魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一六一話

 真剣な表情のミコトとベルの二人と対照的に、渋い表情を浮かべたヘスティア様が唸る。

 食堂に集まり行われた話し合い。此度の依頼を受ける理由────春姫という娼婦を『身請け』したいというもの────を聞いてヘスティア様は唸り、リリが怪訝そうな表情を浮かべ、ヴェルフは腕組をしている。そんな中で俺は笑顔を貼り付けて無言を貫き通していた。

 最終決定権を持つヘスティア様が唸り、ふと顔を上げた。

 

「キミ達の気持ちは分かった。ボクとしては複雑な気持ちだけど、今回はミコト君の意思を尊重したいと思う」

「それでは……!」

「ただし、タケに、タケミカヅチにはちゃんと報告するんだ。それが最低条件とさせて貰うよ」

 

 最終的に条件付きで許可された事にミコトの表情がみるみるうちに喜色満面に変化していく。威勢の良い返事と共にミコトが駆け出していき、食堂の扉を蹴破る勢いで出て行ってしまった。

 それを見送った後、ベルがヘスティア様にお礼を口にして探索準備の為に部屋を出て行く。冒険者依頼(クエスト)受託を先方に伝える為に腰を上げようとした所で、ヘスティア様から声をかけられた。

 

「ミリア君、この後少し良いかな、受託する際の話し合いがしたいんだ」

「俺はベルとミコトの武器の整備があるから鍛冶場に行ってるよ」

「リリはベル様と持ち物(ストック)の相談をしてきます」

 

 気を利かせたかのようにヴェルフとリリが即座に立ち上がって食堂を出て行く。

 広々とした食堂に残された俺とヘスティア様の二人。ミコトは今頃タケミカヅチ様の元へ報告に行っているだろうし、ベルとリリは他の部屋で相談中。ヴェルフは鍛冶場に行ってるし、ディンケ達はダンジョンで遠征中。

 他に聞き耳を立てる者といえばキューイやヴァン、後は俺の頭の上にのっているクリスぐらいだが、彼らに聞かれた所で別に何かある訳ではない。

 二人きりになったところで、俺はずっと張り付けていた笑顔の仮面を外す事が出来た。僅かに残る吐き気を飲み込み、真っ直ぐ、逸らす事が出来ない透き通った、此方の心中を見透かした色の瞳を見つめ返す。

 

「それで、話してくれるかい?」

 

 何を、と問いかける必要はない。ヘスティア様が言いたい事は理解できる。

 ────話し合いのさ中、ずっと喉に詰まっていた此度の依頼についての事や、ミコトとベルが抱いている勘違いに対する訂正の言葉について、そして何より、嘘を吐いた理由。

 

「ヘスティア様、私は嘘を吐きました」

「知ってる。でも理由があるんだろう?」

 

 優しく、此方が語りやすい様に微笑みを浮かべたヘスティア様。思わず、衝動的に自らが抱え込んでしまった面倒な事柄全てを吐き出してしまいたくなるが、出来る限り慎重に言葉を選びながら告げていく。

 

「『殺生石』の効果についてですが。本当は知っています」

 

 つい先ほど吐いた嘘についての訂正。

 俺は『殺生石』の効果を知っている。それは、『とある種族の専用魔法を強化する魔道具』である事。

 

「とある種族?」

「────狐人(ルナール)の妖術です」

 

 俺が調べた限りでは、その様な効力だった。

 極東で古き時代に作り上げられた極一部の狐人(ルナール)しか作成方法が伝わっていない代物。その希少性故に入手は難しく、効果を調べるだけでもかなりの手間を要したと情報屋は口にしていた。

 ────まるで秘匿するかのように『殺生石』の情報は扱われていたのだ。

 そして、これが先ほど嘘を吐いた理由でもある。

 

「なるほど、狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)、か」

「はい、だから────あの時、嘘を吐きました」

 

