魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
通りに面した張見世の格子から夜空に浮かぶ月を見つめていた。
蒼い宵闇と煌めく星々、そして悠然と有る望月に近づく月。一頻り眺めた後に視線を下ろせば、昨日に負けない人通りの遊郭前の通り。
沢山の男、そしてヒューマンや獣人を中心とした着物姿の女達。
美しく着飾り化粧を施した娼婦達を視界に、正座している春姫は雑踏を右に左に注視していた。
いないかな、いないかな────と、昨日の夜に出会った不思議な二人の姿を探してしまう。
臀部から伸びる太い狐の尾も、彼女の視線の動きにつられ、ぱたり、ぱたり、と揺れる。
遠く離れたこの地にやってきて、初めて『楽しかった』と思える夢の様な一時だった。
在りし日の日々を思い起こさせる様な、温かな気持ちと優しい一時を春姫に分けてくれた。
白髪の少年は今まで見た事が無いほどに澄んでいて、純粋だった。
金髪の少女は軽蔑するでもなく娼婦の身の春姫をおもんぱかる様子だった。
二人と交わした様々な話、物語や昔日の日々の事を思い浮かべる度、唇には笑みが、胸には温もりが宿る。
「旦那!」
想い耽る春姫の斜め前、格子窓の傍に居る遊女が、通りかかる男性客に愛想良く笑いかけている。
以前、とある客に熱を上げていた先輩遊女に不思議そうな視線を送っていた春姫。
その時は「アンタにはわかるまい」としたり顔で笑い、恋をすればわかる。とも言っていた。
今、春姫が抱くこの気持ちも、あるいはそれに近しいものなのかもしれない。
幼い頃、彼女が読み耽った物語の英雄に焦がれた様に、色褪せた日々へ突然現れた外の世界の住人に胸をときめかせているのだ。
幼少の頃より培われた想像力が、春姫にありもしない妄想を働かせる。
少ない例ではあるが、冒険者に『身請け』されてこの歓楽街を後にする娼婦もいるらしい。
大抵はその後、冒険者は迷宮で命を落とし、残された女は不幸になるらしいが…………中にはこの都市を後にして伴侶として付き添った者もいる。
加えて、世話役のアマゾネスが持ってきた情報紙に書かれたモノも春姫の妄想に拍車をかける。
【魔銃使い】ミリア・ノースリスが娼婦だった。と
彼女が過去を語り辛そうにしていた理由、それらが過去娼婦であった事に由来するのなら。彼女は娼婦の身から脱してあの白髪の少年の元へたどり着いたという事に他ならない。
もしかしたら彼女の様に自分も────そこまで考えた瞬間、春姫は自嘲した。
妄想とはいえ、くだらない想像に二人を巻き込んだ事を心の中で謝罪する。
いくら計略を張り巡らせる事が得意で、春姫に同情を向ける優しさがあっても、春姫の想像の様に手を差し伸べる事はないと断言できる。
加えて、彼女の様に何かできる訳でもない、戦争遊戯での活躍を聞けばあの小人族の少女と春姫では差があり過ぎる。娼婦で居るよりほかの事で役立てるからこそ、彼女はその身分から脱した。何もできない自分に助け出される程の価値はない。
何より、イシュタル達が自分を逃がしはしない。
「……っ」
はめられた黒い首輪に触れ、諦観を抱きながら俯く。
賑やかな遊郭、笑みを浮かべる娼婦達、華やかな雰囲気に囲まれたこの場所で、世界でひとりぼっちになったかのような寂寥感に支配される。
オラリオにおいて娼婦の需要は高い。
そして『世界の中心』とも謳われるこの街には、娼婦らが自然と集まってくる。
この都市において、手っ取り早く金を稼ぐ手段は冒険者になる事と、歓楽街で体を売る事だ。同時に歓楽街で富と地位を得る事は────著名な冒険者や【ファミリア】の幹部と関係を持つ事で──── 一定の権力にも結び付く。
後ろ盾を得た勝ち組の娼婦は、さながら小国の王女になった気分に浸れると聞く。
