魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一五七話

 大振りに振り抜かれる闘牛(ミノタウロス)の一撃に対し、真正面から無骨な大剣が衝突して火花を散らす。

 上級冒険者に上がりたての者ですら恐れるその怪力を以てして、目の前に相対した冒険者を討ち果たさんと力を籠める怪物。対するは踏ん張ってなお押される怪力を前に必死に対抗するアマゾネスの少女。

 ついに限界を迎えて少女────サイアが弾き飛ばされる。

 追撃を放たんとミノタウロスが一歩踏み込んだ瞬間、目の前には拳。褐色肌を際どく晒して獰猛な笑みを浮かべるもう一人のアマゾネス。彼女の拳が怪物の鼻っ面を、穿()()()()()

 ごしゃりと鼻先が潰れるだけにとどまらず、そのままその拳は怪物の顔面を穿ち、中身をかき混ぜて後頭部から突き抜ける。肩の辺りまでしっかりと捻じ込んで止めを刺し、アマゾネスの女性、イリスは腕を引っこ抜く。

 

「サイア、無事?」

「う~ん……私の獲物ぉ~」

 

 汚れた腕を振るって血と肉片を払い落としながらイリスが尋ねれば、後ろで弾き飛ばされてうめくサイアが身を起こしながら不貞腐れた様にそっぽを向いた。

 

「はぁ、あのままだと死んでたじゃん。ミノタウロス相手だと一騎打ちはサイアにはまだ早い」

「同感だな。もう少しステイタスを上げてから挑むべきだと思うがなあ」

 

 大盾で突進し、ミノタウロスを壁と大盾で挟み込んで圧殺しながらグランがイリスの言葉に同意する。

 探索面子内の最高戦力二人に否定されたサイアがふくれっ面を浮かべ、取り落としかけた大剣担ぐ。

 そんなやり取りをしている前線組を眺めつつ、荷車(カーゴ)の荷台に腰掛けた猫人、ディンケは呆れた様な溜息を零した。

 

「いや、普通はLv.2でミノタウロスの攻撃を真正面から止められねぇよ。俺でも無理だし……サイアってどんな怪力してんだよ」

「サイアのLv.1の時の基礎アビリティ、力と耐久が最高評価(S)でしたからね」

「ああ、アイツ入団直後からステイタスの伸びが早くてな。器用と魔力は死んでるみたいだが」

 

 弓を片手に警戒を続けていたエルフの射手メルヴィスが口を開けば、荷台の奥で寝込んでいたフィアが這いずりながら顔を覗かせて捕捉した。

 

「魔力はわかるが、器用?」

「力と耐久がS、器用は……Hでしたから」

「なんだそりゃ」

 

 力任せに武器を振り回す事にこそ特化した幼い言動のアマゾネスを見てディンケがなんとも言えない表情を浮かべている間にも、周辺の怪物を掃討した面々が荷車の元へ戻ってくる。既に魔石やドロップアイテムの回収も終えている辺り、優秀な者が多い【ロキ・ファミリア】に所属していただけはある。

 耳を澄ませて他に怪物の姿は無いかと確認してから、ディンケは馬車馬に指示を出す。

 

「よし、ルシアン、いけ」

「いけじゃねぇよ……」

 

 三人から四人で運用する大型荷車をたった一人で引く灰色の頭巾(フード)目印(トレードマーク)のルシアンがぼやきつつも一歩踏み出し、そのまま前進し始めた。

 荷車の周囲を続いて歩きながら怪物を警戒するイリス、グラン、サイアの三人。

 新しくなった【ヘスティア・ファミリア】の第二軍、第三軍である彼らは、つい数時間前に験担ぎを行ってから早くも十五階層を超えて十六階層に足を踏み入れていた。

 

「ふぅー、暫くは大丈夫そうだな」

「に、してもだ……ルシアンの奴凄いな。ウチ……ロキの所に居る奴でもこんなでっかいの一人で動かせるのなんて第二級ぐらいだ」

 

