魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
朝日が差し込むホームの食堂。
「ごちそうさまでした」
ミコトが悄然とした声で食事を終える。
食卓に並ぶ野菜にもスープにも手を付けず、パン一切れだけを口にし、じゃが丸君はどうぞ自分の分も皆で食べてくださいと言わんばかりに大皿に乗ったままだ。
打ちひしがれた様子で、食事が喉を通らないらしいミコトの事を、リリやヴェルフ、ベル、ヘスティア様が心配そうに見つめていた。
「なぁ、ミコト君、何かあったのかい?」
「昨夜、夜遅くまで出かけていたようですが……」
顔を寄せてくるヘスティア様にリリが見聞きした事だけを答える。全てを話すにはいささか問題が多い。
考え事をしている間にも席を立ったミコトは皿を洗い終え、食堂を出て行ってしまう。
ベルとヴェルフが視線を交わし、頷き合うと、ベルが行儀悪く朝食をかき込んで席を立つ。そのままベルがミコトを追っていき、後片付けをヴェルフが代わりに行うのを見ながら、窓の外へ視線を向けた。
憎らしい程の青空が広がっている。
キューイとヴァンにも朝食を持っていかないとなぁ。
竜専用に立てられた厩舎。
金属製の仕切りと檻の様な構造の、怪物を逃がさない為の監獄。とは名ばかり、キューイは自ら器用に檻を開いて日向ぼっこしてるし、ヴァンに至っては窓から覗く朝日を浴びて欠伸をかましている。
藁が敷かれた寝床から胡乱げな視線を向けてくるヴァンの前に屑野菜の山をドンッと置く。
「今日の朝食です」
《……あの小僧は居らんのか》
「小僧? ああ、ディンケさんですか。今日中には帰ってくると思いますけど、どうしました?」
何気にディンケの事を覚えていたのか。てっきり興味ないものだと思っていたから意外だな。
《別に、主が奴の言う事を聞けと命じたのでな》
「…………?」
視線を逸らし、格子窓から覗く日差しを見つめる姿に首を傾げつつ、キューイ用の屑野菜の入った桶を持って移動する。
キューイの方は此方の厩舎生活に文句はないのか、勝手に敷地内で日向ぼっこに興じている。野菜入りの桶をキューイの前に置くと、キューイが何か言いたげに目を細めた。
「何かありました?」
「キュイ」
見られてる。そう一言呟いた赤飛竜は顎で遠くに見える鐘楼を示した。監視されてる事そのものは別に不思議な事ではない。一応召喚竜とはいえ、怪物が割と自由に動き回ってるのを警戒するのは当然だろうし。
問題は、誰が此方を見ているのかだ。鐘楼の方に視線を向けるが、距離が遠すぎてわからない。
【ライフル・マジック】と【スナイプ】の組み合わせなら確認できるんだろうが、下手に魔法なんか使えば色々と問題になるだろうしなぁ。
「誰が見てるかわかります?」
キューイは面倒臭そうに首を横に振った。現時点でキューイが会った事が無い人間らしい────当てにならん。
溜息を零し、キューイに食べ終わったら桶を片付けておくように告げる。洗ってどうのこうのは出来ずとも、元の場所に戻すぐらいはできるだろう。
敷地内に入り込んできた場合は問答無用で発砲、撃退しても良いので敷地外から監視してくる分の不穏分子は放置する他あるまい。
屋敷を大回りして歩いていると、ベルとミコトが前庭の隅、木箱や樽が置かれた一角で腰を据えて話し込んでいるのが見えた。
「────苦しんでいるのなら、助けてあげたい……いえ、あの頃の様な関係に、もう一度戻りたい」
近づく内に聞こえた、心情を吐露するミコトの声。
ミコトは自身の肩に手を回し、背に刻まれている『
「勝手ながら……自分はきっと、また春姫殿の笑顔が見たいだけなのです」
彼女の語る言葉が、ささくれの様に俺の心に刺さり、鈍い痛みを訴えてくる。その痛みと共に湧き上がってくるミコトの背を押してあげたいという想い、それを無視しながら二人の元へと足を運ぶ。
涙ぐんだ瞳を拭ったミコトと視線がかち合った。