したたかな娼婦達は、成り上がりを夢見てこの地にやってくるのである。
冒険者と同じく、この迷宮都市で名を上げるということは力を得る事と同義だ。故に多くの娼婦が野望を持ちオラリオに来る。だからこそ春姫の様な境遇の娘は思う程多くはない筈だ。
それでも人身売買といった行為が絶えないのは、
(……
どうして自分がこんな目に、と叫べれば楽なのかもしれない。
勘当される原因を作った小人族の客人を恨めば、救われるのかもしれない。
だが弱虫な春姫には、声を上げる事も、他人を恨む事も出来ない。
彼女にはそれがわかっていた。
「またそんな顔して、シャンとしなさい」
隣に座っていた先輩娼婦が、顔を暗くしていた春姫を小声で叱る。
反射的に背筋を伸ばし、自分を閉じ込めている牢獄の外に向かって顔を向けると、張見世に向かって足を止める男がちらほらと現れ始めた。
珍しい種族の春姫は目立つ。多くの男性が彼女の事に気付き、視線を注ぐのだ。
今日もまた、同じ様に。
夢うつつの様に痩身の犬人が春姫を見つめている。
叩き込まれた『好みの相手でなくとも視線を逸らすな』という娼婦の教えが、うつむくことさえ許さない。目を奪われている相手に対し、春姫が行えるのは人形の様に微笑む事。
見る見る内に鼻の下を長くした犬人は、他の客にとられまいと張見世と繋がる妓楼へと駆け込んでいく。
ふと思い浮かべるのは、今と同じ様に格子窓越しに見つめられ、今と違う反応をした白髪の少年の事。
今日もまた体を売る事になりそうだ、と人形の笑みのまま客を目で追う。
声がかかるだろう事は予想できるが、声をかけられるまで動く気も無かった春姫がぼんやりしていると、娼婦達がざわついた。
「あら、色男!?」
「兄サン、あたいを呼んでおくれよ!」
通り側、格子窓を前に立つ端正な顔立ちのヒューマンに、黄色い声が飛ぶ。
春姫が視線を向けると、張見世の中から何かを探し出そうとするその人物と、視線が交わる。
驚愕の色を浮かべ、そのヒューマンは格子窓を掴み、声を上げた。
「春姫殿! 自分ですっ────ミコトです!」
瞬間、春姫の呼吸が止まった。
放たれた声、そしてその顔に、その人物の正体を察する。
遠く離れた春姫の故郷、その地に居た幼馴染────男装したミコトだ。
遊郭に閉じ込められ、戦争遊戯を直接目にする事が無かった春姫は、同郷の者がこの地に居るとは露知らず、混乱の淵に突き落とされる。
春姫が抱いたのは再会の喜びではなく────絶望する程の嘆きだった。
過去の美しい思い出の中で、手を取り合って笑い合った幼馴染が、娼婦に身を堕とした自分を見つめている。
僅かに残っていた春姫の羞恥心が全身を焼き焦がす。見ないでと叫び散らしたい。己の汚れた肌を、刃物を以て切り裂き、破り捨てたい。暴れ狂う羞恥心の中、春姫は嘆く。
どうして、今なのか。あとほんの少し経っていれば、永遠に再会する事無く、美しい思い出のままでいられたのに。
ミコトの視線に晒され、静かになった娼婦達に見守られながら、春姫は震えを抑え込んで口を開いた。
「……他人の、空似でしょう。
拒絶の言葉にミコトが絶句し、泣きそうな表情を浮かべる。そんな時を見計らったかのように、妓楼の奥から春姫に声がかかった。
「春姫、お呼びだ」
「はい……」
春姫は動揺を押し殺しながら立ち上がり、ミコトの視線から逃げる様に去ろうとする。
格子窓に縋りつくミコトが、必死に春姫を呼び止める。
「待ってっ、待ってください、春姫殿!?」
同郷の知己から目を背け、春姫は張見世を後にした。
「今日はみっともない姿を晒すんじゃないよ」
呼びに来た褐色のアマゾネスは何も聞かず、事務的に告げる。
いつも以上に心を暗く染め上げながら、返事を口にした春姫は、男が待っているだろう部屋へ静かに向かった。