 安堵の吐息を零して荷台でくつろぐ猫人。その後ろで酒に酔い潰れて荷物として運ばれていたフィアが感心した様にルシアンの後ろ姿に視線を送った。

 視線を向けられた側のルシアンは無言で肩を竦め、荷車の速度を少し早める。その様子にメルヴィスと共に弓を手に警戒していたエリウッドがくつくつと肩を揺らして笑いだす。

 十六階層を駆け抜け、十七階層に足を踏み入れた所で、ふとサイアが口を開く。

 

「そういえばー、ディンケ君達ってなんで手足無くしたの?」

 

 ちょっとした疑問だったのだろう。何でもない様に問いかけた彼女が荷車を引くルシアン、荷台で尻尾を揺らすディンケ、弓を片手に警戒を続けるルシアンに向けられる。元の所属派閥が違うからこその質問といえるだろう。

 本来ならば、欠損に関する質問は禁句と言っても良い。二度と冒険者として活動できなくなった原因ともいえるそれ、大半は怪物にやられたと答える事が推測できるがゆえに、触られる事のない部分。

 

「あー、まあ普通は聞かないよなぁ」

 

 しかし、彼らは不治の欠損は癒えている。彼らからすれば奇跡的に、その治療薬を与えてくれた側に尽くす事を誓う程の奇跡だ。故に今回の大樹の迷宮に関する束となった収集品依頼を片っ端から受けているのだ。

 答えに窮するという程ではないにせよ、ディンケが頭を掻いてどう答えようか迷いだす。彼の欠損原因は、言ってしまえば嫉妬と、自尊心の暴走によるものだ。あまり吹聴したいものではないのだろう。

 

「まずはそっちから教えてくれよ。俺らから話すのは平等(フェア)じゃねえし」

「わたしがなくしたのはねー、フィアが死にそうだったから!」

「……いや悪い、聞いといてなんだが、何があったんだ?」

 

 ディンケが視線を向けた先、唐突に話題に出されたフィアが「あ~」と声を零していた。

 冒険者として恩恵を授かっていたからか既に酔いが覚めて復帰しはじめていたフィアが伺うようにメルヴィスに視線を向けると、彼女が溜息と共に語りだす。

 

「実は、私とフィア、サイアの三人は同時期にやられたのです」

「聞いて良い話なのか?」

「構いません」

 

 気遣うエリウッドの言葉にメルヴィスは苦笑と共に答えた。

 

「その日は、【ロキ・ファミリア】の上級冒険者六人でパーティを組んで、中層を探索していたのですよ。ランクアップしたてのサイアが『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に行きたいと言って。その道中に私が怪物(モンスター)の不意打ちで腕を食われてしまって……そこから隊列が崩れた所に怪物の宴(モンスターパーティ)が起きたんです」

時期(タイミング)ぴったりだったよなぁ。メルヴィスがヤバい状況で危なかったから、アタシが囮を買って出たんだよ」

 

 数えきれない怪物に追われるさ中、パーティの中で最も敏捷の高いフィアが怪物の群れを引き剥がす為に囮を買って出て────結果、フィアが単独行動中に怪物に両足を食われてしまった。

 

「それで、サイアはどうしたんだ?」

「んー? フィアがあぶないきがしたから、フィアの居そうなところにいったら足からたべられてるフィアがいた!」

 

 ほぼ直感のみで行動し、見事フィアの危機的状況を助け────両足は失われたが────命は救ったサイアだったが、彼女がフィアを救う際に相対したミノタウロスの攻撃によって片腕を欠損。

 

「片腕でフィアを担いで私達と合流したのは良いんですけど……」

「怪物まで付いてきちまったのか」

「そういう事です。十八階層までは辿り着いたんですけど、近場に冒険者が居なくて……『リヴィラ』から応援が駆けつけるまでに、サイアは」

 

 騒ぎを聞きつけて慌ててやってきたリヴィラの街の住民に助けられるまでに、他の面々も死にかける程の目にあった、そう語るとフィアがカラカラと笑って口を開く。

 

「んで、結局サイアは十八階層の観光が出来ずに地上に戻っちまったから不貞腐れてたんだよなぁ」

「もしかして、サイアって『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』って初めてなのか?」

「いや、はじめてじゃないよ? でも、すっごく綺麗な泉があるって聞いていきたいなーって」

 