 全てを察したかのようにヘスティア様が眉間を押さえて唸る。

 狐人(ルナール)はとても希少な種族だ。迷宮都市に居る個体は他の種族に比べて数える程────【イシュタル・ファミリア】に所属している狐人(ルナール)等、たった一人しか居ない。

 そして、その一人の狐人(ルナール)の為に、それは用意された。

 

「【ファミリア】唯一である狐人(ルナール)の眷属、『春姫』の為に、そんな希少な道具を用意しているんです。────平団員などというのは、あくまで表向きの代物、彼女はきっと【イシュタル・ファミリア】の切札です」

 

 故に、ミコトやベルが言う様に『身請け』させて貰えるとは思えない。そう告げるとヘスティア様は静かに此方を見据え、どうやってそれを知ったのか問うて来る。

 

「少し前、私が【ガネーシャ・ファミリア】からの依頼で『最大賭博場(グラン・カジノ)』の調査に赴いた際、事前調査として攫われた女性に関して調べていました。その時に調査対象として【イシュタル・ファミリア】も含まれていた為、個人的に情報屋を通じて取引記録の方を買ったんです」

 

 あの時とは状況が全く違う。無論、あの時だって相当慎重に調査していた、『ダルトン』が妙な失態をして襲撃を受けていたせいで、藍色の女神が俺の情報をイシュタル側に漏らした様子だが……あの時はあくまで【ガネーシャ・ファミリア】の依頼の延長であった事もあり、何かあってもガネーシャ様が何とかしてくれただろう。

 しかし、今回は【ヘスティア・ファミリア】主導での調査になってしまう。そのため、再度の情報収集には危険(リスク)が伴う、加えて俺の個人的な所持金が底を尽きて調査に支障をきたしているのもあって、身を引いているのが現状だ。

 黙って聞いていたヘスティア様が静かに吐息を零す。

 

「それと、今回の依頼についてどう思う?」

 

 ヘスティア様が卓に置かれた羊皮紙を指し示して問う。

 それに対する答えに関しては、既に決まっている。

 

「嫌らしい時期(タイミング)で来た依頼です────断るに断れません」

「……どういう事だい?」

 

 『アルベラ商会』と言う商会はここ迷宮都市の都市経済に大きく食い込んでいる一角である。

 そして、他の商会としのぎを削り合っている商会でもあり────問題が其処にあった。

 

「商会同士の派閥争いがあって、下手な断り方をすれば問題になってしまうんですよ」

 

 例えば、今回の『アルベラ商会』の依頼を単に『断ります』と断ったとしよう。

 すると『アルベラ商会』と対立関係にある派閥は喜々として「【ヘスティア・ファミリア】は『アルデラ商会』を依頼主(クライアント)として認めなかった」などと吹聴するだろう。その結果は、まあ正直こっちには関係ない話なのだが、商会同士の繋がりに波紋を生むことになる。

 既に俺達は別の商会からの冒険者依頼(クエスト)を複数受けている事。それらについても慎重に商会同士の覇権争いに関係する部分を吟味した上で「【ヘスティア・ファミリア】は商会に対して中立である」と宣言する様に拒否か受託を決めたのだ。

 それなのに、今更一つの商会を贔屓にします、もしくは一部の商会を不当に扱います。なんて噂を流されたらたまったモノではない。

 一度中立を宣言した後に『実は贔屓にしてる商会があります』なんてなったら非難を浴びるだろう。

 

「既にディンケさん達に受託して貰った各種依頼は中層、『大樹の迷宮』関連です。そこから報酬額と内容のつり合いと、達成可能かという明確な判断基準を持って依頼の受託を決めたんですが……」

 