【イシュタル・ファミリア】本拠、その二十階に存在する大部屋。光り輝く妓楼を見下ろす事が出来る窓から遥か下方に見える極東の娼婦街を眺めていたアイシャは、開いた扉から入ってきた
乱雑に寄せ集められた椅子と
空席となっていた
「揃っているな」
ともに入室してきた
【ファミリア】の幹部や戦闘員が集ったのは、主神からの急な招集を受けてのことだった。
「いきなり呼び出して、何かあったの、イシュタル様?」
「オレ、今日こそ男とってくる予定だったんだけどなー」
アマゾネス達の喋り声を無視し、イシュタルは口を開いた。
「お前達、フレイヤに感づかれない様にミリア・ノースリスと、ついでにベル・クラネルを攫ってこい」
主人じきじきの命令に、広間は静まる。
すぐに「結局イシュタル様に取って食われる」とぶーたれ始めるアマゾネス達。嫉妬と抗議の声を上げる眷属らにイシュタルは、そう言うな、と一笑した。
「【フレイヤ・ファミリア】に感づかれない様にってのは? それに、男を攫うならまだしも、ミリア・ノースリスまで攫う理由は?」
背凭れに寄りかかるアイシャの質問に、イシュタルは紫煙を燻らせ答えた。
「あの女神が何故か手を出さないまま、ベル・クラネルに執着しているらしくてなぁ。あの女のお気に入りの男をこの私が掻っ攫おうという訳だ」
誰もが見惚れる美貌の上に、禍々しい笑みが浮かぶ。
「ベル・クラネルについてはわかった。じゃあミリア・ノースリスは?」
「お前達もあの
意味深に笑みを深め、女神が眷属達を見回す。
何のことかと考え込んでいた彼女らの内、アイシャがふと呟きを零した。
「『殺生石』……」
「それって春姫に使うんじゃなかったっけ?」
「ミリア・ノースリスにも使えるのか? ……あ、そういやぁ
騒めきだした少女達が察してイシュタルに視線を送ると、女神は悠然とした態度で答えを口にした。
「『殺生石』は二つ用意できた。もうわかるだろう────あの砲撃魔法、透明化魔法、どちらを手に入れたとしても十二分に使い道がある」
アマゾネス達が顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「それって、使えるのか?」
「ああ、間違いなく使えるだろう。この私が保証しよう」
女神の保証の言葉にアマゾネス達も色めき立つ。
「お気に入りの
その時の光景を思い描いているのか、美神は唇を釣り上げたまま愉悦に浸る。
悪趣味ー、と周りに居る少女たちがニヤニヤと笑う中、イシュタルは眷属らの顔を見回した。
「お前達は食うんじゃないよ────特にフリュネ」
「……ゲゲゲ、心外だよぉ、イシュタル様。アタイがアンタを出し抜くって?」
黙り込んでいた巨女、【
「つまみ食いも駄目だ。お前が手を出したらあの男が使い物にならなくなる。最初は私……用が済んだらお前達にくれてやる、その時に好きなように貪れ」
これ見よがしにフリュネの顔に煙管の紫煙を吹きかける。
煙を浴びて盛大に顔をしかめるフリュネ。不満の色をありありと浮かべてたが主神の命とあって逆らう事無く、不承不承に頷いた。
ざまぁみろ、と他のアマゾネス達と共にアイシャも舌を出す。
「けどさ、イシュタル様」
「何だ、サミラ」
「ミリア・ノースリスを攫う理由はわかったけど、どうやって【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】に対処するんだ?」
彼女らの話題にあがった小人族の少女。
全ての派閥の主神がどんな手段を用いてでも欲し、それでも手を出さない理由。それが【ロキ・ファミリア】であり【ガネーシャ・ファミリア】。更に【ディアンケヒト・ファミリア】まで加わり、まさに難攻不落の城塞の様に権力的にも守りを固めている。
