らわしいモノとし、遊女や取り持ち女を戒める。無ければ無いで荒れるだろう事がわかっていながら、それを禁ずるというのはどうにも理解できないが、世の中はそういう風にできている。

 

「汚れていると自覚したあの日から、私に美しい物語を読む資格はございません。憧れを抱く事は、許されません」

 

 思わず、眉を顰めた。

 彼女の言うそれは、ある意味で俺にも当てはまる代物だからだ。だからこそ、ベルに反論して欲しい、と心のどこかで思ってしまう。本来なら、彼女に深入りして欲しくはないはずなのに。

 ────しかし、ベルは口を閉ざし、言葉を紡げずにいた。

 

(わたくし)は、ただの娼婦なのです」

 

 悲しみに暮れるでもなく、たんたんとその事実を受け入れ笑う春姫。

 反論して欲しい。彼女の言う事が俺にも当てはまる部分があったから、それを否定して欲しい。

 何も口にしないで欲しい。彼女に深入りすれば面倒事になるから。

 ままならない自分の心の中をぎゅっと封じ込め、表面上は無表情に取り繕う。どちらに転んでも、嬉しく無い。

 

「……もう、時刻ですね」

 

 気が付けば、歓楽街から人の気配が少なくなっており、明かりの数も減っていた。騒がしかった遊郭も静寂が満ちており、少ない帰りの客と、娼婦のやり取りが遠くに聞こえるのみ。

 

「とても、楽しい時間ございました……ありがとうございます」

 

 時間切れ。ベルは何も言う事が出来なかった。悲しくて、同時に問題が離れていく様で、嬉しさもある。

 寝室に備わっている荷物────客が顔を隠す為の厚手の頭巾を被り、春姫の道案内を頼りに部屋を出る。彼女に続いて歩いていくと、思ったよりあっさりと娼館を抜け出す事が出来た。

 裏口から外に出て、遊郭を後にし、ともすれば忘れ去られたかのような寂しげな雰囲気の裏路地に出る。

 春姫の持つ行灯型の魔石灯が、薄暗い裏路地で朧気に揺れた。

 

「この道を抜ければ、ダイダロス通りに出られます。ここならアイシャさんにも見つからないはずです」

「…………」

「ん、春姫、悪かったわね。ありがとう」

 

 いきなり武器を突き付け、脅す様な真似をしたにも拘わらず。ここまで親切に送ってくれた彼女に対し、深々と頭を下げておく。

 こんな、親切な少女であるのに……彼女は救われようと手を伸ばす事はしない。ただ、受け入れていた。

 

「いえ、気にしていません。それよりも、さあ、早く」

「重ねて礼を言うわ。本当にありがとう……ほら、ベル」

「……その、ありがとうございました」

 

 ベルが小さく礼の言葉を述べ、彼女をその場に残して歩き出す。

 少し歩いてから、ベルがふと振り返った。釣られて振り返ると、春姫は行灯を片手に微笑み、頭を下げた。

 ────歯を食い縛る音が微かに聞こえ、ベルが小さく吐息を零し、走り出す。

 俺はもう一度だけ、首輪で縛られて逃げ出す事を諦めてしまった狐人(ルナール)の少女を見てから、目を背けてベルの後を追った。

 

 

 

 

 

 【イシュタル・ファミリア】本拠『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』の高階。

 月夜が見えるその一室には豪華な絵画風織物(タペストリー)に大輪を彷彿とさせる絨毯。卓を挟んで天鵞絨(ビロード)張りの長椅子(ソファー)が二脚用意されており、一見すれば応接室にも見えるが、隅には天蓋付きの寝台が備えられており、焚かれた麝香の香りで満たされていた。

 長椅子(ソファー)に腰掛ける女神が、煙管を燻らせている。

 

「やぁ、イシュタル。来たよ」

 

 優男の笑みを浮かべ部屋の扉を開けて入室してきたのは神、ヘルメスだ。

 イシュタルは口角を上げ、己の青年従者に連れられてきた男神に視線を向けた。

 

「随分と待たせてくれたじゃないか」

「ちょっと外で面白いことがあってね、ニヤけて眺めていたら遅れてしまった、悪かったよ」

 

 女神の嫌味に対し、飄々とした態度で答える男神。

 イシュタルは笑みのまま、まぁいい、と神らしい奔放なヘルメスの言動を流した。

 呼び寄せた客人がイシュタルの対面に座る、手元に小鞄(ポーチ)を置く。それを見計らったかのように青年従者が部屋の扉を施錠する。

 イシュタルの私室の一つで、神々の密会が始まった。

 

「まだ雑談を楽しむ気分は残っているかい?」

「待たせるな、と私は言ったんだ。早く要件を済ませろ」

「怖い怖い。それじゃあ、契約通り、届けたよ」

 

 密封された黒檀の箱を小鞄(ポーチ)から取り出し、卓の上に差し出す。

 それを満悦な様子でイシュタルが受け取った。

 

「わかっているとは思うが、この件は一言も漏らすな」

「依頼を引き受けたからには分別は弁えてる。信用は裏切らないよ」

 