 ふぅんと頭を掻きながらディンケが答え、溜息と共に口を開く。

 

「そっちが教えてくれたんだし、俺も教えなきゃ平等(フェア)じゃねえよなぁ」

「無理に語らなくてもよいのですが……」

 

 明確に嫌そうな表情のディンケに対し、メルヴィスが気遣う様に声をかけるも、猫人はカラカラと笑うと自らの恥を語りだした。

 竜を従えたいと迷宮都市にやってきて、調教師(テイマー)として有名な【ガネーシャ・ファミリア】に入団。その後、上級調教師ですら手古摺る竜種の調教に失敗し続け、一度は夢を諦めかけるもとある噂を聞いて奮起────否、ただの嫉妬で先走り────腕を食い千切られる間抜けな猫人の話だ。

 

「……話しといてなんだけどさ、副団長には黙っててくんねえかな」

 

 嫉妬した相手から治療されて複雑な想いを抱えるだけにとどまらず、竜の世話役を買って出る事で少しでも【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】になる夢を見続けている。口にしてしまえば恥ずかしいそんな内心を零してディンケはカラカラと笑った。

 

「あー……なるほど。確かに副団長には言い辛いわ」

「ま、此処だけの話って事で頼むぜ?」

 

 納得の表情を浮かべたグランが、大きく頷くと力強い笑みを浮かべた。

 

「なら今度は俺だな。と言っても大したことではないがな、盾役(タンク)として怪物の突撃を受け止めてるさ中に齧られただけだ。がっはっは、我ながら情けないやられ方をしたもんだ」

「……豪快に笑ってるけど、グランは元第二軍だし。グランの腕と足は『ブラッドサウルス』にやられてるからね? しかも一人で十匹ぐらいの群れの足止めしてたし」

 

 三十階層に出没する体長5Mはある紅色の肉食恐竜。いくらLv.3でもそんな怪物の群れを相手に足止めを行えばどうなるのかは目の前のドワーフの欠損部位を見れば明らかであった。

 

「おいおい、笑いごとじゃねぇだろ!?」

「ブラッドサウルス?! 三十階層の怪物じゃねぇか!」

「なんでそんな無茶を……」

「仕方ないだろ。仲間が治療中で動けない所に突っ込んできやがったんだ。魔術師隊が詠唱完了するまで時間稼ぎも必要だったしな」

 

 豪快に笑うドワーフの姿に改めてディンケが感心の吐息を零す。

 【ロキ・ファミリア】の面々は他の仲間を庇っての負傷。対するディンケは嫉妬と自尊心による愚かな行為による代償。比べるまでもないなと苦い表情を浮かべたディンケが溜息を零した。

 そんな猫人の様子を横目で見ていたエリウッドが口を開く。

 

「ふむ、後は私とルシアンだな。私は大した事ではない、調教(テイム)中に齧られただけだな」

「確か『サーベルファング』だったか」

「そっか、【ガネーシャ・ファミリア】だもんねぇ。三人とも調教師(テイマー)だったの?」

 

 エルフの青年が気負う事無く答え、ディンケが原因となった怪物の名を口にすると、イリスが納得した様に呟き問いかける。

 同一派閥に所属する事になったうえ、欠損冒険者と言う共通点もあった彼らだが、今までは元派閥が違う事もあって会話する機会は少なかった。今回の遠征においてはLv.3が四名も参加している事もあり、中層部の探索には余裕があるという事で雑談に花を咲かせていた。

 

「ああ、俺もこいつも、その馬車馬も調教師(テイマー)だな」

「おい馬車馬言うな」

「ふぅん、ちなみに私は怪物との闘いのさ中にいきなり顔に毒液かけられて、見えなくなったんだよねぇ」

 

 イリスはさらりと視力を失った事を語りケラケラと笑う。

 

「んじゃ最後はルシアンだな」

「どうでもいいだろ」

 

 最後に残ったルシアンに標的を定めたディンケが促すも、嫌そうに表情を歪めるルシアンは速度を一段早めて十八階層に到着させて有耶無耶にしようとするも、エリウッドが口元を楽し気に歪めて呟く。

 

「皆が語った、ならば語るべきだと思うがな」

「いや、そこまでしなくても良いだろ。言いたくなけりゃ言わなくたって良いし」

 