噂によれば戦争遊戯中の策略も彼女の発案によるものらしい事から、司令塔としての能力も
問題は、他派閥の横槍。彼女に手を出せば間違いなく邪魔が入る事。
「魔法さえ手に入れられれば、あの派閥も敵ではない……が、確かに儀式前に襲われれば一溜りもないな」
「だったら、どうするの?」
「ああ、あの派閥にはロキとガネーシャの所から何人か年契約で
一度に攻め込まれれば間違いなく【イシュタル・ファミリア】は滅ぶ。
だが、儀式さえ終えてしまえばこちらのもの、そう嗤いイシュタルは告げる。
「その眷属共は丁度迷宮で遠征中らしい。襲撃して攫え、全員はいらん、
「ひゅぅー、イシュタル様こわぁい」
茶化す様にアマゾネス達が笑いを零す。
「『殺生石』の準備が出来次第、
この一件を期に全て逆らうの派閥を敵に回す。と語る主神に────
そんな中、アイシャだけが表情を変えず口を噤む。
「ゲゲゲゲゲッ。で、肝心の兎はどうするんだよぉ。仕掛ける場所はぁ?」
「
「ゲゲゲッ、悪かったよぉ。ちょっと度忘れしただけじゃないかぁ」
悪びれる様子もないフリュネの声を他所に、アマゾネス達は誘拐、そして襲撃の為の手筈を相談し始める。
「地上は駄目だ。避けろ、ことを表立たせるな」
眷属の話し合いに主神が口を挟んだ。
オラリオが【ヘスティア・ファミリア】の情報に敏感になっている。というイシュタルの弁に、
「なら……やっぱりダンジョンか」
アイシャが皆の総意を口にした。
冒険者の共通見解とし『犯罪するなら迷宮の中』というものがある。『中層』からならば限られた上級冒険者しかおらず、人目に付きにくい上、たとえ迷宮に行った眷属が死のうと主神はそれが人の手にかかったのか、怪物の手にかかったのか等判別が付かない事も相まって、犯罪に適しているのだ。
「ガキ共をおびき出す方法は?」
「イシュタル様の名前を出せば何だって使えるだろ。都合の良いものを使えば良い」
傲岸不遜なフリュネに代わり、アイシャが中核となり団員達の受け答えを行う。
その様子にフリュネははんっと面白く無さそうに鼻を鳴らす。あんだよ、とアイシャが睨み返した。
「ゲゲゲゲッ。団長のアタイを差し置いて出しゃばるんじゃないよ」
「アンタがまともに団長らしい事が出来ないからアタシが代わってやってるんだろ。文句があるならアンタも考えな、ほらどうやって誘い出すつもりだい、団長様ぁ?」
「そういう頭脳労働はアタイには似合わないよぉ」
だったら黙ってろ、とアマゾネス達が野次を飛ばす。不機嫌そうなフリュネが眉間に青筋を立て始めた頃になって、女神が見咎めた。
「フリュネ、お前は頭が使えないのだから黙って見ていろ。アイシャ、続けろ」
先の光景を繰り返す様にフリュネに紫煙を吹きかけるイシュタル。主神の言葉には逆らえないのかフリュネは堪える様に拳を握り、黙り込んだ。
「ベル・クラネルとミリア・ノースリスは
「竜はどうすんだ? 殺して素材奪っても良いのか? 竜素材の武器とか欲しいよな」
「あ、それはオレも欲しいな。どうなんだ、イシュタル様?」
「好きにすればいい。だが、間違ってもミリア・ノースリスは殺すなよ」
アイシャを中核とした話し合いが進む中、ふと灰色の短髪を揺らしたサミラが問いを発する。
「なぁ、春姫は連れて行ってもいいのか?」
己に向けられた問いに、イシュタルは面白そうに尋ねる。
「好きにすればいいが……なんだ、あの二人はそんなに手強いのか?」
「【リトル・ルーキー】の方は間違いなくアタシらより足が速ぇーよ」
フリュネと争いながら追い回した形だったが、とうとう捕獲できなかった昨夜の出来事を口々に説明するアマゾネス達。狩りに参加した彼女らは殆どがLv.3である。
「