「おはよう、その様子だと春姫とは会えたけど反応は芳しくなかった様ね」
「ミリア殿……」
「ちゃんと男装するなりで身分は誤魔化したのよね?」
一応の確認としてミコトに問いかけると、ベルが何とも言えない表情を此方に向けてくる。
明らかに落ち込んでいるミコトを励ますでもなく、第一に聞く事がそれなのか、とそんな風に言いたげだ。しかし、俺はミコトを励ます事は出来ないし、しない。本当はしてあげたいが、無理なのだ。
「はい、男装していきました……」
「なら良し。それで、どうするの? 諦める? 方法を探す?」
「…………まだ、何かできる事が無いか探す積りです」
たとえ徒労に終わるとしても、何か打開策を探したい。そう言ったミコトはギルドに向かうらしい。ベルもそれに同行すると聞き、二人を見送る。
正門を抜けて沿道を歩いていく無言の二人。見るからに辛気臭い雰囲気を漂わせて会話を交わす事無く歩いていく姿に罪悪感を覚えつつも、深呼吸を行ってから俺も正門を抜けて反対方面へ走る。
向かった先は、人通りの無い裏通りに佇む寂れた看板の酒場だ。
「────で、俺達に会いに来たと?」
情報屋『ダルトン』、件の藍色の女神の眷属達。彼らの
そんな情報屋『ダルトン』の元へ訪れた理由はそんなに多くは無い。彼らの主神の女神と会ったから、少し気になったのもある。
場所は前と同じ酒場、店内に居る客を装う団員数は激減しているところを見るに情報収集に出ているのだろう。
「貴方達の主神についていくつか教えて欲しいのですが、無理なら構いません」
「あー、主神に会っちまったのか……」
同情心を含んだダルトンの視線を向けられる。何か不味い事でもあったのかと真っ直ぐ見つめ返すと肩を竦められた。
「まあいい、ウチの主神の情報だな? ……その前にアンタに主神様から言伝を預かってんだ」
「言伝?」
「『私は平等の女神。私は情報の女神。貴女の知りたい事を教える代わり、貴方の事を教えてちょうだい?』だそうだ」
気だるげに、下手糞な声真似をしたダルトンが溜息を零し、真剣な表情で此方を見つめてきた。
「ウチの主神は今日の午前中にお前さんが来る事を予測してた。理由は知らんがね」
害意は一切含まれていないとはいえ、行動を予測された事に思わず眉を顰める。あの女神が何を考えているのかさっぱりわからない。正直、恐いし近づきたくないが、知らないからこそ怖い訳で、知る必要がある。
「んでウチの主神についてだろ。といってもお前さんが気に入られてるってぐらいしか言えんがね」
「……気に入られてる? 藍色の女神に?」
「ああ、相当気に入られてるぜ? わざわざ自分で足を運んで調べに行くぐらいにはな」
かの女神の特徴とし、気に入った人物の
どうして気に入られたのか、そう問いかけると半笑いで彼は答えてくれた。
藍色の女神、その眷属達にはある規則が課せられている。情報屋として情報を扱う彼らは、最低限の条件に満たない顧客にはまともに情報を売らない。その条件を満たす客であれば、どんな希少な情報でも搔き集めてくるのだという。
その条件というのが────『己で調べ、知る事』だそうだ。
どういう事かと言うと、情報屋『ダルトン』の事を自分で調べ、見つけ出す事が条件らしい。
女神曰く、最近の顧客は全員『紹介』でやってくる奴ばかり。人に情報を聞く事はすれど、自分で調べようだなんて一切考えやしない。『知識欲』を持たない腑抜けばかりでつまらない。だそうだ。
「つまり、紹介といった形で俺達の元を訪れず、自分の足で調べて辿り着いたお前さんに敬意を払ってんだとよ」
「はぁ……?」
思わず生返事が飛び出してしまう。
まあ、何となく言いたい事はわかる。派閥全員で情報屋を営んでいる彼らの形態から予測するに、藍色の女神は知識欲に基づいて自ら調べるといった行動をとる
自身で調べて知ろうともせず、誰かに教えてもらうだけの者には興味が無い、らしい?