 ディンケが流石にやり過ぎたと諫めるも、エリウッドは止めずに口を開いた。

 

「なに、悪い話じゃないんだ。むしろ美談なのだから話しておくべきだ」

「おい、おいエリウッド、おまえまさか裏切る気じゃねえだろうな!?」

 

 からかうような、それでいて嗜虐的な笑みを浮かべたエリウッドがニヤりと笑みを深め、それを肩越しに振り返って視認したルシアンが青褪め始める。

 何事かと皆が注目する中、エリウッドは楽し気に語りだす。

 

「大した事ではないのだがな。この男、【ガネーシャ・ファミリア】への入団理由は『仮面が恰好良かったから』だそうだ」

「それは知ってる。同期だし」

「ディンケはルシアンと同期だったのか。ちなみにアタシはメルヴィスと同期だったなぁ」

 

 入団試験の時にメルヴィスが緊張のし過ぎで吐いた事を突然暴露したフィアの目の前に矢が突き立つ。無言のエルフの少女は矢束からもう一本の矢を無言で取り出して手で弄ぶ事で狼人の口を塞いだ。

 いくらなんでもここで矢を射つのはどうなのかとディンケが注意しつつも、話を戻す。

 

「あんま矢を無駄にすんなよー。んで、ルシアンの入団理由と欠損になんか関係あんのか」

「エリウッド、言ったら殺す!」

「別に良いだろ。んで欠損の原因だがなー」

「おいっ、やめろっ!」

 

 あからさまにその話をされたくないルシアンの様子にディンケが眉を顰めるも、アマゾネス二人が興味津々といった風体でルシアンの左右に詰め寄る。

 【ロキ・ファミリア】の特徴として、眷属の女性は皆、美女、美少女ばかりである。当然、神ロキに見出されたイリス、サイアもまた美女である。

 女性に不慣れな彼が美女に囲まれれば当然、緊張で口を開く事などできるはずもない。黙り込んでフードを深くかぶり直すのを見たエリウッドが肩を竦めた。

 

「さて、本人も黙った事だしさっと話してしまおうか」

 

 軽い口調でルシアンが欠損に至った原因を語りだすエリウッド。

 彼が普段から街の住民の手伝い等に精を出している事はよく知られている。彼はよく派閥の仲間もしているからと口にしているが、彼が其処まで住民の為に働くのはそんなに大層な理由はない。

 ただ、恥ずかしかったからだ。何せ、他の入団者の殆どが【ガネーシャ・ファミリア】と言う派閥の名を背負うのに相応しい者達ばかりだったから。眩く輝く夢や想いで入団する者達。

 『調教師(テイマー)に憧れて』『住民の為に何かしたい』

 自分が入団した理由は『仮面が格好良かったから』と、他の者と比べて見劣りするような、陳腐なモノ。それが無性に恥ずかしくて────だから他の団員の行動を真似ていただけだった。

 そんなルシアンが周りに劣等感を感じている頃。とある怪物を調教(テイム)したがっている同期の話を聞いた。同期とは言え、別の班に配属されていた彼はその無謀ともいえる夢を掲げたその────。

 

「あああああああああああっ!!」

「うわぁっ」「おっと……」

「煩いぞルシアン」

 

 顔を真っ赤にしながら喚き散らし、エリウッドの話を遮ったルシアンが声を張り上げる。

 

「もうすぐ『嘆きの大壁』だぞっ、気を抜くんじゃねぇっ!」

「いや、ゴライアスは出ないだろ、少し前に片付けられたし」

「他の怪物も基本近づかないしねぇ」

「つづききになるー!」

 

 サイアに促されてエリウッドが口を開こうとするより前に、ルシアンが更に声を張り上げて喚き────その大声に釣られて数匹の怪物が彼らを捕捉して突っ込んでくる。

 

「うわ、ルシアンお前なぁ」

「うるせぇっ、人の小っ恥ずかしい話を吹聴すんじゃねぇ!」

「あー、グラン、イリス頼めるか?」

「おうよ」「はいはい」

 