「それにミリア・ノースリスの方は魔法も厄介じゃない? 数で囲めばなんとかなりそうだけどさぁ」
Lv.3到達記録を塗り替えた
更に加えて、サミラがぽつりと呟いた。
「それに、狩りの時なんかわけわかんない協力者もいたよな」
「あー……一瞬でベル・クラネルが消えた時だよね。なんなんだろうね」
「……何の話だ?」
説明中に話題が逸れた事に特に注意を飛ばすでもなく、イシュタルはアマゾネス達の語る謎の人物について問う。
「金髪のちっこい獣人、
「
「さっぱり、ほんとに一瞬しか見えなかったし、顔も見てない」
「でもなんか……ミリア・ノースリスっぽかったような?」
小首を傾げながら呟かれたレナの言葉にアマゾネス達が眉を顰める。
「何言ってんだ、ミリア・ノースリスは
「別人じゃない?」
「でも、明らかに知り合いっぽかったというか。ベル・クラネルも『ミリア』って呼んでたよね」
不思議そうに首を傾げながらもその時の事を思い浮かべて呟くアマゾネス達。アイシャもまた唐突に現れたベル・クラネルの協力者────彼が『ミリア』と呼んだ
「役立たずどものお前達は、春姫でもなんでも使って兎を追い詰めればいいさぁ、後はアタイがやってやる」
嘲笑するフリュネに、サミラを始めとしたアマゾネス達の憎たらし気な視線が集まる。
ただ一人、ベル・クラネルの『
彼女の位置からは見えないが、視線の方角には遊郭が存在する。
「……春姫もヘボなりに【ファミリア】につくしてる。最後ぐらい外に出して、羽を伸ばしてやってもいいんじゃないか」
唐突かつ場違いな提案に、アマゾネス達は口を閉ざした後、顔を見合わせる。
間を置かず、フリュネの嘲りを含んだ声が響いた。
「馬鹿抜かしてるんじゃないよぉ。もし逃げられたらどうする。それとも、お前が逃がす気かぁ、アイシャ~?」
「…………」
「他の派閥にも、アレを知られるわけにはいかないだろうぉ」
嘲弄に交じり殺意を滲ませるフリュネに、アイシャは何も言えない。
そして、この時ばかりは誰もアイシャを擁護せず、サミラも肩を竦めた。
「何でアイシャがウジウジしているあんなやつに気をかけるのか、わかんねーな。オレは春姫、きらーい」
サミラが笑い飛ばしたところで、黙っていたイシュタルが紫煙を宙に吐く。
紫煙が漂う中、
アイシャが気取られない様に奥歯を噛み、震えを押し殺していると、イシュタルは目を細める。
「ダメだな」
それで終わりだった。
アイシャの提案は無かったことにされ、
鼻を鳴らす様に吐息をついたアイシャが、窓の外、歓楽街に広がる蒼い夜空と、満ちつつある月影に視線を向けた。
「所でさ、その増援組の襲撃ってどうすんだ?」
「それなら、アイツら大型の
迷宮の地図を持ち出して待ち伏せ地点を決めるアマゾネス達が、ふと気づいた様に声を上げる。
「そういえば結構良い感じの男居なかったっけ? 猫人とかアタシ好みー」
「あ、オレはドワーフの奴が良さげだな。そっちは食って良いのか?」
ここ最近獲物にありつけていなかったアマゾネス達が、主神の顔色を窺いながら問いかける。
「好きにしろ」
イシュタルは興味なさげに応えた。
夜の闇が深まる時間帯。
オラリオ中央、白亜の巨塔の最上階で、クスクスと含む様な笑い声が響いていた。
僅かに灯された光源に白皙の肌を浮かび上がらせる女神が、足を組み替えて目の前で笑う藍色の女神に刺々しい視線を向ける。
「どういう事か、もう一度説明してもらえるかしら?」
「ふふーん、私の
「そういう事ではないわ。私は、何故、イシュタルに情報を売ったのか聞いてるのよ」
月明かりが差し込む
腰の辺りまで伸ばした長髪、身を包むのは意匠の凝ったドレス。清楚な容姿で、純潔の女神と言われても疑問を覚えない藍色の髪の女神。誰も名を知らぬ────と言うよりは本人が所々で偽名ばかり名乗っているせいで真の名がわからない────名称不明の女神。