「主神様は『可能ならばミリアちゃんは
情報屋に転職? 笑えない冗談だな。
使う側ならまだしも、使われる側とか冗談じゃない。ましてや『情報』なんて超ド級の火薬樽だろ。下手な扱いすれば爆発四散、それだけならまだしも身分も何もかんも全部隠しておかなきゃ何されるかわからんだろうに。
「嫌ですよ、情報屋なんて死んでもなりません」
「その情報屋の前でよくそんな風に言えるなぁ」
呆れ顔を浮かべるダルトンだが、それより情報を寄越せと言いたい。あまり時間もとれないし。
「あー、でウチの主神についてだな。つってもお前さんはー……知らないのか?」
「特に注視して調べてませんからね。最低限上澄みを少々」
隠す事無く「嘘吐け」と呟かれるが、本当の事なのだから仕方ない。
まさか神が情報屋紛いな事をしているだなんて思っていなかったから、神の情報屋について調べなかったのだ。そのせいで藍色の女神は眼中になかった。
「最大の特徴は、なんでも知ってるって事だな。んで聞けば答えてくれる」
彼曰く、藍色の女神は本当に何でも知っているらしい。
それこそ、どんな些細な事でも、どんな厳重に管理された情報でも軽々と答えてくれる軽い口を持つ女神。
重要情報までペラペラ喋ってしまうとか、質が悪すぎる。それに、それが本当なら真っ先に抹殺される
「まあ、ウチの主神は何でも答えてくれるが、質問するのはやめとけ」
真剣な表情でダルトンはそう告げる。
情報の女神を自称するだけあって情報量は
例えば、俺が【イシュタル・ファミリア】の情報をその女神に質問したとしよう。
派閥の構成員の
平等、そう平等だ。
片方に情報を渡したら、もう片方に同質の情報を渡す。
俺がフリュネの
イシュタルが『【魔銃使い】の情報』を買えば、同質の『イシュタルの情報』を俺に与えてくる。
そう、平等にどちらにも同じ質と価値の情報を与えてくるのだ。
「つまり、ウチの主神様が接触し、なんらかの情報を与えたって事はアンタは誰かに情報を買われてる」
────あの藍色の女神は、俺に【イシュタル・ファミリア】の情報を与えてきた。
裏を返せば、【イシュタル・ファミリア】は『俺の情報』を藍色の女神から受け取った事を意味する。
「安心しろ、質と価値は同じだ……お前さんが貰った情報はどんな価値があった? それが相手さんに渡った情報の価値さ」
情報その一、満月の夜にお祭りが行われる。
情報その二、【
藍色の女神が歓楽街で俺に渡した情報は、非常に曖昧な代物だった。これが意味するところはつまり────まともな情報は渡されていない?
「だろうな、まあお前さんからウチの女神に接触するのはやめておいた方が良い。知られたくない事まで相手に筒抜けになるぞ」
ああ、なるほど、そうかそうか。情報収集能力が桁外れに高く、なんでも知ってる癖に口が軽いなんて情報屋として致命的な欠陥を持っていながら誰からも排除されない理由がわかった。
この藍色の女神、情報屋として利用する事自体が
────この条件で利用を考える場合、相手を速攻で黙らせる必要がある。
「これ、情報料です」
「あいよ、また機会があれば是非利用してくれ」
知りたい事は知れた。もうここに居る必要はない。他にも知るべき情報は多岐にわたるが、金が無い。
それに、現時点では【イシュタル・ファミリア】が仕掛けてくるとは思えない。【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】を敵に回せる様な戦力も無いはずだし、いくらなんでも今の俺達に手出しする間抜けではないだろう。
『殺生石』の効果。魔法の効力を引き上げるといった代物だったが、数を増やすとその分強くなるのか?
いや、過去に一度同じ様な効力の
【
わからない、情報が足りない。もう少し、情報屋を利用するための資金が欲しいが、今の俺の
不穏な空気が漂っているのが気になるが────さっさと本拠に帰るか。
細道を抜け、広々とした街路に出た所でベルとミコトが肩を並べて歩いている姿とばったり出くわした。
「奇遇ね、二人とも。ギルドの用事はもう終わったの?」
片手を上げて挨拶をする。
不思議なことに、あれだけ陰鬱な雰囲気で出て行った二人は、先ほどより明るい表情をしていた。
「あっ、ミリア」
「いえ、ギルドにはいかずにヘルメス様と話していました」
ミコトの言葉に思わず眉を顰めてしまった。よりにもよってヘルメスかよ……。
「何か拭き込まれた訳?」
「実は、ヘルメス様が口添えしてくれると」
「口添え?」
ミコト曰く、ヘルメス様が春姫の身請けに際し神イシュタルに口添えしてくれる、との事。
曲がりなりにも愛を司る女神、身請けしようとする
そして、春姫は非戦闘員、末端の構成員。希少種族故に金額は嵩むが、稼げない額ではない。だから────
「だから、頑張ってお金を溜めようって!」
「はいっ、自分も全力を尽くしますので、ミリア殿にも協力を願えないかと」
────そう、くるのか。
ああ、そうか、そうだ、その通りだ。春姫は下っ端の、末端の構成員だ。表向きは。
彼女の立ち位置を理解していない。そう叫び返すのは簡単だが、彼らの決意と希望に満ちたその気持ちを砕き壊す様な真似は、出来なかった。
「そ、そう。まあ、私に出来る事なら……お金、そうお金ね……少し、今回の遠征で得られた利益から、出しても良いかも……もちろん、ディンケ達に相談しないと、だけどね?」
無性にヘルメスを殴りたい。余計な希望を抱かせて、より大きな絶望を味わわせる原因となった、ヘルメスを殴りたい。
いや、もしかしたらヘルメスも知らなかったのかもしれない。ベルとミコトが求める相手が、イシュタルの元で重要な人物だって、知らなかった。故に、安易に口添えするなどと言ったのか。その場に居なかった俺には何も言えない。
どうやって稼ごうかと話し合いながら本拠へ向かう二人の後ろをとぼとぼと着いて行きながら、溜息を飲み込む。足元を見ながら、どう二人を絶望させずにこの件から手を引かせようか考えていると、二人の怪訝そうな声が響いた。
「…………?