 彼らが出立した直後のこの依頼だ。難易度としては微妙に難しいといえば難しいが、実力を試したいと言われればギリギリ納得できなくもなく、報酬に関しては破格の依頼。

 他の依頼について明確に断る理由があったが、この依頼は妙に断り辛い内容なのだ。

 難易度が高すぎる────達成不可能と言う理由で断る事は出来ない。そんなに無理と言える程じゃないから。

 報酬と難度のつり合いが取れない────この破格の報酬で断る方が不自然。

 他にも色々と断る理由を考え抜けば出てこなくはないが、どれも不自然な断り方になる。一応、穏便に断る手段は無くはないが────例えばロキやガネーシャ、ディアンケヒト等、既に契約を結んだ【ファミリア】から依頼を受託済みで、其方を優先する為に期限内に達成できないから断る。とすればまだなんとか……だが、その為にロキ、ガネーシャ、ディアンケヒトのいずれかに頼んで口裏合わせしないといけなくなる。

 

「うっ、やっぱりそういう事になるんだよな。はあ、だから商会や商人とは関わりたくないんだ」

 

 迷宮都市内における商会、商人の繋がり。対立や利益争いは毎日の様に行われており、その争いの手段の一つとして、探索系派閥が利用されている。

 例えば、【ロキ・ファミリア】と友好的に取引をしている商会なんかがわかりやすいだろう。他の商会に比べて発言権が強くなるし、彼の派閥に信用されていると評判だってあがる。

 ロキの所の場合、派閥そのものが強豪として知られており、取引相手が攻撃された結果、ロキの派閥に損失が発生すれば間違いなく商会同士の争いに口出しする────『お前等が何しようがお前らの勝手やけどな、ウチに損させんなボケ』と堂々と言い放つ事が出来る。それはつまり、ロキと取引する商会は他の商会から手出しされにくくなるわけだ。

 これは【フレイヤ・ファミリア】の方が顕著だろうか。あそこは少し特殊だが、取引しているだけで箔が付く────ただし、フレイヤ様に献上するに値しない品質の代物なんか差し出した日にはフレイヤを敬愛する眷属に袋叩きにされるだろうが────それでもその箔には万金の価値があるだろう。気に入られてる内はしっかりと庇護してくれるだろうし。

 【ガネーシャ・ファミリア】の場合は、清廉潔白な取引をしている商会が契約を結びたがる。後ろ暗い事を一切していないのであればガネーシャの元へ行くのが主流だ。他の商会から手出しされた場合、手厚く護衛を申し出てくれるだろう事から人気は割と高いし、信用できる商会が集まっている事が多い。

 もし何か依頼を受けるなら、【ガネーシャ・ファミリア】と取引してる商会を選ぶのが吉だ。

 各々、【ファミリア】と商会の関係性はわかりやすいものが多いと言えるだろう。要するに、有名な【ファミリア】との取引があれば商会の箔となり、庇護下に置かれると言っても過言ではない。

 此度の依頼は【ヘスティア・ファミリア】との繋がりを作りたくて出してきたものだ。

 

「それじゃあ、アルデラ商会は【ヘスティア・ファミリア】の庇護下に入りたいって事かい?」

「いえ、もっと複雑なんですよ」

 

 アルデラ商会が現在どこと一番深く繋がりを持っているかと言うと、【イシュタル・ファミリア】だ。

 主に人身売買や不法取引。要するに違法な関係で繋がり合った真っ黒い商会である事が挙げられる。

 そこが【ヘスティア・ファミリア】と繋がりを持ちたがる理由なんぞ、一つだ。

 

「竜素材または『再生薬』でしょうね」

「罠の可能性は?」

「無いでしょうね。喧嘩を売ってくる理由がありませんし」

 

 依頼内容的に不自然な内容ではある。しかし、現在の【ヘスティア・ファミリア】と敵対する理由は無いに等しい。

 『再生薬』欲しさに手を出すにしても、【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】の二つの派閥を相手取って抗争なんかしかけられる派閥は【フレイヤ・ファミリア】ぐらいだし。

 当然、商会も同様であり、喧嘩を売ってくる理由はなく、【イシュタル・ファミリア】の手引きにしても今の俺達に手を出してただで済むはずがない事ぐらいわかるはずだ。

 現時点で、【ヘスティア・ファミリア】は安全だ。少なくとも、此方から何か手出ししない限り。

 