へらへらと綿雲の様な軽い笑みを浮かべて媚びるでもなく、跪くでも無く、謝罪する気の一切ない様子にフレイヤが眉間を揉む。
「んー、だって『知りたい』って言われたら教えてあげなきゃいけないでしょう? 情報は抱え持つモノではなく、発信し、皆が知るべきものだもの」
「……貴女のその緩い頭は、どうすれば引き締まってくれるのかしら?」
「あはははー、私を縛って連れてこなくても、ちゃんと私の足で来る積りだったのに。フレイヤちゃんひどーい」
椅子に腰掛け、華奢な背凭れに身を預けるフレイヤの前。縄で無造作に縛られた藍色の女神はちっとも反省の色を見せずに不快感に染まるフレイヤを見上げていた。
「だってぇ、私が情報流さなくてもヘルメスが流すし」
「…………確かに、貴女の言う通りね」
だが、それだけではない。
「それで、ミリア・ノースリスについて、貴女は何を教えたの?」
見る者全てを魅了する笑み、その中に隠し切れない怒りを抱いた様子のフレイヤの問いかけ。ともすれば、ただの
「なぁ~ん~にぃ~もぉ~?」
その圧を前に、藍色の女神は欠伸をしそうな程に緊張感の欠片も無く答える。
フレイヤの眉間に皺が寄り、口を開こうとする前に藍色の女神がぱっと切り替えたようにキリッと表情を決めた。
「怒られる前に言うね。ミリア・ノースリスの情報、さっぱりなんだ!」
「……どういう、事かしら?」
「だぁ~かぁ~らぁ~、売れる程情報持ってないって事。せいぜい、性別と年齢、スリーサイズ、後は性格関係のをちょろっとだけ。当然、スキルとか魔法、
目の前の緊張感のない女神の様子にフレイヤは顔をしかめた。
彼女、縛られ転がっている女神は非常に優秀で、どんな手段を講じてでもとにかく情報を集める。それもかなりの精度を誇る情報を集めてくる。
なんなら都市内の全ての【ファミリア】の眷属の経歴、
フレイヤもそこは認めている。その女神がわからない、と口にするのはよほどの事だ。
「本当に知らないの? その内、私も貴女からミリアの情報を買おうと思っていたのだけれど」
「あー、今調査中。だってあの子、秘密主義なのか全然隙が無いし……本音を言うと、経歴が不明過ぎてなんともー、逆に聞いて良い? あの子何処から来たの?」
「……はぁ、真面目に貴女について悩んだ私がバカみたいね」
へらへら~と、浮かび上がって空に舞いそうな軽い笑みを見て頭痛を堪えるフレイヤ。雲の様に掴み処が無い、というよりは捕まえても中身が無い。
今すぐにでも命を奪える状況になっても、その女神は危機感の無さそうな軽い笑いを浮かべるのみ。
「彼女を解放してあげて」
「畏まりました」
巌の様な巨躯を誇る
手首をさすって「フレイヤの束縛プレイきつすぎぃ~」と相変わらずのへらへらした笑みを浮かべた藍色の女神は、従者のオッタルに片手を上げて挨拶すると同時。そのままふらふらと部屋を出て行った。
主人の手を煩わせるその女神の行動に、オッタルは眉間に力を入れ、押し黙った。
「よろしかったのですか」
「アレを叩いても何も出てこないもの。それより、イシュタル達の動向を探ってちょうだい」
オラリオの最も高い位置から遮るもの無く見張らせる夜空を見る事暫く。フレイヤは流し目でオッタルの顔を見上げた。
「私も、しばらくホームに移るわ」
「畏まりました」
慇懃な応答を肩で聞きながら、フレイヤは先の情報を反芻していた。
春姫元へミリアちゃんが元娼婦だった可能性の噂が……なお、箱入り娘の春姫は
ディンケ達逃げてー、超逃げてー!
前に『フリュネつよつよ云々』で『ごめんなさい』と謝りましたが……うん、もう一度謝らせて欲しい。
本当にごめんなさい。イシュタル側の対応は、まあこうなりますよね(白目)