「…………あれは」
どうしたのかと顔を上げると、【ヘスティア・ファミリア】本拠前の正門に停められていた一台の馬車が走り出していく光景があった。
豪華そうな箱馬車が、馬の嘶きと共に去っていく。それを見てベルとミコトが動揺しながら駆け足で正門に向かう。
其処にはリリとヴェルフ、そして一枚の羊皮紙を持つヘスティア様の姿があった。
「ヴェルフ、リリ、神様!」
「あ、ベル君、ミコト君にミリア君、帰ってきたんだね」
「今の馬車は何だったのですか?」
ベルの声に振り向いた三人にミコトが問いかける。その質問にリリがヘスティア様の持つ羊皮紙を見やりながら答えた。
「
ベルがオウム返しに「商会?」と尋ね返すのを尻目に、溜息一つ。
「ああ、わざわざ出向いてきたんですか。貸してくださいヘスティア様」
ベルがヴェルフから説明を受けている間にも、ヘスティア様の手の内にあった羊皮紙を受け取り、内容に目を通す。
…………あー、まあ、まあそうだよな。関わりたくない商会五本指に入る所じゃん。
面倒臭いなぁ、しかも無視できないし。
「投資、とはまた違うが……オラリオではよくある事だな」
「ギルドを通さずに直接指名してきたので、公式とはありませんが、相手ははっきりしています」
リリが俺の持つ羊皮紙の商会の刻印を指さし、ヴェルフからされた説明内容を反芻するベルに示す。
「しかも
嘘だぁ、だってこの商会、闇派閥が跋扈していた暗黒期に色々と闇派閥と取引して競争相手の商会片っ端から潰して生き残ってきた真っ黒な所だぞ? 信用? んなもん何処にもねぇよ。金の匂いに誘われた強欲で薄汚い奴らの集まりじゃないですかやだー……なんて、口が裂けても言えないけど。
ギルドもこの事は掴んでるけど、既に都市経済の一端に食い込んでいる関係で下手な手出しが出来ないから黙ってるだけなんだよなぁ。はあ、やりたくねぇ。
「えっと、依頼の内容は?」
「14階層の
なぁんでまた、こんな中途半端な依頼な訳?
18階層の安全階層で採掘できる
質は18階層の
それに、実力を確かめる意味なら、もう一段階下の階層の
俺の手元の羊皮紙を読み込もうと覗き込んできたヴェルフが呆れた様に呟く。
「報酬がおかしなぐらい依頼内容と釣り合ってないな」
「これから贔屓にしてください、という真意が見え見えですね」
「「ほ、報酬はっ!」」
「一〇〇万ヴァリス」
「「ひゃ、一〇〇万ヴァリス……!!」
二人の反応に思わずため息が零れかけ、何とか呑み込んで咳払いで誤魔化す。
『身請け』目標金額確保の足掛かりと感じたのだろう。正直、きな臭い気がするのだが……二人の希望に満ちた目を見ていると、否定し辛い。
「どうする、ミリア君」
「ヘスティア様は、どうしたいですか?」
こういった関連を任せられているからか、ヘスティア様に質問される。しかし、個人的にはこの商会は避けたい。暗黒期に色々とやらかしてる黒い商会だし。いや、今この迷宮都市に生き残ってる商会の大多数が大なり小なり暗黒期に後ろ暗い事をしていたのは確定なのだが。
だって、清廉潔白でやってた商会はほぼ暗黒期の間に潰れてるし。
「んー、あんまり商人や商会との繋がりは持ちたくないなぁ」
同感である。激しく同感である。
しかし、だからと言って断ると色々と面倒な事になるので、一応は受けて完了。その後はなあなあな感じで誤魔化すぐらいしかないんだよなぁ。面倒臭ぇ。
「先方には悪いけど、この依頼は断って────」
「「やりましょう!?」」
「どわぁ!?」
ヘスティア様の言葉を、ベルとミコトが同時に遮った。
赤い顔で迫る二人にヘスティア様が大きく仰け反る。
「借りを作るという訳ではありませんがっ、もらっておくものはもらっておくとかいえ浅ましいことは重々承知なのですがとにかく自分たちには一刻も早くお金が必要ですっ!!」