「そっか……それで、ミリア君……キミはどうしたい?」

 

 どうしたい。そう問いかけられて思わず俯いた。

 俺は、今回の件についてどうしたいのだろうか。

 一つは、春姫を見捨てるべきだと思う。

 『身請け』という正当な手段が使えないとわかっている以上、後は抗争を起こす以外に手段が残されていない。

 相手から仕掛けてくるならロキやガネーシャの支援を受けられるが、そもそも仕掛けてくる理由が無いだろう。

 だから、諦めるべきだと思う。

 もう一つは────。

 

「ヘスティア様、私は……私は、ずっと見捨ててきました」

 

 過去、死ぬ以前の、前世ともいえる俺は一つのモノに拘り、それ以外の全てを捨ててきた。

 不幸にもあの女の策略に嵌って地獄に堕とされていく者達。そんな彼、彼女らを一人残らず見捨ててきた。彼らの不運に同情しながらも、義父でもあったあの人を人質に取られていた俺は手を伸ばす事をしなかった。

 大事なのは、今も表の世界で暮らす義父ただ一人。あの人が守れるのであれば、どれだけ汚れても、どれだけ堕ちても構わない。心が磨り減るのも構わず、見捨てる。

 ────情を抱く程に至った、部下でさえ切り捨ててきた。

 

「そして、今回も私は見捨てるべきだと思っています」

 

 一番大事なのは、【ヘスティア・ファミリア】である。

 ヘスティア様を、ベルを、皆を守れるのであれば────春姫と言う不幸な少女を見捨てるのが最善策だ。

 彼女に関しては、不幸だと思う。同情だってしよう、けれど……手段が無さすぎる。

 

「今、私達が何か行動を起こせば、それはどんな事であれ大ごとになるでしょう」

 

 もし【ヘスティア・ファミリア】が抗争を起こす様な真似をすれば、喜々として俺達を潰す為にいくつもの派閥が動き出す。

 ロキやガネーシャは、それを守る訳にはいかなくなる。抗争を起こし、都市に混乱を巻き起こした悪名高い派閥となった俺達に手を貸すという事は、自らの名声に泥を塗る行為に他ならない。それは、都市有数の派閥にして、勢力図を大きく占める派閥として容認できない。

 同時にそれは、【ヘスティア・ファミリア】が守られている要因でもある。今の俺達に手出しする奴が居れば、喜々としてその派閥を皆が攻撃しだすだろう。俺達に恩を売って、繋がりを持つ為に……。

 

(しがらみ)の所為で動けない。でも(しがらみ)のおかげで安全でもあるんです」

 

 面倒事ばかりが積み上がっている。

 (しがらみ)に拘束され、動けない。前世の様に名を捨て、身分を捨て、顔を捨てて別人になるなんて事は今の俺には出来ない。出来る訳がない、もう捨てられないし、捨てたくない。

 

「今回も、見捨てるべきだと私は思っているんです」

 

 動かない事こそ最善手に違いない、そう断言できる状況になり、俺は動かないでいる。

 

「ベルやミコトは嘘が苦手です。だから何も教えない方が良い、私はそう考えて、黙っているんです」

 

 嘘が苦手ですぐに顔に出てしまうベルや、真面目過ぎて謀り事が出来ないミコト。あの二人には下手な情報を渡せない。

 ────贖罪の様に、本心を吐露していく。

 目の前の女神(ヒト)は、言葉に詰まる度に優しく続きを促してくる。一つ一つの言葉に頷いては優しい微笑みを浮かべていた。

 

「私は、間違っていない。そう思っています」

 

 何も間違えてなんていない。

 襲撃される心配はない。此方が全く身動きできない程に(しがらみ)に囚われていて、それが同時に俺達の身を守っている。

 ベルやミコトの行動は、最悪の事態────抗争を避ける様に動いているから問題はない。

 あの二人に真実を伝えた時に何が起きるのか、どんな行動を起こすのか想像が付かないから、真実は黙っておくべきだと思う。

 この行動は正しい。誰がどう見たって、そう肯定するだろう。そう思わなければやっていけない。

 

「私は、最善手を打っている積りです」

 

 そう────最善手を打っている。

 なのに、そのはずなのに、苦しい。

 

「苦しい、苦しいんですよ」

 

 選ぶ度に「これは間違っていない。最も良い手である」と自分に言い聞かせても、息苦しさは止まない。

 最適解のはずで、最善手で、一番良い手段で────それで間違いは無いのではないか?