 第二級冒険者二人にかかればミノタウロスすらも敵ではない。突撃してくる巨体を容赦なく殴り飛ばすイリスと、大盾を構えながら突進してミノタウロスを轢き殺すグラン。ドワーフの腰で揺れる槌矛(メイス)が悲し気に揺れていた。

 

「流石Lv.3だわ。すっげぇ」

「お前もLv.3だろ、働け糞猫」

「……エリウッド、ルシアンの話、続き一気に頼むわ」

「おいっ!?」

「口には気を付けろルシアン」

 

 楽し気に口元を歪ませて詩人の様に語りだすエリウッド。ルシアンが再度喚こうとすると、サイアが彼に抱き着いてそれを妨害する。一瞬で顔を真っ赤にして黙り込むルシアンを他所に、エルフの口から彼の過去が語られる。

 

 

 

 『嘆きの大壁』を抜け、十八階層に降り立った頃にはルシアンが顔を真っ赤にしたままカーゴを無言で引っ張っている光景があった。その後ろの荷台でディンケが何とも言えない表情を浮かべており、気まずげに頬を掻いていた。

 

「なんか悪かったな」

「…………」

「おーい、はぁ……まぁ、なんだ、ルシアン。帰ったら酒奢るわ」

「テメェの財布が空になるまで飲むからな」

「おう、了解。大目に用意しとくわ」

「エリウッド、テメェもだぞ」

 

 羞恥心で真っ赤になった顔を隠す様にフードを目深にかぶり、ルシアンが吠える。

 そんな彼らを微笑まし気に見ていたフィアが、ふと呟く。

 

「そういえば、副団長の事で情報誌が埋まってたよな。詳しくは読んでないけど何が書いてあったんだ?」

「昨晩の歓楽街へ足を運んだ件でしたが……確か『【魔銃使い】が娼婦へ!?』みたいな見出しだったかと」

 

 迷宮に潜る直前、大騒ぎになっていた神々が手にしていた情報誌。そこに書かれた見出しを思い出したメルヴィスがエルフ特有の潔癖さから嫌悪感を露わに履き捨てる。

 

「副団長がそんな汚れた事するはずありません。何かの間違いでしょう」

「あー、確かに、と言いたいんだが」

 

 ディンケが気まずげに視線を逸らすと、エリウッドが眉を顰めた。

 

「何かあるのか?」

「……ほら、副団長って、その、複雑な過去があるだろ?」

『『『あっ』』』

 

 空気に徹していたとはいえ、【ヘスティア・ファミリア】副団長、ミリア・ノースリスの過去について聞いてしまった彼らが動きを止める。

 過去、人を騙す事、人を貶める事、人を利用する事、数多の悪事ともよべるそれらを成してきたという彼女。それを負い目に感じながらも、派閥を愛してやまない彼女なら、もしかしたら娼婦として働こうとしても不思議ではない。

 だからこそ、彼らは早急にお金(ヴァリス)を稼ごうとしているのだ。

 

「だからこそ、っていうか……今俺らが頑張って迷宮に潜ってる訳だしよ」

「……あの話を聞いて、あの戦争遊戯の事を思い出せば当然だな」

 

 グランが唸る。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)準備期間の団長と副団長、二人とも見てられなかったし……」

「俺は見てないが、そんなに酷かったのか?」

 

 痛まし気に眉を顰めたイリスの言葉を聞き、どれほど酷かったのかとルシアンが尋ねると、ロキの元で邂逅した者達が顔を見合わせて眉を顰めた。

 彼女らは戦争遊戯(ウォーゲーム)準備期間中の二人の様子を知っている。若干抜けたところもあり、団長としてやっていけるのか不安を抱きそうなベルと、しっかり者でクールな印象を受ける小人族のミリア。

 今でこそ落ち着いた様子ではあるが、準備期間中の二人は────

 

「なんていうか、死んでも成し遂げる。って感じだったかも」

 

 ────鬼気迫る二人を知っているからこそ、ここに居る者達は力に成ろうと一致団結したのだ。

 それは、治療してもらった礼だけではない。彼らの想いの強さに魅入られたからこそ、団長、副団長の立場に二人が居る事に一切異を唱える事をしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 午後の日差しが降り注ぐ迷宮都市(オラリオ)