「ぼ、僕もそう思います!?」
畳みかける様にヘスティア様へ言い募るミコトとベル。
大袈裟な身振り手振りでなんとか説得しようとする二人を見ていると、胸がズキズキと痛みだす。必死に方法を模索し、それに縋り付いてなんとか解決しようとしている。それが、それが徒労に終わると既に知っていて、その必死な様子が無駄に終わり絶望に浸る事になるのを知っていながら、何も言えない事が苦しい。
「うぅ~ん……まぁボクも勝手に借金を作って迷惑をかけたし……あくまで
二人の必死な形相にヘスティア様が汗を流しながら、依頼書に目を落とし、先の発言を取り消した。
「「ありがとうございます!」」
二人が同時に頭を下げ礼を言った後、高く上げた手を互いに叩き合う。
「何なんですか、一体……」
「やる事が見つかったみたいだな」
水を得た魚の様に活き活きをする二人の様子にリリは呆れ、ヴェルフは朝の辛気臭い表情から一転した様子に安心した様に笑った。
ベルとミコトがはにかみながら笑い返すのを見て、胸の痛みが更に増していく。
皆が前を向いて手に手を取り合って頑張っていく。そんな素晴らしい光景だというのに、俺はちっとも笑えない。それでも空気を壊すべきではないから、表面上は笑顔を浮かべておく。
言うべきだ、今すぐにでも、その方法では春姫は救えないと、残酷な現実を伝えるべきだ。なのに、俺は何も言えない。最低な奴だ。
「何だかベル君とミコト君がかなり仲良くなってるのが気になるけれど……一度ホームに戻ろう」
どうして、今この
朝と比べて弾んだ足取りのベルとミコトの姿に胸の痛みが増す中、ふとベルがあ、そうだと口を開いた。
「神様、『殺生石』って知ってますか?」
「『殺生石』? うーん、聞いた事がないなぁ」
ベルの口から飛び出した質問に、思わず喉が引き攣った。
ヘスティア様はそれについて知らないらしい。ベルの視線がヴェルフやリリの方にも流される。
「知ってるか?」
「いえ、リリも聞いた事がありません」
ヘスティア様と同じ様に知らないという反応を返す二人。そして、ベルの視線は自然と俺の方にも向けられた。
ベルだけではない、ヘスティア様やヴェルフ、リリにミコト、その場に居る全員の視線が俺に集まる。
「ミリアは知ってる?」
しかし、答える事も出来ない。何故ならその『殺生石』は『狐人の魔法の効果を上げる』という代物だから。
もし、もしも……もしもベルが察してしまったら。わざわざ、希少な
今やっているこの行動が、全部無駄に終わるのだと知られてしまったら。
「…………ごめん、知らない」
────俺は、嘘を吐いた。
「知らないのか……何なんだろう」
「ミリアなら知ってても不思議じゃなかったが、知らないのか」
「ヴェルフ様、ミリア様に期待し過ぎですよ」
「確かに気になりますが、今はそんな事より
不思議そうに首を傾げるベル、冗談を言って肩を竦めるヴェルフ、冗談に突っ込みを入れるリリ、そして前向きに冒険者依頼の事で頭が一杯なミコト。
ヘスティア様は、こっちを見ていた。真っ直ぐな、瞳で、俺を見ていた。
「…………そっか、ミリア君も知らないか。
責める訳でも無く、追及するでもなく。ヘスティア様は優しく笑いかけてきた。
俺は、笑顔の仮面を着けてそれに答えた。
目の前で問題の解決策を見つけて希望に満ち満ちた表情で頑張ろうって人が居て、その努力が全部無駄に終わるって知ってて、それでも絶望させたくなくて何も言えない。
しかも嘘まで吐いて誤魔化そうとして、凄まじい速度でSAN値が削れていく音がしますね。
残酷な真実を教え、現実を叩き付け絶望させるか。
優しい偽りで包み、来るべき時まで誤魔化すか。
どちらにせよ、最後には────。