 イシュタルからヘルメスへと出された依頼。それは『運び屋』だった。

 中立の立場と、都市外にも及ぶ機敏性(フットワーク)の軽さから、こういった類の依頼は【ヘルメス・ファミリア】に舞い込んでくる事が多い。

 信用性と、依頼主が『極秘』だと厳しく指定したため。娼館の客を装ってヘルメス自らが赴いたのだ。

 

「けど、これで何をするつもりだい?」

「……中身を見たのかい?」

「たまたま見えてしまっただけさ」

 

 中身を見た事を否定せずふてぶてしく答えるヘルメスに、イシュタルは軽蔑の視線を送った。

 やがて男神は弓なりになっていた目を解き、細める。

 

「で、何をするつもりだい」

 

 イシュタルは不敵な笑みを浮かべた。

 

「遠くない内に、面白いものを見せてやる」

 

 紫水晶(アメジスト)の様な瞳の奥に暗い炎を宿し、女神はとある『美神』を示唆した。

 

「王を気取るあの女が、地を這い蹲る所をなァ」

 

 ヘルメスは肩を竦め、女神(おんな)の嫉妬は怖いなぁ、と茶化す。

 そんな男神の前、誰よりも美しいと称される女神を絶望のどん底に叩き落し、都落ちさせる事を画策する女神は、打ちひしがれ惨めな醜態を晒すフレイヤを見下し、高笑いする自分の姿を夢想し、呟いた。

 

「ああ、あの女のお気に入りの小娘を使()()()()()()()、どんな表情をするだろうな」

「お気に入り、小娘?」

「ああ、神会(デナトゥス)でわざわざ二つ名を付けてやっていたんだ、お気に入りなのだろう?」

 

 女神が指し示す、『フレイヤのお気に入り』が誰なのか見当が付いたヘルメスが尋ねる。

 

「その子を、どうする積りだい?」

「この箱の中身は知っているだろう? わざわざ二つも用意したんだ────あの女の前で封じた魂を砕いてやるのさ」

 

 今度こそヘルメスは顔を引き攣らせ、自らが彼女に手渡した『荷物』を見て停止する。

 

「それは、止めた方が良い」

「私に指図する積りか、ヘルメス」

「いや、これは善意からの忠告さ。彼女────ミリア・ノースリスはフレイヤだけじゃない、【ガネーシャ・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ディアンケヒト・ファミリア】と、都市有数の派閥が協力関係にある。手を出したらただじゃ済まないと思うけれどね」

 

 ヘルメスの忠告に対し、イシュタルは毅然と煙管を咥えた。

 

「あの娘の魔法の威力は知っているだろう?」

「……ああ、心躍る戦争遊戯(ウォーゲーム)だったからね」

 

 ならば話は早い、とイシュタルは猛獣めいた笑みを浮かべる。

 

「────あの魔法、攻撃も、補助も、どちらか一つでも得られれば。ガネーシャも、ロキも怖くないだろう?」

 

 城塞を穿ち抜き破壊する程の威力を持ちながら、二K(キロル)を超える射程を持つ超遠距離砲撃魔法。

 『透明状態(インビジビリティ)』を付与する魔法。

 【イシュタル・ファミリア】が誇る精鋭に持たせれば、どれほどの効果を発揮するか。

 フレイヤ、ロキ、ガネーシャ、名立たる強豪派閥全てを敵に回して尚、揺るぎない勝利を得られると確信を持てるモノだ。

 

「そ、それにその魔法具(マジック・アイテム)狐人(ルナール)専用の代物だ、ミリアちゃんに効果があるとは────」

「ふん、お前の目は節穴だったのか、ヘルメス」

 

 見下した視線をヘルメスに向け、イシュタルは紫煙を燻らせた。

 

「まあいい、これだけでも十分に効果はあると思うが。私は計算高い女だからな」

「……何の話だい?」

「ヘルメス、私が喜びそうな情報は持っていないか。ミリア・ノースリス以外にも、あの女の弱味になりそうな、情報を」

 

 イシュタルは、情報通な男神から更なる有益な情報を引き摺りだそうとする。

 

「『美の神』の前では嘘は吐けないよ、デレデレしちゃってね。口が滑るのならとっくに滑ってるさ」

 

 だらしなく鼻を伸ばして────『道化』を演じて有耶無耶にして誤魔化そうとする────優男を目の前にし、イシュタルは笑みの形に目を細める。

 唐突に美神(イシュタル)は立ち上がり、脱衣した。

 

「……はっ?」

 

 目が点となったヘルメスの前で、有無を言わさずに次々と服飾を取り払い、濃艶な褐色の裸体を晒していくイシュタル。

 

「喜べ。その腹の内に溜めているものを全て絞りつくすまで────貪り食って(サービスして)やる」

 

 今までなんとか余裕を見せていたヘルメスから、完全に余裕の色が消える。

 笑みを引き攣らせる男神の前に立った美神が、獲物を前に紅い唇を湿らせた。

 

「イ、イシュタルッ、ちょっと待ってくれぇ────ッ!」

 

 男神の懇願を無視し、イシュタルはヘルメスに覆いかぶさっていく。




 童話にせよ、昔話にせよ、原作というか原版を読むと胸糞悪い話ばかりで胸焼けする。
 子供向けのアレンジ版ならまだしも、当時の価値観そのまんまの作品はね、ヤバいですね()




 ところで、ダンまち×TSロリは、増えましたか……?

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