 多くの冒険者が迷宮探索、富や名誉の為に命を賭けた行為に励むさ中も、都市は都市の住民達によって賑わいに満ちていた。

 普段ならそんな市民達に交じり、神々は暇をつぶす為に活発に活動している頃合いである。しかし、都市内の神々の殆どがとある情報誌を片手に駆け回り、その紙面に踊る情報を伝えては連れ立って駆け出していく。

 彼らが向かう先、西と南西の大通りに挟まれた第六区画。そこにあるとある派閥の本拠であった。

 ざわめきを起こす神々は一同に会し、最近一気に知名度を増した派閥────【ヘスティア・ファミリア】本拠『竈火(かまど)の館』の門前を埋め尽くしていた。

 

 

 

 ────真昼間から『ドワーフ殺し』の名で知られる高い度数の酒を一気飲みしてぶっ倒れた。

 まあ、冒険者流儀の験担ぎの事なので怒ったりはしない。が、本拠前を神々が占拠している件については物申したい気分である。

 

「で、リリ、アレは何?」

 

 本拠二階の広間。その窓からちらりと本拠前門を伺い見れば、神々が集まって騒いでいるのが見える。

 後ついでに、リリが抱えた箱から溢れ返っている山の様な手紙はなんだ。今日の午前中に全部片づけたはずだろ。

 よっこいしょ、とリリが木箱を広間に置く。置かれた木箱の数は四つ目。

 

「……これが原因ではないでしょうか」

 

 リリが無造作に手紙の山に埋もれた一枚の情報紙を突き出してくる。えっと、何々……?

 

 『【魔銃使い】が娼婦へ!?』

 昨晩、筆者がふと柔らかな女性の温もりを求め歓楽街へ足を運んだ際の出来事である。

 驚くべき事に【魔銃使い】ミリア・ノースリスが一人で歓楽街を歩いている姿があるではないか!?

 声をかけようとするも今日求めているのは柔らかな温もりであり、ミリアたんにそれを求めるのは酷というもの。

 彼女の所属する派閥の主人、女神ヘスティアは借金五億ヴァリスを抱えており、主人を敬愛してやまない眷属として知られるクール幼女ミリアたんは、その借金を返す為にその体を売っていたのではないだろうか。

 今晩もまた私は眷属の血と汗の結晶たる派閥資金をちょろまかし、ミリアたんを買いに行く予定である!

 

 …………いつの間に俺は娼婦になったのですかねぇ? いや、確かに昨日『歓楽街』を彷徨い歩いたのは本当の事だが、この記事はまるで俺が娼婦として働いているみたいな書き方してやがる。

 つか、なんだ『柔らかな温もり』って、胸か? 胸なのか? どいつもこいつもむね、むね、むね。そんなに脂肪の塊が良いのか。

 これ噂特集(ゴシップ)紙だろ、誰がこんなもん信じ────あっ、そっかぁ、信じる神々(アホ)が門の前に集まっているのかぁ。

 

「ベル達は?」

「ヘスティア様はバイトに戻りましたし、ベル様とミコト様の二人はボランティアの方へ行っていますよ。ヴェルフ様は鍛冶場に籠って武具の作成ですね。リリはミリア様が目覚めるまでこの通り手紙の運び込みです」

 

 ふぅん、そっか。どうしよっかなぁ……。

 窓から眺めていると、何人かの神がこっちを指さし始め、次第に全員が大声で何かを叫び始める。

 

『ミリアちゃんが非処女って本気(マジ)!?』

『今晩は歓楽街で客とるのー!?』

『娼婦堕ちと聞いてっ!!』

 

 いや、ほんと、何? うるせぇ神々(やつら)だな。

 全く、手紙の処理で時間潰そう。外には出たくねぇや。

 リリが運び込んだ箱、山積みの手紙の一つを手に取り封を切って便箋を取り出す。

 

「えっと、何々……『ミリアちゃんが処女じゃないなんて嘘ですよねッ!? イシュタル様のファンやめます』……」

 

 なんでや、イシュタル関係無いやろ。とでも突っ込みを入れればいいのだろうか?