 違うのか? これが最適解なんじゃないのか? 最も優れた手段を講じているんじゃないのか? 

 

「────ミリア君」

 

 ヘスティア様の声が響いた。

 顔を上げると其処には、優し気な笑みを浮かべたヘスティア様が、神託を告げるかのように、厳かな雰囲気を纏い立ち上がっていた。

 長卓を大回りしながら静かに歩んでくる女神は、ゆっくりと言葉を選ぶように告げる。

 

「キミのそれは正解だし、同時に不正解だ」

 

 それは肯定の言葉であり、同時に否定の言葉であった。

 

「ううん、そもそも世界に正解や外れ、間違いなんてモノはないさ」

 

 目の前に立つ女神、その前で椅子に座り込んで動けない俺は、断罪を待つ様に俯いた。

 わからない。どうすれば良いのか、わからないのだ。

 

「キミは、他の子よりずっと広い視野を持ってる。だから、きっと色んなものが見えてるんだと思う。なんなら、ボクなんかより世間について知ってるんじゃないかな」

 

 冗談を呟き、女神は静かに俺の肩を掴んで、優しく抱きしめてきた。

 温もりに包まれながら、神託を待つ。

 

「良いかい、もう一度聞くよ────キミはどうしたい?」

「私、は……」

 

 どうしたい? そんなもの、とっくの昔に答えなんて出ていた。

 どうしてベルやミコトの行動を即座に止めなかった? 真実を伝えずに二人を止める方法ぐらい、口が回る俺なら簡単にとれたじゃないか。なのに、俺はその選択をしなかった。

 

「見捨てたくない。もう、誰も見捨てたくなんて無いっ」

 

 俺は────もう、見捨てたくなんてない。

 間違っていなかった。過去の、あの選択の数々、数え切れない程に見捨て続けてきたあの時の回答は間違っていない。けれども同時に、あれは間違っていた。

 既に知っていたじゃないか、あの満月の夜に命を落としたあの瞬間に、俺は思っていたじゃないか。

 

死ぬ間際に後悔するってわかりきってる選択肢なんて、選びたく無い

 

 だってそうだろう? 間違っていないと言い聞かせて、ずっと見捨ててきたのに、未だに後悔しているんだから。

 ベルやミコトにだって、死ぬ間際になって後悔するような選択をしてほしくない。誰だってそうだろう、体から力が抜け落ちて、もうすぐ死ぬんだと察した瞬間に胸の内に湧き上がる後悔の数々に押し潰されるなんて、そんな最期の瞬間なんて嫌に決まってる。

 

「そっか」

 

 より強く抱き締められ、ヘスティア様は告げた。

 

「ミリア君、キミはもう少し本心を吐露しても良いと思う」

 

 聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に、優し気な声色に厳しさを混ぜ込み、ヘスティア様は口を開く。

 

「ボクにも出来る事が無いか探してみる。だから、ミリア君も諦めないでくれ」

 

 ────今出来る事は無い。けれど、何か方法を探そう。

 

 

 

 

 

 話し合いから二日後、【ヘスティア・ファミリア】はアルベラ商会の冒険者依頼(クエスト)を受託して迷宮に足を踏み入れていた。

 探索準備、依頼の受託連絡等、所要の手続きや準備に一日を要し、その間に春姫に関して身請け以外の方法が無いかの模索をヘスティア様と共に行った、と言いたかったがまともにできなかった。