 意味わからん。破棄。

 

「次のてが……」

 

 手に取った瞬間にその手紙を破り捨てる。宛名に『クーロリ娼婦へ』とかなってたからな。

 なんだクーロリ娼婦って、クールでロリな娼婦か? 誰の事だか……。

 次々に手紙を手にしては中身を検めるまでもなく破り捨て、屑籠に放り込んでいるとリリが半眼で情報紙を手に近づいてきた。

 

「ミリア様、藍色の髪の女神様をご存じですか?」

「ん? 知ってるけど……何、その?」

「はぁぁぁぁああ……良いですか、ミリア様。この迷宮都市(オラリオ)で余計な事を言ってはいけない神は何人もいます。その中でもとびっきりなのが、藍色の髪をした女神様です」

 

 あの女神って何? 有名なの? 全く知らんのだけど。

 

「はぁ、名前を知っている者は誰も居ません。神々も、です。ただ、顔は広いみたいでして、今回の情報紙関係の仕事を束ねていて……情報屋『ダルトン』はご存じです?」

「ええ、利用した事もあるけど」

「…………いえ、ミリア様が既に情報屋と接触していた事に驚きはありませんが、ともかく彼らの主神である女神様には要注意ですよ」

「はぁ……?」

 

 そんなにヤバい女神なのか? ……いや、情報屋関連を回ってるときに情報が出回って────違う、規制してんのか。

 自分の情報を売り買いする奴が居たら見つけて先手を打つ。そうやって姿を隠す巧妙な女神だったのか!?

 やられた、複数の情報屋を雇用する事で出来る限り精度を高める序に、そういった警戒対象を抜けようとしていたが、甘かったか────。

 

「その女神に秘密を知られたら最後────面白ろ可笑しく尾びれに背びれを付けられ、オラリオ中に振り撒かれます」

「……それだけ?」

「それだけ!? ミリア様その女神様に妙な事教えてましたよねっ!?」

 

 でなければこんなに神々が集まるはずがない。そう叫んだリリが木箱の一つから情報誌を引っ張り出して突き付ける。

 

 

 『【魔銃使い】ミリア・ノースリス、経験済み!?』

 

 

 書かれている内容にさらりと目を通すと、歓楽街で出会った時のやり取りが書かれている。

 しかも、この情報紙は常に真実しか流さない糞真面目な奴だ。あの藍色の髪の女神が書いてたのか、知らんかった。

 

「あの集まった神々どーするんですか!」

「私に聞かれても困りますよ。そもそも私の処女非処女なんてどうでもいいでしょうに」

 

 適当に追い払うしかないだろ。面倒くさい。

 




 各オリキャラの特徴。覚える必要はない。


 No.1『【揺天秤】ディンケ・レルカン』
 表面上は飄々とした態度だけど内心はかなり複雑な猫人。わりとテキトーな性格

 No.2『【濡鼠】ルシアン・ティリス』
 灰色外套で根暗っぽく見えるけど割と明るく振る舞う奴。良人。実はディンケに憧れてたり憧れてなかったり。

 No.3『【無色妖精】エリウッド・ベルメス』
 外向きは真面目でエルフっぽい。友人相手だと口の軽いSっ毛エルフ。

 No.4『【双拳乱舞】イリス・ヴェレーナ』
 姉御肌。力なら五人の中で一番! キレると回りが見えなくなる。

 No.5『【不動城塞】グラン・ラムランガ』
 THEドワーフ。固い、力強い、カッコいい漢! 耐久:ちょうつよい。

 No.6『【蒼空裂砕】フィア・クーガ』
 男勝りの口調。敏捷なら二番。ベルには負ける。耳の裏がよわい

 No.7『【木漏れ日】メルヴィス・ハーヴェ』
 エルフ。生真面目、エルフ。強化魔法に秘密有り。

 No.8『【幼豪】サイア・カルミ』
 妹枠。かわいい、才能有る。将来有望。

 No.9『藍色の髪の女神(名前未決定)』
 くるくるー、女の子だいすきー、情報もすきすきー。面白い事もすきすきすきー。

 No.10『ダルトン』以下数名
 主神の奔放さに呆れつつも情報屋稼業。時々失敗して怒られるけど頑張る。
 金払いの良い客が好き。

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