 未だにベルやミコトには真実は伝えていない。代わりにヴェルフとリリには密かにこの件について伝えてある。

 嘘が着けない二人にこの件を伝えるのは危険だとリリが賛同したが、ヴェルフは盛大に眉を顰めて苦言を呈してきたが、最終的には渋々同意してくれた。

 申し訳ない事をしている自覚はある。けれど、手の打ちようが無い現状において二人に伝えるのは気が引けたのだ。

 

「さぁみなさん、早く行きましょう!」

 

 パーティの先頭に立ってぶんぶんぶんっ! と刀を上下に振るう子供の様なミコトの声が、岩窟上の長い通路に反響していた。

 現在位置はダンジョン14階層。

 乏しい燐光に照らされた灰色の岩石、湿った空気に満たされた階層。岩盤で構築された洞窟然とした迷宮には、過去の悪夢を彷彿させる縦穴が見受けられた。

 上層を速やかに突破した俺達は、順調に問題無く14階層にまで足を運んでいる。

 パーティ構成はベル、俺、ミコト、リリ、ヴェルフの五人、そして追加でキューイとヴァンの二匹。クリスは地上で主神の護衛として装飾品としてヘスティア様に付きっ切りになっている。

 

食糧庫(パントリー)に乗り込むので、あまり迂闊な真似はしないでほしいのですが……」

 

 顔を輝かせ子供の様にはしゃいでいるミコトに対し、ベルが苦笑を零し、ヴェルフが表情を消し、リリが苦言を呟く。

 

「ミリア殿の『透明状態(インビジビリティ)』の魔法さえあれば楽勝でしょう!」

 

 ミコトの弾む返答に対し、リリが溜息を堪えている。荷物(バックパック)に詰め込んだ隠蔽布(カムフラージュ)等の道具を確認しはじめた。

 

「ミコト、あんまり私の魔法に期待し過ぎちゃダメよ。確かに姿消しはそれなりに使えるけど、効果時間もそこまで長くないわ。せいぜいが5分かそこらなんだし」

 

 空腹状態になった怪物(モンスター)が多数足を運ぶ食糧庫(パントリー)英石(クオーツ)の採掘である事から、『透明状態(インビジビリティ)』と『消音効果(サプレッサー)』が付与できる『クーシー・スナイパー』と、人形操作で囮を作り出せる『ケットシー・ドールズ』を選んできた。

 作戦としては食糧庫(パントリー)直前で魔法をかけ、小型鶴嘴(マトック)を持って突撃。ベルとミコト、ヴェルフの三人で英石(クオーツ)の採掘、回収をし魔法の効果が切れる前に待機している俺達の元へ運ぶ。というのを何度か繰り返す。

 その間、俺とリリ、キューイとヴァンの二人と二匹は少し離れた場所で待機。待ってる間はリリが持つ隠蔽布(カムフラージュ)で姿を隠しておく。

 依頼に準じた量が集まり次第撤退。安全を最優先にした方法だが、油断は出来ない。

 

「にしても……『身請け』か……」

 

 隊列の中衛位置、ベルの隣を歩くヴェルフが大刀を担ぎながら呟く。

 上手くいくのか、と疑問を抱いた様な表情を浮かべていた。

 ベルとミコトの二人に真実を伝えない、それに賛同したリリとヘスティア様と違って不満を抱いていたらしいヴェルフがそれとなく二人に気付かせようとしているのだろう。リリがヴェルフの背中を軽く睨んでいるが、先頭を歩くミコトも、ヴェルフの横で入念に持ち物(ストック)を確認しているベルも、どちらも気付く様子はない。

 

「うん、お金を集めるのはかなり大変かもしれないけど……これであの人を……」

 

 ミコトに対し苦笑していながらも、ベルの方も十二分にやる気に満ちている様子だった。

 

「しかし身請けの目安はいくらぐらいなんだ?」

「エルフで五百万、さらに希少種族なのでもっと上……値段傾向的に六百万か……余裕を見て一千万ヴァリスは用意した方が良いでしょうね」

「ディンケ様達の稼ぎを当てにするのも良くありませんし、リリ達は最低でも半分以上は稼がないといけません」

 

 白々しくも、もしただの希少種族なだけだったらという予想金額を伝え、視線を逸らす。

 後衛のリリも含め、四人で話す。

 

「うっ……気が遠くなりそう」

「なら、到着階層を増やす事も視野にいれないとな」

 

 周辺の迷宮に異常が無いかを確認しつつ、キューイからの定期的に怪物が接近していないかを確認しがてら、最後尾のヴァンを盗み見る。今まで以上に重装というか、人形を入れた箱を四つも背中に乗せているせいでまるで誘導弾(ミサイル)搭載型の飛竜にも見える。

 

「ベルとミリアがLv.3になったんだ、20階層まで行こうと思えば行けるんだろう?」

 

 ヴェルフがより深くに潜れるならそちらで稼ぐ方が良いのではないかと提案し、俺とリリに振り向きながらニヤリと笑いかけてくる。

 一応ギルドの定める基準において、Lv.2の到着基準は13階層から24階層まで。Lv.3であれば25階層以下の到着基準を一応は満たしている事にはなるが……。

 ヴェルフの20階層進出案に対し、パーティの参謀役としてリリが首を横に振る。

 

「いくらLv.3と言えど、やられる時はあっさりやられます。【ロキ・ファミリア】のグラン様やイリス様の例を忘れないでください」

 

 18階層への決死行に加え、改宗(コンバージョン)してきた者達の事情を知っているリリは慎重な意見を崩そうとはしない。

 それに関しては俺も同意見だ。たとえ24階層までの到着基準を超えていて、なおかつ普段から潜り慣れた熟練のパーティだったとしても、迷宮ではあっさりと、死ぬ事がある。

 それが初見階層ならなおさら────『情報』と『経験』の違いはあれど、『経験』ですら容易に覆されるのだから。

 リューさんも、中層以降では個の力よりもパーティの力量(バランス)が大事だと説いていたし。

 ベルもリリの言葉に納得したのか、気を引き締める様に頬を軽く叩く。

 ふと、後ろからキューイの声が響いた。

 

「キュイ」

「────敵感知。回避不能、全員戦闘準備を」

 

 敵の接近を感知、相手の動きから此方に向かって来ており回避は不可能。キューイの短い言葉からその意を読み取って皆に告げた瞬間、意気揚々と先頭を歩いていたミコトが、一瞬で意識を切り替えて刀を構える。

 

「キュイキュイ」

「前方、右側面横穴から、数三匹、四足歩行の獣型」

「四足歩行? ハードアーマードか?」

「いえ、『ライガーファング』です」

 

 ミコトの訂正に思わず眉を顰めるが、同時に全員が意識を切り替える。

 キューイの場合は位置は確定でわかるが、怪物の種類がわかり辛い部分がある。それを補う様にミコトの探知系スキルが怪物の種別まで把握してくれるのだ。常時発動は消費的に厳しいが、キューイが察知、ミコトが種別探知でかなりの精度で敵の構成が把握できるようになったのは大きい。

 身構え、いつでも戦闘準備に入った俺達の前方、右側の横道からぬぅ、と。巨躯を揺らす虎のモンスターが現れた。

 

「本当にライガーファングだ……」

「どうやら下の階層から上がってきたようですね」

 

 『ライガー・ファング』といえば15階層から出現する怪物であり、14階層での遭遇は異常事態(イレギュラー)だ。驚くベルに対し、冷静なリリが眉を顰める。

 他のモンスターか、あるいは冒険者か……あまり想像したくはないが、その怪物の牙と爪は真っ赤に血染めされている。乾いていないのを見るに…………やめ、想像するだけ無駄だ。

 生半可な刃ではまともに損傷を与える事は難しい剛毛を逆立てて、巨大な虎は威嚇の積りか此方に唸り声を上げている。

 階層移動してきた猛牛(ミノタウロス)にも劣らない強敵────それも三匹も────を見つめつつ、ヴェルフが感心した様な声を零す。

 

「キューイの察知能力と、ミコトの探知系の『スキル』が合わさって敵なしだな」

「いえ、自分の場合は一度遭遇しなければ探知できませんし……自分の心身の状態に左右されます。キューイ殿には敵いませんよ」

 

 仲間(ファミリア)となった時点で、ミコトとは『魔法』や『スキル』の情報は共有している。とはいえ、俺の場合は全てではなく『初期(ニンフ)型』と戦争遊戯(ウォーゲーム)で使用した『狙撃(スナイパー)型』、後は常用する事の多い『特殊(ファクトリー)型』は伝えてあるが、他は秘匿している。

 これに関してはディンケ達も同様。裏切りは考えていないが、元の派閥に戻る事がわかっている以上、全ては教えられない事については納得してもらっている。

 

猛牛(ミノタウロス)より速い! 注意を!」

「はい!」

 

 放たれた矢の様な速度で駆け出したミコトと、それに続くベルとヴェルフ。後方で全体を見回しながら咆哮を上げるライガーファング三体の内、飛び出そうとした一体を『ライフル』で撃ち抜き即死させる。

 ベルが一匹、ミコトとヴェルフ二人がかりで一匹を相手どる間にも、戦闘音につられて接近してくるモンスターの群れと交戦を開始した。




 Twitterにて、DMが届いている事に気付いて『コラボだやったー!』と喜々として開いた所、コラボじゃなくて悲しみに暮れました……。
 ですが、内容は割と本作と関係ある話題だったのでここで報告の方させていただきます。

 本作『魔銃使いは迷宮を駆ける』の一部文章が盗作されていました。
 証拠は以下のツイートにて
https://twitter.com/P38_Lightning_L/status/1273910407346794496
 こちらの方につきまして、私側が盗作した訳ではない事をここに宣言しておきます。

 ※投稿日時は現在投稿時に確認。

 具体的内容に関しまして
 本作『第一〇八話』投稿日時2019/08/16 14:16(2019/08/28 06:22修正)
 内容『押さえていた手を退けたそこには、顔の半分程に軽度の火傷を負ったらしいヒュアキントスの姿あった。』から一部分

 相手方対象話『投稿日時2020年01月09日(木) 01:42(2020/06/19 12:09修正)』

 以上の日付から、投稿(修正)ともに此方が先であり、此方が盗作を行った訳ではない証明とさせていただきます。

 グーグルにて『ハーメルン 押さえていた手を退けたそこには、顔の半分程に軽度の火傷を負ったらしい』と検索をかけた所、並んで表示された為、盗作と判断しました。
 グーグルキャッシュ、2020/01/10 時点 (クローラーが最後にアクセスした時点) で表示されていた Web ページのスナップショットで確認したところ、本作の一部をコピペ、修正して使用しているらしき部分がはっきりと把握できます。

 相手作者側が、感想で指摘されたその日の内に『その作品は分かりませんが、同じに見えてしまったようなので少し編集しておきます。』と発言して修正したため、現在は違う文章になっております。

 繰り返しになりますが、本作『魔銃使いは迷宮を駆ける』は他作品から文章をコピペして盗作したりなどは一切行っておりません。
 強いて言うなれば原作『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』のキャラ台詞等は使っておりますが、他の二次創作からは使用していません。




 なお報告してくれた読者曰く、朝5時頃の時点では『相手方作者は本作をお気に入り登録してあった』らしいのですが、今は削除されているらしく不明です。
 ちなみにお気に入りの方は、発覚当日の3時頃に1件増え、11時頃に1件減っていたのを私の方で確認しております(白目)

 自分だったら盗作を疑われた場合、対象作品を聞いて、見て、確認してから修正に入るのですが……指摘されたのに気付いた瞬間に修正してるって事は…………そういう事でしょう。

 なお現在、相手方からの謝罪や連絡等は一切無いです。

 私は悪く無い。 

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